カザリが、近頃疑問に思っていたことだった。これだけコアメダルを投入しているのに、何故トーリは強くならないのか、と。もちろん、ヤミーとはそういうものなのだという結論も有り得るのだが、カザリはそこにトーリの価値を見出しても居た。グリードであるカザリが別色のコアを取り込んだところ、自色のコアほどの効率は見られなかったものの、一応の出力強化は出来たのだ。それに比べて、特に変化した様子が見当たらないトーリの様子は、流石に不自然に映ってしまうのである。「ちょっと、君の全力でこの結界を攻撃してみてよ」「……?」カザリが何を考えているのか理解が及ばずに不思議そうな顔をしているトーリの様子に、カザリは内心でほくそ笑みながらも行動を急かしてみた。そして、逆らう理由も無いトーリは流されるがままである。周囲の人目を確認しながら羽を展開して低めに跳び上がり、身体に回転を加えながら羽を身体に巻きつけて円錐のような形状をとり、落下の勢いと共に結界の側面に飛び蹴りをかまして見せてくれた。……もっとも、「やっぱりダメでした」案の定というか、結界は揺らぐことさえ無かった訳だが。若干、トーリを解体してメダルを回収する選択肢も考えていたカザリであったが、ここに来て確信に至っていた。このヤミーはいつでも始末できる、と。先程のメズールの一件は、彼女が弱っている状況が今までに見られなかったために好機と思って襲った訳だ。しかし、グリードが一度に取り込めるコアの枚数は現吸収数の半数程度であるため、メズールのコアを奪って吸収したばかりのカザリは、トーリのコアを奪ってもすぐに吸収することが出来ない。加えて、トーリに限ってはそこまで頭を回すべき相手でも無いのだから、生かして利用した方が得である。トーリが強くならない理由とその改善策を見つければ、いまいち成果の上がらない他色コアの取り込みも、より効率的に行えるようになるかもしれないのだから。「じゃぁ、電撃で試してみてよ」一応の確認として、トーリが特殊能力タイプである事を疑ってみるカザリ。稀に身体能力よりも特殊能力で戦うタイプのヤミーが生まれることを、知っているためである。だがしかし、「電撃……?」「…………えっ?」いくらカザリさんといえど、この反応は予想外過ぎた。そもそも、ヤミーという生物は自身のスペックなどという基本情報は、教えられなくても知っているのが当たり前の存在なのだ。であるからして、いくら創造者が『あのウヴァ』であるからといって、そこまで心外そうな表情を返されるのは想定の範囲外だったのである。「電気攻撃だよ。ウヴァのヤミーは皆使えるはずじゃないの?」「そんな話、ワタシ聞いてないですよ……?」本編がもうすぐ50万文字に達するかどうかという時期になって、今更にも程があり過ぎる指摘であった。参考までに紹介しておくと、ライトノベル一冊分がおよそ10万文字前後である。もはや、作者も忘れていたのだろうと指摘されても仕方が無いレベルに達しているかもしれない。「無意識に周りの電子機器を狂わせたりとか、したこと無い?」「いいえ、全く」実のところ、このヤミーが誕生日にライドベンダーを蹴り飛ばした際、磁気で地面と引き合っているライドベンダーの機能を無意識のうちに狂わせていたりするのだ。もちろん……そんな事を都合よく思い出すほど、このヤミーのオツムは上等では無いのだが。ただし、トーリはライドベンダーの固定に磁力が用いられている事さえ知らないので、こればかりは気付けというのも酷ではあるだろう。そして、能力を意識しつつ、電撃をイメージして集中してみると……「なんだ、出来るじゃないか」ヤミーの掌から爆ぜるような音を立てて立ち上る、緑色の輝きがそこには顕現していた。どのような原理で電撃が緑色になるのかという疑問もあるものの、とにかくトーリがパワーアップした事に変わりは無かった。元から使えたものを知らなかったというだけの話なので、あっさりと終わってしまった感が果てし無く匂っているが。まるで、追加装備が宅配便で送られてきた時のような無常感とでも呼べば良いのだろうか。「こんな能力があったなら、ワタシがここまで苦労することなんて無かった、ような……」思えば、この能力があればと思ってしまうシチュエーションは無数に存在していた筈だ。例えば、初めて暁美ほむらさんに襲われて殺されそうになった時。例えば、マミさんに初めて会って銃を向けられた時。例えば、薔薇の魔女の結界に入った時。例えば、サメのヤミーに……「君の苦労話なんて誰も聞いて無いから、早くその電撃で結界を攻撃してよ」「そんなのって無いですよ!? あんまりですよ!?」流石のトーリも、こればかりは悲しすぎた。思わずほろりと涙を流しそうになった程である。もちろん、実際にヤミーが涙を流せるのかどうか、トーリは知らないが。恨めしそうにカザリを一瞥したトーリは、それでも結界へと向き直り、渾身の電力を以て攻撃を仕掛け、「……やっぱりダメだったか」「やっぱりってどういう事ですか!? 事と次第によってはウヴァさんに直訴することも辞さないですよ!?」当然のように、結界に傷一つ負わせる事が出来なかったのだった……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第七十九話:道化とピエロと形無しジョーカー外界より隔離された結界の中心部に建った、一筋の塔。その更に最奥の一室に、そいつは座していた。穴だらけの奇妙な仮面と、金箔を張り付けたような目に優しくない衣装を着こんだ、一人の女性。それが、この結界の主にして800年の眠りより覚めた、一人の錬金術師に違い無い。「ハッピーバー・スディッ! マスター・ガラッ!!」……錬金術師、ガラ。人間離れした身長を誇る彼女は、確かにその名の通りの存在である。そして、その名前を叫び祝福した男もまた、ガラに縁のある人間には違いが無かった。「皮肉なものだな。我を封じた者の子孫が、その封印を解くとは」錬金術師の……というよりも、ガラに存する数少ない人間的な感覚が、嗅ぎ取っていたのだ。ガラによって拉致され、古代の塔の最奥に位置するこの部屋に存在を許されているその男が、ガラのよく知る人物の末裔であることを。活動するための『芯』として利用した女の記憶から読み取ったところによると、DNAという小難しい単語がそれに当りそうだったが……そんなことは、ガラにとっては些事に過ぎなかった。例えその男が『王』の血族であったとしても、『王』の資格を受け継いでいないのならば、少々の感慨程度の価値しかその男には存在しないのだから。「どうだね? 800年ぶりの『世界』はッ!?」「人の欲望の臭いは変わらぬ。むしろ、この大気の匂いと相まって我慢ならぬ程だ」800年ぶりに肉体を得てまず嗅いだ匂いは、酷い悪臭と泥のような欲望で。しかし、ガラにはすぐに思えてしまったのだ。人間の欲望の醜さなど、今に始まったことでは無い、と。代表例としては、やはり何といっても先代の『オーズ』である。鷹狩という奇妙な趣味を持っているかと思えば奴隷を使って人体実験を繰り返し、時には動物園などという意味不明な代物を作り出して。一人の国民の目から見ても、自身の欲望に対して忠実な男ではあったのだが……しまいに彼は錬金術師を募って、命じたのだ。王を進化させるための生物を作って、食らわせよ、と。一体何を食ったら、そんな発想が出てくるのだろうか。そして、異端と疑われても仕方が無い程の発想力を見せ、欲の限りを尽くした王がその発想に至ったのは……当然の帰結であったのかもしれない。つまりそれは……力の、『独占』であった。自分とは別のオーズが生まれる事を恐れた王は、メダルとオーズの制作の秘密を知る錬金術師を次々と手にかけたのである。その対象者として……ガラが例外となる筈も、無かった。だからこそ、ガラは対抗措置を取らざるを得なかったのだ。そのために封印されることとなるのだが……結局封印が解かれた事を思えば、処分されるよりは遥かにマシだったのだろう。「それは残念だ! マスター・ガラッ! だが心配は要らないよッ! 欲望は世界を進化させ続けるからねッ!!」……ガラに拉致されてきたこの男、名前を鴻上といっただろうか。この鴻上光生というヤツは、とにもかくにも暑苦しい人間である。ガラが現代に溢れるキーボードというマジックアイテムを使ったのなら、きっと「こうがみ」を「こうがい」とタイプミスしても気付かないだろう。それほどに、一言一言が存在感を放っている不気味な男なのだ。……そいつと一緒に拉致されてきた女が、その大声によって目を覚ましてしまっている程度には。もっとも、ナイト兵たちに見張られている人間が簡単に逃げ出せるとも思えないが。「……ならば、見よ。人間の欲望が、世界を滅ぼすさまを」正直に言って、ガラにとって鴻上光生の存在は、観客以上の意味など持っては居ない。だがしかし、観客という役割を持っていればそれで十分だと言ってしまう事も、可能であった。それは……ガラに残された、最後の人間性であったのかもしれない。世界を滅ぼしてしまう事を望むガラの、他人に自身を認めさせたいという『顕示』の欲望。而して、人間を捨ててメダルの生命体と成り果てたガラの残り少ない人間らしさの欠片は……破滅へと歩を進めるガラを引き留めるには、あまりにも小さ過ぎて。「世界は終わらない! 人間に欲望がある限りねッ!!」人間に威圧感を与える狂言回しの一言でさえも、ガラの心を揺らすには足る筈も無かったのだ。「欲望こそが、『終わり』を呼ぶのだ。私はそれを嫌という程見てきた。王も、民も、グリードも、錬金術師も……」そして、セルメダルに特殊な触媒を与えて『使い魔』を生み出しながら、ガラは思い出しても居た。ひょっとするとそれは、薄紅色や黒色の目立つ道化のような使い魔の姿からの連想であったのかもしれない。ガラや鴻上以上の、道化であり狂言回しでもある、その存在の事を。「インキュベーターとて、終わる。人間の欲望によってな」……鴻上光生は、ガラが口にしたその単語を、初めから知っていた訳では無かった。だがしかし、民やグリードと並ぶ知的生命体としてガラが名前を漏らした時点で、直感的に感じ取っても居た。鴻上会長自身も未だに目にしたことの無い未知の生命体とあまりに語感が似過ぎている、と。「インキュベーター……それは、キュゥべえという生物の事かねッ!?」この会長はいったい何時キュゥべえの存在を知ったのだろうか。実のところ、さやか経由で後藤が聞き出した情報が報告書として纏められているからである。そんな突拍子も無い情報を易々と肯定してしまう辺り、会長から部下への信頼の厚さが見られるのかもしれない。「ふむ。素質の無い人間でも奴らを知っているとは、この時代の娘達は余程不用心と見える」……確かに、仮面ライダーと魔法少女の物語が交わったのは、月が一回りする程の昔の事でも無いのだろう。だがしかし、異なる『世界』同士が交じり合ったのは、一体何時からだったのだろうか?答えは……『最初から』。越境者を呼ぶまでも無く、破壊と再生を待つまでも無く、世界は始まった時から一つだったのだ。もっとも、それを観測する者は……この世界に存在している筈も、無い。少なくとも、この塔の最奥部の一室という世界においては……。……金属筒によって響きを作り上げられたような、音だった。結界の外周を調査していた佐倉杏子の耳へと届いた音色が、まさにそれだったのである。ガラン、ガラン、という昔ながらのハンドベルらしき楽器の打音が、かき鳴らされていたのだ。「……クリスマスって訳でもねーよなぁ」どちらかと言えば、聖夜祭用というよりも、商店街の福引に当たった客が出た時に鳴らす時のリズムに近いかもしれない。もっとも、杏子はその拍子の名前など知らないが。そして、演奏の形態はともかくとして、杏子はその振動が発せられた方向へと人間が集まっているのを感じ取っていた。人間の気配という曖昧なものを読み取ったというよりは、何となくその方向に騒がしさを聞き取ったとでも言うべきか。……というか、日本人というのは本能的にその「例の音」を聞くと集まってみたくなる衝動を植え付けられている人種なのである。それはおそらく、児童番組を嗜む者が日曜日の朝に自発的に目を覚ますのと同じぐらいに自然な、本能とも呼ぶべき反射行動なのだろう。「こんな非常時に人を集める理由って、何だ?」そして、杏子のその疑問もまた、自然なものではあった。避難誘導とも考えられるが、何となく、胸に引っかかるものを感じてしまっても居て。気になり始めてしまったからには、無視することも出来そうに無かった。「まぁ、トーリの奴も居ることだし、アタシは少し脱線するかな」普段役に立たないトーリを働かせてやろう……とまでは流石に思っていないだろうが、やはり杏子からトーリへの人物評価が、その判断からは垣間見えているのかもしれない。そして、ハンドベルの音に釣られた先に、杏子が目にしたモノ。それは……「……ピエロ?」薄紅色と黒色のコントラストが目に痛い、愚者を演ずる女の姿であった。拍子抜けしたというか、毒気が抜かれたというべきか。もちろん警戒心を解く事こそ思考に入れていないものの、槍や拳を向けてどうにかすべき相手とも思えない。そして、女道化師の存在と同じぐらいに杏子の目を引いたものが……道化の周囲に群がる『普通の人々』の存在であった。昼食時なのか、スーツを着た会社員やらそこらの学生やらアベックやら、様々な年齢層の人間が入り乱れて見物客となっていたのだ。「こんな時に見世物、か?」そんな筈は無い、と思いながらも口に出してしまうのが、杏子が杏子たる所以なのかもしれない。それはともかくとして、ピエロの言葉に耳を傾けた杏子が捉えた情報は、「『ちゃんすたいむ』でございまーす! 私の質問に『いえす』か『のー』でお答えくださーい!」如何にも道化らしい、間の抜けた声で。そもそもピエロというものは何処か人間離れしていてこその職業ではある筈なのである。だが……それにも関わらず、違和感を禁じ得ないような不気味な明るさを、女ピエロは振り撒き続けていて。そんな愚者が何処からともなく取り出したものは……やはり、何処か間抜けな雰囲気を纏った装飾品であった。「ちょんまげカツラ……?」「皆様には、一生この髪形で過ごしてもらう代わりに、現金五百万円を贈呈いたしまーす! 『いえす』か『のー』でお答えくださーい!!」それを選択できる事を再び強調しながら、まるで祭りのようにハンドベルを掻き鳴らして。サーカスの客寄せにも負けない程の集客能力を見せつけながら、ただ、笑う。うすら寒いものを感じながら立ち尽くす杏子の目の前で、次々と道化の契約に乗って頭髪と現金を交換する人々の姿は……不思議と、杏子に思い出させても居た。かつて、佐倉親子に『騙され』ていた教徒たちの、姿を。500万円は確かに大金だが、一生モノのコストを支払ってまで貰う程の額でも無い事は、少し考えれば分かりそうなものなのに。……しかして、契約に乗っていく人々を止めるには、杏子には動機も切掛もまるで足りなくて。そんな杏子の戦慄を知ってか知らずか。道化は。嗤い続ける。音も無く、意味も無く。・今回のNG大賞「アンタ、名前は何ていうんだ?」「『ベル』でございまーす!」「その手に持ってる『ハンドベル』は、もしかしてダジャレのつもりなのか……?」※本編にベルの名前を出す予定はありません。・公開プロットシリーズNo.79→パワーアップだよ! やったね、トーリちゃん!