看護師さんから上条恭介への面会の許可を貰い、病室の扉を開ける……直前だった。「あれ? さやかちゃんの指輪、光ってる?」「え、えええ……何でこんな時に……」扉を開けようとしたさやかの手に光る指輪の存在に、まどかが気付いて突っ込みを入れてしまったのだ。かなり短い間隔で輝くそれは……魔女が付近に居ることを感知しているサインに他ならない。「道理で何だか事が上手く運び過ぎてると思ってたよ……!」やっぱり神も仏も居ないんだ。ましてや、パーフェクトやハーモニーなんて、絶対あるわけないっ!というか、美樹さやかに都合のよい運命の悪戯など、そうそう起こるものではない。「ちょっとトイレ行ってくる! 長めの奴!」その言い訳は、女の子が廊下で叫ぶのに使うモノとしては、どうなんだろうか。滝のように涙を流しながら前世紀の少女漫画のような顔をして走り去るさやかを、まどかはリアクションに困りつつ見送ったのだった。「それで、アンクちゃん。ヤミーは?」邪魔な(失敬)美樹さやかが居なければ、まどかも安心してカバンの中のアンクと会話が出来るというものである。もちろん、鹿目まどかが美樹さやかのことを友人であると思っているのも事実ではあるのだが。「見失った……というか、何か遮蔽空間に入った感じだ。例えば魔女の結界とか、な」切り替えの早い奴だと心の中で呟きながらも、アンクは自身の感じ取っている情報を的確に表現してみる。先ほどまで捕捉していたはずのヤミーの気配がぱったりと途切れてしまった件に関して考えてみた結果、ありそうな推測がそれだったのだ。普通はあまり有り得無い状況だが、美樹さやかが魔女を感知しているらしい現状から推し測れば、むしろ第一候補でさえあるだろう。「それって……もしかして、さやかちゃんが2対1で戦うことになるかもしれないってこと!?」「いや、それは無いだろうなァ」友達思いなのは結構なことだが、アンクにはヤミーと魔女が共闘している絵面を想像することが出来なかった。実はアンクは魔女というものを一度も見たことが無かったりするわけだが、先日出会ったヒゲタマゴと同じようなものだろうと想像している。会ってみた感触としては、知能はヤミーと大差が無いように思われたのだ。つまり、「ヤミーってのは一部を除いてオツムは飾りだ。創生者であるグリード以外と協力することなんて、まず無い」良くて無視、場合に依っちゃあ魔女と殺し合うだろうな、とアンクは冷静な見解を打ち出す。正直に言って、魔女というイレギュラーが出張って来た時点で不確定要素としては強力すぎる。そのため、セルメダルを得られる可能性が目算できないということを悟ってしまったが故の、冷めた見方だった。ちなみに、頭が飾りで無いヤミーは、主にウヴァさんの虫系個体である。尚、むしろウヴァさん本体の頭の方が飾りだなどというフザけた事を一瞬でも考えた不届き者は、ウヴァさんに虫けら呼ばわりされてしまえ。「ええと……ごめん、どういうこと?」鹿目まどかは、持っている情報の整理が追い付かないらしく、アンクの言った事から導き出される結論に辿り着けていないようだ。「つまり、人並みの頭を持ってる奴なら、下手にヤミーや魔女を刺激しないで、そいつらが共倒れになるまで待つ選択肢を取れるってことだ」つまり、踏み込んで行った魔法少女の身に降りかかる危険は限りなく少ない。そう、アンクは言ったつもりだった。「っていう事は……さやかちゃんが危ないっ!」美樹さやかの人物評価が、非常に良く分かる反応である。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第三十六話:戦略的敗走Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……タカ×1クワガタ×1バッタ×1ライオン×1トラ×1サイ×3ゴリラ×2ゾウ×2「ニャアアアッ!」……えっ?映司は、目の前で繰り広げられる予想外の展開に、思わず目をこすっていた。当然変身後なので、かなりシュールな仕草である。トラクローがライオンヘッドのたてがみに擦れて、えらく鬱陶しい。「ヤミーと、魔女……?」可愛らしい縫い包みのような外見の魔女が……シャムネコヤミーに、襲われていた。場所は結界の最奥部と思しき場所であるため、シャムネコヤミーが戦っている相手は魔女だろう、と映司は推測している。というのも、映司も魔女という存在を見たことが無かったため、断定することが出来ないのだ。まるで、縫い包みをボロボロに弄り倒す家猫を思わせる動作で、ヤミーが魔女を八つ裂きにしていた。というか、あの魔女は無抵抗のようだが、ひょっとして無害なタイプなんじゃなかろうか?そんな魔女が居るかどうかは映司は知らないが、居ても不思議ではない、とは思う。「おーい……? その辺でやめとけって」「ッシャアアアア!!」注意したら、引っかかれた。理不尽にも程がある。そして、ボロボロのまま倒れて動かない魔女は……死んでしまったのだろうか?ケーキで出来た床の上でシャムネコヤミーと追いかけっこをしながら、そんなことを映司は考える。それとは別に、どうやってネコ型ヤミーに内蔵された人間を引き剥がすか思案を巡らせている辺り、案外ドライな奴なのかもしれないが。そんな時だった。シャムネコヤミーの背後に突如として現れた『そいつ』の存在に気付いたのは。「ちょっ、ねぇっ、後ろ! 後ろっ!」映司が焦りながらヤミーの後ろ側を指差し、ヤミーは思わずその方向へと振り返ってしまう。そこに居たのは、全く新しい異形だった。黒い身体と白い顔を持った、コイノボリのような形状の不思議な生き物が浮かび上がり……シャムネコヤミーを頭から丸齧りにしようとしていたのだ。「ニ゛ャッ……!」「危ないっ!」回避が間に合わないと感じて身構えたヤミーを……オーズが、押し倒してその身を救う。正確には、ヤミーを助けたというよりはヤミーの中に囚われた親の命を救ったのだが、それはさておき。ケーキの床に顔を突っ込んで、池の藻に群がる小魚のように胴体をくねくねとうねらせたそいつは……よく見れば、尾部に先ほどの魔女らしきモノが張り付いている。もっとも、その体躯は小魚などという可愛らしいものではなく、クジラに匹敵するほどなのだから色々とトンデモだった。もしオーズの動きが少しでも遅ければ、シャムネコヤミーは中の人間ごと頭を噛みちぎられていたかもしれない。オーズの足メダルが瞬発力に優れたバッタでなければ、危なかったはずだ。「魔女が、変わった……? うおっ!?」押し倒されていたシャムネコヤミーから引っ掻き攻撃を食らい、ケーキの舞台をゴロゴロと転がってしまうオーズ。どうやら、オーズと協力して先に厄介な魔女を倒そうという発想は、このヤミーには無いらしい。「三つ巴だけど……俺だけ勝利条件厳しすぎでしょ」オーズの他の二者の勝利条件は、他の参加者を絶命させることに尽きるのだろう。だが、映司としてはシャムネコヤミーの中に囚われた女医を生還させたいのだ。つまり、シャムネコヤミーが魔女に食われるなど、もってのほかである。自身の持つ7種類のコアメダルを考え、作戦を立てる。選んだ結論は……『ライオン ゴリラ バッタ』腕部分を担当するメダルを、トラからゴリラへと手早く代え、スキャナーに読み込ませた。映司の持つ腕部メダルはその二種類しか無いため、その中でパワー重視のゴリラを選択したのだ。そして、襲い来る海苔巻きのような魔女に向かい合い、『スキャニングチャージ』再びベルトの3枚のメダルをスキャナーに通し、各部位の特殊能力を強化させるコマンドとして使用する。「おおおっ!」ライオンヘッドから発せられる眩い光が一瞬だけ魔女の目を眩ませ、噛みつき攻撃の狙いを甘くさせた。その隙を突いてバッタレッグの脚力を全開まで引き出しつつ、接近した魔女の頭部の下、顎部を真下からカチあげる。「ハァッ!」踏み込み足が膝までケーキの床に埋まるほどの威力を以て打ち上げられた魔女に、映司は迷わずに狙いを定めた。そして、空中で姿勢を崩している魔女に狙いを定め、ゴリラアームの両腕に装備されている巨腕型装甲を……2発同時に発射する。いわゆるロケットパンチと呼ばれる伝統的な戦法である。「セイヤァッ!」ゴリラの剛腕が魔女の黒い身体を撃ち砕き、胴体から真っ二つになった魔女は、今度こそ絶命した……かに、見えた。「これは、反則でしょ……」胴から離れた頭部の口から、魔女が新たな胴体と頭を吐きだして、脱皮のようにその身体を一新させるまでは。雄たけびを上げる魔女に爪攻撃を仕掛けているシャムネコヤミーの行動にも、成果があるようには見えない。両腕に復活する巨腕手甲を確認しつつ、必死に思考を巡らせる。『サイ ゴリラ バッタ』上方からの噛みつき攻撃を警戒して頭部メダルを防御力の高いサイに代えている映司は、実はまだ手詰まりという訳ではない。メダジャリバーによる空間斬撃という奥の手は、シャムネコヤミーの中の女医の安全を確保した後なら魔女に対して試してみる価値はある。射線上に不意に飛び込んで来られると困るので、女医を救出するまでは使いたくないが。さらに映司の頭の中には、更にもう一つの手段が思い浮かんでいるのだが……それを使う決心は、今一つ付けられなかった。おそらく、灰色のメダル三枚でコンボを成立させれば、歩行者天国のガタキリバや灼熱地獄のラトラーターのようなとんでもない能力を発揮できるに違いない。コンボは恐ろしく体力を削るので使用には慎重にならざるを得ないが、もしこの場に居る人間が映司一人だったならば、躊躇い無く灰色のコンボを使っていたはずである。だがしかし、この場にはもう一人、ヤミーの内部に囚われた人間が存在するのだ。再生能力の穴を見せていない魔女をよしんば倒すことが出来たとしても、その後にも問題は続く。新たなコンボは、その女医を死なせずに助けられるような、器用で手加減の効く能力を持っているのだろうか?そのコンボを使った後で亜種形態に戻ったとして、ヤミーの親を救出するだけの体力が残るのか?ここに、現時点における火野映司という人間の限界が、現れていた。状況に合わせたメダル選択の経験が圧倒的に足りないオーズの、単騎戦力としての限界が、最悪の形で露呈することとなったのだ。映司は、迷う。自身以外の命が掛ってるが、故に。だからこそ、気付かなかった。その場を訪れた……四番目の役者の、存在に。変化は、突然に現れる。嵐のような熱線が吹き荒れ、魔女もヤミーもオーズも平等に、薙ぎ払ったのだ。「こういうゴチャゴチャした戦いは嫌いなんだよね」灼熱の嵐を生みだし終えた腕を頭の後ろに組んで、倒れる三人を見下すように眺めているグリードの姿が、そこには確かにあった。黄色のメダルのグリード、カザリ……その人である。そして、オーズの変身が解けて散らばってしまった『サイ』『ゴリラ』『バッタ』のメダルを拾い上げながら、カザリが向き合った相手は……魔女だった。グリードの天敵であるオーズの変身者でもなく、グリードの手下であるヤミーでもなく、魔女に。「何を……?」「気になってたんだ。魔女ってヤツは、素晴らしいヤミーの親になれるんじゃないか、ってさ」カザリに食いかかろうと襲い来る黒い魔女を、カザリはまるで殺虫スプレーでも噴射するように熱線であしらう。もちろん、正面から熱線を喰らわせるだけでは細長い魔女の顔にしかダメージが入らない。そのため、俊敏に足を動かして微妙に角度を変えて逸らすという謎の技術を使ったりしているので、魔女がカザリに決定打を与える時は来ないだろうと、映司には思えた。「その欲望……解放しろ」魔女の額にメダルの投入口を出現させたカザリが、セルメダルを投げ込む。瞬間、「何も、起こらない……?」魔女は何食わぬ顔で突進攻撃を敢行して来た。カザリが思わず呟いてしまった言葉通り、まさに『何も変化が無かった』ようにしか見えない。おかしいなぁ、と呟きながら二枚三枚とセルメダルを投入してみるカザリだが……やがて、無駄を悟ったらしい。「仕方ない。今日は引き上げよう。折角育てたヤミーを魔女なんかに喰われてもつまらないし、ね」この魔女が病院に棲み付いているならば、いつまたシャムネコヤミーが結界に迷い込むか分かったものではない。手招きをするカザリの元へとシャムネコのヤミーが駆け寄り、その脚元でセルメダルの山となって姿を消す。その親となった女医も気を失ったまま倒れているが、カザリは見向きもしない。そして、セルメダルを吸収したカザリは……グリードの中で最速の脚を使い、颯爽と魔女の結界から去って行ったのだった。空間の中に残されたのは、居なくなった敵の姿を求めて右へ左へと視線を走らせる魔女と、二人の人間だけ。映司としては、この状況は願ったり叶ったりである。魔女がカザリを探している間に、お菓子で出来た舞台の端まで女医を担ぎ込んで一応の安全を得ながら、隠れて状況を窺う。何度も繰り返された上方からの噛み付き攻撃によって無数の穴が生まれていたことが、身を隠す者への幸運となった。やはりコンボを使おうかという発想は残っていたが……それで倒し切れなかった場合の事を考えれば、まずは女医を担いで結界を脱出した方が良いかもしれない。もし相手がヤミーだったなら、最悪でも女医から敵を引き離しつつ戦う事は出来るだろうから、コンボを試してみるのもアリだっただろう。だがしかし、魔女の結界というアウェーのコロシアムから魔女を引き剥がすことが出来るとは思えない。「変身」『クワガタ トラ ゾウ』メダジャリバーを使ってみるという手もやはり考えられたが、魔女がこちらの居場所を見失っているという状況を活かして、まずは女医の安全を確保してから考えた方が良さそうである。思い立った映司は、クワガタの視野で周囲を警戒しつつ2本の角に女医の服の端を引っ掛け、トラの爪で素早く壁をよじ登り、地面の振動に敏感なゾウの脚を動かして、結界を後にしたのだった……・今回のNG大賞「ヤミーってのは一部を除いてオツムはカザリだ」The・誤変換。そんな仮面ライダーオーズは絶対に一年間じゃ終わらない(断言)・公開プロットシリーズNo.36→結果論的にはサゴーゾインパクトを打ち込めれば勝てた気はするけど、床がケーキな空間でそもそもあの技が使えるのかどうかが謎。