「なるほど。後藤はその変態博士から転校生を守るために後をつけ回していた、ってこと?」「いや、それも微妙に違うんだが……」暁美ほむらの拉致監禁事件の概要を後藤が説明した結果の、美樹さやかからのレスポンスがそれであった。もっとも、その際にバースシステムが使用されたことなど後藤は知らない。そのため、真木博士が魔法少女を使って何らかの実験を企んでいた事ぐらいしか、説明出来ていなかったりする。加えて、美樹さやかという自称魔法美少女は、一を聞いて十を知るほど聡明では無いのだ。「……その一件と鹿目まどかの失踪は、繋がっているわ」そして、そんなさやかの勘違いを華麗に流して、飽く迄まどかへ一直線な転校生様。現在のほむらにとって重要なのは、飽く迄鹿目まどかの身の安全を確認することなのである。従って、後藤がさやかに説明を行っている時間さえ、勿体ないと思っていたほどだ。「その二つは、真木清人と伊達明が共に鴻上財団に所属しているという以上の繋がりを持っているのか?」「やっぱり鴻上財団は悪の秘密結社だったってこと?」「人聞きの悪い事を言うな! 大体、鴻上財団の存在は別に秘密じゃない!」世界一規模の大きい秘密組織というギネスブック項目があるらしいので、あながちそうとも言い切れなかったりするのだが。さらに、後藤とて財団の目指すものが明確に見えている訳では無いので、若干不安に思うこともある。今までは財団の目指すものがこの世界の平和へと結びつくと信じて活動して来たものの、今回のような事件が起これば、多少の不信感は抱いているのだ。それでも、まだその不信感は決定的なものでも無いが。「先程貴方は、真木清人は単独犯だと言ったけれど……あの一件にも、伊達明が一枚噛んでいるのよ」「財団真っ黒じゃん!?」先週末の一件を思い出しながら、ほむらは飽く迄淡々と、自身が見たままを述べてみた。見知らぬ研究所に拉致され、逃げ延びようとした矢先に、バースがほむらの捕獲にやってきた事を。時間停止の無力化と新たな能力の覚醒までは詳細に語る気は無いものの、それ以外の情報については、一通り吹き込んでおく。動物を模した奇妙なロボットによって捕縛されたことや、危うく殺されそうになったことなどを、踏まえて。「ちょっと待て。俺も伊達明についての情報は一通り調べたが……彼は長い間外国に居て、日本に帰国したのが三日前の昼頃だった筈だ」ところが、暁美ほむらの口にした情報は……後藤の調べたそれと、明らかに矛盾していた。何故後藤がそんな事を調べているのかといえば、気になったからとしか答えようが無い。バース装着者への誘いを自ら蹴った割に、確りと未練を残しまくっているぐらいが、きっと後藤さんらしいのだろう。それは兎も角、後藤が調べた限りでは、伊達明の入国履歴的に考えて暁美ほむらの拉致監禁には関われない筈なのである。「鴻上財団って交通省まで操れんの……?」……入国管理局は、国土交通省では無く法務省の管轄である。何となく、難しい言葉を使ってみたかったのだろう。おそらく。尚、密出入国を行う時には、法務省よりもむしろ空港の現場職員数名を個人的に脅迫した方がかかる費用は少なくて済む……らしい。「財団ならそれ位出来ても不思議じゃないが、財団がそれをするという事はアリバイ作りを考えての工作だろう。だが……そのためには、誰かがこの情報を調べることが前提になるぞ?」「それなら、その伊達って人が自己申告すれば、疑った誰かが調べるんじゃないの?」確かに、二人の言う事は尤もらしい。そんな手の込んだ工作をしても、それが効果を発揮するためには入国日時という情報を追及者へと見せなければならない。そして、珍しく的確な事を口にした、美樹さやか。言われてみれば、その工作の効力をもっとも迅速に発揮させるには、伊達明からの自己申告が一番である。だがしかし、暁美ほむらが出会った伊達という男はそんな情報を微塵も口にしていなかった筈だ、と記憶を洗いながら思う。……何かが、かみ合わない。そもそも、暁美ほむらの視点においては後藤からの情報を鵜呑みにするのも若干の不安が残るところではある。なんせ、個人の入国記録を調べたという辺りは当然のように情報入手経路はハッキングに寄るものであるため、犯罪に片足を突っ込んでいる気配が色濃く匂っているのだ。もっとも、犯罪という点においては、ほむら自身も窃盗を働いているという自覚はあったりする。もちろん、本人としては緊急回避のつもりで居るわけだが。「もしかして、その伊達って人に双子の兄弟が居たりとか」「そんな戸籍は無かったな」実は人違いという点においては、さやかは非常に惜しい外し方をしていたのだが。そして、そんな益体も無い事まできっちりと調べている後藤さんは、少し生真面目すぎるきらいがあるのかもしれない。うんうんと唸って、何かを思いつこうとしているさやかだが……正直なところ、ほむらさんからの期待度はそこまで高く無かったりする。確かに財団内部の協力者を手繰り寄せたのはお手柄だが、それだけでは払拭しきれない程のさやかの伝説を、ほむらは目の当たりにして来ているのである。案の定……「こんな時はアレだ。『ワケが解らないよ』!」似ていない物真似などという無駄芸に走るさやかに、イラッとさせられたりして。近頃まどかに会えていない事によってストレスが溜まっていたために、ほむらは愛用のマシンガンを取り出す一歩手前である。しかし、さやかも只ふざけている訳では無く、マミさんの夭逝に加えて失恋とまどか失踪が重なったせいで割と精神的に一杯一杯なのだ。自分のテンションを無理に上げていないと動けなくなりそうだという不安からの言動なのだが……余裕が無いのはお互い様でもあった。「最近は、そういうギャグが流行っているのか?」そして、ネタに真顔でマジレスをかます後藤さん……そのギャグは魔法少女という酷く狭いコミュニティの中でしか通じないネタなので、おそらく覚える必要は無いだろう。ほむらとしては、あの一山いくらの大量生産品の言葉なんて、思い出しただけでも吐き気がするぐらいである。……と、そこまで考えて。「……もしかして」「今のギャグで一体何に気付いたって言うんだ……」「えっ!? あたし、『また』お手柄!?」あの『個』というものの存在しない不気味な宇宙人の生態が……ほむらへ、切っ掛けを与えてくれていた。硬直した事態を打破する、鍵を。積極的に攻撃を行ってきたバースと逃げに徹したバースの間の違和感が、埋まる。その先にある新たな道を開くための光が……ようやく、見え始めたのだ。「あの鎧は、複数存在するの?」世界の収束は……近いのかも、しれない。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第七十一話:扉越アンサンブル結局鹿目まどかを交番へと引き渡した伊達明は……少しだけ気分を軽くしながら、帰路についていた。普段の伊達なら、家出少女を見つけても少しだけ助言をする程度のお節介が関の山だろうが、今回ばかりは事情が違っていたのである。警察に保護されたカナメちゃんもひょっとすると伊達の想像を超えるような過去を背負っているのかもしれない、という思考は、伊達の頭の片隅に残っていた。だが、伊達明自身の生命には代えられないという思いの元に、心を鬼にして警察に突き出したのだった。おかげで、物騒な魔法少女に絡まれても平気だという明るい展望も、見えている訳だが。「とにかく、これでもうお七ちゃんも怖く無ぇ!」会長から寝床として借りている研究所の一室へと足を運びながら、希望に満ちた未来を幻視する伊達明。彼は、気付いている筈も無かった。クロス先の世界観において、『もう何も怖く無い』が特大のフラグであるという事に。そんな伊達が、研究所最奥の一室の扉を開けて、目の当たりにしたものは……「あれ? 誰か居……」3名の、男女だった。室内で何かを話し合っていたようだが、会話を中断して伊達に視線を集中させている彼らに、伊達は見覚えがある。その内で唯一の男性である青年は、伊達に国際電話を貸してくれた財団構成員だったはずだ。髪の短めな女子中学生は、先日ヤミーの親と一緒に居た子だったような気がする。その二人は、別にどうでも良いのだ。何といっても残りの一人が、死神過ぎるのだから。「……」「……」腰まで伸びた黒髪に、イマイチ何を考えているのか判断に余る、むっつり顔。服装こそ見滝原中学の制服であったが、伊達がその子供を見間違える筈も無かった。流石に、未だ警察から学校への連絡が回るには早すぎる時刻である。お七ちゃんがカナメちゃんの消息を突き止めている筈は無い。……つまり、伊達明の取るべき行動は、一つ!「失礼しました」音が立たないように丁寧に扉を締め、その戸に背中をついて、額に滲み出た汗を拭う。一体どうして、伊達のねぐらと成っている筈の一室で、お七ちゃんに会わなければならないのか。だがしかし、伊達の耳に次の飛び込んできた音は、ドアノブを引く時特有の『ガチャリ』というそれで。「最近の俺、運悪過ぎるだろ!?」咄嗟にドアノブを逆向きに捻って扉の開放を防ぐ伊達だが、あちらには3人も居るのだから、いずれ押し切られてしまうだろう。現在ドアノブ越しに感じる握力は一人分だけだが、この先どうなるかは分かったものでは無い。扉が軋む音が全く聞こえない辺り、扉自体を破壊される心配は要らないだろうが、このままではジリ貧である。というか、この部屋の所有者は何を思ってそんなに強靭な素材で扉を作ったのだろうか……?それはともかく、会長から渡された鍵も、内側からはツマミ一つで解除されてしまうために意味が無い。「ウホッ?」何が起こっているのか把握しているのか非常に微妙なゴリラのカンドロイドの声が耳に入る。そして、伊達にとって幸運なことに、ゴリラカンは自身に期待された役割を把握出来たらしい。こんな局地的過ぎる状況にまで対応できるAIを作った博士は、一体何を考えていたのか。謎は、深まるばかりである。そんな伊達の疑問を投げ捨てつつ、垂直な扉をよじ登ったゴリラカンは、伊達と共にドアノブに手をかけた。手をかけて……しまった。ここで、一つの豆知識を補足しておこう。ゴリラのカンドロイドの機能のメインはもちろんヤミーの感知ではあるのだが、それ以外にもこのメカには恐るべき特色が組み込まれているのだ。それは……パワーである。片手の握力だけで60kgという伊達明にさえ匹敵するような出力が出るのである。そいつが伊達と共にドアノブを握れば、どうなるか。「抜けたッ!?」A:もう何も怖く無い。ゴキン、という金属特有の音と共に、綺麗にドアノブ内部の留め金が外れ、扉には円状の穴だけが残されていた。どうやら、頑丈だったのは扉の素材だけで、ノブの内部の部品は市販品だったらしい。「落ち着けお七ちゃん! こんな時こそ話し合いだっ!」そして、ドアノブの無くなった扉という遮蔽物は……伊達に精神的な余裕を与えていた。伊達としては、話し合う時には相手の目を見ながらだという信条は持っているが、何にでも例外というものはあるのだ。誰だって、銃を向けられたままの話し合いはゴメンなのである。「……今すぐに貴方を撃つつもりは無いわ」「そりゃぁ、僥倖だ」扉の穴から聞こえてくる平坦な声は、伊達が先日聞いたものよりは熱が抜けているように思える。ドアノブの穴から炎が噴き出す気配も感じられない。部屋の中に居る人間が、お七ちゃんを落ち着かせたのだろうか?その面子も、全員が伊達と顔見知りであるとは言え、大概に意味不明な人選だが。というか、同じ学園同士の二人は兎も角として、彼女達が何故財団の構成員と密会を開いていなければならないのか。ともかく、追いかけて来ようとしたところを見ると、逃がすつもりも無いらしい。「先にお七ちゃんに教えときたい事がある」「何かしら」撃つつもりが無いにも関わらず引き留めるという事は、おそらく話し合いがしたいという事なのだろう。ならば、伊達がまず出さなければならない情報は、決まっていた。「さっき、カナメちゃんと偶然会ってな。交番まで案内してやったところだ」「交番? まさか……道に迷ってただけ、とか?」お七ちゃんのモノでない声が、室内から聞こえてくる。恐らく、先日カブトヤミーの親と共に居た女の子のものだろう。尚、伊達が行ったエスコートは、『案内』などという優しいものでも無いのだが、ものは言い様というヤツだ。「まぁ、そんなトコだろうなぁ。言っておくが、俺が監禁してた訳じゃねぇぞ」道というよりは、人生に迷っていたような印象である。もちろん、そんな事を言って場をいたずらに混乱させるとまた命が危うくなるかもしれないので、口にしない。あの二重人格モドキのカナメちゃんが色々と迷走しているというのは、伊達としては間違いないと思っていたりするが。交番の前で警察官と一緒に3人で撮ってもらった写真を丸めてドアノブの跡から押し込みながら、身の潔白を主張する伊達。偶然にも警官が簡易カメラを持っていたために、その警官に頼み込んで証拠を持ち帰ることが出来たのである。写真が部屋の中に引きこまれてすぐに、部屋の中から人間の歩く音が聞こえて来る。恐らく、お七ちゃんが写真を他の二人に見せに行ったか、他の二人が写真を見ようと歩み寄ったのだろう。「これは、確かに鹿目に見えるな」「あたしもそう思う。何か目つき悪い気もするけど」部屋の中の二人が同意する声が聞こえる辺り、伊達の汚名はようやく晴れようとしているらしい。外に居る伊達には……先ほどから声の聞こえてこない暁美ほむらが、どんな顔をしているのか、見ることは叶わない。鹿目まどかの無事を知って安堵の息を漏らしているのかもしれないし、まどかの失踪の原因に何か心当たりがあって慌てているのかもしれない。あれだけ熱心に鹿目まどかの事を探していたのだから、まず前者だろう、と伊達は思う。「そういう事だから、もう俺を狙わないでくれよ」「……分かったわ」……そしてようやく、伊達は聞くことが出来た。今までとは比べ物にならないレベルの安全をもたらす、暁美ほむらの一言を。そうと分かれば、伊達の未来は明るい。手早くバースドライバーを装備し、手荷物の中からセルメダルを取り出した。何故かと言えば、このままでは部屋の中の人間が外に出られないからである。部屋の中から炎で破れば火災報知器が作動してしまうだろうし、火器は跳弾が危険すぎる。「変身」手早くセルメダルをベルトへと投入し、サイドのレバーを回して、掛け声はあまり仰々しく無い程度に抑えて。十のオーブに囲まれた鎧が瞬く間に現れ、伊達の身体を包み込む。もっとも、その姿は扉の内側の人間達には見えていない訳だが。「どいてな! 今、この扉ブチ破るからよ」「待って」扉の前に居られると、突入時に怪我をさせてしまうかもしれない。そう思っての伊達の発言だったが……部屋の中から聞こえてきたのは、それを引き留める声で。次の瞬間には……周囲から、物音が消えていた。伊達は、その感覚を以前にも味わったことがある。ほむらに連れられてとある空地まで誘導された時の、音の無い世界のそれだ。だが、何故その不思議な魔法を、今この時に発動したのか?……その答えも、直ぐに伊達の耳へと届いた。「……鹿目まどかを、ありがとう。今まで、ごめんなさい」何となく、面と向かって言いたく無かったのかもしれない。扉の向こうで、伊達から目を逸らしながら謝るほむらの姿を思い浮かべて……思わず苦笑いが漏れてしまっていた。根拠も無く、伊達には理解できてしまっていたのだ。正面から謝るのが怖くて、でもその逃げ腰が良くないのだと自覚しているからこそ……きっと、伊達にしか声の届かないこの空間を作ったのだろう、と。「俺としては目を見ながらの会話の方が性に合ってるが……」今回はそもそも、ほむらに撃ち殺されないために扉越しの対話を提案したのが伊達の方だったという事情があるために、その点はあまり強く言うことが出来ない。しかし、それだけでは無かった。少し対人スキルが未熟でも、謝罪と感謝は確りと伊達の心に届いていて。未だ中学生である少女の未来を期待するには充分だと、伊達には思えたのだった。……だからこそ。『ショベルアーム』顕現した巨大な左腕によって、頑強だった筈の扉を紙のように破りながら。その剛力に目を見張っているほむらへと……仮面越しに、言い放った。「許す!」交わった世界の住人を繋げる、一言を……・今回のNG大賞偶然カメラを持っていた警察官……?「この世界での俺の役割は警察官か」「俺の世界の時もそうだったっけ。似た世界なのかもしれないなぁ」「さっきの女の子を引き取って行った刑事さんって、別の世界で会いませんでした? ファイズの世界辺りで見たような……」「この世界のお宝は……ソウルジェムだね。適当にかっぱらって来るかな」貴様のせいでこの世界も破壊されてしまったぁッ! おのれ(ry・公開プロットシリーズNo.71→ダイナミック仲直り。