鴻上財団に所属する、とある生体研究所の最奥の一室は、使われなくなった……はずだった。理由は単純明快。研究所の所長が、未成年者略取をやらかして、御縄についたからである。普段から不気味な人形に対して話しかけるという奇行を繰り返していたその男に関して、職員たちは『いつかヤると思ってました』というテンプレのようなコメントを残したとか。キヨちゃんの愛らしさが理解されない辺り、日本という国の文化深度もたかが知れているというものである。おそらく、マスコットの座を狙うK氏の陰謀なのだろう。それはさておき、現在重要なのは、何といってもその部屋なのである。この日、そんな誰も居ない筈の一室を舞台に、「よく来てくれたな」新たな作戦会議が始まろうとしていた。部屋の中で待っていた一人の男の名は、後藤慎太郎。鴻上財団の有するライドベンダー隊の小隊長であり、この場所の存在を来訪者にリークした存在でもある。「久しぶり、後藤っ!」対して、来客の一人目は、おなじみの美樹さやかである。年上である筈の後藤に決して敬語を使わない辺り、彼女から後藤への人物評価が窺えるというものだ。一応疑惑は殆ど晴れているとは言っても、変態ゴミ虫1号という後藤への第一印象が、現在にまで響いているのだろう。後藤としては、その美樹さやかの目の下にくっきりと現れた黒身が若干気になるところではあるものの、とりあえず先送りにしておいた。「……お邪魔します」そして、二人目の客は……不安気に、周囲を見渡している様子を、後藤に見せてくれていた。計測器具や実験用品しか存在しない空間の中で何に対して警戒心を寄せているのだろうか。その腰が引けた様子からは、ライドベンダーを素手で殴り飛ばすような人物像は、連想されなかった。少なくとも、未確認生命体B1号などと言う仰々しい名前は似つかわしくない、と後藤は思ってしまうのだ。ノートパソコンを閉じて椅子を立った後藤の挙動から、注意を外さないように心掛けていると見える、その子供の姿が。「そういえば、こうして会うのは初めてだったな。俺は後藤慎太郎。鴻上ファウンデーションの一職員だ」「……暁美ほむら、です」おずおずというか、何と言うか。後藤に浴びせられる視線は、値踏みよりもまず、危険人物ではないかという疑いのものに思われる。しかも、後藤としてはその原因に関して心当たりがあるのだから、文句の一つでも言いたくなるというものだ。「美樹。お前……この子に、ある事無い事を吹き込んだんじゃないか?」「えー? さやかちゃん、なんのことだかわかんなーい」どう考えても、美樹さやかが『後藤=ストーカー』の図式を暁美ほむらへとインプットしたに違いない。さやかの態とらしい反応に若干イラっとさせられた後藤だが、この程度で怒っていては、ベンダー隊の小隊長は務まらないのだ。別に、さやかをウナギカンでライドベンダーに縛り付けて自爆装置を起動してやろうだとか、そんな事を考えている筈が無い。まぁ、美樹さやかなら、ギャグ補正という名の回復魔法ですぐさま復帰してくるだろうが。「それはともかく、俺にも謝らなければならない理由もある。先週末の一件は、身内が迷惑をかけてしまったからな」そう口にしながら暁美ほむらの方へ向き直る後藤に対し、ほむらは口を開かずにその挙動を見守っていた。先週末の一件という言葉が指す内容は、ほむらが何者かによって拉致監禁の目にあった事件のことで間違いが無いだろう。ほむらはそれを理解したうえで、謝りたいと言い出した態度の柔らかさと、何故そのことを知っているのかという不信感から、警戒心の針をどちらに傾ければ良いのか判断に余ったのだ。そして、後藤もそんな心情を、大まかには理解していた。「済まなかった」だからこそ、だった。後藤が……その頭を、下げたのは。土下座という程仰々しくも無いが、会釈というには深すぎる程度に腰を曲げて。中学生であるほむらよりも頭を低く下げ、謝ったのである。「え、ええと……」相手の顔が見えずとも、伝わっていた。ほむらには、後藤の謝罪が。後藤には、ほむらの困惑が。従って、話を進めるのもまた、会話をリードしている後藤意外に有り得ない。「あの事件の単独犯だった真木清人という博士は、俺が責任をもって塀の中に叩き込んだ。どうか、財団全体が君に危害を加える意思を持っている訳では無いという事を信じて欲しい」頭をあげた後藤の目に映ったほむらの表情には、困惑に加えて驚愕が浮かび上がっていて。それが何を意味するのか解らないままに、後藤は言葉を継ぐ。「あの急遽雇われた伊達という男も、もし真木博士のような人間なら、俺に始末をつけさせてくれ」正直に言って、バースの装着者に勝てるという見込みが甘すぎるということぐらい、後藤には痛いほどに分かっていた。ヤミーに勝てない後藤が、ヤミーに勝てるバースと戦っても、勝負は見えているからである。……それでも。もし伊達が鹿目まどかという子供を誘拐した犯人であるというならば、後藤は是が非でも挑むのだろう。後藤よりも大きな世界を救う男のように共生の道を見つける事に長けている訳では無いが、それでも荒事なら得意分野という事になっているのだ。特に、世界を守ることを最近再び己自身に誓い直した後藤にとって、それは至極当然の事に思えた。暁美ほむらの表情は、何から問いかけたら良いか迷っているという心情が剥き出しになっていて。しかし後藤は、それを待つだけの余裕を持てる男へと、いつの間にか辿り着いて居て。そこにはもう……危険な魔法少女の影を追っていたベンダー隊長の姿は、見る影も無い。そして、その場に最初の声をあげたのは、「えっと、一から全部説明お願い……」途中から会話の中に入り込めずに置いてけぼりを喰らっていた、美樹さやかだった……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第七十話:Stranger in the dark――信じられるヒト多国籍料理店クスクシエには、定時というものが基本的に存在しない。申し訳程度にバイトの採用時には終業時間を説明されるのだが、大抵はその時刻の前に材料が尽きるためだ。日によってメニューを変えるこの飲食店は、その日の料理を翌日へ持ち越せないので、確実に売り尽くせる量しか材料を調達しないのである。もっとも、店の入り口付近の席にあまり客を詰めないことからこの店はあまり繁盛していないのかと思われがちだが、それは違う。100人規模の予約を受けることさえ可能なクスクシエが、いつもTV画面に映っているスペースだけで営業を行っている筈も無い。当然、奥道なり裏口なりから更に大きな来客用スペースへと繋がっていると考えるのが妥当である。尚、100名予約のエピソードを執筆した人物がシリーズ構成者と同一人物では無い事には若干の不安が残るところだが、無かった事にするほど扱いに困る設定でも無いのだ。あのクスクシエという店は一体どうやって採算を取っているのかという非常に些細な疑問を補完するためのネタだったりするのだが、単純に客が多いのだという事にさせて頂きたい。それは、ともかく。噂のクスクシエでの早めの終業時刻を迎え、帰宅を果たした一人の女子大学生の姿があった。彼女の名前は、泉比奈。『仮面ライダーオーズ』という物語において、所謂ヒロインと呼ばれる立ち位置を築いていた女性である。もっとも、この世界においてそれはIFの話であり、現在は魔法少女の手によって救われた実兄と共に幸せな日々を送っている。「ただいまー」……はず、だった。夕日を背に、何時ものようにドアノブを捻って、昨日と同じように扉を開けて。親愛なる兄に出迎えられる事を期待していた泉比奈が目にした、光景。それは、「髪ぐらい自分で梳かせよ?」「……うるさい」濡れた髪をドライヤーで梳かしてもらっている、子供の姿だった。その子供自身の両手はアイスの棒を握るのに使い、そいつは心底幸せそうな顔をしていて。そして、それを目にしていると比奈にフラストレーションが溜まってくるのは、何故だろう。比奈のお古と思しき服を着ているその女の子を、比奈は何処かで見たことがあるような気がするのだが……思い出せそうに無かった。「ああ、お帰り、比奈」しかもようやく比奈に気付いて、尚世話をする手を休めないその男性が、比奈の兄である信吾なことは……説明するまでも無い。「アイスにその風かけんな! 溶けるだろうが!」「ああ、悪い悪い」ドライヤーから出てくる熱い風に文句を垂らす子供と、それを受け流してやる信吾。その姿は……どこか、気の置けない仲というか、気心が知れた仲というか。とにかく、普通の仲の良い二人というレベルを超えている、と泉比奈の目には映ってしまっていた。女の勘とは恐ろしいものである。「お兄ちゃん、その子……誰?」いつの間にか扉から離れていたドアノブを嵌め直しつつ、飽く迄平常心を保とうと心掛けながら、比奈は問いかけてみた。まだ焦るような時間じゃない、と自身に言い聞かせて。「お前は……!」ようやく比奈の方を向いたそいつは、何処か見覚えがあって。体躯の小ささも相まって……物凄く、生意気そうである。その身体から滲み出ているものが、警戒心と呼べるほどの格好良さを伴っていない辺りに、特にそれが窺えた。そいつを見ていると無性にイライラしてくるのは、何故だろう。家族としての勘が、比奈に警告していた。コイツは危険だ、と。決して兄が幼女愛好者としての素質に目覚めたなどとは、『決して』『絶対に』疑っては居ないのだが……。その筈なのに、比奈の手の中に握られたドアノブは、いつの間にか一回り細くなっていた……らしい。まったく、日本の金属製品はいつからこんなにも脆弱になってしまったのだろう……どうしてこんな事態に陥ったのだろうか?とはいえ、回想に入る程の経緯も無かったりする。尚、直前の文章が『海藻に入る』と一発変換されるPCの持ち主は、孔雀のアンデットに出会ったら騙されないように気をつけた方が良いだろう。話を戻すと、その日の昼下がりのことであった。メダル関連の事件の処理に追われていた泉信吾刑事の元に、ある一報が届いたのは。なんでも、付近の交番で保護された家出少女が、泉信吾を出せといって聞かないのだということらしい。どうやら名前を口にすることさえ拒んでいる様子らしく、泉信吾が直々に出て行かないことには押し問答を繰り返すだけになってしまうのだそうだ。魔法少女によってその身を救われた信吾としては、おそらく彼女達が困っているのだろうと当りをつけて出向いたのだが……――オイ! とにかく、こいつら何とかしろ!待っていたのは、目つきが悪くて背の低い中学生で。その身を保護している警察官を邪魔くさそうに睨んでいるその仕草は、奇妙な既視感を信吾に与えていて。助けを求めているようで、どこか偉そうに虚栄を張るその態度から……信吾は、直感的に悟ることが出来たのだ。何だかんだで、一時期は24時間離れずに過ごした仲なのだから、不思議なシンパシーの一つでも生まれているのだろうか。――もしかして、アンクか?後は、なし崩し的に保護して、泉兄妹の住むマンションへと連れ帰ったという訳である。そして何よりも先に信吾が、アンクを鹿目まどかの身体ごと風呂場へと押し込んで洗わせた、直後。ドライヤーで髪を梳いてやって、今までの事とこれからの事を話し合おうと思っていた、矢先だったのだ。信吾の妹である泉比奈が、帰宅を果たしたのは。「お兄ちゃん、その子……誰?」比奈の声を聞けば、その頭が驚愕に埋め尽くされていることぐらい、信吾には簡単に理解できた。何といっても、血を分けた兄妹の絆はダテでは無いのだ。そして、特に何も考えずに口を開いた信吾は、「ああ、大分見た目は変わってるけど、アン……」「ちょっと待てっ!?」盛大に取り乱したアンクに、言葉を遮られた。何が不満だったのだろうか。取り乱している癖にアイスからは絶対に手を離さない辺り、食い意地が張っているというか、何というか。部屋の入り口で立ち尽くしている比奈をよそに、アンクが手招きのような仕草を演じているのが、泉信吾からは窺えた。離れている比奈に向かってでは無く、至近に立っている信吾に向かって、である。普通は、手招きといえば、遠くの者を近くへと呼び寄せるために行うものではないのか?「……?」「しゃがめって事だ! 気付けッ!」……なるほど。どうやらアンクは、内緒話がしたかったらしい。足元に目をやれば、背伸びをして必死に頭の高さを合わせようとしていた様子を、把握することが出来た。出来る事なら、信吾を屈ませずに話がしたかったのだろう。泉信吾と鹿目まどかでは身長差が有り過ぎるので、比奈に聞かれないために、顔を寄せ合って密談を交わそうという趣旨のようだ。「良いか! お前はそこで待ってろ!」「え? ちょっ……」「悪い、比奈」比奈を見上げながら言い放たれた筈の一言は、物凄く偉そうで。だが、親愛なるお兄ちゃんまでもが言うならば、聞かない訳にはいかない。比奈が立っているのとは逆サイドの壁の隅まで移動して、比奈に背中を見せながら小声で何かの相談を始めた二人の様子が、妹は気になって仕方が無いのだ。……それに何となく、物理的に二人の距離がかなり近いのも、気に食わない気がしてきてしまう不思議。そんな比奈の気を全く知らない二人は、楽しい密談に勤しんでいたりするのだが。(バカかお前は!? あいつに教えたら、魔法少女呼ばれるだろうが!?)(大丈夫だって。俺の時みたいに誰かの身体を借りてるわけじゃないんだろう? そう簡単に瀕死の人間なんて手に入るワケが……)だがしかし、そんな信吾の勘違いも虚しく、アンクの溜息によって否定されてしまっていた。おもむろに、鹿目まどかの心臓の辺りを指さして見せるアンク。泉信吾がそこに注視すると……幼児体型としか言いようの無い平面が、広がっていた。当然、服の上から眺めているのだという事は、言うまでもない。(……大丈夫。お前の胸には、欲望が一杯に詰まっていくはずさ)もちろん、性的な意味で。イケメンスマイルを伴って放たれたその下ネタの一言を耳にした時、おそらくこの青年の職業を警察官だと看破出来る人間は実妹だけだろう。「ふざけんなァッ!!」アンクとしては、別にそんな袋などあっても邪魔になるだけなのだが……ひょっとすると、融合している鹿目まどかの精神に引っ張られたのかもしれない。声を荒げたアンクへと訝しそうな視線を浴びせている比奈を一瞥し、アンクと信吾は再び肩を寄せ合って、密談の態勢へと戻る。(冗談だよ。比奈が怪しんでるじゃないか)その一言に再び何かがキレそうになった様子のアンクだったが、その拳をわなわなと振るわせて、必死に耐えているようだった。だが、信吾としては、アンクがそんなふうに我慢することを覚えたのが、何だか嬉しかったりして。自然と笑みが零れてしまっている事に、少しの間、全く気付けなくて。不審そうに信吾を見上げてくるアンクの視線から自身の表情を察しても、不思議とそれを引き締める気には、ならなかった。ただ、これ以上煽ると殴られそうだとは思っているために、ここからは本題に入るつもりである。もっとも、仮にも現役の警察官である信吾が、暴力沙汰で遅れをとることなど中々有り得ないのだが。(グリードに襲われてなァ。『ここ』を丸々潰されてる)(なるほど。それを治すためには魔法少女じゃなくちゃいけない。でも、アンクは彼女達と折り合いが悪い、と)心臓を指さしながらその状況をアピールするアンクの言葉から、それ以上の知識を引き出して見せる信吾。話が早いのはアンクとしては助かるが、相手は油断ならない切れ者なのかもしれない。もちろんそれは、お互い様なのだが。(……別に、このガキの命なんてどうだって良いんだよ。ただ、この世界を歩くのに必要なだけだ)ふん、と鼻を鳴らすように前置いて、グリードは物騒な返事を口にして見せてくれた。信吾を睨みながら、まるで脅迫でもするかのように。……そして、自分自身に言い聞かせるかの、ように。だからこそ信吾は……アンクに問い返してみたいと、思ってしまった。(アンクってさ……思っても無い事を言う時、顔を少し前に出して、目を見開くよな?)(!?)次の瞬間には、その瞳には面白いぐらいに驚愕と動揺が広がっていて。いっそそれは、狼狽と言ってしまった方が良いものなのかもしれない、と信吾には思えてしまう。無意識のうちに借り物の顔を触って、瞼の辺りを調べているその様子は……いかにも、悪戯がバレて困惑している子供そのものだった。(……って、俺が憑いてた時の外見をお前が知ってるわけ無いだろうが!?)そして、三度怒り狂う小さな猛獣。しかしその姿には……心地良い居心地の悪さとでも言うべき柔らかい何かが、存在していた。怒っている筈なのに、その様子は何処か生き生きとしていて、泉刑事を人質にして比奈を脅そうとしていた時よりもずっと幸せそうで。……少なくとも、現代において最もアンクとの付き合いの長い泉信吾には、そう思えたのだった。(まぁ、それはそれだ。それで、この後はどうするんだ?)(どうするも何も、最低限警官に追いかけられない格好を整えられりゃァ、後は何でも良い。ガキ共がここを嗅ぎ付ける前に、とっとと出て行くに決まってる。連絡してあんだろ?)信吾としては、ここに至るまでの移動中にアンクがちらちらと信吾の様子を覗っているのが、気になっては居た。風呂場に押し込む時も、やけに抵抗するとは思っていたが……どうやら、信吾が魔法少女達を呼ぶのを、警戒していたらしい。確かに、警察官という自身の立場を鑑みればその行動に移る筈だ、と改めて自身の行動を評してみて。……それ、でも。(いや、連絡はしてない)まぁ、そもそも連絡先を聞いていないというのが正しいところなのである。だが、知っていても連絡を入れていたかどうかは、微妙なところだった。そう、泉信吾は思う。(なんだそりゃァ?)(その子の事は確かにこのままじゃマズイけど、一応アンクは俺の危機を救ってくれた恩人だからな。少しぐらい贔屓もするさ)信頼のこもっていないアンクの視線が突き刺さったが、連絡していないものは、していないのだ。おそらく、アンクの信頼は、未だに勝ち取れていない。それどころか、次に言葉を継いでも、勝ち取れるかどうかは怪しい。そもそも、それを勝ち取ったところで何か得があるという訳でも無いのだが、信吾の心情的な問題である。(それに……アンクは、俺と離れた時の事、覚えてるか?)(あれから未だ一週間しか経ってないんだ。当然だろ)未だ一週間という響きに凝縮されていた言葉を、泉信吾は自身が拾い切れては居ないだろうと、思えていた。信吾の感覚としては、もう一週間も過ぎてしまったのか、というものだったのに。どういう手を使ったのかは知らないが、魔法少女の手から逃げ延びる壮絶な逃亡生活を送ってきたのかもしれない。(あの時、離れて最初に……アンクが、俺の事を心配してくれたのが、聞こえた気がしてさ)巴マミによって泉信吾の身体から掴み出された、あの時。美樹さやかによって瞬く間に信吾の身体は持ち去られてしまったのだが、最初の一言がギリギリで聞こえていたのだろうか。――良いのか? 俺が離れたら、アイツは死ぬぞ……確かに、引き剥がされたアンクの第一声が、それだった。だがしかし、それは巴マミに対する脅し文句として言い放った筈の言葉で。少なくとも泉信吾の安否を心配しての台詞では無かったように、アンクは思う。(思い上がんな)(俺の価値が高いって話じゃなくて、アンクが自分で言う程酷い奴じゃないって話だよ)一見筋が通っているようで、何処か曖昧で無茶苦茶な、その言葉。そのはずなのに、不思議と胸の底がもやもやして、でもそれは大した不快感では無くて。偽物の筈の心臓から刻まれるメロディが、ほんの少しだけ、速まる。(話は、終わりだ。俺は行くぞ)(いや、実は俺の方から提案がある)相変わらずアンクから浴びせられる、信頼の籠っていない視線ではあったが……信吾には、どこか冷たさが目減りしていると思えていた。もちろん、信吾がそう思いたかっただけかもしれないし、アンクの思考を読み切れる訳でも無い。しかし、それは……信吾からの提案の理由でもあった。(しばらく、この家に住まないか?)(……あァ?)かくして、泉信吾から告げられたそれは……アンクにとっては、まさに寝耳に水の一言であった。案の定、アンクは信吾の考えを測りかねているようで、その表情には若干の戸惑いが見られた。そして、アンクに信吾の思惑が見破られていない事は、泉信吾にとっては僥倖である。見破っていたならきっと、アンクはその提案に絶対に乗らないのだろうから。(何を企んでる?)(それは秘密だ。でも、どの道その身体にも、休息と食事は必要なんだから)……それは、宿と食料を提供してくれるという事なのだろうか?その意図を秘密にするのも気になるところである。だがしかし、先程魔法少女への密告を行わないと宣言した信吾が、アンクを罠に嵌める姿も思い浮かばない。今までの会話が全て嘘で塗り固められたものならば、それも有り得るのかもしれないが。(悪い話じゃないだろう?)自身が見落としている要素が無いかどうか、アンクはこれまでの会話をもう一度振り返ってみるものの、やはり罠と確信できるものは見当たらない。だがしかし、罠が無いと確信することも、やはり出来ない。(俺は……)そんなアンクの、下した決断とは……・今回のNG大賞(何よあの子お兄ちゃんにベタベタしてるし距離が近いしお兄ちゃんが何故か胸を注視してるし畜生あの泥棒猫め(放送禁止)を潰して(放送禁止)した後に(放送禁止)をブチ破って一生(放送禁止)出来なくしてヤる……ッ!)「うッ!? 背筋に強烈な寒気が……?」「処置が遅くて風邪ひいてたんじゃないか? それで、返事は?」「NOだッ!」こんな妹が居る家庭への居候は、間違いなく死亡フラグ。・公開プロットシリーズNo.70→綺麗事が一番良いに決まって、る?