拘束の帯が、光の泡となって消えていく。その光景は、この世のものとは思えないぐらい、幻想的で。それなのに美樹さやかは、それを直視することが、出来なかった。何故なら、その緒に縛られたモノを打ち砕く逆転の一閃が、「マミ……さん……?」放たれなかったのだから。大口径のマスケットがリボンへと戻り、虚空へと消えていく最中、巴マミは身動ぎ一つ見せなかった。そして、何が起こったのかは分からずとも、その現象の原因については、美樹さやかには『見えて』いた。とんでもない速さで巴マミに迫った黒い魔法少女が、マミの頭部に備わっていたソウルジェムを強奪したのを、美樹さやかは視認していたのだ。「やあやあ。流石現役最強の一角だね。あのまま撃っていれば、おそらく倒せただろう。誇ると良いよ」まるで、一人芝居のように。演技のかかった大げさな振る舞いで、黒い魔法少女は言葉を紡ぐ。その右目に張り付いた眼帯のせいで表情が読み辛くなっている筈なのに、美樹さやかにははっきりと分かった。……コイツはこの状況を楽しんでいる、と。そして、警戒を強めようとしたさやかの視界の端に移った光景が、さらにさやかを困惑させる。巴マミが……その身体を地に着けていたのだ。まるで、糸が切れた操り人形のようにぐったりと倒れ、起き上がる気配も見せない。「マミさんっ!?」無我夢中で巴マミの元まで駆け付け、その身を抱き起す。その手で治癒魔法を使おうとして……見て、しまった。巴マミの、眼を。それは、つい先程まで絶対に自信に溢れていて、説明しなくてもさやかを撤退させる光があって、どんな怪物だって射抜く未来を見ていて……それ、なのに。「死ん……でる……?」治癒魔法で身体の傷を治しても、揺さぶって声をかけても。巴マミの眼は見開かれているのに、そこには美樹さやかの姿が映っていない。瞳孔が、開いていた。「お前……っ」そして、さやかの感情のはけ口となるべき人物は、この場に一人しか存在しない。「何で……どうしてマミさんを殺したんだよぉぉっ!!」無意識のうちにサーベルを取り出し、それを片手に眼帯の魔法少女へと肉薄する。腹の底が沸き立って、頭がガンガンと痛んで、目の前の相手しか、見えない。魔女狩りの時の興奮と似ているようで、まるで血のざわめきの違う、感情。美樹さやかの、生まれて初めて人間に対して抱く『殺意』だった。「おっと、凄い凄い! キミ、実は結構な才能あるんじゃないか? 巴マミの後釜が務まるかもね!」「だ、ま、れええええええっ!!!」二本のサーベルを本能の向くままに動かし、これまでに無い速さを以て腕を振るう。今の自分が勝てない筈がない、としか思えなかった。だから、目の前の現実の方が、おかしいんだ。……自分の攻撃が、一筋たりとも掠らないのは。「あと、巴マミなら、私は殺したわけじゃないよ」何処からともなく長く鋭い爪を生やしながら、眼帯の魔法少女は、告げる。さも、当たり前の事と言わんばかりに。「本体であるソウルジェムと肉体の接続を切り離してやっただけ、さ」「何言って……うぇっ!?」相手の取り出した鋭利な爪に意識を向けてしまったさやかが、その腹部を足蹴にされて突き飛ばされる。そして、再び距離を詰めることを急かす身体とは裏腹に、頭の中ではそいつの言葉がぐるぐると渦巻いていた。ぷらぷらと巴マミのソウルジェムを爪の間に挟んで弄んでいる、眼帯の魔法少女。そいつの嗜虐的な笑顔が……ひどく、不愉快だった。「私達の身体は死体に過ぎないってこと。ソウルジェムがヤられない限り、魂は滅びないのさ」「死……体……!?」理解が、追い付かない。コイツは……何を、言っている?……だって、あたしは、美樹さやかは、動いて、生きてる、じゃない?だがしかし、さやかの脳裏をよぎったのは、何も映していない巴マミの瞳で。「さて、私としてはキミで暇を潰すのも悪くは無いけれど、キミにはそんな余裕は無いだろう?」「待……っ」さやかがその声を聞いた次の瞬間には、地響きが再び辺りを支配していた。残像を置き去るほどの速さで消えた黒い魔法少女が先程まで立っていた地点が、踏み鳴らされて瓦礫へと変わる。巨獣が再び、その猛威を振るい始めたのだ。そして、その標的は、「ひっ……!」新米の魔法少女、ただ一人のみ。そいつの、失われた右腕が。そいつの、鋭く貫く眼光が。そいつの、赤く暗い面影が。どうしようもなく、連想させてしまっていた。「う……ああああああっ!!?」かつて自分自身が『死』に追いやった一体の怪人の、存在を……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第五十四話:さらば戦友よ「トーリちゃん! やっぱりここで降りるよ! 生きてたら、また!」ゆっくりと降下していたトーリに突然告げられた、言葉。その手を振り払い、彼は降りて行く。自身の『手』を伸ばす、ために。「変身っ!」『クワガタ トラ コンドル』昆虫を思わせる緑色の二本角に、獰猛な肉食獣のみに許された鋭い鉤爪が風を切る。その脚部には……火野映司自身も見たことの無い、何処か熱を感じさせる鳥類の力強さが、確かに在った。現在のオーズには、空中姿勢を取ることを可能とするパーツが、足りていない。頭部を地表の方面へとかざしながら落下していくその体勢は、一般人と何ら変わりが無いとしか言い様が無かった。視野の開けているクワガタのメダルがあるために状況の把握こそ出来ているものの、やはり動体視力と距離認知に長けたタカが欲しいところである。そう思っていた、矢先だった。足パーツの周囲の空気の流れに、異変を感じたのは。「これは……新しいメダルの、力?」足を動かすたびに、滑空出来るほどではないものの、姿勢を変えることが出来るのが窺えた。もちろん、コンドルの特性を理解出来なかったとしても、変身のために一度通したオースキャナーは休めることなく続けて使用する羽目になるのだが。『スキャニングチャージ』眼下で繰り広げられる蹂躙劇に、終止符を打つために。その狙いは……奇しくも、巴マミのそれと同じだった。そして、狂っていても自身の危機を敏感に察知した巨獣は……その頭上を、見上げている。一度、上空から美樹さやかによる襲撃を受けたからこその、反応だった。「セイ……」頭上から近づくオーズに炎弾攻撃を仕掛ける、巨躯の怪物。その弾幕をオーズは……ひたすらに切り裂く。両腕の爪の力を最大限に振るい、時に体自体が回転し、上下が逆転し……それでも狙いは、逃さない。いよいよオーズが肉薄しようという時になって振るわれた怪物の腕を、身体を捻ってすかし、「……ヤァッ!!」汚い横回転の加わった身体を強引に縦方向へとシフトさせ、無理やりにその踵を、『一点』へと叩き込む。深紅の残像を置き去りながら放たれる、オーズの基本色の中で最大の威力を誇るコンドルレッグの一撃を。怪物の足が地に沈み、その呻き声が廃墟と化した公園に木霊する。灰色の背部へと突き刺さっていた大剣が、オーズの渾身の一撃によって、その形状を失う。物質の構成が解かれ、拘束を失った魔力は宙へと散って行く。だがしかし、その役目は果たされていた。「よっ!」馬の側部を蹴って怪物との距離を取りながら、オーズは冷静に、状況を観察していた。気を失っていると思しき美樹さやかと巴マミは、先ほどの衝撃によって円環路の淵の付近まで吹き飛ばされている。彼女達の現在地ならば安全とも言い切れないが、運はさして悪くは無いようだ。「トーリちゃん! 二人を安全なところに!」映司の後を追って降りてきた魔法少女に任せれば、何とかなるだろう。「了解です!」そして何よりも僥倖なのが……暴走体の、現状だった。馬の背部から腹部にかけて、右側部の外皮が剥がれ落ち、内部のセルメダルが露出していたのだ。さやかの大剣をオーズの特殊技によってさらに抉り込んだ結果である。惜しむべきは、やはりオーズがコンボを成立出来なかったという一点だろう。巴マミの全開のティロ・フィナーレならば、足りていたはずだった。暴走体の胴体を上下二つに割るだけの、威力が。だがしかし、亜種形態でしか無いオーズには……その力さえ、無かったのだ。それでも……手を伸ばせる限り伸ばす。『火野映司』という男の立ち位置は、変わらないのだ。猛獣の雄叫びをも軽々と聞き流しながら、オーズは『メダル』を、取り出した。火野映司が少しだけ使ってみた感覚としては、コンドルレッグは脚力こそあるものの、回避性能は瞬発型のバッタやチーター程ではない。……つまり、怪物の体当たりを回避し切るには、心もとない。よって、オーズが選択した行動は……酷く、合理的なものだった。『トリプル スキャニングチャージ』……要は、近付かせなければ良いのだ。「ハァッ!」空間斬撃『オーズバッシュ』による遠距離からの堅実な攻撃。それが、オーズの選んだ答えだった。巴マミのティロフィナーレと異なり、『点』ではなく『面』を用いた斬撃が、怪物の急所を確実に捉えていた。……それでもなお、怪物はその雄叫びを収める気配を、見せない。実は、空間斬撃を行うオーズバッシュに対して、重力で空間を歪める能力を持っている怪物は若干の抵抗力を持っていたりするのだ。ガメルだけでは出力が足りなかったはずの防御能力を、ロストの膨大なパワーで補っているという構造が生まれているというわけである。それを差し置いても、万全ならばティロフィナーレさえ弾き返すその頑強さは目を見張るものがあるのだが。怪物は、破られた腹部からボロボロとセルメダルを零しながら、そんなことはお構いなしに身体を起こしてオーズへと向かってこようとしていた。だからこそ、火野映司は……躊躇わない。『トリプル スキャニングチャージ』怪物が加速を得る前に、オーズは装填と読み込みを、終えていた。刀身のスロットにセルメダルを投入する作業を、慣れた手つきで済ませたのだ。「セイヤァッ!」二度に渡る常軌を逸した攻撃は、着実に怪物のセルメダルを削り取っていた。だが、それでも……充分では、有り得ない。従って、火野映司のとる行動にもまた、手加減は有り得ない。『トリプル スキャニングチャージ』右手のスキャナを機械のように正確に動かし。『トリプル スキャニングチャージ』左手の剣を寸分たがわずに振るい。『トリプル スキャニングチャージ』時々飛んでくる炎弾を、回し蹴りで弾き返しながら。『トリプル スキャニングチャージ』回転する視界のなかでも、敵の姿を見失わずに。『トリプル スキャニングチャージ』ただ冷徹に、無比の暴力を叩きつける。『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』「ハァッ!!」火野映司は、緩やかに降下している最中に、トーリから聞いていたのだ。眼前の猛獣がいかに強大であるか、という事を。だからこそ、映司はトーリから、受け取っていたのだ。オーズバッシュ20回分……すなわち、60枚ものセルメダルを所持していたのである。何処に持っていたのだなどという野暮な突っ込みをしてはいけない。きっと、メダジャリバーを何処からともなく取り出す時のような特撮ヒーローのお約束が発動しているに違いない。かくして、オーズの猛攻は、ようやくひと段落を見せようとしていた。『トリ ル スキャニングチャージ』鬼か悪魔か、悪鬼か魔か。嵐のような連撃の最後を飾る、フィニッシュの一撃。怪物の巨体が揺れ、その膝が地へ落ちる。巨体とはいえ既にその体長は4メートルを切り、周囲に散らばったセルメダルを再吸収することも忘れて、怪物はただ敵意を払い続けていた。800年の昔からの強欲の王の天敵にして、自身も王。『オーズ』……その、存在に。一方の映司はといえば……先ほど嗅ぎ取った僅かな違和感の正体に、少しばかりの注意を払っていた。オースキャナーの読み込み音声が、若干不自然だった気がするのだ。だが、右手に握ったオースキャナーを観察してみても、不審な点は見当たらない。一度にこんな回数のスキャンを行うのは初めてだったので、誤作動でも起こしたのかもしれない、とは思っているが。そして……一瞬の隙が、死を誘う。「うわっ……!」先刻と変わらない速さを以て繰り出された体当たり攻撃が……オーズを的確に、捉えていた。おそらく、身体の出力自体は落ちているのだろうが、その分体重も減ったために踏み込みの速度はあまり落ちなかったのだろう。円環状に留まっていた被害地が直線状に拡大し、地響きと轟音を以て街並みを破壊する。身体を掴まれ、背部を幾度も幾度も民家の壁をぶち抜く攻城槍に使われながら……オーズはとっさに、「……このっ!」左手に握ったメダジャリバーの先端を、怪物の傷口に突き立てた。それでも尚、猛獣は立ち止まる気配を見せない。背中をこれ以上無いほど叩きつけられ、身体が上下3つにバラバラになった自身の姿を脳裏に浮かべて身震いをしつつ……映司は、気付いてしまった。先程の違和感の正体に。「まさか……!」ヒビが、入っていた。メダジャリバーの刀身からメダル投入口にまで、致命的とも思える破損が、確かに走っていたのだ。勘違いを、していた。大量スキャンが初めてなのは、オースキャナーだけではない。むしろ、現代の技術によって作られたメダジャリバーの方が、先に音をあげてしまっていたのである。だがしかし……現在のオーズのとれる選択肢は、あまりにも限られ過ぎていた。亜種形態の特殊技を使おうにも、馬腹の側部にまでは手も足も届かない。オーズバッシュの余波を見る限りでは、鳥の上半身の部分だけが低い耐久力を持っているという事も無いらしい。つまり……敵の傷口に届いているメダジャリバーを使うしか、無い。映司は、何度も繰り返した動作と同じように、メダルをジャリバーへと注ぎ込む。ただし、メダジャリバーが今まで一度たりとも経験したことの無い特上のメダル、を。「メダジャリバーっ! 最後の奇跡を……見せてくれっ!!」『クワガタ トラ コンドル トリ ル スキャニ グチャ ジ』現代に『オーズ』が誕生した日、それは送られた。人間の鴻上光生から、火野映司の手へと。……その音は、あまりにあっけなかった。突き立てられたままの大剣から発せられた強大な斬撃により、怪物の胴体が真っ二つに割れる、音は。金属が擦れ合うときのものによく似た、耳障りなそれだった。そして、それ以上に火野映司の耳には、よく聞こえていた。まるでガラスを砕くような、高く繊細な、その音が。「ごめん……っ」大剣メダジャリバーがその腹の部分から破壊の爪痕に侵され、剣としての形状を失ってしまった、音だった。その剣がオーズと共に超えてきた戦場の数は、多いようで少ない。それでも映司はきっと、言うのだろう。長い付き合いだった、と。メダルの山へと変わった怪物の慣れ果てに一瞬だけ目を向けながら、映司は割れたジャリバーから零れ落ちたコアメダルを拾い上げた。拾い上げようと、した。その映司の腕を掴む『メダルで出来た左腕』の存在に気付く、までは。「なっ……!?」その左腕は……怪物だったはずのメダル山から、伸びていて。セルメダルで構築されているそれが次第に色を取り戻し、生物としての形を成す。赤く、翼の生えた奇妙な、左腕。そして、鳥類を思わせる嘴に、どこか陰湿さを印象付ける剥き出しの眼。「アンク……?」口に出してから、絶対に違うと思い直す。アンクは右腕の怪人だったはずだが、目の前のコイツの腕は、左のものだ。だが、同時に気付いてしまった。完全に姿を現したそいつの右腕が、欠けていることに。もし、そいつの持っているメダルの数を圧倒的に上回る量のメダルを投入できていれば。あるいはガメルやメズールのように互いに引き合うグリード同士だったならば。深く交じり合い、その個としての意思は、簡単には再生しないはずだった。だが、不完全に色の分かれてしまった暴走体という不自然な状態が、半端にそいつの意識を保つことを許してしまった。そしてそれを切り離したことによって、彼は……『発生』した。「僕のメダル……返してよぉぉっ!!」ロスト……再誕。・今回のNG大賞『一番良いメダルを頼む』「そんなメダルで大丈夫か?」『大丈夫だ。問題ない』『クワガタ トラ コンドル トリプル スキャニングチャージ』パリーンッ!神は言っています……メダジャリバーはここで良き終末を迎える定めだと……・公開プロットシリーズNo.54→「なんでジャリバー使わないの?」って言わせたら負けだと思った。