創造のためには破壊が必要だ、と誰かが言った。だが、誰が予想しただろうか。瞬く間に鉄塔が崩れ、高層建築が零れ落ちる光景を。この見滝原の街に御馴染みとなった金属音は、もはや留まるところを知らない。文明の遺産達が、何の抵抗も出来ずにセルメダルへと練成され、ボタ山のように積み重なっていて。「おーず! どこ、だ!」その災害が、たった一体の人造人間によって生み出されているという事実は……まさに人類にとっての悪夢であった。体長2メートルを超える巨躯に備えられたサイの一本角や猿人の剛腕に像の鼻や脚は、どこか大自然を連想させるパーツ群で。それらを固めた灰色の怪物が、機械文明の真只中を闊歩していたのだ。ひとたび怪人が拳を振るえば、触れた物は無機物も有機物も等しく銀のメダルへと変えられてしまった。まるで、人間達の産業の成果を嘲笑うかのように。「めずーるの、めだる、かえせ!」彼の異形の名は……ガメル。灰色のコアメダルから成る人造生命体にして、重量動物の王。そして、現代世界にて初めて『完全態』にまで復活を遂げた、グリードであった。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第百三十二話:完全態後藤慎太郎の出動は、迅速であった。ライドベンダーの内蔵監視カメラから情報を得て、瞬時に走り出したのである。バースバスターを片手に、現場まで駆け付けたという訳だ。……ところが。「やっぱりダメか」後藤の頼りであったバースバスターは、全く効力を見せなかった。後藤自身が仰け反る事も省みずに撃ってみたのだが、てんでダメだったのだ。「おまえ、じゃま!」見るからに身体の色彩が濃いガメルは、おそらく完全態まで復活しているだろう。しかも、ベンダーの映像を見た限りでは、物体をセルメダルへ返してしまう能力は人間相手にも有効らしい。つまり、触られたら一撃死が有り得る。にもかかわらず、後藤側は今のところは防御手段が存在しない。バースのベルトは現在、研究所に残されたまま後藤のパソコンと優先接続されている有様なのだ。修理が間に合わなかったためである。「こうなったら……」となれば、後藤に出来る事は一つしかない。すなわち、人気のない方角へガメルを誘導する事だけである。バースバスターのセルバースト機能を使えば有効打の一発ぐらいは放てるかもしれないが、後が続かないので実行しない方が良いだろう。撃ったとしても、反動で後藤さんがヤバい。もし伊達さんが居たらどうしていただろうか、なんて思うものの、それも益体のない事であった。伊達明は脳に埋まった弾丸を摘出するために、既に出国を終えてしまっているのだ。したがって、後藤が腹に力を入れて何とかするしかない。という訳で後藤が選んだのは……未だ復旧が進んでいない、見滝原公園の跡地であった。かつてロストアンクが暴走して荒らしまわった、曰くつきの土地である。世間にはガス爆発事件地だと公表されているあの公園跡の周囲には、おそらく民間人は居ない筈だ。あそこに散乱する瓦礫ならば、いくらセルメダルに練成されても悪い事は一つも無いだろう、という算段もあったりするが。「ここ、きたことある、きが、する……?」小首と呼ぶには強靭すぎる首を傾げているガメルを、何とか公園跡地まで誘導した後藤は。後は……自分の体力との勝負を残すのみであった。バースバスターの燃料であるセルメダルは、ガメルが生産してくれるものを適当に拾えば良い。ならば、残った問題は後藤の忍耐力と体力だけなのだ。カンドロイドを放って増援は呼んであるので、彼らが到着するのを待つしか、すべきことが無い。セルメダルを人間の体力に変換する手段は無いものか、なんて益体も無い事を考えながら。後藤慎太郎は……今までにないシンプルな作業に、その身を没頭させることとしたのであった。タカのカンドロイドに導かれて、クスクシエに集っていた火野映司と魔法少女2名が駆け付けた場所は……更地であった。そして、当然のようにマミや映司は首を捻らざるを得ない。何故なら、その場所にはロストアンク暴走態が暴れた際に生み出された大量の瓦礫が未処理のまま残っているはずなのだから。所々に、踏みつぶされた電話ボックスやら捩じ切られたガードレールやらが見受けられるために、辛うじてこの場所が見滝原公園跡地だということは分かるが。「よく来てくれた。あと少しで、隠れる場所が無くなるところだった」「あ! おまえ、めずーるのめだる、もってるやつだ!」どうやら、映司に気付いて息巻いている灰色のグリードが、この荒地を均していた犯人らしい。今もまた、ガメルが振り回した腕が、電柱の残骸をセルメダルへと練成していて。駆け付けた面々は、一発で理解出来ていた。ガメルに触ったらゲームセット……という可能性が有り得る、と。大地を踏み割ってこちらに走り寄ろうとしたガメルに対して、ほむらとマミが抜き打ちの炎弾と銃弾を浴びせてみるものの、効果は思わしくなかった。ガメルの走行速度を少しばかり鈍らせる事は出来ても、突進自体を止める事は出来なかったのだ。思い思いに横跳びの回避を行う人間達は……誰もが、状況の悪さを感じ取っていた。ガメルに触れられないとすれば、一体どうやって戦えば良いというのか。なので、とりあえずマミが、地に落ちた銃弾から魔力紐を伸ばしてガメルの腕に巻きつけてみた。すると、「じゃま!」あっさり引きちぎられた。……セルメダルに変えられるのではなく、腕力によって千切られたのだ。「もしかして……?」マミの呟きは、人間達の希望的観測を代弁したそれで。ガメルの突進を二度三度と回避しながら同様の実験を行ってみれば、やはり同じ結果が得られた。つまり、それが意味するところは。「魔力があれば、セルメダルにされずに済むという事か……?」そう言葉に出しながら、後藤は少しだけ状況に希望を見出していた。後藤の身は依然として危険だが、魔法少女達が即死攻撃を受けないとなれば、一安心である。後は……オーズもガメルに触れるのか、という疑問だけであった。まぁ、オーズシステム自体が対グリード戦を想定して作られた経緯があるので、その辺りの抵抗力はありそうだが。「変身!」『シャチ ウナギ タコ』……と後藤が思っていたら、映司がおもむろに変身を始めた。しかも、青メダル三枚を使って、シャウタコンボへと。何か考えがあるのだろうか?コンボの火力を使って、とにかく必殺技を連打する方針でも採用するつもりなのか?そんな後藤の予想を裏切り、オーズは足元のアスファルトを叩き割って、罅の中から紫の大斧を取り出していた。よく見れば、黄色く光っていた筈のオーズの眼部が紫に明滅しており、おそらく体内の恐竜メダルの力を使って紫の武装を具現化したのだろう。紫のコンボであるプトティラ形態にて使う筈の戦斧……メダガブリューを、実体化したのだ。そして次の瞬間には……「セイヤァッ!」……投げた。唖然とする後藤や魔法少女たちをよそに、大斧が風を切って飛んでいったのだ。オーズが投擲した斧斤は、甲高い音を奏でながらガメルの身体に激突するも、弾かれてしまっていて。しかし、セルメダルには変換されなかった。弾かれて地面に突き刺さったメダガブリューは、形を保ったままだったのである。「実験成功……かな」ウナギを模した鞭で遠方のガブリューを拾っている映司の意図は……そういう事らしい。念には念を入れて、オーズにも抵抗力があることを確認した訳だ。武器であるガブリューとオーズ本体では判定が違う可能性も微細に残っていたが、これ以上は気にしていても仕方が無い。ここまでの検証は、ガメルと戦ううえで必要最低限のものだと言える。だが、ガメルの圧倒的な攻防力に対抗する方法は、未だ見えては来なかった。オーズが液状化を駆使して四方八方からガメルに斬りかかるものの、有効打らしき当たりが見られないのだ。散発的に炎の弾丸を打ち出している暁美ほむらの攻撃も、殆ど効いていないように思える。そして、魔法少女にとって、持久戦は望むところでは無いからして。「ティロ・フィナーレッ!!」マミが早急に大技を使ったのも、無理も無い話であった。当然のように音を置き去りにした弾丸は、ガメルに直撃していて。送れて響いた着弾音と粉塵を巻き上げながら、爆炎が立ち上った。大地を震わす威力の砲弾が、ガメルの巨躯に突き立てられたのである。……しかし、人間の誰もが、楽観など抱いては居なかった。完全態であるガメルの圧倒的な存在感は、粉塵の中に紛れても消える事など有り得なかったのだ。「みえ、ない……」どうやらガメルの側は人間達を見失っているらしく、突撃する先を探して足を止めてしまっていると思われた。だが人間達は、事態が好転する兆しなど決して嗅ぎ取れなかった。このまま持久戦を続けても、人間勢に勝利の目は無い。それどころか、他のグリードが駆け付ける可能性まで有り得る。というか、そもそも現状においてガメルが孤立している理由も、気になる所ではあった。「以前に貴方達は、ここで巨大グリードを倒した事があったそうね。その時にとった方法を聞きたい」そんな中で口を開いた暁美ほむらの指摘は……ごもっともであった。おそらく、ガラを倒した後の魔法少女達の祝勝会にて、美樹さやか辺りから事件のあらましを聞いたのだろう。「美樹さんが無限の魔力で巨大剣を作って刺して、」「俺がその傷をメダジャリバーの遠距離攻撃でひたすら抉ったんだっけ」「俺もそう聞いているな。だが、もう美樹は戦えないし、トーリの奴も何処に行ったか分からない。しかも、メダジャリバーはその戦いで折れたんじゃなかったか」まだ10日も過ぎていないというのに嫌に懐かしく思える、例の戦いの記憶である。だが、それを思い出したところで、事態は転がらなかった。攻略の再現性が全く無いのだから、当然である。一応トーリだけはまだ使い物になる筈だが、奴も奴で何処をほっつき歩いているのやら。「そこ、か!」一方、粉塵が晴れれば、ガメルの突進攻撃も再開される訳で。単調な突撃技といえども、その重量と筋力から生まれる運動エネルギーは、脅威以外の何物でも無い。グリードのスタミナがどの程度のものかは不明だが、人間より先に底をつくとも思い難い。今もまた、跳んだり液状化したりした人間達に突進を回避されたガメルが、民家跡に突っ込んで行ったところだった。「やっぱり俺が紫のコンボで行ってみます!」「……それしか無さそうね」ここまで来れば、やはりプトティラが最終兵器なのだろう。かつてトーリや美樹さやかが何かを恐れていたのが気になるものの、使わない訳にもいかない。即座に身体の中から紫の3枚を浮かび上がらせたオーズが、すかさずその恐竜コアをベルトにセットしていて。流れるようにオースキャナーを滑らせて、上位の形態へと姿を変えていた。『プテラ トリケラ ティラノ』白銀の外皮に紫の鎧を輝かせたオーズの最恐コンボが、久々に日の目を見たのである。理性の光を思わせる緑の眼からは、以前のような暴走の危機は読み取れない。更に、プトティラコンボの鋭い爪を備えた指は……迷うことなく、戦斧メダガブリューに備え付けられた口へとセルメダルを飲み込ませていた。『ゴックン』「……とかげ? だれの、こあめだる?」そして、セルメダルの塊となった元民家から出てきたガメルが……オーズと視線を交錯させたように、後藤には思えた。加えて、大地を踏み鳴らす豪獣の足音が、再び響き始めていて。ただ、その振動が今までと決定的に違ったのは……音源が、二体に増えたという事であった。「おー、ず!」巨体から発せられた存在感を纏ったままに走り寄るガメルへと、紫のオーズ自身も突撃したのである。考えたものだ、と後藤は思った。ガメルが走ってくる勢いをも利用したカウンター攻撃が、オーズの狙いなのだろう。単純な身の熟しの速さならば圧倒的にプトティラの方に軍配が上がるのだから、決して分の悪い賭けでは無い。案の定、速度を増しながら迫る両者の勢いは……オーズの方が優れているように思えた。「セイヤァッ!!」半透明の刃部を煌めかせ、オーズは一思いに戦斧を振り降ろしていた。互いに常識外れの攻撃力を持っている事は、もはや説明するまでも無くて。確実にプトティラが競り勝つだろうと確信できた人間は、居なかった。だが、メダガブリューによるコア破壊が効かなかったら人間に打つ手は無いのだから、これが効かなかったら困る訳で……。「うわっ……!?」「いたく、ない!」つまり、後藤達は本格的に困り始めたという事だった。巨斧による一撃を弾き返されたオーズは、ガメルの突進を受けて宙を舞ってしまっていて。紫の翼を広げて空中で態勢を立て直して地面に降り立ったオーズには、而して多少のふらつきが見られた。むしろ、あのガメルの突撃を受けて、良くぞその程度の被害で済んだものである。オーズ側からの攻撃によってガメルの突進の威力が軽減されていたためだろう。でなければ、最恐コンボのオーズといえど、ガメルの強靭な角にて一突きにされていたに違いない。コア破壊攻撃には相手の防御力を無視できるなどという都合の良い設定は、付いていなかったらしい。……あと、残された手段とは何だっただろうか。「時間停止魔法で何とかならないか?」先程から散発的に炎弾を放っている暁美ほむらさんに、とびっきりの魔法を使ってもらえば良いに違いない。いつもの銃器を使わないのは、普通の弾丸ではガメルに当たった瞬間にセルメダルへと変換されてしまうからなのだろう。市販の銃弾でも魔力を込めればガメルに当てる事は出来るのだろうが、小さな弾丸の一発ずつに魔力を込めるのは効率が悪いのかもしれない。しかし、虎の子の時間停止攻撃が効くならば、頼もしいことこの上ない訳で。「……実は、先程あのグリードが砂埃に包まれた時に、使ってみたわ」……が、ダメだったらしい。ほむらが時間停止を試してみたというのに、現在ガメルは生きている。それだけで、判断材料は十分だった。つまり、ガメルは時間魔法に対する抵抗力を持っているという事だ。おそらく、他のグリードから措置を施されているのだろう。紫のオーズによる凍結攻撃とマミによる拘束紐でさえ、ガメルはまるで砂の城でも崩すかのように蹴散らしていて。後藤慎太郎と暁美ほむらの後衛組が思わず顔を見合わせてしまったのも、無理の無いことであった。何せ後衛二人の共通認識としては、現在前衛としてガメルの一つ覚えな突進攻撃を凌いでいるオーズとマミは、共に人類最強の一角と呼んで差支えない戦力なのだ。火野映司も巴マミも、暁美ほむらの時間停止のように突出した一芸に秀でている訳では無いものの、手札の数はピカイチの筈だと言えた。古めかしく言えば、潰しが利く、というヤツである。その二人が揃っていて……尚且つ、攻めあぐねているともなれば。単純な攻撃力では、おそらく後藤達に仕事など無い。「そもそも、奴らはどうやって時間魔法に対処しているんだ? その抵抗力を無効化する事は出来ないのか?」視界の隅に、メダガブリューを銃形態に変形させて砲撃を試みているオーズを収めつつ。後藤は、必死に思考を回していた。この場の面々がガメルから逃げること自体は難しくは無いだろうが、ガメルを野に放てば、現代文明は一夜にてセルメダルの山へと変えられてしまうだろう。であるからして、悪足掻きだと半ば自覚しつつも、後藤はほむらへと話を振ってみた。「彼らが抵抗力を得ている方法は分かっているけれど……グリードの体内から『それ』を摘出する方法は無いと思うわ」すると、微妙に言葉を濁しながら、ほむらさんが答えを返してくれた。どうやら、その件に関してはあまり多くを語りたく無いらしい。詳しく言及すれば、暁美ほむらのアキレス腱とも言える時間停止魔術の攻略法が露見してしまうためだろう。その口ぶりから察するに、何か実態があるモノが、時間停止への対抗処置としてガメルの体内にて機能しているようだが。「俺を信じろ、なんて大袈裟なことは言えない。でも、グリードを止められなかったら世界は終わりだ」歯止めが利かないままにガメルが暴れ回れば、文明崩壊は時間の問題だと言えた。ましてや、それが最終的に5体に増えるともなれば、その結果は口にするまでもない。「だから……今グリードと戦っている『あいつら』を信じてやってくれないか。グリードの身体に傷を作るぐらいはやってくれる、ってな」というよりは、あの二人でそれぐらいの事も出来なかったら、人類は既に詰んでいると言っても過言では無い。物は言いよう、というヤツである。そして、後藤へと返ってきた暁美ほむらからの視線には……未だ、少しばかりの不安が根付いていて。やはり、どこか時間停止魔法の弱点を口外する事に抵抗感を拭い切れていない様子であった。……だが、しかし。「……私の身体の一部を持っていれば、時間魔術を潜り抜けられるわ。おそらく、グリードの身体のどこかに、私の毛髪が埋め込まれている」渋々と、暁美ほむらは自身の弱点を打ち明けてくれていた。ほむらと後藤の会話の傍らで、オーズの砲撃とマミの必殺技を同時に食らって耐えてしまったガメルの姿があったから……だろうか。まさか、ほむらがいきなり後藤達の事を信頼する気になった訳ではないだろうが。「一応聞いておくが……グリードの身体のどこに暁美の毛髪が仕込まれているか、分かるか?」「…………魔法少女が起こせる不条理にも、限界は存在する」無理らしい。さすがにコレばかりは無理かもしれない、と後藤も薄々気づいては居た。むしろ、自身の落とした全ての髪の毛の位置を逐一把握出来たら、色々怖すぎる。気になるあの子に髪の毛入りのお守りをプレゼント……なんて行為が、実用的なGPS機能を持つ呪いのアイテムの授与に成り果ててしまう。そんな魔法少女は奇跡もマホーもありゃしない。「グリードの身体に傷を作るだけなら、私達で何とかしてみせます!」「俺も、探し物に手を伸ばすのは苦手じゃないです!」……が、前衛組から飛んできた返事が頼もしすぎた。どうやら既に、ガメル攻略の算段が立ってしまったらしい。いくら後藤さんが変身できないとはいえ、蚊帳の外も良いところである。ガメルの剛腕にて繰り出された拳を絶対に受けないように戦っている前衛両名からは、現状が決して人間側に有利でない事を窺わせる筈なのに。もちろん、ガメルの振り回した腕から繰り出されるものは、技術に裏付けられた拳撃ではなく駄々っ子パンチとでも呼ぶべき代物であった。それでも、時折ガメルが足踏みにて放つ地響きの中にて敵の攻撃を的確に回避するのは、困難を極めるに違いない。現在のオーズやマミが立っている場所にもし後藤がバースとして戦っていたら……既に満身創痍の有様となっていたかもしれない。そして……前衛達がガメルの突進攻撃を回避して、直後の事であった。巴マミの魔力紐にて、紫のオーズが球状に包み込まれたのは。一体何を始めたのか、と後藤が思う間もなく、朱の紐は瞬く間にその外見を変化させていて。出来上がったものは、マミや映司の身の丈を超えた大きさの砲身を輝かせた巨大火器であった。まぁ、オーズを内部に包んでいるのだから、砲自体が映司より大きいのは当然だが。更に、いつものティロフィナーレと思いきや……その砲台には、明確に普段と違う部分が見られた。砲自体の巨大さに反して、発射口が辛うじて目視できる程度の直径しか持っていないのだ。後藤としては、オーズを弾丸にでもするのだろうとばかり思っていたが、あの発射口がオーズ発射用である筈も……。「いきます、火野さん!」すると、間髪入れずに巴マミが発射の掛け声をあげてくれた。いつもの必殺技名を叫ばなかった事から察するに、本人的にもティロフィナーレとは別物らしい。そんな中、砲身から放たれたものは……透明な液体であった。重力による落下を感じさせない程の威力を以て放たれた極細の水流が、ガメルの胴体の一点を穿っていたのだ。なるほど、と後藤は感心せざるを得ない。確かに水鉄砲を武器として使うならば、発射口が小さければ小さいほど威力は高まる。そのためにオーズを砲身内に取り込んだのだろう。つまり、現在ガメルに向かって放たれている水の正体も、予想をつけるのは大して難しい代物では無かった。すなわち、「おー、ず!?」ガメルから弾かれて散った筈の水分が集まり、半液体状に戻ったオーズが姿を現していたのだ。おそらく、マミの砲身の中に収められた時点で、青のコンボであるシャウタへと姿を変えていたのだろう。そして、シャウタコンボの特性にて液状化したオーズを、いわゆるウォータージェット切断の発想にてガメルへ放ったに違いない。『ゴックン』「セイヤァッ!!」加えて、オーズの攻撃は止まらなかった。未だ水流攻撃を受け続けて怯んでいるガメルに対して、身体の半分を液状化させたままのオーズは、紫の大戦斧を振りかぶっていた。斧の刃上部に取り付けられた挿入口から青のコアメダル三枚を飲み込ませ、威力を上乗せしながら……一思いに、紫の閃を振り抜く。狙いは当然、ただ一点であった。マミの放った圧水が当たっている一点へと、オーズの斬撃は吸い込まれるように的中していて。同時に、誰の耳にも届いていた。固いものに亀裂が入る時に特有の、甲高い音が。すなわち……ガメルの鋼鉄をも凌ぐ強度の体皮に、特大の裂傷が走っていたのである。遅れてセルメダルが零れる耳慣れた音も響き、誰もが作戦の成功を感じ取っていた。さらに、オーズの猛攻は終わらなかった。身体を再び液体の状態へと変化させたオーズは……ガメルに刻まれた亀裂から、内部へと潜り込んでいたのだ。「きもち、わるい……!」丸太のような腕をぶんまわして暴れているガメルの苦言は、もっとも過ぎた。ガメルが異形の怪人だからこそ絵的に問題では無いものの、ガメルが人間型だったら間違いなく放映規制がかかるレベルである。というか、グリードの身体感覚が鈍いために『気持ち悪い』というコメントだけで済んでいるとも言える。もしまともな痛覚を持つ生物が身体の中に侵入されようものなら、瞬く間にショック死を遂げることだろう。「でて、いけ!」「うわっ……!」そうする事、数秒の後に。ガメルは、ゴリラのように自身の胸部の強打をはじめていて。そのドラミング運動によって内部の圧力を急上昇させ、強引にオーズを追い出すという荒業に出ていた。喉に食べ物を詰まらせた人間にも有効な処置であるため、ガメルにしては意外な頭脳プレーであったのかもしれない。叩き出された映司は、衝撃にて変身を解除させられてしまっていて。地面に打ち付けられてしまった映司は……しかし、簡潔なジェスチャーにて周囲にその成果を伝えていた。親指を立てるという簡素なメッセージは、オーズが作戦を遂行した事を何よりも雄弁に語っていたのだ。……と同時に、足元に倒れている映司へと、ガメルが極太の腕を振り降ろそうとしていて。「火野!」「火野さん!?」後藤の銃弾もマミの魔力紐も、火野映司の救出には間に合わない。間に合うとすれば、それは。「……心配には及ばないわ」「ありがとう、ほむらちゃん。助かったよ」時間停止魔法による優位性を取り戻した暁美ほむら以外に、有り得ない。案の定、ガメルが振り降ろした腕が砕いたものは、アスファルトの地面だけで。後藤達からは、ほむらの側へと映司が瞬間移動を遂げたように見えていた。おそらく、ほむらが時間を止めて映司を回収したという事なのだろうが。ついでにガメルのメダルも抜き取って来られれば良かったんだけど、なんて零す映司をよそに。暁美ほむらは……何処からともなく、途轍もなく物騒な武器を取り出していた。むしろ、武器というよりも兵器と呼ぶべきオブジェクトであったのかもしれない。2メートルを超えるガメルに匹敵するサイズの誘導飛翔体が、いつの間にか暁美ほむらの手元に十数本ばかり召喚されていたのだ。いつもの四次元円盾から取り出したにしては出入口の大きさが足りないような気もするものの、その辺りは全部『魔法』の一言で解決しておけば良いのだろう。おそらく。「……巴マミ。彼らの防御を任せるわ」それが、後藤の聞いた最後の言葉であった。次の瞬間には、マミが魔力リボンにて編み上げた球体状の防御シェルターにて、後藤慎太郎と火野映司の視界は塞がれてしまっていて。完全な暗闇と化した球体隔壁の中にまで轟いたものは、ただ一つの瞬間に集中した巨大な振動と、その後の継続的な爆破音だけであった。間違いなく、暁美ほむらがガメルに対して数多のミサイルを同時に打ち込んだ音である。時間停止魔法を使って着弾時間を調整して、複数のミサイルが同時に着弾するように仕組んだに違いない。後藤がかつて真木博士の研究所で見つけた戦闘データによれば、暁美ほむらは過去にトライドベンダーに襲われた際に、同様の手口による反撃を行っている筈だ。もちろん大規模破壊兵器も普通に撃ったらガメルの能力でセルメダルへと変換されてしまうだろうから、ミサイル自体にほむらの魔力を少しだけ纏わせたのかもしれない。かくして、ようやく映司と後藤の周囲に張られた防御壁が解かれた時。周囲は一面の火の海と化していて。グリードの気配は、既にその場から失われていたのだった。……倒せた、かもしれない。そう、その場に居た誰もが、期待した。そして実際に、一同がいくら警戒心を強めてもガメルがその場に再び姿を現す事は無かった。だが……しばらくの後にようやく鎮火されたその場所からは、灰色のメダルは発見されなかった。更に、その場から消えていたものが、一つ。オーズがマミによって打ち出された直後に使用した、戦斧メダガブリューであった。武器自体は紫のメダルの力によって再生成出来るために、紛失は問題では無い。しかし、そこに呑み込まれていた筈の青いコアメダルも、結局行方知れずのものとなってしまっていて。灰色のコアメダルが砕け散ったとしても、青色のコアメダルが消える道理など無い。初めての完全態との戦闘を経験した面々は、例外なく感じ取っていた。これが……終わりであるはずが無い、と。来たるワルプルギスの夜に備えて盛大な歓迎会を催さなければならない、この時期だというのに。……狂いに狂った世界の歯車は、世界を巻き込んで砕くまで止まらない。歯車自体を破壊しない、限り。・今回のNG大賞「ファンタジーにありがちな手だけれど、暁美さんの炎と火野さんの氷を交互に使って、ガメルを脆くするというのは?」……果たして、セルメダルは熱膨張するのだろうか?その辺りが不安だったので結局ボツに。・公開プロットシリーズNo.132→強いガメルを描くのが予想外に難しい。かと言って、あんまり頭を使って戦うとガメルっぽくない……。