「ほむらちゃん。キュゥべえって、あの後どうなったの?」放課後に二人だけで話がしたいという鹿目まどかにほいほい付いて行った結果がこれだよ!上目遣いでちらちらとほむらの様子を窺っているまどかの様子が健気過ぎて、無下に扱う事も出来ない。暁美ほむらという人間が鹿目まどかには適わないのは、もはや円環世界の摂理なのかもしれない。「心配しなくても大丈夫よ。誰にも見つかることは無いわ」「そうじゃなくて……やっぱり、ちゃんと弔いたいかな、って」なるほど、と暁美ほむらは一人納得していた。確かに、心優しい鹿目まどかの考えそうなことだ。だがしかし。「あの話を聞いて、まだキュゥべえに同情できるの? そんな目的のためなら、教えたく無いわ。私はあれが死ぬほど嫌いだから」まるで台所に居座って黒光りするGを思い出した時のような嫌悪感に満ち溢れた言い草で、暁美ほむらは愛らしい宇宙人を全否定した。というか、奴の死体は焼却炉に放りこんでしまったので、この世に存在しない。おそらく別のインキュベーターが回収して食べるだろうと思い、嫌がらせに焦がしてやったのだ。今更弔いたいなどと言われても、鹿目まどかの前に引きずり出して来ることなどできない。「ほむらちゃん、答えて」「……?」鹿目まどかに背を向けて去ろうとしたほむらを……彼女は呼びとめた。まだ何か、あるのだろうか。キュゥべえの死体の場所なら教えないと言っているのに。「キュゥべえは……本当に、死んだの?」暁美ほむらの歩みが……止まった。腰まで届く長い髪に邪魔されてまどかからはその表情を窺う事は出来ないが、ほむらがその質問を意外に感じているのではないか、と思える。「……貴女、本当に鹿目まどか?」「さやかちゃんじゃないよ?」再びまどかに向き直って、まどかの全身に訝しげな視線を浴びせる暁美ほむら。……おかしい。ほむらの知る鹿目まどかという少女は、人を疑う事があまり得意ではないはずだ。それが、キュゥべえが死んだという事実の元に行動している暁美ほむらを疑っている?しかも、切り刻まれて色々とモゲたキュゥべえの死体を見て、まだそんなことが言える?「貴女の膝の上に居た生物なら、焼却炉に放りこんでしまったわ。これで満足?」「う、うん……」しゅんとしている、という表現がよく似あう雰囲気を撒き散らし始める鹿目まどかを見ていると、ほむらだって心に沁みるものがある。一応、事実の一端は伝えておいたが……疑問は、残った。鹿目まどかがもし何者からか助言を受けて先ほどの質問をしてきたとして、その人物としてほむらが疑惑を向ける候補は多くないのだ。インキュベーターは、魔法少女から不信感を持たれることを恐れ、一度彼らの死を見た魔法少女の前には姿を現さない。従って、魔法少女は原則的にキュゥべえの生態を知らないはずなのだ。今回の鹿目まどかのケースのように契約前に見られてしまった場合のみがその例外と言えるが、まどかの物言いはキュゥべえの仕組みについて理解しているとは思えなかった。可能性があるとすれば……今回初めてお目にかかった『イレギュラー』だろうか。魔法少女が人間ではないと聞いても全く動じなかった、何を考えているのか分からない蝙蝠女。「やはり、そういうことね」「ほむらちゃん、また怖い顔してるよ……?」大方、鹿目まどかに暁美ほむらへの不信感を植え付ける作戦でも実施しているのだろう。あの薄汚くて狡猾なインキュベーターとその手下ならば、それぐらいの事を考えても不思議ではない。「さっきの質問は……貴女一人で思いついたの?」「えっ」ほむらは、見逃さなかった。鹿目まどかの目が、泳いだのを。正直は美徳というやつである。「えっと、それは……実は、相談に乗ってくれた子が居るんだ」「是非、それをまどかに示唆したお方と会ってみたいわ。魔法の関係者なんでしょう?」うぐっ、と一歩下がるまどか。誰かに教唆されたことは図星だが、ほむらにはその相手を言いたくないようだ。鹿目まどかは、悩んでいた。アンクが魔法関係者かどうかという時点で判断に余るのだが、その判断の先にも未来が無いのだ。ほむらからは魔法関係の知識の口外を禁止されているのだから、アンクが魔法関係者では無いと答えることは出来ない。だがしかし、魔法関係者であると答えれば、ほむらは絶対に引き下がらないような気がする。あの病室で盗み聞きを働いていたと聞いても、きっと良い顔はしないだろう。だが……不意に、暁美ほむらが放っていた緊張感が、失われた。「良いわ。『何でも言えるだけが友達じゃない』んでしょう?」「……ゴメンね」ぶっちゃけ、アイツ以外に候補が居ないのだから、ここでまどかを問い詰めて心証を悪くする意味は無い。とっちめて適当に痛めつければ、懲りてくれることだろう……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第三十一話:ずぶ濡れ衣々「……?」虫の知らせとでも言うべき嫌な感覚。トーリの身に降りかかった不思議な予感を一言で言い表すならば、そんなところだった。何処かで電波女さんが送った殺意を受け取った訳ではないのだろうが、これは一体どうしたことだろう。虫だけに、天国のお父さんが何かを娘に伝えようとしてくれているのかもしれない。もう少し時間が経てば巴マミの戻ってくるであろうクスクシエの屋根裏を後にし、トーリは空へと散策に出ることにしたのだった。そして……その違和感の元は、あっさりと見つかることとなる。背びれが、地面に張り付きながら移動していた。何を言っているのか分からないと思うが以下略。トーリはパタパタと羽ばたきを緩めて高度を落とし、近くからそのブツを確認してみるものの、やはり背びれにしか見えない。テレビや映画でよく見る、海面下から背びれだけを出してすっと迫ってくるサメのようである。まるで地面の下に水があるかのようにスムーズに移動して見せる背びれだが、その付近の地面を調べてみても、普通のアスファルトでしかない。「どうしたら良いんでしょうか……?」間違い無く、この背びれから発せられる不思議な雰囲気が、トーリをこの場に引き寄せた原因である。トーリの常識としては、こんな奇妙なことが出来る生物は魔法関連かメダル関連の二択なのだが……「……ということは、倒せば丸儲け?」とりあえず、コイツが魔法少女で無ければ、どう転んでもトーリはセルメダルを儲けられる。もしかしなくても、かなりウマい話が転がっているのではないだろうか?思い立ったが吉日とばかりに空中に飛び上がり、身体の周囲に羽を巻きつけて硬度を高めつつ、高度を下げる。そのまま重力を利用して、ついでに身体に回転も加え、一気に急降下して背びれに跳び蹴りを敢行するトーリ。蝙蝠の大先輩の必殺技の、劣化版である。ところが、背びれはトーリの存在に気付いていたらしく、俊敏な動きで飛び蹴りを回避し、「あれっ、意外と速……」地上へと跳ねた。「えっ……?」地面の下へ隠していた身体、全体で。そいつは、鋭い歯が視る者に恐怖を与える海の王者……サメの怪人だった。大技をすかされて体勢を崩していたトーリに、その大きな牙をむいて、今まさに噛みつこうとしているのだ。「ひいぃっ!?」魔法で硬化した羽を巻きつけていたためにガード出来たトーリだが……サメの噛みつきは、そもそも受けてはいけないのだ。羽を貫通こそされていないものの、身体ごと齧り付かれ、逃げることも出来なくなってしまっていた。動けないトーリという獲物を咥えて、サメ怪人は再び移動を開始する。そして、トーリは漸く気付いていた。コイツはヤミーである、と。しかも、多分水棲系……メズールという名前のグリードが作った奴だ。水棲系の特徴は巣を作って大きく数を増やすことにあり、つまりこのサメヤミーが泳ぎ着く先には……大量のサメヤミーが居るということである。「ちょっ? そんな!? 離して下さいっ!?」流石に、そんなものを相手に出来るワケが無い。一匹だって持て余しているというのに。見滝原中学校辺りを狙って適当に念話を飛ばしてみるものの、正直に言って期待は薄い。なんせ、今は下校時刻のせいで一番見つけ辛い時間なのだ。『私に助けを求めるなんて、どういうつもりかしら?』そして、やっと繋がったかと思いきや、これである。いつかの無表情な魔法少女で、よりにもよってトーリを殺そうとしたこともある人気者の彼女だ。だがしかし、溺れる者は藁だって全力で掴むのが、世の常というものである。いっそのこと、このサメヤミーがアスファルトに溺れて死んでくれれば良いのに。『助けてくださいっ! ワタシこのままだと死んでしまいます!』なりふり構わずに助けを請うトーリには既に哀愁が漂っていたが、念話越しにはなかなかそれは伝わらないものだ。そんなトーリを嘲笑うように、どうやっているのか溜め息を吐くような音声を念話に混ぜるという器用なメッセージが、トーリの頭に送られてくる。『キュゥべえが契約のためによく使う手ね。そんな見え透いた罠に引っ掛かるわけがないでしょう。そんなに私が邪魔なの?』しかも、全く信用されていない。確かに、魔法少女を増やして欲しく無い暁美ほむらの前で魔法少女を勧誘したのが怒りを買ったのは理解出来るが、いくらなんでも嫌われ過ぎではないだろうか。『トーリちゃん? トーリちゃんなの?』同じ方向に飛ばした通信に、別の誰かが引っ掛かった模様。だが、この声は……『まどかさんの声は一見救世主みたいですけど、助けてくれる手段が無いんですよねぇ……』鹿目まどかだった。彼女の優しさは嬉しいのだが、彼女の手腕でトーリが助かるのかと聞かれれば別問題である。正直に言って、囮にさえなるとは思えない。念話が通じると言う事は魔法少女の素質があるという事なわけだが、キュゥべえが死んでいる現在では意味の無いことである。というか、サメヤミーの元になった欲望が殺人だったりすると、まどかを殺してパワーアップしてしまうことだってあるかもしれない。『とりあえず、まどかさんに出来そうな事は無いので、現場に近づかないようにしてください』『それでも友達が危険な目にあってるのに、放っておけないよ!』どうしたものか。……彼女を経由して、援軍を送ってもらえば良いんですよ。『まどかさん! 映司さんに連絡は取れませんか?』『電話番号わかんないよ……』そもそも火野さんは携帯電話を持っていないような気がします。同じ理由で、マミさんもアウト。『さやかさんは?』『えーと……電源切ってるみたい。幼馴染のお見舞いに行ってるんだと思う』病院で携帯電話の電源を切るのは、仕方ないですよね。クスクシエや中学校は緊急時のために場所を把握しているが、お世話になる予定があると思えなかった病院の場所は覚えていなかったりして。『どうやら私の命運は尽きてしまったようです……』結論:もうダメっぽい。『諦めちゃダメだよ! 今、一緒にほむらちゃんが居るから、引きずってでも絶対行くよ!』その暁美ほむらさんに先ほど見捨てられた気がしてならない辺り、色々と終わり過ぎである。まどかが全力で暁美ほむらを引きずって行こうとしても、身体能力的に魔法少女に物事を強制するのは無理だろう。『初めて会った時の恩は、返せそうにないです……』『縁起でも無いコト言わないでっ!』巴マミを探していたトーリを助けてくれた鹿目まどかが最期の話し相手なら、これも何かの縁かという気もしてくるというものだ。出来ればトーリの身を助けてくれる人物と話したかった、というのは言わぬが花というヤツである。そこに励ましの言葉を入れてくれる辺り、鹿目まどかは良い人には違いないのだが、頼りになるかと言えば否だ。そして、噛まれ続けた羽に穴が空き始め、ヤミーの巣まで防御が持たない気がして来た昨今。一応、クスクシエの方面にも念話を飛ばし続けているのだが、マミは未だクスクシエに戻っていないらしい。既にトーリは、諦めモードに片足を突っ込んでいた。助かるルートがまるで見えてこないからである。そう思った、矢先だった。サメヤミーの進行方向に、人間の影を見たのは。その人物を確認する暇も無く、耳を劈く爆音が響き渡り、トーリとサメヤミーは仲良く暴風に呑まれて地面を転がる。まるで地雷にでも当ったかのように、爆心地が近く思えた。「また顔を合わせるのがこんなに早いとは、思わなかったわ」まるで下水の汚物に向けるような視線をサメヤミーに向けた……暁美ほむらの姿が、そこにはあった。一緒に居るトーリもその視線の的であるという可能性は、出来れば考えたくないところである。ほむらさんの台詞が、トーリに対して放ったとしか思えないものであることなど、気のせいに決まっている。「まどかまで『使う』なんて、良い度胸をしているわね」暁美ほむらがニヤリと笑った……ような、気がした。「助けに来てくれたんで……うぇっ!?」次の瞬間には、身体を囲うように四方八方から衝撃が降り注ぎ、水浸しの地面にその身体が叩きつけられる。そのすぐ横ではメダルが撒き散らされる音が響き、サメヤミーが綺麗にセルメダルの山へと変えられていた。どんな攻撃なのかはトーリには全く分からなかったが、おそらくトーリが受けたものと同じ攻撃を受けたのだろう。硬化した羽で身体を覆っていたトーリは、幸いなことにあまりダメージを追わなかったと見える。羽に食い込んだ無数の銃弾が先ほどの衝撃の正体だというのは分かったが、どんな魔法を使えばそんな包囲攻撃が出来るというのだろう。「あれ……?」暁美ほむらは、トーリに情けをかけて助けに来てくれたのでは無かったのか?なんとか起き上がろうとしたトーリの額の前に、ジャキン、と小気味よい音を鳴らす凶器がその口を向けていた。トーリはその手の黒光りする武器に明るくは無いが、どう考えても引き金を引いたらセルメダルが撒き散らされることは間違いない。「貴女を生かしておいたのは私の間違いだったわ。今ここで清算する」おそらく、トーリが何をしようとしても、暁美ほむらが引き金を引く方が早いだろう。ヤミーなのだから頭が崩れても生きている気はするものの、試したことが無いのでやはり恐ろしい。「ほむら……さん?」「気安く呼ばないで」銃口が向けられた額にではなく、横なぎの打撃が側頭部に加えられ、背中を踏まれて身動きを封じられてしまう。思った以上にダメージは少なかったものの、銃に加えてほむらは打撃武器の扱いも上手いという絶望的な情報を得てしまった。「前より防御能力が上がってる……?」それでも、ダメージが少ないと判ったら、追撃を受けてでも飛び立てる可能性が出てくる。訝しそうに呟いた暁美ほむらの隙を突いて飛び立とうとするトーリだが、「同じ手は通じないわ」頭部を振りおろし攻撃によって殴られ、そのまま地面に叩き落とされてしまう。暁美ほむらの左手にはもう一丁のやや大きめな銃が握られており、先ほどからそれで殴られていたのだとようやく気付く。某北国製の銃の中には、その頑丈さが評価され、弾切れの後も鈍器として戦闘に使用可能だと言われるものもあるのだとか。どれも、魔法少女やヤミーで無かったら間違い無く死んでいる筈の一撃である。やはり頭はヤミーの弱点だったようで、意識に嫌な感じに靄がかかってしまっていた。「ワタシは、もう魔法少女の勧誘はしてないです。だから見逃してください」必死である。話せば分かってくれるかもしれない分、サメヤミーよりもマシだが、それでも危機には違いない。命乞いといえば聞こえは悪いが、別の世界のウヴァさんの最後の言葉を考えれば、やはりこの子はウヴァさんの娘なのかもしれない。ちなみに、そのウヴァさんのセリフとは、『やめてくれ……誰か、助けてくれ……!』である。「そんな見え透いた嘘に騙されると思う?」……前言撤回。話しても分かってくれそうにない。「最期に話す人がまどかさんなら、まだ幸せだったのに……残念です」せめて最期に少しぐらい、毒を吐いてみたくなったのかもしれない。引き金にかかった暁美ほむらの指に力が入るのが分かる。もう自分はここで終わりなのだ、と本気で思った。だからこそ、信じられなかった。「この国で持つ物じゃないでしょ……『それ』は」ほむらの背後に現れた、も一人の救世主の姿が……・今回のNG大賞『助けてください!』『私に助けを求めるなんて、どうかしているわよ』『このままじゃ死んじゃいます!』『宇宙のために死んでくれる気になったのね』『嘘じゃないですよぉっ!』『銃弾のストックを無駄に消費するのは嫌よ。勿体無いじゃない』『なんか、まるでお母さんと話してるみたいな……』『ワケが解らないわ』ザ☆いじめられっ子の発想。・公開プロットシリーズ→トーリも少しずつ変化している……と、良いなぁ