「映司さんがこの間一緒に戦ったっていう青い魔法少女のこと、覚えてます?」「ああ、さやかちゃん。そういえば、ゆっくり話した事が無かったっけ」たった今まで忘れていたというわけではないのだろうが、何処かとぼけた印象を与える火野映司は、何を考えているのか分かり辛いことがある男ではある。現在二人が会話をしている場所は、町内に位置する夢見公園であり、近隣のホームレスの溜まり場でもあった。そして、火野映司という男の現在の居住地でもある。最近、そう遠く無い場所にあった見滝原中央公園が何者かによって破壊されてしまったために住人が増えてやや手狭な感が否めないものの、映司は特に気にしていないようだった。「その人が今日、映司さんに会いたいらしくて、この公園に来るみたいです」ことの発端は、先日さやか一行がバラの魔女を討伐した時にまで遡る。簡潔に言うと、さやかが仮面ライダー氏の素顔に迫ることを期待したのである。映司が特に正体を隠していそうで無いと感じていたトーリはこれを受諾し、映司に伝えたというわけだ。「元気そうでいい子だったけど……」「元気は有り余ってましたねぇ」こと美樹さやかに対する評価として、トーリと映司の印象は一致しているらしい。だがしかし、映司の言葉はそこでは終わらない。「けど、子供が戦うのは感心しないな。やっぱり」「まぁ、理由が無ければ誰だって戦いたくないですよ」先日の戦闘は、アンクから逃れるための場所を探していたら、偶然迷い込んでしまっただけである。魔女が倒されるとトーリのセルメダルが増えることが確認できたので、充分な収穫はあったのだが、特にそれを確かめるのが目的というわけではなかったのだ。「その理由ってヤツとどう付き合っていくか、それが問題なんだよね……」理由……欲望を持つことは、人間ならば当たり前のことだ。そういうふうに、映司はある程度割り切ることが出来る人間である。映司があまり物欲を発露しないのは、ひょっとすると……そのせいかもしれない。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第二十一話:悪魔へ下す鉄鎚「ねぇ、『ライドベンダー』って知ってる?」下校途中の女子中学生四人組……その中で最も低い背丈が目を引く少女、鹿目まどかが、話題を振りだした。「覚えが無いわ」「何なの、それ?」暁美ほむらと美樹さやかが全く知らないとコメントしてくれる辺り、ライドベンダーの知名度はドン底らしい。むしろ、逆に質問を返されたまどかの方が言葉に詰まってしまうという有様だった。まどかは先日、ライドベンダーに関する風評を拾ってくるように後藤から言われたのだが、よく考えてみればまどか当人が該当物品に関する知識をまるで持っていないのだ。「町中に設置されている自販機モドキのことですわ」自身も知らないのだということを白状しようとしたまどかに先んじて知識を披露したのは……志筑仁美だった。確かに、まどかも、知っているとしたら仁美ちゃんだろうとおもっていたよ。……本当だよ?それはともかく。「……詳しく、聞きたい」何故か、仁美の簡潔な説明に一番に食いついたのが、暁美ほむらだったりする。自販機に、何か嫌な思い出でもあるのだろうか?そして、その様子に若干の違和感を抱いたのは……どうやら、鹿目まどかだけだったらしい。まどかが、ライドベンダーに関する心証情報を集めようと思っていたからこそ、得られた情報であったのだろう。「鴻上財団が開発したもので、特殊な貨幣を入れるとバイクに変形する、とのことです」お父様が仕事関連の話をしてくれることがあって、その時に聞いたんですの。そう補足しながら、仁美は機密ではないのかと疑われるような情報をあっさりと出してくれた。「へぇ。この町ってやけに近未来的だと思ってたけど、まさかそんなSFなモノまであるとは……」この見滝原には太陽電池張りバリバリな住宅や、脚の極端に細い机の設置された学校など、いかにも未来志向なオブジェクトが散乱している感は否めない。風車が有名で伝統を愛する隣町を知っている志筑仁美は、さやかの言葉を聞いてもそれほど違和感を抱いていないようだった。もっとも、この町で生まれてこの町で育った子供には、その特異性は意識されにくいものなのだが。「ほむらちゃん、この町ってそんなに変なところだったの……?」「変かどうかは知らないけれど、スーパーセルが起こっても住人が焦って退避しない程度には、良い町よ」その例えは、どうなんだろう……?っていうか、スーパーセルって何?「なんでだろう、時々、ほむらちゃんが凄く遠くの人に感じるよ……?」「まぁ、仕方ないっしょ。なんせ電波女ちゃんだしねぇ。アレだ、『この町は宇宙人に狙われている』とか、ビシッと言ってやってくれ!」さやかは、ほむらのことを一体何だと思っているのだろう。そして、何気なく志筑仁美も暁美ほむらに対して興味津々といった視線を向けていることから、ほむらも何かを言った方が良いのだろうと言う事は理解した。「宇宙人が狙うとしたら、町よりもそこに居る人間でしょうね」――ボクと契約して魔法少女になってよ!頭の中に憎き宇宙人の口癖を思い出して、少しだけ苛立ちを抑えながら、ほむらは情報も抑えつつ自分の意見を言ってみた。あの宇宙人が、人間……というか、まどかを狙っているという事実を再確認し、気を引き締め直しながら。「……ほむらちゃん、そんなに怖い顔して、どうしたの?」「心配には、及ばないわ」さやかの妄言のせいで話がズレてしまったために、ライドベンダーに関する情報収集を諦めたまどかだったが、それとは別の印象も感じ取っていた。宇宙人が狙うとしたら、というクダリが、誰かが暁美ほむらの身を狙っているという言外のメッセージなのではないかと思えたのである。目の付けどころは良かったのだが、解釈が捻じれて真実から270度回転してしまっていた。「毎回思うんですけど、鹿目さんはよく暁美さんの表情が解りますわね……」「まどかと転校生の間には、私達の立ち入れぬ前世からの絆があるとでも言うのか……」こちらも、読み筋は良いのだが、時間の巻き戻しという正解へと辿り着くためには、まだヒントが足りないらしい。「あたし、この後、ちょっとそこの公園で人と会うんだ。今日はここで」「もしかして……上条君ですか?」3人から分かれて単独行動を取ろうとしたさやかに……さり気無く、仁美が疑問を投げかけた。上条君とは、事故で腕に一生の傷を負った元天才バイオリニストで、美樹さやかと志筑仁美の両名が想いを寄せる男のことである。もっとも、さやかは仁美の恋心を知らず、仁美はさやかのヘタレ恋慕伝説を聞いているという差はあるが。その人間関係を知っているほむらとしては、仁美からどす黒いオーラが噴き出しているような気がするのだから、人間という生き物は不思議なものである。この状態は、黒仁美フォームとでも呼ぶべきだろうか。「いや、違うけど」「さやかちゃんに、そんなに友達なんて居たっけ?」「地味に酷い!?」さらっとさやかの心を射抜いてしまった鹿目まどか。恋愛的な意味ではなく、言葉の暴力的な意味で。「うぇへへ、冗談だよ」なんとなしに会話をしながら、結局4人そろって夢見公園の近くまで来てしまうのだった。その相手の顔を見るまでは逃がさない、という無言の圧力が、何故か仁美から発生していたので、散り散りになることが出来なかったのである。誰も、この先の展開を、想像していなかった。いつもの、何の変哲も無くてくだらないけれど、楽しくて掛替えの無い、そんな下校風景が続かないだなんて……その男は、何処にでも居る、普通のホームレスだった。見滝原中央公園にダンボールハウスを建てて住み、仲間たちと笑って暮らす、普通の路上生活者だったのだ。だがしかし、彼の生活は一変した。一週間ほど前にその公園に現れた、悪魔によって。中学生程度の子が同年代の少女に声をかけるのを、男は遠目でぼんやりと眺めているだけだった。その少女が膝蹴りを受けている現場を見て、初めて男は気付いた。少女が、不良に絡まれているのだ、と。だがしかし、その後の光景は、不良という枠組みを超えていた。手元に紫の弾丸らしきものを生みだした不良は、それを発射して少女を攻撃し始めたのだ。人間と他の物体がぶつかる時のものとは思えない、鈍い音を聞いた時点で、彼はその光景を見ることを止めた。連続して響く長めの音は、コンクリートを抉り取る音だろう。そして、そんなものを受け続けている少女がどうなったのか、男は想像するのも嫌だった。音が止んですぐに男がその場にもう一度目を移したとき、そこには、憂さ晴らしでもするかのように横転した自販機を足蹴にする不良の姿があり、犠牲者である少女の姿は肉塊さえも見当たらなかった。立ち位置の問題で犠牲者の顔を、男は見ていない。だがしかし、その下手人の顔は、はっきりと見ることが出来た。腰まで伸びた長い黒髪が特徴的で、紫のかかった瞳が特徴的な、表情の乏しい女の子の姿をした、ナニカ。男は、確信した。その殺人鬼は、不良などという生ぬるいものではない、異形の力を振るう悪鬼なのだ、と。そして、住居を夢見公園に移した男は……今日、再びその悪魔の姿を発見していた。男が悪魔を発見した場所は、夢見公園から少し離れた地点であったが、悪魔が数人の少女を引き連れて夢見公園へと向かっているのが、男には分かった。嫌だ。住居が奪われるのも嫌だし、巻き添えも御免だ。だから、男は行動を起こした。中身の入った大きめのスチール缶を手早く最寄りの自販機より購入し、水滴をふき取ってその手に馴染ませる。悪魔にそんなものが通じるかどうかは分からないが、成人男性でも当り所次第では命は無い代物である。致命傷とまでいかなくとも、充分な有効打にはなるだろうと、男は踏んだ。男は特にコントロールに自信があったわけではなかったが……既に最盛期を過ぎ去った肉体を捻り、缶を投擲した。何も知らない獲物を引き連れて夢見公園へと足を運ぶ悪魔の、頭部を狙って。かくして、缶は男の思惑を遥かに上回った精度で、悪魔へと一直線に向かったのだった。男は、知る由も無い。その付近で、『当たる』という欲望によって生み出されたヤミーが、因果律の捻じれを生みだしていた事など……彼女がその違和感に気付いたのは、本当に、偶然だったのだろう。道端の茂みの中に人間が潜んでいるという不思議な状況が視界の端に入って来たのだ。だがしかし、両目の視力を会わせればその数字は3.0にまで及ぶ彼女がその異変に最初に気付いたのは、ひょっとすると必然だったのかもしれない。「ほむらちゃんっ! 危ないっ!」「えっ……?」突然真横から加えられた運動ベクトルを受け流すことも出来ずに、為されるままに地に転ぶ暁美ほむらは……次の瞬間には目を見開いて、世界の不条理を目撃していた。円筒状の金属器が、彼女の頭部に直撃する光景を。――貴女が魔女に襲われた時、間にあって時間を操作する魔術を使っているわけでもないのに、身体の力を失って倒れる彼女の姿が、とてつもなくゆっくりな映像に感じられた。そんな魔法は、暁美ほむらには使えない。暁美ほむらに許されているのは、前回巻き戻した一ヶ月間の範囲内で、時間を止めることだけだ。――今でも、それが自慢なの。どうして?今回は、限りなく順調に進んでいたはずだった。この世界の彼女は、魔法の事なんて微塵も知らない、普通の女の子だ。それなのに、何故こんな目に会わなければならない?「まどかああああっ!?」暁美ほむらの耳には、自らの絶叫以外の音も声も、聞こえてはいなかった。人間に危険を感じさせる真紅の色にその制服を染め、アスファルトの地面に倒れ伏す彼女の姿だけが、暁美ほむらの目には映っている。遅れて地面に落下した缶ジュースから漏れ出した噴水が、一瞬だけの綺麗な虹を、宙に描いていた……・今回のNG大賞「さやかちゃんっ! しっかりしてよ、ねぇ!」「美樹さやか……どうして」「美樹さん……!」凶弾は狙いを逸れ、美樹さやかの手元に。そして、指輪状態のソウルジェムを粉々に砕いたのだった……Bad end 389:安定のさやか・公開プロットシリーズNo.21→まどかは物凄く目が良いという公式設定がある……らしいぜ?