近頃周囲がシリアスに傾き気味な中、何故か微妙にお間抜けだと噂の杏子&トーリ組はといえば、「アンタって、飛べなきゃホントに良いトコ無いな……」「びっくりする程何もない、です……」足を使って地上から結界の周囲を調べていたりする。何故飛ばないのかと言われれば、発見されるのを避けるためだ。それも、敵からの発見では無く、人間達からの発見を防ぐことに主眼が置かれていた。そもそも、トーリが普段に何も気にせずに空を飛べるのは、蝙蝠女を目撃しても普通の人間なら自身の見間違いを疑うためである。だが、巨大結界という人目を引くオブジェクトの輝く街の中で、その手法は使えそうにないのだ。ある程度の人数が目撃すれば、常識はずれな証言でも信憑性を得るに至るのだから。そして、空を飛べない蝙蝠女に何か個性が残されているかと言われれば、その答えは悲惨の一言である。体力こそ有り余る身体ではあるものの、決して足が速い訳でも無く、かといって情報収集に優れている訳でも無ければ攻撃力があるはずも無い。つまり、残念な魔法少女モドキが残されているだけなのだ。「まぁ、それでも居ないよりはマシだ。とりあえず二手に分かれてこの結界の外形を調べてみるか」「了解です」一も二も無く頷く蝙蝠女……もとい、特徴の無い女。その様子に、杏子は言いようの無い頼りなさを感じ取っていたりして。つい、コイツを単独行動させても大丈夫なのか、と思ってしまうのである。「……自分の身一つぐらい、自分で守れよ?」「もしかして杏子さん、何か危険を察知してませんか? 何か知ってるなら先に教えてくださいよ?」杏子としては、自分らしくない言葉を吐いてしまったとは思っていたが……どうやらトーリは、発言者本人以上にその違和感を嗅ぎ取っていたらしい。本当に、保身が懸かっている時だけは頭が回るヤツである。こんな情けない魔法少女を生むなんて、親の顔が見てみたいものだ。きっとトーリ以上に危険に怯え、保身に走る性格をしているのだろう。「いや、何でもねーよ」「……本当ですか?」というか、杏子としてはここで念を押して来るような臆病な魔法少女など、見たことも無い。大概の魔法少女は自身の存在に自信を持っているもの人種なのだ、という杏子の常識に対して、トーリは少し腰が退け過ぎているように思えるのだ。……杏子は、トーリと会う以前にはそのような魔法少女など、一人しか知らない筈だった。「まったく、類は友を呼ぶってか?」「ワケが解らないですよ……?」勇敢で優雅に見えて、その実は誰よりも臆病で、自身を鼓舞することにさえ自覚的な、そのヒト。それは、杏子やトーリの師匠であった、一人の魔法少女に他ならない。「何でも無いって言ってんだろうが。とっとと行け!」杏子が何かを察知しているのではないかという疑念が解けた様子では無いものの、トーリは言及することを諦めたらしい。そして、すごすごと背を見せて歩き始めたトーリに視線を送りながら、杏子はようやく自分自身の状況に気付き始めていた。……自分がトーリの背中を見守っている、ということに。「……まったく、柄じゃねーよ。ホントに、さ」杏子が久々に見滝原へと足を踏み入れたのは、無限の魔力の秘密を探るためだった筈だった。そのはずなのに、巴マミに降りかかった不幸に、縁を切ったはずの杏子の心は揺さぶられてしまって。マミの忘れ形見の頼りない魔法少女の安否をいつの間にか気にしている自分が居て。今思えばトーリの提案も、無限の魔力という当初の目的から考えれば、断った方が良かったように思える。報酬先払いという事は、いつ終わるか分からない巴マミの捜索に付き合わなくてはならない可能性があるためだ。それなのにその提案を受け入れてしまったのは、やはり杏子自身が……。「あー……やめやめ。アタシは頭脳担当じゃねーっての」杏子は、一瞬だけ脳裏を過った言葉を振り払って、歩を進め始めた。トーリと道を分かち、結界の外周を調べる作業へと自身を埋没させる道を選びながら……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第七十八話:私の会う人がこんなに人間じゃない訳がなくもない 猫の姿を模った、ドレッドのように頭から縮れ毛を垂らした化生。それが、暁美ほむらが駆け付けた場から入れ違いに去っていく、怪人の姿だったのだ。……そして、もう一体の怪人の姿もまた、暁美ほむらの意識を強烈に引き付けていた。「めずうる! だいじょうぶ、か?」ほむらと同年代と思しき少女へと、地響きを伴いながら駆け寄った灰色の怪人が、少女の身を案じる声をかけたのである。小ぶりながらも力強さを思わせる角を頭部に生やし、強靭な足で地面を踏み鳴らす灰色の怪人が、人間の子供を抱き起そうとしていたのだ。そして、その光景は……暁美ほむらにとって、あまりに反応に困るものでもあった。灰色のデカブツが猫の怪物を追い払ったのだろうが、彼らはそもそもどういった関係なのだろうか、と。「なんとか、ね。ガメル、良い子……」そんな中、言葉とは裏腹に倒れ込んでそのまま意識を失ってしまった少女の様子に、怪人は明らかに動揺しているようだった。「めずうる? しんじゃ、だめだぁ!」周囲に散らばる銀色のメダルは、灰色の怪人が先程の逃亡者と戦っていた名残だろうか。どうにも状況が把握し切れていないほむらであったが、何とか自分なりに事態を理解しようと努めてみた。おそらく、猫怪人と灰色怪人は、巴マミから噂に聞いたグリードという存在なのだろう。だがしかし、人間の敵だと噂のグリードが、何故人間の少女を助けなければならないのか。その理由を考えて……ほむらは、この町において暁美ほむらにしか思いつけない仮説に、辿り着いていた。……魔女が魔法少女の慣れ果てであるように、グリードにも何か事情があるのかもしれない、と。であるからして、一般人であろう少女の身の安全を確かめる意も兼ねて、暁美ほむらは灰色のグリードの眼前に姿を現すこととなるのだった。その左手へと盾を出現させ、最低限の警戒心だけは忘れない、ままに。結論から言えば、灰色の怪人に姿を見せた暁美ほむらが攻撃されることは、無かった。灰色の怪人ことガメルは、明確な目的無しに人間を傷つけるような好戦的な性格では無いのである。ただし、それを知らない暁美ほむらにとっては、かなり心臓に悪い行為には違いが無かった。「……おまえ、だれ?」「暁美ほむら、よ」もっとも、ガメルの最愛のヒトであるメズールが弱っているのだから、ガメルとて多少周囲に警戒心を抱いては居るが。そして、ほむらもまた、この異形の存在の扱いについて態度を決めかねていた。だが、言葉を選んでいるほむらを余所に、ガメルは気絶した少女を背負ってほむらとは逆の方向に歩き出そうとしていて。もちろんガメルには暁美ほむらと対談する理由など存在しないのだから、当たり前の行動なのだが、ほむらとしてはここでガメルを帰らせる手は有り得ない。「待って。貴方は、この結界のついて何か知らないかしら?」「しら、ない。おれが、きたら、めずうるが、いじめられてた」……どうやら、めぼしい情報は持っていないらしい。この巨大な土地転移現象はメダル絡みの出来事だろうと考えていた暁美ほむらだったが、いきなり自身の見当違いを疑い始めても居た。つまり、魔法の力に思えないからメダルの力だという発想がそもそもの間違いで、実は魔法の中にもほむらの知らない分野があるのかもしれない、と。それでもやはり、依然としてほむらの疑いの第一候補はメダル絡みなのだが。「貴方にとって、その子はどんな存在なの?」……これは、暁美ほむらの純粋な興味による、質問であった。メダルによって形を成している超常の怪物が、どうして人間などを気にかけるのかと、ほむらは問いかけてみたくなったのだ。そして、返ってきた答えは、あまりに単純明快過ぎて。「おれは、めずうる、すきだ」少しも恥ずかしがる気配を見せず、何の躊躇も伴わずに、これ以上にない説得力を持った言葉が返されていたのだ。それこそ、聞いている方が戸惑ってしまうぐらいの直球によって。発言した本人にとっては至極当たり前のことで、しかして人間にとっては時に至極口にすることが難しくなる、言葉だった。ほむらとしても、自身に直接の関係が無くともそれだけの一途な気持ちを見せられれば、自然と好感度も上がるというものである。もっともそれは、一般人を助けた男が世界の破壊者様だった場合に、奴が物凄く良い事をしているように見えてしまうというレベルの話に過ぎない訳だが。「ここで、一体何があったの?」「こあめだるが、とられた」「さっき逃げて行った奴に?」「そう、だ」一応ほむらも先程逃げて行った怪人が怪しいとは思っていたが、念には念を入れてきっちり確認を取るあたり、冷静に情報収集をこなす態度は維持できているらしい。そもそも鹿目まどかが関わっているかどうかも怪しい事件の捜査に当たっている現状では、ほむらさんの冷静さを失わせるような要素は皆無なのである。尚、ガメルの言うコアメダルとは当然メズールの青メダルのことなのだが、人間態になって意識を失っているメズールを、ほむらは人間だと認識している。そのため、ガメルの言葉に全く違和感を抱く事が出来ずに居たのだった。「さっきの奴は、貴方と同じグリードでしょう? どうしてコアメダルを奪って行ったのかしら?」もっとも、魔法少女同士だって争う事があるのだから、この問いの前半にはあまり意味が無かったりする。重要なのはむしろ、後半である。グリードの欲するものが分かれば、それを逆手にとって利用してやる事だって出来るかもしれないのだから。例え今回の時間上では活かせなかったとしても、その経験はループを続ける前提の上ではそれなりに役に立つはずだ。従って、グリードと会話を交わせるという千載一遇の機会を、ほむらが見逃すはずも無かった。「しら、ない」首を横に振って答えてくれたガメルの言葉を聞いて、ほむらは……その判断に困っていたりする。ゆっくりと、はっきりしない口調で子供のように喋るガメルが、どうも嘘が吐けるほど賢いようには思えないのだ。もっとも、だからと言ってガメルの言葉を全面的に信用する気にもなれないが。「なら、別の質問よ。貴方達グリードは、いったいどうやって復活したの?」これも、ほむらならではの疑問である。ループ世界において、『再現性』というものの重要性は案外に高いものなのだから。より噛み砕いて言うならば、ある事象に類する原因と結果の関係を知っていれば、その行く末をある程度自身の思い通りに出来るということだ。つまり、グリードやメダルの存在さえ、ほむらはバッドエンド回避へのフラグに使おうと考えているのである。そのため、『グリード復活』という運の要素が強そうな現象の再現性を確保する思考は、当然と言えた。「しらない」しかし……この灰色の怪人が持っている情報は、予想外に少なかったらしい。もしガメルが『ワケが解らないよ』などという似ていない物真似に走っていたのなら、途端に鉛の雨霰を降らされていただろうが、ガメルのあまり賢さを感じさせない振る舞いがほむらの思考に歯止めをかけても居た。「じゃあ、その子はどうしてさっきの奴に襲われていたの?」「しらない」そして、案の定というかなんと言うべきか、ほむらがなけなしの情報を得ようとした最後の質問も無駄に終わってしまっていて。ほむらは、確信に近い段階で、思い始めていた。目の前のコイツから有用な情報を引き出すのは不可能なんじゃないか、と。更に、巴マミや後藤達から聞いた情報によるとグリードは人間の敵らしいので、ここで倒しておいた方が良さそうである。……暁美ほむらはそこまで分かっている、はずだった。超常の力を持つグリードにほむらの銃器と魔法がどこまで通じるのか実験する意味でも、ここで戦う事による益は馬鹿にならない、とも。そのはず、なのに。「……その子が早く元気になると良いわね」「う、ん」ほむらに対して元々用事が無かったために立ち去ろうとするガメルを、ほむらは負う事をしなかった。決して、戦力面において適わないと思ったわけでは無い。ただ、人間の子供を大切そうに抱えてゆっくりと歩いて行くグリードの背中を、打ち抜こうと思えなかっただけなのだ。一人の人間に関して何の躊躇いも無く『好きだ』と言ってしまえるガメルというグリードが、それほど人間と違っているように感じられなかったという原因も、存在したのかもしれない。結論から言ってしまえば、ほむらがここで時間停止と多重同時攻撃のコンボを使っていれば、ガメルを倒すことは出来ていたに違いない。だがしかし、ガメルは知らず知らずのうちに解体の危険を回避することとなったのだった。その選択が、一体何を意味するのか。役者たちは未だ、知る由も無かった……そして何を考えているのか分からないと評判の蝙蝠女はといえば……「なんだか、こういう時に独りだと心細いですねぇ……」単独行動のおかげで気が休まっているかと思いきや、いつも以上に周囲に注意を配っていたりする。一次的な理由は、トーリの傍らにそびえ立つ巨大結界が、全く持って意味不明だからである。だがしかし、それだけでは無かった。――自分の身一つぐらい、自分で守れよ?時間が経てば経つほど、杏子のその言葉が何かのフラグに思えてしまうのだ。杏子は、何か情報を持ったうえでトーリの身を案じていたのだろうか?本人の言によれば、他意は無いとの事らしいが、どうもトーリはその細やかな危機感を拭い切れないのである。「ワタシより杏子さんの方が勘は良さそうですし……」結界の外形に目を配って、やはり何も発見が無いという事を発見しながら……溜息を吐く暇も惜しんで、警戒だけは怠らない。紫のオーズに襲われた時の対応から考えるに、勘の鋭さにおいてはトーリよりも杏子に分がありそうだった。まさに、羽も伸ばせない気分とはこの事である。非比喩的な意味においても、現状では羽は伸ばせない訳だが。だが、先程から代わり映えしない半球状の閉鎖空間を視界の半分に収めながらも、トーリのテンションは然して低いわけでも無かった。何故なら、グリード復活への道筋が見えていない現状においては、未知との遭遇こそが唯一の手掛かりである事は間違いが無いからである。もっとも、それならば情報収集に優れている魔法少女を連れて来たかったというのがトーリの偽らざる本音であった。具体的に言うと、杏子から情報収集系である事を看破された黒い魔法少女のことだ。もちろん、杏子たちと敵対しているという前提があるために非常に困難なことには違いないが。かくして結界の外周を辿っていたトーリは、出くわすこととなる。結界という光に惹かれて集まってきた子羊の、一人に。考えてみれば、かの人物が不審な結界を調べに現れることには、何の不自然も存在しない筈である。「……やぁ、コアメダルは順調に取り込めているかい?」「お蔭様で、もうグリードよりも多いぐらいです。何故か全然強くなってませんけど……」そいつは、黄色のチェック柄の服と銀髪が目を引くものの、周囲に違和感を振り撒くほどの特異性も放っていない青年で。而してトーリにとって、非常に印象深い存在には違いなかった。トーリは、気付いた筈も無い。そいつがまさに先刻、同胞であるグリードに手をかけたことなど。そして、トーリを視界に収めて『嗤』った怪物の表情が示している意味も。そんな中、人間態で現れたグリードに対してトーリがとった態度は、「お久しぶりです。カザリさん」絶対的に警戒心の足りていない、それだったのだ。グリードであるカザリは基本的にはヤミーであるトーリの味方である、という。……そんな、砂上の楼閣のような前提を、抱きしめたままに。・今回のNG大賞出会いがしらにカザリの言い放った一言は。「君も、メズールみたいに見滝原中学の女子制服を着てみない?」「カザリさん、もしかしてウヴァさんのメダルを取り込んだせいで頭に異常が……?」お 前 が 言 う な !※トーリの緑メダル:6枚・公開プロットシリーズNo.78→出会いは新しい何かが生まれる前触れでも……ある?