「誤解だと言っているだろう!」青年が、声を荒げて自己の潔白を主張する。彼の服装は、この見滝原を拠点としていることで知られる一大財団、鴻上ファウンデーションの社員であることを示す制服であった。「犯人はみんなそう言うのよ!」その青年と、額同士が接しそうな程の至近距離から睨みあう蒼髪の少女。少女も制服に身を包んでいるが、こちらは大企業への所属を意味するようなものではなく、この町で極頻繁に見られる見滝原中学のものであった。「俺は鴻上ファウンデーションの任務で動いている! 別に犯罪者じゃない!」「会社の名前を盾に性犯罪まで漕ぎつける気でしょ? あたしたちは騙されないわよ!」両者の会話は平行線をたどりつつ段々と物騒な方向へと歩み始めている。しかも、声量を気にせずに怒鳴り合うものだから、道行く人々から奇異の視線を集めてしまっているのだ。「二人とも、落ち着いて……」そして、この場に居合わせた桃色髪が特徴的な少女は、3者の中で最も周囲のざわめきが見えている人物であることは間違いないが、場を収めるような技量を持ち合わせては居なかった。怒鳴り合う二人に交互に視線を向けながらも、彼らを宥めることは出来ず、その目には少しずつ涙が溜まり始めていた……青年の名は後藤慎太郎。齢22歳にして鴻上ファウンデーションのライドベンダー隊における隊長の地位を獲得するに至った、エリートと言って差し支えない人物だった。後藤に相対する活発な蒼髪少女の名は美樹さやか。やや行動が思考に先立つ気のあるものの、何処にでも居る普通の女子中学生である。そして、引っ込み思案な桃色髪の少女は……お察しの通りだろう。別の世界では主人公と呼ばれている存在である少女、『鹿目まどか』だ。この3人の身に一体何が起こったのか?そして、後藤は自らの罪を数える羽目になるのか!?『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第三話:後藤と黒と盗撮画像後藤の朝は早い。まだ日も昇らぬ時間から、基礎体力作りのジョギングを始めるのである。ジョギングだけには留まらない。腕力から腹筋まで余念なく鍛えてこその、ライドベンダー隊第一小隊長だ。いつものコースを回る際に、気に食わない信号男と腕怪人が寝床にしている公園の前で速度を緩めたことなど、ただの偶然に過ぎない。余念なんて、あるわけない。一通りのトレーニングを終えて身だしなみを整えた後藤には、鴻上ファウンデーションの一員としての任務が待っている。町中に配置してあるライドベンダーの稼働状況についての情報を整理することから始まり、会長秘書の休暇中に甘味を処理する担当者を決めることもあれば、ベンダー隊員たちとの合同訓練のカリキュラムを組むこともある。……もっとも、ほぼ全ての第一小隊メンバーは先日の大捕り物の際に病院送りとなっているので、隊長として期待される作業はさして多くも無いのだが。大捕り物とは、先日鴻上ファンデーションの管理する博物館が倒壊した件に付随する一連の出来事である。800年の眠りから覚めた種々の動物の王たる、通称『グリード』と称される怪人たちがその封印を破り、暴れまわったのだ。死者こそ出さなかったものの、後藤率いる第一小隊はその戦力の大半を病院の住人へと変えられてしまったのであった。隊員たちの中には、完膚無きまでに自信を失くして「諦めれば試合終了出来るんだ……」などと壊れたレコードのように呟く者や、精神に破綻を来たして「メズたんは俺の嫁だぁ!」という謎の主張を叫び続ける者など、燦々たる状態にある者も多い。そうした隊員たちのメンタルケアも隊長である後藤の任務の一環かもしれない、という負い目は後藤の中にも存在した。しかし、いかんせん彼らの数が多すぎたこともあり、後藤は負傷した隊員たちの治療を外部に委託する方針を選んだのだった。確かプロフェッサー・マリアといっただろうか、死人さえも生き返らせると評判の医者に隊員たちの治療を一任したのだということを、後藤は頭の片隅でぼんやりと思い出しながらも補充人員募集の煽り文句に関する思考を纏める。ともかく、後藤は彼らに対して謝らなかった。何故なら、彼らが無事に復帰してくれると信じているからである。……そんな状態であるからして、第一小隊の現在の仕事の中で最も大きな業務といえるものは、町中に置かれたライドベンダーの管理であると言えた。「隊長。昨晩、見滝原中央公園西口前のライドベンダーが、何者かに襲撃された形跡があります!」今日も真面目な平隊員が、ライドベンダーに関連して起こった不都合を報告してくれる。第一小隊の現在の稼働人数は少ないが、それでも後藤は部下から慕われている辺り、意外と人望はあるのかもしれない。「具体的な被害の状況は?」任務なのだから形式上の行為として部下に尋ねた後藤だが、正直に言えばメダル挿入口にガムが詰められたという程度だろうと高をくくっていた。ライドベンダーというものは、内蔵するカンドロイドを含めなくても260kgという人間の手に余る重量設定が為されており、しかも機体内から発せられた強大な磁力で地中の鉄分と引き合っているために非起動状態で移動させることは事実上不可能なのだ。加えて、先日信号男と巨大オトシブミが戦闘を行った際には、超高層ビルの屋上から落下しても無傷という強靭過ぎる強化プラスチック製装甲を後藤の目に見せつけている。後藤の中でプラスチックというものが可燃物からオリハルコンへと昇格した瞬間であった。……重量の件に関しては、某腕怪人の妹が割とあっさりと持ち上げて見せたような気もするが、後藤隊長様が不可能だと言ったら不可能なのだ。「ホシはライドベンダーを横転させて、その外形を調査した模様です!」後藤がコーヒーを口に含んでいれば、間違いなく風都の半熟探偵に肩を並べられる吹きっぷりを披露していたことだろう。残念ながら、握っていたボールペンを思わずへし折ってしまう程度のリアクションに留まっていたが。「これが、該当ライドベンダーの内蔵カメラに残された、当時の映像です」この平隊員の有能なところは、後藤が硬直するという反応を予期したうえで次に差し出すべき情報をしっかりと用意しているところだろう。もしかすると、この平隊員も最初は驚きのあまりにライフルか何かをへし折ってしまったのかもしれないが、現在は冷静そのものである。平隊員が薄型ディスプレイを後藤の目の前に配置し、そこにライドベンダーに記録された映像を出力する。該当するライドベンダーを運んで来たわけではなく、無線通信によって内部のデータだけを呼び出しているのだ。映像の中には、初めこそ何の変哲もない公園の風景が映し出されていたが、突如カメラの映像がブレて風景が右から左へと流れる。「ん? 何が起こったんだ?」「おそらく、ライドベンダーの正面から見て右方面から大きな衝撃を加えて、ライドベンダーを横転させたものだと思われます」映像を止めて解説をさせた後藤だったが、再び映像を流させる。一体、ライドベンダーを殴り倒すためにはどれだけの衝撃力が必要なのだろうか……もっとも、ソレを無し遂げた少女ヤミーは拳ではなく脚で衝撃を加えたのだが。そして、ブッ飛ばされてキリモミ回転しながら地面に着地したと思しきカメラの映像後に、ようやく慣性の力を失って画面の視点が安定する。これを視聴している人物が常人であったのなら、あまりの画面の速度と回転による映像ブレに酔いを催していたかもしれないが、流石に後藤隊長は鍛え方が違うと言うべきか。口元を押さえているのは、きっと下手人の攻撃力に感嘆しているためだろう。顔色が若干青かったり額に汗が見えたりするのもきっと気のせいである。仰向けに倒れる形で落ち着いたライドベンダーの映像は、その後直ぐに変化を見せる。倒れた機体に訝しげな視線を向けながら、直立姿勢を少しだけ崩しながらライドベンダーを観察している女子中学生の姿が、カメラの淵から入ってきたのだ。「……黒、か」「……黒ですね」後藤と平隊員の間で何らかの同意が得られたようだが、その内容は定かではない。ベンダーの内蔵カメラが地上に近い高さから上向きのアングルを捉えていることと、女子中学生の着ている独特な服の形状……この二つの要素が、有り得ざる奇跡を生み出していたとだけ述べておこう。魔法少女アニメの絶対領域補正を、仮面ライダーの世界観が打倒した瞬間でもあった。彼らは一体何に気付いたというのか。真相は闇の中である。冗談はさておき、ライドベンダーを棒で突いてみたり触ったり蹴りを入れたりして外形を調べている様子の少女だったが、しばしの後に目的を終えたらしく画面の外へと姿を消すこととなった。以後、このライドベンダーは横転したままである。「この子は顔がしっかり映っているようだが……個人の特定が出来るまでは未確認生命体B1号とでも呼ぶか?」内蔵カメラのある辺りを覗きこむという完璧なアングルで顔写真を抑えられてしまっている暁美ほむらさんは、既に色々とキャラクターが崩壊している気がしないでもない。そして、最初にベンダーをブッ飛ばした罪状は少女ヤミーではなく完全にほむらへと着せられてしまったらしい。「既に確認は取りました。ホシの名前は『暁美ほむら』といって、今日付けで見滝原中学へ転校したそうです」「昨日の今日で、か」その個人に関する経歴報告を聞きながら、後藤は情報を整理してみた。少女は、昨晩にこのような不審行動を取っておきながら、その翌日に転校という形で現れた。ところが、後藤に提出された報告書には、少女がまさに昨日まで重病のために入院していたという経緯が記述されており、ライドベンダーを殴り倒すような人物像とは一致しない。後藤たちでなくとも、ここに何らかの関連性があると考えるのは当たり前である。もっとも、実際にはほむらが転入を決めた後で突発的に起こったのが昨晩の魔法少女バトルだったりするので、転校と襲撃事件の間に因果関係は全く無いというのが正解なのだが。「とにかく、この情報を会長に報告しておこう」こうして、ライドベンダーをブッ飛ばせる不思議少女こと『暁美ほむら』は鴻上ファウンデーションに認知されたのであった。余談だが、会長への報告に使用された映像資料に若干の添削が加えられていたことは、後藤達からの多感な女子中学生に対するささやかな良心の現れである……はずだ。多分。尚、しつこいようだが最初にライドベンダーを蹴り飛ばしたのはほむらではなく少女ヤミーである。資料を回してから一時間も経たないうちに、後藤への新たな任務が課せられる。後藤は、新任務の存在を知らされた時点で、既にその内容に関する予測がついていた。そして、実際に通知された内容はどんぴしゃり。「未確認生命体B1号『暁美ほむら』君の監視を後藤君達への指令に追加する! 新たな任務の誕生だよ! ハッピィバースデイッ!」だが、これは後藤の災難の始まりでしか無かった。よく考えてほしい。成人男性が女子中学生を尾行していたら、世間様はその様子を見て何を思うだろうか。そして、冒頭のシーンへと時は戻る。「大会社の機材を使ってロリコンがストーカー行為に及ぶなんて、考えただけでも寒気がするわっ!」「お前みたいに目先のことしか見えないお子様が居るから世界は平和にならないんだ!」ほむらの下校路に張り付いていた後藤を、本日からほむらのクラスメートとなった美樹さやか御一行が現行犯逮捕するという事態が発生したわけだ。実はその時には彼女たちの友人である志筑仁美という少女も居合わせたのだが、お茶の稽古があると言い残して早々に帰ってしまったのであった。散々怒鳴り合って通行人の目を集めているというのに、全く疲れる気配を見せない美樹さやかと後藤慎太郎。そろそろ、お互いに相手の理論が破綻していたとしても気付かない領域に達していて不思議ではない。「二人とも……話を、聞いてよ……!」そして、二人のテンションに置いてきぼりを食らいながらも必死に努力を続けていた鹿目まどかの涙腺は、そろそろ限界だ!後藤たちは、第3話目にしてようやく登場出来た原作主人公を、いきなり泣かせてしまうのか!?そして、オリキャラである少女ヤミーが今回一度も登場していないが、ヤツは本当にこのSSの主人公で良いのか!?・今回のNG大賞「二人とも話を……」「ボクと契約すれば、二人に君の話を聞かせることが出来るよ」……後日この町に来た赤い魔法少女は、何故だか鹿目まどかに物凄く優しくしてくれたらしい。・公開プロットシリーズNo.3→ほむらさんはギャグキャラ・人物図鑑 ゴトウシンタロウ財団の会長の手下。その役割は隊長。世界を救う力を手にする日を夢見て日々鍛錬に励む。狙撃の腕は一品だが、狙う的を間違えるので恐れるに足らない。