杏子の投擲した槍が目標に到達しようとした、まさにその時だった。「なっ……!?」槍を回避した呉キリカの足元の石橋が……崩壊したのは。綺麗に並んでいた石柱がまるでドミノ倒しのように次々と転倒し、絡み合った鉄筋が千切れて、河川の流れの中に消えて行く。腹の底に響く独特の振動と砂埃が、その崩壊劇の規模の大きさを示してくれて。上空まで響き渡る、石が砕けてぶつかり合う音は、杏子たちの目の当たりにした光景が見間違いでは無い事を教えてくれていた。「杏子さん!? どれだけ腕力持て余してるんですか!?」「馬鹿野郎!? どう見てもアタシのせいじゃねーだろうが!?」素で杏子が脳筋系魔法少女なのかと疑ってしまったトーリは……色々と、勘が悪いのだろう。身近にももう一人、あまりオツムの出来が宜しくない仲間が居たからかもしれない。誰の事かは、読者の皆様のご想像にお任せするが。それは、ともかく。二人の目を引いたものは……もう一つ、あった。石山の一片を砕いて、粉塵を纏いながら瓦礫の底から這い上がってきた、一匹の恐獣。白い肌に、紫色の鎧のような外殻を身に纏い、その緑色の目は生物的な筈なのに、何処か無機的な冷たさも印象付けてくれる。「何だ、アイツ……?」ぽつりと零れ出た杏子の呟きは……恐獣の雄叫びに、塗り潰された。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第六十七話:ダイナミック起床Count the medals現在オーズが使えるメダルは……タカ×2クジャク×2コンドル×3クワガタ×1トラ×1プテラ×2トリケラ×1ティラノ×2杏子とトーリがとある巨橋の上空に差し掛かる、少しだけ前のことだった。「ボクと契約して魔法少女になってよ!」「うるさい! またお前かッ!」ちょうど、その橋の下に隠れていたアンクの元へと、キュゥべえが姿を見せたのは。アンクのとったそれは、まるで新聞配達の勧誘に来たセールスマンを相手にするかのような、対応だった。グリードの中でも真っ先に現代へと対応したアンクだからこその、反応だったのだろう。尚、呉キリカが屯していた橋の下に偶々アンク達が居た……などという奇運は、あるはずも無い。当然、キリカはアンク達の監視に付いていたのである。「早くまどかに契約して貰わないと、殺されてしまうよ!」「ハッ、そいつは気の毒になァ」正直なところ、アンクにとって、キュゥべえなどそこらの野良猫程度の存在価値しか持っていない。むしろ、何処かグリードに似ているキュゥべえが死んでくれるなら、清々するぐらいである。だが、事態はそれだけには収まらなかったらしい。「君もだよ?」「何を言って……」そう聞き返そうとしたアンクの周囲に、楕円状の影が、出現したのだから。アンクの借りている鹿目まどかの小さな身体をすっぽりと埋めるような、大きな影が、足元に現れたのである。そしてアンクは、見た。上空に映る、人間より一回り大きな体から短い手足を生やした、不恰好なヤミーの姿を。……そいつが、腹を見せながら一直線にダイブしてくる、様を。お察しの通り、キュゥべえを捕獲するためというこの世で最も下らない理由によって生み出された、リクガメのヤミーである。周囲にガメルの姿が見えないのが若干気になるところだが……奴なら、ヤミーを作った当初の欲望に飽きて別の行動に移っていても全く不思議では無い。予期せずにヤミーと逸れてしまったという線も捨てきれないが。もちろん、そいつはキュゥべえさんを追ってこの場にやってきた訳なので、アンクは完全な巻き込まれ損である事は疑う余地が無い。というか、キュゥべえも間違いなく、意図的にアンクを巻き込もうとしている筈だ。「何だとッ!?」そして、何とか子供の身体一つを操ってその真下から逃げ出したアンクは……しかし、それだけが限界だった。先程からずっと、会話にも参加できずにただ意識を静め続けていた『使えるバカ』の救出など、出来なかったのだ。だがしかし……アンクが、その青年の名前を口に出すよりも、早く。『プテラ トリケラ ティラノ』青年の身体の中から飛び出した紫色のメダルが、リクガメヤミーのボディプレス攻撃を……弾き返していたのである。我が目を疑う事が最近頻発しているアンクの驚愕をよそに、映司の腰に巻きっぱなしだったドライバに飛び込んだ紫のメダルは、自動的にスキャナに読み込まれて。……そいつは、再来した。翼竜の羽と肉食竜の尾を持ち、肩からは強靭な草食竜の角を堅持する、暴虐の王の姿が顕現していたのだ。見る者を凍え付かせる冷気を振り撒きながら、罅割れた地面の中に出現させた巨斧を、取り出して。雄叫びをあげるその様子には、およそ理性と呼べるものが存在しないように思える。リクガメヤミーの放つ鎖付きの鉄球を、斧の一振りにおいて弾き返し、軌道を逸れた鉄球は橋の石柱に蜘蛛の巣状の爪痕を残す。それならばと接近戦にかかるヤミーだったが……それも、愚策の一つに過ぎなかった。当然、カメの短い手足から繰り出される遅い打撃など、恐獣の本能による反応速度には敵う筈も無く。最後の足掻きとばかりに跳躍して、回転しながらの体当たりを仕掛けてくるリクガメのヤミーは、一縷の望みを抱いていたのだろう。純粋な力比べなら勝ち目がある、と。だがしかし、現実は非常だった。薙ぎ払うように振るわれた横方向の一閃が……リクガメのヤミーを、真っ向から打ち返していたのだから。弾き返されて背後の石柱に直撃したヤミーは、既に耐久力の限界を迎えていたらしく、その身をセルメダルへと返してしまっていた。その光景を目にしながら、アンクの頭の中には、既に嫌な予感が蔓延していた。あの状態になったオーズには、おそらく理性と呼べるものはまともに機能していない。先日は、鹿目まどかが身を挺して止める事は出来たものの、アンクとしては出来る事なら真似はしたくないのである。……アンクがそう思っていた、矢先だった。何かにヒビが入る時に特有の、ピシリという音が、アンクの耳に飛び込んできたのは。厄介事というか、不幸な出来事というか、そんな何かに巻き込まれる気配を重々しく感じながらアンクがその音の方向へと振り返ると……「まさか……ッ!」石柱に刻まれた割れ目が、見る間に広がっていく様子が観察できた。おそらく、鉄球やヤミー本体が叩きつけられた衝撃に加えて、オーズの身体から噴き出す冷気が素材自体の耐久性を低めてもいたのだろう。当然、アンクが後ろも振り向かずに川へと飛び込んで逃亡を図ったのは、説明するまでも無かった。アンクは、川を流れていればとりあえず助かるのだという世界の法則を理解する怪人なのだから。かくして、リクガメヤミーとプトティラの戦いに巻き込まれた石橋は……崩壊の運命を辿ることとなったのである。そして場面は、冒頭へと戻る。雄叫びをあげた恐獣が、その足場の付近に刺さった一本の槍に視線を移すのを、杏子の視覚は捉えていた。……直後に、そいつの緑色の目が、杏子たちの方へと向いたことも。「何か、嫌な予感しねーか……?」「……そうですか?」両者の抱いた印象は、一致していなかったようだが……次の瞬間には、どちらの直感が優れているのか、審判が下されることとなった。翼を広げた紫色の影が、瞬く間に二人へと肉薄したのだから。杏子が咄嗟に具現化して突き出した槍も、瞬く間に根元から綺麗に切断されて、しまって。「どういうことだ、オイ!? 見滝原はいつから人外魔境の地獄になっちまったんだよ!?」「魔法少女がそれを言いますか!?」この変な化けものは、まだ日本にいるのです。たぶん。……というか、聞く相手が悪いとしか言い様が無い。答えたそいつは、魔法少女で怪人でオリ主というゲテモノだというのに。これを仮面ライダー的に例えるならば……アンデットがミラーワールドで鮫のライダーに変身しているようなものだろうか。ただ、この作品のクロス先の世界の代表者も何気なくタカでトラでバッタというイロモノな辺りは……色々と、気にしたら負けなのだろう。おそらく。強度を意識しながら新たな槍を生み出しつつ、巨大な斧を振り回しながら飛び寄る恐獣の一撃を受け流し、佐倉杏子は状況の把握に努めていた。そもそも互いに空中に居るという事もあり、相手の攻撃力が高くても地面に叩きつけられない限りは簡単に致命打を負うことは無い、というところだろうか。そして、ボケる余裕さえ持たずに逃げ回っているトーリは……色々と、必死だったりする。まず、恐獣の特徴的なベルトと胸元の円環を確認した段階で、そいつがオーズである事は察したのだが……「杏子さんっ! 何とか撃ち落せませんか!?」オーズに討伐される理由に心当たりがあり過ぎて、映司が暴走しているという所まで思考が辿り着いて居なかったりする。具体的に心当たりとは、そもそもトーリがヤミーだとか、コアメダルを隠し持っているとか、終いには勝手にセルメダルをクズヤミーに使ったこと、などである。「お前こそ、振り切れよ!」「そんなの、杏子さんが居なくても無理です!」トーリは、杏子を囮にして一人で逃げるルートも考えてみたものの、オーズの狙いがトーリである可能性が怖いために実行できないのだ。しかもオーズの方が速度は上なのだから、防御手段に乏しいトーリとしては、杏子を手放すと逆に死亡率が跳ね上がってしまいそうな始末である。空中でクズヤミーさんを投擲しようものならば、相手に届く前に自重で落下していくであろうことは、想像に難くない。ロストに対して実践した戦法は、相手が地上に居て、直後に隙が出来る見込みがあったからこそのものであって、この状況には似つかわしくないのだ。「……あと、何だか寒くないですか?」「やっぱりコレ、速度と高度のせいじゃ無さそうだよな……?」加えて、杏子の槍先と腕にいつの間にかこびり付いた氷粒が……二人の心に新たな不安の種を蒔いていた。高速で飛行を行えば体感気温がある程度下がるのは当然だが、おそらくそれは現状において然程意味を持っては居ないのだろう。何故なら、強襲を繰り返すオーズの周囲から、きらきらと光る飛礫が常時落下しているのが確認できるのだから。おそらく、あの迸る冷気が紫のオーズの特性であり、近接するごとに杏子は体温を奪われているという事である。今は直に接敵している杏子の武器と腕回りだけで済んでいるが、トーリの翼を凍らされた日には、色々と詰んでしまうのは説明するまでも無い。「何か手は無いんですか!?」巨大な斧を振るって襲い来るオーズの、何度目になるかも分からない猛襲を弾き返している杏子の身体は、既に大分冷気に侵され始めているらしい。腕の他にも、スカートや髪の端といった体温の届き辛い部分は既に白い粒子に覆われ、吐息にも白さが見受けられた。「まぁ、実は心当たりはあるんだけどな」「流石ベテランですっ!」だがしかし、神はトーリを見捨てては居なかったらしい。何と、先輩の魔法少女である杏子が、道を切り開いてくれそうなのである。「ちょっと重くなりそうだけど、頑張って飛べよっ!」「了解です!」杏子が口にした心当たりという言葉の内容は……先程の不思議な現象のことであった。小さい槍を作ろうとしたら、通常サイズのものが出てきてしまった件である。……そして、その時に発生した、まるで身体の中に電流が走るような感覚の事も。しかも、その感覚は……断続的に、現れていた。槍を生み出すたびに、その違和感が身体の中を駆け巡るのである。別に、先日戦ったヤミーが謎のモズクパワーアップを遂げた事とは、関係ない……筈だ。しかし、現実問題として、槍の強度は杏子が想定しているより遥かに上等なものとなっていた。更に、更に杏子の興味を引いたのが……それらの魔法を使った時に、なんと杏子は魔力を消費していないのである。「モノは……試しだ!」「えっ!? 確証無いんですか!?」蝙蝠女の情けない声をよそに、杏子は仮説を立てていた。それは……現在の杏子が、何故か魔力を使い放題でしかも魔法が強化されているという意味不明なモードに入っているという事である。つまり、全力でいくらでも攻撃できるというチート状態にあるわけだ。杏子としては何故そうなったのか理解不能ではあるものの、使えるものを使わずに死ぬ程の死にたがりでも無いつもりである。宝石形態へと移行させたソウルジェムを掌に握って、杏子は、イメージする。自身らを追ってくる獰猛な怪物を仕留める、必殺の武器を。「重っ……!」耳元から聞こえる弱音を無視しながら、杏子は自身が生み出したモノへの確認を行っていた。……金色の柄に、その繋ぎ目から姿を主張する鎖。赤い装飾の施された穂先は、まるで龍の口のように二股に割れて、向かい来る恐獣の姿を真っ向から捉えていて。その太さは、中学生が両手を回しても抱えきれない程の力強さを主張しており、折れ曲がった胴体によって、二人を守るようにぐるりと蜷局を巻いていたのだ。杏子の持ちうる最大の召喚槍の姿が、それだった。「竜には龍ってな!」次の瞬間には槍の頭が、紫の恐獣へと正面から跳びかかる。巨体が空気を押し退ける音と共に鎖のしなる手応えが、杏子のソウルジェムへと返ってきて。だがそれに反して、辺りを支配したのは……甲高い金属同士を擦り合わせた時のものによく似た、音だった。「えええええっ!!?」切り裂かれて、居た。杏子の召喚した最大の槍が。頭の先から、それを真っ二つに割りながら猛進してくるオーズの姿が、トーリの視界には映っていたのだ。だからこそ、次に目にした光景に、トーリは驚きの声を出すことさえ適わなかった。そのまま殺られてしまう自身の姿を想像してしまっていた思考に、その光景は何の遠慮も無く、割り込んで来ていて。……オーズがその翼を失い、真っ逆さまに地面へと落ちて行くことなど、想像出来たはずも無い。それを為したのは……「アタシは……一筋縄でいく女じゃないってことだ」切り裂かれていた筈の、二本の槍先だった。半分ずつの太さになっていたそれらが向きを変え、背後からオーズを襲ったのである。そして、石橋だった瓦礫の山に叩きつけられたオーズは、すぐさま立ち上がろうとする仕草を見せていたが……どうやらそこで体力が尽きたらしく、そのまま倒れ込んでしまっていた。映司の状態が万全であったのなら、すぐさま翼を復元して襲い掛かっただろう。だが、映司は一昨日の連戦の後に眠り続けて、ようやく体力を戻しかけていた人間なのである。ひょっとすれば、人間を傷つけることを拒む映司の無意識が紫の力への歯止めになったのかもしれないが……杏子とトーリは、そんな事など知る由も無かったのだった。そして、遠方にて人間の姿へと戻った映司を視界に収めながら、トーリは今後の予定について考えを巡らせていた。映司にトーリの正体を気付かれていたのならば、もはや呑気にセルメダルを集めている場合では無いだろう。体力が尽きて気を失っていると思しき映司に止めを刺さなければならない。それが、ヤミーとして正しい行為である事は疑う余地が無かった。そのはず、なのに。トーリの頭の中には、映司を救うためと言っても過言では無い、都合の良すぎる仮説が生まれてしまっていて。……映司がトーリを狩ろうとするのは仕方が無いとしても、初対面の筈の杏子にまで躊躇なく攻撃してくるのは、不自然だ。だから、今日の映司の行動には、相手を認識出来ていないような理由があるのではないか、と。そう、自分でも可能性が低いと思ってしまうようなご都合な展開があれば良いのに、と何処かで思ってしまっている。「コイツ、どうしようか」近寄ってみて、改めて映司が気絶しているのを確認しながら。槍を握って警戒心を露わにしている杏子の声を聞いても、未だにトーリは意を決することが出来ずに居た。映司が襲い掛かって来たのが何かの間違いで、また一緒にグリードの復活方法を探せたなら、という希望的な観測が頭から離れないのだ。そんな思考が意味する事象を……トーリは未だ、自覚しては居ない。そのアイデンティティの根本に位置するのは、やはり自身がヤミーであるという認識で。そんなトーリが決めた行動とは、「……とりあえず、メダルとベルトを没収しておきましょう。そうすれば変身できない筈ですから」えらく優柔不断で中途半端な、それであった……・今回のNG大賞バイソンヤミー「この世界のヤミーの寿命の短さは異常……」リクガメヤミー「まったくだ!」クワガタヤミー「余裕で10話分以上生きてましたが、何か?」……何故か、ヤミーの各色の間で著しい寿命の格差がある気がしないでもない。まぁ、クワガタさんは、間にロスト編を挟んでしまったからな訳だけども。・公開プロットシリーズNo.67→前半で出てくる筈のヤミーを最終フォームで相手にしたら……こうなるのは仕方ない。