『ライオンでございまーす』結界中央部に位置する巨塔の、更に最奥部。その一室に響いたその声は、聞く者に人間味の欠如を感じさせる、独特のそれで。そんな間の抜けた声は……その声の主によって握られたメダルの、種族を読み上げるものだった。薄紅と黒のチグハグな衣装をまとった女道化が、コアメダルを『あるべき場所』へと収めているのだ。直径一尺ほどの円盤が等間隔に三つ配置された、毒気を匂わせる紫色の石版のくぼみへと。『トラでございまーす』円盤一枚につき6つずつ、円盤三つで合計18個のくぼみへと愚者の手によって埋め込まれていく、欲望のメダル。そして、同じく部屋の一角に軟禁されている鴻上光生の目から見て……その石板の正体は、極めて明確に思えた。見張り役のナイト兵の隙を油断なく覗っている里中秘書の様子を確認しながら、答え合わせへと臨む鴻上光生の瞳には、確固たる自信が宿っていたのだ。「マスター・ガラッ! それはっ! 規模こそ違うが! 『オーズ』かねっ!?」「……そうだ。世界を滅ぼし、我が新たな王となるための、な」『チーターでございまーす』コアメダルの力を利用して途轍もない何かを企んでいると思しき、古代の錬金術師。道化を従えたその姿は……どこか不気味でもあり、また虚しくもあった。世界の王となることを目論むこの女は、鴻上の知る世界を終わらせる男とも少し趣向が違うように思われる。真木清人が世界を終わらせること自体を目的としているのに対し、ガラは新たに自身が王となる世界を作り出そうとしているのだから。『シャチでございまーす』そして、鴻上光生の気を引くモノは……部屋の中にもう一つ、存在していた。それは、疑似オーズとは別に用意された、四枚組の円盤。中央の一枚の周囲にやはり三角形を為すように配置されている盤は、中央の一枚の上に巨大なフラスコが浮き上がった不可思議な構造の、人造とは思えない形を成している。更に不気味なことに……フラスコ上部に何処からともなく現れたセルメダルが、段々とフラスコの内部へと溜まっていくのだ。だがしかし、こればかりは何が起こっているか理解出来る筈も無い……などという諦事を漏らすような鴻上光生など、有り得る筈も無い。「では! そのフラスコの中身が埋まると! 何が起こるのかねッ!?」何もない空間へと投影されたディスプレイにこそ、鴻上はその答えを見出していたのだ。現在巨大な石版へとコアメダルを収めている女道化と同型の使い魔が、町中においてちょんまげキャンペーンを実施する光景が、そこにはあって。そこに群がる人々が契約を結ぶたびに、セルメダルがフラスコへと溜まっていく。そういう仕組みだというところまでは、鴻上光生は読み切っていたのである。もっとも、その辺りまでのことならば、おそらく秘書の里中エリカとて理解しているだろうが。「世界が滅びる。それだけのことだ」そして、それに対する返答は……あまりにも、そっけなくて。だがしかし、簡潔過ぎるほどに完結したその言葉は、その役割を十二分に果たしていた。錬金術師ガラは人類の敵だ、という意味を伝えるための、役目を。『ウナギでございまーす』加えて、世界にもまた、変化が起こり始めていた。半透明なディスプレイを通して鴻上光生の視界へと飛び込んできた、光景。それは……先刻に浮き上がっていた巨大メダルと同じように宙を舞い始めた、円状に切り取られた日本の土地の姿であった。先程の新宿の跡地から10キロ以上も離れた場所にて、再び土地反転現象が起こったのだ。二枚目の巨大メダルとなった土地が、浮遊し、回転しながら国土へと戻って行く。そしてその土地が……浮き上がる前のものと同じ街並みを維持していた筈も、無い。「流石は天才錬金術師ッ! 場所だけでなく、時間までも超えるとはッ!!」4枚組の円盤は、フラスコに溜まったメダルの重みによって土地を引っくり返すための、天秤のようなものなのだろう。おそらく、特殊な手順を踏んで作られたセルメダルを用いることによって発動する、天下の大魔術。しかも、その効果は空間のみではなく、時空さえ歪めるものであったらしい。『タコでございまーす』「まさにッ!! 週末へのカウントダウンだッ!! そう思うだろう、里中君ッ!」脱出の機会を窺い続ける秘書へと、そのハイテンションのままに同意を求める鴻上会長。この状況を楽しんでいるとさえ思われるその狂言回しぶりは、それを聞く者に、もはや人類のそれを超越しているとさえ感じさせてくれる。「……定時に帰れそうに無い事だけは」もっとも、彼の秘書である里中エリカは良くも悪くも、何処まで行っても『人間』のようだったが……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第八十一話:一・触・即・発ちょうど答え合わせが始まった頃、カザリと別れて結界の外を周っていたトーリは、その身が置かれている状況の圧倒的な不自然さに気が付き始めていた。不自然を理不尽と言い換えても良いかもしれない。別に、先程トーリに情報を提供してくれたカザリさんに問題があった訳では無い。むしろ、その後にトーリに起こる筈のイベントが一向に起こらないことに、問題があるのだ。果たして、その内容とは……「杏子さんと会わないのは何故なんでしょうか……?」別回りで結界の周囲を調べている筈の杏子と、何時まで経っても鉢合わせないことである。既に外周の7割以上を進んでしまったトーリとしては、いい加減に杏子と合流できても不思議では無いと思えているのに。一応杏子とて錬金術師ガラの使い魔を見つけて調べているのだから、決して油を売っている訳では無いものの、そんなことをトーリは知る由も無いのだ。「どうしましょう。無差別念話にしても、繋がったら困る人も居るんですよねぇ……」無差別に念話を飛ばそうものなら、一番来て欲しくない人材がこの場に来てしまう可能性もあるのである。具体的には、トーリの誕生日を命日に変えようとしてきた、むっつりな魔法少女さんとか。「うーん……やっぱり慎重に動くに越したことは無いですね」「心配には及ばないわ」やはりトーリは少し心配症というか、根本的に臆病なのだろうか。心配しなくても大丈夫と言われても、不安なものは不安なのである。ただ、『まどか☆マギカ』の世界を歩くためには、これぐらいの警戒心は持っていた方が良いに決まっている。もっとも、久しく魔女に会っていないトーリは、魔法関連への注意力が若干散漫になっているのかもしれないが。「そうは言われても……って、あれ……?」…………おかしい。何かが、おかしい。トーリは杏子ともカザリとも別れて、単独行動をしていたはずでは無いのか。では、心配には及ばないと声をかけてくれた人物は一体誰なのか?背後から聞こえたその声の主を確認するのは、振り返るだけの単純な作業の筈なのに、それがえらく億劫に思える。心の中で静かに汗を流しながら、意を決して振り返ったトーリの視界に入って来たのは……「……久しぶりね」「ひいいいいっ!!?」長い黒髪を靡かせた、無表情な魔法少女だった。忘れる筈も無い。その声も、顔も、行動も。今のトーリの慎重な性格形成へと多大な影響を与えた、通り魔のむっつり様である。互いにガラの結界を調べていたのだから、出会ってしまっても全く不思議では無いのだが、トーリが暁美ほむらの動向を知っていた筈も無い。だがしかし、ここで急いで足や羽を動かしても……おそらく事態は好転しないということを、トーリは理解できている。逃げ出さなければ殺られる、という本能の警鐘とは裏腹に、而してトーリの理性がそれは不可能だと訴えていたのだ。以前、サメヤミーごと纏めて始末されそうになった時には、暁美ほむらの謎の速さによって離陸を阻止されたことがあった。従って、簡単に出し抜ける相手では無い事は明白である。よって、トーリの採るべき行動は、ただ一つ!「どうか、命だけは見逃してください!」……命乞いあるのみである。目の高さに指を組んで、唯一神暁美ほむら様を崇め奉るポーズをとってみるトーリ。もちろん相手への敬意など、ウヴァさんの威厳と同程度にしか存在しないものの、トーリが死にたくないのは事実なのだ。紫の魔法少女に追い詰められるヤミーの構図は、紫の絶対者に追い詰められるグリードの構図に通ずるものがあるのかもしれない。「始末するつもりなら、もっと速やかに殺っているわ」「……ごもっともです」確かに、暁美ほむらがトーリを処分するつもりならば、もっと手早く済ませることが出来た筈なのである。わざわざトーリの背後から近づいて来たのだから、いくらでもそれは出来ただろう。では、何の用があるというのか。まさか、便利なアッシーになれと言われるわけでは無いだろうが、最近タクシー代わりに使われ続けている身としてはそれが一番有り得そうだと思ってしまうのも仕方が無い訳で。「単刀直入に聞くわ。メダルの怪人である筈の貴女は、どうして人間と行動を共にしているの?」……そして、暁美ほむらから投げかけられた質問は、決してトーリの状況の好転を示すものでは無かった。よく考えれば、トーリがセルメダルを排出するシーンを、暁美ほむらには見られたことがあるのだ。しかも、誕生日とサメヤミー戦の際に、合計二回にわたって。むしろ、何故今までそれが口外されなかったのか疑問に思えてしまうレベルである。「え、ええと、ですね……」しかし逆に考えると、ここで暁美ほむらに何らかの形で手を貸せば、トーリの正体を秘匿してくれる可能性も残っている。あわよくば相手からの信頼を勝ち取ることが出来れば、寝首をかく事だって出来るかもしれない。「嘘も誤魔化しも、貴女の命を縮めるだけよ」……ここは、下手に出て切り抜けるしかない。そう決心したトーリは、まさか予測できたはずも無かった。実はトーリの正体が既に巴マミの耳に入っていること、など……そして、近頃暗躍していたと評判のアンクはと言えば……「映司は復活したのか……それに、戦力は殆ど勢ぞろいだなァ」とある物陰から、仮面ライダーと魔法少女の集団に視線を注いでいたりする。小柄な身体は隠れる時には便利だ、などと自身の現ステータスを頭の隅に置いて、どこか目つきの悪さを感じさせる眼で周囲にも注意を回しながら。泉比奈の御下がりの衣類に身を包み、外見上特に不審な点の見られない女の子の姿を装いながら、アンクは思考を巡らせていた。錬金術師ガラの気配に釣られてこの場に現れてしまったアンクに、何かすべき事があるのか、と。「あの赤いガキも魔法少女……か? 伊達とかいう奴も居やがる」さやかと睨み合っている赤毛のポニーちゃんは、アンクの知る人物では無い。だが、その女の子が魔法少女であっても、やはり戦況を覆すに足るとはアンクには思えなかった。その二人の様子を覗っている映司にしても、ガラに太刀打ちするのは困難を極めるだろう。「オーズと魔法少女の力でも、ガラの奴を倒すのは手がかかる、か」そこにバースを加えてやっても、特に戦況に大きな変化がもたらされることは無い。ということは、人間の小娘一匹と同程度の力しか持っていないアンクが参加したところで、情勢は変わらないのではないか?そう、アンクが思い至った、そんな時だった。『初めまして、ですね。アンク君』「な、なんだッ!?」……背後から声をかけられて、素っ頓狂な声をあげてしまったのは。小さな肩を思わず上下させ、直後に慌てて自身の口を塞ぐというコメディのような仕草をしてみせる辺り、かなり本気で動揺している様子がうかがえた。アンクとしては、鹿目まどかの頼りない心臓が『また』飛び出すかと思ったほどである。ところが、不安と緊張に速まる鼓動を抑え、声の主の姿を求めて右へ左へと首を回して見るも、一向に目的の人物は見当たらない。背中に一本にまとめた髪が擦れる感触が返ってくるばかりで、会話を開始すべき相手が視界に入って来ないのだ。この身体に対して『鹿目まどか』ではなく『アンク』と呼びかける人物など、泉信吾ぐらいしか居ないはずなのに、突然かけられた声は明らかに鹿目まどかへと向けられたものでは無かった。そして、もしその正体を知っている人間が居るとすれば……「……鴻上の手のモンか」『ご明察です』鴻上財団の情報網ならば、何らかの手段によってアンクの生存を突き止めていたとしても、有り得ないとは言い切れない。案の定、左右では無く足元に目を向ければ……バッタのカンドロイドが、その緑色の身体を光らせていた。何気なく、鹿目まどかの身体に慣れてきたアンクだからこそ、下を見るという発想が頭から抜け落ちていたのだろう。この小さな身体の下から話しかける人物など、中々居るものではないのだから。『メダルシステムの開発者の、真木清人という者です。以後お見知りおきを』「ハッ、初対面が通信機越しとは、随分臆病なことだなァ」だいたい、現代に蘇って以来アンクには戦闘能力と呼べるものが殆ど存在していないのだが、バッタカンの向こう側に居る人間はそのことを知らないのだろうか?流石に、メダルシステムの開発者という重要な役職の者に、その程度の情報さえ回っていないとは考え辛いのだが、アンクはとりあえず毒づいてみたかったのだろう。『それは私がとある理由によって監禁されているからです』「ああ、そんなことはどうでも良い。それよりお前、何で俺の事が分かった? 誰から聞いた?」自分から話を振っておいて、この態度である。だが、アンクにとってそちらが重要懸案であることに変わりは無いのだ。泉信吾がアンクの存在を軽々しく言いふらすとも思い難いところがあるのだが、だとすれば一体なぜ真木という男はアンクの存在を知っているのだろうか。誰かに存在を嗅ぎ付けられるような失敗をした記憶が、アンクには全く無いのだ。伊達という男に会った気もするが、そこまで勘が良さそうには見えなかった、とアンクは思っている。『ライドベンダーには、使用者の生体反応を識別する機能がついているんです』「チッ……そういえば、テレビの魔女の時にタカを使ったか」考えてみれば、鹿目まどかという人物が鴻上財団と契約を行っていないにもかかわらず、憧憬の魔女から逃げ延びた際にはカンドロイドの購入に成功していたように思える。ということは、ライドベンダーの認証機能は泉信吾ではなくアンクを認識しているという事であり、そこから記録を引き出した真木がアンクの生存に気付いたという事なのだろう。思わず舌打ちを漏らすアンクだが、いまいち威圧感を演出できていない辺りが、色々と残念でもあった。やはり、そこが女子中学生の身体の限界なのかもしれない。「他にそのことを知る人間は?」『居ません。その情報は私が隠しておきましたから』……隠した?アンクが生き延びている証拠を?それこそ、意味不明である。人間がそんなことをして、一体何の得があるというのか。「ほォ、何でそんな手がかかることしてんだ?」『グリードに滅んで欲しくない人間も居るということです。世界が良き終わりを迎えるために』実際問題として、暴走を忌避するカザリには、真木清人はあまり期待を寄せていない。パワーアップの兆しがあまり見られないトーリにも期待していないが、魔法少女と仮面ライダーが束になればグリードは簡単に滅んでしまうのだから、真木博士がその数を少しでも保とうとするのは自然な発想と言えただろう。「終末思想ってヤツか。で、お前は俺に何を望む?」『無論、世界の終末を……と言いたいところですが、今は君にはこの件から手を引いて欲しいんです』……たしかに、アンクとて退避は考えなかったわけでは無い。というか、カンドロイドに話しかけられる直前まで、それを選択肢の最有力候補に挙げていたぐらいである。もちろん、他人から言われると何故だか反抗したくなるものの、真木の言っている事には筋が通っているように思える。「それは、この件に関わると俺が死ぬからってコトか?」『その通りですが……随分人間に近付いたようですね。「死ぬ」のではなく「消える」のではないですか? グリードは』どきり、とさせられた、一言だった。いつの日かアンクは、鹿目まどかの言葉に違和感を抱いたことがある。――生きててくれて、ありがとう……!彼女に助けられたその日には、言葉に出来ないもやもやとした何かを、確かに感じていたのだ。そのはずなのに、いつの間にか自身の行方を生死という言葉で表すことに何の疑問も抱かなくなっている自分自身が居て。何故だか、小さな拳を結んでしまっている自分の心境を……アンク自身も、整理できずに居た。自分が腹を立てているのが、それを気付かせた真木に対してなのか、それとも変化していた自分自身に対してなのか。それさえも、分からない。『もっとも、泉刑事の提案を拒む程度には、グリードとしての自立性も残っているようですがね』「……余計なお世話だ。消えろ」返事も待たずにアンクは、借り物の足を振り抜いて、カンドロイドを空高く蹴り上げる。まるで、児童が缶を蹴って遊ぶ仕草のままに、甲高い音と共に苛立ちの元凶を遠ざけたのだ。小気味良い響きを伴って宙を舞うカンドロイドを眺めたら、少しだけ気分が軽くなって、「……って、なんだそりゃァ?」次の瞬間には、首を上に向けたままに地表を眺めていた。アンクの頭上に、一面の大地と街並みが広がっていたのだ。何を言ってるか分からねぇなどというレベルでは無い。まるで天地がひっくり返ったように、という言葉が、まさに比喩を超えて現れていて。アンクが状況を理解できたのは……つい先程も土地が宙を回るという意味不明な光景を見た経験の賜物だった。すなわち、「反転、してんのか? この土地が」まさにアンクの立っているその場所が、摩訶不思議な土地反転現象の最中に在るという、絶望的な観測が為されたのである。どういう原理なのか自身の足元から発生している引力には変化が見られないものの、やはり頭上に地表が存在するという状況は、あまり気分の良いものでも無くて。回転する風景の中、地表へと落ちて行く緑色のカンドロイドの姿が、やけに印象深くアンクの視界には残ったのだった……・今回のNG大賞地面へと目を落としたアンクの視界には、こちらを見上げるカンドロイドの姿が。「アンク君。随分と可愛らしい御召し物を履いていますね」「随分な御挨拶だなァ……ッ!」バッタカンドロイドが一体何を見たのか。ひょっとすると、人間の女の子の身体を下方から見上げるというアングルに意味があったのかもしれない。踏み潰されてバチバチと音を立てているそのカンドロイドからは、きっと情報の復元は不可能なのだろう……・公開プロットシリーズNo.81→正直、人形無しでドクター真木を扱うのがここまで辛いとは思わなかった。というか、実は作者はドクター真木じゃなくてキヨちゃんを見ていたんじゃないかと(ry