「そこは、誰よりもさやかさんに助けられてるワタシですから……信じちゃ、ダメですか?」その、トーリの口から紡がれた言葉を聞いた時、さやかにはその意味が呑み込めなかった。何故なら、直前までトーリと美樹さやかが語っていた内容からは、トーリのその言葉が予測できなかったためである。――正直、あんたが来なかったらもう少し楽に江戸の人達と和解出来るかな、って思っちゃった。ホントにゴメン。美樹さやかはトーリに対して、トーリを守ることを躊躇ってしまった、と言い切ったばかりのだから。それなのに、トーリの口から出てきた言葉は、美樹さやかがトーリを守ってくれるのだという期待を匂わせたそれで。しかも、挙句の果てにさやかの手へと渡された代物の意味を考えれば、水色に模られたその装飾品がずっしりと重みを持っているような気がしてしまっていた。なぜなら、オーズの要であるベルトをさやかに預けるという事は、緊急時にトーリが火野映司に救助を要請出来ないという事態を招くためである。さやかの認識から言っても、魔法少女『美樹さやか』と仮面ライダー『オーズ』の戦力は、明らかに同等とは言い難い。オーズの持っているコアメダルの種類にも寄るが、基本的に『オーズ』は『巴マミ』と同格ぐらいだろう、と美樹さやかは考えていた。つまり、さやかやトーリに比べれば明らかに各上である。ならば、トーリが護衛役を頼むべきは、美樹さやかではなく火野映司であるはずなのだ。それなのに、事実はその方向には進んで居なくて。むしろトーリの現状ならば、さやかと映司のどちらかと言わず、両方に護衛を頼むことだって出来た筈なのに。にもかかわらず、トーリは美樹さやかを信頼してくれている。トーリ本人の心中はどうあれ……美樹さやかには、そう思えてしまって。「はっはっは! そういう事なら、この魔法美少女さやかちゃんに任せれば絶対安心オールオッケーなんだから!」自然と、ワザとらしい笑い声と共に、いつもの大口を叩いてしまっていたのだ。そして、それに釣られて少しだけ顔を綻ばせているトーリの姿を目にしたら……案外、それがレアな場面であるという些細な事実に気付いてしまっても居た。思い返してみると……さやかは、トーリが笑っているところをあまり見たことが無いような気がするのだ。さやかの記憶によれば、トーリは目を回していたり慌てふためいていたり……何かと、周囲に振り回される姿ばかりが目立つように思えてしまう。……だからこそ、頬が緩んでいるトーリの表情を視界に収めながら、美樹さやかは思う。一度は迷ってしまったからこそ、今度は必ず守り切って見せる、と。信じるべき正義など初めから存在した訳でも無く。魔法少女のコミュニティは頼れる組織と呼ぶには小さすぎて。意中の相手は別の女にうつつを抜かしている始末。そんな中で美樹さやかに残された、数少ない道しるべの一つ。失いたく、ない。「信じられる、仲間だけは……!」美樹さやかが無意識のうちに呟いた一言は、幸か不幸か……裏切り者の蝙蝠ヤミーの耳に届くことは、無かった。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第八十七話:破・願・逸・笑風が迷い、空が淀む。地が慄き、花が嘆く。「これは……?」ようやく明るさを取り戻した美樹さやかを……だがしかし、運命は放っておいてくれなかったらしい。否、その異変は、運命などという偶然の産物では無かった。何故なら……その事態は、確実に人為的な代物であったのだから。空間が歪み、瞬く間に捻じれる空間は、トーリとさやかに異形の来襲を予感させるには充分すぎたのである。しかしこの場おいて、二人の判断は……遅れてしまう。何故なら、さやかもトーリも、無意識のうちに油断を抱いていたのだから。「まさか、江戸時代に……!?」それは、さやか達が置かれている状況によるものであった。江戸時代にタイムスリップしている最中の当人等は、知らず知らずのうちに一つの可能性を見落としていたのだ。……現代から見た歴史の遥か彼方にまで、魔女が存在しているという可能性を。更に付け加えておくならば、魔法少女にとっての魔女という生物の在り方もまた、魔法少女たちの思考を遅らせた原因となっていた。平時は魔法少女の側から能動的にコンタクトを取らなければ出会わない筈の魔女が、魔法少女を積極的に狩りに来ている。この立場の逆転までもが思考の留保を推進し、結果として美樹さやかは……決定的に、出遅れてしまっていたのだ。「トーリっ!!」「しまっ……」羽の生えた魚のような使い魔を無数に従えた、一体の異形。女性の下半身らしき形状の物体が鳥籠に収まっているという、精神病患者が描いたような絵面。更に、その下半身が何処かの光の巨人を思わせるサイズであったことが、目の前の物体が常軌を逸した怪物であることを美樹さやかへと知らしめていた。そして、その魔女の起こした行動は……最悪も最悪、いっそ清々しいぐらいに不都合主義を体現したようなそれだった。不可視の念力のような力を用いて、一人の魔法少女を引き寄せ、巨大な鳥籠の中へと素早く収監したのである。自分の有利な場であるはずの空中で、羽を必死に使ってその引力から逃れようとしていた頼りない同輩が、あっけなく捕えられてしまったのだ。――信じちゃ、ダメですか?大切な仲間がさやかを信じてくれると言った、矢先だったのに。本当は一番臆病なくせに、さやかを励ますために危険を買ってくれたイイ奴が、捕らわれてしまっている。それだけで、美樹さやかの脳は沸騰寸前であった。「トーリを……離せっ!!」空に浮かぶ無数の有翼魚と巨大な鳥籠の魔女に、何の躊躇も無く啖呵を切る程度には……「マスター・ガラッ! 今のは何が起こったのかね!?」最早お馴染みと成り始めた、現代の結界の中心地にて繰り広げられる、人間と錬金術師の言葉の応酬。日が暮れても未だに止まないハイテンションを見せつけながら鴻上光生が問いかけた質問は……彼が凝視していたディスプレイの映像に関するものだった。鳥籠の魔女が不思議な念動力をもってしてトーリを引き寄せた光景が、どうやら鴻上の気を引いたらしい。「……あの二人、何処に行ったんですかね?」……ところがそこで口を開いたのは、物知りの錬金術師では無く、会長秘書の女性で。しかも、その発言の意図が互いに伝わっていなかったらしく、思わず顔を見合わせてしまっていた。常時は頼りになる筈の里中秘書も、流石に未知の出来事に対する勘がズバ抜けているという訳では無いらしい。「女よ。貴様には、小娘どもが突然神社から消えたと見えたのだろう?」「ええ、まぁ」そして、そのお見合い状態を鬱陶しそうに聞いていた錬金術師が、確認を入れてくれた。やはり尊大な態度を崩さないままに、女性にしては太い音声を響かせながら。「どういうことかね!? マスター・ガラッ!」「簡単なことだ。魔法の素養がある者にしか、魔女を見ることは適わないのだからな」魔女……という単語に、鴻上光生と里中エリカは聞き覚えがあった。確か、魔法少女の宿敵とも呼べる存在で、呪いを振り撒く怪物だったはずだ。ただし、里中自身はその実態を一度たりとも目にしたことは無いが。「ではっ! 私には魔法の素養があるということかねっ!!?」「……たわ言を。メダルには多少ながら、因果の糸が練り込まれている。それを持つものは、魔女をその目に見る程度のことならば可能となるのだ」……残念ながら、鴻上光生魔法少女化計画は断念を余儀なくされたらしい。もっとも、それが叶っていたとして、誰が得をするのかと言われれば首を傾げるところではある訳だが。精々、視覚面において精神攻撃の威力が見込めるかもしれない、というレベルである。ケーキ作りに使用するエプロンを基調とした白に、クリームを連想させるフリルや苺を模した刺繍と、適度な長靴下による絶対領域を追加すれば……スイーツのドーパントも裸足で逃げ出すだろう。どちらかと言えば、スイーツと言うよりもナイトメアである。そんなの絶対お菓子いよ!吐き気が充ち溢れすぎて、有り触れた菓子が舌先を駆け巡る極彩色の甘美に思えるよ!!……そんなことはさておき。鴻上光生が懐に持っていたセルメダルを何枚か譲り渡すことによって、ようやく里中秘書にも魔女が視認できるようになったところで、ようやく説明パートである。画面の中では、食い掛る有翼魚を必死に美樹さやかが捌き続けていたが、それはこの部屋内における話題の中心では無かった。鴻上光生が問い質したのは……羽を生やした魔法少女が鳥籠の魔女に捕らわれている件についてである。鳥籠の中に生えた魔女の本体と思しき巨大な足に踏みつけられ、潰れたカエルのような声を漏らしている底辺魔法少女の姿は、ある意味においては『いつも通り』な訳だが。「そもそも、メダルと人間の間には、引き合う因果がある。破壊や力を求める人間は紫のメダルに、愛に飢える者は青のメダルに、というようにな」それは……錬金術師ガラの経験から来る言葉に違いが無かった。どこまでも力を求める強欲な王に紫のメダルの存在を知られてはならないと考えていた、錬金術師たちの総意。その判断の元には、やはり確信とも呼ぶべき予感があったのだろう。放っておけば、やがて王は紫のメダルへと辿り着く、と。「なるほどッ! 魔女もその例外では無く、むしろその性質を利用してトーリ君のコアメダルを引き寄せたッ! そういうことかね!?」「呑み込みの早いことだ。流石は『王』の子孫といったところか」錬金術師が現代にて偶然見つけた、魔女のタマゴ。そして、それが行方不明のコアメダルと引き合う性質を持っていたことは……ガラにとっての、最大の幸運であったと言えるだろう。……鳥かごの魔女、ロベルタ。偶然のもとに錬金術師ガラによって捕えられ、その先兵として江戸の町へと送り込まれた一体の魔女の名前が、それだった。そして、人間達はその概要さえ知っていた筈も無い。その魔女の司る性質が……『憤怒』だという事を。即ち、トーリの抱えている緑色のメダルのそれと同質故に、引き合ったのだろう。だからこそトーリは、鳥籠の魔女に吸い寄せられたという訳である。……しかも、画面の中で有翼魚を捌き続ける美樹さやかの剣が段々と後手に回り始めているのを、画面を見守る全ての観客が理解していた。特攻要員の使い魔が足早に生み出され、さやかの剣がそれに追いついていないのだ。必死の形相で剣を振るい続ける美樹さやかは……踊らされている一体の傀儡人形に過ぎなかった。そして、さやかを掌の上で踊らせながら愉悦の表情を浮かべる舞台主を、鴻上光生と里中エリカは明確に判別することが出来ていた。「なるほどッ! このまま美樹さやか君を結界の外まで押し流し、コアメダルは魔女ごと現代まで回収するという訳かっ! まったく! 恐れ入るよッ!!」「今の状況からそこまで判断するか……」鵺ヤミーを江戸時代へ転移させた術を見るに、おそらく現状における錬金術師ガラが江戸時代と現代を繋ぐゲートを作るためには、それほど重い制約は置かれていないと見える。直径10キロの土地を転移させた後だからこそ、その術式の一部を流用することによって制限を軽くしているのだろう。さらに、ガラがコアメダルを欲していることから察するに、ガラより派遣された刺客は現代に帰還することが前提となっている筈だ。鳥籠の魔女が物量攻撃によってさやかを結界の外へと押し流そうとしている図からも、ガラが魔女を回収する際の面倒草を排除しておこうと、何らかの指図をしている様子が窺えた。……という長ったらしい4行にも及ぶ解説を脳内ですっ飛ばして結論だけ言ってしまう鴻上会長は、色々と流石過ぎた。時間をかければ常人でも至ることは可能な推論には違いないが、それを一瞬のうちに導き出してしまう辺りは、やはり会長が会長たる所以なのだろう。下手をすると既に……この大騒動の結末まで、把握しているのかもしれない。結論から言えば、この直後に鳥籠の魔女は任務を遂行し、ガラの転移魔術によって帰還を遂げることとなった。グリーフシードの形へと戻った魔女と、3色7種12枚のコアメダルをその手の中へと収め、その戦果を愉快そうに眺める錬金術師の姿が、そこには存在していて。気絶したまま一緒に付いてきてしまった蝙蝠のヤミーを、鴻上会長と里中秘書を軟禁している一角へと無造作に放り込んだ錬金術師は……ただ、嗤う。「あと二族! それを以て我は、完全なる王、真の『オーズ』になる!」世界を飲み干すように口を広げ、結界中に響き渡るような大声を轟かせて。『なんで……どうしてだよぉっ! 守るって、今度こそ絶対に守るって、約束したばっかりなのに……っ!』画面の奥で両膝を地面に付けている美樹さやかの慟哭を……嘲るように、嗤い続ける。その構造は、残酷すぎるほどに明暗を隔てても居た。勝者であるガラと、敗者である美樹さやか。片方は天を見上げて歓喜の声をあげ、他方は地を叩きながら嘆きの声を吐き出していて。明るい照明の施された塔の一室は……美樹さやかが項垂れている神社の境内に比べると、より一層明るさを増したように鴻上光生等には思えた。「はっはっはっはっはっはっ!!」『うあああああああああぁッ!!』鳥籠の魔女に踏みつけられて伸びていた蝙蝠のヤミーは、未だ、目を覚まさない……火野映司の機嫌は、少しだけ上向いていた……ハズだった。転移した土地の端にお馴染みのクスクシエを発見し、寝床の確保が出来たという嬉しい誤算があったためだ。尚、見滝原市は群馬県内某市の別名ではないかという噂が一時期聞かれたような気もするが、それは全面的に気のせいである。風都にも夢見町にも天高にも味の素スタジ○アムにそっくりな建物があるのと同じぐらいに、全くの偶然なのである。よって、見滝原市夢見町にある多国籍料理店クスクシエが新宿より40km程度の地点にあったとしても、何ら問題は無いという訳だ。そして、神社にさやかとトーリを置いて来たという駿少年と共に、境内へと足を運んだ火野映司は……而して、その陽気を瞬く間に掻き消されてしまっていた。薄暗い神社の一角にて……人間とは思えない程に無音のままに力無く座り込んでいた美樹さやかの姿を、目にしたのだから。「さやかちゃん!? 何があったの!?」「さやかさん!?」……咄嗟に駆け寄った映司等が悟った、美樹さやかの様子。それは、虚しさとも絶望とも呼ぶべき重苦しさに塗れた、敗北者の姿であった。焦点の合っていない瞳には何も映っては居らず、眸の傍らには泣き腫らした跡を覗う事が出来る。身体の傷はさやかの持つ回復能力の恩恵によって完治していたが……心の方は、そう簡単な代物では無いらしい。この時……素早く駆け寄った映司は、同時に自身がさやかに対して何をすべきかという事を、冷静に考え始めても居た。パニックに陥った人間を手っ取り早く落ち着かせる方法が、相手の血圧を変化させるという作業によって為されることを、映司は知っていたのだ。戦場という冷静さを失いやすい状況の代表例のような場所に足を運んだことがあるからこその、知識である。だがしかし、その知識は現状を好転させるどころか、むしろ形勢の悪さを読み取らせるばかりであった。順を追って説明すると、血圧を操作する行為として最も頻繁に人間が行っている動作……それは、体位を変えることに他ならない。恐怖や緊張で足の力が抜けるという現象は、一時的にでも血圧を変化させて混乱状態から復帰するための、本能的な作用なのである。そして、現在の美樹さやかは『座り込んだ』状態であり、しかもパニックに陥っている様子でも無い。つまり、そこそこ冷静にモノを考えられる状態にありながら、茫然自失の底地にあるという訳だ。従って、さやかの正面に自身も座り込んだ映司は、それ以上にさやかを急かす行動を選択しなかった。もう少し美樹さやかに余裕があれば、映司は口に出して何が起こったのか問い質しただろうが、今の状況では下手に彼女を急かさない方が良いだろうと踏んだのである。「……」「……」火野映司が美樹さやかの涙の枯れた眼へと正面から視線を注ぐこと、数十秒。気まずい沈黙と感情の交わらないお見合い状態に、事態を理解出来て居ない駿少年も困惑するばかりである。もちろん、映司に何か考えがあるのだろうという信頼は足りているらしく、その沈黙を破りには行かないようだが。「……あたしは、さ」そして、沈黙を破ったのは……当然の如く、美樹さやかであった。他の二人が待ちの姿勢を保っているのだから、当たり前である。やはり、呆然として居ながらも、美樹さやかはある程度冷静さを確保出来ていたらしい。その口から紡がれる言葉は、頼りない細さを綻ばせながらも、理性によって導き出されたメッセージを伝えようとしているように思える。「あんたの、自分を大事にしないところが、凄く不気味だし、嫌い」普段より低い、恨みがましくて熱の足りない声を震わせて。睨みを利かせるには迫力が足りず、泣き落とすには涙が足りない視線を映司に返しながら、言葉を紡ぐ。「でも……それでも……!」美樹さやかは、理性のうえでは理解できているのだ。さやか一人だけでは、トーリを守ることも叶わないということを。加えて、目の前で心配そうにさやかの顔を覗き込んでいる男の、真価も。そして……さやか自身の感情に優先すべきことも、分かり切っていた。「……お願い。あたしだけじゃ、無理なんだ」映司の胸元に突き付けられた、美樹さやかのコブシ。見た目の割に強く握られたその手にあったモノは……もはや美樹さやかが口に出して説明する必要も、無かった。それは、トーリがさやかを信頼して預けてくれた……希望の鍵。一人の死にたがりの男を救世主へと変える王の証が、映司へと押し当てられていたのだ。「トーリを、助けて。『仮面ライダー』……っ」――この間みたいに仮面ライダーが助けてくれる……!かつて美樹さやかは、薔薇の魔女と戦った時に、全く同じ言葉を吐いたものだった。その時には軽い気持ちの下に後ろめたさも感じず、何の葛藤も持たないままに叫ぶことが出来た筈の、一節。それなのに、今この時において美樹さやかが口にした一言は……出来る事なら言いたく無かったという思いと共に吐き出されたもので。「うん。絶対に、助け出そう」無意識のうちになのだろうが、美樹さやかと共にそれを為すのかどうかという点をぼかしている映司のその言葉が……えらく、卑怯なそれに思えたのだった。・今回のNG大賞「なるほどッ! 鳥籠の魔女によって、鳥メダルを引き寄せたワケだねッ!!」「……否。それは偶然の産物だ」偶然って怖いですネ。・公開プロットシリーズNo.87→帰ってきたオーズドライバー。そしてその代償。