自分の価値というものに、まるで気付いていない。……鹿目まどかは、いつだってそういう存在だった。少なくとも、暁美ほむらにとっては。「あなたは……っ!」暁美ほむらが鹿目まどかを助けようとしても、気が付けばいつの間にかほむらの方が助けられていて。もう誰にも頼らないだなんて、そんなのは嘘っぱちだったんだ。「なんで、いつだって、そうやって自分を犠牲にして……!」声を荒げて、ほむらは頭髪の半分を真紅に染めたまどかの肩を掴み、揺さぶる。「暁美さん!? 頭を打った人にそれは駄目ですよ!?」「役に立たないとか、意味が無いとか、勝手に自分を粗末にしないで!」もう何も、耳に入らない。血の気の失せたまどかの寝顔が、暁美ほむらの見る世界の、全てだった。「仁美! ちょっと転校生を引き離してて! 何でもいいから落ち着かせるんだ!」「わ、解りました!」まどかに泣き縋るほむらを力ずくで引き剥がしたさやかが、バトンを仁美へと放った。そして、人命がかかっているからには、仁美とて全力で対処する以外の選択肢は残されていない。「貴女を大切に思う人の事も考えてっ!」良い台詞だ。感動的だな。だ が 無 意 味 だ。「ごめんなさい、暁美さん!」「だばっ!?」仁美の全力の拳が、ほむらのか細い肢体に叩きこまれた。いわゆる、腹パンというやつである。何処かの並行世界で最強の魔法少女候補を一撃でノックアウトしたという伝説まである志筑仁美の腹パンが、まさに今、繰り出されていた。「まど……か……」当然、暁美ほむら如きに耐えられる一撃ではなかった。薄れる意識の中でほむらの目に入った最後の光景は、こちらに背を向けてまどかの元に座り込む美樹さやかと……紅い水たまりの中に落ちた、お守り。いつか、志筑仁美がお土産として配っていたもので、まどかは真っ赤なそれを貰っていた筈だ。そんなどうでも良いことを考えながら、ほむらの意識は暗転したのだった……尚、『だばっ』という効果音は暁美ほむらさんが血を吐く時の効果音として漫画版において用いられた『公式用語』であるため、作者に擬音を使うセンスが無いなどという言い掛かりは止めてほしいものである。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第二十二話:暴走特急隊仁美やほむらから見られることなく魔法でまどかの治療を終えたさやかだが、その表情には未だ険しさが消えることはなかった。さやかは、この魔法が万能ではないことを既に知っているのだから。さやかは、この能力を得てからすぐに、入院中の上条恭介の元へと向かい、彼の腕と足の治療を行った。だがしかし、さやかに出来たのは、『そこまで』に過ぎなかったのだ。神経が繋がっても、すぐに昔の感覚が戻ってくるわけではない。筋を治すことは出来ても、筋力を戻すことは出来なかった。だからこそ、上条恭介は現在、リハビリに勤しんでいるのである。さやかの前で目を覚まさないまどかだって、同じだ。脳というハードを治すことは出来ても、『鹿目まどか』というソフトが無事であるかどうかは、分からない。一命を取り留めたのは間違いないものの、予断を許さない状態には違いない。「美樹さん」おそらくこの場で一番冷静な声……志筑仁美の、それだった。「救急車を呼びました。鹿目さんは私に任せて、美樹さんは公園で待っている人の所に行ってあげてください」一瞬、この非常時に何を言っているのかと糾弾したい気分に駆られたさやかだが、よく考えてみれば、さやかがこの場に残っても出来ることは無い。ならば、さやかが待ち人に一言声をかけてくるぐらいの事は、行っても平気だろう。「じゃぁ、せめて転校生だけはこっちで預かって行くよ。病院で騒いだら迷惑だろうし」それでもまどかを残していくことに多少の罪悪感があったのか、軽々とほむらを背負い上げ、さやかはそのまま夢見公園の方に向かったのだった。人間を一人持ちあげるという重労働をそんなに簡単に行えるのかと若干の疑問に思った仁美だったが、どうせ美樹さんだし、という理由ですぐに納得した。……さやかという子の日頃の扱いが、非常に良く解る思考の流れである。「さやかちゃん、久しぶり」「うげぇっ? パンツマン? 何でここに……」夢見公園に入ったさやかを出迎えたのは……いつの日かまどかに御開帳姿を見せつけた変態野郎だった。仮面ライダー様に会いに来たのに、何故こんな奴と顔を合わせなければいけないのか。正直に言って、まどかが凶弾に倒れたこと以上の理不尽である。むしろ、まどかをコイツに会わせることを防げたという点においては、ラッキーだったとさえ言えるかもしれない。「俺に会いに来てくれたんだって? 何か用かな?」「思い上がんな、露出狂。通報するぞ」この扱い、である。美樹さやかの中では、火野映司という男の株価は底値を下回る無限債権的な評価を下されているのだ。「さやかさん、その人で合ってますよ」「ああ、あんたこの間の……トーリだっけ?」今までトーリは何処に居たんだろう。いや、さやかと映司が話を始める前から、ずっと映司の隣に居たりするのだが。コイツはオリ主のくせに影が薄くて、作者でさえもそのシーンに居ることを時々忘れるのだから、手に負えない。そんなことより。「やっだなぁ~。あたしが会いに来たのは、仮面ライダーさんだよ? ほらほら、早く案内してよ」否認しつつも、さやかの頭の中には、既に嫌な予感は走っていた。「だから、それが俺なんだって。仮面ライダー、オーズ。俺でしょ?」そう言いながら、右手でオーズのベルトを見せてくれる映司の姿を見れば、さやかにはもう逃げ道はない。――こういう時って、普通ヒロインをエスコートしてくれるイケメンがさり気無く私にフラグを建ててくれるとかじゃないの!?そんなヒーローに対する幻想をぶち壊された気分で、さやかの胸は一杯だった。今だったらきっと、とある学園都市で殴られた魔術師たちと一緒に美味い酒が飲めるだろう。もちろん、さやかは未成年者なので飲酒は御法度だが。「さやかさん、どうかしましたか?」心配そうにこちらを見守っているトーリの気持ちは嬉しいが、コイツは頼りになるかと言われれば、NO一択でしかない。知られざるヒーローの素顔に絶望したさやかは、「奇跡も魔法も、無いんだよ……」恋人がかつて吐いた台詞を、引用していたという……「ところで、さやかちゃんが背負ってるその子は?」今度は映司が、心配そうな声をかけた。ただし、心配の対象は先ほどのトーリとは違う。さやかが負ぶっている、長い黒髪が目立つ女の子である。興味本位にその顔を覗き込んだトーリは……その瞬間に、背筋を凍りつかせた。――契約を結んだことを後悔しているのね。無理も無いわ忘れもしない。トーリがまだ名前も無かったころに出会った、魔法少女。――貴女が人間では無いという事は、よく解ったわ魔法少女になってくれる人材を探していた時に、トーリを殺しにかかって来た、暁美ほむら……その人だった。「トーリ、どうしたの? もしかして転校生の友達だったりして?」知り合いです。顔を見せたら発砲される程度には深い仲ですよ。ただ、それを素直に口に出しても、ほかの二名がトーリの味方になってくれるかどうかは不明である。「何処かで会った気がするんですけど……思い出せません」……しかし、この状況はチャンスかもしれない。当人は現在、気を失っていてトーリの存在に全く気付いていない。つまり、トーリは彼女を始末することが出来るかもしれない。ここで会ったが百年目、というやつである。だが、一緒に居る映司やさやかが、あからさまな人殺しを見逃すとも思えない。というか、映司はともかくとして、味方だと思っていたさやかが敵になる可能性が浮上したのも、痛い。ほむらとさやかが味方同士なら、その可能性は充分に有り得るのだ。……それならば、暁美ほむらと他の二人を敵対関係に誘導するまでである。幸いにして、さやかを騙すことは、アンクを相手取るのに比べれば遥かに気が楽だ。「どうせなら、マミさんとも一緒に話しませんか?」巴マミに、暁美ほむらのキュゥべえ殺しを証言させれば良い。その場に居合わせたことが知られると厄介なのでトーリの口からは言えないが、巴マミが発言したとなれば、映司にはそこそこの説得力を持った情報として伝わる筈だ。マミがその事件を告発した後に、トーリが襲われたことを暴露すれば、暁美ほむらの買う不審は決定的なものとなるに違いない。「マミさんって?」「魔法少女の先輩の巴マミさんです。最近、住んでいた所が壊れてしまって、クスクシエっていう店にお世話になっているんです」オーズ原作で、1クール目の中盤辺りから映司とアンクが住んでいた、あの屋根裏部屋である。一応マミにも遠い親戚という名目ばかりの保護者は居るのだが、店長である知世子さんに映司とトーリが事情を掻い摘んで説明したところ、快く部屋を貸してくれたというわけだ。「もしかして、『私と一緒に死んで』って言って欲しい女子ランキング一位の巴マミさん? 会ってみたいっ!」「そのランキング不名誉過ぎでしょ!?」かかったっ!「そうです。まさにその人ですよ!」「しかも、意外と有名なの!?」クスクシエに居るであろうマミに、念話でアポを取るトーリ。先日アンクへと念話を繋げる時に気付いたのだが、トーリの側から念話を発動した場合には、トーリのセルメダルは増えないのだ。つまり、アンクに感知されない。もちろんセルメダルは欲しいのだが、余計な争いは回避したいというのも本音な訳で。「結構距離があるから、ライドベンダーで送って……でも、3人も載せられないよなぁ……」流石に、バイクというものは3人も4人も乗ることを想定されていない。鴻上財団の誇る化物バイクならば可能な気もするが、道交法的にそれはダメだろう。「それなら、パンツマンが転校生を預かってよ。トーリ! 飛ぶのよ! あたしを載せてっ!」大切な友達をパンツマンに預けるなんて、どうかしているよ。さやか。お前は絶対、空の旅を楽しんでみたいだけだろう。その欲望を開放して、本当の気持ちと向き合え。「お先に失礼しますね」「れっつらゴーッ!」人気の無い離陸場所を探して、さやかの両脇に手を回したトーリは、あっと今に飛び去ってしまったのだった。「意識の無い人間をバイクで運ぶなんて、無理でしょ……」そう呟く映司を、残して。結局、目を覚ましそうにないほむらを背負って、映司は走ってクスクシエに向かう事になるのであった……だがしかし、この火野映司という男が何の寄り道無しに目的地に辿り着くことなど、滅多にあるものではない。いつの間にか、30歳前後と思しき夫婦の喧嘩の仲裁に入っていたのだ。そして、当然の如く、別の騒動にも巻き込まれる。ドラム缶や立て看板、パイプ椅子……付近にあったものが手当たり次第に周囲のものにぶち当たるという怪奇現象に。巨大な角と異常に発達した手足の筋肉が目を引く、如何にもパワーファイターですと言わんばかりの牛型ヤミーが、その中心地で猛威をふるっていた。対象物が何であれ『当たる』という因果を少しだけ強める指向を持った重力波を放ちながら、周囲の物体を操作していたのだ。知る由も、無い。その能力の余波で、泣き虫な女子中学生が一人、病院に運ばれた事など。「これのどこが、欲望と関係あるわけ? ……って、聞いても無駄か」バイソンヤミーの元となった欲望が解らずにボヤく映司だが、そんなことを聞いて答えてくれそうな相手では無いことも理解できている。尚、気絶したままの暁美ほむらは、先ほど喧嘩をしていた夫婦に預けて来た。『クワガタ トラ バッタ』「変身っ!」映司が変身したのは、『タトバコンボ』ではなく、亜種の『ガタトラバ』であった。タカメダルさんはどうしたって?映司としては、動体視力に優れるタカは非常に使いやすいのだが、魔法少女たちの心証が悪くなるので使えないのだ。透視能力は常時発動している訳ではないと説明しても、怒り出しそうなマミと泣き出しそうなトーリに全力で止められた。さらに追い打ちとして、映司とマミが気絶している間に、トーリがアンクにこっそりと助言したという事情もあったりする。赤のメダルはアンクさんが持っていた方が安心でしょう、という具合に。そんな諸々の経緯の結果、映司は現在タカメダルを所持していないという訳である。「セイヤァッ!」「フゴォッ!」体当たり攻撃を仕掛けてくるバイソンヤミーの攻撃を回避し、虎の爪やバッタの脚力で攻撃を加えてみる映司だが……一向にダメージが見えない。具体的に言うと、ヤミーからまき散らされる筈のセルメダルが、全く排出されないのだ。ヤミーのセルメダルを削ることは、ヤミーの弱り具合を測る目安になるのだ、と言う事に映司は気付いていた。つまり、ダメージを与えることが出来ていない。しかも、映司の真後ろから、灰色の怪物がもう一体、近づいて来ている件について。映司は、彼に全く心当たりが無いのだが……何となく、第六感的に、そいつがヤミー以上の力を持った存在なのだと感じ取った。おそらく、グリードの一体なのだろう。何故真後ろから迫る敵の存在が認知できるのかと言われれば、その秘密はクワガタのメダルにある。オーズ本編では影の薄い能力の一つだが、クワガタヘッドの視界は360度……つまり、全包囲を完全にカバーすることが出来るのだ。「こっちこっち!」行動を思い立った映司の行動は、迅速だった。バイソンヤミーの前に立ち、手招きをして突進攻撃を誘う。「よっと!」そして、大地を踏みならして突進して来たバイソンヤミーを……バッタの脚力で飛び越えた。トラクローの鋭利な先端を支点にして、学校の体育の授業で習ったように空中姿勢を保ち、バイソンヤミーの背後で綺麗な着地を決める。こういう動作は、大人になっても意外と忘れないものなのだ。残された二人は……「フゴオオオオオオッ!?」「おれの、やみーを、いじめ……!?」いわゆる、正面衝突というやつである。セルメダルを撒き散らして地面に倒れる、灰色のグリードとバイソンヤミー。台詞から考えるに、このグリードがバイソンヤミーの創生者で間違いないらしい。『トリプル スキャニングチャージ』……そして、彼らが復帰する前に止めを刺そうとする、何気に容赦の無い映司。大剣メダジャリバーに3枚のセルメダルを手早く押し込み、スキャナーに読み込ませる。その場で拾ったセルメダルをすぐさま使う辺り、恐ろしく経済的な男である。「セイヤァッ!」メダジャリバーから水色の輝きが放たれ、剣閃は大きく伸びる。グリードとヤミーを両断して。空間ごと切り裂くという奇跡にも魔法にも匹敵する荒技の余波を受けて、周囲に『面』の切り口が出来るも、それも一瞬の事に過ぎない。空間斬撃『オーズバッシュ』は、生命以外のモノなら切ってもすぐに元に戻ってしまうのだから。「めず、う、る……」かくして、突発的なヤミーとの戦闘は、何枚かの灰色のコアと大量のセルメダルという収穫を以って終わりを告げたのであった…………世界の進行は、既に狂い始めている。・今回のNG大賞「今日は、ライオンのコアメダルを火野さんに届ける日です。会長」「その必要は無くなったよ。彼らは既に同じコアを持っているようだからね」本来の歴史から外れ、ライオンのコアメダルは鴻上の元に残った。今はただ……出番を待つ、のみ。・公開プロットシリーズNo.22→オーズ本編で使われない能力を拾っていけたら、それはとっても嬉しいな、って。・人物図鑑 ガメル 巨大生物の怪王。その性質は怠惰。自身の気の向かないことは絶対に行わない怠け者であり、彼の手下はその暇を潰すための玩具に過ぎない。彼の好む駄菓子の中に爆弾か毒物を仕込んでおけば、気付かずに食してしまうだろう。