それは、金属同士をぶつける音を聞いた時に似た感覚だった。聞き間違える筈も無い。800年前から全く変わらない、人間の欲望が満たされる音に違いなかった。それを聞いたからには、『彼』はその場に嬉々として向かう……はずだった。その音源が、『町中の至る所』でなければ。通常、ヤミーと親は一対一の対応関係にあり、同時に複数の場所からそれらの気配がすることなど、有り得ない。アンクからはその気配の出場所に居るモノがヤミーか親か判別することは出来ないが、単純に考えて音源の半分がヤミーで残りが親なのだろう。「何が起こってやがる……この町に……」メズールのヤミーが量産されているのかもしれないとも考えたが、今まで成長する気配など感じなかったのに急に此処まで増えるのもおかしな話である。さらにアンクの警戒心を喚起したのは、アンクが携帯端末からインターネットを使って情報を収集しようとしても、町中の異常を訴える人物が見当たらないことであった。ヤミーが現れれば、人間達はその目撃情報を発信するはずなのに。アンクには、分からない。見滝原市に起こっている、異常の正体が。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第十九話:その配役はおかしいでしょトーリは、当ても無く、ただ空を飛びまわっていた。理由は、その身体を構成するセルメダルが増え始めたからである。アンクはそれを嗅ぎつけているはずなので、正体がバレることを恐れるトーリとしては逃げ回るより他に手が無い。……トーリがその光景を見つけたのは、偶然だった。廃ビルの中に入って行く、黒ずくめの青年の背中を見たのは。ただ目的も無く徘徊しているのも退屈だというぐらいに考えて青年を追っていたトーリは……気がつくと、魔女の結界の中に居た。「まったく、ワケが解らないです……」「お前は……何故こんなところに?」しかも、結界に入ってしまったことに驚いていたら、青年に発見されてしまうという痛恨のミスである。そして、相手の質問の意図が解らない。トーリと青年は初対面であるはずだから、何故この場所に居るのかという意味合いの強い質問なのだろう。しかし、青年自身も魔女の結界内部の様子に興味津々な視線を向けている辺り、この空間について深い理解を持っているとは思えない。「ワタシ達魔法少女が、魔女を倒す存在だからですよ」「魔法少女? 魔女……?」とりあえず差し障りの無い情報を出して見たトーリだが、青年はその単語自体に心当たりが無いらしい。ひょっとすると、偶然迷い込んでしまった一般人なのかもしれない。「ワタシはとりあえず奥まで行ってみますけど、貴方はどうしますか?」「……俺も行く。この奥に先に行った奴に用があるからな」素直に帰ってくれることを期待したトーリであった筈だが、何故か青年は進行の決心を固めてしまったようだ。ワケが解らない。そして、後藤もそれは同じだった。何故、未確認生命体B3号と呼ばれている蝙蝠少女が、後藤の後を追って不思議な空間に入ってこなければならないのか。「名前を聞いても良いか?」「トーリって呼ばれてます。貴方は?」「後藤だ」そういえば、未確認生命体で名前が不明なのはこの子だけだった。そう思って尋ねてみた後藤に、少女は特に重要な情報でも無いという様子で即答してくれた。以前後藤が見た時には羽を出して空を飛んで逃げる場面だったはずだが、今はその羽を背中に折りたたんでいるため、普通の子供にしか見えない。……ましてや、その正体がヤミーだなんて、気付く筈も無かった。「とりあえず、行くか」「ですね」何はともあれ、旅は道連れとばかりに会話をしながら、魔女の結界内部を進む後藤とトーリ。信号機を発見したかと思いきや林のような障害物に遭遇し、かと思えば長い階段を上下する。「魔法少女と言っていたが、君達は何者なんだ?」「魔法の使者と契約を結んで力を手に入れた人間、といったところです」厳密にはトーリは人間とは言い難いのだが、そんな火種になりそうなことは口にしない。このヤミーは親に似て、肝心なことを誤魔化すのが上手いのだ。「それで、その白いのが魔女か?」「……白いの?」後藤が指差した先に居たのは……人間の拳より少し大きい程度の、素敵なヒゲを生やした白い球体だった。バラと思われる造花をバケツリレーの要領で運んでいる、あまり常識で測ろうとも思えない、何か。「……実は私、新米魔法少女なので、魔女っていう人たちを殆ど見たことも無いんですよ」言外に分かりませんと解答するトーリの言葉に反応した……訳ではないだろうが、その身体を歪めたヒゲタマゴは、「げぶぅっ!?」突如として、跳ねた。トーリの胴に直撃のコースで。予期せぬ一撃で身体を『く』の字に曲げられたトーリは、近くの花壇に突っ込ませられてしまった。大丈夫か、とトーリに声をかけようとする後藤の方に……着地したヒゲタマゴが向き直った。目が無いので後藤の事を認識しているかどうかは謎だが、ヒゲがあると言う事は、おそらくそこが正面なのだろう。再び身体を不自然に歪めたヒゲタマゴが、溜めた力を使って高速で飛来するが、「おっと」先ほどトーリが直撃を食らった体当たり攻撃を、難なく避ける後藤さん。不意打ちならまだしも、仮にも戦闘のプロであるライドベンダー隊小隊長が、そんなタメの長い攻撃を避けられない筈も無かった。そして、壁に張り付いて再び跳躍しようとしたヒゲタマゴは……次の瞬間には乾いた音と共にその身体を爆散させられていた。「意外と、あっけなかったな」放たれたのは、一発の銃弾。後藤が何処からか取り出したショットガンからは硝煙が立ち上っており、ヒゲタマゴの死因がそれであることは疑う余地が無い。魔女というからには最低でもヤミーレベルの戦力を期待していた後藤としては、拍子抜けしたと言わざるを得ない。実はむしろ、そのヤミーが先ほどの一撃でのされてしまっているのだが。「うう……何だかワタシって、こんな役回りばかりな気がします……」身体を土まみれにしながらのそのそと花壇から這い出てくるトーリからは、隠しようも無い頼りなさがにじみ出ていた、と後藤は後になって語ることになるのだった。もっとも、汚れはともかくとしてその足取りに乱れは無く、ダメージは少なそうであったが。心配して駆け寄ってくれた後藤の目からも、それほど問題は無さそうに思えた。「そして、新たにもう一つ聞きたいことが出来た」ワタシの戦力についてですか。そうですか。なんだか心に傷を負う質問の予感を察知したトーリだったが……その予想は、外れていた。「魔女っていうのは……こんなに沢山居るものなのか?」こんなに……?トーリは、気付いた。後藤はトーリの方を向いているが、トーリ自体を見ているわけではないと言う事に。そして、振り返って、後悔した。壁一面の、ヒゲタマゴの群れを、目視してしまったことを。奴らが、体当たり攻撃のモーションに入っていることにも。……トーリの顔は青一色になり、頭は逃走一色になる。「後藤さん、掴まってください!」言うが早いか、その背中から羽を展開したトーリが、後藤をぶら下げて飛び立つ。退路は塞がれているため、前へ前へと進むしかない。幸い、その背中に当たりそうなヒゲタマゴは、後藤さんがピンポイントに狙撃して妨害してくれるため、それなりに安心して進めそうなことだけが、唯一の救いであった。トーリは、知らない。その先に、『誰』が戦っているのかを。後藤は、知らない。この先で、『何』が待ち受けているのかを。美樹さやかは、生まれて初めて出会う『魔女』に挑んでいた。キュゥべえという魔法の使者からソウルジェムを使用した魔女の探知法を聞き出した彼女が見つけた、一体目の魔女であった。とはいえ、さやかは先日出会ったピラニアヤミーのことも魔女だと勘違いしているため、既に二回戦目の気分だったりする。「ハッハッハ! 魔法美少女さやかちゃん伝説の1ページになるが良い!」この美樹さやか、ノリノリである。その言動が、後に黒歴史ノートの1ページとなることは、疑いの余地が無い。中二病と言うなかれ。彼女は正しく中学二年生なのだから。だがしかし……魔女には、黙って殺られるようなお人好しなど居る筈も無い。魔女以外なら居るかと聞かれれば、きっとそんな生物は某インキュゥべえターさんぐらいしか居ないとしか答えられないのだが。緑を腐らせたような不気味な色の大きなツボミを頭のようにもたげた、植物らしき姿をした存在……そいつが、美樹さやかと対峙している魔女であった。アクセントに身体中にバラの花を咲かせているのに、全く美しく見えない不思議なオシャレをした異形の生き物が、俊敏な動きで部屋中を走り回っているのだ。そしてその周囲では、蝶の姿をした無数の使い魔が魔女を護るために、さやかに妨害工作を仕掛けていた。あるものは体当たりでさやかの動きを鈍らせ、別のものたちはグループを作って縄のような動きをしながらさやかに絡みつく。「だあああっ!? 大人しく倒されろっ!」ぶっちゃけ、近付けない。さやかは身体能力に優れた魔法少女であるが、近接戦闘が通じない相手にはあまり勝ち筋が無いという重大な欠点を抱えていた。そして、この魔女はその欠点を突く遠距離の足止め手段を持っている。……つまり、倒せない。先日出会った仮面ライダー氏に習って剣を投げつける攻撃も試してみたが、使い魔の身体と命を張った感動的なブロックによって悉く防がれてしまった。それを続ければいつかは使い魔が居なくなるのかもしれないが、ソウルジェムが濁り切るのとどちらが先かと言われれば、やはり勝ち目は無い。「お、落ち着くのよ、あたし! これはきっと、新しい力に覚醒するフラグなのよ!」お前は何を言っているんだ。さやかは、焦り始めていた。よく訓練された某掲示板住人ならば、素数を数え始める程度には。「そうだ! こんな時こそ……!」さやかは何かを思いついたようです。「うん! やっぱりいつだって正解は『①聡明なさやかちゃんは打開策を思いつく』だっ!」それは本当に選択肢①だったのだろうか?選択肢の③ぐらいにはきっと、『死ぬ。虚淵は非情である』とか書いてあるのだろうが。というか、無数に存在する並行世界の中で、ただ一度たりとも美樹さやかが聡明な時空など存在しただろうか?もし、この場に居合わせていない暁美ほむらが先ほどの妄言を聞いたのなら、間違いなく彼女の友人の心の叫びを思い出すだろう。そんなの絶対おかしいよ、と。例え世界の破壊者様が全力で『魔法少女まどか☆マギカ』の世界を破壊して再構成したとしても、さやかの性格だけは、きっと永久に不変な『最後に残った道しるべ』であるに違いない。従って、次にさやかが発言する内容も、聡明なものであるなど、有り得る筈が無かった。「仮面ライダーが助けくれる……この間みたいに仮面ライダーが助けてくれる……!」……それは本当に、本当に選択肢①の範囲内なのだろうか?ヒーロー&ヒロイン理論としては間違ってはいないのかもしれないが、自分を主要ヒロインだと断定しているあたりが痛々しすぎる。「そして、実はその正体はリハビリを終えて出て来た恭介だったりして、そこから始まる二人のラブストーリーッ!」残念だったな、さやか。その仮面ライダー氏の正体は、君が変態ゴミ虫二号と呼んでいるパンツマンなんだ。だが私は謝らない。「……というわけで」全力で走りながら胸いっぱいに妄想と空気を満たすという器用な予備動作を行ったさやかは、「助けてーっ! 仮面ライダァァッ!!」叫んだ。それはもう、強くて頼りになる先輩の身体がボロボロになった時のように。もしくは、その先輩を糾弾する後輩のように。かくして、『それ』は現れた。魔女の住処たる最奥部の部屋の扉を突き破り、その速さを緩めることなく魔女へと肉薄する、さやかが待ち望んだ救世主が。「止まれっ! それか方向転換だっ!」「ああああっ!? そこのバラさん、どいて下さいーっ!?」転校生をストーキングしていた、ロリコン野郎の叫び声。そして、先日仮面ライダーを回収していった蝙蝠女が、彼を抱えて飛んでいた。更に気になることに、その後ろには、ヒゲを生やした使い魔が大量に追いかけて来ている。反応に困った美樹さやかが言い放った一言は……「……チェンジで」絶望がお前の……ゴールだ。・今回のNG大賞「こんなことになるなら、ライドベンダーを持ってくれば良かった……」後藤慎太郎、痛恨のミス。・公開プロットシリーズNo.19→蝙蝠で3号……後は分かるな?