暁美ほむらが可愛いカンドロイドたちとの触れ合いを楽しんでいる、ちょうどその頃。上条恭介に会うために病院へと足を運んださやかだったが……「なにコレ……」門前払い以前の段階で病院に入れないという、この世の不条理に直面していた。病院前に謎の人だかりが出来ており、入口まで辿り着くことが出来ないのだ。付近にスタンバイしていたマスコミの話を盗み聞きしたところ、どうやら、この病院に勤務する女医さんが難易度ザギバスな手術を成功させたために、報道関係者とヤジ馬と入院希望者で溢れかえっているということらしい。「ふっ……恋する乙女のパワーを甘く見るなっ!」恋する乙女もとい魔法少女の身体強化能力をこれ以上無いぐらい私用しながら、人込みをかき分けて、砕氷船さやか号は前進に命を賭ける。マミさんに見つかったらどうしようだとか、そんな細かいことは考えないのが美樹さやかの良いところである。しかし、「再診の方のみお入り頂けます」門まで行ったら行ったで、門前払いだったりして。これだけ混雑していたら仕方が無いことなのだが。がっくりと肩を落として溜め息を吐くさやかは、まるでブランコが人生の相棒な未定年退職者のような顔をしていた、ような。だが、この世の終わりのような落ち込み方をしているさやかを……神は見捨てなかった。見覚えのある知り合いが病院の人込みの外で息を切らしているのを、目ざとく発見したのだから。「奇跡も魔法も、あるんだよッ!」『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第三十五話:Individual-System――悪意Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……タカ×1クワガタ×1バッタ×1トラ×1サイ×3ゴリラ×2ゾウ×2「おい、まどか」「アンクちゃん。どうしたの?」友人三人と分かれた、直後だった。鹿目まどかのカバンの底に潜む掌怪人が、声をかけて来たのは。「仁美ちゃん達の前では静かにしててくれたんだね! えらいぞぉー!」「……騒がれたら面倒だからな」掌だけになっているアンクの手の甲とでも呼ぶべき部分を撫でて、まるで飼い主のような言い方をするまどかに、アンクは心底呆れた声で答える。おそらく映司にやられたら怒り狂うだろうが、この能天気そうな子供にやられると、どうでも良いと思ってしまう辺りが不思議だ。「ヤミーが居る」「えっ!?」思わずアンクを握りしめながら、まどかは思わずきょろきょろと周囲を見回してしまう。ヤミーというのは人の欲望を元に生まれた怪人である、という情報を、まどかはアンクから聞いたことがあった。そして、しばしば人間を襲ってその目的を達成するという事も。「どうしよう、アンクちゃん……」「青いガキに倒させれば良いだろ」アンクとしては、正直に言ってその一択である。欲を言えば、ヤミーと戦い過ぎて死ぬか魔女化して頂きたいとさえ思って居たりして。その後に安心して地面に散らばったセルメダルを独り占め出来れば、完璧すぎる。そうすれば、また映司と手を組んで戦うための不安要素も無くなるという理由も、あったりする。「でも、ヤミーが居るのをどうやって調べたの? って聞かれたら困っちゃうよ」「とりあえず、発見するだけして来い。その後で青いガキに教えて、偶然見つけたって言い張れ」さやかがアンクを殺そうとしたことを、アンクはまどかに伝えていない。何だか、さやかと話し合う事を求められそうだったからである。……まったく、放っておけばいいのによ。アンクは、思う。メダルが欲しいアンクの事情はともかく、鹿目まどかや火野映司はヤミーを倒しても物的な得をすることは無いのだ。ヤミーを倒してその周りの人間を助けても、所詮は他人事なんじゃないか、と。だが、そんな人間も居ても良いんじゃないか、とも思い始めてしまっている……のかもしれない。「神様仏様まどか様ァッ! あたしにお情けをかけてくださいっ!」そして、アンクの指示通りの場所に来てみれば、KONOZAMAである。先ほど分かれた筈の友人に詰め寄られ、あろうことか土下座された。「さやかちゃん!? 頭を上げてよ!? 衆目の下で何やってるの!?」訳が分からない。まどかとしては、さやかが少しだけおバカな部分を持っていることは認知していたが、何だか最近拍車がかかっているような気がしないでもない。まさか、先程の腹パンと鼻ストローが原因だろうか?もし頭の治療のためにこの病院へ来ているのならば、友達として全力を尽くしてやらなければなるまい。「病院が混雑しちゃって、再診の患者しか入れないのよ」「た、大変だね……」おもむろに立ち上がった美樹さやかの真摯な表情に、まどかは得体の知れない恐怖感を抱いていた。尚、アンクはどこかに隠れてしまったらしく、役に立たない。それで、さやかは鹿目まどかに対して一体何を期待しているというのか?「まどか。あんた、ここに入院したことあったよね?」確かに、ほむらを庇って頭にジュースの缶が直撃した時に、この病院にお世話になったことはある。そして、まどかの両肩をがっちりと掴んでホールドしている美樹さやかから逃げるのは……多分無理だろう。諦めの境地に達したまどかは、為されるがままに美樹さやかにエスコートされ、病院という舞台へと足を踏み入れた。踏み入れて、しまった。一方、同じ発想から病院に潜入したグループが、もう一組居たりして。「浮かない顔をしているな」「そうかも、しれません」包帯男になって車椅子に座っている男、後藤慎太郎。そして、車椅子を押して付添人のフリをしているもう一人……火野映司だった。「あのグリードのことか?」後藤は、魔法少女を見張っていた部下から、事の経緯を聞いている。その日の後藤の監視担当はB3号ことトーリだったために直接現場を見た訳ではないものの、美樹さやかと巴マミがアンクを倒したという事だけは知っているのだ。オーズである火野映司がヤミーの発生を感知できないとなれば、セルメダルが欲しい鴻上財団としては一大事である。従って、財団の配下の者が派遣されるのは必然と言えた。「アンクは、出来ることなら助けたかった……ですかね」火野映司は、どんな顔をしているのか。包帯が邪魔をして首の回らない後藤からは、その表情は読めない。「あんな悪人、何故庇う?」後藤は、アンクをただの怪人だとしか思っていなかった。正直に言って、アンクが消えたお陰でオーズとしてコアメダルを使い放題になった今の映司の状態は、奴の理想形であるとさえ思えるのだ。それなのに、この男は……何故、こんなにも湿った声を出しているのか。「確かに、悪人だと思ったら倒すのは仕方ないかもしれないです。でも俺は、アンクは倒さなくても何とか一緒に生きていけるぐらいの奴だと思ってたんです」「……グリードを倒しても悲しむ奴が居るって言うなら、お前はどうして平気でグリードやヤミーと戦えるんだ?」車椅子を押す手の力がほんの少しだけ強まった。それなのに、車輪が回る速度は、落ちたような。「平気じゃ、ないですよ」そんな、気がした。「この間もガメルっていうグリードを倒したけど、青いグリードはそのことを悲しんでて、何となくそれが分かって……平気なわけ、ないです」他人の思いを踏み躙るのは辛いし、恨まれるのも同じだ。……だが、そう思えるからこそ、この男は自身の手を伸ばそうと身を張るのだろう。後藤は何となく、この男の事が分かって来たように思えた。そして、自分自身の事も。「火野、俺はお前の事を、いい加減でオーズに相応しく無い奴だと思っていた」その失礼な告白は、しかし過去形だった。「俺の夢は世界を守ることだ。だから、目先のモノしか見ないお前を取るに足らない奴だと思って、出来ることなら俺が代わりにオーズになってやりたい、ってな」「俺は、良いですよ。後藤さんがオーズでも」自分には無い力を持つ映司を妬み、自分がオーズに成り代わる夢を見たのも一度や二度ではない。今だって、その気持ちは続いている。……それでも。「……だが、最近少し考えが変わってな。一見仕様も無い奴ほど、そいつを心配している人間は心根が優しかったりするんだ」「俺は、優しいわけじゃ……」「お前じゃない」「……ハイ」――何だかそれって、凄く格好良いな、って思って……傍から見ればストーカーでしかないはずの後藤を、信じてくれた子供が居た。そして、生意気で目先の事しか見えない未確認生命体を、その子は心の底から心配している。「そう考え始めると、俺の守ろうとしている世界よりも、お前が手を伸ばそうとしている世界の方が……多分、広いんだ」「……買い被り過ぎですよ。俺の手は結局、アンクにさえ届かなかったんですから」それでもまた、手を伸ばすんだろう?そう、後藤は口に出して聞くことをしなかった。火野映司という男を後藤がよく知っているというより、肯定の返事が返ってくるに決まっているという後藤自身の願望が、そこにはあったのかもしれない。「だから、今決めた。もし俺がオーズになるとしたら、それはお前が手も足も伸ばせなくなった時だけだ……ってな」「責任重大、ですね」早く死ねってことですか、などと彼らしくも無い冗談をかます火野映司は……それでもなんだか少しだけ明るくなったように、思われた。後藤は、悲しんでいる火野映司に自分が同情しているだけなのかもしれない、とも考える。だがしかし、それで良いのだという気もしてくるのだ。自分が守る世界より、きっとこの男が守る世界の方が、笑っている人間の数は多いだろうから。二人の会話が一段落ついた頃合いを見計らっていた訳ではないだろうが、後藤が放っておいたカンドロイドが、手元へと戻ってくる。先日完成した代物で、敵を拘束する用途に使えるほか、範囲は然程広くないがヤミーを感知する能力を備えている優れものの『ウナギカンドロイド』が。「うおおおっ!? ヘビ!? 俺、ヘビ苦手なんです!」新しいカンドロイドに驚いて仰け反り、後藤の車椅子をひっくり返してしまう映司。その車椅子に座っていた後藤がどうなったかは……押して測るべし。「こんなオーズで大丈夫か……」大丈夫だ、問題無い。というか、仮面ライダーやプリキュアの放映時間中にあのゲームのCMが流れていたという事は、視聴層とそのゲームの購買層が一致していると思われているのだろうか?謎は、深まるばかりである。そして、口では聞こえの良いことを言いながらも未練たらたらなぐらいが、むしろ後藤慎太郎らしいのかもしれない……映司が駆けつけた時、まさに事は起ころうとしていた。天才女医として一躍話題となっている田村医師が、院長と思しき恰幅の良い初老の男性の手術を始めようとしていたのだ。ただし、場所は手術室ではなく病院の廊下であり、手術の目的は院長の排除であるとしか思えなかったが。更に異常な要素は、その女医の用いている獲物である。指の先から、メスらしき刃物が指と同じ数だけ爪のように生えているのだ。これを異常事態と呼ばずに何を異常事態と呼ぶのか。尚、後藤は患者への偽装のための脚部ギプスが災いして、現場に駆け付けることが出来なかった。「カザリのヤミーか……? 変身っ!」『クワガタ トラ バッタ』素早くベルトに三枚のメダルを差し込み、田村医師に組みついて誘導する映司。ヤミーを倒すことも重要だが、病院内で戦うとは世界一迷惑な奴なのだ!従って、映司は女医を病院の外まで引きずり出し、そこで倒すことにしたのは当然の判断と言えただろう。病院の裏口側には殆ど人間が居なかったため、大騒ぎにはならずに済みそうなのは、幸運だったと言うべきか。「ニ゛ャアアアアッ!」「おっと!」成体へと移行したヤミーの姿は、映司の見立て通り、ネコ型であった。猫科のグリードであるカザリのヤミーは、『親』を操って欲望を達成させるという特性を持っており、目の前のそいつはおそらくシャムネコだろう。この手のヤミーは、まず宿主と分離させるのが意外に面倒臭いために、映司としては出来れば会いたくないタイプのヤミーだったりする。もっとも、会いたいヤミーなど居る筈も無いのだが。……蝙蝠のヤミーなんて、火野映司の知り合いには居ないのだ。それはともかく。チーターレッグによる連続キックがあれば楽に倒せるのだが、生憎チーターのコアは現在のところ3枚全てをカザリが所有している。案の定、適当にダメージを与えることは出来たものの、シャムネコのヤミーは早々に撤退に移ってしまった。そして、それを追いかけていたはずの映司は……「あれ? ここどこだっけ?」いつの間にか、『魔女の結界』の中に足を踏み入れてしまっていた。クリームや注射器といった、お菓子と医療用具をモチーフにしたと思しきインテリアの目立つ、奇妙な空間が何時の間にか映司を包んでいたのだ。おかしい。映司はシャムネコヤミーを追っていたはずではなかったのか。とはいえ、魔女を放置することも出来そうにない。「……もしかして」『ライオン トラ バッタ』オーズが、頭を構成する部位を、ライオンへと代える。このメダルの最大の特徴は強烈な光を放つことによる目潰し攻撃なのだが……それ以外にも便利な機能が付いているのだ。『シャアアッ!』それは、超越聴覚である。空間的に分断されている関係上、結界の外の音は聞こえないが、結界内部の閉鎖された空間ならば音の反響も影響して、より高い効用を得ることが出来る。人間を遥かに超える感知能力を持つオーズの頭部機能の中でも最も優れた聴覚を持つライオンの耳が……結界の奥で何者かと戦うシャムネコヤミーの声を、聞きつけた。「ヤミーが逃げ込んだ先に、『たまたま』魔女の結界があった……の、かなぁ?」自分でそう呟きながらも、何かが変だと映司は感じ取っていた。ひょっとすると、映司の知らないところでメダルと魔法は呼び合う因果でもあるのかもしれない。だが、何となく映司は、気味の悪い感覚を抱いている。まるで、自分の行動を見透かした何者かが、悪意を以って罠を仕掛けていたかのようだ、と。後ろを振り返ってみるものの、そこに人影は無い。道は、先にしか存在しない……・今回のNG大賞「恭介ー! リハビリ頑張っ……お取り込み中!?」なんと、上条恭介は汗を吸った病院着を換えている最中だった!「さやか……そんなに鼻血を出して、どうしたんだい?」「い、いやぁ、友達にストロー突っ込まれた傷が開いちゃってさぁ……」「さやかが本当の事を言ってるって、思えないよ……」奇跡も魔法も、あるらしい。・公開プロットシリーズNo.35→気付いたら後藤さんがイケメンになっていた。嫌いじゃないわっ!