「少々……ゲームの進行が遅くないかね? マスター・ガラッ!」夜明けを待つ、とある土曜日の未明にて。お馴染みの錬金術師と人間が、お馴染みの探り合を繰り広げていて。そんな中で錬金術師は、珍しく言葉に詰まっているらしかった。少なくとも、その二人の様子を覗っている里中秘書にとっては、錬金術師が現状把握において後手に回っているという事実が、非常に珍しいものに思える。そして、ガラ以上に現状を把握していないと思しき観客が……つい先刻に、目を覚ましていたりして。「……」身体を縮めながら、きょろきょろ周囲に視線を回している一体の蝙蝠型汎用偵察兵器の姿が、この殺風景な一室に加わったのである。その小動物の名前は、トーリ。魔法少女のようなヤミーのような、オリ主様のようなモブキャラのような……要するに、全てにおいて中途半端な蝙蝠娘である。パニックに陥ることも無く、無駄な抵抗を始めない辺りは、判断力の面からは評価できる。それが、里中エリカからトーリという魔法少女へと下された、人物評価の内容であった。いずれ脱出の機会を見出すにせよ、現状では必要以上にガラを刺激しない方向へと考えるのが正解なのだから。……ちなみに、その思考ならば会長の態度を何とか変えるべきだと思われるかもしれないが、それは別の意味でマズかったりする。なぜなら、ガラが鴻上光生等を生かしている理由が、人間の観客という役を欲しているというものだからである。リアクションを求められている以上、ガラを飽きさせないパフォーマンスというものは、どうしても必要になってくるのだ。会長とて、そこまで理解し切ったうえでの通常運行に違いない。……と、そこまでが里中エリカの希望的観測である。「これは、まさか……?」そんな中、鴻上の言葉を否定するよりも先に、錬金術師ガラが視線を向けたモノ。それは……四枚組の円盤により構成された、天秤であった。中央の一枚を基軸に、周囲に配置された三枚の円盤が全て裏返った時には、世界は滅亡する。そう、里中エリカは聞いていた。そして、天秤の中央の板の真上に配置された巨大フラスコには、ちょんまげ契約を行った人間の欲望に応じて特殊なセルメダルが溜まり、その重さによって天秤は傾く。……その、はずなのだ。だからこそ、異常を感じ取った錬金術師がまず目を向けた先は四枚組の円盤であり、その次が大きなフラスコであった。「人間の欲望は! そう簡単に世界を滅ぼさせたりしないということさッ!」ガラの感じ取った、異常。それは……溜まっている筈のセルメダルが、いつの間にかその増殖をピタリと止めていたことであった。一体、いつからその供給は止まっていたのだろうか?実は昨晩の夕暮れ頃からの事なのだが、事実上の不老であるガラだからこそ、その時間の経過に気付かなかったのだろう。「人間の……? 世迷い事を。貴様が外部と通じる手段など……」確かに、鴻上光生がガラの魔術の詳細を外部へと伝える事が出来れば、ガラを妨害する手段は有り得る。だがしかし、そんなレベルのミスを犯すガラでは有り得ない。この森を覆っている巨大結界に通信妨害の機能を付ける程度の警戒は、当たり前のように払っていた筈である。実際、里中秘書が隠し持っていたバッタカンドロイドの起動を、内心嘲りながら見逃していた程だ。もちろん、その通信が失敗したことも確認したうえで、である。鴻上の言葉を解せないままに、空間に投影されたディスプレイを弄りまわしたガラは……数分の後に、ようやくその原因を発見することとなる。『後藤ちゃん! 次は何所よ?』『次のピエロ女は空風地区南東です』『了解!』何と、人間は……考え得る最善手を打っていたのだ。流石のガラも、これには目を疑わざるを得ない。なんとガラの手元のディスプレイには、ライドベンダーで走り回りながら道化女を倒し続ける『仮面ライダーバース』の姿が、映っていたのだから。確かに、ちょんまげの契約を担当する使い魔を倒し続けられれば、ガラの魔術も遅れてしまう。「何も伝えては居ないさ! 『私は』ねッ! そんな事をしなくても! 欲望は滅びたりしないということだッ!!」一体どうやって、人間達が最善解を見つけたのか。答えは、一人の魔法少女の、気まぐれな助言。赤毛の家出少女が、ピエロ女を通じて結界内部にエネルギーが蓄積されているという情報を漏らした事による影響であった。もしくは、それを聞き出した一人の漢の手柄というべきかもしれない。それはともかくとして、人間達がガラを止めるための策を実施している事は間違いが無い訳で。「……はっはっは!」だがしかし、そんな人間達が知恵の限りを尽くしたとしても……やはり、錬金術師の余裕を覆すには、まるで足りない。高らかに笑い声をあげるガラの余裕は……未だ、苦し紛れのものでは有り得なかったのだ。「なに、貴様の玩具を潰すことなど、オーズを狙う片手間で充分に足りる」「そればかりは幾らマスターガラでも大口ではないかね! 伊達君はそう簡単に死んでくれる男ではないッ! さぞ骨が折れるだろうよッ!!」そして、錬金術師に言葉を返す人間もまた、余裕に関しては張り合いを続けていた。こと口戦に関して、それを見守る里中エリカの出る幕は無いように思える。先程まで時計を確認しつつそれを密かに会長へと伝えていた里中秘書には、既に現状における仕事は無くなっていた。強いて、生き延びる確率を上げるためにすべきことを挙げるとするなら、「大丈夫ですよ。会長が見込んだ『人達』ですから」先程から不安気に会長とガラの顔を見比べている一人の頼りない魔法少女を、少しばかり安心させてやることぐらいだろうか……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第八十九話:暴れん坊前哨戦とある、竹林の半ばにて。火野映司と美樹さやかは……ただ只管に、待っていた。時は巳の刻。太陽の南中には未だ早い、所謂おやつ時というヤツだろうか。「……で、何でこんなトコに来たのよ?」「錬金術師がメダルを狙ってるなら、標的は俺かも知れない。その時に周りに人が居たら危ないでしょ」不思議そうに尋ねてきた美樹さやかに対して……火野映司は、淡々と言葉を返していた。もしアンクのようにヤミーの発生を感知できる存在が居たのならば、映司はもう少し余裕を持って動くことが出来たかもしれない。だがしかし、敵が何時訪れるか分からない状況では、油断は命取りとなるのである。そんな状況で、町人の存在を気にしていたらあっという間にお陀仏という訳だ。だからこそ、誰も人間の居ない竹林の中へと映司は足を運んだのである。なお、駿少年は戦地に居ても足手纏いになるという判断から、適当な時刻に差し入れを持って来てくれる以外には竹林へは近付かないという予定だ。非戦闘員なのだから、ある意味当然の行動と言えるだろう。「あんた……『紫のメダル』ってのを使うつもりなの?」「つもりも何も、そうしないと戦えないよ」現在の映司の所持メダルは、タカが一枚と紫が幾つかというだけなのだ。従って、変身するためにはどうしても、紫のメダルを使わざるを得ない。だがしかし美樹さやかは、紫のメダルに関して何か不都合な事実があるということを、トーリから仄めかされていたのだ。だからこそマミの持っていたタカメダルを渡して、少しでもオーズの戦闘環境を整える方へと思考を向けたのである。――最悪、映司さんの身体の中にあるという紫のメダルを使ってもらえば何とかなると思います。「トーリは、あんまり紫のメダルを使って欲しく無さそうだったけど?」「紫のメダルを使うと俺の理性が飛ぶって言ってたね。だからこそ、人が居ない場所で戦わなきゃ」……この男は、こんな時にもやはり平常運転のままであった。それに対して苛立つ美樹さやかの気も、知らないで。「そういう事じゃないわよ。トーリが心配してたのは、主にあんたの事なんじゃないの?」「そうなのかな。それじゃぁ、ちゃんと生き残らないとね」実のところとして、トーリが案じていたのは主に彼女自身と緑のグリードの命運である。それが周囲に対して捻じ曲がって伝わっている部分が大きいというか、そもそも本人も周囲を騙す気満々であることに全ての原因が存在しているのは間違いが無い。そして、火野映司がさり気なく口にした『じゃぁ』という一言が、どうにもさやかの感情を逆撫でてしまっていた。映司自身に危険が迫っているというのに余裕ぶっているその態度が、癪に障るのだ。現在はトーリを助け出すという目的が見えている事によって、喧嘩腰に出ることこそ無いが、これが平時だったなら感情的に食い付いていたかもしれない。「……あたしやっぱり、あんたの事、嫌いだわ……」精々、少し毒づいてやる事ぐらいしか、さやかには出来そうに無い。もっとも、さやかが悪意をぶつけたとしても、映司とさやかでは『喧嘩』にはならないだろう。何となく、良い様に言い包められてしまうというか、映司を言い負かせるイメージが全く湧いて来ないのだ。思えば、さやかが今朝一番にクスクシエの一階にて発見されたことに対して、映司は未だ突っ込んで来ていない。鹿目まどかの凄まじいキャラブレに関して、さやかとしても思うところが無い訳でも無い。しかし、不思議とそのことについて悩もうと思えなかっため、特に話そうとも思わないのだが。もはや、理解が及ばない要素が多すぎて、鹿目まどかの豹変に関する考察を完全に放棄する方向へと思考が進んでしまったのである。……火野映司が何も突っ込みを入れてこないのは、さやかの心境が特に何も変化を来していないという事を見切っているからなのだろうか?やはり……どう足掻いても、美樹さやかでは火野映司に勝てる気配は全く感じられなかった。乾いているようで何処か湿っぽいような、もやもやとした不満が燻っていた……そんな時だった。足音が、聞こえたのは。大地を踏み鳴らす、傀儡の鉄靴の音が。その数多の響きが、竹林に木霊して、映司達の耳に届いたのである。……それが視界の奥深くにまで埋まっているのだから、このナイト兵達は人間を効率良くうんざりさせる術でも身に着けているのかもしれない。「とりあえず、俺が先に出るよ」「あれ? そうなの?」そして、その場面において何故か先鋒を買って出る火野映司に、さやかは驚かされていたりして。さやかの認識としては、オーズは真打というイメージが強かったために、今回ばかりはさやか自身は露払いに徹する気で居たのだ。ここに来て再度、火野映司の思考が読めなかったのである。「土壇場で紫のメダルが使い物にならないって分かったら、それが一番マズイでしょ。とりあえず試してみないと」……つまり、紫コアが役に立たないという可能性を考慮に入れたうえで、余裕があるうちに試運転を実行しておきたいということらしい。確かに、目の前に軍勢を為しているナイト兵達は、一体一体ならば人間でも対処がある程度は可能な存在なのだから、試し斬りの相手としては最適なのかもしれない。「まぁ、そういう事なら」一応さやかとて、映司の言っていることが理に適っているのは分かっているため、従わざるを得ない。不承不承とした表情を隠しもせずに映司から離れていく美樹さやかの視線を受けつつ……映司は、紫のメダルへと意識を向け始めていた。「……頼む」加えて、おそらく火野映司は既に感じ取っているのだろう。現在彼が呼び出そうとしているモノがどのような性質を持っているのか、を。自身の胸部から傷口も作らずに浮き上がって来た3枚の紫のコアメダルを、映司は何の躊躇も無く空中にて掴み取り、そのままベルトに差し込んで読み込ませる。「俺に力を……貸してくれ!」その一連の動作を流れるように熟す火野映司の姿を眺めつつ、美樹さやかはやはり、気味の悪さを感じずには居られなかった。異形の怪人の一部であるコアメダルを身体の中に宿しているという映司の状態が、えらく気味の悪いものに思えるのだ。いわゆる、生理的嫌悪感というべき感情である。『プテラ トリケラ ティラノ』そして、そんな美樹さやかの不安を嘲笑うかのように、オーズドライバーのナレーターは何時もの軽快な声で唄い始めていて。ようやく、『王』の姿がこの世界に顕現を許されていた。胸部に記された円盤状の表出機に輝くのは、金の淵に覆われた三種の竜の姿。頭部へと象徴されている翼竜は、その額の突起と翅を以て存在を主張し。肩傍から伸びた金色の角と鋭利な爪は、腕部へと反映されている角竜の面影を惜しみなく見せつけていて。下半身を構成するパーツには、上半身に比べればあまり攻撃的な意匠は見られないものの、シンプル故の力強さが備わっているというべきか。仮面ライダーオーズの最恐形態『プトティラコンボ』。どこか無機質な緑色の目を振り回して獲物を見定めるその姿は……まさに、捕食者そのものであった。ナイト兵が鉄の塊ではなく人間の兵隊であったのならきっと、逃げ出す者が出ていただろう。……少なくとも、少し距離をとってオーズの姿を見守る美樹さやかからは、そう思えてしまっていた。なぜなら、実際に敵意を向けられている訳でも無いさやかでさえ、時折身体に震えが走る程度には恐怖を感じているのだから。「――――!」奇声。歓声。怒声。そのいずれでも無い、ただ純粋な、声。力を誇示し、相手を威嚇する事ぐらいしか用途の無い、声というよりも音に近いナニカ。映司の口から出た振動は、そんな印象を撒き散らしていて。美樹さやかには一発で、理解できてしまっていた。現在の映司に理性などというものは働いていない、ということが。腐葉土の固まった地面へと徐に腕を突き入れ、次の瞬間には巨大な斧をその手に取り出している、一体の捕食者。雄叫びと共にナイト兵に食い掛り、千切り、斬り捨て、薙ぎ払う。ナイト兵が剣を振り下ろそうとすれば、次の瞬間にはナイト兵の側の胴が真っ二つに割られていて。偶に波状攻撃の一部が命中しても……紫の外殻は、傷の一つさえ負う気配が見られない。もはや戦闘と呼ぶことさえ憚られる、圧倒的な暴力。まさに『蹂躙』と呼ぶに相応しい破壊の体現者が、そこには降臨していたのだ。「なにこれ……!」さやかには、受け入れられない。先程まであの場所に立っていた火野映司という青年が、あの破壊者と同じ存在であるという、たったそれだけの事実が。その暴虐を視界に収めているだけで足が竦み、身体の芯が揺らぐような不安に苛まれてしまうのだ。さやかは、想像してしまっていた。一振りにてナイト兵を薙ぎ払う巨斧の閃きが、次の瞬間には傍観中のさやかへと向く可能性を。そして、その爪が世界も時代も構わずに、全てを引き裂く光景を。さやかは、今の自身の状況と真逆の感情に覚えがあった。巴マミが倒れて、身体に滾る何かに急かされて呉キリカに切掛った時の、熱だ。だがしかし、その時の熱があったとしても、現在さやかを支配する悪寒を打ち消すことは出来なかっただろう。そう、思えてしまうのだ。口から爆音と共に冷気を発してナイト兵達の足並みを乱し、次の瞬間には前肩より伸びる金色の槍が、ナイト兵だったセルメダルを散らしていて。凍り付いた地面に落ちたメダルの奏でる曲は、リズムも音階も無いのに、ただ無骨なこの屠場の中においては場違いに美しいものに思える。「なんなんだよ……っ!」絶対者が尾を一振りするだけで兵士が吹き飛び、跳躍からの奇襲を狙う兵も紫の翅にて弾き返された。辛うじて一撃を持ち堪えた者も、進行する捕食者の歩みの下敷きとなって銀貨へと帰った。ナイト兵達が倒された後にセルメダルに戻る事が、美樹さやかにとっての唯一の救いであったのかもしれない。もしナイト兵が魔女や人間のように有機的であったのなら……さやかは、胃液を吐き散らしていたのだろうから。さやかが恐怖している理由は、プトティラコンボの単純な戦力によるものでは無かった。何故なら、彼女の良く知る魔法少女の巴マミでも、現在のオーズと同等以上の作業効率を以てナイト兵を駆逐すること自体は可能だからである。それでも尚、さやかが身体の震えを抑えられない理由は……本能的な、恐怖心だった。タランチュラに人を殺すような毒が無いという事を知っていても、人間がそれらを忌避するように。まるで生まれる前から知っていたかのように、あの紫の恐獣に近付いてはいけないという事が、分かってしまうのである。「あの下っ端たちが居なくなったら、まさか……?」俵のような頭部を捻り潰されるナイト兵の姿を眺めながら。美樹さやかは只管に……恐怖していた。あの怪物が野に放たれる可能性を。そして、その抑止力になるべき存在に、他に心当たりが無いということにも。「あたしが、戦う…………?」火野映司と?あの紫のオーズと?逃げ出そう。そう美樹さやかが思った回数は、もはや本人ですら数える事が出来ていなかった。それでもさやかが竹林の中へと踏み止まれたのは、而して恐怖で足が動かなかったからというだけでは無かった。――……信じちゃ、ダメですか?頼り無い同輩の残した言葉が、さやかの足を地へ縫い付けたからに、他ならなかった。「なんで……信じちゃったのよ。あたし、なんかを、さ……」以前、美樹さやかはトーリに対して、対人関係における考えの甘さを指摘した事があった。後藤に助けられてコロっと懐いてしまうトーリはガードが甘すぎる、と。だがしかし、相手がそんなトーリだからこそ、だったのかもしれない。美樹さやかがこんなにも恐怖心に苛まれていて、それでも未だ逃げ出さないのは。裏切り者の蝙蝠ヤミーがそんな美樹さやかの心境を聞けば、一体何を思うのだろうか。答えを与えてくれる都合の良い神様は、この世界には存在しない。ただ、回転する舞台の上の役者達を嘲笑う錬金術師が、その座に最も近い位置を目指しているというだけのことで……・今回のNG大賞「錬金術師さんは、グリードの復活方法を知りませんか?」「なるほど。この場にある緑の六枚を使って戦力とする謀か。小賢しい奴め」「え、いいえ、そういう訳じゃ、ちが、やめ……ひいいいいっ!!?」ピチューン☆ウヴァさん復活は一日にして成らず……。・公開プロットシリーズNo.89→周囲の生物に本能的な畏れを与える、らしい。(※公式)