『お前、俺のメダルも預かれ』『はあ……?』まったく、この腕怪人は何を考えているのか皆目見当もつかない。ただ……身の危険が迫っているわけではないと判れば、自然とトーリの肩の力も抜けるというものである。『鴻上と取引をしてきた。メダルシステムの使用料として、「俺と映司」が手に入れたセルメダルの40%をヤツに引き渡すっていうことになっちまったんだよ』40%という割合が高いのか安いのか、トーリはそれを推し測るためのモノサシを持っていない。しかし、アンクの物言いから考える限りでは、アンクは4割ものセルメダルを持っていかれることを良しとしていない。……つまり?『俺達が倒したヤミーのセルメダルを、契約と関係がないお前が一時的に持っておけ。俺達が必要な分だけお前から引き出して、その4割分を鴻上に渡す形をとればいい』これは、なんたる棚ボタ。何らかの形でオーズのセルメダルを横領しようと企んでいた少女ヤミーにとっては、朗報以外の何者でもない。しかし、よく考えるとその作戦には致命的な穴があるのではないだろうか?『アンクさん達の所に渡す時に4割を引くなら、最終的には手に入れる量は変わらないですよね?』確かに、トーリにセルメダルを持たせておけば、見かけ上はアンクチームの所有メダル数は多くなる。だが、飽く迄それは外見上の話であり、トーリが直接メダルシステムを利用することが出来ない限り、意味の無いプランに思える。『俺の完全復活が確定したら、鴻上のヤツを裏切って手元のメダルを独占すれば良い』やること為すことが、イチイチあくど過ぎる傾向の否めない腕怪人。そういえば、カザリさんが『君は油断ならない』とか言ってた気がしますねぇ……実は、トーリの正体に気付いていて、尚且つトーリを利用せんと誰も想像しないような策略を既に企てているのではなかろうか。『ワタシのこと、怪しんでませんでしたっけ?』なんせ、嘘臭すぎるプロフィールを持つ記憶喪失少女トーリに、メダルというプレシャスな品物を預けることを容認する発想が怪しすぎる。何か裏があるのではないかと勘ぐってしまったトーリは、決して慎重すぎるということはないはずだ。『確かにお前はこの上なく胡散臭い……が、いけ好かない鴻上のヤツに4割も持っていかれるよりは、まだ腹も立たないってモンだ』ネコババ公認ですか、そうですか……そんなの絶対、あるわけない。ですよねー。トーリが裏切ったらやはりアンク達は烈火のごとく怒って始末に来るだろうから、期を見極めることは非常に重要である。そして、『「マミさん」では無く「ワタシ」に預ける理由を聞いても?』そう、そこが一番怪しいのである。何故、もっと信頼できそうな巴マミではなく、素性の知れないトーリでなければならないのか。『そんな事したら、あのマミってガキをバカに出来なくなるだろうが』『……把握しました』アンクが巴マミをからかう光景を、トーリは見たことがある。初めて会った時にも、マミの猟奇殺人癖を論って挑発していた筈だ。マミさん本人は否定していたから、あれはアンクさんのでっち上げ……で、良いんですよね?疑心暗鬼はヤミーをも殺す……のでしょうか?『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第十八話:自分が変われば世界も変わる 「転校生、誕生日プレゼント持ってきたぞ!」暁美ほむらに、電流走る。さやかが魔法少女となった記念日の翌日に、それは起こったのだ。……そこまで大げさなものでも無いかもしれないが、衝撃的な一言には違いなかった。何が起こったかというと、・美樹さやかが・暁美ほむらに・誕生日プレゼントを渡した何がおかしいのだと聞かれれば、全てが怪しいと答えざるを得ない。暁美ほむらが今まで生きてきたループ時空の中で、ここまで暁美ほむらに親しく接してくる個体が居ただろうか。一週目辺りでは気を遣ってもらっていたような気もするが、その時以来のはずだ。美樹さやかから差し出された物体は、10センチ強の正方形で、厚さ1センチに満たない形状の物を包装紙で包んであるモノだった。……どう考えても、上条恭介への贈り物候補として購入し、没となった一品に違いない。そこまで、判って居るはずだ。暁美ほむらには、そのぐらいの予想はついている。その筈なのに……「……感謝、するわ」どうしようもなく胸が高鳴って、頭の奥がぼやける。キュゥべえと契約した時以上に、自分が自分で無くなるような、奇妙な感覚が走り抜けていく。でもそれは……不思議と不快さを伴わなず、それでいてどこか懐かしいような、くすぐったい何か。「私達からも、誕生日プレゼントがありますわ」狙いすましたタイミングで口を開く、志筑仁美。そして、その横から期待の眼差しを暁美ほむらに向けている、鹿目まどか。渡されたのは……ネコの、ヌイグルミだった。ここでキュゥべえを想像した君は、多分疲れているんだ。少し休んだ後に契約してよ。もしカザリさんを想像したお前は、早く欲望を開放する作業に戻るんだ。剥製でも着ぐるみでも無く、縫い包みである。デフォルメされた真っ黒なネコの縫い包みは、どこか歪さを感じさせるものの、全体としては愛らしい。「あのあと、鹿目さんと二人で作ったんですわ」「何それ? あたし聞いてない……」首に巻かれた紫のリボンが、どことなく暁美ほむら自身の姿を連想させた。若干身体の黒色に隠れてしまって、その紫の存在を主張しきれていない辺りが、特に。「名付けて『エイミーちゃん弐号機』だよ!」まどかの、得意気な、暖かい声。――燃え上がれぇっ! って感じで!思い出した。――やったね! ほむらちゃん!この、胸の奥が熱くなって、身体の芯が震えるような感覚の正体を。仲間が……鹿目まどかが、遠い昔に言葉をかけてくれた時にも、感じた筈だ。「嬉しい……」いつ以来だろう。こんなにも、心が揺さぶられるのは。少なくとも、もう誰にも頼らないと決めた時より後には、無かった筈だ。暁美ほむらは、気付けなかった。美樹さやかが、お見舞い用のCDを余らせた理由を。上条恭介が、奇跡と魔法によってその容態を変化させられたことも。希望と絶望は、釣り合うように出来あがっている……のだろうか?とある人通りの多い居住区の、何の変哲もないマンション。そこは、少し前まで『普通の少女』が住んでいた筈の一室があるはずだった。少なくとも先日まで、その住人の中には剣を召喚する魔法を使える人間など居なかったに違いない。その建物の中に当たり前のように帰って行く、やはり何の不審も無い女子中学生……その後ろ姿を見送る、一人分の視線があった。「異常無し、か」いわずと知れた我らがライドベンダー隊の小隊長である、後藤慎太郎だ。暁美ほむらや火野映司の監視を任されている彼が、何ゆえに今度は美樹さやかを追いまわさなければならないのか。答えは単純明快……『未確認生命体B4号『美樹さやか』君の監視を後藤君達への指令に追加する! 新たな任務の誕生だよ! ハッピィバースデイッ!』何処かで聞いた台詞のコピペ改変な気がしてならないとか、B2号とB3号は何処に行ったのだとか、色々と突っ込みたい事は山積みだったが、部下としては仕事をこなさないわけにもいかない。それでも時間を無駄にしたような気がしてしまうのだから不思議なものである。何も事件が無かったのだから喜ぶべきなのだが、世界を救ってやろうと意気込む後藤青年としては、肩透かしを食らったという気分にもなってしまう。まるで張り込み中の刑事のように、「お疲れ様です」という言葉とともに差し出されたアンパンと缶コーヒーを受け取り、栄養分の補給に励む。コーヒーの円筒がカンドロイドに見えてしまった辺りに職業病を疑いつつ、部下に軽く例を言いながらもう一度マンションの外観に目を走らせてみるものの、異常などある筈も無い。そして、アンパンを齧りながら……後藤は、監視対象である美樹さやかとは直接的な関係の無い異変に、気付いてしまっていたりする。思いなおしてほしい。後藤は、『一人』で監視をしていたのだ。……たった今、後藤に軽食を提供してくれたのは、誰だ?後藤の記憶によれば、偶然にも現時刻においては、暇を持て余している隊員は居ない筈だ。火野映司や暁美ほむらを監視している人員が偶然に後藤の近くを通りかかる事は無いとは言い切れないが、あまり高い可能性があるとも言えない。会長秘書の里中エリカが来たのかとも考えたが、残業というものが台所の黒い影よりも嫌いな彼女が、態々非番時に後藤の所になど来てくれるわけがない。もちろん、後藤の後ろに立っている人物として一番ありえないのは、間違いなく鴻上会長である。会長が居るのにこんなに場が静かだなんて、そんなことが有り得るのならば後藤がオーズか魔法少女に変身するという奇跡が起こった方がまだ現実的である。心当たりが、全く無い。だがしかし、軽食を差し入れてくれるぐらいなのだから、敵ではないはずだ。まさか食事に自白剤が混入されているだなんて、思いたくない。悩みが行き詰った後藤の最後に残った道しるべは……後藤の背後に居る人物を後藤自身の目で確認する作業以外には有り得なかった。心の中で3つ数えながら、意を決して振り向いた後藤が目にした人物は……「こんばんは?」いつしか未確認生命体B1号及びB4号と行動を共にしていた、桃色の髪が印象的な女子中学生だった。後藤とさやかが言い争いをしていた時に、大泣きした彼女である。「どうして、君がここに?」後藤としては、嫌な予感は既に影を見せている。この子の交友関係を鑑みれば、その正体に対する推論も自然と立つというものだ。ストレートに言ってしまえば、目の前の女子中学生……鹿目まどかも、未確認生命体かもしれない。「後をつけて来ちゃいました」先日も、同じ事をされたような気がしてならない後藤小隊長……彼には、そもそも尾行という任務自体に対する適性が無いのだろうか。えへへ、と悪戯がバレた子供そのものの反応をしながら、その子は後藤の悩みを知っているとは思えない笑顔を振りまいていた。「俺が危険な人間だとは思わなかったのか? 少なくともお前の友人はそう思っているだろう?」鹿目まどかに対して質問を重ねながら、先ほど美樹さやかが帰宅していったマンションを後藤は横目で確認する。そう、まさにその美樹さやかが、後藤をロリコンのストーカー扱いした張本人なのだから。だがしかし、まどかは鴻上財団に勤務する母親から、後藤の評価を聞いていた。『真面目で堅物の青二才』と称されていたはずで、悪い人間には聞こえなかったはずだ。それどころか、鴻上財団に敵対する者達から暁美ほむらとその周囲を守っているという誤解まで重なった結果、まどかの中では既に後藤は不審者ではなかった。「後藤さんって、多分、私達のことを影から守ってくれているんですよね。何だかそれって、凄く格好良いな、って思って……」……確かに、未確認生命体たちが何か事件を起こすとすれば、後藤が居る事によって周囲の子供たちは危険を被る可能性を大きく減らされることだろう。まどかの話しぶりからは、彼女自身が異能を持った存在であるという響きは感じられない。というか、まだ一度しか会ったことが無い筈の後藤を気遣ってくれる辺り、胡散臭いぐらいに人が良いと言わざるを得ない。「そう言ってくれると、少しだけ救われる気がする。不謹慎なのは解るが、何も事件が起こらないと暇なのは間違いないからな」「でも、後藤さんが居てくれたら、何か起こっても大丈夫そうだって気もしますよ」良い子だ。今時こんなに良い子が居るのかと疑わしくなるぐらいに良い子である。あの生意気な未確認生命体B4号も、少しはこの子を見習えば良いのに。そして、この子が友達グループと楽しげに話している姿を、後藤は見たこともある。その環の中で、同じように年相応な幼さを見せる、美樹さやかや暁美ほむらの姿も。……後藤たちが未確認生命体と呼んでいる彼女たちは、本当に危険視しなければならない必要な存在なのだろうか?後藤には、わからない。美樹さやかの方は先日ピラニアヤミーを倒していたと聞くので、むしろ人類の平和を守る側なのかもしれない。しかし、暁美ほむらがライドベンダーを襲撃したのも状況的に間違いないはずだ。まさかこの二人が互いの異能を知らずに友達をやっているなんてことは無いだろうが、それにしては立ち位置が一致しない気もする。「……そうか。俺達はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない」その違和感を払拭する仮説を、後藤は不意に思いついた。このチグハグな状況を説明できる勘違いに、思い至ったのだ。「確か、鹿目と言ったな。君に、手伝ってほしい。重要な事なんだ」「は、はい!」いつになく真面目な表情で、後藤慎太郎は鹿目まどかに向き直る。そして、その真剣な視線に思わず是と答えてしまうまどか。「美樹さやかや暁美ほむらに、『ライドベンダー』についてどう思っているか聞いて来て欲しいんだ」後藤の考えでは、暁美ほむらも人類側の味方である可能性が残っている。先日のライドベンダー襲撃は、あのヘンテコ自販機がどういうものか知らなかったために起こってしまったのだろう。そう、後藤は予測した。大げさに敬礼して見せる鹿目まどかに先ほどの軽食の代金を渡しながら、後藤は彼女を帰路に着かせたのだった。不思議なものだ、と後藤は思い返す。先ほどまで、美樹さやか達が世界の敵であることを期待していた筈なのに、今は彼女たちを疑いたくないと思い始めている自分が居て。それを変えたのは、何の変哲もない女子中学生一人だったのだ。「案外、世界を救うのも、俺よりもああいう子なのかもしれないな」既に後ろ姿も見えなくなった少女の事をぽつりと称賛しながらも、後藤は三度マンションへと意識を向け直す。マンションの扉を潜りぬけて既に薄暗くなった町へと歩き出す、美樹さやかの姿を目視しながら……・今回のNG大賞「それにしても、何故アンパンと缶コーヒーなんだ?」「形から入るタイプなんです……」恥ずかしそうに目を逸らしてみせる鹿目まどかの様子が、どこか微笑ましく思えた後藤慎太郎たっだ。この子はきっと、もし魔法少女になれるなら、コスチュームから考え始めるだろう。そんなワケの解らない思考を、後藤慎太郎は抱いた……らしい。・公開プロットシリーズNo.18→きっと世界は救えない。さやかだけでも、後藤さんだけでも。