その日に後藤慎太郎が非番だったのは、まったくの偶然だった。もちろん、世界を守るという夢を背負った後藤青年としては、休日とてトレーニングは欠かさないのだが……この日は少々、趣が異なっていたのだ。何故なら、後藤の目前に現れたバッタのカンドロイドが、告げたからである。『後藤さん。ちょっと特訓に付きあってもらえませんか?』最近少しだけ株を上げた、それでもまだ頼り無い『仮面ライダー』からの、相談だった。結局その日は、オーズの持つメダルの性能についての確認に付き合うこととなる。自身のトレーニングの時間が減ったのも事実だが、世界を守るという後藤の目的から考えれば、悪いことではない。今日は、何だか少しだけ有意義な休日を送ることが出来た。……そう、思えたのだった。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第四十三話:かの人のみぞ知る真価Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……タカ×1クワガタ×1ライオン×1トラ×1サイ×2ゴリラ×1ゾウ×2一日の確認作業を終え、帰路を辿る火野映司の視界に、その『朱』は飛び込んできた。既に見なれたオブジェクトと化した、タカのカンドロイドである。そして、それが映司を導こうとしているという意味は……考えるまでも無い。数に限りのあるセルメダルを使用してまで映司を導こうとしている人物が居るなら、よほどの緊急事態なのだろう。即決即断を体現した映司の行動は、迅速を極める。すぐさまバイク形態のライドベンダーを足に、火野映司は現場に急行したのだった。飛ぶようにバイクを走らせ、ものの数分で目的地と思しき廃工場に駆け込んだ映司が見た光景は……何者かに殴り倒されたと思しき十数名が、伸びて地面に伏している様だった。「大丈夫ですか!?」映司は慌てて駆け寄るが、どうやら全員、気絶しているだけで生命に別条は無かったらしい。だがしかし、ほっと胸を撫で下ろす映司を……運命は、放っておかない。背中に羽を生やした、不気味な笑顔を伴った天使が、火野映司の周囲を囲んでいたのだから。咄嗟に天使の伸ばしてきた手を振り払った映司が状況を認識する間もなく、周囲の風景が変化を遂げる。立体感覚の不明瞭な、ドーム状の結界へと、瞬く間に空間は変異していく。憧憬と絶望を見せる事によって人間を恐怖へと導く、箱の魔女の住処へと。確証と呼べるものがあったわけではないが、先日も魔女の結界というものを目にしたばかりの映司は、現在地がそれと同質のものであると自然に認識していた。当然、無重力の空間の中央に浮かびながら、天使モドキを迎え撃つ決意を固める。「変身」『クワガタ トラ ゾウ』ベルトにセットした3枚のメダルを速やかに読み込ませ、異形の戦士『オーズ』へとその身を変える。……天使モドキ達は、急変した映司の様子を見て、態度を決めかねているらしい。彼我の距離は正確には分からないが、少なくとも手が届く範囲では無い。トラクローも当然届かない距離だが……映司は、自らの攻撃手段に心当たりがあった。昼間に後藤と共にオーズの性能を調べていた時に発見した、新機能が。即座に身体に力を溜めた映司は、気合いの一喝と共に、「ハァッ!」頭部より伸びた二本の角から、電撃を放った。映司達がこの能力に気付いた切っ掛けは……ライオンヘッドの機能であった。ライオンには超越聴覚と光攻撃という二つの機能があるのだから、他の頭にも二つ以上の機能があっても不思議では無いと考え、二人で頭を捻りながら考えた結果である。というか、最終的には映司が気合いを入れたらあっさり出来てしまったのだが。緑の瞬きを伴った電流が、二本の角から発され、次々と天使モドキの下へ向かって行く。だがしかし。「……あれ?」その電撃は、一発たりとも天使モドキ達へ命中すること無く、逸れて背後の壁へとぶち当たってしまった。これには映司も、首を傾げざるを得ない。この能力の実戦投入が初めてとはいえ、一応後藤と共に特訓を行ってきたばかりなのだ。オーメダルの種類を超える数の天使モドキ達に一つも当らないことなど、あるとは思えない。そして、オーズを脅威に感じなくなったのか、天使モドキ達が次々に掴みかかってくる。当然、映司はそれを迎え撃つ選択肢を取るに決まっている。だが、迫る天使モドキ達をトラクローで撃退する作業を繰り返す映司は、言いようの無い違和感に囚われていた。トラクローの威力が足りない筈はないのに、ブッ飛ばされた天使モドキは、あまりダメージを負っているようには見えないのだ。……敢えてもう一度言おう。トラクローの威力が足りない筈なんて、無い!上手く相手を突き飛ばすタイミングを合わせ、一瞬だけ手が空く時間を作りながら、空間の内部を事細かに見渡してみる映司。クワガタヘッドの超越視界があれば、首を回すという人間の動作を行わずとも、空間の内部をくまなく見回すことが可能なのである。「うぷっ……?」その結果、魔女の空間内部に仕掛けらしい仕掛けは見つけられず、代わりに映司の内部に込み上げてきたのは……吐き気だった。何故、こんなに気分が悪くなっているのか、映司自身にも分からない。まるで、乗り物酔いにでも遭っている気分だ……と、そこまで考えて、ようやく気付いた。この空間の与える奇妙な感覚の、正体に。慣れた手つきでドライバのメダルを換装した映司が、選んだメダルは……『サイ トラ ゾウ』クワガタの攻撃的なそれよりもやや守りに重点を置いた、灰色の一本角。サイの視力の低さを、感覚器官そのものを大きくすることで克服した、真っ赤な目。そして、映司が選んだこのサイヘッドには……この状況を打開するための、とある特殊能力が備わっている。「セイヤァッ!」何度目か数えるのも億劫なほどの数だけ振られたトラクローが……的確に、天使モドキの胴体を切断していた。それを皮切りに、突き飛ばされるだけだった天使モドキが、次々と切り裂かれていく。映司が疑った魔女の能力……それは、結界内部の空間を歪めて映司の距離感覚を狂わせているというものだった。そして、他の頭部メダルが超越聴覚や超越視界を持っているように、サイヘッドにもまた、感知に秀でた能力が存在する。それは……『超越平衡感覚』である。いかなる重力異常をも見逃さず、歪められた光や音を正確に把握することが出来る、サイヘッドの固有能力。その力が、惜しみなく発揮されていた。重力とは、空間を歪める力の事である。ならば、超越平衡感覚を持ったサイヘッドを惑わすなど、出来るわけも無い。他の頭部メダルほどの感知範囲は無くとも、視界の歪みに酔いを催すことも距離を測り違える事も、起こらない。瞬く間に天使モドキ達は引き裂かれ、その背後に潜んでいた箱の魔女の姿が、ようやく現れてくる。彼我の距離は10メートルにも満たないことを超越平衡感覚は教えてくれるが、無重力空間を進んで魔女の下まで辿り着く方法は、今のオーズには無い。……が、『サイ ゴリラ ゾウ』場を無重力状態から変化させる手段なら、ある。中央のメダルを換え、灰一色となったオーズの『サゴーゾコンボ』の力ならば、それが出来るのだ。「ハアアアッ!」雄たけびの一声と共に、ゴリラのドラミングと呼ばれる行動を模しながら、胸部のリングを叩く。それに呼応して空間に灰色の力が漏れ出し……オーズの周囲に、力場が引き起こされる。否、それは元々地球の発していたはずの重力を、魔女の空間特性を打ち消して正常化させたと言った方がより正確な動作だった。ドーム状の空間の、壁だったはずの場所に両足を付き、同じく地面に落下している箱の魔女に向き直る。『スキャニングチャージ』敵を見据えたオーズの行動は、迅速だった。素早く手元のスキャナに灰色の三枚のメダルを読み込ませ、特殊技の発動を試みる。箱の魔女の周囲に発生した灰色の3本の環が実体化し、魔女を捕縛するとともに、オーズの立つ地点へと導く。そして、その先で待つオーズは……身体中に力を溜め、必殺の拳撃を打ち込む準備を済ませている。……その時だった。映司が、箱の魔女の前面に映し出された映像に、気付いたのは。「あれは……」かつて、世界中の貧困に苦しむ人々のための事業を立ち上げる夢を、がむしゃらに追っていた頃の自分。たまたま立ち寄った国は、内戦のまっただ中で。そんな中でも、自分にも出来ることがある筈だと疑わなかった、日々。村が戦火に晒されて、映司には子供一人を守る力さえ無くて。そして、自分だけがおめおめと生きて帰って来た時の、虚無感。まるで整理されていない映像ドキュメントのように次々と映し出されているそれは、憧憬を司る箱の魔女の最後のあがきだった。縛られて近づいて来る箱の魔女と、そこに映ったモノから、映司は視線を離さない。沈黙を続ける映司がようやく口を開いたのは……手の届く距離まで、魔女がやって来た時だった。「98回……それが、俺が『その夢』を見ても泣かなくなった時までの、回数だ」それが、箱の魔女への手向けの言葉となる。ゾウの脚による踏ん張りに加え、強靭な腕力と角の硬度を活かした拳とヘッドバッドの3点同時攻撃が、角ばった魔女の身体を捻じ曲げる。まるで、怪獣がミニチュアのビルを粉砕するかのように。縛られたせいで逃げ場も無く、その直撃を正面から受けてしまった魔女が爆散したのは……自明のことであったに、違いない。何時もの映司の軽快な掛け声は……聞こえては、来なかった。「あいつ……随分、『オーズ』らしくなったなァ」グリーフシードを片手にサゴーゾコンボの姿で結界から脱出した映司を視界に収めながら、ぽつりとアンクが呟く。映司の出てきた場所は廃工場の中で、当人はきょろきょろと周囲を見回して、倒れている人々の安否を確認しているようだった。アンクは建物の外に浮きながら遠目で眺めているため、おそらく映司がアンクの存在に気付くことは無いだろう。コンボの疲労を感じさせる映司の姿を見送りつつ、こっそりと廃工場を後にしたアンクは、工場の外で倒れている鹿目まどかの学生カバンの中に潜り込んだのだった…… 鹿目まどかが目を覚ましたのは……身体に染みついた、いつもの起床時間であった。ぼんやりと霞がかかったように鈍い頭は、暫くの間、状況を認識することが出来ずに居た。昨日は確か、親友の志筑仁美に偶然出くわして、何故か仁美が集団自殺に加わって……「……そうだっ! 仁美ちゃんたちは……!」布団を跳ね飛ばす時に特有の、空気を押し退ける音を侍らせながら、急に上がった血圧のせいで痛む頭を抑える。あの後は、自殺志願者たちが襲い掛かって来て、アンクにその場を丸投げしたのだ。そこまでは、思い出せた。しかし、なぜ自分はいつものように鹿目家の自室でベッドの中に入っているのだろうか。「ふん。ようやく起きたか」まどかが部屋の中を見渡せば、縫い包みの棚の中に無理矢理スペースを作って居座る掌怪人の姿が見受けられた。……縫い包みの中に一体だけ呪いのかかったモノが混じったのではないか、と一瞬だけ思ってしまったのは、内緒である。心なしか、少しだけその声が不機嫌に思えるのは、何故だろう。「あの後……どうなったの?」「オーズを呼んで、人間を操ってた魔女を倒させた。それだけだ」仁美達の身の安全を聞いて、まどかはほっと胸を撫で下ろす。と、同時に、自分の手に応急処置の跡と思しき布が巻きつけてある事に気付いた。意識に入れ始めると、布が巻かれた左手は、じわじわと痛みを浸み渡らせてくる。なるべく意識しないようにしようと思い立ち、ベッドから起き上がろうとしたまどかは、「いたたたたた!? なにこれぇ!?」盛大にベッドから転がり落ちた。しかも、身体全体が異様に痛む。ベッドから落ちた打ち身だけのせいでは、決して無い。むしろ、痛みに気を取られてベッドから落ちたのだ。「筋肉痛だろうな。人間の弱い身体なんて、そんなもんだ」しれっと他人事のように口にするアンクに対して腹を立てている余裕さえ、今の鹿目まどかには無い。一応アンクとてまどかを助けるために無茶をしたのだから、責められるのも理不尽な話ではあるが。全身が固まっているという未だかつて体験した事の無い異常事態に、鹿目まどかは、「アンクちゃん、私の身体、動かせない?」「ふざけんな」アンクに頼ってみたが、あっさり切り捨てられた。「そんな貧弱な身体なんて、願い下げだ」「……アンクちゃん的には、巴マミさんとかの方が、良いの?」拘束からのハメ技コンボを使ってトドメを刺しに来る巴マミの図を思い浮かべて身震いしながら、まどかはアンクに尋ねてみた。何となく、巴マミの『カラダ』は色々と凄いような気がしたので。「仕返しなら喜んでするところだが、別にアイツ自体は要らねえなァ……」「もしかして、オトコの人の方が好きだったり?」どきどきわくわく……そんな擬音が聞こえてきそうなぐらいに興味津々な顔をしているまどかの様子が、アンクには若干不思議ではある。「論点が変わってんだろ。とにかく、自力で動け! 俺は『手』を貸す気は無い!」手を使った慣用句に定評のある掌怪人のツンぶりは、今日も健在らしい。いそいそと学生カバンに潜り込むその様子を見ていると、グリードが人類の敵だなんて、やっぱり鹿目まどかには信じられない。「アンクちゃん」「あァ?」だって、「ありがとう」「……手なら貸さないって言ってんだろうが?」アンクは、鹿目まどかを助けてくれたのだから。彼自身がどう思っているのかはともかく、まどかはそう思っている。口も悪くぶっきら棒で、見た目は怖い上に不気味だが、それでも。まどかや工場に集まった人達が助かったなら、きっとそれ以上のハッピーエンドなんて、あるわけない。その立役者であるアンクを誰よりも評価している人物が自分なのが、少しだけ、誇らしく思えたのだった……ギシギシと不快な音を立てる身体を無理やり動かし、何とか家族の待つリビングへと辿り着く、まどか。そこには、いつものように朝食を作っている父親が待っていて。筋肉痛を堪えて布団を剥ぎとったベッドの中には、いつものように母親が居て。弟はいつものように、口の周りを盛大に汚して。怪奇の無い日常が、かけがえの無い大切なものだと、そう思えた。その日の朝食は、いつもより少しだけ、美味しかった。鹿目まどかは、まだ知らない。自身の目の外で、魔法少女たちの関係が少しずつ変化して居る事を。運命を隔てる長い休日は、ようやく明けた。物語はようやく……一つの節目を、迎えようとしている。良き終末は良き開闢のためにあるのか。もしくは世界は永劫に続く円環なのか。暁美ほむらが巻き戻せる時間は、1か月。既にその半分が過ぎようとしていた……・今回のNG大賞鹿目まどかの右手に包帯代わりに巻かれている布には、見覚えのある模様が描かれている。それを手から外してみると……「パンツ……?」なんと、いつの日か通りすがりの青年が持っていた男性用下着だったのだッ!こういう時って、どうしたら良いんだろう……?・公開プロットシリーズNo.43→サイの見せ場を作ろうと思ったら、エリーさん以外に相手が思いつかなかったんだ……