「よし、じゃぁ、あの四角いのをぶっ壊すか」敗北して倒れている真木を見下ろしていた面々の中で。先んじて口を開いたのは、佐倉杏子であった。しかし、他の人間達が目を奪われたのは、発言者が誰かなどといった些細な疑問では無かった。『ゴックン』杏子が操作を加えている武器が、どう見てもこの状況にそぐわないとしか思えないのである。具体的に言うと、大戦斧メダガブリューが、杏子の手の中にあった。……それは、紫のオーズのみに創造を許された武器では無かっただろうか。「ん? ああ、あの屋敷に空き巣に入った時、落ちてたから拾ってきたんだよ」さらっと犯罪歴をさらしながら杏子が言い放った一言に、一同は呆れるばかりだった。確かに、キヨちゃんが盗み出されていたのは判明していたが、まさかそんなモノまで盗んでいようとは。ガメルがメズールへと青コアを届けた時に、ガメルが一緒に持っていた品だったりする。「さっきの戦いで使わなかったのは、そっちのメガネおじさんには読まれてると思ったからだけど」「ええ、読んでいましたよ」そんな武器があるならさっきの戦いで使えよ、という突っ込みを、杏子は華麗なる先回りにて回避していた。そして、真木の回答は先程の杏子の発言と同じぐらいに人間達を呆れさせたのだとか。とにもかくにも、巨大暴走態の耐久能力は、ティロ・フィナーレを受けたら危険だという程度でしか無いのだ。紫のコアメダルを五枚も呑み込んだメダガブリューは、充分すぎるほどの紫の力を纏っていて。「よいせっ!!」直後、力の限りに投擲された紫の斧が巨大暴走態へと突き刺さり……あっさりと、銀の雨を降らせた。あまりにもあっけない結末を、惜別の念を込めて見上げていたのは、蝙蝠ヤミーただ一人だった。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第百四十四話:絆の鎖『ゴックン』「セイヤァッ!」星の光も見えない暗闇の中に、紫の波紋が閃く。仮面ライダーオーズこと火野映司が、戦斧メダガブリューを力の限り振るう音を響かせた。全ての欲望を否定する無の衝撃は、使い魔たちを両断しつつ舞台装置の魔女へと容赦なく襲い掛かった。『kyyyyyhhhhhhhhh!!』それでも、魔女の笑い声を掻き消すことは、まるで出来ない。のっぺらぼうの白い顔の中にただ一つだけ存在を主張している真紅の唇は、笑い声を紡ぐことをやめない。空間斬撃が本日何度目になったのか、映司自身も覚えていなかった今日の午後に鴻上会長から授けられた『10枚目のコアメダル』達も、既に砕け散ってから時間が経っていた。火野映司は、本日昼頃までの作戦会議が終わった後に、人知れず鴻上財団の隠し部屋へと招待されて、特別なコアメダルと大量のセルメダルを譲り受けていたのだ。初代のオーズであった残忍なる王が最初の変身に使ったという、タカ・トラ・バッタのコンボ用コアメダルを。そして、数えるのも億劫になるほどの膨大な量を誇るセルメダルをも。……そんな最高コンディションのオーズをもってしても、ワルプルギスの夜を倒し切ることは出来ずにいたのだ。折角の真なるタトバコンボも、映司の中で膨れ上がる紫の力によって押し潰され、ベルトの中で砕け散ってしまったという訳だった。もちろん、映司に不利な事ばかりでも無かった。というのも、紫のメダルがワルプルギスの夜と相性が良いという意味を、映司は実感する事が出来ていたのだ。人魚の魔女や鳥籠の魔女がコアメダルに過度の関心を示したように。ワルプルギスの夜もまた、紫のオーズとなった映司に、並々ならぬ関心を抱いているように思えた。変化は歴然であり、タトバコンボが失われた辺りから、町への被害が殆ど無くなったのである。タトバコンボを使っていた時から魔女の関心は映司に向いていたのだが、それがより顕著になったというべきか。……終いには使い魔の攻撃までもが、全て紫のオーズへと向かい始めたのであった。確かに、被害を最小限に留めるという意味において、この舞台に立つ役者としてオーズ以上に相応しい人材は居ないだろう。更に言えば、映司は魔女や使い魔の攻撃にて殆どダメージを受けていなかった。黒紫の半液体状の鞭を受けても、人間を模った使い魔に斬りかかられても。完全に損壊が皆無という訳でも無いが、実質的に単純なパワーゲームでオーズが倒される可能性はゼロと言って良い範囲でしか無い。『ゴックン』念動力によって飛来した巨大ビルの残骸を、紫の大戦斧にて粉砕しながら。オーズは、来たる結末を半ば確信しつつあった。おそらく町の被害は、現在オーズが戦っている地点の周囲だけで済むだろう。当然、避難所に被害は及ばず、人的犠牲も出さずに事態を収拾することが出来るに違いない。……ただ一人を、除いて。真木清人と巨大暴走態を降した人間達は、当然の思考に行き着いていた。すなわち、遠方にて巨大魔女と戦っているオーズの助太刀に行くべきだ、と。というよりも、暁美ほむらの隠れ家にて立てた作戦の結論がそれなのだから、当たり前である。『カッター ウィング』「佐倉、巴。どちらか、俺に捕まれ」そして、この場の6人のうち半数が飛行能力を有しているのだから、3組に分かれて空を移動するのが効率的である。アンクを鹿目まどか以外に憑かせるのも憚られるので、ここはトーリと後藤で、マミと杏子の二人を分担して運ぶしかないのだ。何気なく気遣いが出来るようになっている辺り、後藤さんも徐々に人間的に大きくなっているのかもしれない。だが……一同は、まさか想像もしなかった。「ぐ、ああああああっ!!?」「後藤さん!?」「オイ、どうした!?」よもや、突如として後藤さんが火達磨になるなどということは。もちろん、バースとて並々ならぬ耐熱性能を持っているはずなのだが、今回ばかりはタイミングが悪かったというべきか。先程真木によって氷漬けにされたばかりのバースの装甲は、突発的に熱せられたことによって、古びたレンガのように砕けてしまっていたのだ。杏子とマミが驚きながらも消化を行おうとする中……まどかは、自身の見たものを信じられずにいた。鹿目まどかは、後藤を襲った炎の正体を確かに見ていたのだ。どこからともなく飛来した火炎弾が、バースを襲った様子を。炎を扱える人間は、この場に『二人』しか居ない。一名は、考えるまでも無く、鹿目まどかの体内に居るアンクである。そして、もう一名は?次の瞬間には……世界から、音が失われていた。鹿目まどかは、目の前の現実を理解することが出来ない。まるで、頭の回転が止まってしまったようだった。時間停止の魔術は、まどかには何ら影響を与えていない筈なのに。「ほむら、ちゃん……?」なぜ。どうして、姿を現した暁美ほむらは、赤と黄のソウルジェムを魔法少女達から奪い取っているか。再び時が動き出し、巴マミと佐倉杏子の躰が地に伏した。バースの装甲を失った後藤さんは、海水へと力なく倒れ込んで、ようやく身を包む炎から解放されていた。「なん、で……? 私たち、これから、火野さんを助けに行くんじゃ……?」「それには及ばないわ」……そんなの、話が違う。いったい、何のために作戦会議をしたというのか。現実問題として、ワルプルギスの夜は未だ見滝原上空に浮かび続けているのだ。あの巨大魔女を放置すれば被害は拡大する一方だというのに。「ほむらちゃん! どうしちゃったの!? ワルプルギスの夜を早く倒さないと、町が大変なことになっちゃうよ!?」戦禍が広がれば、避難所にいるまどかの家族や、友人の美樹さやか達にだって危険が及ぶに違いない。「心配にも及ばないわ。今以上に町が破壊される事なんて、無いもの」まどかは、ほむらの言っていることを即座に理解することが出来なかった。だって、現にワルプルギスの夜は街を破壊しているはずなのに。ところが、ほむらの言葉を念頭において、遠方に浮かぶワルプルギスの夜を観察してみると……意外な事実に気付くことが出来た。「あれ……? もしかして、全然移動してない?」真木との戦闘を始めた時と比べて、全く魔女の位置が変わっていないのである。ワルプルギスの夜が念動力を用いた飛び道具として高層ビルを消費してしまっているので比較物が不足しているが、おそらくそうだろう。巨大魔女の現在地を中心に一定の範囲内しか、ビルが失われていないように見える。「むしろ、大勢で戦ってワルプルギスの夜の注意をいたずらに逸らす方が、街や避難所への危険は大きくなるでしょうね」そう言われれば、もっともだと頷ける道理も確かにあった。住民への危険を出来る限り減らすのは、決して間違った指針では無いのだから。それに、紫のコアメダルのお蔭でワルプルギスの夜と相性の良いオーズならば、確実にワルプルギスの夜を倒せることだろう。映司一人に重荷を背負わせるのは釈然としないが、足手纏いになるぐらいならば増援は要らないのかもしれない。……本当に?鹿目まどかの頭の中で、何かが引っかかっていた。何かが、違っている。一見すれば筋が通っているようで、暁美ほむらの言っている事には、何か落とし穴があるように思えて仕方が無い。――オーズには、紫のメダルになるべく慣れて欲しいのさ。それが、ワルプルギスの夜の攻略糸口になるらしくてね。呉キリカも、ワルプルギスの夜に対するプトティラの優位性を語っていたらしい。まどか自身が直接聞いたわけでは無いうえに、敵の発言を正面から信じるのもどうかと思うが。それでも、キリカ自身の魔女化をコストにしてでも、映司を紫の力に慣れさせる事には意味があったのだろう。――ワルプルギスの夜と火野映司の間には、互いを引き合う因果がある。彼以上にワルプルギスの夜と相性の良い人間は居ないわ。ほむらの言葉にしても、実際にワルプルギスの夜が空中の一点に留まっている様子を見れば、真実である事は疑う余地は無い。だが、明確に不自然だと思える思考要素が、既に存在していた。オーズとワルプルギスの夜の戦闘継続時間が、長すぎるのだ。つまり、オーズは巨大魔女を倒せていない。そして、ここに来て鹿目まどかは、自身が抱いていた壊滅的な勘違いの存在に行きあたっていた。「もしかして、ワルプルギスの夜は……倒せないの?」……一体いつから、オーズがワルプルギスの夜を『倒せる』と思っていた?攻略するだの相性が良いだのといった言葉は聞いて来たが……鹿目まどかは一度たりとも、オーズが巨大魔女を『倒せる』とは聞いたことが無い。というか、むしろ倒せない。考えてみれば、気付かなかったことが不思議だった。グリードが自分自身の炎熱や電撃で傷付かないように、性質の似通ったオーズと巨大魔女の間にはダメージが殆ど発生しないはずなのだ。高層ビルを投げつけるような攻撃は流石に当たればタダでは済まないだろうが、オーズの空間斬撃や巨大魔女の紫ヘドロ攻撃は、おそらく互いへの有効打とはならない。「ワルプルギスの夜は、ダメージを受けなくても夜明けになれば消えるわ。それで、全てが解決するのよ」「でも、そんなことしたら……火野さんがグリードになっちゃうよ!?」冷たく放たれたほむらの言葉は、しかし問題点を残しているように思われた。ただでさえ、火野映司は紫コアとの同調率を上げ過ぎているのだ。特にガラの一件における対ナイト兵無双や、キリカとの長時間戦闘は、確実に映司の身体に悪影響を残していることだろう。完全態カザリと戦った時など、映司はキュゥべえを目視できるほどにグリードに近付いてしまっていた。そのうえで夜明けまで続く戦闘をこなすとなれば、火野映司のグリード化は避けられない。「……そうする以外に、無いわ」「私、ほむらちゃんの言ってること、全然分からないよ」いざとなったら鹿目まどかの『願い』だって残っているということぐらい、ほむらも分かっている筈なのだ。もちろん、暁美ほむらが鹿目まどかの魔法少女化を阻止したいと思っている事は、まどかもほむら本人から聞いたことがあった。だが、まどかの言葉に対して黙り込んでしまったほむらは、既に気持ちが固まっていると見えた。おそらく、まどかがトーリやアンクの翼を使って映司の元に向かおうとしても、阻止されてしまうことだろう。『アンクちゃん、トーリちゃん。どうしよう』困った時のための隣人達である。真木博士との戦闘から続けて、二人は体内に留まっていたのだ。『ここをトーリの奴一人で足止めさせて、俺達で飛べば良いだろうが』……ほむらを始末して行くと言わなかっただけ、アンクも丸くなっていると見れば良いのだろうか。だが、トーリは身を守ることと逃げることには向いていても、相手を足止めできるような能力など持っていないように思える。強いて言うならば結界だが、それも先程真木博士によって破壊されてしまっており、再構成には暫く時間がかかりそうであった。『もう少し、ほむらさんと話してみた方が良いかもしれません』一方、こちらも意外と言えば意外な返答であった。ほむらと反りの合わなかった筈のトーリが、まさかの対話を勧めてきたのだ。トーリこそ、ほむらとケンカを始めてもおかしくない人材なのに。『ほむらちゃんを説得できる? トーリちゃんが良かったら、私のふりをして喋ってくれても良いよ?』『それは、ほむらさん相手だとすぐにバレそうなのでやめておきますが……揺さぶりをかけることなら、出来るかもしれません』精神攻撃を狙うということか。微妙に手が汚い気もするが、鹿目まどかには手段を選んでいる余裕は無いのだ。『ずっと気になっていたんです。ちょっと、ほむらさんが無のメダルと無力の魔女の関係を説明したときのことを、思い出してみてください』――実際にワルプルギスの夜を見てみれば分かるけれど、魔法少女の感覚なら、紫のオーズの力とワルプルギスの夜の魔力の波長が似通っているのを感じる事が出来るわ。確か、そんな感じだった筈だ。実際にオーズが巨大魔女を釘付けにできていることから考えても、ほむらの言葉に嘘は無かったように思う。だが。『ワタシの思い違いかもしれないんですが……ほむらさんがプトティラコンボを見た事って、ありましたっけ?』……あれ?鹿目まどかがプトティラコンボを見たのは、全部で何回だっただろうか。確か、ロストアンク暴走態の騒動の時に初めて見た筈だ。アンクに身体を委ねている最中には、プトティラが杏子とトーリに襲い掛かっている光景も視界に収めていた。そして、昨晩ウヴァと交戦した際にも目にしたはずだ。さすがに、合計3回しかプトティラになっていない筈も無い。当然、まどかが見ていないところでも変身しているに違いない。『そういや、そうだなァ。……あの盾のガキは、おそらく過去の巻き戻しの中ではメダルを見たことが無いってのに、おかしなこともあるもんだ』もちろん、まどか一人だけならば、ほむらのメタ認識を充分に捉えていない可能性が高かっただろう。だが、トーリとアンクが口を揃えて言うならば……疑惑は、膨れ上がる一方だった。しかも、ほむらのこれまでの発言を総合して考えるに、過去のループ世界の中ではほむらはメダルを見た事が無いと推測される。だとすれば、ほむらは……一体なぜ、紫のオーズから溢れ出る波長なんてものを知っているのか?『たぶん誰か、ほむらさんに入れ知恵した人が居ますよ』『ええと、つまりどういうこと?』『盾のガキが黒幕の情報を信じた理由を聞き出して、その理由を否定してやれば良いってことだよ』『ほむらさんが何か報酬を貰って協力しているなら、それ以上の対価で買収出来る可能性もあると思います!』3人寄れば文殊の知恵というのは、きっとこういう事なのだろう。確かに、ほむらが誰かに説得された結果として映司の見殺し作戦を提唱しているのならば、そこに至った理屈の全てにほむら自身が納得しているとは限らない。むしろ、その辺りを重点的に攻めれば、説得に成功するかもしれない。キュゥべえに乗せられて契約した魔法少女達が紆余曲折を経て後悔に至るのと、大体同じようなものである。「その作戦……ほむらちゃんが考えたんじゃないよね?」意を決して、まどかはほむらへと追及を始めていた。出来るだけ強気を装って、質問というより確認のニュアンスを込めて、ほむらへと声をかけたのだ。そして……効果は、覿面だった。ほむらが、無表情を少しだけ崩して、少しばかりたじろいだように見えたのである。「……よく分かったわね」特に隠すつもりも無かったのだろう。というか、むしろ話したいとさえ思っていたのかもしれない。マミや後藤を問答無用でぶっ倒したということは、その作戦が周囲から否定されるものだと多少なりとも理解している訳で。むしろ、そんな酷い作戦を考えたのは自分じゃない、と申し開きをしたいぐらいなんじゃないかという線まで有り得た。「鹿目まどか。貴女の運命が、自らの願いによって貴女自身の存在を失ってしまう可能性を内包している事は、知っているわね?」「えっ? どうして、そんなことまで知ってるの……?」今度の情報もまた、明確に不自然だった。ほむらがいくらループを重ねてきたとしても、まどかが存在を失った場面を見た事は無い筈なのだ。――初めからお前が存在しなかった世界に一度でもなったなら、いくら時間を巻き戻してもお前は存在出来る訳が無い。アンクも言っていた通り、まどかが一度でも因果崩壊を起こせば、ほむらが時間を巻き戻してもまどかは存在できない。ほむら自身が理屈で考えて地力で答えに行き着いたという可能性もゼロではないものの、やはり中学生レベルの問題では無いと言わざるを得ない。まどか本人でさえ、キュゥべえに会った夜にとある夢を見なければ、想像だにしなかった事柄なのだ。ならば、まどかが存在消滅の結末を知っているという情報を、暁美ほむらは何故知っているというのか。「貴女に『その夢』を見せた存在から……直接聞いたわ。未来を見通せる、白い魔法少女に」白い魔法少女。それは、呉キリカを動かしていた黒幕に他ならなかった。確かに未来を見通せるとなれば、暁美ほむらの知りえない情報を得ていたとしても不思議では無い。しかし、まさかまどかの夢が他の魔法少女によって見せられたものだったとは、思いもよらぬことであった。ただ、ほむらがこちらの問いに素直に答えてくれると分かったのは前進であったと言えるので、この先の展望には期待できるかもしれない。「……ほむらちゃんに今回の作戦を教えたのも、その魔法少女?」「……ええ、そうよ」何故だか、まどかはほむらの表情に潜む感情が読めたような気がした。なんとなくだが……ほむらは、その白い魔法少女に良いように使われることを、良しとしていない。むしろ、彼女の駒として使われることに悔しささえ感じているのではないか。ならば、白い魔法少女の悪口を言う感覚でぼろぼろと情報が零れてくることに期待できるかもしれない。「白い魔法少女の目的って、結局何だったの?」「……」……と思っていたら、調子に乗って地雷を踏んだかもしれない。どうも、ほむらの沈黙は黙秘というよりは言葉を選ぶ時間をとっているように思えた。「…………彼女の願いは、呉キリカと共に生きていく、ただそれだけのことよ」お前は何を言っているんだ。呉キリカは、死んで魔女になったのではないか。もっとも、まどかの困惑はほむらも予期していたようで、言葉を継いでくれていた。「呉キリカは魔女になったけれど、死んだわけでは無いわ。今も、白い魔法少女の側で共に在り続けている」確かに、オーズ等と戦った末に魔女になったキリカは、途端に撤退を決め込んで逃げ出してしまったはずだ。だが、待ってほしい。そもそも、魔女と共に暮らすなんてことが可能なのか?鹿目まどかは美樹さやかを親友だと思っているが、それでも人魚の魔女と共に暮らせるかと言われればNO一択でしかありえない。――私達は、例え愛する人が魔女になろうがグリードになろうが、共に生を過ごしたいと願っている。君には……そう思ってくれる人が居ると思うかい?意思疎通が図れない以上、相手を知的生命体と思ってはいけないはずだ。しかし、生前から自身の魔女化を覚悟していた節のあるキリカなら……あるいは、何とかなるのだろうか。「そんなこと、出来るの……?」「私にもその理屈はよく分からないわ。本人たちは『愛』だと言っていたけれど、何にせよ特例としか言えない」そして、ここまで来れば全体像が見えてきたように思えた。白い魔法少女の目的が、相棒と共に生きていくことだとするのならば。確かに、鹿目まどかの契約を阻止する理由としては充分だろう。全ての魔女を滅ぼす願いを叶えるかもしれない鹿目まどかの存在は、キリカ達にとっては邪魔者以外の何物でも無い。「その人達の目的は分かったよ。でも……なんで、ほむらちゃんはそれに従ってるの?」「……貴女に、消えて欲しくないからよ」まどかは、段々とほむらの感情が高ぶっているのを感じ取っていた。何となく声の震えかたがおかしくなりはじめたというか、言葉に感情が乗り始めたというか。「それに、まどかだけじゃない……!」せきを切ったように、ほむらの口から言葉が毀れた。溜まっていた何かが溢れ出るように、ほむらは言葉を紡いだ。「美樹さんや志筑さんとバカな話をして、巴さんや杏子ともまた仲良くなれて……なのに……!」……血を吐きながら走り続けていた筈のほむらは、一時の息抜きも悪くない、と思うようになっていた。何の変哲も無い友人達と、特に実用的でも無い話をして。そうやって足を止めているうちに……いつしか、もう走り出す事が出来なくなってしまっていたのだ。「私は、もう……! もう、やり直したくない! もう、巻き戻したくない! だから、これ以上私にやり直しをさせないで……。お願い……!」もう誰にも頼らない、と言っていた頃の暁美ほむらならば、失敗を反省しつつ次の回に進めたかもしれない。だが……冷え切っていた筈のほむらの心は、調子を狂わせ始めてしまったのだろう。いつしか暁美ほむらは、美樹さやかのボケに苛烈な突っ込みを入れたり、魔法少女のお茶会を楽しんだりするようになってしまっていて。とうの昔に、冷徹で冷酷で冷血な暁美ほむらというキャラクターは崩壊していた。結局のところ……この一月弱の間にほむらの心に溜まった荷物は、捨てるにはいささか暖か過ぎたのだ。ほむらの顔は……泣き崩れる一歩手前のように見えた。おそらく、今のほむらを支えているのは、あと少しで努力が報われるという希望だろう。そして、その思いを白い魔法少女に利用された。ほむらが時間の巻き戻すための気力を削がれていることを理解したうえで、舞台裏の住人達はほむらへと囁いたのだ。……青年をたった一人犠牲にするだけで、もう暁美ほむらは繰り返さなくても良くなるのだ、と。いくら暁美ほむらと火野映司の接点が乏しいからといっても、ほむらも二つ返事で頷いた訳では無いに決まっている。それでもほむらは……利用されることを選んでしまったのだろう。『自分で言っておいてなんですが……この方向性には無理があったかもしれません』『攻め方を変えてみろ。不確実な情報を何か突け。お前が本当に消滅するのか、とかな』まどかも、説得の難易度には気付いていた。おそらく、まどかが『私のために戦わないで!』なんて言っても、ほむらは聞き入れてくれないだろう。ならば……『私が戦っても大丈夫だよ!』の方向ならば、どうだろうか?理論武装が不十分である感は否めないものの、それでも映司の方のタイムリミットが分からないのだから、急ぐに越したことは無い。「いまさら私が言うのも何だかおかしい気がするけど、過去と未来の矛盾が起こっても私が生き残る可能性って、本当に無いの?」ぶっちゃけ、真木とキュゥべえが口を揃えて存在崩壊現象を示唆している以上、まどかの台詞は苦しすぎた。自己矛盾が生じれば、確定的に鹿目まどかは消滅してしまうだろう。だが、伝聞でしか因果消滅を知らない暁美ほむらに揺さぶりをかけるだけならば、あるいは?少なくとも前例は存在しない思考実験なのだから、良く分からない何かが起こってハッピーエンド、という可能性も無いとは言えない筈だ。「見て」……まどかが慣れない口八丁を使ってほむらを言い包めようとした、そんな時だった。ほむらが、簡潔な返事を発したのは。直後、鹿目まどかの頭に、直接映像が流れ込んできた。おそらく、白い魔法少女がまどかに夢を見せたのと同じように、念話の応用で画像も送れるのだろう。話の流れから察するに、鹿目まどかが消滅する証拠を見せてくれるのだろう、と予測することは然して難しくなかった。――逝ってしまったわ。円環の理に導かれて……。――『まどか』ってさ、貴女も知ってるの? アニメか何かのキャラとか?――確かに君の話は、一つの仮説としては成り立つね。だとしても、証明しようがないよ。――仮説じゃなくて、本当のことよ。だが、その内容を目の当たりにして……鹿目まどかは、その小さな心臓が止まりそうになった。ノイズやラグがてんこ盛りのその映像は、明らかに不自然なものだったのだ。その映像が、というよりも、その映像が存在していること自体が有り得ない。有り得るはずが無い。ひとたび円環の理を生み出してしまったのなら、ほむらが時間を巻き戻すことなど関係が無いというのが、思考実験の結果だったというのに。確かに、情報として鹿目まどかが消えてしまうという説の補強には成り得るが、ほむらは一体どうやってこの映像を入手したというのか。白い魔法少女の未来予知の転載ならば、証拠としては決定力に欠ける筈だ。そう思いかけたところで、ようやく鹿目まどかは気付いた。いつの間にか暁美ほむらの掌の上に積み重ねられていた漆黒の結晶板の存在に。呪を吸い込んだ小石たちこそが……今の映像を記憶として『見た』張本人だということも。ほむらは念話を上手く使って、手の中の黒塊を映像記憶装置として利用したのだろう。その物質は、決してこの時間に存在して良い代物では無かった。確かに、鹿目まどかはかつて見せられた夢の中で、その闇色を見た事がある。しかし現実には、その物体が在って良い訳が無いのだ。だって、人間達の負の感情を集めて怪物を生み出す機能を持った、瘴気に塗れた黒結晶の正体は……。「ほむらちゃん……なんで、『魔獣の卵』が、存在してるの……!?」・今回のNG大賞「火野映司の元に行ってはいけないわ」「ほむらちゃん……グリードと合体してる私とガチバトルして、勝てると思う? ウェヒヒヒww」壁があったら殴って壊す!……別にほむらさんの体型のことじゃありませんよ。・公開プロットシリーズNo.144→暁美ほむらは許さない。