「それで、あっさり捕まっちゃったんだ?」「脱獄など、セルメダルを割るよりも容易いことです。私にとっては、ね」昨日に一人の囚人が閉じ込められた、とある留置所の一室にて、ちょうど日付が変わろうとした頃。人間が外から話しかけることなど想定されていない高さの窓から、声がかけられた。だが、驚くことなど何もない。外から話しかけている存在は……人間では、無いのだから。人間が一万発の正拳を打ち込もうとも決して壊れるはずのない切り立った壁に爪を立ててぶら下がる、猫が一匹。ただしその猫の大きさは小動物のそれではなく、その身体を構成する物質も酸素や炭素ではない。メダルの怪人グリード、その一人である傲慢の化身、カザリ。それが、彼の名前だった。「それで、例の魔法少女は、メダルの器としてどうなの?」「申し分ありません。少なくとも、現状安定しているオーズよりは遥かにマシでしょう」この二人は、実は水面下で共同戦線を張って話し合いを進めていたりする。カザリは、完全態を超える究極の存在へと自身を昇華させるために。そして、真木博士はメダルの力を利用して世界を『良き終末』へと導くために。「へぇ? その子、暴走しそうなんだ?」「ええ。クジャク一枚を取り込ませただけで、『バース』に一矢報いる程度の力が出せるのですから。ですが、最大許容量はそう多くないだろうと睨んでいます」真木清人は……猫型グリードの方を、見ていない。彼が視線を向けるのは、ただ彼の肩に乗っている不気味な人形のみである。そして、暴走する気など更々無いカザリとしても、暁美ほむらはそこまで興味をそそる対象では無い。むしろ、カザリが真木博士に隠してこっそりと実験しているトーリの方が、彼の本命である。とはいえ、暁美ほむらに対する興味も無いという訳では無い。「その『バース』っていうのが予想外に弱かったんじゃないの?」「……何でしたら、貴方自身が戦ってみますか?」そもそもバースという名前自体が気に入らないですが……などと愚痴を零しながら、真木博士は時折カザリの方にも意識を向ける。とはいえ、人間である真木の視覚能力では、月を背後に監獄の小さい窓から覗き込むカザリの姿を見ることはほとんど不可能だったりするのだが。「それだったら、魔法少女の方に直接当たってみるよ。なんだっけ、炎上的な名前だったよね?」近頃ネカフェに入ることが多くなったせいで、段々とその手の『用語』が定着し始めている気のあるカザリさん……彼の明日はどっちなのだろうか。間違っても、魔法少女モノの同人誌を買うために電気街の行列に並ぶことはないだろう。グリードなら、欲しいものは迷わずその手で奪い取るはずなのだから。「それは止めておいた方が良いでしょう。彼女の能力を十全に発揮されたのでは、たとえグリードの君であっても、勝ち目はありません」あくまで平坦に、協力者が居なくなっては困るという程度の重要性を態度で示しながら、真木は緩やかにカザリを静止してみるが、「わざわざそんな言い方をするぐらいだから、『十全に発揮され』ない方法ぐらい知ってるんでしょ? 教えてよ。潰さないからさ」カザリからしてみれば、当然の推測だった。真木博士自身が炎上的な魔法少女に始末されずにこの場に生き残っていることが、その証拠なのだから。……真木博士は、その魔法少女の恐るべき能力を封じる方法を、既に編み出している。カザリの抱くそれは最早、推測というよりも確信と呼ぶべき代物であった。しばしの睨み合いの末に、真木博士が出した答えは、「良いでしょう。ただし、背信は許しません」その『魔法少女』にどのような運命をもたらすのだろうか……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第四十六話:円環の折り返しCount the medals 現在オーズの使えるメダルは……タカ×1コンドル×1クワガタ×1ライオン×1トラ×1サイ×2ゾウ×2???×2????×1????×2そしてちょうど同じ頃、クスクシエにも初見さんの来客があったりする。時間も遅いため、店長である白石千世子はすでに帰ってしまっているが……この多国籍料理店の屋根裏部屋に間借りしている女子中学生が、その客のお目当てだった。一階に備えられた重たい木材の扉をゆっくりと開け、上階へと上がるための階段の位置を確かめて。きょろきょろと初めて訪れる場所に視線を回しながら、飽く迄慎重に、来訪者は歩を進める。彼女にとって、『未知の場所』を歩くという行為は、体感時間にして数年ぶりの所業だった。そのために、見の姿勢を強くとってしまったことは……無意識のうちの必然だったのかもしれない。「ずいぶん警戒しているのね。ここは魔女の結界じゃないのよ?」だがしかし、客の存在をどうやって察知したのか、目的の人物は自らの足で階下へと姿を現してくれた。この料理店に仮住まいを持つ魔法少女、巴マミが。「似たようなものよ」マミの皮肉めいた問いかけに、むすっとした不機嫌そうな表情を崩さずに答える、客。来訪者の名前は……暁美ほむらといった。何故ほむらがクスクシエを訪れたのかといえば、昨日巴マミと別れた際に、日時を指定されたからである。「昨日は後輩が、ごめんなさい。今日はしっかり釘を刺しておいたから大丈夫よ」暁美ほむらとしては、別に美樹さやかが居ようと居まいと、特に問題は無かったりする。その会話を聞かれたくないと思っているのはむしろ巴マミの方であるのだが……彼女の言い回しには、それらしい響きは無い。意識的に使われているのか、はたまた無意識なのか……暁美ほむらには、判断がつかなかった。クスクシエの設備を使って勝手にお湯を沸かし、紅茶を淹れてくれる……魔法少女の、先輩。その姿はどこか懐かしくもあり、その紅茶の暖かさは……どこか、哀しくも、あり。遥か昔に口にしたそれと一見同じようだったが、口に含んでみると何かが違っているという確信を暁美ほむらに与えていた。その原因は……ひょっとすると、ソウルジェムの正体の半分を彼女が知ってしまったからかもしれない、と暁美ほむらは思う。「本題に入るけれど、貴女が『協力者』を必要とする理由を聞きたい」「……別に、必要だったわけじゃないわ」巴マミの表情は……特に何も、変わらないかった。昨日も聞かされた質問だったため、それに対する応答を考える時間があったからだろう。ただ、暁美ほむらを迎えたときと同じようにどこか覇気が無く、隙だらけに見える。「火野さんが勝手に首を突っ込んできて、成り行きで少しだけ一緒に行動して、お互いに勝手だったから離れていった……それだけよ」今後彼が魔法の世界に介入を試みたとしても、私の知るところではないわ。そう、巴マミは続けた。……そう思い込もうとしているだけなんじゃないですか?暁美ほむらは、心の中に浮かび上がった言葉を、口には出さず紅茶と共に飲み干した。それを言ってどうなる、とも思えなかったからだ。あちらの詳しい事情が見えていない状況で抱いた自らの『勘』に、信頼を置くことも出来そうになかったという理由もある。「……そう」ここで食い下がろうにも、手持ちの札の中に切れそうなものが一枚も思い当たらない。……ならば、別の疑問を解消する方向に動くしかない。「それと、巴マミ。あなたは『コレ』が何だか、分かる?」暁美ほむらは、学生鞄の底から……疑問の種を引き出した。2週間ほど前に、魔法少女の勧誘を試みていたトーリを襲った際に、彼女から零れ落ちたモノ。……そして、サメのヤミーをほむらが倒した時にも同じものが落ちたことを、ほむらは覚えていた。鈍色の輝きを放つ、見た目以上の重さを持つ古代の金属器。セルメダル、だった。「……話せば、長くなるわ」特に迷った素振りも見せなかった巴マミは、話してくれるつもりらしい。やはり、先日にも『協力者』について言及されたために、話すべき情報をある程度決めていたからだろう。そしてその内容は……キュゥべえというナマモノの生態よりも荒唐無稽なものだった。13世紀の科学者によって作られたコアメダルと、それを核として生まれた人造人間、グリード。800年の眠りから現代に目覚めた彼らは、人間を親としてヤミーという配下を生み出すことが出来る。ヤミーは親の『欲望』を満たすことでメダルを増やすとともに力を増し、最終的にその力をグリードへと還元するための存在である。……ということらしい。その気になれば、意外にグリードの概要も3行で説明できてしまうものだ。「メダルの怪物たちが復活した切っ掛けは、何?」巴マミからの情報を数分で整理し終えた暁美ほむらは、半信半疑ながらも、とりあえずそういうことにしようと思ったらしい。というか、メダルで出来た生き物をその目で見てしまっているのだから、否定することなどできないのだ。そして、ほむらが導き出した新たな疑問は……彼女が『暁美ほむら』であったからこそのものだったと言えるだろう。条件付きとは言え時間を巻き戻せる暁美ほむらにとって、何がどんな形で役立つか分からない事象を再現するための手段を知っておくのは、当然と言えた。魔法とは趣の異なる怪物たちの存在が、何かの因果で円環世界を終わらせるためのカギとなるかもしれないのだから。「それは、聞いてないわね」だがしかし、巴マミはそれを知らないのだと言う。「今の話も、誰かから『聞いた』ものだったということよね? 誰から聞いたのかしら?」その質問に対してどう答えるべきか……巴マミは、思案を巡らせる。お察しの通り、マミが暁美ほむらに伝えた話は、大筋としては巴マミがアンクと映司から聞いた内容のままであった。しかし、一つ違うとすれば、『オーズ』に関する情報を省いたことである。そもそも、対価を求めずに巴マミが情報提供を行ったのは、グリードがマミにとって滅ぶべき存在だからだ。暁美ほむらがグリードと出会った際に戦ってくれれば、マミとしては願ったり叶ったりである。だがしかしマミには、暁美ほむらに『オーズ』の情報を提供することによる利益が無いのだ。もし火野映司が、巴マミが余計なことを言ったせいで災難に見舞われたのなら……それだけは嫌だと、巴マミははっきりと思えた。袂を分かった仲といえど、マミは映司を嫌っているわけではないのだ。むしろ高く評価しているからこそ、暁美ほむらが火野映司にとっての災難となることを危惧してしまったのである。「捕獲した、赤いグリードから聞いたわ。もうこの世に居ないけれどね」暁美ほむらは、巴マミの言葉に何か含まれているものがあることを感じ取っていた。だが、その正体に見当がつかないために突っ込みを入れることもかなわない。「もう一つ、聞きたいことが出来た」「まだあるの?」グリードとヤミーという生命体の存在を聞いても、ほむらとしてはどうということは無い。不意打ちで襲われない限りは、時間停止と連続攻撃のコンボを持つ暁美ほむらの単騎戦における絶対的優位は覆らないのだから。ほむらが例の研究所から逃げ出したときに出会った襲撃者の存在があるため、その優位も若干の揺らぎを見せているわけだが。「あのトーリという子は、何者?」「私を頼ってくれる魔法少女よ。流石に、可愛い後輩の情報はそう易々と教えられないわ」巴マミの中において、トーリは頼りない弱小の魔法少女である。一歩間違えれば足手まといとも成ってしまう彼女を、しかして巴マミは失いたくないとも思ってしまっていた。それは……寂しさを、紛らわすためだったのかもしれない。決して、巴マミに友人と言える存在が居なかったわけではなかった。だがしかし、魔法や戦いの恐怖まで共有できる存在を、心のどこかで求めていたのだろう。従って、火野映司のケース以上に、トーリの情報を暁美ほむらに渡す気は起らなかったのだ。「質問を変えるわ。貴方は……あの子がメダルで出来た生物だと知っていて傍に置いているの?」……だからこそ、次に暁美ほむらの口から飛び出した言葉の意味が、ひと時の間理解できなかった。大真面目な暁美ほむらの顔を見れば、それが世迷い事として伝えられているので無いことぐらい、察することが出来る。それでも、そう思わずには居られなかった。「……それは、何の冗談かしら?」「言葉通りよ。あの子の身体はこのセルメダルによって構築されている。先ほどの貴女の言葉を借りるなら、『グリード』か『ヤミー』だということよ」紅茶の水面に波紋が広がった……ような、気がした。目の前の怪しい魔法少女は、一体何を言い出すのか。自らに走る衝動をなんとか抑え……その正体に、気付く。『怒り』だ。臆病だが自分を頼ってくる可愛い後輩が、侮辱されている。たったそれだけのことが、酷く腹立たしく、思えた。茹った思考を抑え、紅茶に口をつけて頭を落ち着かせながら、相手の言葉の確認は怠らない。「貴女は、どうやってその情報を知ったのかしら?」――何をそんなに不安がっているんですか?先程自分を訪ねて来たときだって、不安定なマミの事を心配してくれた、彼女。それが、ヤミーを作ったり美樹さやかを追い詰めたりしたグリードの仲間の筈がない。そもそも、さやかと一緒にトーリだって捕まっていたはずではないのか。「襲撃したのよ」衝動は、おさまるどころか増すばかりだった。今すぐにでも、この女のすまし顔に風穴を通してやりたい。場所がクスクシエでなかったら、今すぐにでもハチの巣にしてやりたい。そんな欲望が、腹の中を駆け巡る。「そんなことを実行する人間の言うことを、信じるわけがないでしょう?」こいつは、マミ達の仲間割れでも狙っているに違いない。きっと……そうに決まっている。「貴女の前で『証拠』を実演すれば、信じる気になるわ」……そこが、我慢の限界だった。甲高い音がクスクシエの一階にまで響き渡り、水の滴る音が、それに続く。きょとんとした目でこちらを見ている、不躾な客の顔には……二色の液体がこびり付いていた。紅いお茶の色に、さらに赤い生物特有の色が少量。交じり合っているそれは……巴マミのとった行動の結果に違いなかった。投げつけたのだ。ティーカップを。「帰ってもらえるかしら? 私の堪忍袋は無限ではないのよ?」はっと我に返ったらしい魔法少女は……次の瞬間には、まるでコマ落ちした映画の登場人物のように、忽然とその姿を消してしまっていて。いつの間にか荒くなっている自身の息にようやく巴マミが気付いた時、既に紅茶は冷めてしまっていた。詰まるところ、実力行使で何かを聞き出すという選択肢を取れるほど、暁美ほむらは情というものを捨て切れてもいない。仮にも師匠であり先輩でもある巴マミを相手に、銃弾を用いて語り合うことなど考えたくなかった。……この場を夕方に訪れたトーリと同様に、暁美ほむらは判断を誤っていたのだ。トーリが暁美ほむらに襲われたことを打ち明けて助けを求めれば、巴マミは是が非でもトーリの力になってくれていただろう。巴マミという魔法少女は、その程度には後輩想いなのだから。その点において、そもそもトーリを人間としてすら見ていない暁美ほむらと巴マミの間の認識の差異も、計り知れないものであったのだ。暁美ほむらの発言は、『もう何も怖くない』状態の巴マミに対して『鹿目まどかって奴は実は魔女の回し者なのよ』と囁いたようなものなのだから。しばしの別れを告げることとなった魔法少女たちは、まだ世界の真実を把握し切れていない。だがしかし、取っ掛かりは、共に既に掴んでいた。巴マミは契約の正体を知り、暁美ほむらはグリードという情報源が存在することを知っている。物語は既に……ターニングポイントを、回ってしまっているのかもしれない……そして、世界の観測者たちは、当然把握している。もう一人、魔法少女が動かなければ、物語は後半戦になど入れないのだということを。「見滝原……懐かしいじゃねーか」袋に詰まったリンゴを手に取って丸かじりにしながら、「しかし、本当なんだろうな?」風の肌寒さに曝された鉄塔の上層部に腰掛けながら、「『ソウルジェムを濁らせずに魔法を使えるヤツが居る』なんて、さ」人当たりの良い笑顔を張り付けた『マスコット』に話しかける、一人の女の子。「……物足りない風だな。相変わらず、この町はよ。なぁ……って、アレ?」だが、少し目を離した隙に小動物は姿を消してしまっていて。しばしの間周囲を見渡していた女の子だったが、ヤツが神出鬼没なのはいつもの事だ、と思い直し、次の瞬間には自身も姿をくらませていた。長く伸ばされた赤毛を揺らして鉄塔から音も無く飛び降りた少女は、瞬く間に溶け込んで行く。舞台装置の魔女に命運を握られた、哀れな箱庭の住人たちの中へと……・今回のNG大賞「ふふふ……これで、見滝原に『赤』『青』『黄』『緑』『黒』の魔法少女が揃ったわ!」「オリンピックでも開くんですか……?」「そういえば、トーリの色って緑なんだっけ? 戦隊の緑って二年に一度しか出られないぐらい不人気だって聞いた気が……」「言っとくけど、あたしはマッハ全開なんて柄じゃねーぞ」「友よ、貴女達は何故、QBに魂を売ってしまったの?」友よどうしてライブ○ン……・公開プロットシリーズNo.46→全面的に、オリ主のせい。