一日ぶりの帰宅を果たした美樹さやかは、当然の如く保護者からの追及を受けたが……失恋したからだと説明したら、あっさり納得させる事が出来たのだった。そんなんで良いのかよと思わないでもないが、先程の酷い負けっぷりを思い出してしまって涙が毀れたのが、きっと勝因だったのだろう。涙は女の武器なのである。「女の子だもん……っ」どうせ、恭介からは女モドキとしか思われてなかったんだ……っ!感情が揺り返されて、死にたい衝動に駆られるも、涙を滝のように流して思考を振り切る美樹さやか。そして、部屋に戻った先には……「おかえり、さやか!」「!?」驚きの白さを誇るマスコット、キュゥべえさんが鎮座していたりして。その姿を目撃したさやかの行動は、迅速だった。瞬く間にキュゥべえの目前まで迫って。その尻尾と頭部を、さやかの二本の腕で掴み。キュゥべえの純白のボディを軽々と持ち上げて。「お前が泣かせた女の数を数えろおぉっ!!」「きゅっぷい!!?」力の限りに、捩じりあげてやった。尚、キュゥべえさんを発見してからこの瞬間まで、文章一行につきコンマ1秒程度の時間しか経過していなかったのだというどうでも良いタイムラインを補足しておこう。「ボクを雑巾にするなんて、酷いじゃないか」「なんなら、本物のボロ雑巾にしてやるっ!!」「どうかしてるよ……」捩じりあげられて喉を空気が通っていない筈なのに、平然と発言してのけるキュゥべえさん。そこに痺れたり憧れたりする前に、さやかはその口にパンツマンの明日を詰め込んでやりたい気分で一杯だった。なんなら、代わりに志筑仁美のワカメのような髪の毛を頭部ごと食わせてやっても良い。「あんた、あたし達を騙してたのね!?」「嘘は吐いてないよ。聞かれなかったから答えなかっただけさ」よくも抜け抜けとそんなことを、と憤るさやかに相対して……キュゥべえは、飽く迄冷静さを失う気配を見せない。ネジレ次元もビックリなぐらいに捻じれている筈なのに、その声は平坦そのもので。もちろん、その程度の怪異でさやかの気を静めることなど出来ないのだが。「じゃぁ、知ってること全部吐けっ!」「そんな事をしたら君の人生が終わってしまうよ。少しは質問の意図を絞って欲しいな」流石に、さやかの人生が終わってしまうというくだりには誇張が幾分か含まれているという事ぐらい、さやかには理解できていた。だが、同時に気付いてしまっても居た。……聞きたい内容として、特に具体的事例が思い当たらないという事に。マミさんを救いに行くほどの気力を取り戻した訳でも無く、かと言ってキュゥべえに恋愛相談などする気になる筈も無かった。キュゥべえに相談するぐらいなら、まだ志筑仁美に直接聞いた方がマシである。だがしかし、契約の更に奥に眠る真実の存在を認識している訳でも無いさやかには、そもそもそれを問いただす発想自体が無いのだ。つまり、さやか自身も何をキュゥべえから聞き出したいのか分かっていないという事でもある。「じゃぁ、あの眼帯の魔法少女の場所を教えてよ。とりあえずアイツ殴りたい」何処まで捩じってもまるで千切れる気配の無いキュゥべえさんの柔らかな肌触りが段々と不気味になってきたさやかだが、恨みもあるので手は緩めない。そんなさやかが出した今後の行動指針が……それだった。別に、黒い魔法少女を恨んでいるという気持ちは然程強くも無いとさやかは思うのだが、直ぐに思いついた八つ当たりの矛先がそこだったのだろう。「巴マミを助けに行くのかい? キミはマミの事を恨んでいなかったかな?」「それはあの黒いのをボコボコにしてから考える。それとも、アンタはあいつとグルなわけ?」泣きに泣いたせいで頭が少しだけ冷えた、とも言う。昼間にはネガティブ一直線だった思考がようやく平常運転に戻り始めたものの、素直に巴マミを助け出そうというところまでは、まだ切り替えも済んでいないようだが。美樹さやかが冷静なら、気付けたかもしれない。クスクシエにおいてさやかが発言した内容を、さやかの部屋に居た筈のキュゥべえが知っているのも奇妙な話だ、と。「とりあえず、巴マミのソウルジェムの場所は教えられるよ。行くかい?」「えっ……? 教えてくれんの……?」「キミが教えろって言ったんじゃないか。ワケが解らないよ?」さやかとしては、キュゥべえの言葉を鵜呑みにする気にはならない。しかし、一応キュゥべえが嘘を吐いていないというのも本当のことなので、期待も大きい。少し考え込んださやかは、「一人で行くのはちょっと……。誰か味方を見つけてから、かなぁ」やはり、さやか自身が手も足も出なかった相手にタイマンを挑むのは心もとない。ボコボコにするなどという勇ましい言葉を口にした割に、前回ボロ負けした経験は確りとその身に沁みついているらしい。だとすればやはり、誰かを援軍に付けるのが妥当と言えるだろう。トーリは……誘えば来るだろうし、移動には便利だが、戦力として数えてはいけない。パンツマンも肝心な時に限って所在不明だし、後藤もトーリよりはマシというレベルだろう。援軍としてはやはり、転校生様か昼間の槍女の手が欲しいところだ。「……やっぱり、転校生かな」何となく、槍女はいけ好かない。むっつりな暁美ほむらさんも若干何を考えているのか分かり辛い所があったが……ほむらが魔法少女の真実を教えてくれなかったのは、巴マミのせいであるということは理解しているため、大した嫌悪感は向いていないのである。翌日への備えと、精神的な疲れを癒すために、結局さやかはその日、早めの就寝を迎えることとなるのだった……。さやかは、気付く素振りさえ、見せない。キュゥべえの、思惑に。ワルプルギスの夜が到来する時までにこの町の戦力を逐次掃討しようとするキュゥべえの思考になど、思い至る筈も……無かった。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第六十五話:Love Wars――愛っていうのは呪いみたいなものなんだみどりの黒髪をなびかせ、見滝原中学校のガラス張りの廊下を、一人の少女が潜り抜ける。時刻は、昼。生徒たちが思い思いに昼食を求め、また、親しい者たちと集い合う、一日の内で最も活気に満ちた時間帯である。「……案外、見つからないものね」少女の呟きとは裏腹に、もしその少女自身を探している者が居たのなら、その目的は簡単に果たされてしまっただろう。なぜなら……喧騒に満ちた学園の中において、彼女の通り抜けた道のみが、静けさに包まれていたのだから。彼女の通った後に残された若者たちは悉く振り返り、その容姿を目に焼き付けようと心を焦がしていて。ある者はそばかす一つ無い白磁のような肌に注視し、またある者は下半身に視線を向けるという正直な反応を取り、同性からは誰しもから羨望の眼差しを欲しいままに集める。身体つきには未完成な印象を残しつつも、同年代の少年少女の中に混じれば明らかに浮いてしまう、そんな絶世の美少女と呼べる存在が、見滝原中学校の内部を闊歩していたのだ。「カザリったら……目的の教室ぐらい、調べておきなさいよ……」この場に居ない仲間の名前をぼそりと口に出してしまったこの美少女の正体は……お察しの通りである。水棲生物の王にしてグリード戦隊の紅一点であるメズール様、その人間態に違いなかった。そもそも、なぜメズールが見滝原中学に潜入せねばならなかったのか?その原因は……最近何処に向かっているか分からないと評判の、カザリさんにあった。彼が密かに用意していたという秘密兵器が、今朝になってついに、メズールの目前に持ち込まれたのである。はたして、その実態は……「『こんなもの』を用意するより、遥かに簡単でしょうに、ねぇ……」見滝原中学校の、制服だったのだ。チェック柄のスカートが絶妙なエロスを醸し出すと評判の、アレである。そして、周囲と条件が同じだからこそ……メズール様の容姿は、周囲の男子生徒の人生を狂わせまくっていた。それはもう、恋愛コンボなんて目では無いぐらいには。そんなことはさておき。一体どうやってカザリさんがそれを入手したのかという疑問も若干残るものの、彼の立てた作戦は一応理に適っては居たので、メズールが反対する理由も無かったのだ。制服の入手経路に関しては、カザリが最近文明の利器を使いこなし始めている辺りと何か関係があるのだろう。メズールがその手の電子機器を弄ったら、身体から滲み出る湿り気のせいであっという間に電子回路の寿命を縮めてしまうだろうが。そして、メズールが引き受けたミッションを遂行するためには、とある人物の居場所まで辿り着かなければならないのだが……これが、中々に難しい。目的の人物の名前を出しての聞き込みも試しては見たものの、成果は芳しくなかった。特に男子陣の中には、メズールの話を碌に聞かずに愛の告白を始める者まで居る始末で、グリードの能力で大量の水をぶっかけてやったメズール様はきっと悪くない筈だ。もっとも、そんな冷や水でさえ恍惚の表情で身に受けた男子が意外に多かった辺り、この学校は色々と将来有望な生徒が多いのかもしれない。「あら、アレは……」だが……辟易していたメズールに、ようやくツキが回って来たらしい。メズールが見つけた女子生徒は、目的の人物では無かったが、その知り合いの可能性が極めて高い人間には違いない。何と言っても、その二人は魔法少女という希少人種なのだから。見つけた手掛かりに即座に歩み寄ったメズールは、とある教室へと侵入し、そいつへと接触を試みて、「お嬢ちゃん。『暁美ほむら』って子の居場所を知らないかしら?」見た目が同年代の筈の相手を年下呼ばわりにしているという自身の奇行にも気付かず、用件を伝えきってしまった。その相手とは……「何? 転校生のファンクラブか何か? あいつなら、今日は来てないみたいだよ。あたしも探してるんだけどさ」昨日に泣きながら住宅街を疾走したという目撃情報が出回っている、美樹さやかであった。その目の淵には、まるでメモリを砕かれた犯罪者のような黒味が存在を主張しており、その噂の内容は概ね正しいのだろう。もっとも、そんな噂などメズールの知るところでは無いのだが。メズールとしては、美樹さやかの欲望からヤミーを作ってみたいという思いは健在なのだが、今は別の作戦を遂行している最中なので自重していたりする。「なら、その子のよく使っている場所を教えてくれないかしら?」「座席の事? それなら、教室の前の方で友達に愚痴ってる奴の、右隣りの机だよ」暁美ほむらさんの左隣の生徒は、普段余程ストレスを溜める生活を送っているのだろうか。むろん、そんな中沢君の存在など、メズール様の眼中にある筈も無い。「そう。ありがとう、お嬢ちゃん」「……ところで、あんた、あたしと何処かで会ったこと無い?」ええ、貴女を縛って遊んであげた事があったわね。……などと、正直に答えるメズール様では無いのだ。美樹さやかが直感的にモノを言っているに過ぎないという事は察知できているので、はぐらかす一択である。「その誘い文句はここに来るまでに何度か聞いたけれど……貴女、もしかして『坊や』だったのかしら?」「……どうせっ、あたし、なんかッ……うわああああああああんん!!」グサリ、と生傷をフォークで抉るような、一言だった。しかも、水棲怪人によって傷口に大量の塩水を塗り込まれたような錯覚さえ発生している始末である。先日、上条恭介に酷いフラれ方をした美樹さやかにとって、それは特大の地雷だったのだ。枯れ果てた筈の涙と鼻水をその両眼両鼻孔から零した美樹さやかは、あまりに深い精神的外傷に耐え兼ね、疾風のように逃げ出した。当然、無断早退であることは言うまでも無い。「……まぁ、良いわ」ともかく、ここまで来たからには、無事に作戦を遂行できそうである。果たして、メズールが課されたミッションとは……?そして、つい先日まで活躍に乏しかったと評判の後藤慎太郎はと言うと……「これか……?」鴻上財団傘下の研究所の最奥に位置する一室の中から、探し物を行っていた。念のために補足しておくと、別に後藤が暇を持て余していたなどという事は無いのだ。特に今週は、激務の連続であったはずなのである。日曜日にはオーズの性能確認に付き合い、月曜日には真木博士を警察に突き出して、火曜日にはカザリとメズールによる財団本社襲撃戦を戦い抜き、水曜日には通りすがりの赤い魔法少女と共にクワガタモズクヤミーを倒したはずなのだ。財団防衛戦が全面的にカットされた事が、後藤の活躍の影を薄めている主な原因だと思われる。ただその火曜日は、裏でロストアンクに関わる一連の事件の他にバースの初戦闘までもが起こった日でもあるのだ。そのため、後藤の防衛戦はどうにも地味に見えてしまうという構成上の都合としてカットを余儀なくされたのだという、不幸な経緯があったりする。それはともかくとして、現在の後藤の現在の探し物は、それなりに重要な物には違いなかった。全体として漆黒の装甲に、透明なパーツによって上部を覆われた砲身が存在を主張している巨大な火器を、後藤は段ボール箱の山から、ついに発見したのだ。その銃器の名前を……『バースバスター』といった。そもそもの事の発端は、昨日に鴻上会長への国際電話を繋いだ時にまで遡る。バースドライバーを持っていた中年男が、自分からそれを要求したくせに、忽然と姿を消してしまった後の事だった。持ち手の居なくなった受話器を取ろうとした後藤が手を伸ばした矢先に、まるで後藤の動きを先読みしたかのように、『ところで、後藤君ッ! 真木博士の研究所のどこかに眠っている『バースバスター』を捜索してくれたまえ!』……という訳なのである。会長は相変わらず訳が分からない人間だという後藤の再認識は兎も角として、その命に従わない訳にもいかない。ついでに、施設のパソコンから財団のデータベースに繋げてバースバスターについて調べてみる辺り、後藤のバースへの興味の深さが窺えるというものである。だがしかし。「コレは……実用品、なのか?」正直に言って、実戦に配備するにはやや疑問の残る兵器だというのが、データを閲覧した後藤の正直な感想であった。何といってもまず、セルメダルの使用効率の悪さが目につくのだ。特に、オーズがセルメダルをたった三枚使っただけで空間を切り裂く荒業を使えるのを目にしている後藤としては、それを気にせずには居られない。セルメダル1枚を消費して弾丸を一発発射するという仕様ならば、バースバスターの威力はもう少し高くても良さそうなものなのだ。なのに、その威力は海外製の大型銃器より少し強い程度で、三発撃ったとしてもヤミーを倒せる代物には見えない。精々、仰け反らせるぐらいが限度だろう。オーズの『スキャニングチャージ』が再現できなかったせいだろう、とは後藤も理解できているが。「救いは、この『セルバースト』ぐらいだな」唯一後藤の目を引いたのが、バースバスターの切り札として用意されたギミックだった。充填したセルメダルを全て消費すれば、理論値としてはバース本体の腕力の20倍近い攻撃力を得られるという、いわゆる必殺技である。しかし、それを頼ろうにも後藤が使おうものなら、反動がどうなるのかは考えるまでも無い。このバースバスターだけでヤミーを相手にするのは、やはり辛いと言わざるを得ない。ベンダー隊全員に一丁ずつ配布するぐらいの数があれば、ヤミーを倒すぐらいは出来るだろうが、セルメダルは赤字になっていくばかりだろう。そもそも、そのライドベンダー隊自体が、また壊滅してしまったというのに。……バースバスターがバースへの変身を前提に作られているという事は、後藤には分かり切っていた。そのはず、なのに。「……まぁ、あいつらが戦ってる横で支援するには、使えるか」後藤は、タダではこの『力』を手放せない、とも思い始めてもいた。少なくともバースに選ばれた伊達という男がどんな人物なのかを知るまでは、絶対に渡したくない、と。――それは、『あいつ』の理想を助けるためのものに過ぎない。昨日にクワガタモズクヤミーを倒した際に、後藤はトーリから、オーズが行方不明だと聞いていた。そして、ならばと思ってしまうのだ。もし火野映司という男が苦境に立たされているならば、後藤慎太郎はその役に立ちたかった。後藤の判断がこの世界をどう変えるのか。バースを作った真木博士は、バスターを探させた鴻上会長は、予見しているのだろうか……。だが後藤は、信じたい。バースバスターに運命を打ち抜く力が無くても、その糧となるぐらいの働きは出来るはずだ、と。・今回のNG大賞「カザリ、その制服はどうやって手に入れたのかしら?」「それにそっくりな制服が出てくるゲームがあったから、それのコスプレ用衣装をネカフェから注文したのさ!」鴻上会長が言っていた……欲望は無限の進化を生み出す源だってな!・公開プロットシリーズNo.65→メズール様が制服を着たって良いじゃないの。