火野映司と後藤慎太郎には、どうする事も出来なかった。巴マミがカザリと戦っている事ぐらいは分かっていても、それだけで。一体カザリが何処にいるのか、見る事も適わない。白猫キュゥべえを取り込んだという猫怪人カザリの前には、人間など猫の手程の役にも立たないのである。さらに……カザリの展開した結界に逃げ場を塞がれては、増援を呼ぶことも出来ない。外では未だに動物園の檻に捕らわれた子供達が泣き叫んでいる筈なのだから、それを聞きつけた魔法少女が来る可能性はゼロでは無いが。しかし、そんな悠長な事を言っていられる状況では無かった。……結界の中に、グリードでも魔法少女でも人間でも無い、新たな影の群れが現れたのだ。髪の毛が両足と繋がった円環のような身体で這っている異形が居た。信号機のような3つの目から血涙を撒き散らした異形が居た。両胸から能面のような一対の頭部を生やした異形が居た。左腕だけを異様に発達させた蟹のような異形が居た。両手の指を折ってようやく数えきれる程の数の異形達は、統一性など欠片たりとも持っていなかった。強いて言うならば、それらは皆立体である事を感じさせない平面的な印象を与えていて。それでいて、何処か人間の意匠を残した気味の悪さを振り撒いていた。映司達は……この存在達が何と呼ばれているのか、知っている。「魔女……!?」後藤の呟きを耳に挟みながら、映司は同時に当然の疑問へと思い至っていた。この魔女の一団は、どういう経緯でカザリの結界の中に居るのだろうか、と。ベテランの魔法少女ですら魔女探しには手間をとられるというのに、カザリは一体どうやってこの魔女軍団を集めたのか。ひょっとすると、カザリに取り込まれたキュゥべえが魔女の位置を正確に探知する機能を持っていために、カザリは簡単に魔女を探し出せたのかもしれない。だが、火野映司の頭は……最悪のシナリオを想定してしまっていた。もし魔女の群れが、カザリに捕まえられたのでは無かったとしたら。「来るぞ、火野!」「はい!」触手のような腕を伸ばしたり翠の鮮血を飛ばしたりと様々な攻撃を仕掛けてくる魔女達を、あしらいながら。映司は、魔女軍団の一体一体の戦闘能力があまり高くないという事に気付いていた。どうも、あれらの内の任意の一体を取り出したとして、過去に映司が見てきた魔女と同格とは思い難いのである。というか、映司が過去に魔女を倒した際には全てコンボを用いており、唯一亜種で勝負を挑んだ洋菓子の魔女からは映司は敗退しているのだ。しかし、眼前の魔女軍団は、バースを纏っている現在の後藤さんならばタイマンでも何とか勝てるレベルに思える。そして……弱小魔女をカザリが大量に抱え込んでいる理由は、やはり一つしかない。すなわち、カザリが『魔女を見つけ出した』のではない、という可能性が非常に色濃い。「まさか……魔女を、造り出したのか……!?」映司の紡いだ声に、答えは返ってこなかった。カザリが因果迷彩を纏っているのならば、カザリの返事が映司に届く道理も無いが。それでも、カザリと戦っているマミが奥歯を砕かんばかりに噛みしめたのが、映司にとっては十分すぎる回答だった。カザリがキュゥべえの能力を使えるのならば、キュゥべえの主たる機能を使えるのもまた、道理である。魔女を作り出してエネルギーを回収するのがキュゥべえの目的である以上、カザリが同じことを実行できたとしても、何ら不思議では無い。……当然、魔女やグリーフシードの『原材料』も、説明するまでも無い。更に言うならば、魔女を作り出す際にカザリはセルメダルの形でエネルギーを回収している筈だ。さやかが犠牲になったスミロドンヤミーの例では、カザリはヤミーを介してセルメダルの形でエネルギーを得ようとしていた。そして、キュゥべえを取り込んだ今のカザリは、ヤミー作成という面倒なプロセスを飛ばして直接魔女からエネルギーを回収できるに違いない。そうでなければ、流石にこの短期間で10体もの魔女を作るメリットは、カザリには無いのだから。戦闘員が欲しいのならばヤミーや使い魔の数で補った方が確実だ。つまるところ……カザリの結界の中で髪を飛ばしたり這い回ったりしている魔女達もまた、被害者だった。カザリがどんな言葉や動作で彼女達を『使った』のか、映司は簡単に想像する事が出来た。キュゥべえと違って嘘を吐くことが出来るカザリが契約者を増やすのは、さして難しいことでは無かったに違いない。……映司の中で、何かが傾いた。錆びついた歯車を回すように、心が軋んだ。強酸を吐いたり顔を掻き毟ったりしている魔女達の声が、人間に助けを求めているそれに思えた。身体の芯が凍り付くような鼓動が、映司を駆り立てた。視界が紫に染まって、ぼやける。衝動のままに緑色のルーズリーフの床を叩き割り、中から紫の大戦斧を取り出していた。カザリによってオーズドライバーを奪われているにもかかわらず、オーズが紫のメダルの力を使って創り出す筈のメダガブリューを具現化したのだ。どうしてか、実行する前から『出来る』と確信できていた。「火野、それは……」後藤慎太郎の声も、聞かずに。映司は紫の凶器を振るった。魔女の返り血を浴びた身体から、何かが焼け爛れる音が聞こえたような気がしたが、不思議と痛みは感じなかった。同じことを10回ほど繰り返した時。映司の掌には、同じ数の漆黒の卵が握られていて。それが、この場で起こったことの証拠品だった。エスニック風だった筈の映司の服は、いつしか黒々と彩られていた。「後藤さんは彼女達を、お願いします」通常のものよりも随分小さく思えるグリーフシードを、残った理性に従って後藤に握らせながら。火野映司は既に、次の標的を『見て』いた。この惨劇を生み出した元凶を、一刻も早く討たねばならない。そして、魔女達が奪われたエネルギーをグリーフシードへと戻してやらなければ。「お前、まさかカザリが見えるようになったのか……?」映司は、気付いていた。カザリがキュゥべえを捕食出来たのならば、グリードはキュゥべえを目視できるのだという事だと。ならば……紫のメダルに浸食されつつある映司は、どうするべきか。答えは、明白だった。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第百三十五話:Double-Action ――二律背反Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……プテラ×2トリケラ×1ティラノ×2巴マミに、さしたる余裕があった訳では無かった。ガメルに続いてメズールの完全態まで相手にしたマミは、既にグリーフシードを切らせてしまっていたのだ。そんな連戦の上で完全態を超えたカザリを止めるとなれば、状況は絶望的も良いところだった。流れ出る血液の量は、魔法少女の身体なら死因には直結しない。しかし、魔力は違う。もちろん、呉キリカの事例を見れば、ある程度ならば精神的な要因によって魔法少女として踏み止まる事は出来るのかもしれない。それでも、やはり魔力を切らした魔法少女の末路は決まっているのである。死への恐怖は、失われる事など無かった。奇跡の復活を遂げた美樹さやかの様子を目の当たりにしても、それは消えない。魔法少女として戦い始める前から、巴マミは命の危機というものの恐ろしさが身に染みているのだから。だが、怖いと思いながらも、巴マミは戦い続けるしか無かった。カザリが結界を使える以上、人間側に逃亡の選択肢は無い。しかも、カザリが不可視の存在となってしまった今となっては、オーズもバースも頼りにならない。唯一の希望は、飛び入りで暁美ほむらや佐倉杏子が顔を見せる事ぐらいだったが、それもどこまで期待して良いものかは不明瞭であった。自分が戦わなければ、生き残れない。自分が戦っても、全滅する危険の方が大きい。そんな、真綿で首を捩じ切るような絶望の中で。マミを貫こうとしていたカザリの頭から伸びる無数の針が……甲高い音と共に弾き返されていて。反射的に、マミは思った。紫の大戦斧を以てカザリの凶槍からマミを守ったそれが、『救いの手』だと。そして次の瞬間には、息を詰まらせた。……メダガブリューを振るっている彼の手は、人間のそれでは無かった。光沢の無い鎧のような鱗に覆われた腕は……どこか、無機質な冷たさを印象付けていて。マミの脳裏に真っ先に浮かんだ言葉は、『化け物』だった。もちろん、彼がカザリの凶刃からマミを守ってくれたという事は分かっていた。それでも、感謝や安堵の感情よりも、恐怖の方が遥かに大きなウェイトを占めていたのだ。「火野、さん……?」一瞬前まで人の形をしていたものは、既に人では無くなっていた。紫の鱗に覆われた四肢は、異形の怪物そのもので。戦斧を握る手からは捕食者を連想させる爪が伸び、白く固まった頭部には濃紅色の目が一つだけ輝いていた。……悍ましい。そう、マミは本能的に思ってしまっていた。目の前でカザリと切り結び始めた紫の異形が火野映司である事など、分かっている筈だった。映司が今まで幾度も人間を救ってきた男だという事も、覚えていた。そのはず、なのに。「巴! こっちに来て回復するんだ! 急げ!」掌の中に溢れんばかりのグリーフシードを抱えた後藤さんがマミに指示した内容は……撤退、だった。量産魔女からドロップした小型グリーフシードでマミを回復させようという訳なのだろう。事実として、マミの魔力は既に魔女化の一歩手前まで減少していた。なので、後藤の言葉に従って、マミは後方へと下がって回復に回らざるを得ない。……無機質な紫の鱗で身を覆った映司を、前線に置いて。その恐竜の怪物の挙動には、どこかマミ達を守ろうとする意志は垣間見られた。しかし、それ以上に……それが人間である事を感じさせない、敵を滅ぼすための本能のようなものが伝わってきていた。完全態を超えたカザリを相手に、食い下がれる程度には。事実として、紫の怪物の振るった爪や戦斧は、カザリの身体からセルメダルを少しずつ散らす事が出来ていた。……同時に、カザリの反撃によって紫の鱗も所々切り裂かれ、その異形が人間である証として深紅の雫が零れ落ちていたが。そして、真赤な液体に紛れて……映司の身体からも、セルメダルが振り撒かれつつあった。まさか、人間の皮膚を裂いてセルメダルが出て来るなどという事は、有り得ない。紫のメダルを使い続けることによって映司の感覚器官に不具合が生じている事は聞いていたものの、映司の身に起こっている事態はマミの想像を遥かに超えていたらしい。ここに来てようやく、トーリやさやかの危惧していた内容が、マミには実感として理解出来つつあった。あの後輩二人が紫のメダルを危険視していたのは、こういう事だったのだ。おそらく、映司が人間から離れていくという具体的な未来を予想していた訳では無いだろうが。マミは、映司がプトティラコンボを使いこなせるようになった後の様子しか知らなかったために、心の何処かで後輩達の懸念を杞憂だろうと思ってしまっていたのである。しかし、カザリと共に爪を交差させ、身体を削り合っている紫の恐獣の姿は……どこか、マミの手の届かない所に居るように思えた。今すぐに助太刀に戻らなければ、という思考は当然のように顔をのぞかせた。そして、その判断が生む結果も分かり切っていた。結論から言ってしまうと、マミがこれから戦いに戻れば人類が滅びる可能性は大幅に下がるが、代わりに小型グリーフシード達が元に戻れなくなる可能性も上がるのである。マミが魔力を使えば、またグリーフシードからの魔力供給が必要になる。そんな事をすれば、犠牲者達は……元の人間に戻れなくなるかもしれない。マミが戦わずに静観していれば、映司がカザリを倒してきて、カザリから奪ったセルメダルをトーリに使わせれば犠牲者達を復活させられる可能性は残っている。ところが、マミが動いて魔力を必要とすれば、その分の魔力はグリーフシードから捻出されなければならない。当然、犠牲者達の復活は遠のく。場合によっては、マミのせいで小型グリーフシード達が元に戻れなくなる可能性だって、有り得た。あるいは、マミが沈黙を決め込んだ場合には?ひょっとしたら、今のところ少しばかり劣勢に見える映司が、逆転の目を見せるのかもしれない。だが……その逆転の手とは、映司の完全なグリード化の事では無いだろうか。彼ならば、人間に戻れなくなってでもカザリ達を止めるだろう。そう、マミは火野映司という男を評価していた。――アンタ……それでも、人間なワケ?――当然、違うよ。君たちもね。今思うと、あの時の呉キリカの言葉に含まれていた違和感は……やはり『君たち』という言葉の中に映司も含まれていたからなのだろう。今となっては確かめる術も無いが、おそらくキリカは映司の身体がどうなるか知っていたのだ。そうなると益々、映司の現状が危ういものに思えた。そして……マミは、第三の選択肢を持っている。グリーフシードからこれ以上の魔力を供給せずに映司を助けに行くという手段は、無いわけでは無いのだ。即ち……魔力を補給せずに、マミ自身の魔女化を覚悟して戦えば良い。「……っ」「どうした、巴!?」膝から崩れ落ちることこそ無かったが、目の前が揺らいだように思った。そんなマミの異常は、後藤にさえ感づかれてしまっていたらしい。だが、後藤の反応を観察している余裕など、今の巴マミには欠片も無かった。魔女化することが……死ぬことが、怖い。考えれば考えるほど、ただただ恐ろしかった。かつての交通事故の時の臨死体験では無い、本当の死が待っているという事が。だが、怖いと思う反面で、マミの聡明な頭脳は理解してしまっていた。魔女化を覚悟して戦うというのは、結局のところ、グリード化を目前に戦い続けている映司と同じ土俵に立つだけに過ぎないのだ、と。巴マミは今まで、戦う者としてオーズと同等であると、心の何処かで思っていた。もちろん、オーズの一部のコンボの超人的な火力は真似できないと思っていたが、それでも総合的な戦闘能力ではマミも劣っていないと考えていたのだ。「私、火野さんと、一緒に戦ってるって……そう……思ってたのに」それでも……目の前にある現実として、血を撒き散らしながらカザリと斬り合っている紫の影の隣には、誰も一緒に戦っていなかった。既に傷口から流れているモノは、赤よりも銀の比率の方が高くなりつつあるというのに。……火野映司と巴マミは、対等などでは無かったのだ。悔しい。そう思っている筈なのに、魔女化の恐怖に押しつぶされて、マミは動けなかった。マミは、トーリや美樹さやか達のことと同じぐらいに、映司の事も大切に思っている……と思っていた。そのはず、なのに。心が、折れそうだった。自分自身が最前線で戦えないという事実は、それだけでマミの精神を揺るがせた。戦えないぐらいなら、最後の力をカザリにぶつけて潔く魔女化してしまえれば良いのに、と思えるぐらいには。「……俺だって、本音を言ったらカザリと戦えないのは悔しい」すると、後藤が聞かれもしない本音を吐露してくれた。否、世界を救うと豪語する後藤ならそう思っていても全く不思議では無かったが、マミの認識がそこまで回っていなかったのである。しかしマミにとって、後藤慎太郎と巴マミの立ち位置は異なるものに思えた。「でも……私は、本当は、戦えるはずなんです。火野さんと同じように、覚悟を決めれば……っ」魔女になる覚悟さえ決めれば。マミは、映司も小型グリーフシード達も救える筈なのだ。逆立ちしてもカザリを見る事さえかなわない後藤とは違って、マミは選択肢を持っている。「伊達さんや美樹も、自分の命を捨ててまで戦う事はしないと言っていた。……だがな、巴。俺は、そんな事で伊達さん達を情けないと思ったりはしない」……だが、巴マミの抱く惨めさを理解してか、後藤は言葉を継いでくれた。同じように自分自身の命を大切に考えた伊達明や美樹さやかを引き合いに出して、後藤はマミへと語りかけていた。少なくとも後藤は、魔女化を恐れて戦わないマミに対して否定的な立場は取らない、と。「もし伊達さんや美樹が死んでいたら俺が救われなかった、というのもある」後藤慎太郎が守りたい世界には、伊達明も美樹さやかも含まれているに違いない。そして……現在カザリの結界の中に捕らわれている火野映司や巴マミも、後藤の世界には居るのだろう。「だが、自分を大切にすることと世界を守ることは、決して両立できない事じゃない。まず自分が生き残って、その後で自分が救えるだけ救えば良いんだ」後藤の言っている事を……巴マミの聡明な頭は、すぐさま噛み砕いていた。たしかに、我が身を犠牲にしてでも市井の人々を守る姿は、いわゆる「正義の味方」の究極的な理想と言えるかもしれない。現実に、なかばグリードと化してでも戦い続けている火野映司という男が、そうであるように。「だから、お前が自分の命を大切に思う事が、悪い訳が無い」……思えば、マミは心の何処かで、自分の命自体に罪悪感を抱えていたのかもしれない。かつての交通事故の際に、一人だけ魔法の使者に見初められて生き延びたことが、負い目となっていて。だからだろうか。後藤の言葉が、マミの心を落ち着かせたのは。「……すみません。恥ずかしいところをお見せしました。後藤さんって意外と頼りになるんですね」「半分近くは、伊達さんの受け売りだ。いつかは、自分の力と言葉で誰かを助けられるようになるつもりだが」この後藤慎太郎という男なら、遠くない未来には理想を遂げられる。そう、マミには思えた。そして……自分自身も。火野映司に自己犠牲なんて、させてやらない。血とセルメダルを振り撒いているカザリと映司の戦いを、一刻も早く終わらせる。魔力は節約するに越したことは無いが、まずマミや映司が生き残る事を前提に考える。「方針は決まったが、どうすれば……」「あります」策を捻り出そうと考え込んでいた後藤に対して……マミは静かに、応えた。枷が外れたように廻り出したマミの頭が、現状の全てを利用した作戦を囁いていたのだ。「次のティロ・フィナーレを確実に当てるための『魔法』を、もう私達は持っているんですよ」カザリは……舌を巻いていた。まさか火野映司が認識阻害を潜れるとは思わなかった、というだけでは無い。人間がグリードへと変わりつつあるという事実にも驚愕していたが、それだけでも無い。純粋に、目の前の紫の怪物の戦闘能力に、驚きを隠せなかった。もちろん、総合的な戦闘能力では、ほぼ全てにおいてカザリが優勢と言えた。完全態の名は伊達では無いのだ。カザリが髪を槍のように使えることも理由となって、手数の面においてもカザリの優位は揺るがない。互いの身体を削りながらも、カザリは確信していた。このままダメージレースが続けば勝者はカザリとなるだろう、と。紫メダルの特性であるコア破壊が厄介なために、完全な攻勢には出られないのが面倒なところではあったが。『ゴックン』紫の怪物が、手に持った大斧の先端部に取り付けられた口から、セルメダルを飲み込ませた。という事は、一撃必殺のコア破壊攻撃を狙っているに違いない。さらに、カザリの認識はもう一つの要素を見逃さなかった。恐獣の遥か後方にて、黄の魔法少女が巨大な砲身を構えている事に、カザリは当然のように気付いていた。そして……火野映司が一度たりとも、砲台の方に視線を向けていないという事も。つまり、紫グリードの一撃をカザリが回避する事を前提に、カザリの動きを予測したマミが砲撃をかまそうという作戦なのだろう。というか、それ以外に有り得ない。もし砲撃の方を先に放ってしまうと、砲台の存在に気付いていない映司は追撃を合わせる事が出来ない筈だ。むしろ、同士討ちの危険が高まるだけである。「ティロ・フィナーレっ!!」だからこそ、カザリは先に放たれた砲撃を、連係ミスの産物だと考えてしまっていた。砲弾の発射と同時に掛け声こそ放たれたものの、それまで援護砲の方向を一度たりとも見なかった恐獣は、追撃を合わせるなど出来るはずが無い、と。まだ着弾まで遠い砲撃の射線から、後ろ跳びに身体を外しながら……そう、思ってしまったのだ。……だからこそ、信じられなかった。射線が歪曲して、カザリの胸に突き刺さったことなど。まさか、想定できたはずも無い。ましてや、砲弾が曲がった理由に納得など出来なかった。恐獣が刃を立てないように振り抜いた大戦斧の一撃が……砲弾に横殴り衝撃を加えて、強引に射線をカザリの方向へとズラしたのである。「なん、で」カザリの声は、既に音になっていなかった。身体に走った紫電が、カザリに唐突な終わりの時を告げていたのだ。おそらく、紫の斧にて砲弾を殴った際に、コアメダル破壊の力が加わったのだろう。それ以前にも紫のグリードとの死闘を繰り広げていたカザリは……その一撃に耐えるには損傷を負い過ぎていた。カザリには、自分を負かした人間達の考えが、まるで理解出来なかった。恐獣は、一度も砲台に気付いた素振りは見せなかった筈だ。それなのに最後の恐獣の砲弾ハジキは、明らかにマミの援護を前提としたものであった。しかも、たまたま息が合ったなんてレベルでは無い、示し合わせた者同士の狙い澄ました連携だとしか思えない。あるいは、カザリと切り結んでいたのが魔法少女であったのなら、説明は簡単であった。魔法少女同士ならば通信の魔法が使えるので、アイコンタクトの一つさえとらなくても、簡単に連携は可能だ。だが、魔法の素質を持たない火野映司という男に念話が通じる筈は……「……ああ、そうか」そこまで考えて、ようやくカザリは思い至った。念話は……『通じていた』のだ。「君は……もう、僕達の領域に踏み込んでいたんだっけ」どうしてカザリは、最後の最後までそんな簡単な事に気付かなかったのか。そう自問して……自分自身の導いた答えに、胸の中でカザリは小さく嗤った。目の前で紫の醜い怪物になって戦った火野映司の姿を目の当たりにして尚、カザリは信じ切ることが出来ていなかったのだ。――人間が『グリードなんか』になる訳が無いって、思ってたからか。『ゴックン』「セイヤァッ!!」身体が、動かない。カザリ最期の言葉は……恐獣の駄目押しの一閃に、塗り潰された。・今回のNG大賞「ついにカザリを倒した! やったな、火野! 巴!」「……あら? いつの間にか周りにキュゥべえの群れが集まってきているわね……?」「キュゥべえってあんな外見だったのか……」「やぁ、マミ。久しぶりだね。僕達の身体の機密保持のために『彼』の残骸を処分しようと思って来たんだ」ムシャムシャモグモグジャリジャリ「……きゅっぷい」本編でやろうと思っていたんですが、書いてから作者本人でさえドン引いたので、あえなくNG送りに。・公開プロットシリーズNo.135→カザリさんは、下手をしたらこのSSの裏主人公だったかもしれない……。