「うさ、ぎ……?」メズールの姿を探して町を徘徊していたガメルの視界に入った、奇妙な生物。それは、小さな白い身体に長い耳を持つ不思議な生物で。その意味不明な出で立ちは……ガメルの好奇心を掻き立てるには、十分すぎるぐらいに珍妙なそれだったのだ。ガメルの子供心に、そいつを捕まえてやりたいと思わせるには、格好の獲物だったのである。従って、その後ろ姿を追ってガメルがのそのそと走り出したのは……当然の成り行きであった。もちろん、人間形態は維持しているために周囲からは少し変な人という程度にしか見られていないということを、補足しておこう。ところが、その白い生物が中々に素早いもので、一向に捕まえることが出来ない。ちなみに、ここまでの経緯は、何処かの魔法少女の契約前の成り行きにそっくりだったりするのだが……きっと、その魔法少女の知能は、ガメルと同レベルだったのだろう。愛に生きるヒトな辺りも、何気なく似ているのかもしれない。だがしかし、ガメルがその少女と違うところは……「まてー」当然、グリードであることだ。無限に近い体力を持っているガメルは、その遊び心も相まって、一度目を付けた標的を地の果てまでも追い続ける気満々だったのだ。とはいえ、飽きる時にはすっぱりと飽きてしまうものなので、飽く迄一時的な気概の話に過ぎない。ガメルには……折角復活したのにメズールに会えない状況が続いたことによって、ストレスも溜まっていたのだろう。ともかく、久々の面白そうな玩具に、このグリードはすっかり夢中になっていたのだ。だがしかし、いたちごっこを続けていたガメルの頭に……ピンと名案が閃く。確か、ウサギに対して強そうな動物が居たじゃないか、と。思い立ったが吉日とばかりにガメルはセルメダルを取り出し、投げ込んだ。自身の額に出現させた、投入口へと。ガメルは他のグリードと異なり、自身の欲望からヤミーを作れるのだ。かくして……そいつは、生まれた。頑丈そうな甲羅に、その隙間から伸びる短い手足。そして、腕には鎖付きの鉄球という、けん玉を思わせる意匠が見えるそのヤミーは……リクガメの怪人であった。「いけー!」ガメルは、人間の童話の中にそんな感じのものがあったと、おぼろげながら覚えていたのだ。詳細は忘却の彼方だが、ガメルはこう確信していた。カメはウサギに勝てる生き物なのだ、と。何かが間違っている気がするだとか、そんな思考がガメルに発生している筈も無い。鉄球を振り回しながら白兎を追いかけるリクガメヤミーの行進は……災害と言って良いレベルの破壊を、見滝原市にもたらしていた。ガラス張りのビルは砕け、街路樹は根元から折れ、風車の首は外れてしまうという始末で。超重量動物を司るガメルのヤミーが、まさにその特徴を活かし切って災厄を振り撒いていたのだ。世界一迷惑なヤツも裸足で逃げ出すぐらいに、仕様も無い理由によって……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第六十六話:平日の昼間に出歩いてる女子中学生って……学校から颯爽と早退した美樹さやかは……今後の予定について、考えを巡らせていた。とは言っても、特に画期的な事を思いつく訳でも無いのだが。なんせ、彼女はガメルにも匹敵すると噂される程の知能を持つ魔法少女なのだから。きっと、不完全な契約のせいで頭脳がボロボロになっているに違いない。そして、キュゥべえさんが謝らないのも、説明するまでも無いだろう。彼らは、魔法少女システムに不備は無いと言いきれるタイプの珍獣なのだから。「やっぱりアイツしか……」やはり、槍女に頼るのは嫌だという思いは強かった。奴に関する情報を整理してみると……第一印象としては、ヘタレなのかなぁ、ぐらいの気持ちだったはずだ。もっとも、後で暴走体と自分で戦ってみたら、逃げ出したくなる気持ちも分かってしまったのだが。そして、二回目に会った時には殴られた。……以上ッ!「うん、やっぱりやめとこう!」Q:どうしてそうなった。A:お前は正しい! だが、気に食わん! それに尽きるとしか、さやか自身でさえも説明できないのだろう。ここで、『A:俺に質問をするな』とならない辺りが、さやかの人間臭さというヤツなのだろうが。なまじ巴マミの救出を断ってしまったばかりに、佐倉杏子に会うのが躊躇われるのである。もちろん、大分さやかが冷静さを取り戻した現在では、マミを助けようというモチベーションも上向きつつあった。先日は、魔法少女の身体の事実と正体不明の相手に対する恐怖が先走ってしまっただけで、さやかとて本心からマミを恨み切れている訳では無いのだ。いざ頭を回して考えてみれば、マミとてさやかが落ち込むのを見越して情報を制限していたのかもしれないし、戦力面もさやかが誰かに助力を求めれば良いだけである。……まぁ、現在仲間になってくれそうな人材が不足しているのが、問題な訳だが。「でも、後は後藤ぐらいしか……」後藤じゃぁ、流石になぁ……そう思わずには、居られなかった。さやかが相手にしようとしている魔法少女は、兎に角素早いのである。素の人間の耐久力では、敵を認識する前に殺られてしまう可能性さえある始末だ。動きが大ぶりな魔女が相手ならまだしも、今回ばかりは一緒に行くことは出来ないだろう。だがしかし、その時奇跡が起こった!何と、さやかの頭の中に、救世の名案が閃いたのである!きっと、世界の何処かで太陽の子が不思議なことを起こしたことによる余波に、違いない。「よく考えたら、後藤ならパンツマンの居場所を知ってるかも!」別にそんなことは無いのだが……可能性としては、充分に有り得る話であった。一昨日にグリードによって鴻上財団本社が壊滅的な被害を受けていなければ、の話だが。ここ数日の間、新聞を読む余裕さえ無かったさやかは、そんな事は知らないのだ。もっとも、普段の美樹さやかが新聞を読むような勤勉な人間である筈が無いというのは、言わぬが花というヤツである。花という言葉がさやかに似合うものかどうかについても、同じく言わぬが花である。そして、喜び勇んで鴻上財団本社に足を運んだ美樹さやかは……「……美樹さやか。学校はどうしたのかしら?」「アンタが言うなっ!」何故か、ビルの周囲で油を売っている転校生様を発見していたりする。もちろん、暁美ほむらさんは暇を持て余している訳では無く、バースに変身する男が来ないか見張っていたという訳である。ほむらは、長い経験から知っているのだ。行方不明の人間を簡単に見つけられる程、この見滝原という町は親切に出来ていないのだという事を。ならば、この場所を訪れる可能性の高い犯人候補を待っていた方が、まだ期待できるというものである。「ちょうど良かったわ。鹿目まどかの行方を知っている?」「そういえば……今日学校に居なかったっけ。何かあったの?」まどかなら失恋直後の美樹さやかを慰めてくれると思っていたのに。登校したさやかの思考にそんな打算が存在したことは、否定できなかった。だがしかし、目の前の暁美ほむらの真剣な様子は、美樹さやかの冗談を噤ませるのには充分すぎた。「私は、誘拐されたと睨んでいるわ。ここの社員によって、ね」「……えっ?」何だって!? それは本当かい!?……などと鵜呑みにするほど、さやかの持っている情報は、少なくはなかった。具体的には、後藤の人望の賜物である。どうにも、鴻上財団が悪の組織だと言われても、ピンと来ないのだ。「犯人は、銀色の全身タイプのパワードスーツを纏った、怪しい男よ。名前も分からないけれど」「パワードスーツ……? ちょっと、アタシが行って聞いてこようか?」「……え?」それでも、鹿目まどかが行方不明であるという事実がある以上、暁美ほむらの話もデタラメとは思えない。何より、暁美ほむらも鹿目まどかも、さやかの『友達』なのだ。財団の構成員は後藤だけでは無いのだから、後藤とほむらの両方を信じることだって出来るはずである。従って、驚愕に目を見開くほむらの視線を背に、美樹さやかは財団の建物の中に入って行ったのだった……そして、暁美ほむらさんが待つ事、十数分後。「その人、『伊達明』って言うらしいよ? 鴻上ファウンデーションの、今は使われてない研究所に住んでるってさ」どうやら、さやかは財団内に信頼できる知り合いが居て、受付嬢に頼んでその人に電話を繋いで貰ったという事らしい。ほむらとしては、色々とビックリする事が多すぎて、何をどう突っ込んで良いのか分からくなっている始末である。「初めて、貴女に感心したわ……」「マギブルー・さやかちゃんの魔法美少女伝説はこんなもんじゃないよ!」別の意味でさやかの伝説を色々と目にしている暁美ほむらとしては、ここまで光り輝いている美樹さやかになど、お目にかかったことが無い。某動画サイトならば、『誰だお前』のコメントが弾幕となって流れてくるレベルである。きっとそこには、(首が折れる音)だとかウワアアアアアアといったコメントも交じっているのだろうが。これは最早、さやかが憑依系主人公に成り代わられているのだと説明された方が、ほむらとしてはまだ納得がいくレベルである。「貴女、本当に美樹さやか……?」「ある意味、違うのかもしれないけど」そして、指に輝く指輪を見せてぶらぶらと振って見せる美樹さやかが何を知ってしまっているのか……ほむらは、察してしまっていた。それにしては、まだ美樹さやかのメンタルがあまり崩れていないような気もするものの、逆行者だからこそ抱いているこの違和感をどう説明すれば良いものか。というか、さやかのオツムの出来を考えるのならば、その説明は厳しいミッションになることは想像に難くない。……したがって、ここでは突っ込みを控えるべきだという思考が、前面に出張って来た。「……そう。巴マミから、聞いたのね」「ううん。マミさんのソウルジェムを奪って逃げたヤツが居てさ、そいつをあたしは探してるってワケ」ところが、当たり障りのない返し方を実践したと思っていたら、どうやら奇妙な方向へとズレていたらしい。それもそれで、ほむらの気を引く展開である。もちろん優先順位の一番上は揺るがないが、暁美ほむらの中で巴マミという師匠の存在は、どうでも良いと思えるほど小さくも無いのだ。「それは、誰が?」「黒い魔法少女だよ。眼帯してる奴なんだけど……」……そんな特徴的な人物が、暁美ほむらの記憶野の中に二人も存在している筈は、無かった。暁美ほむら自身がその魔法少女と共に過ごした時間は、驚くほど短いが……記憶に深く刻まれた印象は、何度世界を繰り返そうとも、早々に忘れられるものではない。「心当たりがあるわ」「おおおっ!? さっすが電波女様は格が違ったっ!」もちろん、鹿目まどかの残した印象とは真逆の意味においてである。ほむらが経験した時間軸の中で、今回に匹敵する程度にはイレギュラーが多かった、白と黒の二人組の魔法少女に翻弄された世界。……そして、鹿目まどかが契約する事無くデッドエンドを迎える、最悪のシナリオが実演された悪夢のような時空間でもあった。「『呉キリカ』……それが、眼帯の魔法少女の名前。見滝原中学の3年生よ」――安心して、絶望できる。忘れる筈も、無い。ほむらの時間操作に匹敵する程の希少能力を持ち、二人で組めば暁美ほむらの時間停止からの攻撃でさえも防ぎ切れる、彼女達の連携を。そして呉キリカの存在を思考に登らせた時点で、当然ながら暁美ほむらは、思い出しても居た。ほむらの視点では久しく顔を合わせていない、未来を見つめる白い魔法少女の能力を……その頃、マミの捜索に明け暮れていた杏子・トーリペアはと言えば……「あの人、ですかね?」「みたい、だなぁ」昨日からの活動の甲斐もあり、ようやく目的の人物へと辿り着いていた。杏子としては、こんなに早く見つかるとは思わなかった、というのが正直な感想である。一応、効率的な魔女探査の方法は巴マミから伝授されているものの、それは飽く迄対魔女専用に過ぎないのだから。事故や自殺の多い場所を探せば良いという訳でも無く闇雲に追及の手を広げたのに、こんなにも順調に探査が進んだのは……やはり、飛行能力を持つトーリの力があってこそだという事は理解できている。だが、しかし。「不意打ちで一気に殺っちゃいます?」現在は対象を上空から観察している状態なのだが、杏子はその様子に違和感を抱いていた。美樹さやかや巴マミと同じ見滝原中学の制服を着た、黒髪の目立たない女。それが、杏子の観察出来た身体的特徴だった。そしてそれ以上に気になるのが、「あいつ……何でこんなところに居るんだろうな?」その魔法少女の突っ立っている、場所である。とある河川にかかった歩道兼自動車用の橋の隅で、その場所には何の変哲も無かった。……だからこそ、杏子は気になるのだ。まるでその魔法少女の様子は、網を張って獲物を待っている蜘蛛のようだ、と思ってしまうのである。「アンタ、マミの奴のジェムを返してくださいって、言って来いよ?」「流石に、それで返してくれるぐらいなら奪わない、ような……?」おそらく、杏子も本気で言っている訳では無いのだろう。どう判断すべきか迷ってしまったため、トーリに意見を求めているに違いない。とは言えトーリには前線に立つという選択肢が基本的に存在しないのだから、打てる手は必然的に限られてくる。「戦闘能力に乏しいワタシとしては、杏子さんの不意打ちの一撃で落としてほしいです」昨日さやかから聞いたところによると、地上の魔法少女はサイコさんらしいので、きっとタイプ一致弱点の三倍ダメージを与えられる筈である。一方、何だかトーリが失礼なことを考えているのではないかという唐突な疑心暗鬼に捕らわれた杏子だが……次の瞬間には、頭を切り替え直していた。これでも、佐倉杏子は歴戦の強者なのだから。「アタシは飽く迄手伝いのつもりだったんだけど……乗りかかった船だし、やっちゃうか」杏子としては、マミの現在の弟子であるトーリに主体となって欲しいという願望もあったのだが……こればかりは、仕方ないと思ってしまっても居た。先日、碌に動きを洗練もしていない美樹さやかに簡単に押し倒されてしまった辺りから、トーリの近接戦闘能力の低さを見積もっていたためである。さやかに対して油断していたという点を差し引いても、おそらくトーリの能力は杏子や未だ名前も知らぬ敵の足元にも及ばないだろう。「一回降ろしましょうか? それとも、狙撃出来ます?」「そういえば、まだ相手から見つかってないんだったっけ。あんま得意じゃないけど、そっちもアリだな」そんな姑息な手なんて思いつかなかったぜ!……などとは、流石に杏子も思っては居ないだろうが。そもそも、敵だって巴マミに不意打ちを喰らわせているのだから、御相子である。手早く深紅のソウルジェムを輝かせ、杏子は身の丈程度の細身の槍を取り出す。……取り出した、だけだった。何故か杏子は投擲のモーションに入る気配も無いままに、ソウルジェムを確認したり槍を擦ってみたりという不思議な挙動を取っているのだ。槍を生み出した際に杏子の身体がビクリと揺れたように、トーリには思えたのだが……それと何か関係があるのだろうか。「どうかしましたか?」「いや、アタシとしては、ポッキーサイズの吹き矢的な槍を作ったつもりだったんだけど、何でか何時ものヤツが出てきちゃってさ……」左手の指を広げて、その予定のサイズをトーリにアピールしてくれる杏子。だが、そんなことを言われても、トーリとて何を返せばいいのやらである。今度そのポッキーというのも食べてみたいです、などとボケる空気で無い事ぐらいは分かるのだが。「まぁ、良いか。あんまり揺らすなよ?」「了解です」そして、漸く振りかぶった態勢を取る杏子の姿を目に収めながら、トーリは……ふと小さな疑問に思い当たっていた。敵は何故巴マミのソウルジェムを砕いてしまわないのか、ということに。そんな物を持っているせいで、今だってまさに投槍の餌食になろうとしているのに、その危険を負ってまでジェムを保存しておく意味があるのか、と。だがしかしその違和感は、トーリが杏子を静止するための決定的な懸念には成り得ず。かくして槍は……離れてしまった。杏子とトーリの、手から。地表に佇む制服姿のままの魔法少女の口元が……ニヤリ、と歪んだ。・今回のNG大賞「串刺しにして河に突き落としてやるぜ!」「それ、生存フラグですよね……?」The・お約束。・公開プロットシリーズNo.66→灰色単色ヤミーがバイソンとリクガメの二種類しか存在しないという驚愕の事実に、最近気づいたんだぜ……まぁ、青単色も少ないけど。