ようやく目を覚ました火野映司、美樹さやかと後藤慎太郎から今までの経緯を聞いていた、途中だった。「何だあれ……」……そんな声を、漏らしてしまったのは。だがしかし、そう思ったのは火野映司一人では無かったようだ。おそらく、たまたま映司の声が他の二人よりも早かっただけで、3人の内の誰がその言葉を口にしても不思議では無かっただろう。そのぐらいに、目の前の光景は常識や摂理といった窮屈なモノを打ち壊していたのだから。突如として浮き上がった直径10km程のメダル状の物体が、視界の遥か彼方で回転運動を遂げていたら、誰だってその目を疑うに決まっている。しかも、その大きさで見る者を圧倒した後に、円盤の表面に張り付いたオブジェクトによって驚かせるという、二段構えの芸の細かさも恐るべきものだ。「街……!?」「……と、森か?」その巨大メダルの半面には、高層ビルの立ち並ぶ街並みが、文字通り『生えて』いて。もう一方の面は、林立する高層ビルとの対を為しているかのようにそびえ立つ、鬱蒼とした森林によって覆われている。これぞ正に、意味不明の境地というヤツなのかもしれない。魔女達の作り出すヘンテコ空間も奇天烈さでは負けていないものの、巨大メダルが妙に幾何学的な意匠を残している辺りが、逆に見る者を不安がらせているのだろう。「行くぞ! 火野! 美樹!」「はい!」「ちょっ……まぁ、仕方ないか」瞬く間にバイクを用意して跨る男性陣の行動力に、さやかは若干取り残されていたりして。分かり切っていた筈の、ことだった。何か怪異があれば、火野映司が手を伸ばすことなど。そして、後藤もそれに準じることだって、当たり前のことだ。それなのに、さやかにはその当たり前の事が、えらく不自然に思えてしまっていた。……しばらくの間、さやかはその違和感の正体が何なのか、見当もつかなかった。だが後藤は兎も角として、火野は特に変わっていないように見える。別に病み上がりだろうと怪我をしていようと、きっと火野映司のスタンスは、さやかと会った日より後に変化したという事は無い。だとすると、この視点の変化は、さやか自身の視方が変わったという事なのだろうか。もっとも、そんな事を考えてみれば、自身が変化しているというのも解る気はしてくる。魔法少女の真実を知って、マミさんの亡骸を見て、幼馴染にフられるというイベントのラインナップを消化すれば、少なからず人格に影響を与えていたとしても何ら不思議では無い、と。だからこそ、美樹さやかは思ってしまうのだ。自身の命運が、その視界の正面に見据えられた巨大メダルの輝きのように明滅を繰り返すことが無ければ良い、と……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第七十四話:鋼・騎・無・双暁美ほむらは、不安と苛立ちに心を苛まれつつあった。理由は単純明快、鹿目まどかが絶賛失踪中だからである。もちろん、時間の巻き戻しという最終ラインを持っている暁美ほむらにはそう簡単に絶望は訪れないのだが、現在起こっている異変を放置する程ドライにも成れそうに無かった。案の定、鹿目家に電話を入れても、行方不明のままであると返されてしまう。しかも、先日に伊達明から示された交番へと足を向けてみれば、泉信吾という刑事へと身柄を渡したと言われてしまって。それなのに、当の泉刑事の元を訪れて話を聞いてみれば、少しお説教をしたぐらいで返してしまったと言い出す始末である。仮にも捜索願が出されている人間への対応では無い気がするものの、泉刑事の反応は怪しいと言える程のものでは無かった。だがしかし交番に居た警官の話では、まどかは泉信吾の名前を出して面会を要求したらしいので、その二人の間に何らかのパイプがあることは間違いない。そして、そのことを指摘したところ、『俺の友人に『アンク』って奴が居てね。そいつから俺の名前を聞いたらしいんだ』という事らしい。聞き覚えが無い名前が出てきたものの、そこで追及の手を休める暁美ほむらでは無かった。鹿目まどかに関する人間の名前を全て覚えているとは言えないものの、暁美ほむらにとって『聞き覚え』さえ無い名前というものは、そうあるものでは無いのだから。よって、ほむらが次にアンクという存在の人物像に関して問いかけたのは当然であったが、結果は芳しくなかった。なぜなら、泉刑事はアンクという人物に命を救われた事はあるものの、連絡先さえ知らないと言い出したからである。アンクの性格に関しても、身勝手で偉そうな奴だというあまり宜しくない評価を聞かされれば、それに関わっているまどかが苦労しているのではないかと思ってしまう。……それは兎も角として、泉刑事が鹿目まどかの行方を知らないというのは、あまり揺るぎそうに無い情報だった。伊達明の一件への反省から、銃を突き付けて脅してみた訳では無いため、確定とも言えなかったが。もっとも、暁美ほむらが魔法少女という経歴を明かしていたら、アンクという名前を聞き出すことさえ出来なかっただろう。以前に魔法少女達がアンクを襲撃したことを知っている泉信吾は、おそらく魔法少女という単語を聞いたら、その時点で情報を絞ることを考えてしまった筈である。その点において、何気なくファインプレーをかましている暁美ほむらさんだったりするのだが……そんな事など、本人は知る由も無い。そんな中、転機は唐突に訪れる事となった。最初は周囲のざわめきに違和感を抱くことから始まり、その視線達が空の一点へと向かっている事に、気付く。そして当然、その異変が目に入らなかった筈も無い。森林が生えた面と高層ビル群の生えた面の二つの顔を持った巨大メダルが、宙を舞っていたのだから。はるか遠方に浮いている筈なのにその大きさを訴えかけてくるそのメダルが途轍もない質量を誇っている事は、疑う余地が無い。「ワルプルギスの夜……?」その光景を目にして最初にほむらが連想したものは、やはり例の宿敵の存在であった。足元に巨大な歯車を持った魔女のフォルムが、視界の奥に居座る巨大メダルの影と重なったのである。だがしかし、それにしては明らかに不自然な点も、見受けられた。一見してワルプルギスの夜を連想してしまったものの、似ているのは大きさと外形だけで、例の魔女には森やビルなど生えていなかった筈なのだ。しかも、現在現れている巨大メダルは、どうやら一般人からも視認されているらしい。魔法少女かその候補生でもない限り、ワルプルギスの夜を知覚する際にはスーパーセルとして認識するはずなのだ。……調べるべきか、静観すべきか。もちろん、鹿目まどかの捜索を続けたいという気もするものの、この時間軸で起こった数々のイレギュラーは無視できる段階など遥か昔に過ぎ去ってしまっている。つまり、あの意味不明な巨大メダルの元へ行くべきだ。ひょっとすると、デカブツ同士で何か共通する弱点でも見つかるかもしれない……という虫の良いコトも、若干考えていたりするのだが。それは兎も角として、暁美ほむらは、舞台へと足を向ける事となる。役者達が集い、道化の待ち構える、太古の回転舞台へと……ライドベンダーを駆って現場へと辿り着いた火野映司たちが目にした、モノ。それは……切り取られた、世界だった。地面へと降り立った巨大メダルは、浮き上がった時とは表裏が逆転しており、高層ビル街が広がっていた筈の土地には……直径10kmもの森林が広がっていたのだ。メダルや魔法関連の事件には慣れ始めていた3人だが、流石にこの状況には驚かざるを得ない。一体、何を食べればこんなヘンテコな事態を思いつけると言うのだろうか。そして、森の中へと侵入し、探索を試みた3人の前に……それは、現れた。鎖帷子のような金属質の身体に、申し訳程度にタスキのような装飾品を身に着けた、兵隊が。揃いも揃った同じ外見に、共通のロングソードを装備した団体様が、3人へと向かって真っ直ぐに歩いて来たのだ。頭部には、やはり金属で出来ていると思しき円柱型の冷たさを思わせる部品が配置されており、見事に揃った歩みは……よく訓練された軍隊か、若しくは機械仕掛けの傀儡兵か。関節の軋む甲高い音が、そいつらの正体が後者の人形であることを3人へと教えてくれる。『まどか☆マギカ』の世界の人形は可愛らしいものばかりだというのに、どうして『OOO』世界の人形たちはここまで不気味なのだろうか。「何だか、最近見た気味の悪い人形を思い出した」「俺もです。奇遇ですね」「……何その偶然の一致」この時、とある留置所の内部に、くしゃみの音が響き渡ったという。きっと、皆の人気者であるキヨちゃんが咽込んだのだろう。そんな事はさておき。「それと、実は俺、さっき気づいた事が……」「来るぞっ!」3人が警戒心を露わにしていたところ、案の定ナイト兵たちは、剣を正しい用途に使い始める。即ち……人間を切断するための、兵器として。そして当然、対象の3名はそんなものに素直に殺される面々でも無いわけだが。「よっと!」素早くサーベルを取り出したさやかが、ナイト兵の長剣を捌きつつ、次の瞬間には金属製の胴体へと実体化した刃を滑らせる。すれ違いざまに振り抜いたサーベルによって金属同士が擦れ合う音が響き渡り、同時にさやかはその手応えから相手の状態を的確に判断していた。案の定、身体の前面を抉られたナイト兵は、動きこそ鈍っているものの、再びその剣を振り上げようとしていた。だがそれも一瞬の出来事に過ぎず、傷と同じ場所を再度なぞられたナイト兵は……ようやく形を失う。どうやら、一撃一殺という訳にはいかない程度には、ナイト兵は頑丈らしい。コツを掴んださやかの目前で、ナイト兵らは見る間にその身体をセルメダルへと姿を変えていく。ヤミーのように大量の枚数では無く、ナイト兵一体を構築するのにたった十数枚のセルメダルという驚異の燃費である。もっとも、クズヤミーの有用性を考えれば、意外に燃費は良いという訳でも無いかもしれないが。そして、景気良くナイト兵を蹴散らすさやかの傍らで、後藤は……新装備の試運転を試みていたりする。黒い全体像に、上部に輝く半透明なパーツと、中央部に位置するオーブが目を引く、鴻上財団謹製の一品。すなわち、『バースバスター』である。脇を締めて胸の高さに構えたその銃器の引き金を、後藤は迷うことなく引き放った。「がっ!?」……瞬間、世界が遠のいた。決して、空間が歪んだわけでも無ければ、誰かが後藤の襟首を掴んで引っ張った訳でも無い。自身の腰へと伝わる衝撃を受けてようやく、後藤は事態の全容に気付く。後藤の身体が後方にぶっ飛んだのだ、と。「通常弾でこの反動……?」バースバスターの威力は確かなもののようで、その一撃を貰ったナイト兵はセルメダルに戻ってしまって居たが、一発の反動でこれではあっという間に後藤が参ってしまうだろう。そして、立ち上がろうとする後藤の隙を逃さず……肉薄してきた2体のナイト兵が、その凶刃を以て後藤の首を刈り取らんとしていた。咄嗟に腕の力を地面に加えてその場から離脱しようとする後藤だったが、バースバスターの反動を予期せずに受けてしまった代償は意外にも重かったらしい。思ったほどの距離を稼げず、地面が柔らかい腐葉土であったこともあり、まだ後藤はナイト兵らの剣の届く距離から外れられていないのである。「後藤さんっ!」だがしかし、後藤の首が胴体から離れる事態は、訪れなかった。風を切る音を伴っている訳でも無く、ナイト兵を瞬殺できる訳でも無い一撃によって、横並びになっていた二体の兵が押し倒されたのである。……火野映司がそいつらの真横からかました、体当たりによって。「すまん! 助かった、火野!」そう、火野映司によって。『オーズ』では無く、一人の人間によってである。その手にはナイト兵から奪ったと思しき剣を握り、近寄るナイト兵をぶっ飛ばして距離を取りながら、後藤を庇っていると見受けられる。過去に大剣メダジャリバーを入手直後から使いこなしていた辺り、何か長物に関する扱いのノウハウを持っているのだろう。「俺に構わず変身しろ!」「気絶してる間にベルトを失くしたみたいです!」剣の打ち合いによってその刃を欠けさせながら、さらっと重要な一言を口にする火野映司。その衝撃的な一言に一瞬だけ思考が止まってしまった後藤だったが、場所が戦場という事もあり、すぐさま我を取り戻した辺りは流石の後藤さんである。「なんだと!?」あって当たり前だと思って居たものが無くなると、意外に気付かないものなのかもしれない。いきなり戦闘になるとは思わなかったために、後藤達に話しそびれたのだろう。というか、戦闘前に映司が気付いた事とは、十中八九ベルト紛失の件である。しかし、火野映司の様子にはオーズドライバーを失くした事による焦りは、見られない。むしろ、余裕さえ垣間見える程である。その腕に握られた借り物の剣は、既にボロボロになっているというのに。だが、手ごろなナイト兵を蹴ってドミノ倒しにして時間を作りながら、火野映司が手元で操作したオブジェクトを目にしてようやく、後藤はその意を介するに至った。「なるほど、確かに『そいつ』ならむしろ役不足だな」火野映司が手にしていた、『黄色』のカンドロイドの姿が、認識できたのだから。おそらく後藤の助太刀に入る直前にライドベンダーから購入してあったそれを……映司はライドベンダーへ向けて正確に、投げ込んだ。と同時に、ライドベンダーの前輪が左右へと割れ、後輪と平行になるように後部へと配置されて。空いたスペースへ転がり込むように、1メートル程まで巨大化したカンドロイドが、その隙間を埋めてその本能を解き放つ。黄色のメダルの解析によって生まれたメダルシステム……『トラカンドロイド』が。そして、直後に響き渡った咆哮は、瞬く間に木々の住処を支配した。ナイト兵らと同じく機械仕掛けの筈なのに、有り余る野性味を惜しみなく漏らした一体の獣が、有象無象の前に君臨を果たしていたのだ。排出される水蒸気の中から現れたその姿は、まさしく猛獣そのもので。「乱戦にはこいつでしょ!」敵味方を関係なしに攻撃する凶暴な獣が、今まさに異国の森林の中に、解き放たれようとしていた。獣の名は、『トライドベンダー』。ライドベンダーに虎の獣性を与える、誰よりも出番を欲するメダルシステムであった……・今回のNG大賞「行くぞ、火野、美樹!」「はい!」直後、さやかが目にした光景は……一つのバイクに2ケツする成人組二名の姿であった。「あたしは……?」「走れ」こんな後藤さんは鬼畜レベル5103。確かにメダルの節約は大事だけど、そんなのってあんまりだよ!・公開プロットシリーズNo.74→次回の開始時にはトラさんの活躍は終わっているような気がする。根拠は無いけど(ry