付き合ってらんねぇ。そう、口に出しそうになった。取り乱した頭の悪そうな魔法少女が、弱そうな奴に掴みかかった時、すぐさま思ったことがそれだったのだ。でも、それを口に出さなかったのは……「……こりゃぁ、アンタの人徳ってヤツなのかい」巴マミの物言わぬ亡骸が、杏子の歩みを鈍くさせたからだった。そんなことは有り得ないのに、足元にマミのリボンが絡まってしまったような気がして。杏子の呟きは、弱そうな方にしか届いていなかったらしい。呆然としたまま馬乗りの態勢を維持しているヤツの耳にはおそらく入っていないだろう。ただ、弱そうな方も反応に困っているようだが。「おい、お前……確かさやかって言ったっけ」「……何、よ」目に入るものを全て恨み始めそうな目だ。それに怯える事こそ無いものの、杏子とて居心地の悪さを感じないほどの無神経でも無いつもりである。「『何よ』じゃねーよ。タコ。そんな暇があったら、とっととマミの奴のソウルジェムを奪い返しに行きゃー良いだろうが」こいつは使えるかと思っていたが、前言を撤回した方が良さそうだ。むしろ、弱そうな後輩の方が、精神面では遥かに強そうである。ひょっとすると、巴マミはこの二人の精神的な強さを的確に評価したうえで、片方にだけ魔法少女の真実を伝えようとしていたのかもしれない。……まったく、大した先輩様だよ。真実は全く逆なのだが……それを為せるのが、巴マミのカリスマというヤツなのだろう。多分。「……行かない」「えっ……?」「あぁ?」そんなふうに巴マミの人物評を高めていた、矢先だった。そのマミの弟子が、思いもよらぬ返答を口にしたのは。思わず拳を握りしめてしまった杏子だが……その力は、瞬き一つの内に解かれる。偉そうに説教をするような柄では無い、と思ってしまったからだ。「何だ? 一回負けたぐらいで怖気づいちまったのか?」安い挑発だ、と言っている本人さえ思うほどの、使い古された常套句だった。案の定さやかの様子には、特に腹を立てている気配が感じられない。「そんな大事な事隠されてて、危険なヤツが待ってるって分かってて、それでもマミさんのこと助けようなんて、思えない! 思えるわけないよっ!!」「……そうかい。そっちのアンタはどうする?」さやかの絞り出すような声に、一瞬だけ顔を顰めた様子の杏子だったが、唐突に話し相手を切り替えた。さやかから、トーリへと。そして、突然話題を振られたトーリは若干視線を泳がせながら、今後の身の振り方について考えてみた。巴マミを見捨てた時のメリットは、トーリがグリード側に戻った時に、人間勢の戦力が減っていることである。これは、巴マミがベテランの魔法少女であることを鑑みれば、かなり大きい。逆に、デメリットは……魔法少女が減ると、トーリが得られるセルメダルが少なくなることだろうか。折角アンクが不在なのだから、間違いなく稼ぎ時は継続中である。……つまり、巴マミの救出に失敗したとしても、他の誰かの戦闘に同伴するだけで丸儲けではないのか。聞くところによると相手は魔法少女らしいので、ロストと戦った時の消費分を少しでも補うために、セルメダルだけでも貰っておくのは損では無い。さやかが行かないと言い出したときにはどうなるかと思ったが、この場にはもう一人魔法少女が居るではないか。もちろん、もし救出を主な目的とする場合ならば、現在行方不明の火野映司を連れて行きたいというのがこのヤミーの本音なのだろうが。「貴女も一緒なら……行きたいです」その言葉が少しだけ意外だったのか、瞬きを見せる杏子。「……全く、アンタもアンタで情けねー奴だな」何故、だろう。面倒事を持ちかけられている筈なのに、何となく、佐倉杏子が『嬉しそう』だと感じるのは。トーリも大分人間に染まっているような自覚はあるのだが、時々今回のように人間の思考が分からなくなることも、あるのだ。巴マミが化物という言葉を使っていた意味を理解していなかったのと、同じように。出来ればさやかさんも一緒が良いですけれど、と付け足すトーリの言葉に応える声は、何処からも発せられず。結局、トーリを引き連れた杏子は、クスクシエを後にしたのだった。物言えぬ巴マミと、物言わぬ美樹さやかを、残して……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第六十一話:困った時に他人に頼れる奴は手強い佐倉杏子は、正直に言って巴マミの救出にはあまり積極的に動こうと思えずに居たはずだった。自身が恐るべき幻獣を巴マミに押し付けたとはいえ、直接の原因は眼帯の魔法少女にあるのだ。過去に巴マミの世話になったこともあるものの、マミの弟子がどちらも救助に向かわなかったら、きっと杏子も動かなかっただろう。そう、杏子は自身の思考を鑑みる。「へー。空の旅ってのも良いもんだなー」風を切る感覚が、何処か心地良い。トーリに関しては戦闘能力に乏しい魔法少女だと聞いたが、飛行という特異な能力を持っているなら、それも納得かもしれない。意外な精神力を見せてくれた後輩にぶら下がって、街を俯瞰しながらの感想が、それだった。「喜んでくれて嬉しいです」コイツは一見弱くて使えない魔法少女だが……佐倉杏子は、少しだけその評価情報に修正を加えていた。どうするかと問いかけた時、杏子の期待した返事はYESかNOの二択だけのはずだったのだ。そして、そいつらがマミの救出を決断した後の杏子自身の身の振り方は、無意識のうちに思考から外していたのである。ところが、一緒に行きたいと率先して言い出したトーリの言葉を聞いて、杏子はその内に秘めていた思考を自覚するに至っていた。やっぱり杏子はマミの救出に行きたかったのだ、と。「それで、最初は何処に行きましょうか?」「とりあえず、昨日の公園だな。犯人は現場に戻るって言うし」杏子としては何となく気恥ずかしい気がするので、絶対に口には出さないが。トーリ一人を向かわせる選択肢も取れないことは無かったが、あの美樹さやかに簡単に組み伏せられてしまうトーリの戦闘能力が不足しているのは、明らかである。口に出さずともそれが行動の理由になってしまう辺り、やはり杏子も人情というモノを捨て切れては居ないようだ。「それにしてもアンタ、随分あっさりしてるじゃん? あのさやかって奴の尻を叩いてやったりしないのかよ?」それに、巴マミが死んだと知った時も、よく考えればコイツはそこまで取り乱しては居なかったような気がする。もちろん反応は取っていた気がするが、あの美樹さやかの様子と比べれば、違和感も際立つというものだ。その質問は、ひょっとすると、巴マミの死を目にして尚思考が茹ってしまわない自分自身への不安の、発露だったのかもしれない。魔法は自分のためにしか使わないと豪語する杏子でも、恩師の死を見せつけられたらもう少し動揺しても良さそうだ、と自分で思ってしまっているのだ。「上手く言えませんけど……『大切な人』が死んだ後の人間って、何だか話しかけ辛いんです」――悪いけど、もう俺には話しかけないでくれアンクが死んだ時の火野映司からも感じた、不思議な雰囲気。それが、美樹さやかからは隠す気配も無く放たれていたのだ、とトーリは思う。トーリが何を言っても届く気がしなくて、彼らの言葉を聞いても何も出来なくて。「今のアタシにも……話しかけ辛い感じがするかい?」杏子の胴を両手で抱えて飛んでいるトーリからは、杏子の顔は、見えない。その長い赤味が目立つ長髪に隠された表情を、トーリは窺うことが出来なかった。それ、でも。「さやかさん程じゃないですけど、少し」「……そ、っか」トーリの返事を聞いた杏子が、少しだけ笑った。そんな、気がした。トーリにはやはり、杏子の考えが良く分からない。思考の相性が悪いのだろうか。「杏子さんこそ、さやかさんが『行かない』って言った時、また殴りたそうな顔してましたよ?」「……まったく、アンタは勘が良いのか悪いのか、本当に分かんないヤツだな」あきれ返ったような杏子の溜息が、上空の風に紛れて流されていく。けれど、何故だかその吐息にはまるで湿り気が含まれていないような気がして。「あんなに『殴ってほしそうな顔』をしてる奴を殴ってやるほど、アタシは良い人じゃねーんだよ」巴マミと違って、な。そう付け加える杏子の返答が、何だか答えになっていないように、トーリには思える。トーリの質問は、杏子がさやかを殴りたかったのだろうという物だったのだが、微妙に話を逸らされた気がするのだ。一発殴ってませんでしたか、という突っ込みを入れるのも何か違うように思えた。最近何処かで、この感触を味わった気がする。そう考えて、直ぐに思い当たった。「ああ! 分かりました!」「何がだよ?」巴マミ、である。マミと共に『化物』に関する話題を共有した時に感じたものに、少し似ている気がするのだ。相手が何を考えているのか良く解らないのに、突っ込むことが憚られるという独特の感覚である。マミと違うと言われた後で言い返すのも何だが。「杏子さんって、何だかマミさんに似てますよね!」「げほっ!? ぐぐっ……っは! へ、変な事言うんじゃねーよ! お菓子が勿体ないだろうがっ!」何時の間にか懐から出していたお菓子を喉に詰まらせた杏子からのクレームが、トーリの軌道を揺らす。何処に食料を持っていたのかという疑問も尽きないのだが、マミやさやかも何処からともなく物を取り出していた気もするので、そういうものなのだろう。もっとも、こればかりはライダーによる世界の侵食では無く、もともとのまどかの世界にもあることなので、ディケイドさんの完全な濡れ衣である。きっと、ゴルゴムか乾巧が善良な破壊者様を貶めようとしているのだろう。「すみません。それと、私もお菓子欲しいです」「本当に、お前は読めないヤツだよ……」それはこっちの台詞です、という言葉を、杏子から差し出されたスナック菓子と共に噛み砕くトーリ。そして、同じく杏子も最後に一つだけ、言葉を飲み込んでいた。何で巴マミの弟子はこうも変わり種ばっかりなのかね、と……そして、最近の新キャラのラッシュに出番を食われがちな後藤慎太郎はと言えば、「助けてください! 昨日から虫の化物に襲われてるんです!」元は剣道場の胴着であったと思しきボロボロの服を纏った、一人の青年を相手にしていたりする。この青年の名前は、橋本勝というらしい。近未来化が進む見滝原市の中で、今なお古風な剣道場を営んでいる、奇特な人物だ。昨日に橋本を助けてくれたやたらとガタイの良い男が鴻上財団の名を出したため、それを頼りに本社まで足を運んだのだということらしい。昆虫グリードであるウヴァはオーズが倒したはずなのだが、これは一体どうしたことだろうか?そして、話を聞いた後藤の身には、既に嫌な予感としか言い表せない感覚が居座っていた。だからこそ、即座に最寄りのライドベンダーから一体のカンドロイドを購入したことは、英断だったと言えるだろう。直後、鳴き声を上げる青いカンドロイドが、ヤミーの接近を教えてくれる。ゴリラカンの感知範囲には遠く及ばないものの、ヤミーの感知能力を一応持っている、ウナギのカンドロイドが。更に次の瞬間にウナギカンドロイドの長い身体を掴み取った後藤は、周囲を油断無く見渡していた。光、音、匂い、空気の流れ……その全てを逃さないように収集し、「そいつノ身体は俺の物ダァーッ!!」「シュートッ!!」茂みから飛び出してきた緑色の怪人に、ウナギのカンドロイドを的確に投げつけた。その意図は、ウナギカンドロイドに想定された、もう一つの機能を生かしたものだ。すなわち、拘束である。もちろん、ウナギカン一匹だけではヤミーを長時間拘束しておくことなど出来ないのは、後藤とて把握している。従って、後藤がベンダーへ更なるセルメダルを投入したのは、当然の判断と言えた。後藤が選んだギミックは……「今だ! 後ろに乗れ!」高橋師範を乗せて逃げるために、ベンダーをバイクモードに変形させることだった。バイクを駆りながら、後藤は無線通信を使ってベンダー隊に連絡を付けようとするが、非常回線の電子メッセージへと繋がるばかりで、一向に連絡は取れそうにない。先日グリードによってベンダー隊員の一部が記憶を読み取られたために、敵に知られた可能性のある回線を全て閉鎖したのが、完全に裏目に出てしまったのだ。バースドライバーを持っていた伊達という男は忽然と姿を消してしまっており、頼ろうにも居場所が分からない。加えて、ライドベンダー隊も壊滅的な被害を既に受けている。つまり、鴻上財団には頼れないという事だ。そして、世界を守りたいという欲望を抱く後藤としては、ヤミーを放置するつもりも無いが、自身の力ではヤミーに歯が立たないという事も良く分かっていた。仮にもオーズの能力確認に付き合った後藤は、彼らの能力がどれだけ人間離れしているか、誰よりも知っているのだから。だがしかし、彼がこの程度で諦める男ならば、彼が5103という愛称まで作られることなど有り得ないのだ。最近改めて世界を救う決意を固めた後藤の「絶対に諦めない」スピリットは、30分前の番組の天使達にさえ匹敵するだろう。火力が足りないなら、補えば良い。……オーズか魔法少女の力を、借りて。後藤は、知らない。夢見公園もまたグリードの襲撃を受け、壊滅していたことを。そして、その爪痕の深さなど……知る由も、無かった。・今回のNG大賞「あたし達の魂は、この石っころの中に入ってんのよ……っ!」「ソウルジェムにサイダーを飲ませれば、ゲップと一緒に出て来るさ!」File. もしもシリーズ構成が浦沢義雄だったらpart1・公開プロットシリーズNo.61→後藤さんの覚醒は大して遠くない。さやかも別の意味で覚醒しかけているけど……