「アンクが、せっかく仕掛けた私のヤミーの存在に気付いたかもしれないわ」とりあえず邪魔をしないように釘を刺して来たけど、と語るこのお方は、何気なくこのSSにおいては初登場である。やや鋭角な頭部に、ポリプ生態を思わせるマントのような飾りを背に生やし、下半身には環状の窪みが目立つ、海産物の女王。そのグリードを……メズールといった。「何ィッ!?」そして、脊髄反射的に聞き返したのは、昆虫の王であるウヴァさん。彼の台詞が噛ませ役じみているなどとは、決して突っ込んではいけない。「上手く育てば、貴方達にもたっぷりセルメダルを分けられるのに」メズールは、グリードにしては珍しく協調性の強い存在であった。他のグリードを自身と対等に見ているかはともかくとして、少なくとも助け合いの意思はあるようだ。ただ、アンクを倒して来なかった辺り、やはりメズールなりに彼を嫌い切れてはいないのだろう。「ぬぅっ!! 俺が行く! オーズもアンクも、纏めて叩き潰してやる!」息を荒げたウヴァは、グリードたちのアジトである廃屋にその足音を響かせながら、わき目も振らずに駆けだしてしまった。「……うぁ?」憤っていたウヴァの起こした騒音のせいで目が覚めたらしく、今度は長い鼻と筋力のパラメータが振りきれているとしか思えない太さの手足を持った、灰色の怪人がのそのそと起き上がってくる。超重量動物というやや曖昧な括りの種族の王である、ガメル。それが、彼の名前だ。「うば、おこってた?」「仕方ないよ。コアメダルを取られてるしね」とばっちりで睡眠の邪魔をされた事を特に気にしてもいない様子のガメルに言葉を返したのは……猫科動物のグリードことカザリであった。カザリは本来なら他人に情けをかけるような性格では無いのだが……オーズに大量のコアメダルを取られていることからシンパシーでも生まれているのだろうか。「そういえばさ。この間オーズと戦った時に、あいつらと一緒に羽の生えた人型のヤミーが居るのを見たんだけど、あれって誰のなんだろう?」どうやら、先日敗走した際に、すぐにはその場から去らずにアンク達のことを観察していたらしい。確かにアンクは、他人が作ったヤミーの気配に見分けが付かなかった。ところが、デブ猫ヤミーの作り手であるカザリからは、自身のヤミーとは別にセルメダルが増えているのが微弱に感じられたのである。「鳥型なら、アンクのヤミーでしょう?」この場に居ないグリードであるアンクは鳥類の王なのだから、メズールの突っ込みは至極当然なものであったが、「ううん、多分アレは蝙蝠のヤミーだったよ。鳥類じゃない」「蝙蝠、ねぇ。そんなヤミーを作れるグリードなんて、居たかしら?」そうなのである。蝙蝠のヤミーを作れそうなグリードに、心当たりが無いのだ。鳥類、昆虫、猫科、巨体、魚貝……そのどれにも、蝙蝠は属さない。頭の後ろに両手を組みながら、気だるそうに近隣の机に腰を下ろすカザリは……既に何か仮説を抱いているのだろうか。「こうもり。うばの、やみー?」強いて言うなら、やはりアンクかウヴァだろう。だからこそ、ガメルのこの発言は、かなり妥当性の高いものだったはずで……というか、大当たりである。「……流石のウヴァでも、そこまで虫頭じゃないんじゃないかな?」「そうよ、ガメル。あんまりウヴァを馬鹿にするのは感心しないわ」流石に、自分の管轄するヤミーの種族を間違えるほど頭が可哀そうな奴ではない、という共通認識がカザリとメズールの中にはあったらしい。……とんだ、過大評価である。「わかった。ごめん、めずーる」ガメルが謝る必要は無い……というかその前に、お前の謝るべき相手はウヴァさんではないのか?メズール至上主義であるガメルの思考回路がよくわかる一言であった。彼は、『メズールのためなら死ねる』というレベルの一途さを持ったグリードなのだ。「それで、その時に貴方が見たっていう、力を持った人間の方は?」「もちろん、後をつけて住処は調べてあるさ。行ってみる?」「ええ、挨拶は大切よねぇ」そういえば、ウヴァのコアメダルをアンクから掠め取ってきたのに、ウヴァに返し忘れちゃったわ。そう呟きながら、未だ見ぬ新人類との遭遇に胸を躍らせてメズールも廃墟を後にしたのだった。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第十四話:(心が折れる音) Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……タカ×2バッタ×1ライオン×1トラ×2チーター×2本日は、やけにお客さんが多い。お決まりのピンポンな音を聞きながら、巴マミは玄関へと急いだ。もちろん、部屋の扉に設置された呼び鈴が鳴らされた音である。玄関の覗き穴から見える、来訪者は……「こんにちは、お譲ちゃん」魔法少女に興味をもって遥々と巴マミの元を訪れた、メズール様であった。扉越しにその姿を窺うマミの鼻元にまで海産物の生臭い香りが漂ってきており、最早何をどう突っ込んだら良いか分からない。「火野さん……玄関の前に魚貝類なお客さんが居ます……」とりあえず火野さんに話を投げておこう。何だかもう、考えるのが面倒くさくなってきたし。「大変だ! 早くしないと干からびちゃうでしょ。お風呂に水を溜めておくよ!」相変わらずどこかズレたことを言う火野映司に若干の諦感の念を込めた視線を送りながら、バッタのカンドロイドをゴミ箱に放り込んだマミは……なんだかもう、疲れて果てていた。「ねえ、トーリさん。私の味方は、魔法少女仲間の貴女だけ……って、あら?」先ほどまで一緒にメダルや魔法の話をしていた可愛い後輩は……いつの間にか、部屋から姿を消していた。最後の心の拠り所だと思っていたトーリにまで見捨てられ、絶望に打ちひしがれる巴マミ。「私、もしもう一度キュゥべえに願いが叶えてもらえるなら、友達が欲しいってお願いするの……」私、独りぼっち……勝手に部屋の扉を開けて水風呂へとメズールを誘導する映司に、あら貴方若いのに解ってるわねぇ、なと感心したらしい声をかけるメズール。その浮浪者が何をどう解っているというのか。むしろ、マミに何を解れというのか。ちなみに、この映司とメズールの二人は初対面であるため、互いの正体を知らない。映司としては、この人って魔法絡みなのかな? ぐらいには疑っているのかもしれないが。マミを尋ねてきた人物が実はメダルの怪人たるグリードであるなどとは、夢にも思わなかったのだ。……気が付くと、湯船一杯に溜められた水風呂に浸かってくつろぐ魚貝怪人の姿が、そこにはあった。オーズ本編では終ぞ拝むことの出来なかった、メズール様の貴重な入浴シーンである。まどか本編ではキュゥべえ氏の入浴シーンが許されたのだから、きっとこれだって許されるに違いない。湯船の中で脚を組んだり身体をほぐしたりしている肢体からは、女子中学生では逆立ちしても出せないような色気と生臭さが立ち昇っていた。さらに脚や触手を伸ばして、まるでここが自分の家であるかのようにリラックスしているメズールに、風呂場の洗い台に腰を下ろした映司が冷めた紅茶を勧めていたりして。「どうぞ」「お風呂で紅茶っていうのも乙ねぇ。人間の進歩に乾杯よ」映司の方こそ、ここが自分の家であるかのような振る舞いである。むしろ、そこでパンツ一枚になって自身も水浴びを始めない辺りが、最後の良心なのかもしれない。そして、800年間眠っていたメズール様は、どう考えても現代人の何かを勘違いしている。日本では無くNIPPONになら、そういう風習もあるのかもしれないが。「マミちゃんのお知り合いですか? 親戚だったりして?」「そうじゃないけど……ちょっと内緒話をしたいのよ。坊やには、ここまで持て成して貰ったのに、悪いんだけれども……」火野さんは、私が魚貝類の親戚に見えるんですか。そうですか。私の巻き髪がサザエにでも見えましたか?そして、その水風呂はやっぱり嬉しかったのね……。誰が、その臭いの染みついた風呂場を清掃すると思っているのよ。「ああ、そうか。男である俺が居ると話せないことってありますよね。気がつかなくて済みません」十中八九、そういう問題では無いはずだ。火野さんの『俺、空気読みましたよ』的な表情に物凄くイラっとした巴マミは、きっと悪く無い。今の気分を一言で言えば、『ティロ・フィナーレ☆三秒前』である。その感情は……一般に殺意と呼ばれる、らしい。お邪魔しました、という自身がさも常識人であると言わんばかりの挨拶を残して、火野映司は巴マミの部屋を後にしたのだった……どうせ帰るなら、このナマモノを一緒に連れて帰って欲しいものである。「そうそう、危うく用事を忘れるところだったわ」「そうですか。それを済ませることは、非常に重要ですね」そして、その後は可及的かつ速やかに退室していただけると嬉しいです。「貴女の力は、何なのかしら?」……とぼけて追い返そうかと、マミは一瞬だけ思考を巡らせる。だがしかし、それらの案は纏めて、バッタ缶の後を追わせた。見るからに非常識なこのお客さんが、魔法絡みでは無いと期待するのは、ご都合主義が過ぎるというものだからだ。「その前に……貴女は何者なんですか?」「メズール。グリードの一人よ。アンクから聞いているんじゃない?」説明するのが面倒臭い……というわけではないだろうが、メズール様は簡潔すぎる自己紹介をしてくれた。そして、相手が魔法関連の人物ではないと解って、冷や汗を流し始めるマミ。既に去ってしまった火野映司を呼び戻すことは、出来ない。奴には、携帯電話を持つような経済力は無いのだから。「私達の邪魔をされるのは困るのよね。だいたい、ヤミーは人間の欲望を叶えているんだから、悪いことなんて何もないじゃない」「……ヤミーが他人に迷惑をかけ過ぎるのが不味いんだと思うわよ」巴マミは未だ、デブ猫ヤミー以外の個体を見たことが無い。トーリは、ヤミーだと認識されては居ないので。「人間なんて、生きていれば他人に迷惑をかけるものでしょう?」確かに、その通りではある。何処かのエラい学者様が、ルール無き仮想世界を万人の万人に対する闘争状態と呼んでいたとか。だがしかし、言葉尻としては正しいことを言われているような気もするのだが、それ以上に納得がいかないという気持ち悪さの方が大きかった。その気分の悪さの正体が何なのか……今の巴マミには、説明できない。「まぁ、貴女は人間でさえ無いみたいだけれど」「……え?」先ほどまでの巴マミであったなら、メズールのその一言を、挑発か脅し文句だろうと思えただろう。だがしかし……『魔法少女の魂は変質して、肉体は入れ物に過ぎなくなる……らしいです』不人情な後輩の言葉が……脳裏から離れない。確かに、魔法少女になってから、回復の魔法を使わなくても傷の治りが早いと思う事はあった。魔女を追っているうちに、疲れを忘れて三日三晩行動しっぱなしの自分に気付いたことも……ある。あの後輩は全く腹が減らなくなったと言っていたが、マミも魔法少女になってからは、耐えがたいような空腹に襲われた覚えは一度もない。「……もしかして、気付いていないのかしら? 自分がどんな状態なのか」このメズールという怪人には、それが解っているというのか。もしかすると、この頬を伝わる汗さえ、人体から流れ出る液体とは別の物質なのかもしれない。動き出した疑心は……止まらない。「情報を交換しましょう。断れないはずよ? 貴女の『知りたい』という欲望は、結構大きいみたいだもの」悪魔の囁きは、時に天使の声に聞こえる……そう、天の道を往く人は言いました。現在の巴マミの目の前に居る女怪人は、そして過去に巴マミの命を救った魔法の使者は、一体どちらなのだろうか。「でも、『今後ヤミーに手を出さないこと』を条件に加える気でしょう?」「貴女のような力を持った人間が何人いるかも解らないのに、貴女一人に対してそんな約束を取り付けても、ねぇ……」会話相手の魚貝怪人は、本当に、魔法少女について調べに来ただけのようだ。「その取引……乗らせて」運命は、転がり始めたのか、それとも転び始めたのか……「契約、ねぇ」マミの講釈を聞いてメズールが取ったリアクションは……まず、眉を顰めることだった。メズールが何を考えているのか、巴マミには読み取ることが出来ない。「何か不審な点でもある?」いつの間にか、メズールに対する敬語は、抜けていた。「そいつのやり口、何だか私達に似てるわね。気に入らないわ」「そういうのを、人間は同族嫌悪って言うのよ」グリードは、人間の欲望を利用してヤミーを作る。それに対して、キュゥべえはむしろ少女たちの願いをきちんと叶えることに加えて、代償として魔法少女になってもらうことを通知している。つまり、キュゥべえはグリードに比べて遥かに良心的な存在だ。……少なくともこの時の巴マミは、そう思っていた。思いたかった。じゃあ私の番ね、と前置くメズール。マミの喉が……ごくり、と音を立てずに鳴ったのを待ちながら、メズールはゆっくりとその反応を見て楽しんでいるようでさえある。「貴女の動かしているその器は、死体よ。魂と呼ぶべきものが入っていないもの」それは、キュゥべえを屠った魔法少女からトーリを通してマミに伝えられた助言と、似過ぎていて。それでいて、マミの抱いている疑心に対する答えとして……妙な説得力を、持っていた。「魂なんて、得体の知れないものを持ちだされても困るわ。少なくとも私は、感情を失ったり残虐な性格になったりはしていないし……」よく、ドラマや映画で『魂』を代価に悪魔や神と契約するという話は聞くが、物語の設定次第によっては、何が変わったのか解らないことだって多い。「失われているわけじゃないわ。貴女の魂は……その『指輪』に作り変えられているのよ」メズールが指差した先にあったものは……マミが普段から肌身離さずに持っている指輪だった。それは、マミにとって思い入れの深い装飾品であることは、間違いない。先ほども、後輩に対してソウルジェムに関連する講義を開いていたところである。「貴女のその肉体からは、『欲望』を感じないもの。『欲望』を抱いているのは、その石ころね」「……証拠は、あるの?」何処かの平行時空で、別の巴マミが暁美ほむらに対して発したかもしれない、言葉だった。メズールの言葉が嘘であってほしい……本人が自覚しなくても、確かに否認が巴マミの心を支えていた。そもそもこの怪人と話を始めたのが間違いだったのではないか、とさえ思い始めている。だが、現実は非情だった。「人間が欲望を感じ取るのは無理だけど、証拠なら『出せる』わ」一瞬、メズールの素早い返答に気を取られたマミの手元に、『それ』は投げられた。円盤の形をした、小ささの割に重量感のある銀色の塊……セルメダルである。マミの反応を待たずに、投げつけられたセルメダルは、吸い込まれた。『巴マミの身体』にではなく、『ソウルジェム』に。「アンクから聞いているでしょう? ヤミーは人間の欲望から生まれるってことを」アンクからではなく火野映司からだが、確かに巴マミは聞いたことがあった。人間の欲望から、ヤミーが作られるのだと言う事を。……嘘だ。嫌。私が死体なんて、そんなの絶対おかしい。生きたいってキュゥべえに願ったのに。悪い魔女を倒して、弱い人間を救って、希望を振りまくが魔法少女っていう存在のはずよ。「ダレカ、タスケテ」巴マミの、心の声にして『欲望』でもある言葉が、紡がれた。彼女自身の口からではなく……マミの目の前に新たに現れた存在によって。不気味に捻じ曲がった関節を持つ黒い身体に、剥がれかけの白い包帯を巻き付けた、醜い姿の怪人だった。マミの欲望から生まれた白ヤミーは……その出生自体が、マミの魂の在り処を示している。「イキタイッテ、ネガッタノニ」その身体に巻かれた包帯と輝きの無い一眼が、どうしようもなく『死体』を連想させ、巴マミの精神を激しく揺さぶる。生理的嫌悪感に身を震わせながら後ずさるマミを覗き込む包帯怪人が、次の一言を発した瞬間、「コンナコト、アルワケナイ」「あああああああああッ!!」轟音と共に、白ヤミーの額には銃弾が撃ち込まれていた。悲鳴とも怒号ともつかない声が、気密性の高い浴場に木霊する。弾丸を発したマスケットの銃口は……ひび割れていた。「嘘よっ! 」変身することも忘れて。その手に握りしめたソウルジェムから無数の銃を取り出し、手当たり次第に白ヤミーへと弾丸をぶち込む。「そんなこと!」封じられたはずの魂を震わせようとしているかのように。低い音と高い声が、ハーモニーを刻む。「私は、死人なんかじゃないっ!」何度も、何度も。白ヤミーを叩き潰した銃弾が、マミの心を蝕む。「私、たち、は……!」気が付くと、マミの周囲の景色は一変していた。オシャレな風呂場だったはずの場所には風通しの良い景色が広がっている。残った壁には至る場所には銃痕とひび割れが広がり、そこに居たはずの白ヤミーはミンチとなり、メズールも既に部屋を後にしたようだ。『そういうのを、貴女達の言葉では同族嫌悪って言うのだったかしら?』……そう、捨て台詞を残して。破裂した配水管からは噴水のように水が噴き出し、雨のように巴マミを頭上からずぶ濡れにしていた。床には数えるのも億劫なほどの、おびただしい量のマスケットが散らばり、延々と鼻を突く硝煙を上げ続ける。言葉無く、マミはその場にへたりこんだ。光無く、その目は空ろで何も映しては居なかった。容赦無く、メズールが残した言葉が心を削った。力無く、その手から希望だったものが転がり落ちた。キュゥべえと初めて会った日に手にした品。魂の宝石の名を持つ、魔法の卵。契約の時にマミの身体から生み出され、力を行使する度に濁りを溜めこんでいく、不思議な輝石。『綺麗ですねぇ』先日出会ったばかりの頼りない後輩がそう言ってくれた、大切な宝物。そう、思っていた。……ソウルジェムの濁り方が、いつもより少しだけ早いような、そんな気がした。・今週のNG大賞「あら? 私のヤミーに白ヤミー形態なんてあったかしら?」間違えて、ウヴァに返し忘れた緑のコアを使ってヤミーを作ってしまったらしい。メズール様って、お茶目さん☆・公開プロットシリーズNo.14→メズール様でダシを取ったスープが物凄く美味そうな気がしているのは、絶対に作者だけじゃ無い筈だ。・人物図鑑 メズール魚貝の怪王。その性質は色欲。母性に従って弱者を保護することもあるが、その愛情に報いる人物は数えるほどしか居ない。食料品店に並ぶ海の幸たちを見れば、簡単に失神してしまうだろう。