トーリは、下手に嘘を吐けば次瞬間にはその場にセルメダルが出来上がることぐらい、既に理解していた。ところが、暁美ほむらさんが一体どの程度の情報を持っているのかが分からない。場合によっては、ほむらに与えなくても良い情報まで与えてしまう事になるかもしれないのだ。当然、『ウヴァさんを復活させたいです!』などと口走ろうものならば、すぐさまあの世でウヴァさんと感動の再会を果たすこととなってしまうだろうが。「ほむらさんは、グリードとヤミーの関係を知っていますか?」「ヤミーはグリードの配下……だったかしら」……暁美ほむらは、どこでその情報を知ったのだろう?グリードから漏れたという事は無いだろうから、美樹さやか辺りからだろうとトーリは予想をつけていた。実は濡れ衣なのだが、この思考の流れに、美樹さやかの人物評価がありありと表れているといえるだろう。それはさておき。「実はワタシはヤミーなんですが、親玉のグリードが死んでしまっているので、人間と敵対する理由が特に無いんです。なので、目的も無く何となく生きているみたいな感じです」割合にすれば、7割程度が嘘といったところだろうか。目的はもちろんグリードの再生なのだが、まさかそれを正直に口にするはずもない。トーリの目標を知っている存在はカザリだけの筈なので、その情報は洩れていないだろうという思考からの発言であった。ただし、暁美ほむらが火野映司からメダルの情報を得ていた場合、グリードが復活出来るという情報が漏れている可能性は皆無ではない。だが、何となくトーリは、その可能性を消去していた。――あいつが居ないと俺もメダルに関する情報不足で辛いので、出来れば復活させたいんです。それは火野映司が鴻上会長に対して口にした一言だったが、トーリにはその理由が本当のものとは思えなかったのだ。アンクを復活させたいのはおそらく映司が悲しいからであって、でもグリードを復活させるなんて褒められるべきことでも無いからそれを正直に話すことが出来ないのだ、とトーリには理解できていたのである。トーリは、いまだ気付く気配さえ見せない。かつて暁美ほむらを激昂させた無神経な性格が、既に自身から失われていることに。火野映司や巴マミの傍に居た時間はそれほど長いものではなくとも、確実にトーリの思考や精神は変化を遂げていることにも。「……そう」そして、それを聞いて何かを考え込んでいる様子の暁美ほむらさん。トーリの返事が想定外のものだったらしいのだが、嘘を感知されている様子でも無い。しかし、そもそも何故暁美ほむらはトーリに話しかけてきたのだろう。トーリが怪人だったら殺すためだという線が濃いものの、だとすると暁美ほむらは現在、脳内裁判を行っている真最中という事になりかねない。本当に審査を行っているのかと疑わしい早さの即時デリート許可などというアリエナイ事態は避けたようだが、状況は予断を許さないようだ。「それで、ワタシは見逃して頂けるんでしょうか……?」「私達に仇を為すつもりが無いならば、率先して倒そうとも思わないわ」……だからこそ、その言葉に心の底から胸をなでおろすトーリ。どうやら暁美ほむらは、グリードが復活できるという情報も知らないらしい。「出来れば、ワタシの正体は秘密にしてもらっても良いですか……?」「その代り、情報は渡してもらうわ。メダルに関しての情報を全て吐いて行きなさい」実を言えば、これが暁美ほむらの目的だったりする。特にグリードが800年の眠りから覚めた原因についての情報が、ほむらとしては目玉なのだ。ループ世界を駆け廻る暁美ほむらにとって、『再現性』の重要度はバカに出来ないものなのだから。だがしかし、トーリの先程の証言が逆に、暁美ほむらの発言に縛りを与えてしまってもいた。ほむらが素直に『800年の眠りからグリードが復活した原因を答えなさい』という問いをかけた場合、このヤミーにグリード復活の手段が存在することを知らしめてしまうことになるのだ。つまり、ほむらは自身の質問によって敵へとグリード復活の可能性を示唆してしまう事態を嫌ったのである。厳密には、『800年前の王に封印されたグリード』と『戦闘によって解体されたグリード』の復活方法は異なっているのだが、そのような細かいケースの違いなど暁美ほむらが想定できたはずも無かったのだ。※13世紀の錬金術師によって作られた超常の物質がコアメダルで以下略。そんな巴マミからも聞いたような説明を聞きながら、暁美ほむらは未だに目の前のヤミーを処分すべきかどうかを迷っていたりする。メダルの怪人だと判明している相手を生かしておくのもすっきりしないものの、殺すには今一つ踏ん切りがつかないというべきか。――私を頼ってくれる魔法少女よ。流石に、可愛い後輩の情報はそう易々と教えられないわ。その原因はやはり彼女だろう、と暁美ほむらは思う。トーリの事を大切な存在だと言い切り、トーリの身を案じて暁美ほむらに食って掛かった、先輩魔法少女。そして、トーリを始末しようと思う度に、ほむらの恩師でもあるそのヒトの面影が頭の中に首をもたげるのだ。ほむらが時間を巻き戻したせいで、ようやく手に入れた『相棒』との絆さえ無に帰され、より多くの孤独を味わう羽目になったその人物に対して、ほむらは今も罪悪感を拭い切ることが出来ずに居る。もちろん、ほむらは優先順位という言葉を自分自身に言い聞かせては居るものの、やはり情というものを簡単には捨てることも出来そうに無かった。だがしかし、このヤミーを信じるのは不安過ぎるという思いもまた、強く残っている訳で…………そんな、時だった。「……!」「えっ?」地面が、裂けたのは。コンクリートによって舗装されている筈の地面に、亀裂が走ったのである。それも、運命の悪戯か、トーリと暁美ほむらを二分するように。瞬く間に断裂を始めた地面は、トーリ側が下方へ、ほむら側が上方へと遷移を始めたのだ。そして、二人の反応は……おそらく、潜って来た死地の数の差が如実に表れてしまって居たのだろう。驚いて跳び上がろうとしたトーリは、次の瞬間には首根っこを掴まれていて。気が付いたら、暁美ほむらの足元へと組み伏せられていたのだ。その十数秒後、二人は知ることとなる。トーリとほむらは、回転する巨大な円盤の上に取り残されたという事を。……つまり、ほむらがトーリを引き寄せるのではなく、ほむらがトーリの方へと逃げれば良かったということである。「ほむらさん……ワタシを道連れにしたんですか……?」とばっちりというか、流れ弾というか。回避できた筈のトラブルに巻き込まれてしまったという不満を覗かせながら、少しだけ反抗的な視線を暁美ほむらに返してみせるトーリ。だがしかし、それに対する暁美ほむらの姿勢は、弾圧の意図をもったそれでは無くて。「……下と上だったら、普通は上が安全だと思うでしょう?」バツの悪そうに反論する暁美ほむら閣下は、それから暫くの間、トーリと目を合わせてくれなかったのだった……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第八十二話:緊急回避は確かに格好良い。しかし余裕を以て回避するのが理想的である事は間違いが無い。二枚目の、回転盤。巨大都市を円状に切り取ったその巨大メダルは、先刻のものと同じく、やはり空中にて回転を遂げていた。加えて、元の場所に収まったのも、先刻に浮き上がった一枚と同じ軌道を描くモノではあった。だがしかし、先程の円盤とは決定的に違う要素が、はめ込まれた土地には存在していたのだ。新宿の最中央部にドイツの森が転移してきた一枚目も大概であったが、二枚目は更にぶっ飛んでいたのである。「見滝原以外にもおかしな土地ってのはあるもんだなー。常識ってなんだっけ?」「なんだ、赤毛ちゃんも余所モンだったのか。それと常識ってのは、おでんの食い逃げは犯罪だってことだろうな」目の前に広がる、円盤状に切り取られた街を唖然としながら視界に収めて、取り残された若干二名が交わした言葉がそれだった。普段飄々としているこの二人の本音がダダ漏れの会話が垂れ流されるという、実はレアな場面なのかもしれない。佐倉杏子と伊達明の目の前で断裂した地表は、美樹さやかや火野映司等を乗せたまま反転してしまったのである。尚、杏子の台詞の後に青春ライダーの主題歌の一部を引用しかけて、後から焦って改稿したという経緯があったり無かったり。耳に入った伊達の言葉に何か引っかかるものを感じて少しの間だけ、伊達の方へと振り向いてしまう杏子。そして、もう一度切り取られた街並みに目をやって、少しだけ収まった驚愕の感情を確認して。さらに、再び伊達の顔を見て。「……」思い出した。4日か5日ほど前に、おでんの屋台で無銭飲食を働いた際、『良い家族』なんて歯の浮くような寝言を呟いた男の顔を。腹いせにそいつの連れを装って屋台をこっそり抜け出したことも。であるからして、杏子のとるべき行動は、ただ一つ。出来るだけ足音を立てないように踵を返して、「いや、そこで一人逃げるのは無いっしょ」……伊達に、肩を掴まれた。おそらく、さやかと睨みあう図を目撃された時点で、杏子が逸般人であることは伊達には見抜かれているのだろう。どう考えても、この事件を解決するための知恵と力を貸せと言われているとしか、思えなかった。「キャーッ! おまわりさーん! 痴漢よーっ!!」「似合ってねぇから。ってか、この非常時に警察は構ってくれないだろ。常識的に」ちぇっ、と悪態を吐いてみせる杏子の様子を見るに……やはり、か弱い乙女の悲鳴は演技だったらしい。万引き犯として追われていた機会に身に着けた処世術辺りが、とっさの反応として出てしまったのだろう。おそらく。伊達とて、そんな三文芝居に怯むような漢では無いわけだが。「アタシは乗りかかった船だろうが、沈むと解ったらさっさと降りちまう女なんだよ。カルネアデスの板は、他人を犠牲にすれば自分は生き延びられるって話なんだ」「まぁ、その気持ちも分からんでも無い。でも、この船は海に飛び込めば助かるってレベルじゃねぇだろう」地球を船に例える想像力は星の数ほど。そんな在り来たりな例えを用いるならば、この世界の現状は、瀬戸内海で光に包まれながら遭難している船のようなものなのだろう。この災難の元凶をどうにかしなければ……降りても地獄、生還しても地獄、記憶を失えばまだ平穏に暮らせるかもしれないといったところか。「それなら、生き延びられる分まで板を集めるだけさ」「そこまで言うなら、退き留めんのも無理そうだな。じゃぁさ、去り際にこのヘンテコイベントについて知ってることを何か教えてくれよ」……というか、最初からそれしか期待していなかったのかもしれない。伊達明の様子に残念そうな気配が見られないことから、最終的な妥協点がそこになることを把握していたとさえ思われる辺り、色々と食えないオジサンである。しょうがねーな、なんて前置きしながら結局情報を提供しても良いと思えてしまっている杏子も、何だかんだでお人好しなのかもしれないが。「なんかあの女ピエロからは、魔力によく似た波長が出てるんだけど、それと同じ波長をあの結界の奥からも感じる」あの結界とは、言わずと知れた錬金術師ガラの岩戸である。伊達明一同をドイツの森より弾き出した、人間を寄せ付ける気配を見せない結界のことだ。そして、半透明な壁の向こう側、鬱蒼とした森林地の中央部にそそり立つ不気味な塔に、道化女によく似た気配が留まっているのだという。「まさか本当に赤毛ちゃんが魔法少女だとは思わなかったぜ……」「……面倒くさいから突っ込まないよ。で、多分誰かがちょんまげ契約を結ぶたびに何か変な力があの塔に溜まってるみたいだ。その正体まではわかんねーけどさ」……まぁ、アタシに言えるのはそれぐらいかな。そう最後に言い残し、背中を見せて、一本にまとめた長い髪を揺らしながら。結局佐倉杏子は、伊達明の視界から姿を消して行ったのだった……「まったく、これじゃぁオチオチお仕事も始められねぇ……」こちらもこちらで愚痴を漏らす伊達明を、取り残して。伊達の仕事は後藤慎太郎育成計画の筈なのだが、事情が事情だということもあって、あまり目途が立っていなかったりするのだ。後藤がサポートとして自主的に働き過ぎているので、あまり伊達と後藤が顔を合わせないという事態が起こってしまっているのである。そんな中で見つけた、現在の伊達がとるべき行動とは……そして、反転する巨大メダルの一面に取り残された火野映司御一行はと言えば、ようやく地表に下ろされて一息吐いていたりする。だがしかし、一枚目の反転によって新宿のビル街がドイツの森と入れ替わったように、二枚目もまた、元の街並みの中へと舞い戻ったはずも無かった。「何コレ? ちょんまげの次は時代劇セット?」案の定、オーズ陣が絶対に口に出来ないような突っ込みを平然と吐く美樹さやかの姿が、そこには在ったのだとか。だがしかし、常識的な人間ならそう言ってしまいそうな状況が彼らの目の前に広がっていることは、疑う余地が無かった。小袖に甚平、草履に下駄。しまいには街並みまで、土塀を木柱で支える日本古来の民家が広がっている、その風景は……「江戸時代……?」まさに、日本に200年前まで続いていたと言われる一時代の眺め、そのものだったのである。もちろん、映司やさやかには実物を見た経験などある筈も無いのだが、ドラマやドキュメンタリーにおいて再現された風物と目の前の街並みは、あまりにも現在の環境に似通いすぎていたのだ。突然変わった街並みに突っ込んでしまう自動車、運悪く空間の裂け目にそって真っ二つになってしまっている民家、そして……遠くに見える城。そのどれもが、告げていた。時代が違う、と。そして、21世紀の住人が奇異の視線を浴びるのは、しごく当たり前のことであった。「てめぇたち、いってぇ何モンだ!?」「怪しいモンじゃないって!」「どうみても怪しいんだよォッ!!」「なんべん言わせんの!?」案の定、岡っ引きと小頭を筆頭にした江戸の町の住人と、サラリーマンや学生といった如何にもな現代人の睨み合いが引き起こっていたりして。路上の石やら屋根瓦やらが飛び交い、喧嘩の体をなしていたのである。……殴り合いの暴力沙汰が始まっていないだけマシと見るべきなのかもしれないが。「待って待って! 落ち着いてください!」そして、その対立の中へと平然に入って行く男は、もちろん火野映司。俺達も同じ人間ですから、と言って回りながら江戸の住人を宥める姿は……パニックによって碌に和解も出来なかった未来人らとは一線を画していた。少なくとも美樹さやかには、そう思えたのだった。傍らに無言のまま付いて来ている若葉駿少年に目を落としても、火野映司が場を収めているお蔭か、その表情には少しずつ安堵の色が浮かび始めているという程度である。……なんというか、不気味なのだ。メダル絡みの事件に映司が慣れているだけなのかもしれないが、美樹さやかには火野映司という男の落ち着き様が、どこか不気味に映ってしまうのである。そんな美樹さやかだからこそ、だった。その場の誰よりも早く、新たな『異変』に気付いたのは。空の一点に現れた小さな影が、意識に少しだけ留まって。それが大きくなっていくうちに、理解したのである。「こっちに来ないでくださいっ!!」「こあめだるヲ寄越セェッ!!」一人は、美樹さやかの知り合いに間違い無かった。いつもの頼りない蝙蝠女が、いつものように半べそをかきながら、いつものように空中を逃げ回っているのである。……何から?んんん、と目を凝らしてみれば、その追跡者の姿を確認することが出来た。全長30センチほどの、牛の頭骨のような物体に追いかけられているらしい。白骨らしき何かが、逃げ惑うトーリに食い付こうとしているようなのだ。助けを求めながら飛び回るトーリの様子は……現代でも御馴染みだった光景というか、いわゆる平常運行過ぎていて。「なんか、あいつもいつも通りで、ちょっと安心したわ……」いつの間にか新技を身に着けたらしく、掌から電撃を放って牛骨へと攻撃を随時行っている様子だったが、それも効果を挙げているようには思えない。バチバチと爆ぜるような音だけは小気味良いのだが、トーリより少し速い牛骨の動きを鈍らせるぐらいの役割しか持てていない様子である。何とか逃げ回ることが出来ているという意味においては、役に立っていると言えるのかもしれないが。そしてお察しの通り、そんな状態のトーリが通りかかったこと自体が、既に大問題なのである。火野映司の「俺達も同じ人間です」という説得によって江戸の住人と未来人たちがようやく和解しようとしていたのに、あからさまに人外なトーリの姿を見られたら、色々と話がややこしくなることは目に見えている訳で。ひぃひぃと言いながら逃げ惑う蝙蝠女が運んできたものは絶対に幸運では無いだろう、と美樹さやかには思えたのだった……・今回のNG大賞『さやかさん! 何故見てるんですか!?』『話が面倒くさくなるから帰れ』オ ン ト ゙ ゥ ル ル ラ キ ゙ ッ タ ン テ ゙ ィ ス カ ー ! !・公開プロットシリーズNo.82→オリ主という生物は、大抵トラブルメーカーなのである。