「真木博士……一緒に警察に来てもらうぞ」鴻上財団傘下の、研究室の一つ。表向きには生体工学の実験を行っている事になっているその施設の最奥部を、一人の青年が訪れていた。青年の名は、後藤慎太郎。その研究施設の勤務者と同じく、財団の構成員である。「未成年者である『暁美ほむら』の拉致監禁……完全に、犯罪だ」この邂逅の二日程前に、真木博士の任されている施設の一つが謎の襲撃者に見舞われたという報告を、後藤は受けていた。ところが、グリードに対抗するための装備を開発しているという真木博士に興味を抱いていた後藤が自主的に調べた結果……幾つもの不審な点が現れたのだ。「何の事だか分かりませんね。彼女は魔法という未知の力を使ってコアメダルを奪いに来た掠奪者です」報告では、そういう事になっている。だがしかし、こう見えて後藤慎太郎という青年は、頭が切れる方なのだ。警察に協力を求めた後藤が顔写真手配中のストーカー犯と間違えられたのは、きっと世界の方が間違っているに違いない。「目撃者はあがってる。その日の昼間に、カンドロイドを使って暁美ほむらを拉致していた真木博士の姿を見たベンダー隊員が居た」加えて、その襲撃に使われたと思しきライドベンダーの映像記録は、当の時間帯の分だけ見事に抜け落ちていた。そんな隠蔽工作ができる人間が限られていることを考慮すれば、あとは消去法的に真木を疑うしかない。状況証拠としても、その工作は後藤を捜査へと踏み切らせるのに充分過ぎたのである。「私が居なくなれば、メダルシステムはどうなります? 魔法少女の助力も失っているオーズの戦いは、不利になる一方ですよ?」「それに比べて、ここで貴方を見逃せば……俺は例の新しい装備を支給してもらえる、と?」後藤の表情を、真木博士は見ていない。真木博士が視線を送るのは……彼の左腕の上に乗せられた気味の悪い人形ただ一体のみ。……だからこそ、博士は気付くことも無い。後藤慎太郎がどんな心境で、その言葉を発したのか。「察しが良いですね。もっと私と友好的に付き合っていただけるのなら……」後藤慎太郎という青年は、世界を守るなどという真木博士とは決して相容れない欲望を持つ男だ。だからこそ後藤は、“力”を与えてくれる可能性を持つ真木を排除できない。……そう、真木は信じて疑わなかった。「……断る」従って、その答えは……真木清人を振り返らせるには、充分過ぎる驚きを彼に与えていた。彼の与えられた驚愕は、ある日突然タコ焼きを作り始めたロリコンアンデットを目撃した知人達にも匹敵するだろう。振り落とされそうになる人形を右手で抑えている真木博士に、後藤は言葉を継ぐ。「確かに俺は、力が欲しい。だが、今の俺にとってそれは、『あいつ』の理想を助けるためのものに過ぎない」新しい装備を手に入れれば、オーズと同等かそれ以上の力を得られる……と、後藤は聞いたことがあった。その情報にはいくらか誇張という名のお約束が含まれている気はするものの、無いよりは遥かにマシであることは言うまでも無い。もちろん、それは欲しい。……それでも。「それに魔法少女たちもみんな、悪い子じゃない。最後には『あいつ』と一緒に笑ってるに決まってる」後藤は、魔法少女達を監視する任務を負い、何度か本人と直接接触する機会にも見舞われている。部下から聞いたところによると、仲間内で殺し合いに発展する直前ぐらいまでの戦いが行われた事もあるらしいが……そこは、情緒不安な子供を導ける大人の不在が宜しく無いだけなのだ。監視をしているうちに情が移った、と一言で言ってしまうのは簡単だ。ただ、彼女たちには一緒に笑いあう友人が居て、何の変哲もない日常がある。そのことを思うと、魔法少女が生意気だったり力不足だったりしても、最後には『あいつ』と分かりあえるのだろうという楽観視が出来る。とある優しい子供から切っ掛けを貰った後藤が、自ら出した結論が……それだった。「だから、俺は貴方を警察に突き出すことに躊躇はない! さあ、抵抗は無駄だ!」「……仕方ありませんね」銃に手をかける後藤を相手に罪を認めた真木博士は……抵抗を、見せなかった。こうして、後藤を拍子抜けさせつつ、真木博士は素直にお縄につくこととなったのだった……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第四十五話:LORD OF THE SPEED――卂き魔法少女、マギブラック!「里中君! 伊達君の招集は順調かね!?」「はい。本日中にでもこの本社ビルを訪れる予定です」鴻上光生は、その言葉を発したまさにその時も、日課のケーキ作りに勤しんでいる真っ只中だった。里中秘書の抑揚のない声が、相対的に会長の暑苦しさに拍車をかけているのかもしれない。撮影中にケーキが溶けてしまうという制作陣の裏話も、きっと会長が暑苦しすぎるせいに違いない。『伊達明』その人物こそ、後藤慎太郎をバースの装着者に相応しい人材へと育成するブリーダーの名前であった。少なくとも、鴻上光生は、そう期待している。後藤慎太郎は今の段階でも欲望の発露を少しずつ覚え始めている程度の青年だが、それを完全に開放した時には世界を救う存在になるのだと、鴻上光生は見込んでいるのだ。「彼に渡すための品々は準備できているかね?」「はい。バースの操作マニュアルと装備一式、まとめておきました。これを伊達さんに渡せば完璧です」分厚い冊子を団扇のように撓ませながら、やはり里中エリカは静かに応答を済ませる。その数秒後には腕時計を確認して次の作業に入っている辺り、有能には違いないのだが。しかし、腕時計をつけているその手が目前のケーキの解体を続行している辺りは、やはり何処か締まらないものがあった……「会長。ヨーロッパで遺跡の調査にあたっていたチームから、三日置きの定時連絡が途切れましたが、どうされますか?」純白のクリームをトッピングする手を一瞬だけ淀める程度にはその報告に驚いたようだった会長だが、手元を狂わせる事が無い当たりは趣味人過ぎた。それに比べて報告書を読み上げた里中は、一応ケーキを解体する手を休めている辺り、申し訳程度にはお仕事モードらしい。「何かあったに違いない! 捜索隊を結成するッ! 『アレ』は失われてはいけないモノだからねッ!」「会長自ら、ですか? 分かりました。会長の現地訪問を、予定より一か月繰り上げることにしましょう」ヨーロッパのとある遺跡……そこが、『オーズ』の物語の起源だった。800年の昔に生きた、一人の強欲な王。彼は当時の最先端の技術者であった錬金術師たちを集め、人間に更なる進化を促すために、様々な生物を贄に新たな物質を作らせた。それが……コアメダル、である。正しい歴史の中ならば、アンクの赤いメダル6枚と未知の紫のメダル10枚が眠っていたはずの、その遺跡。そこに待ち構えているものは、蛇か鬼か。とりあえず、「おっかしいなぁ……誰も居ねえぞ……?」その日の夕方に会長室を訪れた『伊達明』を待ち構えていたモノは、机の上に投げ出されたマニュアル本といくつかの備品だけだったらしい……ちょうどその頃、大人気のマスコットことキュゥべえさんはと言えば……「どうしたの? 契約しないのかしら?」「いくらボクにでも、出来る事と出来ない事があるんだよ?」通りすがりの婦女子に詰め寄られていたりする。少女の可憐な容姿とキュゥべえの可愛らしい外見が揃っているこの状況は、いわゆる“絵になる場面”の条件を満たしていると言えただろう。……彼女たちの現在地が薄暗い路地裏であったり、キュゥべえの四肢が逃亡防止のために潰されていたりしなければ、の話だが。最初から暗いマックスにも限度というものがあるはずだ。「無意味に潰されるのは困るんだけどなぁ」誠実がモットーのキュゥべえさんが何故このような状況に陥っているのかといえば……別に、回想に入るほどの経緯も無かったりする。ただいつものように鹿目まどかの周囲で契約の機会を窺っていたところ、突然路地裏に連れ込まれてKONOZAMAである。「貴方と契約すれば、願いが叶うんでしょう? 正直、あまり期待はしてないけれど」どうやら、目の前の少女の目的は、そういうことらしい。正直に本音を言ってくれるあたりはキュゥべえさんと反りが合いそうではあるが、その手段が破壊的過ぎた。というか、期待していないのなら最初から個体を潰さないでほしい。勿体ないじゃないか。「無理だよ。さっきも言ったじゃないか」「どうして? 説明しなさい」期待していなかったと前置きをしていた割に食い下がってくる、少女。ひょっとすると、対価を考えれば期待値的には美味しい話だと思われているのかもしれない。もっとも、対価というものを正しく理解しているかどうかは不明だが。「君が、魔法少女になるための条件を満たしていないからさ」「勿体ぶらずにさっさと続きを言いなさい。残りも潰されたくなければ、ね」そう言って、キュゥべえさんに残されたチャームポイントである耳に少女は手を伸ばす。それを潰されると契約機能が無くなるため、既に皆無に近いこの個体が本格的に用済みとなってしまう。やれやれと首を振りながらもキュゥべえは、相手が望んでいると思しき方向へと話を進めることにしたのだった。「大原則として、人間でなければ魔法少女にはなれない。君は『違う』だろう?」「あら、とぼけた顔して意外と鋭いのね。私たちの擬態って、同類同士でも分からない時があるのに」心底意外だという表情を一瞬だけ見せた少女だったが……次の瞬間にはその姿は著しい変化を迎えていた。体を包む肌には軟体類の吸盤が露出し、背中からは細長い魚類の尾が何本にも分かれて生えており、頭部は魚類を思わせる攻撃的な鋭角を現す。言うまでもなく、グリードのお色気担当ことメズール様、その人に間違いなかった。人間の姿は、この世界の中を歩き回るための仮初のものに過ぎないのだ。「大方、貴方達が人間を加工するためには、一定以上の大きな欲望が必要なんでしょう? だったら無限の欲望を持つグリードは適任じゃないかしら」「欲望の大きさは必要だけど、それと同じぐらいにその人間の持つ希望と絶望の落差の大きさが必要なんだよ」だいたい、魔法少女と呼ぶには君は年を取りすぎていないかい?……などという空気の読めない発言をするキュゥべえさんではない。もしそんなことを言ってしまえば、初代の大御所を貶された後輩プリキ○ア達が総出でキュゥべえさんを抹殺にかかっていただろう。「そもそも、君たちグリードには、ソウルジェムへ造り替えるための『魂』が存在しないじゃないか。こればかりはボクにもどうしようもない」「そう言われればそうねぇ」グリードがキュゥべえを目視できるのは、おそらくその身に集まる因果の糸のせいだろう。コアメダルという超常の物質ならば、その程度の因果は背負っていても不思議ではない。だがしかし、魂が存在しないのでは、契約のしようがない。仕方がないわね、と諦めを口に出しながら、メズールはダルマとなった白い生き物の耳を掴んで持ち上げる。その生物の顔に……苦悶の表情は、無い。あるのは、ただグリードを観察する、無機質な赤い球体のみ。魂の無い、モノ。グリードと、同じ。「持って帰ったらガメルが喜……」そう口にしながら手元の白い物体に目を落としたメズールだったが、次にはその動きを一瞬だけ止めていた。何かに気付いたのだろう、ぐらいにはキュゥべえからも予想できた。その顔に映っていた表情は……何だったのだろうか。感情のないキュゥべえにそれを理解する術は、無い。ただ、水棲グリードである彼女から感じる塩水の匂いが少しだけ強くなったのを、『観測』出来ただけだった。結局、路地裏には、四肢をもがれて間もなく機能を停止する個体がただ一つだけ、残されることとなる。思考能力が途切れるまでのわずかな時間にその個体が考えたことは……ほんの些細でどうでも良い疑問で、愚問だった。『彼女は、ボクに何を願う気だったんだろうね?』もしキュゥべえに感情というものがあったなら……メズールの『欲望』を理解することが、出来ただろうか?ウヴァやカザリなら、おそらくそんな事は疑問に思いさえしないだろう。もし疑問に思ったとしても『メダルを集めて完全態になるために決まってる』と迷わずに答えるはずだ。火野映司や鹿目まどかなら、そしてアンクなら、別の答えを用意できるのだろうか……そして、当の火野映司はと言えば、「キミが『オーズ』で、合ってるよね?」何故か、見滝原中学の制服を着た女子に絡まれていたりして。しかも、仲良く会話をしたり、サインを求められたりという雰囲気ではなかった。おまけに、年がそれなりに離れているにもかかわらず、『キミ』呼ばわりである。ショートカットの黒髪に、どこか生気の抜け落ちた目。何処にでもいるようで、何処にもいない。そんな異様な存在感を放つ一人の少女が、火野映司の前にただ立っていた。一瞬のうちに自身の記憶を洗ってみる映司だが、やはりこの女子中学生とは初対面である。「俺をオーズと見込んでの『相談事』?」どれぐらい本気で映司がその言葉を発したかと聞かれれば、おそらく全てのコンボの中に位置するタトバの重要性に匹敵するだろう。一歩間違えれば怪物である『オーズ』に頼みごとをしなければならない人間は、目の前の少女のように嗤ったりしない。興味本位で『オーズ』に近付いて来たにしても、もう少し警戒心が強くても良さそうなものである。つまり……映司の人柄を知る何者かの紹介によってこの少女は映司のもとを訪れたのだろう。「魔法少女の誰か紹介で俺のところに来たんでしょ? 力になれるかどうか分からないけど、とりあえず聞かせてよ」実際には泉比奈や泉信吾の伝手である可能性も残っていたのだが、見滝原中学の制服から考えての判断であった。「おや、大正解だよ! 私はそんなに分かり易いのかな? もっと自分を『変』えないといけないかもね」まるで独り言か旧い芝居のように、映司に言っているのかどうか分からないような口調で、少女は続ける。「でも、『オーズ』にしてもらうことは何もないのさ。ただ、『プレゼント』を受け取ってくれれば、それで良い」そう言いながら少女が取り出した代物は……石版だった。円盤の形をしたそれは中央にもう一つ円環状の彫細工が施してあり、その古びた容貌から、何処かの遺跡から出てきた銅鏡のようなものだろうと映司は予想を付けてみる。そして、二重構造になっていた円盤の蓋を取り除いて、少女がその中身を露わにすると……「コア、メダル……?」「へぇ、目の色が変わったね。いや、ひょっとするとそっちが素なのかな」まぁどうでも良いけど、と続けながら、少女はどこか他人事のような態度を崩さない。その円盤の内部に収められていたものは……10枚の、紫色のコアメダルだった。中央の一枚を取り囲むように他の九枚が周状に配置されており、何故か少しだけ冷たい感じのする、他のコアとは何かが違うような奇妙な感覚。まるで……そのメダルに導かれたかのような、未体験の錯覚が、火野映司の頭の中を駆け巡っていた。「知ってるかい? 人とメダルは惹かれあう……らしいよ?」相変わらず軽い調子で言葉を紡ぎながら、少女が起こした行動は、「がっしゃーん」「!?」その石板を、地面に叩きつけて砕く事だった。驚いて目を見開く映司を、さらなる超常の現象が、襲う。封印を解かれた10枚のうち半数……5枚が、火野映司の身体の中に飛び込んできたのだ。突然のことに身構える余裕もなくその異物を取り込んでしまった映司は……先程から抱いていた奇妙な感覚がさらに強くなるのを、感じていた。冷たくて不快なはずの異物なのにずっとそれを探し求めていたかのような、喜びと言ってしまえば半分ぐらいは正解のような、そんな曖昧な感覚が確かに火野映司の中には存在したのだ。薄れ行く意識の中で最後に映司が見た光景は……「悪いね。とりあえず『コンボ』だけは潰しておけって事らしくてさ」映司の持っていたはずの『ゴリラ』のコアメダルをいつの間にか手中に収めて尚嗤う、少女の姿だった。「あと、代わりと言っては何だけれど、『コレ』が新しい出会いを呼んでくれるらしい」いつの間にか黒衣の戦闘装束を身に纏っていたその少女が、映司の手のひらに、ずっしりと重みを持った一枚のメダルを新たに乗せてくれる。そのメダルの柄を確認することも叶わないうちに、火野映司の意識は暗転を迎えたのだった……火野映司は、未だ知らない。ヨーロッパのとある遺跡から失われたモノのことを。それが、自身の身体の中に投入されたことも。そして……そのことによって引き起こされる変化など、知るわけも無い。「さて、残りはどこに届けるんだったかな」・今回のNG大賞「契約しないのかしら?」「出来るよ」「魔法少女ゆかな☆メズル 始まるわよぉ!」声の人は7年ぐらい前に魔法少女だった気がしないでもない。・公開プロットシリーズNo45→お届け物で新兵器が手に入るのは、ライダーにはよくあること。