魔法少女の密会を終え、美樹さやかは意気揚々と帰宅していた。風を切って空を飛ぶという珍しい体験をしたことも、さやかの気分を上向きにさせた原因になったのかもしれない。もっとも、実際に頑張ったのはさやかをぶら下げて力の限り羽ばたいたトーリなのだが、細かい事はあまり気にしないのが美樹さやかの長所なのだろう。「お帰り、美樹さやか」彼女を待ち構えていたのは、「ただいま、キュゥべえ。寂しかった?」愛くるしいネコのような外見をした、マスコットだった。魔法の使者キュゥべえ……彼こそが、世界をまたにかけて数々の魔法少女をプロデュースして回る、人気者なのだ。彼を題材にして抱き枕や縫い包みを販売すれば、きっと一大ビジネスに発展できるに違いない。購買者の何人かは、抱き枕に砂を詰めたり、縫い包みに五寸釘を打ちつけたりするだろうが。特に、最近鹿目まどかの周囲をうろついているストーカーさんの陰湿なやり口を見ているキュゥべえとしては、彼女がそういった行動に出ることは簡単に想像できる。一体、彼女は何回キュゥべえを殺せば気が済むのだろう。「仕方ないよ、僕だって死ぬのはゴメンだからね」勿体無いじゃないか。なんて口走るようなマネはしない。「それにしても、何者なんだろうね。『キュゥべえの命を狙ってる奴』って」事の発端は、さやかが契約した日に、幼馴染の上条君を治療してほくほく顔で帰宅した時にまで遡る。『ボクの命を狙っている奴が居るみたいだから、ボクが実は生きているという事は誰にも言わないで、匿って欲しい』その先刻に契約を交わしたばかりの可愛らしい動物が、さやかに頼みごとを打ち明けて来たのだ。そしてこの頼みは、キュゥべえとしては、匿って欲しいという所よりも『誰にも言わない』という所がポイントだったりする。キュゥべえが殺しても死なない群生生物だという事実を知ると、大抵の魔法少女はキュゥべえを疑り始めるので、マミやトーリにバレるのは宜しくない。「目的も能力も、まだよく分かっていないんだ。助言できなくて済まないと思っているよ」「あんたに言われた通り、他の魔法少女にも教えなかったけど……そこまで徹底する必要、あるの?」さやかとしては、その部分があまり重要だと思っていないので疑問に感じることも若干あったのだが、「それを知った人間が不幸になったら申し訳ないじゃないか」「なんか、一気にキュゥべえの漢前レベルが上がったような気がする……?」心にもないことを言うキュゥべえにころっと騙されてしまうのが、美樹さやかの良い所である。少なくとも、キュゥべえにとっては。「そうだ。今日は、仮面ライダーについて色々聞いて来たけど、聞きたい?」「お願いするよ」本当に、便利な奴だ。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第二十五話:Free your heat――本当の気持ちと向き合えますか?「なるほどね」グリードは800年前に生まれたメダルの怪人で以下略。「その火野映司って人に、念話は通じるかい?」「んん? キュゥべえ、話を聞いただけでファンになっちゃった? でも蓋を開けてみたらパンツマンだよ、アイツ……」「緊急時に連絡を取れるのかどうか、知っておいて損は無いよ。君達は危険に身を置くことも多いだろうし」「おっけー」むむむ、と額に指を当てて、まるで瞬間移動する直前のサ○ヤ人のようなモーションをとってみせるさやか。そういうことをしてみたい年頃なのだろう。多分。「おかしいなぁ? 通じない……」「まぁ、基本的に魔法少女とボクにしか繋がらないから、無理だとは思ってたよ」この確認作業には、意味がある。火野映司には、魔法関連の素養が存在しないという、重大な情報が確定したのだ。それはつまり……キュゥべえの持つ視覚阻害能力が彼に対して有効であることを意味する。キュゥべえ自身が直接的に物体を破壊したり盗んだりするのは、周囲の信頼を損ねる可能性があるので最終手段ではあるが、その方法が使えるのはアドバンテージとしては大きい。「それと、泉信吾に関する事なんだけど、さやかの能力で治せば万事解決じゃないのかい?」「何で、気付かなかったんだろう……」そこは女子会の最中に気付いておけよ、と思わないでもない。泉信吾というのは、現在アンクに身体を乗っ取られている男の名前である。市中で出会ったカマキリのヤミーに致命傷を負わされて意識不明の重体のところを、アンクに取り付かれることで命を保つことが出来ているのだ。「まぁ、事を起こすなら、他の魔法少女と相談すると良い。グリードは、僕らが予想もしない力を持っているかもしれないからね」それももっともな話だ。何の疑いも無く、さやかはその提案に乗ることにしたのだった。さやかは、知る由も無い。間もなく見滝原に現れる超弩級の魔女に備えて、キュゥべえがこの町の戦力を削ろうとしていることなど。「何だかもう、キュゥべえってあたしの参謀役っていうか、頭脳だね」美樹さやか……お前の頭を探して来い。ちょうど同時刻頃、閉店時間直前のクスクシエに、一人の男が足を運んでいた。その屋根裏部屋に住まう、二人の魔法少女を目当てに。「あら、映司君。マミちゃん達に会いに?」「はい。そうなんです。帰ってますか?」噂の仮面ライダーオーズ……もとい、火野映司、その人である。気前の良い店長に案内され、何の障害も無く屋根裏部屋まで辿り着いたのだった。「ねぇ、トーリさん」「どうかしましたか?」だが、隙間の開いた扉ごしに聞こえてくる声によると、マミとトーリが丁度何かを話し始めたところらしい。二人が室内に居るのは僥倖だが、少しだけ扉の前で待つことにした映司には……当然、二人が話し続ける声が、聞こえている。……そして、結局巴マミと共に居ついてしまっている蝙蝠のヤミーは、実はとんでもなく図々しいヤツなのかもしれない。「もしも……例えばの話だけれど、私の正体が人間じゃない化物だと知ったら、トーリさんはどうすると思う?」巴マミは、不安に心を苛まれていた。魔法少女が生ける屍だと証明された日からずっと、その真実を後輩に言う事が出来ない自分自身を不甲斐なく思いながらも、そんな自分を変えることが出来ずにいる。「……ぇ?」マミが何を思ってそんな話を持ち出したのか、映司には分からない。アンクについての話題なのかな? ぐらいには予想しているかもしれないが。盗み聞きをする気は無かったのだが、奇しくも先日の暁美ほむらと同じように現れる機会を見失っていた。「言っている意味がよく分からない、です」一方のトーリは、嫌な予感が運命の扉をティロフィナーレで連打する勢いで叩いている、というぐらいには焦っていたりする。トーリの耳には、先ほどの質問がこう聞こえたのだ。『私じゃなくて貴女の事よ。正体が化物だって薄々気付いているんだけど……どうして欲しい?』と、いう具合に。近頃、自分が冷や汗を流し過ぎている気がしてならないトーリだが、愚痴を聞いてくれる相手も居ないので寿命は縮みっぱなしである。もっとも、このヤミーはウヴァさんに似て、耐え忍ぶことは苦手ではないようだが。「もし私がヤミーや魔女みたいな存在で、貴女を危険に晒すかもしれないとしたら、どうするのか……ってことよ」映司には、何となくマミの言っている意味が分かった気がした。人間は現在持っている力が自分の身の丈以上だと感じると、不安になることがあるのだ、と。そして、トーリにも何となくマミの言っている意味が分かった気がした。トーリがヤミーなら死ぬしか無いじゃない、と。「私は、逃げますよ。そして、マミさんが私の事を忘れてくれるまで、悪事は控えて目立たないように生き続けます」トーリは、勝算の無い戦いに突っ込むような好戦的な性格はしていない。「戦ってでも私を止めよう、っていう発想にはならない?」そう言って欲しかった、と映司には聞こえた。逃げないで大人しく死ね、とトーリには聞こえた。「私の知っているマミさんは、例えそういう状況になったとしても、戦いたいと思える相手じゃないです」主に、戦力的な意味で。「そう言ってくれるのは嬉しい……けど……」トーリの台詞を人間性という観点からのものだと解釈したらしいマミの声が……少しだけ湿っているように、映司には思われた。後輩に慕われて嬉しいというのは間違いなく本音なのだが、だからこそ辛いと思ってしまう何かを胸の中に抱えているのだろうか。「もし私が化物だったら、マミさんはやっぱり私を倒すんですか……?」おずおず、とマミに尋ね返すトーリの目を見て……マミはようやく気付いた。この後輩が、マミに対して怯えている、ということを。自分は、また彼女を不安がらせている。「そんなわけないわ」口を突いて出て来てしまった言葉は、否定のそれだった。よく考えもせずに言ってしまったという気はするものの、だからこそそれは、偽らざる巴マミの本音だったのかもしれない。「そう、ですよね」どうやら、正体がバレたと思ったのは、トーリの早とちりだったらしい。そして、その言葉を聞いて露骨に表情を安堵のものへと変化させるトーリを見て、巴マミは殊更に迷う。この臆病で優しい後輩に、魔法少女の真実を教えて良いものかどうか。……乾いた音が、マミの思考を打ち切らせた。別に誰かが発砲した音だとか、そんな物騒なものではなく、部屋の扉を誰かが叩いた音である。扉がぶち破られたわけでもなければ、爆破されたわけでもない。「火野だけど、今時間取れるかな?」「どうぞ」マミより先に反応したトーリが、快く映司を室内に迎え入れてくれた。巴マミが不思議な緊張感を放っているこの状況を打開してくれるなら願っても無いことだ、と思っているのだろう。室内に入って来た映司は、夜分の挨拶を終え、部屋の中を簡単に見回して何かを探しているようだった。「アンクって、こっちに来てない?」「来てないわよね、トーリさん」「ワタシも、見てないですよ」アイツ何処に行ったんだろ、と呟いている映司がアンクを探してこの場に来た事は、疑う余地が無いようだ。「行方不明なんですか?」「ちょっと、ね。あいつの身も心配だし、あいつが悪さをしてるかもしれないのはもっと心配なんだ」「保護者は辛いですね」マミの返事にアンクの身を案ずる響きが無かった辺りに、アンクというグリードに対する評価が如実に表れていた。そのことを鋭く察して苦笑いを零す映司と、その意味がよく分からずに首を傾げるトーリ。「捜索なら、ワタシも手伝いましょうか?」「いや、俺の取り越し苦労ってこともありそうだから、良いや」トーリとしては、アンクにそう簡単にくたばって貰っては困るのだ。ウヴァの復活の手順を吐いた後ならば、心おきなく死んで欲しいとも思っているが。「あと、俺達のセルメダルってトーリちゃんが持っておくんでしょ。昼間に倒したから、預けに来たよ」「お疲れ様です」ガメルのヤミーは、倒した時に落とすセルメダルの数が極端に少ないという特性があるのだが……ガメル本体には、それなりに多くのセルメダルが溜めこまれていた。従って……「大漁、ですねぇ」「うん、運ぶのも一苦労だったよ」普段は貨幣の類を明日のパンツに収納して持ち運んでいる映司でも、流石にグリード一体分のセルメダルをその方法で運ぶのは無理だったようだ。大きめの上着を一枚脱いで、その中に包んで持って来たとのこと。もちろん、それとは別に映司はきちんと服を着ているという事を、誤解の無いように補足しておこう。流石の火野映司だって、非常時でも無いのに女子中学生に半裸姿を見せつけることを良しとする筈が無いじゃないか。そんなの絶対、通報だよ!それはさておき、特に変態的犯罪行為に及んだわけでもない映司は、用事を終えて無事にクスクシエを後にすることとなる。「アンクさん……無事だと良いですね」「大丈夫よ。殺したって死にそうに無いもの」この時になってようやく、トーリには映司の苦笑の意味が分かったのだった……尚、カザリから逃げ切った後で行き倒れていたアンクは、異なる世界の歴史の通りに映司が見つけて回収したとのこと。自分が失った数に匹敵するコアをあっさり獲って来た映司に、少しはオーズらしくなったなァ、などとアンクが少しだけ賛辞の言葉を述べたのは全くの余談である。違った事と言えば、映司が昼間に大量のセルメダルを得ていたために、鴻上光生会長からセルメダルを借りるというイベントが無かったことぐらいだろうか。物語は、既に狂い始めている。さやかの契約の前倒しという形で。そして、グリード二体の退場という形でも。世界を破壊する切り札は……誰だ?・今回のNG大賞「それを知った人間が不幸になったら申し訳ないじゃないか」「なんか、言外にあたしだけは不幸になっても良いって言われた気がする……?」さやかちゃんマジ安定のさやか。・公開プロットシリーズNo.25→マミさんは後輩に精神的に依存するタイプな気がする。