「……というわけなんです」「お前……なんていうか、使えない奴だな……」流石にその反応は酷いです、としか言い返せなかった。昨日のヒポグリフ戦についてトーリが見た情報を杏子に伝えた結果が、それだったのである。とは言っても、公園とクスクシエの間を往復していたため、移動時間中に見逃したシーンの方が重要だったりするのだが。見逃した内容を具体的に言えば、眼帯の魔法少女がマミのソウルジェムを持ち去ったことや、オーズがプトティラのコンボを使ったことなどである。オーズ関連の知識も洗いざらい話してしまった辺り、何気なく口が軽いヤミーではあるものの、睨みを利かせる杏子に怯えてあっさりと吐いてしまったのだ。このヤミーは嘘を吐くことも多いが、何を差し置いても自分の身が可愛いという正直さだけはウヴァさんから受け継いでいるのである。尚、マミと一緒にベッドに寝かされている美樹さやかの脈拍と呼吸は、一応杏子が確認してみたということを補足しておこう。何やら魘されているようだが、命に別状は無さそうなので寝かせておこう、とトーリは思っている。「よし、そういうわけだから……」杏子もおそらく同じことを思っているのだろう。さやかが寝かされているベッドにゆっくりと手をかけ、「よいせーっ!!」「何してるんですか!?」引っくり返した。二人が同じことを考えていると思ったのは、全面的にトーリの気のせいだったらしい。宙に放り出されたマミとさやかの姿を見て、トーリが咄嗟にマミの方を受け止めてしまったのは……きっと、人望の問題である。杏子によって一通りの処置が施されているために、その死体が大した硬さを持っていないのが唯一の救いだった。「ぐえっ!!?」一方のさやかは、潰れたカエルのような声をあげながら、クスクシエの木製の床へと真っ逆さまに落下した。屋根裏部屋の床にさやかの身体全体を打ち付けることによって意識の覚醒を促したのは色々と流石だったが、もう少し他に方法は無かったのだろうか。「何してるも何も、お前の情報が役に立たないからコイツに聞くしかないんだろうがよ」「う、ううん……?」「ワタシのせい!? さやかさん! 大丈夫ですか!?」この時、まだ意識のはっきりとしない美樹さやかは、トーリの掛け声が物凄く胸に沁みた……らしい。ひょっとすると、色々と悲惨な目に遭っている平行世界の美樹さやか達が、他人からの優しさに飢えていたからかもしれない。その相手がクロス作品のオリ主様でしかも怪人という特大地雷女な辺り、色々と救われないのかもしれないが。「ここは……」「クスクシエですよ」頭がぼんやりしているらしく、焦点の合っていない目で二人を見つめる美樹さやか。トーリの見た限りではさやかは戦闘後に一度も目を覚ましていないはずなので、頭が混乱しているのはそのせいだろう。「寝坊助。ガムでも食うかい?」「ん。ありがと」寝癖の付いた頭をさすりながら、さやかは差し出された固形物を素直に受け取る。ハッカはそんなに好きじゃないから良いんだよ、なんて呟いているその人物が誰だか把握できていないらしい。鼻を通り抜けるような香りが、少しずつ意識の覚醒を促してくれた。「……っ! そうだっ! マミさんは……!」ようやく頭が回り始めたらしいさやかが、目の前のトーリへと唐突に問いかけた。おそらく、自身の記憶が途切れた辺りまでの情報を思い出したのだろう。「マミさんなら、居るには居るんですけど、何と言ったら良いのやら……」直後、歯切れの悪いトーリの言葉を聞いて、部屋の中を見回したさやかは……すぐに、見つけた。育ちが良さそうな巻き髪、それ以上に育っている羨ましい胸部……そして、眠ったように死んでいる、表情の無い顔。「あ、ああ……っ」急激に、頭に血が駆け上る。……目の前の先輩は、死んだように眠っているんじゃなくて、眠ったように死んでいるんだ。そのことが、受け入れ難い事実としてさやかの頭を駆け巡る。赤毛の魔法少女を助けて、幻獣に挑んで、一度は勝利を確信して。……なのに。いっそ、昨日の戦いが全部、夢だったら良かったんだ。マミさんがソウルジェムを奪われたのも、魔法少女が死体なのも、眼帯の魔法少女に手も足も出せなかったのも、みんな、全部。「お、おい! しっかりしろっ!」「う、ああああああっ!!」だから、この赤毛の魔法少女が居るのも、おかしいんだ。……こいつが居るのは、絶対におかしいっ!支離滅裂な思考と共に、型も何もない拳を、突き出してしまう。悪夢の住人を葬り去るという錯乱と現実逃避を抑えることさえ、出来ずに。「何しやがるボケっ!」さやかがやっと覚醒した目で見たものは、綺麗にクロスカウンターを合わせている目つきの悪い女の子の姿で。脳を揺さぶられる感覚と共に、頭に登った血が、一気に下ったように思えた。ただ一つ問題があるとすれば、「あたしってホント、こんなのばっか……」カウンターの威力が強すぎて、さやかの意識が再びブラックアウトしたことぐらいだろうか……「杏子さん!? 貴女、一体ここに何をしに来たんですか!?」「う、うるせーっ! 手が出ちまったモンは仕方ねーだろ!?」女が三人集まると書いて姦しいと読む、らしい。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第五十九話:伊達姿鎧男特大の炎弾が敵へと直進し、爆炎と共に敵の姿を覆い隠す。だが、敵の姿こそ一瞬だけ見失ってしまったものの、そこに油断を挟む暁美ほむらではない。何処かのホントバカな彼女ならば『やったか!?』の一言でも挟みそうな状況だが、こと戦闘中のほむらさんには、基本的にギャグ補正は働かないのである。案の定、「よっ!」巨大化した左腕を振り回すバースの姿が、散らされた爆炎の中から現れた。着弾音に掻き消された電子音声は、きちんと告げていたのだ。『ショベル アーム』バースの装備の中で数少ない、防御の用途にも使用可能な左腕の顕現を。巨大なスパナを思わせる、先が二つに分かれた頑丈なその爪は、バースの数多のユニットの中でも最大の出力を誇っているのだ。「……っ!」ほむらが小出しに炎弾を打ち出してみるも、バースは左手を盾にして全速力で迫る。自らのショベルの重さと正面から当たる炎弾の威力によって速度を削がれているとはいえ、その体当たりを喰らってはまずいことなど、考えずとも分かることだった。とっさに横っ飛びに直線状から外れて事なきを得たものの、相手の純粋な攻防力にはうすら寒いものを感じてしまう。……だからこそ、暁美ほむらは相手を決して侮ったりしない。そのとき、伊達明は確かに、視認した。距離をとりながら暁美ほむらが……両耳を、覆う姿を。そして次の瞬間には、自身の両足が地面から離れてしまったことも。ほむらが居た場所に置いていった爆弾が、時間差を以て起爆したのだ。一瞬、バースの集音機関が防御機構を働かせ、スーツに入ってくる音が消える。伊達が自身の滞空状態を把握できたのは、ディスプレイ内に備えられていた高度の項目であった。カッターウィングの存在意義を知らない伊達には、そもそもその表示が何のために用意されているのか全く分からないが。そして、当然のごとく空中姿勢を整えられず、バースは汚い縦回転を維持したまま宙を舞っている。更に、地上では非常に好ましくないことが、起こっていた。バースの落下地点の付近まで回り込んだ暁美ほむらが、左腕の盾に力を貯めて何かの行動を起こそうとしているのだ。その内容は伊達には『何か』としか分からないが、周囲の空気が歪むほどの熱を漏らしているその円盾は、伊達に本能的な危険を喚起していた。ほむらとしては、これだけ貯めた炎を一度に喰らわせれば、相手が死んでしまうかもしれないという思考は、存在する。もちろん、相手を尋問して鹿目まどかの行方を聞き出すという目的はあるのだが……現時点で、この鎧男の仲間に鹿目まどかを人質として使わせないために、こいつを戦力と孤立させることにはすでに成功している。加えて、最悪でも自分の命があればまたやり直せるという発想が存在するのもまた、事実なわけで。自分や鹿目まどかに悪さを働いた目の前の鎧男に対する同情など、ほむらの頭には一欠けらも残されていなかった。まずい。「このままだと、一億稼ぐ前に葬式代がかかっちまうなぁ……」いや、それはまだ良い方だ。最悪、灰も残らずに焼き消されて、死んだことを誰にも気付いて貰えないかもしれない。正直に言って、伊達はこの戦闘に関しては全く乗り気では無かった。最初にショベルアームを選択したのも、ほむらの左腕ごと盾を掴み、そのまま絞め技に持ち込んで征するという目算を持っていたからであったのだ。だがしかし、相手はそんな甘い考えの通じる相手では無かったらしい。ショベルアームの重量を利用して何とか身体の回転を抑えつつ、ようやく伊達は身体が上昇を終えているのを感じ取っていた。相手を傷つけずに征するのは無理だ、と判断しながら。「仕様がねぇ!」『ブレスト キャノン』速やかに取り出したセルメダルを一枚だけ使用し、胸部へと現れた物は、巨大な砲台。そして、それを過去に見たことがある暁美ほむらは、今更そんなものを見せつけられても怯むことなど有り得ない。そこに連続でメダルを投入することで出力を増強することも出来るのだが、今回はそんな時間は無さそうである。従って、伊達のとるべき行動は、「即断あるのみ、だ!」抜き射ち以外に有り得なかった。そして吐き出される、一閃。威力よりも早さを求めて描かれる、一本の直線軌道。それが、暁美ほむらに襲い掛かった光帯の性質だった。もしも暁美ほむらがその武器を初見だったなら、喰らってしまっていたに違いない。というか実際に、時間停止という心の隙があったとはいえ、真木博士にそれを見せられた時には肩口に良い一撃を貰ってしまっているのだ。咄嗟に飛び退いたほむらには、その砲撃は命中しなかったが。だがしかし、バースの着地地点を予想して待ち構えていた暁美ほむらにとって、砲撃の反動を受けたバースと後退した自身の距離は、詰めるのが困難なものとなってしまっていた。みすみす着地を許してしまった相手の姿に歯噛みしながらも、ほむらは次の一手を打ち続ける。咄嗟に愛用のマシンガンを取り出し、炎の力を温存したままの攻撃を試みるが、『ドリル アーム』案の定、牽制程度の意味しか発揮されず、装甲に火花を散らせながらバースは突撃を敢行して来る。その右腕に出現した獲物は攻撃専門らしく、銃弾の防御に使おうという発想は無いらしい。そして、それはほむらの思うツボでもあった。炎弾も遠距離攻撃である以上、距離による威力の減退が無いわけではない。従って、近距離から強大な炎弾を打ち込むことによって敵を確実に消し去るという戦法は、充分に有り得るものだ。直線的に刺突攻撃として繰り出されるであろうドリルの軌道を予測し、それに合わせて左腕からの劫火で一気に勝負を決めれば良い。そんなほむらの思考を知ってか知らずか、鎧男は腕を構えて、不揺の直進を見せている。鎧男と自身の距離が詰まりつつある、そんな時。ほむら選んだ手段は……自分から前に走り出して敵の攻撃のタイミングを外し、さらに早い一撃をぶち込むことだった。足に力を込め、ほむらが前進しはじめたのと……それは同時だった。「とうっ!」「!?」走り込んでいたバースが、上方に向かって跳び上がったのは。ご丁寧に空中で前方向に一回転まで行って、突き出されたほむらの一撃を綺麗にかわし切っていたのだ。渾身の一撃を外し、前のめりに転びそうになってしまったほむらは、驚愕に染まる思考を何とか再起動しようと必死に自身を急かしていた。自身の背後に着地したバースがその右腕を振りぬけば、ほむらはあっという間にミンチになってしまうのだから。ハチの巣になったキュゥべえという気味の悪い図が、ほむらの脳裏を過る。暁美ほむらは、まだ死ぬわけにはいかないのだ。円盾を身体の前面に翳したまま振り返るという防御の選択肢を取ったほむらは、決死の覚悟でその小さな身体を反転させる。その瞳に映ったものは……「何処に……?」誰でも、無かった。先程までほむらと戦っていた鎧男の姿は何所にも見当たらず、ほむらの身が貫かれるというスプラッタなイベントも起こっていない。奇襲を恐れたほむらが周囲に注意を回し続けるものの、やはりその一帯には何物の姿も見られない。訳が、分からない。だが、何が起こっても不思議では無い、と暁美ほむらは思う。あのベルトにメダルを入れて使っていたのだからメダル絡みの技術なのだろうが、あれはどう考えても魔法に匹敵するオーバーテクノロジーの結晶である。ならば、光学迷彩やそんなチャチなもんじゃない何かを搭載していることだって十分にあり得る。身を低く構えて周囲を見回し続けるほむらが敵の逃亡を確信したのは……それから数分の後のことであった。暁美ほむらには、分からない。あの鎧男の意図が、全く読めないのだ。初めて出会った時は、『俺は一回撃たれたら負けを認めるぞォッ!』なノリで。二回目は、まどかに手をかけようとしていて、なのにその鹿目まどかに庇われて。そして今は、ほむらが完全に相手を見失っているというのに、狙撃もせずに帰って行った。暁美ほむらは、困惑するばかりである……ほむらは、気付かなかった。バースの砲撃によって地面に空けられた穴が、少しだけ大きくなっていたことに。そして、その奥に繋がる道が掘られていたことにも。常識的に『ドリル』という装備の用途を考えれば、思いついても不思議では無い。ただ、バースがドリルを取り出した理由が攻撃のためだという思考の固着が、発想の自由度を下げてしまったのだ。削岩を目的とするその工具を使って地中を突き進むバースを、結局暁美ほむらは見逃してしまったのだった……「まったく、中坊との喧嘩なんて仕事、受けた覚えは無いんだが……」その呟きに応えるものは……誰も、居ない。・今回のNG大賞「寝坊助。ガムでも食うかい?」「味の無いガムを噛んでる、みたいな……」寝起きに唾液の出辛い人間が起き掛けにガムを口にすると、全くガムが柔らかくならない。そのため、原作終盤の火野映司の状況を追体験できるのだ……という作者の失敗談を追記しておこう。・公開プロットシリーズNo.59→もし自分の死が目前に迫ったら、伊達さんは中学生相手でも本気で戦うだろうけれども……