半裸の浮浪者Aを通りすがりの車に乗せて送り出した直後に、その場に駆け付けた一人の子供。そいつは……当然というべきか、当たり前のように、伊達明が想定したその人であった。忘れるはずも無い。伊達がバースへと初めて変身した際に、一緒に居た子供である。「ぜぇ、はぁっ……」身体全体をずぶ濡れにして、息を切らしているその様子は、吹けば倒れてしまいそうでさえあって。如何にも、明日の朝には咳と熱に苦しんで居そうなテンプレ状態であった。「カナメちゃんに聞きたい事あるんだけど……とりあえず、何か飲むか?」さり気なく伊達が懐から取り出した瓶が、黒い地に黄色いラベルの張られたモノであったことは、説明するまでも無い。会長から仮宿として紹介された施設に大量に余っていたので、何本か失敬していた物品だ。言わずもがな、仮面ライダーの心強いスポンサー商品であったオロナミンCである。ただし、大塚製薬は2011年現在、仮面ライダーの裏番組であるサンデーモー○ングの提供画面にその名を連ねていたりするのだが……フルフェイスのマスクを被っている仮面ライダーが、『飲む』という行為を実演できないためにミスキャストだという事実に、気付いたのかもしれない。「げほッ!?」与えられた炭酸飲料を一気飲みしようとして咽ているその背中は、先日に目にしたそれよりも更に小さく思える。まるで、頬袋に餌を詰めようとする小動物のようだ。今のところ、咽込んでいるその音色には風邪らしき響きは聞こえないことが、唯一の救いだろう。落ち着かせるためにその背中をさすってやると……思いの他体温が低下しているのが、感じ取れた。どう考えても、服が濡れているせいである。そして、ようやく鹿目まどかは心拍数も呼吸も安定してきたらしい。「それで、この近くにヤミー来なかったか? この間の虫野郎みたいな奴なんだけど」「オーズが倒した。お前なんてお呼びじゃないってこった」毒吐いてみせるその様子には、凄味と呼べる類の物は一欠けらたりとも見受けられなかった。ただ、小さな子供が意地を張っているだけと言うか、何と言うか。身震いを抑えている鹿目まどかの仕草を見れば、そいつを恐れろという方が無茶な話だろう。「オーズって、何か会長から聞いた気がするなぁ。じゃぁ、さっきここの上空で戦ってた奴らは? 遠くて良く見えなかったんだが」「オーズが暴走しただけだ。人間の出る幕じゃない」つれない。何だか、人間の心の冷たさに連日凍えている気分である。まぁ、実際に水をぶっかけて来たメズール様は色々と別格なのだが。もっとも、現状凍えているのはアンクの方だったりする辺り、社会全体が世知辛いのかもしれない。「もしかして俺、何かお前さんの事、怒らせたか?」「……当たり前だッ!!」キレられた。最近の若者は、どうしてこうもキレやすいのか。殴りかかって来た小さな拳を掌で軽く受け止め、その襟首を掴んでひょいと持ち上げてやれば、簡単に無力化することが出来たが。「離せ!」噛み付かんばかりの威勢で、目つきの悪い顔を作って伊達を睨んで来るものの、やはり脅威には感じられなかった。短い手足をじたばたと振り回しても、伊達には届く筈も無い。単純な身長差だけでも30センチ近いのだから、当然である。「そういえば、ひょっとして俺に何か用事があったのか? もしかしてそれが怒ってる原因?」「そうだ! 映司を何処に送った!?」そして、この子供の方から伊達の方へと駆け寄ってきたのだという事を、伊達は覚えていた。当の少女本人は、若干忘れかけていた気配も否めないのだが。何故か、鳥頭という単語が脳裏を過った伊達だったが、とりあえず質問への答えを提示する方向へと思考を働かせる。映司というのはおそらく、伊達がヒッチハイクで捕まえた車に放り込んだ男の事だろう。「なるほどなぁ……」「……早く答えろ」伊達が……ニヤリと笑った。そんなふうに、アンクには思えた。何だか、物凄く嫌な予感がしているのだが、コイツに答えて貰わない訳にもいかない。「惚れてるって感じじゃないから、何となく家に帰り辛い時に出会って、一緒に居るうちに情が移った、ってトコだろ?」おそらく、伊達は男女の仲的な意味で言っているのだろう。だが、微妙にアンクと映司の現状には合っている気もする。アンクが他のグリードのコアを持ち逃げしていた時に、それを助けた男が、映司だったのだから。そして、一緒に居るうちにという言い回しも、どこかしっくり来るところがあるものだ。「だったら何だってんだ。良いから早く映司の場所を……」舌打ちをしてみるものの、伊達はてんで怯む様子も見せない。もし泉信吾の身体があったとしても、コイツを怖気づかせる事が出来たとは思えないが、それでも何となく癪である。何時までも宙ぶらりんのまま吊り下げられているのも、気に食わない。足を延ばして蹴りをかまそうとしても、服に沁み込んだ水分のせいで全く重心が移動できないのだ。むしろ、そんな状態の鹿目まどかを片手で持ち上げられる伊達の筋力が優れているというべきなのだが、そこで相手を睨みつけてこそのアンクである。「教えて欲しけりゃ、兎に角一度、お前の友達のお七ちゃんに一報入れてやんな」「俺に命令すんなッ!!」何となく、この子供ならそう言うだろうという気配を、伊達は感じ取っていた。初めて会った時には割と大人しい印象を与えていたはずだが、そっちが猫被りなのか、もしくは今が強がっているだけなのか。どちらも本性に思えてくる辺り、ひょっとすると本格的な二面人間なのかもしれない。だがしかし、ここで退くわけにはいかないのだ。「俺も自分の命がかかってるからな。そこは退かんぞ?」「なんだそりゃァ?」どうも、暁美ほむらさんが伊達の事を未成年者略取犯だと思っているらしいので、伊達としては自身の身の潔白を証明するチャンスなのである。敏腕弁護士を呼んでもらえば何とかなるかもしれないが、そんな知り合いは伊達には居ないのだ。もっとも、そんな人物を呼んだとしても、結局解決手段はファイナルベントになる可能性が非常に高いが。ともかく、命を狙われるまでの段階に達しているのならば、この機会を逃す道理など、ある筈も無かった。「いやぁ、俺、お七ちゃんに誘拐犯だと思われてるらしくてさぁ」「知るか。早く映司の場所吐け」どうでも良いコトを聞かせやがって、という無言のメッセージが、伊達の眉間へと突き刺さった。人の命が掛かっているというのに、釣れない態度は相変わらずである。簡単に釣られるのは、その体格に起因する要素だけなのだろう。「……一緒に警察まで行くか?」「……それは、無い」俺もそんな事はしたくないんだがよ、と前置いて伊達が提示した案は……ある意味もっとも常識的なものだったのかもしれない。もちろん、ずぶ濡れの家出少女などというナマモノを引き渡されたら警官とて迷惑だろうが、伊達としてはそれも致し方ないと思い始めても居た。もし伊達が自ら鹿目まどかを拉致して暁美ほむらの眼前に引きずり出したりすれば、ほむらからの印象はどん底マッシグラーである事は疑う余地が無いのだから。「じゃぁ、お七ちゃんに連絡を」「断る!」話題のループと拒絶の連続……これ即ち円環の断りッ!何故かOOO勢ばかりがこの奥義を発動しているように思えるのは、きっと気のせいなのだろう。ライダーが魔法少女の世界を侵食しているようで、実は逆に円環の世界法則に飲み込まれていたのかもしれない。「よし、分かった。警察だな」「なッ……馬鹿かっ!? やめろ、オイ、離せェッ!!」摘み上げていたその小動物をクレーンゲームのように保持しつつ足を動かし始めた伊達の様子を見れば、アンクだって慌てずには居られない。だが、相変わらず……手も足も出ない状況を変えることは、出来そうにも無い。必死に抵抗を試みるものの、そんなものが通じるならば元々釣り上げられている筈も無い「悲しいけどコレ、お仕事なのよね」「嘘吐けッ!」「ああ、バレた?」アンクの突っ込みも虚しく、ドナドナを歌って誤魔化し始めた伊達の耳には届かず。かくして、荷馬車伊達号は交番へと一直線に突き進んだのだった……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第六十九話:戦・略・崩・壊「で? 何の手掛かりも無かったのかよ?」「済みません……」佐倉杏子の借りている一室へと戻ってきた後輩が情報収集に失敗して来た件について、杏子はトーリに対する評価を少しだけ下方修正していたりして。もっとも、杏子にとってトーリというのは良く解らないナマモノなので、扱いが劇的に変化することなど無いのだが。トーリが情報を集めに行った鴻上財団という集団にしても、杏子は何をしている人々なのか分かっていないのだから、反応の取りようが無いというべきか。「それよりアンタ、さっきのをどう見る?」「まさかオーズが飛べるとは思いませんでした」「紫の奴じゃねーよ! マミのソウルジェムを持ってる方だ!」トーリとしては、映司が何をどこまで知っているのかという境界は死活問題に発展しかねないので、なるべく知っておきたいという思いは強かった。もちろん、そんな事は杏子の知ったことでは無いのは、説明するまでも無い。「……どう、と言われましても。回避に優れた相手ですね?」頭上からの杏子の投槍をキリカが簡単に回避してしまったところからの、判断であった。それに対して、ポッキーを噛み砕きながら溜息を吐くという器用な仕草をやってのける杏子は……何だか、白い目を向けてきているような。何だか、今お菓子を強請っても、断られそうである。その杏子の様子に気づいて尚、トーリは自身の発言がどう宜しく無かったのか把握出来ていないという有様であった。「あのオーズってのは良くわかんないけど、どう考えてもアレって罠だろ。あの化物が居るトコにアタシ達をおびき寄せるための、さ」「ワタシ達では頭脳戦に勝てない、と?」相手にこちらの作戦を見破られていたのでは、勝ち目は皆無に等しい。ただでさえ、あちらはさやかを再生怪人のように薙ぎ払える程度の戦力を備えているというのに。加えて、トーリとて何となく自分のオツムが大した出来で無い事は理解しているのである。「そこで『貴女達では』って言わない辺り、色々と救いがねーな……」「言ってたらどうなってたんですか?」「とりあえず、一発殴ってたけど」どちらにせよ、トーリには救いが無かったという事らしい。かつて公式サイトで正体をバラされた狼のアンデットに匹敵するかもしれない仕打ちである。「ともかく、結構な距離を取ってたはずなのに気付かれたんだし、意外と感知に優れた魔法少女なのかも知れないな」「速さに加えて感知って……一体、何をすれば勝てるんですか?」トーリとしては、速さだけならば暁美ほむらさんの方が優れているのではないか、と思う所が無いわけでも無い。サメヤミーと戯れていた時には、よく訓練された某掲示板民ならば見たままを話すAAを張るレベルの速さによる攻撃を見せてくれたのだから。トーリでは、防御に徹したとしても10秒間付き合う事も出来ないだろう。その意味では、呉キリカはチートが過ぎるという訳でも無いのかもしれない。「それなんだけどさ、遠目に見た感じだと、アイツってそんなに速く無かったよな?」「ええと、つまり?」さやかから聞いた話では、敵は凄まじい速度を誇っていたということだったはずだ。昨日の絶望に満ちたさやかの口ぶりを思い出しつつ、トーリは懸念を口にしてみる。まさか、さやかが弱すぎたとか、そんな話なのだろうか?そんなのってあんまりだよ……とまで叫びだせるほど、このオリ主は義理堅くも無いが。尚、先程の三点リーダの直前に(笑)の文字が見えた気がした貴方は、夜中に電車に乗る時は気をつけると良いだろう。「感知系能力なら、相手の視線やら何やらを読み取ったうえで、至近距離じゃ反応し辛い特殊な動きが取れるんじゃないか、ってことだよ」「全速力を出していなかっただけかもしれませんよ」トーリの慎重な意見に、そうかもしれないけど、と前置きしながら杏子は言葉を継ぐ。魔法とその使い手が万能では無い事を誰よりも知っている杏子だからこその、疑問と推測を。「あんまり、一人の魔法少女が出来る事って多くないんだよ? マミの奴だって、必殺技作る時にはそれなりに苦労したみたいだし」「……今まで個人差かと思ってたんですけど、もしかして私にも伸び代があったりするんでしょうか?」拘束紐と銃使いのマミに、回復とサーベルのさやか。この二人は、トーリと比べて明らかに全体のスペック自体が高いような気がしていたのだが……能力は使いようなのだろうか?どちらも中途半端な印象のあるさやかは兎も角、マミは色々と別格に思えるのだが。暁美ほむらが火器を用いて戦っているのも、魔法少女としての資質に劣っているせいだろうと思っていたぐらいである。「知らねーな。ただ、マミの奴が何も言ってなかったなら……まぁ、落ち込むなよ!」傷付く間もなく、慰められた。もっとも、生まれた時から魔法少女社会の最底辺に居るトーリは、今更そんなことで挫けたりはしないのだが。原作のウヴァさんがいくらカザリに馬鹿にされても決して折れない不屈の精神力を持っていたようなものである。紫のグリードに迫られて尚暴走を拒み続ける鉄の意志を貫徹する雄姿が、最終回のディレクターズカット版には収録されるに違いない。そんなことは兎も角、杏子の言葉に対する疑問として、トーリが『それ』を口に出してしまったのは……こればかりは、トーリ自身には非は無かったと言えるだろう。「そういう杏子さんは、槍の他に何か能力を持っていないんですか?」「……」……場の空気が止まった、ような。トーリとしては、当然あるだろう、ぐらいの気持ちで居たのだ。さやかの回復魔法やマミの拘束魔法のような強力なサブウェポンが当然あるはずだ、と。杏子があまりに堂々としていたので、まさか自身が地雷原でホッピングのスイッチをオンにしたことなど、想像もしていなかったのだ。「……あれ? もしかして」「ほ、ほら、アレだ……アタシって動体視力が良かったり、精密動作が得意で、さ」あからさまに誤魔化しにかかっている。あまり空気を読むのが得意では無いトーリでも分かるぐらいに、はっきりと。杏子が話をはぐらかそうとしているという事が、これ以上ないぐらい露骨に感じ取れたのである。視線が宙を泳いだとか、声が少し上ずったとか、微妙に汗をかいているとか、その他諸々の理由によって。「なるほど」「……えっ?」そしてその様子を見て何かを理解したのか、腑に落ちたという顔をしている後輩の言葉に、杏子は思わず疑惑の声をあげてしまっていた。流石に今の言葉のやり取りだけで杏子の思考を読み取られた筈は無い、とは思う。だがしかし、巴マミから断片的にでも情報が洩れていたりすると、それも有り得ない話では無くなってくるのだ。果たして、この弱っちい後輩が理解した事は……「杏子さんも、『こちら側』の人間だったんですね……っ」「……はぁ?」てんで、見当外れだったりして。「ワタシが弱かったんじゃなくて、周りが強過ぎたんだという事が、やっと分かりました!」「違うだろっ!? つーか、アタシは絶対違うからな!? それに発想が何か色々ダメな奴だなアンタ!?」尚、この作品に絡める予定は皆無だが、一人の魔女相手に複数人で当たるのがデフォな外伝漫画のかずみ☆マギカという世界もあったりする。そのため、実の所として見滝原周辺の魔法少女の戦力がインフレしているというのは、意外に世界の核心を突いているのだが。ただし、それを考慮に入れても魔法少女としてのトーリは平均以下の戦力しか持っていないという事を補足しておこう。「才能が無くたって良いじゃないですか!」「こいつウゼぇっ!? 超ウゼぇっ!?」とは言え、昼間のオーズ撃墜の際には理由の解らないチート状態だったため、杏子の平常運行をコイツにはあまり見せたことが無いような気もするのだ。クワガタモズクヤミー戦にしても、上空から遠目に見ていたコイツには、その正確な強さは分からないだろう。同情するようなトーリの視線に目つぶしをぶち込んでやりたい衝動を抑えつつ、杏子は、「チーム名は何にしましょう?」「うざいトコばっかマミの奴に似やがってっ!!」「げぶぅっ!?」……抑え、切れなかった。ヤクザキックでみぞおちを強打されて、咽返りながら崩れ落ちる後輩の姿は……やっぱり、頼りなくて。「…………まぁ、こういうのも偶には、アリか」きっと、杏子の呟きなんて、耳に入っていないだろう。何処か、今の状況を楽しいと思ってしまっている自分が居る事を吐露した、杏子の一言を。その声を聞いていたのはきっと、魂の入っていない巴マミだけで。安らかな筈のその頬が少し緩んだ……そんな、気がした。・今回のNG大賞「アイツってそんなに速く無かったよな?」「ええと、つまり?」「さやかが弱すぎたんじゃぁ……」そんなのってあんまりだよっ!!マミさんだって、魔法少女は助け合いでしょって、冷蔵庫の中で叫んでるよっ!?・公開プロットシリーズNo.69→緩回は心の栄養剤だ!