連絡入れてみるわ、とだけ言い残し、美樹さやかは病室から外に姿を消してしまった病院内で携帯電話は御法度だという表の理由もあるし、念話で話す姿を不審がられたくないという裏の理由もあるからだ。念話という魔法は相手の大体の位置が判っていないと通じないものだが、さやかはトーリがクスクシエに居るだろうと当たりを付けている。「まどか。トーリと知り合いだったの?」「うん、そうだよ。前に巴マミさんを探してたところを、助けたんだ」さやかが居なくなった病室内で、暁美ほむらが真面目そうな顔をしながら鹿目まどかに問いかけていた。結果は……かねがね、予想通り。まどかの優しさに付け込んで取り入ろうなど、まさにあの白い悪魔の手下に相応しい所業である。「ほむらちゃんこそ、トーリちゃんと知り合い? もしかして、あんまり仲良く無い……?」鹿目まどかの目には、暁美ほむらの表情が『ゆ゛る゛さ゛ん゛!』と叫び出す3秒前のヒーローと同じものに見えた……かどうかは、読者の皆さまの想像にお任せする。ただ、あの表情を真似るという行為が並大抵の人間に出来るものではないという事を補足しておこう。いや、キュゥべえさんによると魔法少女は条理を覆す存在らしいので、彼女たちなら可能性はゼロでは無いのかもしれないが。「怪しいマルチ商法に騙されている彼女を、優しく諭してあげただけ」「うわぁ……トーリちゃんと一度しか会って無いのに、騙されてる姿が簡単に想像できるよ……」尚、まどかの目の前に居る暁美ほむらは、その悪徳マルチ商法の被害者の会の会長だったりする。もちろん、会員が今のところ暁美ほむらただ一名しか居ないのは、言うまでもない。……どうすべきか、と暁美ほむらは思考を巡らせる。この時間軸の鹿目まどかは、既にキュゥべえの存在を認知してしまっている。そして、美樹さやかも既に契約を終えていると見た方が良いだろう。鹿目まどかや美樹さやかと話している最中にこっそりと時間を止め、上条恭介のカルテを盗み見て確認してきたので、間違い無い。というか、彼女の指にソウルジェムの待機形態である指輪が輝いているのも、ほむらは見逃さなかったのだ。ならば、否認する者が居ない場所で魔法少女の末路についての知識を吹き込んでおけば、まどかは自然とその知識を前提に行動するようになるのではないか?美樹さやかが契約済みで、キュゥべえがまどかに認知されている以上、まどかが魔法少女について知るのは時間の問題だ。ならば、出来るだけネガティブなイメージを鹿目まどかに植え付けておくのは、悪い作戦では無いはず。「まどか。今から私が言う事を、信じて欲しい」『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第二十九話:継接インディアンポーカー 暁美ほむらは、洗いざらい話した。キュゥべえの契約が生み出すソウルジェムについて、そして、ソウルジェムとグリーフシードの関係について。魔力弾を窓の外の空に向かって放つという実演を織り交ぜながら。魔法の存在を関係者以外に話してはいけない、というお約束を吹き込むことも忘れない。「酷いよ……そんなのって、あんまりだよ……!」なまじキュゥべえという存在を見たことがある分、まどかの説得はスムーズに行われた。その際、ほむらはわざと情報を絞ることを試みていた。時間停止や自身の願いについて話さなかったのは当然だが、それ以外にも敢えて教えなかったことがいくつか、ある。魔法少女の具体例として暁美ほむらと巴マミの名は挙げたが、美樹さやかとトーリの名は挙げなかったのだ。この選別には……意味がある。「私が日常を大切にしているか……って、そういう意味だったの?」「そうよ。貴女は契約してはいけない。……そして、このことを他の魔法少女に話してもいけないわ」話を聞いただけで泣きだしてしまいそうな鹿目まどかは、やっぱり優しい。そして、涙をいっぱいに溜めた目で不思議そうな表情を向けてくる彼女は、絶望の意味を分かっていない。そんな大事なことは内緒にしてちゃダメ、と反射的に思ってしまっているのだろう。「貴女はもうすぐ死にます……だなんて、医者が言っても信じてもらえないのに、一介の中学生が言っても信じられるはずが無いわ」「そんなこと無いよ! 丁寧に説明すれば……」鹿目まどかの好意は嬉しいが、それは無理だ。少なくともほむらがループして来た世界では、美樹さやかは勿論の事、巴マミもその真実を受け入れることは出来なかったのだから。精神的に強い方に入る佐倉杏子や鹿目まどかでさえ、実際に美樹さやかが魔女になるのを目撃するまでは判断を保留にしていたほどである。それでも、誰かさんのように正義感が暴走して心中に走るよりは、遥かにマシだが。「証拠が無いわ。魔法少女を一人犠牲にすれば作れないことは無いけど」「それでも、ちゃんと話し合えば……」まどかがそういう食い下がり方をしてきた時の対処法も知っている。知ってしまっている。朝からの長い付き合いなどというレベルでは、無いのだから。「鹿目まどか。実は貴女も、もう長くは無いわ」「……え? ど、どうして私が……?」驚きに怯えが混じった反応を示すのも、暁美ほむらの経験通り。「証拠は無いわ。そう言われたら信じられる? ……今のは嘘だけれど、貴女の行おうとしている説得はそれと同じことよ」「……!」結局のところ、今の鹿目まどかにとって、魔法少女というのは『他人事』なのだ。いくらまどかが暁美ほむらのことを友達だと思っていたとしても、自分の身に降りかかる災難とは根本的に異なる。だからこそ、魔法少女の末路という凄惨な情報を簡単に信じてしまう。むしろ、そんな状況で涙を流してくれるだけでも、この子は優し過ぎた。「貴女もキュゥべえに目を付けられた以上、無関係では居られない。だから話したわ。絶対に契約しようなんて思わないで」まどかは、自分自身が何を言いたいのか、そもそも何を考えているのかさえ纏められていないに違いない。そして、ほむら本人は意識していないだろう。ほむらの何気ない一言が、何処かの時間軸で巴マミが使った台詞にそっくりだった、という事など。やはり、何だかんだで暁美ほむらは巴マミの弟子なのである。「……トーリちゃんも、既に契約しちゃってる、ってこと?」紡ぎ出した言葉が……それだった。何故このタイミングで魔女の真実などという突拍子も無い話を始めたのかと考え始めた結果、気付いてしまったのだ。怪しいマルチ商法という言葉の意味が、キュゥべえによる魔法少女の勧誘である、と。「隠しても仕方ないわね。その通りよ」そして鹿目まどかは、既に気付いている。「さやかちゃん、は?」既に契約済みの巴マミやトーリとそれなりに深い付き合いをしているのなら、さやかが既にそのスパイラルに組み込まれていても不思議ではない。というか、その方が自然だ。「手遅れよ」そしてここで、暁美ほむらがトーリやさやかを具体例として挙げなかった意味が生きてくる。少なくとも鹿目まどかの頭の中では、『ほむらは話さなかったけれどまどかは気付いた事柄』としてその情報が記録されているのだ。こうすることで、最も受け入れ辛いはずの情報を、鹿目まどかに疑わせないという心理誘導を成功させたのである。暁美ほむらがこのタイミングで魔法の話を始めた主な理由が、コレだった。「こんなのって無いよ……でも、キュゥべえはもう居ないんだから、これ以上犠牲者は出ないよね?」これに関しては、ほむらは説明を続けるべきかどうか判断に余った。正直に言って、キュゥべえというナマモノの生態は、地球人の常識で語ることが難しい。先程の説明においても、キュゥべえという存在に関しては契約を持ちかけてくる生物だという以上の説明は行っていないのだ。「へーい! ザ・鳥人間一丁お持ちぃ!」「お邪魔します? ……って、あれ……?」美樹さやか……貴女はタイミングが良いのか悪いのかはっきりしなさい。そして、ほむらと目を合わせないようにしながら、音も立てずに静かに錯乱しているトーリが何故か哀れに思えて来た不思議。呼び出されたにしてもやけに到着が早い気がするのは、きっと魔法で飛んで来たからだろう。「ええと、さやかさん。まどかさんの隣にいらっしゃるのは……」訳:何故見てるんですか! ほむらさん!「昨日ちょっと顔見せたじゃん。転校生の電波女・暁美ほむら閣下さんだよ?」「私、聞いてないです……!」訳:本当に裏切ったんですか!? ザヤガザアアアン!?まさか、さやかの手によって死地に導かれるとは思ってもみなかったトーリだった。やっぱり、映司やさやかに疑われてでも昨日のうちに暁美ほむらを始末しておくべきだったかと後悔するが、既に時は遅し。まるで、魔法少女かと思ったらゾンビだった気分である。「お久しぶりね。トーリ……で良いのかしら?」「な、名前を知っていただけているなんて、至極光栄です」「転校生が嗤ってる……!?」ほむらの作り笑いに、さやかは驚き、トーリは恐怖する。尚、その表情を鹿目まどかには見えないように作っているところが、この女の本当に恐ろしいところかもしれない。笑うと言う行為が動物の威嚇行動の名残であるという仮説を証明できる程度の素敵な笑顔に、トーリはドン引きである。「貴女とは一度じっくり話し合ってみたいと思っていたのよ?」「おおっと? 転校生が口説きにかかってる!? この女殺しめぇっ!」「一応まどかさんのお見舞いに来たのに、何でほむらさんに殺されないといけないんですか……」トーリは、一般人のまどかが居る前では事を起こされることは無いだろうと読んでいるらしい。時間を止められる暁美ほむらの前ではその作戦は若干効果が薄いのだが、とりあえずほむらはトーリ抹殺を先送りにしたのだった。流石に美樹さやかも見ているこの状況で忽然とトーリを消すわけにはいかない。「トーリちゃん、久しぶりだねぇ! 巴マミさんとは仲良くやれてる?」「その節はお世話になりました。最近、マミさんに銃を向けられることが無くなって、心が平穏です」「コミュニケーションの尺度が何かおかしい!? あたしの知らないところでマミさんは何やってんの!?」美樹さやかの中では、巴マミという人間は強くて頼りになる銃使いな先輩だったのだが……トーリまでもが銃を向けられたことがあると聞けば、流石に人物評を改めたくもなる。「美樹さやか。貴女はもっと人を見る目を養いなさい」「転校生が何時に無く辛辣だ!?」つまり、この部屋に居るさやか以外の全員が、巴マミに銃を向けられたことがあるのだ。そんな空間で、巴マミの名誉を挽回する方が無理ゲーである。巴マミ……その名誉、神に返しなさい。「巴マミっていうのは、そういう人間なのよ」そして、暁美ほむらの新たな作戦が、ここで火を吹こうとしていた。敢えて名づけるならば……『魔法少女になった奴は心まで腐っていくんだよ! 巴マミのようになぁ! 作戦』である。巴マミを人格的に著しく貶める……というレベルまで徹底的に実行するつもりは、流石にない。だが、まどかの魔法少女という存在に対するプラスイメージを出来る限り削いでおくのは、悪いことではないはずだ。そのために魔法少女に関する予備知識をまどかに与えたと言っても過言ではない。その過程で暁美ほむら自身も恐れられる危険はあるが、そこは目的のためなら手段を選ばないことに定評のあるほむらさんの本領である。正直なところ、休憩中なほむらさんが巴マミに関する愚痴を零す場を求めているのだという部分も否定しきれなかったりするのだが。もちろん、巴さんには尊敬できる部分が非常に多いことも分かっているものの、不満というのはやはり貯まるものなわけで。「彼女は、魔法少女の力を使う事を……」「まどかちゃん、大丈夫? お見舞いにきたよ!」イラッ☆新たに入って来た男のせいで、暁美ほむらの言葉が遮られてしまった。そして、ほむらはその顔に見覚えがある。先日、河原で服を干していた半裸男だ。もちろん、今は服を着ているが。「映司さん、遅いですよ! 何処で油売ってたんですか!」「ごめんごめん」火野映司、である。クスクシエで暇を潰していたトーリが外出する際にその用事を話したところ、ついて来てしまったらしい。トーリに少し遅れて入って来たのは……不便している患者に手でも貸していたのだろう。多分。そして、暁美ほむらの作戦が水泡に帰した瞬間でもあった。流石に、一般人の前で魔法関連の話は出来ない。「火野、さん……」それよりも、気になることが一つ。まどかが、嬉しさと困惑を足して二で割ったような雰囲気を醸し出していることだ。ちらちらと火野映司に視線を向けたり外したりを繰り返している。その頬に若干の朱がさしているのが、微妙にほむらの不安を煽った。何かを思い出しては、それを振り切るように頭を左右に振って見せるまどかは、火野映司に何か特別な思い入れでもあるのだろうか。確かに顔は悪く無いし、身体もそれなりに引き締まっていた、とほむらは河原で見た光景を思い出しながら判断を下す。「ほむらさんがまどかさんと同じ表情になったのが気になり過ぎて仕方ないです……」「うん。それは俺も気になってた。理由は分からないけど」「「!?」」思わずお互いの顔を見合わせる鹿目まどかと暁美ほむらだが……まさか、本当に二人は同じことを考えていたのだろうか?腹を割って話し合わないと分からないだろうが、火野映司本人が居る場所で確認できる内容でも無い。「あれ? ほむらちゃん、火野さんと知り合いだったの?」「えっ……」思わず口ごもってしまう暁美ほむら。まさか、男たちの裸の語らいを盗み見していたなんて、言える筈も無い。というか、そんな事を言えばまどかにドン引きされる。自己犠牲に定評のある暁美ほむらさんは一体どこに行ったのだろうか。「昨日、まどかが倒れた後に火病った転校生を介抱してくれたんだっけ」何気なく、美樹さやかが空気を読んだフォローを入れてくれたりして。正確には、まどか陥落後に仁美の腹パンで落とされたわけだが、そこは割愛。暁美ほむらの記憶としては中年夫婦に介抱されていたはずなのだが、後から夫の方と火野映司が一緒に居たということから考えるに、3人で介抱してくれていたのだろうと思い至った。「あのときは、ありがとうございました」「いいって。ほむらちゃんも無事で何よりだよ」まるで鹿目まどかの台詞をコピペしたような言葉を続ける火野映司。幸い、ほむらがストーカー紛いの覗き行為を敢行していたことはバレていないらしい。映司としては、ほむらに顔を見られた覚えが無いのが若干不思議ではあるものの、特に突っ込みを入れることも無かったのだった。そして、火野映司という名前を何処かで聞いたことがあったはずだという気がしてならなかった暁美ほむらは、ようやく思い出していた。――なんていうか、火野さんのことを考えると胸がドキドキするような気がして、これってもしかして恋っていうモノだったら、それはとっても嬉しいなって……その言葉を思い出してしまうと、頬を染めている鹿目まどかの顔が、恋する乙女の表情に見えてしまう。ほむらの知る鹿目まどかという少女は、全くと言って良いほど男に縁の無い人物だったはずだが……これは一体どういう事だろう。世界の変化は循環する時空の結末を解消するファクターとなる可能性を秘めているので、暁美ほむらとしては歓迎すべきもののはずなのに……何故か素直に喜べない不思議。一発芸がてらにお見舞い用の果物でジャグリングを始める映司に、楽しそうな顔をしながら手を叩く鹿目まどかと愉快な仲間達を目の当たりにして、暁美ほむらの不安はますます募るばかり……暁美ほむらは、知らない。メダルとオーズの存在を。火野映司と美樹さやかとトーリは、知らない。鹿目まどかに魔法少女の素質があることを。アンクは、姿を現わせない魔法少女が脅威となる可能性を恐れて。鹿目まどかは、言い出せない。魔法少女の運命の凄惨さを恐れて。物語を動かし始めるには、いささか鍵が多過ぎたらしい。この先の物語は、『誰が居るのか』ではなく、『誰が居なくなるのか』によって左右される……のかもしれない。・今回のNG大賞「何、勘違いしてるの? 私の狩りはまだ終わってないわ!」「あれ? まどかとマミさんって知り合いだっけ?」「アンクちゃんを生贄に! 巴マミさんの召喚を無効化するよっ!」「おいガキお前ええええっ!?」病院ではお静かに。※色的な意味で。通常モンスター=マミさん。罠カード=まどか。・公開プロットシリーズNo.29→人間関係を絡ませ過ぎると誰も動かせなくなるorz