美樹さやかがその場所に戻った時、既に日は沈みかけていて。それでも尚、『上条恭介』と『志筑仁美』が同じ場所に留まっていたのは……今日が、二人にとって特別な日だからだろう。……それを今からさやかはぶち壊しに行く訳だが。もっとも、その方法に関しては、さやか自身が上条恭介に告白する以上の事は考えていなかった。「それで、僕がヘタレてた時、さやかはこう言ってくれたんだ。奇跡も魔法もあるんだよ、って」「上条君、さっきから、さやかさんの話ばかりされてますわ。少し、妬けてしまいます」だが、照れくさそうにさやかの事を口にする上条恭介の顔を遠目に見たら、その会話を少し盗み聞きしたくなってしまって。物陰に隠れてしまったさやかは、下手をすると全盛期の上条君よりもヘタレなのかもしれない。その決断が後悔を生むことになるなど……数秒後までは、思いもしなかったのだ。手ごろな物陰に隠れて彼らの様子を覗うさやかに、その不幸は襲い掛かることとなる。「……ごめん。何だか、さやかってあんまり女の子って感じがしなかったから、普通の親友のつもりで話してたよ。そういう意味で言ってたんじゃないんだ」「いいえ、私もちょっと不安になっただけの事ですわ」グサリ、と心に刺さった、一言だった。思わず胸を押さえて、前かがみになってしまったさやかの精神的ダメージは、想像を絶するものだったのだろう。働き口から支給された物資がマスカレイドのメモリだった時の従業員だって、ここまでの精神的苦痛は味わっていない筈だ。「今思うと、とあるランキングの結果をさやかに教えたのも、マズかった気がする……」「……何故さやかさんがそれを知っているのか、という点は、私も気になってましたけど」それも、さやかを女の子として認識していなかったから、というエピソードなのだろう。今すぐにでも泣き出してしまいそうな位に、胸の奥が痛む。その痛みは、世界で初めて行われたという手術に匹敵するだろう。瞑想を用いて痛みを消そうとしたという、例のアレである。麻酔無しでなぁっ!!「僕が票を入れた子について、さやかが聞いて来てさ。教えたくないって突っぱねたら、何かガッツポーズをしてたんだけど、アレも何か意味があったのかな……」さやかは、その時の自身の思考を思い出し、酷い吐き気と頭痛に襲われた。確か、恭介がさやかに投票した事を恥ずかしがって内緒にしたのだ、と思っていた筈だ。頬を、生暖かい何かが伝わって落ちて行く。胸の痛みは、既にクライマックスにも程というものがあった。まるで、胸に刺されたものの正体を確認したらリボルケインだった時の怪人の気分である。「そこまで行くと、何だかもう、いっそさやかさんが不憫ですわ……」死にたい。脳改造されたいとか使徒再生されたいとか、そんなレベルじゃ無く、死にたい。よりによって、恋敵にさえ同情されている。しかも、同情されても仕方ないと自分自身でさえ納得できてしまえる辺りに、救いが無さ過ぎた。おそらく、上条の腕を治したのがさやかであるという事実を彼に知らしめたとしても、この絶望的な差は埋まらないだろう。既に、さやかの両瞼からは、ぼろぼろと心の汗が流れ出ていた。もちろん、心もモズク風呂程度では治らないぐらいには、ボロボロである。ここに来て美樹さやかは、悟っていた。この戦は、戦う前から既に、完膚なきまでにボロ負けしている、と。……ここまで来ると既に、色々なものが振り切れ始めていた。いわゆる、『もう何も怖くない』状態である。ただし、悪い意味での。「恭介っ!」二人の目前に突然飛び出して、まずはそのふざけた現実を少しだけぶち壊してやった。その思考回路が怪人のものであるのは、もはや説明するまでも無い。「さやかさんっ!?」「さやか!?」恭介と仁美の見開かれた目を見たら、ほんの少しだけ、鬱憤が晴れたような気がして。その発想が既に負け犬だと気付いていても、どうにも止まらない。涙も、思考も、行動も。「恭介がどう思ってても、あたしは、恭介の事を愛してるよっ!!」上条恭介は、開いた口を塞ぐことが出来ずに居て。だが、一方の志筑仁美は、大体の事情を察していたりする。さやかが告白の前から既に大泣きしているのは、上条君のあんまりな発言を聞いてしまったせいだろう、と。仁美が告白する前に、と宣言しておいたはずだが、今日の何時に告白するとまでは指定していなかったため、今日中ならOKだとも思っていたという事情もある。もちろん、上条の言葉を聞いた今となっては、さやかの戦力などクズヤミー一体分の脅威さえ志筑仁美には与えていないのだが。参考までに補足しておくと、クズヤミーという存在は、未変身の人間でも時間を考えなければ割と簡単に素手で倒せる程度の戦闘員である。変身したオーズのトラパンチが効かなかったという目撃情報も何処かの世界にあるようだが……それはきっと、目撃者が深夜32時のテンションで疲れていたのだろう。それはさておき。「アイ・ラブ・ユーッ!!」反応が無い上条恭介に対し、追撃の一手を仕掛ける美樹さやか。それを聞いた志筑仁美は、その姿に不覚にも涙を流しそうになった。どう見ても、その姿は『ヤケクソ』という言葉がこの世で一番似合っているとしか思えないぐらいに痛々しかったのだから。むしろ、そんな精神状態のさやかが正しい英語を使えたことは、さやかのオツムの出来を考慮すれば、どんな奇跡も魔法も超えた愛の力とさえ言うべき超常現象であった。それを敢えてカタカナで表記した作者に悪意なんて、ある筈がない。「ええと、それは……」「上条君、さやかさんは冗談や罰ゲームで言っている訳ではありません。答えてあげてください」何となく、上条君はさやかに対してだけは、物凄く鈍感な答えを出しそうだ……と、志筑仁美は思ってしまっていた。なので、その言動は……これ以上に無いぐらいの、美樹さやかに対する優しさの表出であった。上条君がその手の外し方を実演してしまったら、この親友はきっと立ち上がれなくなってしまうだろうから。「さやか!」「恭介ぇっ!」そして、困惑しながら上条恭介が言い放った一言は、「…………ごめん!」「うわああああああんんんん!!」さやかの最後に残った道しるべを、完膚なきまでに叩き潰していた。泣き叫びながら夕日に向かって走り去って行く美樹さやかの背中を見送る志筑仁美の胸に、不思議と達成感は湧いて来なかった。湧き上がってきたのはむしろ、戦いの神をハイパーフォームで叩き潰したような遣る瀬無さで。「虚しい戦いでしたわ……」何が起こったのか把握できずに、仁美の横顔とさやかの背中を交互に眺める上条は、只管置いてけぼりを喰らった……らしい。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第六十四話:戦いの後にカブトムシのヤミーを追っていた伊達明と白鳥梨恵が目撃した、光景。それは、一目には信じ難い、絵面だった。ヤミーが……崩れ落ちて、セルメダルに変わったのだ。「なんじゃありゃぁ……」そして、ヤミーと向き合うように突っ立っていた女の子の行動もまた、奇妙そのものと言えた。何と、セルメダルを身体に吸収し始めたのである。その子供の外見は幼く、おそらく先程出会った美樹さやかと同年代か、それより下にさえ見えた。……思えば、伊達はこの町に来てから延々と、その年代の女の子に煮え湯を飲まされ続けているような。最初は食い逃げの赤毛ちゃんで、次が炎上女のお七ちゃん、そして極めつけは、ヤミーを吸収する妖怪メダルむしりである。「見滝原の女子中学生は化物か……」「あの子……私から、あの怪物を作った子です」伊達の隣でその光景を眺めていた梨恵が、補足というか、物凄く大事な情報を提供してくれた。それを早く言えよ、などという突っ込みは、思っていても決して口には出さないが。そして、それと同じぐらいに重要な情報を、伊達は認識し始めていた。「あら、坊や達……何か私に用かしら?」端的に言うと……伊達たちは、隠れていないのだ。むしろ、中学生がヤミーに襲われているのではないかと思って、飛び出す矢先だったのである。当然……相手からは、伊達達の姿が認識されていた。「単刀直入に言おう。そのメダル、俺に譲ってくれ!」「!?」坊や達、という呼称に若干首を傾げた伊達だったが……次の瞬間には自分の目的を思い出すあたり、欲望ドロドロという自称もあながち間違いでは無いのかもしれない。そして、その真横に位置取る白鳥梨恵からさえ、コイツ何言ってんの!? という感想がひしひしと伝わってくる件について。「冗談でも、面白く無いわね……!」しかも、中坊からも危険人物認定を受けているらしい。伊達としては、殺してでも奪い取るような強い信念を持って発言したわけでは無く、一応言ってみたという感覚が強かったりするのだが……相手はそうは捉えてくれなかったらしい。案の定、伊達達の方向に手をかざした女子中学生によって、大量の水をぶっかけられる始末である。一体どこからそんなものを出したのかと疑問で仕方ない伊達だが、ヤミーを作る程の超常能力を持っているのなら、それ位出来てもおかしくは無いのかもしれない。「現代人の冷たさが身に沁みるなぁ……」「冗談抜きで寒いんですけど……」隣で一緒にびしょ濡れになっている女子高生の突っ込みもさておき。その発言はきっと、伊達の言葉に対するコメントでは無く、水を被せられた件についてに決まっている。そうに違いない。それはさておき、伊達は考えてみた。ヤミーを作り出す存在を、放置してよいのかどうかという点について。伊達とて、目の前で人が襲われていれば助ける程度には、『良い人』である。だがしかし、自分の命が一番大事だと豪語出来てしまう人間なのもまた、事実なのだ。そして、自分の命を維持するためには会長から1億円を稼ぎ取る必要がある。そのためには、後藤という青年を世界の救世主へと育て上げなければならない。……つまり、世界の敵となるべき存在が、必要なのだ。「お嬢ちゃん、お前さんみたいにヤミーを作れる奴っていうのは、何人ぐらい居るんだ?」「今は、二人だけよ?」どうしてそんな事を聞くのか、という疑問顔を向けてくる良く解らない何かの視線を尻目に、伊達は今後の方針を捻り出す。2体しか残っていないグリードを倒してしまった場合、伊達が生き残る可能性は果てし無く低くなってしまうのではないか。伊達がメダル集めを目的としているフリをした方が良いということは、事前に会長から聞かされていたのだが……「いや、なんでもない。今日の所は引き上げる事にするさ。お嬢ちゃんも、悪さは程ほどにな」……ここは、戦わない方が良さそうだ。それが、伊達の導き出した結論だった。その両者のやり取りの意味を理解できていない白鳥梨恵を引き連れ、伊達は結局、得る物も無く退散することとなる。背中に突き刺さるグリードの視線を、最後まで、無視しながら……そして、夢見公園跡のグループはと言えば……「まったく、無駄に魔力使わせやがって……」案の定、ヤミーを倒した途端に二手に分かれていたりする。先程の戦闘は突発的なものに過ぎず、トーリと杏子の目的は巴マミのソウルジェムの捜索なのである。トーリの目的が若干ズレている気配もあるものの、一応そういうことになっているのだ。再び杏子を抱えて、トーリは風を切って空を進んでいた。「その割に、結構ノリノリで戦ってませんでした?」「んなワケ、あるかよ」一方の後藤は、一応怪我人である師範を連れて病院へと向かっていったのだった。もちろん、足であるライドベンダーが失われているため、徒歩による移動である。一か月後に結婚する予定だから来てほしい、なんて口にする師範に、何かフラグが立っている気がした一同だったが……特に気にしないことにした。多分そのフラグを解消するイベントが今回のヤミー騒動であったのだ、と信じる事しか出来なかったのだった……「師範さん、嬉しそうでしたね」尚、嬉しいのはトーリも同じである。ヤミー一体分のセルメダルを、ほぼ完全に得たのだから。ほぼ、というのは、後藤が今回の戦闘において消費した分を補充して行ったからだが……それも、微々たるものである。「どうだか、なぁ……」だが、杏子はどうやら、釈然としないものを感じているらしい。その顔が何を思っているのか、やっぱりトーリには読み取れない。「今のご時世、剣道場の師範なんて、食っていけんのかね?」何処からか取り出した麩菓子を齧りながら、杏子がぼそりと口にする。それも強請ってみようかと思ってしまうトーリだが、とりあえず保留である。「男の条件として、経済力って大きいと思うんだよ、やっぱ」女もそれに負んぶ抱っこじゃいけないけどさ、と付け加えながら、杏子はえらく世知辛い事を言いのけて見せた。経済力という事はつまり、金の力である。……トーリが自身の記憶を漁ってみたところ、金に縁のありそうな人物と言えば、鴻上会長ぐらいのものだった。貨幣的な意味でも、メダル的な意味でも。……でも、とトーリは思う。体感としては、火野映司や後藤慎太郎といった金の匂いがしない男性でも、一緒に居て苦になることは無いような気がするのだ。もちろん、トーリ自身があまり貨幣を必要とする生活を送っていないせいでもあるが。「経済力が無くても素敵なヒトも、居るとは思いますよ」「独り身なら良いけど、家族持ったら悲惨だろうが」「……それは、確かにそうかもですね」トーリには、繁殖という発想が欠けていたらしい。特に生殖行動を必要とする訳でも無いヤミーだからこそなのだが、杏子はその辺り、何処か現実主義者というか、何と言うか。……でも、ありがとよ。「……? 何か言いました?」「何でもねーよ。これでも食って黙って飛べっての」「んぐ」トーリの口に食べかけの麩菓子を突っ込んでくる佐倉杏子の思考は、やっぱりトーリにはよく解らない。何となく、不快にさせてしまったような気配は無いのだが、黙れと言われるのも奇妙な話である。一応お菓子も貰っているわけだし、いまひとつ相手の思考が追えないとでも言うべきか。結局その日……巴マミのソウルジェムは、見つからなかった。・今回のNG大賞ヤミー兄弟成敗の後日。「さやかちゃん……師範の婚約者って、あの先生じゃなかったみたい」「えっ……それは、一体何があったんですか?」「あの先生が師範から『お前は俺が守る!』とか、それっぽい事を言われて勘違いして、言いふらしてただけらしいよ」「先生も鈍感男に振り回された被害者の一人だったのか……」早乙女和子さん(3X歳)の理不尽な八つ当たりのせいで、英雄NAKAZAWAが反英霊へ落ちる日は、近いのかもしれない……・公開プロットシリーズNo.64→どうした? 告白しないのか?