美樹さやかと火野映司を抱えて再び上空へと舞い上がるトーリの姿を確認しながら、巴マミの違和感を拭いきれずに居た。正直に言って、魔力が無限などという反則的技能を持っている人物像は、やはりトーリとは一致しない。理屈としてトーリの魔力が無限だということは理解しているが、実感が伴わないのだ。『マミさん! 問題発生です!』そして、こちらの後輩が使えないと思ったのは、初めてかもしれない。いやいや、優しくて格好良い魔法少女の先輩である巴マミさんが、その程度で後輩に腹を立てるわけがないじゃない!痛む頭を押さえながら、美樹さやかに続きを促す。『……というより、怪我らしいものが何も無くて。一応消耗してた体力は戻したはずなんですけど、パンツマンは目覚める気配も無いんです』美樹さやかの治癒能力が万能でないことは巴マミも知っていたが、昨晩に火野映司という男の身に何かとんでもないトラブルでも降り注いだのだろうか?最早回数を覚えている気にもならないほど繰り返した動作で、怪物の側面に回っての回避を行おうとして、「……っ!?」その身体が、宙に放り出された。突然のことに頭が追い付かなかった巴マミだが、体中から伸ばしたリボンをパラシュートのように組んで空中姿勢を立て直しつつ、状況を見極める。自身の魔法少女装束に刻み付けられていたものは……焼け焦げた黒さを主張する、『爪痕』だった。怪物の方を観察してみれば、その左手の鋭利な爪に、マミのお気に入りだった帽子の燃え滓が引っ付いている。そして、先ほどまで突進するしか能のなかった獣が……足を、止めていた。巴マミを引っかけて少し足を進めた辺りの場所に立ち、その上半身を捻って巴マミの方へ頭部を向けて。その視線が捉えているものは、巴マミ以外にありえない。「知恵が、ついてる……?」巴マミは根拠も無く、感じていた。相手が巴マミを『観察』し始めたのだ、と……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第五十三話:逆転の似合う女「どうします? さやかさんは前線に行きますか?」「そのつもりではあったんだけど……どうしよう?」トーリの遠慮気味な質問に、自身も質問で返す美樹さやか。さやかが巴マミとほぼ同時に夢見公園へ辿り着いた時点までは、戦う気満々だったはずなのだ。ところが、巴マミの技量を以てしても時間稼ぎが精一杯の相手に、自身が何を出来るというのだろう。自分の事を近接タイプだと思っていた美樹さやかだが、正直に言って近接戦でも巴マミ以上の立ち回りを演じられるなどと思い上がることは出来なかった。『トーリさん、美樹さん。佐倉さんがトーリさんの手を借りろって言っていた意味、分かるかしら?』『全くワケが解らないです』焦りと切迫を感じさせる声が、トーリ達の遥か下方の地表から届いた。そして、目を凝らして見ると……その理由が何となく、分かった。先程まで綺麗な円環状の獣道を描いていた筈の巴マミと暴走体の動きが、いつのまにか不規則なものとなっていたのだ。おまけに、突進しか能の無かったはずの怪物が、炎弾を用いた中距離戦にも対応し始めている。先程の翼人と一緒だ、とトーリは密かに思う。最初にトーリが翼人と出会った時、彼には知性と呼べるものはほとんど見られなかった。語彙も少なく、自分を返してくれとしか発言できなかったはずだ。それが、いつの間にかクズヤミーの弱点を見抜き、炎と近接攻撃を使い分ける知恵を発達させていった……ように、トーリには思えた。「とりあえず剣でも投げて、援護しとこう。たぶんこっちには攻撃来ないだろうしね」先程から黙っていた美樹さやかが、口を開いて戦況を変えることを促してくれた。トーリとしては、オーズの危機を招く火種を倒す意義は大いにあると思っているので、それは大歓迎である。だがしかし、さやかの発言内容はやや楽観的思考を含み過ぎているように、思われた。現在は巴マミによって地表に引き付けられている怪物だが……タカのような上半身には、飛行用の翼が折り畳まれているのではないか。もし現状でそれを使えなかったとしても、知恵の発達速度が壊れているあの怪物ならば、戦闘中にそこまで進歩しても不思議ではない。そもそも暴走前には巨大な翼を持っていたのだから、有り得そうな話である。そんな思考に嵌っていたトーリは……「はわわっ!?」肩が、外れそうになった。咄嗟に身体に力を込めて体勢を立て直そうとするが、ワケが解らないにも程というものがある。トーリのその腕の先に居るのは……やっぱり美樹さやか、だった。「あれ……? コレってこの間の……?」そして美樹さやかの手から垂れているモノ、それが問題だ。女子中学生の身の丈を超える巨大な剣が、召喚されていたのだから。トーリはその大剣を見たことも無いが、さやかは見覚えがあったらしい。実は、薔薇の魔女に止めを刺した武器だったりするのだが、その時にはトーリは呑気に気を失っていたのだ。「さやかさんっ! お、重いです! 早くそれ、捨てるか投げるかしてくださいっ!」「ちょっ……ふらふらしないでよ!? 狙いがっ……!」それよりも問題は、その剣は重量も膨大であったということである。美樹さやかと火野映司の両名を抱えているだけでも精一杯であったトーリが支えきれる重量では、当然無かった。ただ、さやかとしては捨てるのも癪である。薔薇の魔女と戦った時に一回作ったきり、それ以降一度も成功していなかった大剣作成スキルが、久々に日の目を見たのだから。「大体、コレそんなに重くないでしょ!? 精々普通の剣の二倍ぐらいだよ!?」「さやかさんの馬鹿力っ! どう考えても10倍以上に重いですよ!!」確かに美樹さやかはトーリに比べれば遥かにパワータイプだが、いくらなんでも大げさ過ぎでは無かろうか。だがしかし、揺れる視界の中で無理やり狙いを定めようとしていたさやかは……ようやく事態を飲み込み始めた。高度が、さやかにも分かるぐらいの速さで落ちているのだ。「踏ん張れっ! どうしてそこで諦めるのっ! 絶対できるって! もっと熱くなってよっ!?」必死にトーリに声援を送るさやかだが、そんなことをする暇があるのなら、早くその剣を手放してほしいものである。暑苦しく大音量で叫ばれても、無理なものは無理だとしか言い様が無い。本人様はなんとしても投げつける気満々らしいが、トーリは既に言葉を発する余裕も残さない程度には全力で羽ばたいているのだ。それでもなお、高度は下がり続ける。「……うん?」その時、だった。美樹さやかが想定しなかった返事が、聞こえたのは。「……おお! 俺、空を飛んでる夢を見てる!」「映司さんっ! ようやく目が覚めたんですね……っ!」飛んでいるではなく落ちているの間違いでは無かろうか。そんなことはともかく。さやかの大音量の叫び声を耳元で聞いたせいで、無理やり意識を覚醒させられた男が、一人。……火野映司、復活。そして、何の根拠もないのに、トーリは自然と安堵を覚えていた。コンボも使えないオーズがあの怪物に勝てる保証は、何処にも無い。そのはずなのに、何故だか肩の重荷が下りたような気がして、身体が軽い。……こんな気持ちで飛ぶのなんて初めて! もう何も重くない!気持ちだけではなく、実際に高度が戻り始めたのが、不思議なところではある。「ところで、トーリちゃん」周囲を見渡して状況を確認した火野映司は、トーリに聞きたいことが山積みなのだろう。「俺、さやかちゃんの声で目が覚めた気がしたんだけど……本人は何処に行ったの?」「……えっ?」美樹さやかを抱えていたはずの腕には、何も引っかかっては居なかった。地表の方向に目を向けると……そこには、「トーリのアホおおおおおおおっ!!?」身一つで縄無しバンジージャンプを実演している、美樹さやかの愉快な姿が見えた。声が段々と低くなっているように聞こえるのは、いわゆるドップラー効果というヤツなのだろうか。どうやら肩の重荷は、下りたのではなく落としてしまっていたらしい……「……すみません。コアメダル、大分失くしちゃいました」「それでトーリちゃんが助かったなら、仕方ないでしょ」自身の懐のオーズドライバーとコアメダルを確認しながら疑問顔をしている映司に、素直に謝ってみた。映司の手元に残されたコアメダルは……緑・黄・赤が、それぞれ一枚ずつのみ。足パーツの赤メダルは、映司の記憶にはうっすらとしか残っていないが、昨晩映司の元を訪れた女子中学生が灰色の一枚と引き換えに置いて行ったような気がする。トーリが通りすがりのグリードにコアメダルを奪われてしまったと聞かされても……映司は特に、怒り出すような素振りも見せなかった。どちらかと言うと、アンク復活のための赤メダルが増えたことの方が嬉しいのかもしれない。「それで、下でマミさんがワケの解らない怪物と戦っているんですが、加勢しますか?」「するよ」巴マミには拒絶を言い渡したくせに……こういう時はしっかり助けてくれる、らしい。トーリとしては断られるという目も若干予想していたのだが、この返事が一なのか八なのかは分からない。だがしかし、巴マミが戦う度にセルメダルが増えるトーリとしては、巴マミには死んでほしくないという打算的な思考もあったりする。アンクが死んでしまっている現状では、オーズも魔法少女も、トーリにとって得となる存在なのだ。……損得計算の上では、そのはずだ。火野映司が巴マミを救い出して両者が生き残ってくれればそれが最善であり、どちらにも死んでもらっては困る。なのに、――悪いけど、もう俺には話しかけないでくれ。アンクが消えた時の火野映司の言葉が、頭から離れなかった。ひょっとすると、火野映司は巴マミが開き直るまではアンクの安否に確信を持っていなかったのではないか、と今更ながら思う。泉比奈という人から泉刑事の復帰を聞いた後でもまだ、マミの口から直接聞くまではアンクの生存の目を信じていたのではないか、と。だからこそ、あの時の火野映司の声は、少しだけ湿っぽかったのかもしれない。「辛く、ないんですか?」「……確かに、嫌なことを思い出すかもしれない」火野映司が思い出したくない事。それが巴マミによるアンク殺害の件であるとしか、トーリには思えなかった。「それでも、後悔したくないんだ。俺の手が伸ばせる限り、ね」「……分かりました」トーリにとって最善の結果が導かれようとしているのに、胸の奥には泥のような気持ち悪さが身を潜めている。決して、巴マミに一人で戦って死んで欲しいなどということは、思っていない。それなのに、火野映司をこのまま行かせて良いのかという答えの分かり切った問いが、トーリの中からは消えなかった。「下ろしますね?」「安全運転で頼むよ」流石に垂直落下は、ゴメンらしい。一方、見る前に飛べ、なんて次元ではない速さで落下していた魔法少女はと言うと。「お、落ち着くのよ、あたしっ! まだ慌てるような時間じゃないっ!」落下の勢いを使って大剣を怪物に突き立てるという、ロケットライダーも真っ青なポジティブ戦法を敢行していたりして。マントを時々広げたり、時にもう一本の剣を生み出して重心を操作しながら、落下地点を調整してのける。……大剣を捨ててマントを全開で広げ続ければ安全に滑空出来るとは気付かないところこそが、彼女が『安定のさやか』たる所以であることは、説明するまでも無い。「ウェエエエエエイイッ!」まるで、どこぞの剣を主武装として使う力任せな後輩のような奇声を、あげながら。大気を、震わせた。はじめ、怪物と対峙していたはずの巴マミは、何が起こったのか理解できなかった。まず感じたものは、突如として怪物の方角から放たれた地響きで。それに続いて聞こえたものが、風を切り裂く音と、甲高い叫び声だった。そして……咆哮。鷹の嘴から放たれた振動の暴力が、巴マミの聴覚を蹂躙する。「っ……!」思わず耳を押さえながら、必死に巴マミはリボンで風車を編み出して土煙を払い、何とか状況を把握しようと努める。このどさくさに紛れて殺られるなど、戦いの神と呼ばれた某仮面ライダーの事を笑えない大惨事である。わずか一秒足らずの間に視界を改善し、巴マミの視力は、ようやく事態の渦中に居るモノを捉えた。・白馬に乗った、王子様だった。「えっ……」思わず目を擦ってしまった。自身には女の子らしい願望が人並み以上に内包されているという自覚のある巴マミだが、流石にこれは我が目を疑ってしまう。「だああああっ!? 大人しくしろっ!!」違った。地面から生えている足は馬に近いものではあるが、その上半身はやっぱり鷹のモノで。その背中には大剣が突き立てられ、その柄を握っているのは……美樹さやかだった。荒れ狂う幻獣の叫び声が町に木霊し、一級品の暴れ馬と言えるその背の上では、剣を掴んだままのさやかが、振り回されていた。誰かが助けに来てくれれば良い、と思っていたマミの願望が、土煙の中に居るヒポグリフとお転婆娘を色々な意味で誤認させたらしい。……私の頭は美樹さんみたいなお花畑じゃないのに。そう思う反面、ベテランの魔法少女としての眼は、見逃してはならないものをきっちりと捕捉していた。「目がっ! 目が回るううぅっ!?」美樹さやかの愉快な叫び声と幻獣の雄叫びをBGMに聞きながら……巴マミの判断は、迅速だった。『美樹さんっ! その剣から手を放して!』先程まで傷一つ付かなかったその身体に、剣が突き刺さっているのだ。さやかがそんな武器を使えたというのも驚きだが、それどころではない。千載一遇の機会であることは、間違いないのだから。『その傷を起点に、ティロフィナーレで一気に決めるわ!』空中を振り回される美樹さやかの頭では、その意味を理解するのに、数秒の時間を要した。だがしかし、ようやくその意味を噛み砕く。『もしかして、この剣の柄を狙撃して中までぶち込むんですか?』『ご明察!』そして、その作戦が本当に実行可能なものなのかどうか、という当然の疑問も浮上する。具体的に言うと、『このじゃじゃ馬の背中の「一点」を、打ち抜くんですかっ?』命中率である。相手が普通の魔女や使い魔ならば、巴マミが必殺技を外すところなど、想像することも出来ない。……野良猫相手にティロフィナーレを打ち込んで盛大にスカしたドラマCDなど、無かったのだ。あれは、平成ライダーにしばしば見られた夏のギャグ回のようなものである。ともかく、巴マミの腕は認めつつも、美樹さやかにはそれが実行可能に思えない。激しく動き回る猛獣の背中の一点を。しかも、棒の先端という振れ幅の大きい一点を、刺さっている剣と平行な弾道で打ち抜く?それがどれほど困難なことなのか、美樹さやかには想像もできない。それでも。美樹さやかは、見てしまった。不良品のメリーゴーランドに揺られながら、巴マミの眼を、覗き込んでしまった。自身が失敗することなどまるで想定していない、自信に満ちた、眼を。「あたしがライダーなんて柄じゃないことぐらい、分かってましたよっと!」暴れ回る猛獣に一瞥をくれてやり、美樹さやかはようやく、その背から飛び降りた。というか、剣の柄から手を放しただけなのだが。両手足を全て使って何とか着地を成功させつつ、その意識は少しだけ楽になっていた。あとは、信じるのみ。ベテランの、先輩の、巴マミの、腕を。円環状に作り出された獣道の直径を描くように、その対極に位置する、美女と野獣。そして、その睨み合いは……瞬く間に破られる。幻獣ヒポグリフの、突進という形で。その体躯から漏れ出す地響きも、炎熱も、何もかもが、巴マミとは対照的で。だからこそ、美樹さやかは、「凄……っ」思わず、声を漏らしていた。その巨体が身じろぎ一つ出来ない光景に対して、感嘆の声を上げるしかなかった。「私が……何も考えずに逃げ回っていたと、思う?」周状に壊滅した地面のあらゆる点から、黄金の帯が伸びていて。無数に絡み合ったそれが……夢見公園跡の中央地点に集まって、獣の動きを封じていた。10本程度なら今まで通りに力任せに引き千切られてしまっていたはずの緒が、環状路に潜んでいた膨大な数の銃創から、一斉に飛び出したのだ。この一瞬のために仕込まれた、気の遠くなるような下準備の、結果。そして……巴マミの手元に現れている巨大な筒は、彼女自身が絶対の信頼を置く『必殺技』を放つ準備を、終えている。「ティロ……フィナーレッ!!」・今回のNG大賞「我が魂はソウルジェムと共に在りィィッ!」「微妙に間違ってないのが嫌なところですね」いわゆる一つの落ち者系ヒロイン?それにしてもこの美樹さやか……役にハマり過ぎである。・公開プロットシリーズNo.53→それにしても、ヒポグリフ編がやたらと長かった気がしてならない。