火野映司が眠っている場所は……河原だった。ホームレス御用達の場所であり、その水辺には映司も何度かお世話になったものである。もっとも、そのチョイスは彼自身のものではなかった。なぜなら、映司は昨日赤いメダルのコンボを使用して以来、一度も目を覚ましていないのだから。河原を選んだのは……彼と共に在る、一体の怪人の判断である。「まったく、面倒くさいことばかりだ……」とある大きな石橋の下に出来た陰に潜む、小柄な姿の子供の口から、その言葉は漏れた。溜息と苛立ちを少しずつ含んで、川の流れに向かって、負けたヒーローを放り捨てるように。もちろん飽く迄比喩であって、実際に映司を投げ込むことなど実行しないが。自身と映司らの身を隠しながら今後の事を思案する、鳥類の王、アンク。それが、鹿目まどかという少女の身体を借りたグリードの、名前だった。何故アンクが映司の傍を離れないのかと言えば、全てロストが悪いのだと答える他無い。昨日の戦闘後にアンクがロストの意識コアを取り込もうとしたところ……それは起こったのだ。何と、自我も確立していない分際で、ロストは他の赤メダルの力を借りてアンクを吸収し返そうとしてきたのである。爆殺される直前に意識コアへと周辺のセルメダルからの力を蓄えたのだろうが……コイツは何所まで執念深いんだと思わずには居られない。そのことに少しだけ肝を冷やしたアンクが利用することを思いついたのは、やはりと言うべきか案の定と言うべきか、結局オーズだったのである。アンクは、800年前にオーズドライバーを使っていた王から、そのベルトの幾つかの機能を聞いたことがあった。そして、その中に現在のアンクのために役立ちそうな機能があることを、アンクは覚えていたのだ。その機関の名前は……『オーメダルネスト』である。ベルトの、オーズから見て左手側に装備された、メダルを収納するための円筒がそれに該当する。現在、気絶しながらもベルトを装備している映司の腰部には、確かにその部品が実体化していた。実は、原作においては使われる気配さえ見せなかったこの箱にも、存在する意味があるのだ。アンクが昨日からしきりに視線を向けたり離したりを繰り返しているその箱には……現在、アンクとロストの意識コア以外の5枚の赤メダルが収められている。そして、その箱の機能とは……メダル同士の共鳴を防ぐことである。もともとは、メダルの器としてあまり出来が宜しくなかった800年前の王が欲して付けさせた装備だったのだろう。メダルの使い過ぎによる暴走に殆ど縁の無い映司は、この機能を全く必要としなかったのだが……それが今、アンクのために役に立つこととなったのだ。アンクがロストのコアを1対1でじっくりと吸収している間、他の赤いコアを遠距離に隔離して放置するのは紛失の危険が高い。かと言って、ロストが他の赤メダルの力を借りようものならば、アンク自身の身が危ない。それならば、気絶しているオーズにとりあえず持たせて近くに置いておくことは、最も安全性を重視した作戦だと言えた。アンクのその判断によって困っている人間は、おそらくまどかの捜索願を出している鹿目家の住人と、暁美ほむらさんぐらいのものだろう……。「こいつが目を覚ましたら、どうするんだろうなァ、俺は……」呟きもやはり、川の流れに消えて行った。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第五十八話:第一発見者を疑え佐倉杏子が足を運んだ先は……お察しの通り、多国籍料理店の屋根裏に位置する、小部屋だった。目的はもちろん、巴マミに会って、魔力が無限な魔法少女様の情報を聞き出すことである。あっという間に一階の料理店を抜けて階段を上り、一応の礼儀としてノックを行ったところ、扉を開けて顔を見せたのは……「こんにちは……どちら様でしょうか?」見覚えの無い、女の子だった。魔法少女という生物には何処か『自信』とでも呼ぶべきものが溢れている、と佐倉杏子は思っているのだが、目の前のコイツにはそれらしいものを感じない。杏子たちと同い年ぐらいの普通の子供だ、としか思えないのだ。「アタシは佐倉杏子ってんだ。知り合いを訪ねて来たんだけど、巴マミって、ここに住んで無いのか?」これはガセネタを掴まされたか、という気配が、既に強く匂い始めていた。だが、あの黒い長髪の魔法少女も無限の魔力の謎に興味を示していたのだから、意図的に嘘を伝えるとも考え辛い。思考のドツボに陥りかけていた杏子だが、とりあえず目の前のコイツの返事を聞いてから考えようと思い直せる辺り、頭は柔らかいと見える。「今、眠ってるんですけど、起こしましょうか?」……ハズレでは、無かったらしい。よく見れば、屋根裏部屋の奥の角に設置してあるベッドから、見覚えのある巻き髪がはみ出しているのが分かった。間違いなく、お目当ての人物のものである。「ああ、頼む」そして……この時点で既に、別の嫌な予感が杏子の胸の中には生まれていた。今現在は、中学生は中学校に居るはずの時間であり、所謂『良い子ちゃん』な巴マミが寝坊しているなどということは、杏子としては考え辛い。小間使いの見知らぬ女の子の態度から暗さを感じないのが唯一の救いだが、それでも沁み出してくる不安らしき影が、胸の中には確かに巣食っていて。「マミさん? 起きてください。お客さんですよー?」揺さぶられても全く起きる気配を見せない巴マミの様子を目の当たりにして、その予感はさらに強くなる。段々と揺さぶる力を強くしてみるトーリだが……一向に、巴マミが目を覚ます気配は、無い。ぺしぺしとマミの頬を軽く叩いてみたり、耳に息を吹き込んだりしている能天気なそいつは、まるで異変を感じていないらしいが。そして……事は、起こる。どすん、という鈍い音が、杏子の意識を現実へと引き戻したのだ。「……あ、れ?」落ちた『もの』は……巴マミ、だった。ベッドから転げ落ちても身じろぎ一つ見せない巴マミの様子に、トーリも若干の違和感を嗅ぎ取り始めたらしい。「入るぞ!」答えは、聞いていない。トーリが何か言葉を返したか、そんなことは完全に佐倉杏子の意識の外に出てしまっていた。見えざる手に押されるように部屋の中に踏み込んだ佐倉杏子が最初に手を触れた、もの。それは、貨幣のように冷たくて。でも、佐倉杏子にとっては懐かしい、絶対に思い出したくない感触で。その温度と対になるように、胃の中からは熱い何かが喉まで登って来てしまっていて。先程まで口にしていたものが、腹の中に溜まらないガムで本当に良かった、なんて場違いなことを考えてしまって。すぐには、現実を受け入れることが出来ずに居た。「こいつ……死んでるじゃねーか……っ」握られた巴マミの手の感触は。かつての佐倉家の面々のそれと、同じだった……一方、佐倉杏子と別れた暁美ほむらさんはと言うと……「……ここ、ね」無事に『目的地』へと辿り着いていたりする。その場所に鹿目まどかが居るとも思わないが、情報を得るための通過点としては、充分に期待できるはずだ。その施設とは、――鴻上財団だ。これで満足かい?鴻上財団の本拠地ビルだった。先日の鎧男が口にした情報として有用そうなものが、それしか無かったためである。だがしかし、その建物に足を踏み入れる前から、既にほむらはその場所の放つ異様な空気に呑まれていたりする。具体的には、映像の合成用素材を撮るために使われそうなブルーシートや漂う焦げ臭さが、暁美ほむらに圧迫感を与えていたのだ。そして、都合の良いことに……ちょうど、建物の入り口付近で二人の男が会話を交わしているのを、盗み聞きすることが出来た。一人は20代前半程度の若い青年で、もう一人は30歳前後と思しきガタイの良い中年男である。青年が言うには、昨日この建物は、メダルの怪人であるグリードによる襲撃を受けたのだという。そのグリードたちは、失われた彼らのコアメダルが鴻上財団に隠されていると見込んで襲ってきたのだということらしい。もっとも、グリード達は結局、何の収穫も得られずに帰って行ったのだが。「……で実際、そのコアメダルってのは、財団にあるわけ?」「俺は見たことがありません。でも、会長なら見つからない場所に隠しているか、出張先まで持って行っても不思議では無いですね」実は鴻上財団本社ビルの地下には、大量のメダルが眠る隠し部屋があったりするのだが……そんなことは、この場の誰一人として知る由も無い。若い男から電話の端末を受け取って誰かとの通話を始めた中年男の様子から少しだけ思考を外して、ほむらは今後の事を考えていた。普通の強面の自営業の方々の施設に潜り込むならば、時間を止めてしまえば良いのだ。しかし、この鴻上財団は明らかに普通ではない。メダルという超常の物質を扱っているのも気になるが、それ以上に、鴻上財団の配下には時間停止を無効化出来る鎧男が居るのだ。よって、この場で時間を止める行為は、むしろ敵にほむらの潜入を教えるようなものである。だが……よくよく考えてみれば、時間停止によって実行できる諜報活動は、紙を用いた書類上のものに限られているのだ。一応、データチップやUSBメモリの形になっているならば持ち出す意味はあるものの、PCの内部に隠されたデータを持ち出すことは基本的に不可能なのである。従って、むしろ鎧男を直々に呼び出して、炎で適当に痛めつけて情報を得た方が早くて確実なのではないか?そもそもあちらには暁美ほむらの面が割れているのだから、ほむらが隠密行動をする理由も限られるというものだ。思い立って直後に円盾を具現化し、その中を移動する時の砂の流れを止めることによって、時間を静止させた。そして……意外にも、目的の人物はほむらのすぐ近くに居たらしい。何もかもが動きを止めた世界の中でそいつを見つけるのは、あまりにも簡単だった。何も音を発しなくなった通話機の送信部を連続で叩いたり壁にぶつけてみたりという不審な行動を見せている中年の男の姿が、暁美ほむらの視界に入ったのだから。盾から漆黒に輝く凶器を取り出し、ほむらは覚悟を決める。奴から情報を聞き出すためには、とりあえず適当に痛めつける必要がある、と。であるからして、暁美ほむらは狙撃用の銃を取り出し、中年男の脚部に狙いを定め、とりあえず移動を封じるための銃撃を試みた。……のだが。「のわっ!!?」あと一歩の所で暁美ほむらの方に振り返ってしまった中年男は、ほむらを視認してしまったらしい。これは殺気や直感という超絶スキルの賜物ではなく、静まり返っている停止時空の中では銃の安全装置を外す程度の音でも響いてしまうからだったりするのだが、それはさておき。咄嗟に飛びのいた伊達明が見たものは……自身が立っていた場所に着弾する、物騒な金属片だった。そして下手人の姿も、既に確認している。「言ったよな、お嬢ちゃん? 火遊びは程ほどにしとけ、ってよ」いくら伊達明といえど、こればかりは肝を冷やさざるを得ない。前振れがあったとはいえ、人間の命を簡単に奪ってしまう凶器による発砲を受けたのだから、当然である。どう考えても、女子中学生の悪戯として笑って済ませられるレベルは超えてしまっている。未だ変身こそしていないものの、既にその腰にはバースドライバーを巻き終えて戦闘の準備を整えていた。だがしかし、その直後にも伊達の予期しなかった光景が、目に飛び込んでくる。小さな背中を見せながら……魔法少女は、逃亡という意外な行動をとり始めたのだ。そして、彼女を追って町中を走りながら、世界に起こっている異変をようやく理解し始める。音が、無いのだ。人間の口から洩れる吐息も、風が吹き抜ける唸り声も、上空の飛行機のソニックブームも、野良猫の足音さえも。伊達に通話機を用意してくれた青年もその動きを停止し、物騒な女子中学生と伊達以外に動いているものが存在しないのである。この時空間の中ならば、軌道エレベーターを駆け上って宇宙まで行くことだって出来そうだ。尚、その場合は体感時間で一か月以上かかるはずなのだが……気にしたら負けなのだろう。おそらく。「どうなってんだ、こりゃぁ……」そして、ひょこひょこと揺れる女の子の長い後ろ髪を追いながら、伊達は更なる違和感に気付いていた。いくら女子中学生と成人男性の身体能力差があるとはいえ、見滝原という都市に土地勘の乏しい伊達を振り切れないのも奇妙な話だ、と。というか、緩急を付けて走っているところを見ると、まだ全速力を出しては居ないのかもしれない。伊達としては、この凍りついた世界に放置されることだけは何としても阻止しなければならないので、結局暁美ほむらを追うことに変わりは無いのだが……それが罠だと確信したのは……伊達が彼女を追って足を踏み入れた草原の奥に待ち構えている、暁美ほむらの姿を確認した、その時だった。そして、暁美ほむらに釣られて伊達が立ち止まると同時に、周囲の世界が再び喧騒に包まれる。付近に人間が殆ど存在しない平原の真っ只中でもはっきりと分かるほどの、都市で生活する普通の人間の気配だった。一瞬、周囲に待ち伏せをしている人間たちが居たのではないかという錯覚に陥った伊達だったが、辺りを見回してもそれらしい影は見当たらない。おそらく、音の無い世界から解放された反動で、はるか遠くに生きる人々の生活音を拾ってしまったのだろう。だがしかし、相手が罠を張っていたのだという予感は、やはり消えない。「こんな素敵な場所に招待して、俺に何か用かよ? 聞きたいことは昨日全部聞いただろう?」ここより素敵な場所は本当の地獄しかあるまい!……とまで思っているわけではないものの、付近に散らばる空薬莢や焦げた土は、過去にもこの場所で戦闘があったことを匂わせている。伊達は、知らない。まさにこの場所が、暁美ほむらと『バース』が初めて相対した場所であることを。「…………そうね。私たちにとってここは、『素敵な場所』かもしれないわね」人と人との出会いは新たな何かが誕生する前触れでもあるッ!……などとはこちらも思っていないのだが、この場所で起こったことを思えば、暁美ほむらも彼女らしくない皮肉の一つでも返してみたくなるというものだ。その時の記憶は、忘れるはずもない逃げ延びようとするほむらを、バースが追ってきて。久方ぶりに、『死』を意識させられて、全ては起こったのだ。心の底から燃えがるような昂ぶりと、それを具現化する新たな能力。先日は縋りつくまどかの声によって冷めていた熱も、今は十分に溜まっている。「何なんだ、一体? 俺がお前に何かしたってのか? 話してくれねえと、さっぱり伝わらんぞ!?」何を白々しい事を、と暁美ほむらは思ってしまう。昨日は魔法について聞かれても知らぬ存ぜぬと言い張ったくせに、今日は確りと時間停止を掻い潜っているじゃないの、と。目の前の中年男が大法螺吹きであることは、もはや揺るがない確信となりつつあった。「それなら、あの後彼女がどうなったのか、教えなさい。素直に言えば、今は退くわ」「彼女って昨日のカナメちゃんの事か? 『どう』も何も、あれっきり会ってないが……」まさか、疑うことも出来なかった。伊達明という男の口から出た言葉が全て本音だったなどという事は、頭の片隅にほんの少しだけ残っているというレベルでしか無くて。かつての真木清人博士が現在の伊達の持ち物の一つへと施した『とある仕掛け』によって、時間停止への抵抗力は生み出されているのだという事に気付くには、あまりに情報が不足し過ぎていた。そして、伊達自身さえもその恩恵に気付いていないなどということは、夢にも思わなかったのだ。「……どうして、貴方には私の魔法が効かないの?」それでも、昨日と同じ問いを繰り返してしまったのは。やっぱり心の何処かで、鹿目まどかの庇った人の事を信じたいと思って、しまったからだった。だがしかし、ほむらの言う魔法というのが先程のヘンテコな空間だと理解した伊達でも、知らないものは答えられないのだ。「心当たりが無い。ひょっとすると、体質の問題とかで効かないんじゃ……って、見るからに納得してねぇな」時間停止などという常識外れの魔法を体質の一言で片づけられては、ほむらさんの立つ瀬が無いという物である。ここは、デンライナーやキングストーンが存在する世界では無いのだから。「貴方の言葉は、信用できない」暁美ほむらは、思考をただ一つに絞るために、雑念を振り払う。考えるべきは、この相手を死ぬよりも辛い目に遭わせて、鹿目まどかの行方を吐かせることだけだ。古めかしい言い方をするならば、トサカに来ている、というヤツである。別に、赤メダルを取り込んだことによってほむらさんが鳥頭になっているだとか、そんな話ではない。「……仕方ねぇ。お尻100叩きぐらいで勘弁してやるぜ、お七ちゃん!」そして……伊達も、こんなところで死ぬわけにはいかないのである。職業柄、生命の奇跡というものに立ち会うこともある伊達は、だからこそ誰よりもその重みを知っている。その中でも何より自分の命が大切だと言いきってしまえる伊達に……目の前の中学生に殺られるという選択肢など、あるはずも無かった。「変身っ!」伊達がメダルをベルトに投入して再度レバーを回した、次の瞬間。燃え盛る炎の壁が……『仮面ライダーバース』の前に立ちはだかっていた。・今回のNG大賞時間停止によって国際電話を邪魔された伊達さん。受話器で壁を連打してみたり、叩きつけてみたりするものの、機械はウンともスンとも言わない。「ありゃ、電話切れちまったか?」「それよりも、時間が戻った時に電話相手の鼓膜が大変なことになるわよ……?」まぁ、あの会長なら平気だろう。多分。・公開プロットシリーズNo.58→なんだか最近、敏鬼先生が夢枕に立ってるような気がするんだ……