情報とは、すなわち戦略の要である。どんなに強大な戦闘能力を持っていたとしても、販促側の経営戦略を見抜く事も出来ない怪人など、噛ませ犬同然といっても過言では無い。従って、ウヴァがトーリに対して状況説明を求めたのは、当然の行動であったと言えるだろう。なけなしのセルメダルをヤミーから回収するよりも、ウヴァは情報を引き出す事を優先したのだ。もちろんトーリも、ウヴァに情報を提供するのが嫌な筈も無かった。ウヴァさんの命運がかかっているので、トーリとしても情報の出し惜しみは一切無しである。マミさんに縛られたら死ぬしかないだとか、紫のオーズのコア砕きが危険だとか、その他にも諸々と。トーリが今の今まで命を賭けて集めていた情報を、ウヴァさんの頭に詰め込んでもらったのだ。ほむらさんの時間魔法の辺りは、トーリも理屈が分かっている訳では無いために説明も捗らなかったのだが……ウヴァさんがあっさり納得した様子だったのが意外だったりして。なんというか、未知の情報を頭に入れる時の素直さが、根本的にズバ抜けているのかもしれない。捻くれすぎているカザリやアンクは、少しはウヴァさんの率直さを見習うべきである。「……という訳なんです。ただ力を集めるだけでは、魔法少女やキュゥべえさんには勝てないんですよ」グリードが単純にパワーゲームを行おうとしても、それだけでは世界を喰らうことは出来ない。何故なら、キュゥべえが魔法少女候補を使い捨てにして『願い』による攻撃をグリードに仕掛ければ、簡単にグリードは倒されてしまうのだから。何かしらキュゥべえへの対策を立てない限りは、迂闊に大暴れすることも出来ないという訳である。「それで、何か良い対策はあるのか?」……即座に質問を返してくるウヴァさんは、復活したばかりだというのに、平常運行過ぎた。分からないものを素直に分からないと言える能力は、時に重大な価値を発揮するものなのだ。「そこまでは分かりません」まぁ、トーリもトーリで、分からないものは分からないのだが。「なら、そのインキュベーターに直接聞けば良い」……しかし、その発想は無かった。ウヴァさんの発想力の柔軟性が、軽くトーリの思考を跳び越えすぎていた。まさに脅威である筈の相手に質問するという素直さが、ウヴァというグリードの特質なのかもしれない。トーリとしては、キュゥべえがそう簡単に口を割るとも思えないものの、万が一に尋問に成功した時の成果が多大なものとなるのも理解出来る。「といいますか、ウヴァさん。願いでグリードを消し去る事なんて、本当に出来るんでしょうか?」「どういう事だ?」そしてトーリは……自身が最も気になっていた部分を口に出してみていた。そもそも、キュゥべえが『願い』を叶えるためには、人間の持つ因果の力を消費しなければならない。という事は、『願い』の内容は無制限に叶えられる訳では無いのだ。不完全なセルメン状態のグリードならともかく、完全態のグリードを消し去ることなど出来るのだろうか?「案外、『完全態のグリードに対してそんな攻撃が効くかッ!』みたいな事には……なりませんか?」「……確かに、そうだな。後は、魔法とかいう素質を持った人間の数次第だ」トーリはダメで元々と思って言ってみたが、ウヴァによると完全態ならば魔法少女の願いによる攻撃を耐える可能性もあるらしい。だがウヴァは新たに、魔法少女の『数』という問題を提示してくれた。強大な力を持つグリードの一柱たるウヴァだが、数の力は侮れないという事も知っている辺り、ただ強いだけの王でも無いのである。「とりあえず今は、少しでも戦力と抵抗力を高めるために、残りのメダルも取り込んでください」「……」……まぁ、魔法少女候補生の数を調べる方法など無いので、結局議論は棚上げにする他無いのだが。ところが、トーリからコアメダルを差し出されたウヴァは、無言のまま何かを考え始めたらしかった。トーリが渡そうとしたブツが気に入らなかったのだろうか?そう思ってトーリが自分の掌に目を落としてみるも、そこには灰色コアの二枚が存在するだけである。特にガメルとウヴァの仲が悪かったという話も聞かないが、トーリは何か粗相を働いたのか?まさか他の色のコアを取り込むのが怖いなんて言い出す事など、勇猛果敢なウヴァさんに限って、あるハズは無いが。「そのコアを使ってガメルを完全態に出来ないか?」するとウヴァさんは、トーリにとって全く想定外の提案を示してくれた。本当にキュゥべえが魔法少女を使い捨てにしてグリードの完全態を倒すという所業が、可能かどうか。それを検証するために、とりあえずグリードの完全態を一体作ってみようという訳である。しかも、ガメルの現在の所持コアは、推定7枚なのだ。何故そんな試算が成り立つかと言えば、先程のカザリのコアメダル所持事情を鑑みてのことである。先程カザリは、黄色6枚以上と緑4枚の混色状態であった。ところが、黄色コアは現在2枚をオーズが所持しており、1枚は行方不明の筈だ。つまり、アンクの持っていた黄色の1枚がカザリの手に渡った可能性が高い。もちろん、行方不明であった1枚をカザリが見つけ出したという線もゼロでは無いが。しかし、どうもカザリは、熱線と電撃以外の能力を使ってくる気配は見られなかった。おそらく……カザリは、黄色と緑と橙以外のコアを持っていなかったのではないか。そんな状況から察するに、ウヴァ以外の全てのグリードの間にて、コアメダルの再分配が行われたと見るべきだろう。となれば、ガメルも元々の4枚にカザリとアンクからの3枚を加えて、灰色7枚の状態になっている可能性が高い。つまり、トーリの所持している灰色の2枚をガメルに投入すれば、完全態を作り出してキュゥべえの出方を窺えるという事である。「そういうことですか! さすがウヴァさんです!」「よし、行け! ガメルを探してこい!」……ウヴァさんが自分で行かないのは、暴れ出すかもしれないガメルさんに巻き込まれるのが怖いから、という訳じゃないですよね?『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第百三十一話:グリードと人間と半端者鹿目まどかは……とある施設を探して、町中を彷徨っていた。出発地点が普段の生活圏から外れた真木邸であったために土地勘が欠如している事が、迷走の原因と言えた。では、鹿目まどかは、一体どんな目的地を目指しているのか。『駄菓子屋ってのは、そんなに数が少ないのか』「駄菓子屋さんって、あの刑事さんの子供の頃の記憶? 私は実物は見た事ないけど……」食料品店である。スーパーマーケットだろうが生協だろうが、何でも良い。ともかく、ガメル用の駄菓子やアンク用のアイスが見つかれば、それで良いのだ。事の発端は、単純明快であった。真木邸にあった嗜好品の備蓄が底をついたのだ。したがって、誰かが買い出しに行かねばならない。しかし、ガメルを御使いに行かせるのは不安過ぎる。メズールは、ガメルに比べたらマシだろうが、容姿的に目立ち過ぎる。カザリは何処かに出かけてしまったし、博士は肩に乗せた人形がメズール以上に悪目立ちする事だろう。つまり、消去法的にアンクが足を動かすしかない。まぁ、嗜好品を消費するのは主にアンクとガメルなのだから、アンクが買い出しに行くのは筋が通っているのかもしれない。ところが、アンクには奥の手として、買い出し役を鹿目まどかに任せるという手段が残っていた。単にアンクが面倒臭がっているだけには違いないが。「ねぇ、アンクちゃん」『あァ?』食料品店を、探しながら。いつしか鹿目まどかが、アンクへと話を振っていた。短い時間ながらグリードの様子を観察した経験を、元に。「グリードと人間の違いって……何だと思う?」……こいつは何を言い出すのか、とアンクは思っていることだろう。もちろん、馬鹿正直に答えを返してくるならば、材料が違うと言うに違いない。人間を切り刻んでもセルメダルは出てこないのだから、その回答は間違いなく正答と呼べる。『……グリードは、人間ほど鮮やかに世界を認識できない』「それなら、私と一緒に居る時のアンクちゃんは、人間?」しかし、アンクから挙げられたのは、身体感覚の相違であった。グリードはアイスの冷たさも甘味も解らない、と。ならば、と鹿目まどかは更に言葉を返してみた。確かに、人間の感覚を借りれば、アンクも世界を色鮮やかに認識できる。それを加味すれば、疑似的にでも今のアンクは人間では無いのか。『そんなもんは所詮、借り物だ』「カザリっていう人なら、借りるんじゃなくて奪い取るんだ、みたいに言いそうだけど」今のアンクなら、鹿目まどかに対象を絞らなくても、市井の一般人の身体を奪い取ることは不可能では無い筈なのに。どうやら、アンクはそれを良しとしないらしい。……やっぱり、アンクはグリードの中では大分穏健な発想の持ち主なのでは無かろうか。そう、思わせる答えだった。『自分の見るモンは自分の目で見ないと、破滅する』「……どういう事?」自分の見る物を自分の目を通して理解するのは、文面としては当たり前のことである。しかし、現実としては、人間は情報を得るために様々な媒体を用いている。絵や文書はその最たるものであり、最近ならばテレビという便利な映像媒体も普及しているのだ。もちろん、伝聞を鵜呑みにする事が危険だというのは、まどかとしても同意できる部分は大きいが。『……昔、目が見えない人間をヤミーの親にしたことがある。そうしたら、ヤミーは他の人間の記憶を集めて、親の視界に流し込んだ』「それで……その後は、どうなったの?」何だか、嫌な予感がした。どうやってヤミーが記憶を集めたのかという疑問もあるが、それよりも。アンクが語るのを躊躇っているような気がするのだ。えも言われぬ感覚だが、何となくバッドエンドの予感しかしない。『それを何度か繰り返したら、ヤミーの親は発狂した。よっぽど見たくないモンでもあったんだろうなァ』……何となく、まどかは思った。アンクは、もっと深くまで事情を知っているのではないか、と。おそらく、ヤミーの親を発狂させた『記憶』の正体をアンクは知っている。それを言わないのは……単純にアンクが言いたくないからなのか、若しくは聞き手を気遣っての事なのか。『つまり、物事は自分の目で見るに越した事は無い。分かったか?』人間も、「百聞は一見にしかず」なんて言ったりする。もっとも、ここまで実体験として教訓を我が物としている人間も、居ないのかもしれない。その教訓を得る際に痛みを受けたのがアンク本人では無さそうなのが、少しばかり格好の付かないところなのだろうが。「でも、アンクちゃんがさっき言ってたヤミーの親みたいに、人間にも感覚が不自由な人は居るよね」しかし鹿目まどかも、少しばかり食い下がってみた。全ての人間に当てはまる訳では無いが、確かに世の中には、目が見えなかったり耳が聞こえなかったりする人も居る。別に、感覚が不自由なのはグリードの専売特許では無いように思えるのだ。『五感全部が不全なんて奴は、そう居るもんじゃない。それに……グリードの感覚器官の不完全さは、グリードが根本的に『満たされない』理由でもある』「『満たされない』の?」確かに、五感の全てが機能を損なっていたら、いくらなんでも精神に影響が出そうである。ところが、アンクが言うには、それだけでは無いらしい。苦々しさというか、忌々しさというか、そんな何かが語り口から滲み出ているように思えるのだ。『何かを欲しいと思って手に入れても、グリードは頭のどこかで疑いを残す。これは本当に自分が手に入れたかったものなのか、ってな。確かめる手段も無いのによ』「でも、あっちこっちに手を出してるカザリはともかく、メズールとガメルって人達は、二人で居るだけで幸せそうにみえるよ?」自分の手に入れたものに疑いを残す、というアンクの言葉は、確かにカザリを言い表すには適切かもしれない。しかし、鹿目まどかが思い出す限りでは、メズールとガメルの関係はそれなりに幸せなものに見えたのだ。ガメルは駄菓子を食べたり昼寝をしたり遊んだりと気ままに振舞いながらも、しばしばメズールへと食べ物を分け与え、時には遊びに誘うこともある。そしてメズールも、あらあら、なんて言いながら、ガメルに付合ってやっている。『試しに、駄菓子を持ってガメルに近付いてみろ。最初の何秒かは、お前をメズールと間違えて寄って来る』「えっ……」……中学生モデルと言われれば信じられてしまいそうな人間態メズールと、発育の悪い鹿目まどかを間違えることがあるのだろうか。だが、アンクの言うことが真実ならば、グリードの不安やストレスも分かるように思えた。あの能天気そうなガメルやお母さん気質のメズールでさえ、心の内ではそんな不安を常に抱えているのだ。『だから結局、グリードは何をやっても満足しない。というよりも、満足できないのかもなァ……』アンクは一体何を思いながら、そんな事を語ってくれたのか。一つの身体を共有している鹿目まどかからは、アンクの表情など読み取れるはずも無い。というか、現在はアンクが肉体に影響を及ぼしていないのだから、誰もアンクの顔など観測できない。それでも、何となく。鹿目まどかは、思った。アンク達は……グリードは、人間が羨ましいのではないか、と。どうも、世界を存分に味わえる人間という生物こそが、グリードの真に目指しているもののように思えるのだ。カザリは満たされない欲望を、対象物を増やす事で満たそうとしている。ガメルとメズールは、ただ一緒に居る以上の事を求めているのだろうか。……アンクは?「アンクちゃんは、もし人間になれるなら……なりたい?」グリードが人間になるという仮定にどれだけの実現可能性があるのかは、定かでない。鹿目まどかの願いを以てすれば、可能性は高そうだが。……まどかの心は、少しだけ傾きつつあった。全ての魔女を消し去るという願いに自ら疑問を抱くようになった今では、愉快な同居人のために願いを使うのもアリかもしれない、ぐらいには選択肢として考えているのだ。もちろん、他人のために願いを使って後悔する羽目になった佐倉杏子や美樹さやかの例も知っているので、歯止めはかかっていた。少なくとも、安易な同情から自分の一生を賭けてはいけないという教訓は、しっかりと染みついているのである。『……世界を確かに味わえる「命」は、必ず手に入れる。だが、お前みたいな貧弱な身体になるぐらいなら、もっと高くを望みたいもんだなァ』……言われてみると、個としての戦闘能力の高さも、グリードと人間の相違点であった。まどか自身、最近は戦闘能力の高い人間に囲まれていたために、感覚が麻痺していた部分があるのだろう。一般に人間という生物は、グリードが腕を振るっただけで命を刈り取られてしまう種なのである。意外に、グリードと人間の違いは大きいのかもしれない。「それはそうと……意外と、スーパーって見当たらないね」それはさておき、この会話は鹿目まどかが食料品類を調達する道中における世話話な訳で。一応、本題は御使いの筈なのである。あまり遅くなると、ガメルが駄々をこねて街がヤバい。『お前の他にも便利な使いっ走りが居れば……』「そんなの、都合よく居るわけ……」……そして、そんな話題に進んだ瞬間にアンク等が「そいつ」を見つけたのは、いわゆる御約束というヤツだったのだろう。いかにも使いっ走りをするために生まれたような顔をした蝙蝠女が、何かを探している様子で宙を駆け回っていて。不覚にも、アンクと鹿目まどかの感想は一致していた。すなわち、運が悪い奴も居たものだ、と……。久々の人間形態にて暇を潰していたウヴァが思った事を率直に言うと、次の通りである。信じて送り出したコウモリ彼女が、後ろ手に縛られた状態で女子中学生に引きずられながら帰ってきた。「ウヴァさん! 助けてくださいっ!」「お前は黙ってろ」足蹴にされて目に一杯の涙を溜めている蝙蝠ヤミーは、もうダメかもしれない。ウヴァの復活のために殆どのセルメダルを使ってしまって弱体化しているとはいえ、まだ二桁代後半ぐらいのセルメダルは持っている筈なのだ。仮にも怪人であるヤミーが人間に負けるなよ、とウヴァとしては思わないでもない。「久しぶりだなァ、ウヴァ。本当に復活してたのか」「……? 誰だ、お前は?」どうやら、この背丈の低い女子は、ウヴァの事を知っているような口ぶりである。ところが、ウヴァにはこの子供に見覚えが無い。桃色の髪を背中にて乱雑に一本に纏めた少女が、ウヴァを見上げているのだ。何だか、物凄く生意気そうである。「ふん……俺が誰だか分からないぐらいに虫頭が進んだか!」「なんだとッ!!?」「ウヴァさん、この人はアンクさんですよ!」アンク……といえば、鳥類グリードのアンクの事か。ウヴァが退場している間に、随分と姿が変わったように思える。だが、目の前の相手がアンクならば、蝙蝠ヤミーを雑魚扱いしている理由も納得出来るというものだ。おそらく、トーリが飛んでいるのを偶然発見したアンクが、首尾良く捕えたというところだろう。こればかりは、前情報無しに理解せよという方が無茶である。「……お前の正体ぐらい分かっていた。それで、何の用だ?」ウヴァとしては、さすがにアンクと戦って勝てるとも思わない。アンクが復活して最低7枚以上の鳥類コアを揃えているという事を、ウヴァはトーリから聞いているのだ。更に、ウヴァ以外のグリードの間でコアの再分配が為されたとすれば、8枚目を持っている可能性が濃厚である。緑コアが5枚しか無いウヴァが勝てる相手では無かった。しかし、蝙蝠ヤミーがウヴァの居場所をアンクに吐いたというのが、気になる。希望的観測かもしれないが、アンクはウヴァの得にもなる話を持ち込んで来ているのではないか。というか、そうでなければ誇り高い緑ヤミーが創生者であるウヴァを危険に晒すような真似をするハズが無い。「ウヴァ。お前以外のグリードが手を組んでる事ぐらいは気付いてんだろ?」「当然だ」やはりそういう事か!先程までウヴァとトーリは仮定のレベルでしか話していなかったが、どうやら当たっていたらしい。「俺達と手を組め。もう人間達の力は、グリード一体で相手に出来る範疇を超えてる」人間達の力とは、魔法少女や仮面ライダーの力に加えて、キュゥべえの有効活用の事まで含んでいるのだろう。確かに、『願い』の脅威は侮れないことを、ウヴァ達も先程話し合ったばかりである。「手を組むという事は、お前が持っている俺のコアも、返す気はあるんだろうな?」「はッ。口を開けばコアメダル、か。俺達が欲しいのは『戦力』だ。手を組むなら当然返してやる」そもそも、ここで同盟に関してNOと言った場合に、ウヴァは生き残れるのか?この場でアンクに始末されるという可能性は濃厚だと言えた。逆に、YESと答えた場合は……実は、ウヴァにデメリットは殆ど無いように思える。というか、おそらく蝙蝠ヤミーも、それを聞いたうえでアンクをウヴァの元に案内した筈だ。強いて言うならば、アンクの言葉が罠である可能性が怖いと言えばその通りだが……これも、あまり考えなくても良いだろう。現状としてアンクはウヴァに対して実力的な優位を約束されているのだから、わざわざウヴァを罠にかける意味も無い。もしウヴァのコアメダルを奪いたいのならば、アンクは幾らでも実力行使が可能な立場なのだから。「良いだろう。その誘い、乗ってやる」トーリがアンクに縛られて戻って来た時には思いもしなかったが、これはチャンスでもある。ガメルを探そうとしていたウヴァ達に、当のガメルを引き合わせてくれると言うのだから。果たして、近い未来に勢揃いを遂げることとなったグリードの一行は。一体……どのような命運を、辿るのだろうか。巴マミが仮宿のクスクシエへと帰宅を遂げたのは、太陽が程よく傾いた午後のことであった。人もまばらとなった店内を通り抜ける際に、マミちゃんの友達を部屋に通しておいたわよ、なんて店長から伝えられて。誰だろう、と期待に胸を膨らませて、マミは屋根裏部屋の扉を開けたのだ。ところが、そこで待っていたのは、「……お邪魔しているわ」無表情女の、暁美ほむらさんだった。さやかかトーリだったら嬉しかったな、なんてマミは思うものの、重要なのはそこでは無い。問題は、鼻を突く臭いである。「暁美さん……」温泉地に流れるそれのような、古くなった卵を連想させる臭いが、部屋中に充満していたのだ。どう考えても、作業机に向かっている暁美ほむらが原因としか思えない。「どうして、この部屋で爆薬を作っているのかしら?」部屋に撒き散らされた硫黄の匂いから察するに、ほむらは黒色火薬を作っている真っ最中らしい。……が、爆薬の種類など、大した問題では無いのだ。何が悲しくて、硫黄の臭いに満たされた部屋に帰宅せねばならないのか。「……暇だったからよ」微妙に答えになっていない、ような……。その後に聞いたところによると、ほむらは火野映司の保護を求めて歩き回った末に、クスクシエでアルバイトに励む映司を発見したのだそうだ。しかし、映司を発見出来たまでは良かったが、仕事の邪魔をするのも悪い。ましてや、中学生が彼らに交じって働くという訳にもいかない。なので、魔法やメダルの事情を知っている店長さんが、とりあえずマミの部屋に通してくれたという訳であった。ところが、いざ部屋の中に入ってみると暇を持て余してしまい……とりあえず爆弾の補充でもしておこう、と思ったらしい。一体どこから突っ込めば良いのだろう。材料を持ち歩いている辺りにも、突っ込みどころが山積みな気がしてならない。すると、マミの困惑に染まった視線に気づいたらしいほむらが、口を開いてくれた。「……火気厳禁」……別に、そういう事が聞きたい訳では無いのだ。マミが紅茶を沸かそうとしている、とほむらは踏んだのかもしれない。というか、それは前振りなのだろうか。このクスクシエを舞台にしているのだから、爆破オチだけは勘弁して頂きたいものである。「アンクの炎を打ち込まれたりすると、大変な事になりそうね」「……ごめんなさい」……やりづらい。キュゥべえを殺した時のほむらは、もう少しツンとしていたのに。今は、マミの言葉に対して、どこか後ろめたさを抱いている様子である。やはり、根本的に暁美ほむらは、巴マミに対しては敵意を抱いていないらしい。すごすごと爆薬製造器具を片付けている暁美ほむらの素振りは……どこか、頼り無いように思われた。そして、マミはその理由に心当たりがあった。「やっぱり、鹿目さんの事が心配?」「……そうよ」何時の間にか具現化した四次元円盾の中に器具を収納していた暁美ほむらの手の動きが、少しだけ淀んだ。傍から見ているマミからは、そう見受けられた。本人も肯定しているように、マミの指摘は図星であったらしい。「巴マミ。貴女の目から……あの『アンク』というグリードがどう見えていたのか、聞かせて欲しい」すると、今度はほむらから質問を返された。言葉の意図は、考えるまでもない。アンクによって拉致された鹿目まどかの命運がどうなるのか、という事だろう。「確かにアンクは、決して『良い人』じゃないわね」思い返してみると、アンクの行為はそれなりに非道であったかもしれない。トーリに対して脅迫紛いの尋問をしたこともあるし、メダルのためなら平気で人間を犠牲にしようとする。さやかヤミーの一件だって、アンクはスミロドンヤミーの気配に気付いていた筈なのに黙っていたぐらいである。終いには今回の裏切りまで重なって……アンクの株価はストップ安を更新中の有様だった。それでも……マミは言葉を繋いでいた。「でも、アンクは……鹿目さんや火野さん達との生活を楽しんでいたんだ、って信じたい」確かに、アンクは人間達に不満を漏らす事も多かった。だが、愛や絆なんて大げさなものでは無くても、何となくアンクと人間達の間には繋がりが出来てしまったような気がしてしまって。情が移ったなんて言うと聞こえは悪いが、アンクの方もそう思っていてくれれば嬉しい、とマミは思ってしまうのだ。「多分、佐倉さんのケースと同じなんじゃないかな」佐倉杏子の態度は……かつてマミと別れた時には、酷いものだった。自分のためにしか魔法を使わないと豪語していた杏子の行動原理は、それこそグリードに近いものであった筈だ。しかし、1年ぶりにマミと再会した時の杏子は、どこか角が落ちた印象を与えていて。マミと共に正義の味方を目指していた頃には戻れなくても、他の人間を助ける事に関する抵抗はあまり無くなってきたように思える。それと同じような変化がアンクにも起こっているのではないか、とマミは期待してしまっているのかもしれない。「……佐倉杏子は、元は貴女に憧れていた。アンクと同列に扱える存在とは思えない」「その辺りは、アンクが人間に憧れていたかどうかなんて分からないから、何とも言えないわね」そもそも、アンクがそんな内心を臆面も無く口にする事があるとも思えない。ただ、会話の大本は巴マミから見たアンク評であるため、確証や論理の整合性は然して重要では無いのだ。マミが感覚的な言葉を返すだけでも、会話は成立しているのである。「私がアンクを殺そうとした時にね。アンクは最後に、火野さんの名前を呼んだの」――映……司……だからこそ、マミは自身の感性に従って、言葉を続ける。「最初は、火野さんに助けを求めているだけだと思っていたわ。でも後から、思った。アンクは火野さんとの別れを惜しんでいたんじゃないか、って」それはひょっとすると、ちょっとしたメタ構造なのかもしれない。即ち、アンクが人間との繋がりを求めているという事を、マミが求めている……という。「アンクは、完全な力を取り戻すのを諦める事は無いかもしれないけれど……少しだけでも、鹿目さんの事も気にかけてくれるんじゃないかって、私は信じたい」そして……マミの言葉を聞いて戸惑っているほむらの様子が、見て取れた。迷っているという事は、つまり事象を肯定する要素と否定する要素のどちらをも持っているという事である。鹿目まどかの身が安全だと祈りたい反面、最悪を想定して動くことの大切さを知っているからこそ、なのだろう。「……魔女の正体を知っても、未だそんなロマンチストで居られるのね」……ほむらの反応を待っていたら、何だか色々と物言いたげな一言を投げかけられた。暁美ほむらは、魔女の正体を知って絶望していった元ロマンチストを見た事があるのだろうか。「そんな私を好きだって言ってくれる人がいる限り、私はいつまでもロマンチストよ。変わらずに、ね」「……巴マミ。貴女は充分変わったわ。そう思える時点で」変わらずに正義の魔法少女である事を選んだマミは……そういう自分に変わった、とも言えるのかもしれない。もちろん、心の弱さが無くなった訳では無い。映司に拒絶された時には酷く落ち込んだ。魔女の正体を知った時には、大切な後輩を魔力タンクというモノとして見てしまったきらいもある。それでも……杏子が勇気をもって、マミに憧れている気持ちを告白してくれたのだ。そしてマミも、それに応えたいと思った。そんな他の人の想いが繋がって、アンクを信じたいという現在のマミを形作っている。「辛い事があれば、嬉しい事もあるわ。美樹さんみたいに」なるほど、という顔をしている暁美ほむらからは、今度は多少の同意を得られたらしかった。美樹さやかほど起伏の激しい人生を送っている人間も居まい、と思っているからかもしれない。「美樹さんが放課後にこの部屋へ、結果報告に来ることになっているのよ。たぶん、もう暫くかかるでしょうけれど」本日のさやかは学校にて、上条恭介や志筑仁美との仲を戻そうと奮闘している筈である。その結果がどうあれ、今日はクスクシエの屋根裏部屋に報告に来る、という事になっているのだ。まださやかが来ていないという事は、話し合いの時間を放課後にとっているという理由からなのだろう。さすがに、上条恭介を寝取るところまでは無理だろうが。「失恋したり魔女になったりしても……希望って、ある所には幾らでもあるんじゃないかな」何となく。巴マミは……無表情な暁美ほむらの心の内が分かるような気がした。おそらくほむらは、マミが変わらずにロマンチストである事に、心の何処かで安堵してくれている。何故暁美ほむらがそう思ってくれるのかは分からないが、巴マミはそんな気がしてしまっていたのだ。「私も……美樹さやかの報告を、この部屋で待たせてもらっても良いかしら?」魔法少女は、希望を振り撒く。それは……きっと、全ての力を失って舞台を降りた美樹さやかも、変わらない。希望を振り撒きすぎて自分自身の希望が底をつくならば、他の誰かが供給してやるまでである。「そうね。美樹さんもきっと、喜ぶと思うわ」・今回のNG大賞ウヴァさん達にはキュゥべえ対策が……ございません。「それで、何か良い対策はあるのか?」「分かりません。カザリさんは何か考えがあるみたいですけど」「これでも長い付き合いだからな。カザリの考えている事なら大体分かる。インキュベーターを全部猫科ヤミーの親にして、世界中のインキュベーターを操る気に決まっている!」「それって、全部終わるまでに何十年ぐらいかかるんですか……?」もはや、映司の寿命切れを待つ作戦と大差が無いような……。・公開プロットシリーズNo.131→両陣営共に、地が固まって……いる?