「うわあああんん!! さやかちゃんのばかあああっ!!」「「えっ?」」互いが互いのテンションを高め合う悪循環を繰り返していた二人だったが、頭に昇っていた血が一気に引き下げられてしまった。口論に親友の涙と言うまさに冷や水を入れられたさやかは、しばし思考を止めて唖然としてしまう。その間にも滝のように涙を流して泣く、鹿目まどか。まどかの泣き声は鶴の一声と呼ぶに相応しいものには間違いなかったが、そこには貫録もへったくれも在りはしなかった……「ど、どうしたんだ?」そして呆然とするさやかを余所に、先輩に裏切られたBOARD戦闘員のように慌てる後藤。おそらく、年下の子供をあやしたり優しく諭してやったりするような経験が圧倒的に足りないのだろう。世界より先に、まず自分の身の回りに視線を向ける癖を付けるべきかもしれない。慌てて自分のカバンの中を手探りで調べているさやかは……まどかの涙を拭ってやるためのハンカチでも、探しているのだろう。いくら動揺しているとはいえ、流石にカバンの中にタイムマシンを探そうとなどしていない筈だ。えぐえぐ、と溢れ出る涙をまどかは自らの袖で拭おうとするも、一度決壊した涙腺は理性という土嚢をなかなか受け付けてはくれない。「……むぐ?」だが、その擬態音が、突然変化を遂げる。「えぐ」から「むぐ」へと変化したのだ!それがどうしたんだ? と言うなかれ。解りにくいにもほどがあるには違いないが。具体的に言うと、鹿目まどかの口に何かが差し込まれた音である。硬くて太くて長い……誰もが想像したキーアイテムであった。「あいひゅ……?」「落ち着いた?」『仮面ライダーOOO』という物語において「タトバ」と同等かそれ以上の重みを持つ重要単語……その名は「アイス」。付近の露店で売られていたと思しき無骨な棒付きアイスだが、その冷たさはまどかの涙腺を内側から冷やすのにはもってこいだったらしい。リスのようにアイスバーを加えたまま、鹿目まどかはゆっくりと顔を上げる。その瞬間……まどかの脳内が、瞬間湯沸かし器も裸足で逃げ出すぐらいの勢いで煮立った。「大丈夫。怖がらせたりしないから、安心して」セリフ回しだけを見れば女性のものかと思われても不思議でないような、柔らかい言葉選び。目の高さに合わせてしゃがみこみ、まどかの顔に真っ直ぐと向けられる真摯な視線。混乱の極地に居たまどかの口にアイスバーを突っ込んで落ち着けるという発想能力も恐るべし、である。この場に居る誰よりも多くの人間と接して来た男の真骨頂が、まさに発揮されていた。泣くことも忘れて、自身と目を合わせてくる人物に対して焦点の合わない視線を向け続ける鹿目まどか。その頬は熟れたリンゴのように真っ赤に染まり、どう見ても泣いていた時よりも色が深い。明らかに鹿目まどかの正面に立っている男が原因に違いない、というか後藤にはそうとしか思えなかった。「あの、」「ああ、俺は火野映司。近くに住んでるんだ」言い淀むまどかの様子を見て、呼び名が解らないのだと悟った映司は瞬時に自らの名乗りを上げる。その居住区が公営の夢見公園だなどとは、初対面の人間に告げることはしない。他人の機微にはとてつもない敏感さを見せる男、火野映司の能力は今日も絶好調であった。ただし、火野映司の対人能力には重大な欠陥が潜んでいる。「ええと、その、私……火野さんにどうしても聞きたいことがあるんです……!」その欠陥とは、「男」と「女」の関係についての鈍感さが常軌を逸しているという特性である。ある意味、正統派主人公な性格と言えるかもしれない。まどかの頬は、もはや自身のリボンや瞳よりも濃い赤色に染まっていた。「あっ……」ところで、口に物を咥えたまま言語を発声しようとすればどうなるか。まどかの口に収まっていたアイスが、地球引力に従って下方へと吸い寄せられる。そして、ソレを同時に拾おうとするまどかと映司の手が……重なった。小さなまどかの手を覆う、見た目以上に大きく感じられる映司の手。「そうじゃ、なくて……」興奮気味の女子中学生をさらに動揺させるには、その優しさは沁みすぎた。そして、青年はアイスを持っていなかった方に握っていた布で、鹿目まどかの涙を丁寧に拭い取ってくれた。だがしかし、何をどう間違えたのか。「……っ!?」青年の手元に視線を移した瞬間、何かに驚いたような表情をして見せる、鹿目まどか。そのことが最後の刺激になったらしく、熱に浮かされた感のあったまどかの全身から力が抜ける。頭に熱が昇って意識が朦朧としていたまどかは、そのまま倒れるように目を回して気を失ってしまったのだった……「大変だ!? とにかくこの子を休ませられる場所に運ばないと!」「待て、火野」まどかを心配して最寄りのクスクシエに運び込もうとする映司を引きとめたのは……今まで傍観に徹していた後藤だった。「お前は、もしかして本気で、その子が最後に言おうとしたことが予測できていないのか……?」「正直、さっぱりですけど……それって重要なことなんですか?」こんな奴がどうしてオーズなんだ、と映司に聞こえる程度の声で呟いた後藤は、目を回している少女の言葉を代弁して、至極まともな突っ込みを入れる側に回ることにしたのだった。「お前は何故服を着ていないんだ?」尚、映司が鹿目まどかを拭うために使った布が予備の『明日のパンツ』であることは、説明するまでもない。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第四話:パンツがあるから恥ずかしく無いもん「で? 弁解はあるか? んん? この変態ゴミ虫2号!」いつの間にか再起動を果たしたさやかが、クスクシエの床に映司を正座させてSEKKYOUをかますという謎の空間が発生していた。流石に映司が未だにパンツ一丁という事は無く、今はしっかりと服を着ている。そんなSMプレイを繰り広げる二人を尻目に、変態ゴミ虫1号こと後藤慎太郎はクスクシエのメニューから注文を終えていたりするあたり、ちゃっかりしていると言うべきか。ところで後藤君、君の今日の任務は何だったか覚えているかね?「手を伸ばせるのに伸ばさなかったら死ぬほど後悔する! だから手を伸ばしたんだ……!」「このロリコン野郎っ! あたしの嫁であるまどかに手を伸ばしたことを死んで詫びろっ!」自らの名台詞を自分で台無しにする男、火野映司。そして、クスクシエの備品のフォークで映司の頬をぐりぐりと突くさやか。もちろん、映司の頬に当たっている側が細く尖って先が分かれている方である。まだ魔法少女になっていないにも拘らず暗黒化が進行している気があるさやかだが、これが世界の修正力というやつなのだろうか。ちなみにまどかは部屋の隅に椅子を固めて作られた空間で静かに寝かされているので、問題ない。ただでさえ頭が混乱していた時に半裸の男性に迫られてパンツで涙を拭われるという珍しい体験をすれば、脳味噌の処理容量が溢れてしまうということも……多分あるのだろう。多分。『助けて……助けて……』丁度そのころ、まどかが気絶していたせいでCDショップの上階で白いマスコットキャラが何回か死ぬ羽目になっているのだが、いきなり遭遇フラグが折れていたりする。某所で未確認生命体扱いを受けているほむらさんだが、自身も知らぬ因果でまどかとキュゥべえの出会いを遅らせるというナイスセーブをかましている辺り、今回の運は悪く無いようだ。「映司君がお店手伝ってくれるって言うから身体のサイズを測ってたら、外から聞こえてきた泣き声の方に駆け出していっちゃったのよ」「なるほど。相変わらず目先のことしか見ない奴だ」さらっと映司のフォローを入れながら店長こと白石知世子さんが、後藤のテーブルに本日の日替わりメニューを並べてくれる。世界の文化にあまり詳しく無い後藤には、目の前の料理が何処の国のモノかなど解らないが。「あの店長さんが言ってることって、本当?」いつの間にかオプションにロープと猿轡が追加されて会話どころか筆談さえも出来なくなっている映司を改めて観察しながら、さやかが映司に問いかける。さやか自身でも、どうしてこうなったのか思い出すのが難しい状態となりつつあった、というか途中からサディスティックな性癖に覚醒しかけていた自覚さえある始末だ。何故だか『助けて……助けて……!』という幻聴まで聞こえ始めた辺り、覚醒フラグが立ち過ぎている。だがしかし、映司がまどかのためを思って動いてくれていたのなら悪いことをしてしまったかもしれない、と思える程度には落ち着いて来ても居た。「ああ、行き掛けに俺のアイスを取って行きやがったなァ!」「あら、あのアイス、アンクちゃんのだったの?」答えられない映司の代わり……というわけではないだろうが、さやかの質問への返しは別の所から提示された。ヤンキー、とでも表現すれば良いのだろうか。店長からアンクと呼ばれた人物は、跳ね上がった金髪が特徴的な青年で、目付きの悪さがその近寄り難さに拍車をかけている。クスクシエの厨房から出てきたところを見ると店員なのかと勘違いしてしまいそうだが、実際にはアイスを求めて冷凍庫を開けて来た帰りというだけだったりする。だがしかし、アンクの外見に驚くより先にさやかの意識を引く言葉が、アンクの台詞には含まれていた。「アンタが持ってきてたアイスって、もしかしてコイツの食べかけ……?」「そうだ! あのアイスは俺のモンだ!」怒りが再燃し始めたさやかと、好物を引っ手繰られたせいで頭に血が上りっ放しのアンク。初対面にもかかわらず、不思議なほどにその息はあっていたりする。14年しか生きていないのにグリードと気が合うさやかが凄いやら、800年生きているはずなのに中学生並のバイタリティしか無いアンクが情けないやら。「んんんーっ!?」もがもがと言葉にならない言葉を無理やり捻りだそうとする映司だが、猿轡が予想外にきついのか、さやかたちの耳には人語として認識されない。アンクとさやかへ弁解しようとしているのか、それとも知世子さんたちに助けを求めているのか。少なくとも、自身の現状を楽しんでいるわけではないことだけは確かである。映司には、死神のパーティタイムを踊りながら地獄を楽しむようなメンタルは無いのだ。「……今日は、随分と愉快な格好をしているなァ!」「あたしのまどかによくもそんなモノをっ!」ドSが二人、映司の目の前に降臨していた。一人は今更映司の置かれている状況に気付いて愉悦に満ちた表情を浮かべ、もう一人は更なる拘束具をクスクシエの衣装から物色中である。関節キスでも女子中学生にとっては一大イベントなのだろう。アンクのアイスと同じぐらいには。――男はいつ死ぬか分からないから、パンツだけは一張羅を履いておけ。このときの映司は自分の今日のパンツの柄を思い出しながら祖父の遺言に感謝を捧げていたと、後に語ることになる……クスクシエは今日も平和です。だがしかし、見滝原市のCDショップ上階である開発予定スペースは、全く平和でなかったりする。「なんて酷いことを……!」薄暗い部屋の中で睨み合う二人の魔法少女と、一匹のマスコットキャラ。一人は何処かの学校の制服かと思わせるようなモノクロの服を着た、転校生こと暁美ほむら。もう一方はコロネのように巻かれた金髪が特徴的な、見滝原市を縄張りとする魔法少女、その名を『巴マミ』といった。そして、二人の魔法少女が意識を向ける先には元気に走り回る……ではなく15禁指定な姿となったキュゥべえの姿が。ほんの少しだけその様子を伝えるとすれば、銃撃というより砲撃と呼んだ方が良いタイプの弾丸で身体を蜂の巣にされていたとだけ表現しておこう。マミが駆けつけた瞬間が、まさにキュゥべえの命運の尽きた時であった。『助けて』というキュゥべえの念話を辿って現場まで着たマミの目に映った光景は、惨殺されるキュゥべえの姿だったのだ。CDショップから呼ばれるはずだった魔法少女候補達は、呑気に気絶していたりドSへ覚醒しかけていたりするのだが、それはさておき。「どういうことか、説明してもらうわよ?」巴マミという魔法少女は、キュゥべえと契約する際に瀕死の重症を負っていたマミ自身の復活を願ったという過去を持っている。そんな経緯を持つマミが人間の命の重さを誰よりも高く評価する魔法少女になったのは、必然と言えただろう。選択の余地などなかったとはいえ、自身を救ってくれたキュゥべえに少なからぬ恩も感じていた。だからこそ、『魔法少女』が眉一つ動かさずに『キュゥべえ』を射殺するという事態を見過ごすことなど出来るわけがなかった。「『あれ』の契約は、ヒトを不幸にする……」マミに敵意の視線を向けられつつ口を開いたほむらの答えはあまりに短く、而して彼女の確信している何かに基づいているのだと、マミには感じられた。魔法少女になったことを後悔するタイプの同胞は別に珍しくは無いのだが、その逆恨みからキュゥべえを殺害するに至った魔法少女を、マミは今までに見たことが無い。言ってしまえばそれは、クズヤミーがウヴァさんをボコボコに殴り倒す光景と同じレベルで有り得ない状況なのである。「魔法少女になったことを後悔しているの? 逆恨みも甚だしいわ」睨みあう魔法少女たちの密会は、ドキドキハラハラのオンパレードであった。「どうしましょう……タイミングを逃したみたいです……」特に、マミに数秒遅れて現場に駆け付けたけれど姿を現す切っ掛けを完全に逃したオリ主にとっては、尚更である。心臓が高鳴るどころかその心臓をそのまま撃ち砕かれる危機を感じて、心臓を握りつぶされそうなストレスを受け続けていたりして……・今回のNG大賞「ママの味! キュゥべえの挽肉はいかがでしょう!」・公開プロットシリーズNo.4→マミさんは帽子を着こなせるタイプの人間、だと思っていた時代が作者にもありました・人物図鑑 ヒノエイジ流浪の青年。性質は未練。過去に置いてきた後悔に囚われ、聞こえる泣き声を消し去ることに執念を燃やすが、自身の涙を拭うことは出来ない。この青年を倒したくば身に纏う下着を奪って絶望させればよい。