「ごめんね、居心地悪い思いさせちゃって」夜風に当たって少しだけ声の調子を普段のものに戻しながら、火野映司が口にしたのは……謝罪の言葉だった。映司がトーリの少し前を歩き、トーリからはその表情は見えない。「いいえ、私こそ、全然気づきませんでした。マミさん達が、そんなことをしていたなんて……」アンクが、居ない。もう、映司がメダルを雑に扱っても、咎めるグリードは居ない。トーリのセルメダルが増えた時に気付いて始末しに来る追手も、居ない。そのはず、なのに。「気付かなかったのは、俺だって一緒さ。比奈ちゃんに教えてもらってようやく、だよ」「マミさんは、どうして私には何も言わずに、さやかさんと二人でやったんでしょう……」やっぱり信用されてないんですかねぇ、なんて平坦な声を出しながらも、トーリも何処か落ち込んでいるのが見て取れた。でも、たったそれだけのことでも、アンクが死んだことを悔やんでくれる人が居てくれるんだという事を、映司はアンクに伝えてやりたかった。映司がトーリの打算的な思考をもし知っていたとしても、やはりその気持ちを抱いていたのではないだろうか。「マミちゃんも、口ではああ言ってたけど、やっぱり何処かでは罪悪感はあったんだろうね」「罪悪感……罪、ですか」グリードを殺したら、罪になるんでしょうか。アンクが聞いたら鼻で笑いそうだ、とトーリは思う。きっといつもみたいに『面倒だ』とか『俺に聞くな』とか、どうでも良さそうな返事を吐いてきそうだ。そんな適当な声を聞くことも……もう、無い。「罪っていうのは、自分自身が裁くこともあるけど、他人から裁かれることの方も多い。特に、近くに居る人から裁かれるのは、凄く効くし、辛い」だからこそ、火野映司という男は、巴マミに怒りをぶつけなかった。自分と彼女の距離とでも呼ぶべきものが、どれだけ短いものであるかを、薄々と気づいていたからだ。火野映司という男が糾弾することによって、巴マミがどれだけ精神的に傷付くのかということを、予測してしまったのである。映司とてアンクの死がショックではあったものの、それを理由に他人を傷付けるのは躊躇う程度の理性は残っていたようだ。なんだかんだで、アンクが人間社会の中で悪人の部類に入る存在であることは、間違いが無いのだから。「……それって、私とさやかさんのどっちがマミさんの近くに居るってことなんですか? よく分かりませんでした」さやかは距離が近いから、さやかから裁かれないために共犯者に選んだ?それとも、トーリとの距離が近いから、トーリに犯行を知られたくなかった?「そういう時は、自分に都合が良いように受け取って良いんだよ」トーリにとってその二択は、どちらの方が都合が良いのか。どちらも一長一短に思える。「説教臭くなっちゃったけど、俺だって人の事は言えないんだ」映司が見上げた空の先には……星空は、無い。街の明かりのせいで、月以外の星なんて、数えるほどの数しかない。「俺だって、グリードやヤミーを倒してる。俺はその時に守りたいものを守るために邪魔だから倒すけど、マミちゃんだってそれはきっと変わらない」確かに、人を守りたいという気持ちは、文面にしてしまえば同じものなのかもしれない。だが、トーリはなんだか、キュゥべえの笑顔のようなちぐはぐな印象を受けていた。笑っていないのに笑っている、笑っているのに笑っていない、みたいな。「ただ、マミちゃんの守りたい対象にアンクが入って無くて、アンクには俺の手が届かなかった。それだけの事なんだ」何となく、トーリは思う。この人は、メダル関連の問題を解決するまでは、きっとこの町を離れない。でも、もしその問題を解決しきってしまったら、もうそこには彼の姿は無いのだろう。何処か知らない街で、知らない人たちに囲まれて、公園にテントを張ってその日暮らしを続けるんじゃないか、と。……だからどうした、というわけじゃないですけど。そもそも、メダル関連の問題を全て片づけると言う事は、ヤミーであるトーリはその時にはセルメダルの山になっている訳で、トーリの預かり知ることでは無いのだ。「あれ? 何かを忘れているような……?」昼間に暁美ほむらに強襲されたという事実を巴マミに上告するタイミングを完全に逃した、ような。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第三十四話:カンドロイドは電気鰻の夢を見るか?「未確認生命体ですか。興味深い検体ですね」薄暗い地下室の中で、丸眼鏡をかけた背の高い青年が、通信用ディスプレイに『向かわず』にテレビ電話を活用していた。彼が視線を向ける先に居るのは、画面に映し出された恰幅の良い男性ではなく、青年自身の左腕の上に載せられた可愛らしい人形である。カツラを配置することを期待されているであろう光沢のある頭部に、何処を見ているのか分からない虚ろな瞳、そしてその身を包む無機質な白衣が、その人形の魅力を最大限に引き出していた。……通称、『キヨちゃん』である。このクロスオーバー作品において、マスコットの座を争ってキュゥべえと戦えるだけのポテンシャルを持った、唯一の対抗馬と言っても良い。ちなみに、大穴は掌アンクである。ともかく、町中ですれ違った人が思わず振り返って自分の目を疑う確率に関して言うならば、キヨちゃんが確実に他二名を上回ることは間違いない。『君もそう思うかね!? ドクター真木ッ!』通信相手は、お馴染みの暑苦しい会長こと、鴻上光生氏である。そして、人形を左腕の上に載せた青年の名は、真木清人。鴻上財団の誇るメダルシステムの開発主任にして、稀代の天才と呼ばれなかった男だ。もちろん、メダルシステムの汎用性と知名度的な面から考えれば、彼の名前が広まらなかったのも無理は無いのだが。「『完成された人間』の一つの形とさえ言えるでしょう。使ってもかまいませんか?」『普段から言っている! 好きにしたまえッ!』人間は、その生涯を終えて初めて『完成』する。それが、真木清人博士の行動原理にして、目的。そして、彼女たちは一つの意味においては『完成』している存在だ。人間の、ヒトとしての生を終えて魔法少女という生命体になったという意味においては。「さて、誰を使いましょうか」真木は、『使う』という言葉を、文字どおりの意味で用いていた。すなわち、彼にとって魔法少女とは、使い捨てにするには調達の難しい実験動物という程度の存在なのだ。鴻上会長との通信を切り、画面はいくつもの動画ファイルを分割したものへと切り替わる。ただでさえ、この頃は開発日程を急かされて寝不足気味だったというのに、これ以上あの会長のテンションには付き合っていられないのだ。もし今以上に疲れたら、世界を良き終わりへと導く前に真木自身が病院へと導かれてしまう。心なしか、癒しの源泉であるキヨちゃんの目の下にもクマが出来ているような気がするのだから、不思議なものである。近いうちに、ショッカー洗剤を使ってじっくり汚れを落とした方が良いのかもしれない。そんな思考をそこそこに打ち切り、真木博士はパソコンの画面に目を落とす。4分割されたディスプレイに映るそれぞれの魔法少女たちは、それぞれが人間では有り得ない能力を有しているが……捕獲するとしたら誰が適当か?戦闘能力だけを見るならば、3号の蝙蝠女を捕まえるのが最も手間がかからない。だがしかし、奴は本当に魔法少女なのだろうか?バッタカンドロイドによる情報収集によれば、彼女は猫科グリードによってその正体をヤミーだと看破されている。魔法少女の検体としては相応しく無い可能性が非常に高いだろう。加えて、鴻上会長との契約の穴を突いてオーズ組のセルメダルを一手に預かるトーリは他のメンバーと会う頻度も高いため、拉致すると簡単にその事実が発覚する。オーズ達がトーリの救出に動くとなれば、実験の時間的制約が大きくなりそうだ。彼らに悪感情を抱かれるのはあまり問題ではないが、実験の邪魔をされるのはいただけない。「『彼女』に……完成してもらうのが良いかもしれません。『魔法少女』としても」真木伸一郎博士の視線の先に居るのは……相変わらず、人形のキヨちゃんである。そして、彼が検体として選んだその魔法少女とは……『言い忘れていたよッ! ドクター真ァ木ィッ!』流石に、シリアスモードに入っている時に邪魔に入られると、軽く『イラッ☆』と来ることだって、あるのだ。マッドサイエンティストといえど、人間だもの。勝手に研究用モニタへとアクセスするのは止めて頂きたいものである。まぁ、流石の真木といえども多少出資者の機嫌を取る気が無いとは言えないが。『君の働きに感謝を込めて、プレゼントと新作のケーキを鋭意準備中だよッ! ハッピー……』ブツン、と何かが切れた音が、薄暗い研究室に響き渡った。もちろん、真木博士がディスプレイのコードを抜いて強制終了させた、音である。おそらく、彼の堪忍袋の緒や米神付近の静脈が切れた音では……無い、はずだ。「……くしゅん」「暁美さん、風邪ですか?」「うーん……『風邪が噴く町、見滝原』! 何か、良いキャッチフレーズな気がしない?」「さやかちゃんの言ってる事、全く理解できないよ……」くしゃみを漏らしてしまった暁美ほむらさんに最初に心配そうな声をかけたのが、何故か一番縁の遠そうな志筑仁美だったりする。まぁ、他の二人とて心配してはいるはずだが。さやかは兎も角として、まどかは絶対に心配しているはずだ、と暁美ほむらは確信している。「まぁ、転校生の噂をしてるオトコなんて、いくらでも居るさ」「ほむらちゃん、美人さんだもんねぇ」美樹さやかに言われればまるで流水の如き戦士のように受け流せるのに、まどかから言われると凄まじき戦士のように自信が湧いてくるものだから、現金なものである。いつものファミレスに居座って適当な間食を取りながらの『休憩中』の一時がほむらに与える癒しの効果を、実感する瞬間でもあった。あのパンツマンには、蝙蝠女の処理を邪魔されたことこそあっても、少しだけは感謝しても良いような気がしてくる。こんなどうでも良い日常こそが……暁美ほむらが求めていたものなのかも、しれない。ファミレスに居座って、世間話をして、色恋話をからかって、新商品の不味いドリンクに皆で顔をしかめて……「なんたって、『オカズにしてる女子ランキング』の学年トップを仁美と争う女だし!」「「ぶふぅっ!?」」「ど、どうしたの!? 二人とも!?」不意打ち過ぎた。おかげで、新商品の不味いドリンクが食道を超えて大洪水を起こしてしまった。というか、そんなセクハラ紛いのランク付けが、公然の秘密として為されていたというのか。気管に飲料を詰まらせて涙目になっている二人にハンカチや備え付けのお絞りを渡している鹿目まどかの順位は、一体どの辺りなのだろうか?あと、噎せ込んでいる二人の姿に携帯電話のカメラを向けている美樹さやかは、そろそろその命を神に返しなさい。ドリンクバーの端で汲んで来たお冷を飲ませて、二人の沸点の鎮静化を甲斐甲斐しく図っているまどかが、「ところで、さやかちゃん。オカズってどういう意味?」「「ふごっ!?」」駐車場爆破事件並みの水爆弾を、追い打ちで投下した。主に、暁美ほむらと志筑仁美の鼻腔内部に。変に堪えてしまったために、二人とも鼻からお冷を噴出しているというクリティカルヒットである。「えっ? 私、変なコト聞いた……?」「ひっひっふー!! まどかはお子様だなぁ!」きょろきょろと周囲の様子を窺って、自分が何か失言を吐いたということをまどかは何となく理解し始めた様子。そして、鼻から水を垂らしている二人と困っているまどかを余所に、腹を抱えて笑っている美樹さやか。その顔に上条恭介のバイオリンによるメタルブランディングをかましてやりたいと思った仁美とほむらは、きっと自分の罪を数える必要はない筈だ。「キミに、とっておきの最新情報を公開しよぉう! 男っていう生き物は定期的に謎の白い液体を生産するんだけど、その時に」「まどかああああっ! そいつの言葉に耳を貸しちゃらめええええっ!!!」ニヤリ顔で神秘の滴の話を始めようとしたさやかに仁美が無言で全力の腹パンを加え、ほむらは曲げられるタイプのストローを掌でさやかの両鼻孔にぶち込んでいた。身体をくの字に折り曲げた直後に、頭の運動と逆方向ベクトルのカウンターが見事に決まったのだ。アイコンタクトも無しに行われた鮮やか過ぎるコンビネーション攻撃に、まどかは思わず背筋が寒くなる。「くぁwせdrftぎゅひjこlp;@:!!?」声にならない絶叫を上げてファミレスの床を転げ回る美樹さやかを見下ろす二人の目は、古代民族がリントに向けるものによく似ていた、ような。最高のパートナーに出会って奇跡を起こしたような顔をしながら握手をしている二人が、まどかからはどこか遠い人のように思えたのだった。「もしかして、私が変なコト聞いたから……?」「鹿目さんは優し過ぎますわ」「もし貴女を責める人が居たら、私が許さない」この扱いの差である。地を這いつくばるさやかに向けた顔と同じ人間とは思えないトモダチな表情を一瞬で作って向けてくる二人に、鹿目まどかはただ戦慄するばかりだ。「まどかぁ……アンタは良いよなぁ……あたしなんてどうせ……」もしかして自分は嫌われているんじゃないか、という考えはいけない事項を脳内に保留にしつつ、さやかは鼻からストローを抜いて溢れ出る鼻血への対処を考え始めたのだった……最近会えないんだよなぁ、なんてボヤキながら病院の方へと一人で向かったさやかを始めとして、残された3人もそれぞれの帰路に分かれる。お互いの姿も見えなくなって、『休憩中』な自分はこれから何をしようかと暁美ほむらは考えを巡らせる。一人で歩いていると少しだけ寂しさを感じる反面、どこか羽を伸ばせる気楽さがあるのだから、不思議なものである。そんな、時だった。「……!」猫科を思わせるタテガミを持った、機械仕掛けの獣がほむらに襲い掛かって来たのは。ほむらがほんのコンマ数秒前まで歩いていた場所に、『そいつ』は飛び込んできたのだ。今回は誰かに庇われることも無く自らの身を危険の第一波から守ることに成功した暁美ほむらだったが、行動方針が定まらない。というか、相手の正体が分からないのだ。黄色を基本として白と黒に彩られたそのロボットには、前部の脚の代わりに円筒のような形の車輪が付いており、申し訳程度に前輪から前足らしきものが生えている。後部も一見すると円筒が付いているようだが、よく見ると独立した3つの車輪が並列に配置されているのが分かった。全長は2メートル半といったところで、タテガミの後ろに操縦席らしきものが見えるくせに、搭乗者は居ないという不思議な兵器である。身体の所々から放たれる冷却用水の慣れ果てと思しき水蒸気が、その獣が天然のものでないことをアピールしていた。咆哮を上げて威嚇してくるトラロボットを……とりあえずほむらは破壊することにした。事情はよく分からないが、どう考えてもコイツは危険である。こっそりと盾を取り出し、内蔵された砂時計を傾けて時間を止める。手早くマシンガンの弾丸を適当に撒き、再度時間の運航を自然に任せた。かなりの体重を持っているであろうロボットが、まるでワイヤーアクションのように後方へと吹き飛び、近くにあったブロック塀を砕いてその瓦礫に埋まる。だがしかし、これで終わる筈が無かった。「……っ!?」トラロボットの正体を見極めるために近づこうとした暁美ほむらは……盛大にずっこけた。踏み出そうとした足が、ほむらの意に反して、動かなかったからだ。異常を感じて視線を落とすと、青を基調としたタコのような軟体ロボットが何体もほむらの両足にいつの間にか絡み付いて動きを封じているという、意味不明な光景が。一匹ずつのサイズはそれほど大きく無いが、そこは数で補う方針らしい。これだけ密着されていては、時間停止も使えない。そして、何処に隠れていたのか、足が止まったほむらの全身に数えきれないほどのヘビのロボットが巻き付き、その身の自由を封じる。一体辺りの大きさはやはり人の腕程度なのだが、見る者に恐怖を与えるには充分過ぎた。水棲生物特有の湿り気こそ放っていないものの、ほむらを拘束するしなやかな動きは、どこか嫌悪感を与えてくる。「くっ、このっ……!」必死でもがく暁美ほむらの抵抗に対して返って来た答えは……「がっ……?」身体中に巻き付いた蛇から発せられる、電流攻撃だった。どうやら、ナガモノのモチーフは蛇ではなく電気ウナギだったらしい。そんなどうでも良い新情報を薄れ行く意識の中で確認しながら、暁美ほむらの視界に最後に入ったものは、「そん、な……」瓦礫の山の中から這い出てくる、機能を全く失っているように見えない、巨大トラロボットの姿だった……・今回のNG大賞「なんたって、『オカズにしてる女子ランキング』の学年一位を仁美と争う女だし!」「さぁ、美樹さんの得票数を数えてください」「仁美ちゃん、そんなコト聞くなんてあんまりだよ!? そんなの絶対……ウィヒヒww」「あんたの反応の方があんまりだよっ!! ちくしょぉ……あたしより沢山票貰ってるからっていい気になっちゃってさぁ……」「美樹さやか……! 鹿目まどかに投票した人間を教えなさい……っ!」「ほむらちゃんもそれを聞いてどうするつもりなの!?」ザ☆ガールズトーク。・公開プロットシリーズNo.34→魔法少女まどか☆真木か! 始まります!・人物図鑑 マキキヨト 財団の会長の手下。その役割は発明。世界の終焉を望み、物事が終わりを迎えるという事に対し至上の喜びを覚える。生誕と再生を祝福する会長の部下である手前、発明は続けるが、その目的はただ相反するのみ。人形は本体では無いので、そこを突いても直接彼を倒すことには繋がらない。