アンクは、ボロボロだった。原因は……彼が先ほど出会った魚人に違いない。高層ビルの一室に潜むヤミーの存在に気付いて、その様子を外から観察していた所までは、順調だった。だが、そんなアンクの元に、ヤミーの創造主が現れたのだ。水棲生物の女王である、メズールが。ヤミーの横取りは許さない、と凄むメズールに対して虚勢を張ったのが、アンクの運の尽きだった。命からがら逃げ切れたものの、カマキリのコアメダルを落としてしまったのである。おそらく、メズールの手からウヴァへと渡っていることだろう。……腹立たしい。そして、アンクにとってもう一つ、許し難いことがある。鴻上という人間が提供するメダルシステムの利用料として、今後入手するセルメダルの7割も要求されたのだ。メダルシステムは有用だと思いつつも、ぼったくられ過ぎだという感は否めない。とりあえずヤミーは後回しにして、アンクは鴻上ファウンデーションの本社ビルへと足を運ぶのだった……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第十五話:rebirth ――珍獣は二度死ぬ美樹さやかは、見つけてしまった。白ネコと白ウサギを足して二で割ったような、不思議な生き物を。転校生こと暁美ほむらの誕生日を祝ったパーティの帰り道を一人で歩いていたところ、偶然発見したのだ。後ろ姿しか見えないが、所謂イエネコでは絶対に有り得ない無駄毛が耳から生え放題になっている。どう考えても幽魔……ではなくUMAであることは間違いない。そんな奇妙な生物を発見したさやかのとるべき道は、たった一つ……捕獲あるのみである。だがしかし、後姿だけしか見せないUMAは、なかなか隙も見せない。さやかは、UMAが移動する度に自身の隠れる場所を転々と変え続けているのだが、なかなかUMAに近づきやすい位置取りが出来ないのである。もしかしてあたしのことに気付いてんのかな? と思わないでもないが、好奇心には勝てずに追跡を続けてしまう。考え至るはずも無かった。……自身が『誘い込まれている』などとは。とあるお高そうなマンションの敷地へと侵入するUMAの後を追い、自らも不法侵入を試みるさやか。特に警備員に引きとめられるといったアクシデントも無く、地上20階に位置する一室にまで辿り着いてしまった。もはや、周囲の目なんて気にしていない。螺旋階段を一気に登りきっても、僅かな時間で息を整え切るさやかは、女子中学生としてはやや身体能力が高めなのかもしれない。誰も居ない廊下に一直線に視線を走らせ……見つけた。2085号室と書かれた部屋のドアの隙間から、白い尻尾がはみ出ているのを。流石のさやかでも、これには思った。「なんか、間抜けすぎるような……?」でも動物なんだし。っていうか、コイツはドアをどうやって開けたんだろう。もしかして、この部屋の住人のペット?気になる。気になってしまう。気になりすぎて、このまま帰ったら不眠症コースに直行してしまう。さやかが部屋の扉に近づくと、尻尾はそのまま部屋の中へ引っ込んでしまった。若干、自身が犯罪に片足を突っ込んでいることを自覚し始めているさやか。でも、あのUMAへの興味は消えそうにない。意を決して、部屋の扉を開けてしまった。その目に飛び込んできた光景は……人間の手。……のような歯を持った、「ピラニア……?」30センチ程度の、肉食っぽい魚の群れだった。おかしい。自分は、可愛らしい猫型UMAを追っていたはずでは無いのか。こんなの、あたし聞いてない!陸棲ピラニアとでも、呼んでおこう。先ほどまで自身は未確認生物を追っていたはずなのに、この反応の差は一体何だろうか。A:さっきの白いヤツは可愛かったからに決まってんだろ!そうだ、さっきの白い子は?まさかもう、陸棲ピラニアに食われてしまったんだろうか。死んでたら、綿でも詰めて転校生への誕生日プレゼントにしようかな。ああいうクールなタイプの子ほど、実は可愛いもの好きだったりするんだよ、きっと。……なんか、転校生が縫い包みの額を機関銃で打ち抜く映像が頭の中で再生されたのは何でだろうね?白いUMAを探して部屋の中を見回すと、失神していると思しき女性の姿が。この部屋に一人で住んでいるにしては若いが、高校生には見えないので、所謂若妻というやつなのだろう。多分。間違いなく、この陸型ピラニアの群れを見て気を失ったのだ。「助けて……」部屋の中からは、もう一つの声が聞こえた。なんと、先ほどの白いUMAがピラニアに食いつかれて、半スプラッタ的な状況になっていた。前足が一本千切れかけ、残った胴体も血まみれである。咄嗟に、近くにあった電気スタンドを投げつけて陸型ピラニアを怯ませ、次の瞬間に全力のローキックで蹴り飛ばす。軸足で白いUMAの尻尾を踏みつけて、陸型ピラニアと一緒に吹き飛ばないようにするのも、忘れない。何だか扱いが酷い気もするが、緊急回避なんだから仕方ない。「何なのよコレ!? 転校生の誕生日があたしの命日ってか!?」「美樹さやか……この状況を打開する手段が、君には一つだけ、ある」この状況? と、聞き返す前に周囲を見渡して……質問を取り消す美樹さやか。気が付けば、さやかと失神した女性は、陸棲ピラニアの群れに囲まれていた。白ネコUMAが人語を発しているという奇怪に対してリアクションを取っている時間さえ、許されていない。「ボクと契約して、魔法少女になってよ」「あんた、そんな怪我で、何言ってんのよ!?」可愛らしい白い身体を持っていたはずの白いUMAは、その身体から滴り出た血液によって体毛の半分以上を真っ赤に染めており、素人目に見ても致命傷であることは間違いない。そんな状況で、見ず知らずの存在であるさやかを気遣っている余裕があるようには見えない。「願いを、一つ決めるんだ。それをボクが叶えるのと同時に、君は『魔法少女』になって、魔女と戦う力を手にする。生き残るにはそれしかない」息も絶え絶えに、言葉を紡ぎ出す白いUMA。UMAは何故かさやかの名前を知っているようだが、さやかはこのUMAのことを何も知らない。……もちろん、このUMAが、殺しても死なない意識共同体のインターフェイスであることも。そして、周囲のピラニアモドキが魔女であるとは一言も言っていない、ということにも。「魔女? 魔法少女? 願い……?」さやかが最初に連想したのは、幼馴染のバイオリン奏者の事だった。上条恭介という名の彼は、天才的な腕前を持っていた……筈だったのだ。不幸な事故で、片腕の機能の大半を失うまでは。……恭介を、治してあげたい。そう願おうとしたさやかだったが、願いを使って目の前の白いUMAを助けてやるべきなのか、とも考えてしまう。だってコイツ、見ず知らずののあたしを助けてくれる、凄くイイ奴じゃん。一瞬だけ悩んださやかが出した答えは……「怪我を治す能力をちょうだい! 他人にも使えるやつ! それがあたしの願いよ!」円環世界のさやかが、一度たりとも願わなかった事柄。両方を救うにはそれしか思いつかなかったというだけの理由で、あっさりと決められてしまったのだ。「なら、契約成立だ!」「おっけー!」さやかの服装が、変化する。青を基調としたヘソ出しルックの上着に、丈の短いスカート。何処かの騎士を思わせるマントを背になびかせ、その手には奇跡の宝石……ソウルジェムが握られていた。「なんだかよく分からないけど、コイツらを蹴散らして……」どこからか取り出したサーベルを、地面に垂らしながら重さを確かめる。女子中学生が扱うにはやや重い筈の兵器が、自分の手足の延長のように思い通りに振り回せる。まるで、剣を作り出せるのが当たり前だったかのように無意識に、魔法の力で一振りの武器を生みだしたのだ。何回か素振りしてみて、その感触を確かめたさやかが真っ先にとった行動は……「まず、あんた達を安全なところに運ばないとね」意外と、常識的な判断だった。倒れている女性をよっこらせと肩に担ぎ、部屋の中にあった高そうな手提げカバンの中に瀕死の白ネコモドキを詰める。この場に放っておけば、間違いなく陸棲ピラニアの餌となってしまうのだから。窓から溢れ出るピラニアの群れに背を向け、個体数の少ない玄関方面へと、サーベルを振り回しながら駆け抜けた。一体一体を一撃ずつで葬り去れるほど力の差も無いが、脅威なのは数だけらしい。脱出途中の廊下の呼び鈴を押しまくって住民に注意を喚起し、ついでに防災ベルを通りがけに起動しておくのも忘れない。「魔法少女の力を使って最初にすることが多重連続ピンポンダッシュだったのは、君が初めてだよ」「あんた、実は余裕あるんじゃないの!?」バッグの中から聞こえる能天気な声に突っ込みながら、来る時は息を切らしながらだったはずの螺旋階段を、まるで落ちるように駆け下りる。マンションからようやく飛び出たさやかが見た光景は……滝だった。ただし、その流れが始まった場所は泉ではなく、落下しているものも水滴ではない。陸棲ピラニアが、マンションの20階から、滝のように溢れだしていたのだ。「難易度の修正を要求するッ! それか武器のセレクトやり直させてよ!?」「ワケが解らないよ」剣一本で、どうやってあの大軍に立ち向かえと言うのか。とりあえず、カバンの中に居るキュゥべえの治療は、まだ余裕がありそうなので後回しで良いだろう。付近のベンチに座っている見知らぬ女子大生を発見したので、2085室の住人とキュゥべえの身柄を預けておいた。どうやら、偶然にも部屋の主とその女性は知り合いだったらしいのだが、そんなことはさておき。「魚を捌いた経験なんて無いけど……やるしかないか」とにかく、少しでも数を削っておこう。……そう思った、矢先だった。「避けて、よけてーっ!?」上下に赤黄緑に分かれた不気味な怪人が、キリモミ回転をしながら、さやかの元にぶっ飛んで来たのは。その声に聞き覚えがある気がするだとか、そんなことを気にしている余裕は、無かった。というか、状況判断が追い付かなかった。混乱の境地に達したさやかは、サーベルを両手持ちで構え、踏み込み足から軸足への体重移動を今までにないぐらい理想的に行い、「どっせいっ!」おおよそ、魔法少女という生き物が放つものとは思えない掛け声を発しながら、フルスイングした。少なからず野球の経験があるさやかだが、ここまで気持ちよくバッドを振り抜くことが出来たのは、初めてかもしれない。残念ながら三色怪人には両腕の甲で打撃をガードされてしまったが、さやかは彼が飛んで来た方角へと真っ向から打ち返したのだった。……あれ? 今のって何だったんだろ?人間、なの? っていうか、みね打ちだけど全力で叩き返しちゃったよ?死んでない? 殺人犯の魔法少女なんて斬新過ぎるよ?何が起こったか、何一つとして理解できなかったさやかが、精神を防衛するために放った言葉は、一つ。「あたし、完璧!」美樹たん、今日も絶好調!・今回のNG大賞「聞いてよ、転校生。良いニュースと悪いニュースがあるんだ」「……何?」「なんと、キュゥべえっていう可愛い奴を見つけて、さやかちゃんは魔法少女になったのだー!」「それで、良いニュースは?」「えっ」・公開プロットシリーズNo.15→検索を始めよう。キーワードは、「キタエリ」、「プリキュア」、そして……「美希たん」。