「本当に大丈夫なんだろうな……?」「たぶん、としか言い様が無いですねぇ……」佐倉杏子からの訝しげな視線を受けながら、トーリは手元に取り寄せた物品の確認作業を、ようやく終えていた。結果、黒い外装に水色のラインの走った変身アイテム『オーズドライバー』に、赤5枚と緑1枚・黄色1枚の合計7枚のコアメダルが、没収した品の全てであった。あの紫のオーズの姿こそ気になるものの、その品々の中で最もトーリを驚かせたのが……やはり、赤の5枚である。一昨日に出会った翼人がその持ち主であったとしか、思えないのだ。これはつまり、映司がアンクを復活させる条件を揃えた事を意味している。逆に言えば、メダルが揃ったにもかかわらずアンクが復活していないという事は、映司がグリード復活方法を未だ知らないという事なのだろうか?むしろ、何らかの手段でグリードの復活方法を映司が知ってしまったから、あの翼人が生まれた?あの知能不全な赤い翼人が、アンクを復活させようとした際の失敗作だと言われれば、納得してしまうような?翼人襲来の前夜にトーリがクスクシエを訪れていた間に、公園に一人残された映司が、トーリの想像もつかないような何かを実行したのか?「事情は良くわかんないけど、兎に角あの魔法少女を追うぞ? まだ近くに居るかもしれないし」「どちらの方向に行ったのか、分かりますか?」トーリとしては、赤メダルの出所と映司の意図が気になって仕方が無いところだが、当の映司が揺さぶられても目を覚まさないのだから、打つ手なしである。というか、起きられてもどう接して良いのか分からないのだが。そしてトーリは……問いかけられた佐倉杏子の目が微妙に宙を泳いだのを、見逃さなかった。その視線が、杏子自身のソウルジェムの方へと落ちたことも。現在は二人とも地面に足を付けているために、トーリからは杏子の挙動がよく見えるのだ。「見失ったんですね」「うるせーな! ちょっと『無限の魔力』について考えてたんだよ!」杏子がキリカを見失ったことは……事実だった。だからこそ、その言葉は誤魔化しのために用いられた筈だったのだが、それ自体が初耳であったトーリはそこに突っ込んでしまう。「無限の魔力……?」「ああ。そういう奴が居るって聞いてな。だけど、さっきアタシも似たような状況になってさ」杏子は、先程の意味不明なチート状態を思い返しつつ、自身の現状把握に努めてみた。確認してみたところ、ポッキーのような小槍を生み出そうとすればその通りのサイズの物が生まれ、魔力もしっかりと消費しているという正常な状態に戻っているようだった。自身に原因があるのか、それとも外因があるのか、若しくは両方か。「前の町に居た時には無かった現象だし、無限の魔力を持つ魔法少女っていうのは特定の誰かの事じゃなくて、この町で一定の条件が揃うと現れるボーナスみたいなモンなのかなぁ、って」その辺りもキュゥべえに問い詰めてみたいという気はするものの、杏子は能動的にキュゥべえに会う方法を知らないのだ。杏子の認識としては、キュゥべえと会話を交わすときには基本的に、何処からともなくキュゥべえが現れて来るものなのである。「なるほど。その条件って何ですか?」「それが分かってたら、マミ奴の捜索なんてしねーよ」ただ、それにしては妙だ、とも杏子は思ってもいた。先程の杏子が余程運が良かったのかもしれないが、それにしても、美樹さやかが何の情報も持っていなかったというのが引っかかるのだ。奴が契約してからどれぐらいの時間が経っているのかは不明だが、情報の片鱗ぐらいは知っていても良さそうなものだと思ってしまうのである。まるで、スマートブレイン社に用意された部屋に住んでいるのに会社を裏切った後も平然とその部屋に住み続けられるような、言いようの無い不自然さが存在しているように思えたのだ。「まぁ、どの道マミの奴が賞味期限切れになっちまうから、一旦アタシの借りてる部屋まで戻らないといけないんだけどな」別に、年齢的な意味では……ない筈だ。マミさんの外見と大人びた口調から、しばしば忘れられがちだが、彼女は未だ中学三年生なのである。なんと、某テニス漫画の王子様と、二つしか年齢が違わないのだ。中二病を少し長引かせていても、死ななくたって良いじゃ無い!杏子とて、奴の胸部の脂肪は少しぐらい朽ちた方が良い、ぐらいには思っているかもしれないが。「ワタシは、ちょっと鴻上財団に情報収集に行ってこようと思います。後からそちらに向かうので、待っていてください」そしてトーリも……疑問を解消せねば、なるまい。映司がグリード復活の手掛かりを掴んだとすれば、その情報源として最も疑わしいのは、間違いなく財団しか無いのだから。結局トーリは、映司に止めを刺すことも無く、かと言ってその身を助けるわけでも無く。ただ……その身を、壊れた石橋の傍らに放置したのだった。その選択が導く未来は……果たして、如何に。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第六十八話:遅れた役者Count the medals現在オーズが使えるメダルは……タカ×1コンドル×1プテラ×2トリケラ×1ティラノ×2そして、濡れ鼠になりながら河からあがったアンクはと言うと……「ずいぶん、流されたなァ……」橋のあった場所が大分遠くに見える事に、辟易していたりする。肩や頬に張り付く中途半端な長さの髪の感触も、微妙に気持ち悪くて。ぶるぶると身体を震わせてみると、その不快感が少しだけ拭われると共に、冷えた身体が少しだけ温まったように思えてくる。グリードでは感じることの出来ない筈の五感も、こんな時に限っては邪魔臭い足手纏いに成り下がってしまう。「ったく、不便な身体だ」これも全て鹿目まどかのせいだ、と愚痴るアンク。というのも、水に飛び込んだ後に鹿目まどかの脳内から『泳ぎ』に関する記憶を漁ったところ、該当項目ゼロ件という不測の事態に陥ったのである。検索人間ならば地球の記憶から探し出せただろうが、残念ながらアンクは魔少年と呼ばれるには色々な条件をオーバーしているのだ。申し訳程度に水に浮くための記憶は見つかったものの、役に立たない事には変わりが無い。「唯一知ってるのが出来損ないの犬掻きとは、酷いモンだ……」結局、鼻や肺に水が入って痛いわ、髪が身体に張り付いて鬱陶しいわ、水分のせいで寒いわ、散々な有様となっている訳である。もう一度身体を震わせて、寒さを軽減しようとするものの、これでは裸の方がまだ過ごしやすいのではないかというレベルだ。もちろん、そんな姿では即補導されてしまうので、絶対にやらないが。鹿目まどかの起伏の少ない身体を見て得をする人間が居るのかという疑問もあるものの、活動の利便性を考えれば当然の選択であった。映司がパンツ一丁という紳士装備のせいで被っていた不都合を考えれば、当たり前である。一応、スカートの裾や借り物の上着などからは少しだけ水分を搾り取ることが出来たので、多少はマシになってくるというものだ。河原を歩いて元石橋のあった方角まで歩くと共に、空中にて繰り広げられるオーズと魔法少女達の戦いを視界に収めながら。アンクは紫のメダルについて、考えていた。オーズの動きを見る限り、あの『紫』は、下手をすれば赤メダル以上の出力を誇っているかもしれない。そして、その隙を狙って紫コアを奪い取れれば、更なる進化を見込めるのではないか、と。……だが、「どっちにしても、コイツを取り込んでから、か」唯一手元に残っている赤メダルを思い浮かべながら、アンクは考えを纏め始める。結局、ロストの意識コアを取り込んでからでなければ、何をするにも不安が大きすぎる、と。だがしかし、予想外の事態とは、概して立て続けに起こってしまうものなのである。魔法少女ペアが映司を置いて去って行った後に……人間が、その場を訪れたのだ。「あいつは……」アンクは、その人間に見覚えがあった。鹿目まどかの記憶を漁るまでも、ない。やけにガタイの良いそいつの姿は、あまり近くから眺めている訳では無いアンクでも、一目で見分けられる。確か……バースとかいうモノに変身する男だ。実は、伊達はゴリラのカンドロイドに導かれてリクガメヤミーを追って来ていたのだが、アンクは流石にそこまで察することは出来ていなかった。ヤミーを感知する何らかの手段があるのだろう、ぐらいの可能性は疑っているが。奴に関わるのは面倒だ、と判断したアンクは、両目を合わせて3.0にも及ぶ鹿目まどかの視力を有効活用し、伊達等の姿を窺うことが出来るギリギリの距離からの観察を試みる。そして、目を細めて様子を窺っていたアンクは……更なる不測の事態を、目の当たりにしていた。映司の傍らに駆け寄って座り込み、何らかの処置やら測定やらをしていたと思しき伊達が、その場から暫く動かないと思いきや、近くを通り掛かった車を停止させたのだ。もちろん腕力的な手段は用いず、車道に向かって親指を立てるという由緒正しい方法によってである。いわゆるヒッチハイクという伝統的な手法なのだが……その一連の動作がここまで様になっている日本人は、彼ぐらいなものだろう。一発で成功させた辺り、色々と手慣れ過ぎていた。「……ァ?」かと思いきや、その運転手に何かを伝え、伊達はその後部座席に映司を放り込んでしまったのだ!もちろん、伊達は衰弱している青年を病院まで運ぶように運転手に頼んだのだが、その一連の流れが自然すぎて、アンクは突っ込みが遅れてしまっていた。というか、アンクが様子を窺っている場所が遠かったことが災いして、距離的に突っ込みが間に合わなかったという理由もあったりする。だが、当然、映司を連れ去られてしまう訳にはいかない。遠目にトーリや杏子の挙動を観察していたアンクは、赤メダルが募集されたことなど察知していないのだから。必死になって、アンクは駆けた。短い脚を必死に回して、紛い物の心臓からありったけの血液を送り出して。ずぶ濡れになったせいで息も苦しく、身体全体が重くなってしまっていたが、それでも尚走る。だがしかし……現実は、非情だった。発進した乗用車に対して大声を出せば引き留められる、という所まで達したのに、「ぜぇっ……げほっ、げほっ……」息が上がり過ぎて、声が出なかったのである……目から涙が出そうな位に我慢して走ったというのに、これでは報われないにも程があるというものだ。膝に両手をついて、酸欠で痛む頭を静めるものの、不便な身体を落ち着かせるには少し時間がかかりそうだった。「……カナメちゃん、大丈夫か?」そして、肩で息をしているアンクの頭上からかけられる、声。その声がアンクにとっての救いに……なったはずも、無い。「余計、な、コト……しや、がって……」全部お前のせいだよ、と叫んでやりたい気分で、アンクは胸の中を一杯にしていた。もっとも、その肺は叫ぶことなど許してはくれず、胸も許容量はゼロに近かったのだが……その頃、留置所の中で半ば賢者と化している真木博士はといえば……「カザリ君、この暴走体を見てください。これをどう思いますか?」「すごく、大きいね?」留置所の壁に映像を映し出して、カザリと一緒に見ていたりする。バッタカンドロイドの映像収集能力の、賜物である。実は、真木に教えて貰うまで、カザリは暴走体の一件を感知していなかったのだが……彼も彼で忙しかったのだから仕方が無いのだろう。昨日夢見公園が廃墟になっているのを確認しては居たものの、その理由までは把握していなかったのである。「そいつのコアって、何枚だったの?」「12枚です」尚、真木としては、塀の中に居る筈の自分から情報提供をしているのはどうなんだという思いも無いでは無い。普通は、自由に動き回れるカザリからこの手の情報が入ってくるものではないのか、と。真木博士がこっそりと事を起こすには、留置所という場所は最適であるものの、これではグリードよりもカンドロイドの方がまだ使えるかもしれない。「なるほど。じゃあ、博士の次の頼みは……それを回収して、ほむらって子に入れることかな?」カザリとしては、ようやくメズールを見滝原中学校に潜入させる準備が整ったため、今日アジトに返ってくる彼女が任務を遂行出来ていれば、大幅に行動の自由度が上がるのだ。……それを待っている間にヒマだったから、留置所を訪れたという訳である。もっとも、ライダー世界の中学校という物は、20歳のぼっちゃまが平気で転入できるフリーダムな施設だったりするので、意外とカザリさん本人でも何とかなったかもしれないが。「ええ、その通りです。彼女が受け入れられる枚数は、多くないでしょう。どうやら魔法少女は……メダルの吸収が速いだけのようです。投入した枚数と経過を詳しく覚えて来てください」暁美ほむらは、驚くべき早さでメダルを取り込んだ逸材でもあるのだが……グリードの暴走体を見てしまった今となっては、その価値は半減してしまっても居た。真木の見立てでは、おそらく魔法少女は、グリード完全態の半分程度のコアでも暴走してしまう存在である。もちろん、彼女たちが『完成』するのは喜ばしい事には違いないのだが、世界を完成させるという目的のためには物足りないのだ。頭の後ろに腕を組んで帰ろうとしている、グリード。やはり、彼らこそがメダルの器に相応しい。そう、真木博士は思い始めていたのだ。「カザリ君。完全態の君なら……あの暴走体に、勝てますか?」「……当たり前だよ」蛇の道は、蛇。その言葉は……真木にとっては、何よりも心強い道しるべと成り得た。グリードの完全態こそ、世界を終わらせる鍵となる存在に違いない。彼らの暴走を利用すれば、世界を滅ぼすぐらい造作も無い事だろう。ようやく、十数年来の悲願が叶う日が、来る。全てのモノはその生涯を終えて初めて完成するという『教え』を完遂する時が、ようやく訪れるのだ。「この世界に……良き終末が訪れんことを」真木博士の傍らに座る気味の悪い人形は、やはりいつも通りの無表情で。ぽつりと呟かれた言葉を、留置所の静けさと共に飲み込んでしまっていた。……失われた大切なヒトに呼びかけた一言、さえも。・今回のNG大賞「杏子さん。クスクシエから、使ってない業務用冷蔵庫貰って来ましたよ! コレを使いましょう!」「やめろバカ……でもまぁ、魔力も勿体ないし、仕方ないかもなぁ……」魂が失われている筈の死体の米神に青筋が立った、ような……『昨日未明、見滝原中央ホテルの一室より冷蔵庫に詰められた遺体が発見され、警察は身元の確認を急ぐと共に、部屋を借りていた未成年者を死体遺棄の疑いで……』・公開プロットシリーズNo.68→まともなカザリさんの方に違和感が出てきたのは、何故なんだぜ……