猛獣の爪が兵隊の鎧を絶ち、その芯まで叩き斬る。牙は捉えた獲物の四肢を噛み砕き、その機能を完膚なきまでに奪う。振り下ろされた斬撃を正面から跳ね返し、ひとたび車輪に巻き込めば、たちどころに何もかもをズタボロに磨り潰す馬力を見せつけながら。「圧倒的だな」「こういう時、便利なんじゃないかと思ってたんですよ」そして、大乱闘が繰り広げられる戦場と化した森の中に飛び交う、呑気な声。彼らが何故そんなに余裕綽々なのかと言えば、彼らの陣取る場所にこそ、その答えがあった。「あんなの使うなら、その前に教えてよ!? あたし食われかかったんだけど!?」答えは簡単……木の上である。折角森の中に居るのだから、地の利は精一杯に活用しなくては損というものだ。案の定、トライドベンダーは視界に入る獲物を片っ端から駆除しているらしく、見る間にナイト兵の数を減らしていく様子が俯瞰できた。そして、ナイト兵の掃討が終わるまで手持無沙汰になってしまった後藤は……バースバスターの利用価値について考えを巡らせられる程度には、余裕を持つことが出来ていた。反動だけで身体が宙に浮いてしまうような兵器を、一体どうやって使えと言うのだろうか。先日の佐倉杏子のように地面に身体を固定すれば体重の問題はクリアできるだろうが、あれは不意打ちの一撃だからこそ可能だったことであって、近距離戦を仕掛けられた時に逃げられないのは致命的である。一方、後藤がそんな事を考えている間にもナイト兵は次々に数を失っていく。「それよりパンツマン! 変身できないってどういうことなのよ?」「さっき後藤さんには説明したけど、気絶してる時にベルトを失くしちゃったみたい」眼下で戦っているトライドベンダーとナイト兵軍団から目を離さずに、映司が答えを返してくれる。そして当然、その返答がさやかにとって喜ばしいものである筈が無い。しかし、そこで映司を責めたてようとするさやかを制して、別の言葉をかけたのは……後藤慎太郎だった。「火野……お前、何かあったのか? たぶん、気を失う前に」映司のそぶりにイラ立つさやかとは裏腹に、後藤慎太郎は……火野映司という男の表情が、少しだけ読み取れた気がしたのだ。悔しがっているような、哀しがっているような、そんな遺恨の片鱗が、ほんの少しだけ映司の顔色に表れているような気がしてしまって。それは……観察者が、後藤慎太郎だったからこそのものなのだろう。火野映司の理想の実現を手伝うと決めた後藤は、きっとこの町で誰よりも火野映司を見てきた男なのだから。もっとも、火野映司という男の柔らかい表情と飄々とした雰囲気が癪に触って仕方が無かった時期があった後藤だからこそ感じたという理由も、あるのだろうが。「……俺、アンクのメダルを集めようとしてたんです」ぽつりぽつりと、映司の独白は……始まった。周囲に繰り広げられる騒音に掻き消されそうになりながら、それでも言葉を紡ぐ。ただし、さやかも聞いている事なので、アンクの復活という直接的な目的は口には出さない。それを言ってしまえば、きっと映司の言葉は糾弾になってしまう、と思ったからだ。ロストアンク暴走体と戦い始めたところから話し始めて。後藤さんに届けてもらった誕生日プレゼントを折ってしまったことを、謝って。暴走体から出てきた右腕の無い怪人と戦っている途中から意識が曖昧になって。ようやく、アンクの色である『赤』のメダルを手に入れて。「俺、最後に通りすがりの子供に助けられたんです」そして、朦朧とした意識の中で、火野映司は確かにその少女に助けられたのだという。ロストとの戦闘に巻き込まれて傷付いた女の子が、それでも尚映司の事を支えてくれたお蔭でロストに勝てたのだ、と。「その子が何でかアンクと重なって見えて、少しだけ身体の中から力が湧いて来たような気がして……それなのに」……気が付いたら、全てのメダルとベルトを失っていた。多分そのアンクの面影も、映司自身が作り出した都合の良いイメージだったのだろう。そう、自嘲気味に言葉にする映司の背中は……普段よりずっと、小さい。後藤の語彙には、今の火野映司にかけるべき言葉が、存在しなかった。何を言っても慰めになるのが関の山で、火野映司の重荷を少しでも肩代わりしてやるだけの名言が、何一つとして頭に登ってこないのだ。そんな後藤だからこそ、気付くことも無かったのかもしれない。火野映司の言葉を聞いていた美樹さやかが、その表情を曇らせたことなど……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第七十五話:DEEP BREATH――虎の溜息新宿に突如として現れた、巨大な森林。そして、そこに足を踏み入れた伊達明が目にした光景は……兵隊に囲まれながらも暴れ回る、鋼の猛獣の姿であった。もし伊達がよく訓練された某掲示板住人であれば、見たままを話す人のAAを張り付ける作業を迅速に行っていただろう。もちろん、そのような事態は起こらなかったが。というか、遠目に見た限りでは、むしろその上方に位置取る三人組の存在の方が、情報としては重要に思える。木の枝に捕まったり座ったりしながら、各々戦闘から距離を保つ体勢を取っており、3人がその戦闘の終結を待っている様子が窺えた。その中には伊達の知っている顔も見られ、その眼下にて行われている戦闘は、おそらく早く終わらせた方が良いのだろう。……そして、そこまで把握したなら、その後の伊達の行動は決まりきっていた。「変身」すぐさまセルメダルを取り出し、いつの間にか腰に巻いていたベルトにセットして、ベルト再度のレバーを捻って。何かが割れるような音と共に現れた10つのオーブが身体の各所に配置され、それを起点に強化スーツを生成する。鴻上光生によって『バース』と名付けられた、生誕の戦士が。「こいつは一度試してみなくちゃと思ってたんだ」そして、変身を終えたバースの起こしたアクションは……標的への接近では無く、新たなセルメダルを取り出すことであった。標的に気付かれる事無く、バースはそのセルメダルを所定の場所へと再投入する。その場所はやはり変身時のそれと同じ、バースドライバーのメダル投入口である。『ブレスト キャノン』メダルはエネルギーへと変換され、すぐさまバースの外部パーツを構成する要因として機能を始めた。バースの胸部へと現れた巨大な砲台……ブレストキャノンを。だがしかし、今回の試運転は、前回のような抜き打ちが目的では無いのだ。従って、伊達のとった選択肢は速射ではなく、『セルバースト』バースドライバーへの、セルメダルの追加投入であった。一気に追加の2枚を詰め込んでバレルを回せば、単純にバースの頭部モニター内部の出力数値が上がったことが確認できた。もちろん、そこで満足する伊達では無い。なので当然、セルメダルの追加投入を何の躊躇いも無く実践する。『セルバースト』すると、今度は出力こそ上がったものの、先程より上昇幅は少ない。出力を上げれば上げるほど、効率が悪くなるのだろうか?試しにさらにセルメダルを投入してみるも、『セルバースト』セルメダルのエネルギーを開放したというナレーションとは裏腹に、モニターの表示数値は全く変動しなかった。この状況から考えるに、おそらく3枚目か4枚目までしか、ブレストキャノンの出力増強には役立たないのだろう。「充電完了!」ようやく出力数値の実験も終わり、次は威力の実験である。標的は当然、決まりきっている。終わりの見えない数を誇るナイト兵達だ。幸いにして、伊達はナイト兵達の出動ポイントを真正面から捉えられる位置に陣取っているらしく、既に移動の必要は皆無だった。おそらく、大規模な土地反転現象の中心地とナイト兵の出現地が同じであったために、外から入ってきた伊達はその位置取りを自然に成功させていたのだろう。もっとも、遠近法とウズ高い森のせいで、ナイト兵達の奥の存在など伊達の目には入ってこなかったが。かくして……閃光は、ようやくその輝きを開放される。木々を消し去り、大気を震わせながら。剛の一撃へと昇華された砲撃が、瞬く間に全てを蹂躙したのは……自明の理であった。機械仕掛けの兵隊たちを、正面から葬り去っていく。剣で防御しようとした者も、正面突破を試みた者も、機械仕掛けの獣も均等に。最後の一体に関しては伊達としても気に掛けるべきか否か若干迷うところではあったが、見るからに量産品のライドベンダーとそっくりだったため、気を遣うことも無いという判断であった。確かに、トラカンもライドベンダーも幾らでも代えは効く存在ではあるものの、折角出番を得た筈のトラさんには……過酷過ぎる運命を課してしまった、ような。……そんな事はどうでも良いのである。『クレーンアーム』フックの付いたワイヤーを一振りにして、ナイト兵を構築していたセルメダルを一度に釣り上げて見せる伊達。クレーンアームの先端の重りには磁石のようなものが内蔵されているらしく、瞬く間にその装甲にはセルメダルがびっしりと張り付いていた。この武装に限らず、バースの近距離用メダルシステムには大抵付いている機能で、おそらく効率的なメダル収集を目指して作られたものなのだろう。「伊達さん!」「さっきのトラロボって、一緒に倒しちゃって良かったの……?」そして、木から降りて駆け寄ってくる三名の内、二名に関しては伊達の知る人物であった。鴻上財団のベンダー隊長にして、伊達が救世主へと導かなければならない青年、後藤慎太郎。何処かのゲームのコスプレのような衣装に身を包んでいるギャグ要員女子中学生、美樹さやか。……この二人に関しては、先日名前を聞いたばかりなので間違える筈も無いのだ。だが最後の青年は、伊達としては見覚えこそあるものの、どうしてこの場に居るのかと思ってしまうような人物であった。「初めまして」「ああ、初めましてなんだっけか」手早く互いの名前だけを紹介し合い、伊達は自身の抱く疑問の整理にかかっていた。伊達は、過去に二回ほど、この火野映司という男の姿を目にしたことがある。場所は二回とも河原で、アンク扮する鹿目まどかに会った際に、付近で倒れている姿を目撃しているのだ。そもそもメダルに関連する人物であったことも驚きだが、それ以上に気になる事が、伊達にはあった。「なぁ、昨日お前を病院に送らせたのは俺なんだが、その時はお前、かなり衰弱してたぞ? 一体どんな魔法を使ったらそんな簡単に回復するんだよ」「そうだったんですか。ありが……」「どんな魔法と聞かれれば! それはあたし・天才魔法少女さやかちゃんの癒しスキルだよ!」……まず丁寧に礼を述べようとした映司の言葉を遮って、不意に調子に乗り始める美樹さやか。伊達とて、原因があれば『魔法』だと半信半疑程度には思って居たため、驚きは少なかったが。そして、その癒しの魔法という言葉は、非常に伊達の興味を引く代物でもあった。だが、しかし。「どうやら、話は後にした方が良さそうですね」「そのようだな」いつの間にか臨戦モードに入っている映司と後藤の姿は、世間話をしている余裕など無いのだという事を態度で示していた。二人の視線の先から聞こえる『音』が、さやかと伊達の注意をそちら側へと引き付ける。低く重い地響きが、等間隔のリズムを刻みながら、4人の元へと近づいて来たのだから。それは伊達がブレストキャノンの砲撃を撃ちこんだ方向から響いており、近付いて来る人物がその破壊の一撃に耐えた事を意味していた。……そのシルエットは、人間のそれに著しく似通っていた。隙間だらけの仮面に覆われた顔の中には有機的な肌が垣間見え、やはり人間に酷似している生命体のように思われる。だがしかしそれらの特徴を以てしても、映司たちにはその生命体がただの人間であるとは、到底思えなかった。「酷い、臭いだ」紡ぎだされる女性にしてはやや低い声や、大き過ぎる足音も違和感の源ではあったが、それらよりも更に決定的な不自然さを、その人物は纏っていたのだ。「足長族……って事は無いですよね?」「あんまり、生臭が好きそうな人種にはみえねぇぞ」それは、足の長さである。全長が3メートルを超えていると思しきその人物は、上半身の腕や首のサイズは等身大の人間並みというアンバランスな体型を見せつけていたのだから。2メートルにも及ぶスカートのせいで下半身の様子が全く窺えないが、歩幅から察するに、やはり足が長いのだろう。もっとも、体型に関しては前番組の超越的な土偶やら隣番の女神のプリキュアやら、近年何かと突っ込んではいけない事例が頻出しているので、あまり言及してはいけないのかもしれないが。決して、スカートの下に舞台係のナイト兵が居て人力で動かしているなどという事は、考えてはいけない。「800年の時を経て尚、人間の欲望は腐りきっている……!」仮面に隠された顔を顰めながら、人間よりも遥かに高い視点から、辺りを見渡して。息を吐くように呪詛を口にして、人間を見下ろしながら……その腕を、伸ばした。いつの間にか鋭い爪を持つそれへと変化した、何処までも伸びる、凶悪な手を。その身を取り囲む鬱蒼とした木々もろとも人間たちを纏めて薙ぎ払わんとする悪意が、振るわれたのである。「お母、さん……?」凶刃が風を切る音に掻き消された、その小さな声を拾い上げる事が出来たのは……火野映司、ただ一人のみ。おそらく、ナイト兵達の注意がトライドベンダー一体へ集中していたことが良い方向へ作用し、その声の主は今まで発見されなかったのだろう。映司たち四人の近くの物陰から聞こえたその言葉を発したのは、小さな子供だった。年が10に足るかどうかといった程度の男の子の姿が、そこには確かにあって。「危ないっ!!」だからこそ、誰よりも早く自身の『手』を伸ばそうとする男が火野映司であったことは、自明だったと言えるだろう。咄嗟にその子供を庇って地面を転がった映司に目立った外傷は無かった。……そして、その光景を目にした美樹さやかは、先程も感じた気分の悪さがぶり返していて。その正体が何なのか分からないというもどかしさに急かされつつ、しかし思考は前には進みそうにない。後藤はおそらく、『火野ならそうするだろうな』ぐらいに当然と思っているのだろう。フルフェイスのヘルメットに覆われた伊達の思考も、読み取ることが出来ない。この場において、さやかだけが感じ取っているであろう違和感が、頭を鈍らせる。だがそんなさやかの思考とは裏腹に、第二・第三の凶爪が、人間達に襲い掛かろうとしていた……・今回のNG大賞木の上に陣取る映司たちの目下には……ナイト兵を狩り終えて、新たな獲物を探すトライドベンダーの姿が。「どうすんのよ! あたしたち、地面に下りられないじゃん!?」「トラカンの活動時間は108時間まであるぞ(※公式設定)。誰かが先に降りるしかない。『誰か』がな」「ごめん、さやかちゃん!」「オンドゥル(ryA:さやかは投げ捨てるもの。底辺対決:トライドベンダーvs美樹さやか。・公開プロットシリーズNo.75→獅子は、虎児を得るために自分の子を虎穴へと突き落とす……らしいぜ?