カザリは……郊外のとある邸宅にて、回復につとめていた。真木清人の実家である当建造物は、近頃ガザリのホームとなっている場所なのである。今夜は、コアメダルが抜け落ちて一時的に不安定となった身体を休めるために、この家に中で休息をとっているという訳だった。人っ子一人居ない家屋の中にて、カザリは思考を巡らせる。失ったコアメダルを数えてみたらクジャク一枚のみという結果であったのは不幸中の幸いだが、それでも事態は予断を許さない。何といっても、これ以上に無いほど育ったスミロドンヤミーを人間に回収されてしまったのだから。おそらく、同じ作戦は二度も効かない筈だ。警戒心を高めているであろう魔法少女達は、そう簡単にカザリの結界に捕まるような下手は打たないだろう。ならば、何か別の方法による自己強化を考えなければなるまい。一応現在のカザリは、呉キリカと火野映司の取引から横取りされた全色のメダルを1枚以上保持しているため、メダルの枚数自体は多い。重力や炎弾を放つことが出来るようになったのは、利点には違いない。しかし自前の黄色メダルが4枚しか無いために、どうしても地力負けしてしまうのだ。黄色コアがもっとあれば人間達を倒せるが、人間達を倒すには力が足りない。となれば、別の自己強化手段を考えなければならない。……もう、あの蝙蝠ヤミーは回収してしまった方が良いかもしれない。奴で検証すべき実験は既に存在しないので、次に呼び出したときに始末して、セルメダルとコアメダルを纏めて手に入れれば良い。カザリがそんな予定を考えていた、矢先の事だった。屋敷の入り口が開け放たれ、中に入ってくる者があったのは。最初の一秒にも満たない間、カザリはその人物が真木博士だと思って疑わなかった。事実、扉を開けたのは真木清人に他ならない。だが、すぐに気付いた。家に入ってきた影が……一つでは無い、という事に。「君達は……!」この家の主である真木清人が入ってきた事は、問題では無い。しかし、彼と共に入ってきた面々には大いに問題があると言えた。「久しぶりだなァ、カザリ」「かざり、だ!」具体的に言うと、グリードが勢揃いしていた。ガメル、メズール、アンク……それが、横並びに真木邸へ入ってきた客の名前であったのだ。疑似的に人間の姿を装った3体が、真木博士と共に現れたのである。メズールはメダルが足りていないせいかガメルに背負われているが、考えてみれば当たり前の事だと言えた。青コアのうち4枚をカザリが、3枚をオーズが持っているため、メズールの現在の青コアは推定1枚しか無いのだ。ガメルからメズールへとセルメダルを分けようにも、グリードの纏えるセルメダルの上限量は自身のコアメダルの枚数に依存するため、メズールはセルメダルを吸収できないのだろう。「ドクター……これは、どういうこと?」だが、カザリとしては、敵がガメル一体だけでも充分に脅威と言えた。アンクが持っている灰色コアを合わせれば、ガメルの所持コアは6枚となるため、かなり厄介な敵と成り得る。カザリも所持するコアメダルこそ多いが、残念ながら自前の黄色コアが4枚しか存在しないため、やはり自力負けが予測された。ついでに言うと、最大で8枚までコアを持っている可能性のあるアンクは、下手をしたらガメル2体分よりも厄介かもしれない。更に最悪を想定するなら、現在カザリが持っているクジャク一枚を奪われて、アンクが完全態になるという状況も有り得る。「カザリ君……君こそ、魔法少女をメダルの器とする実験はどうしましたか?」……そして、真木博士からの想定外の一言に、カザリの中には焦りが生まれつつあった。確かにカザリは、クジャクコアを入れられた暁美ほむらを暴走させてみるように、真木博士から言われていた筈だ。もっとも、暴走する気も無いカザリとしては、簡単に暴走してしまうであろう暁美ほむらに検体としての興味が持てなかったために、実験自体をサボってしまっていたという訳である。しかし、背信は許さない、とカザリは真木博士から言われたことがあった。彼の肩に座っている不気味な人形へと視線を固定したままの真木清人は……まさか、カザリを始末しようというのだろうか?「人間達は力をつけすぎているよ。もう、実験なんて段階じゃない。早くこっちの戦力を増やさないといけない状況じゃないかな」「……君にしては弱気な発言ですね。ですが、状況は良いとは言えないのも確かです」カザリとしては、割と苦し紛れの言い訳だったのだが……一応、ドクターが納得してくれたようで何よりである。しかし、そもそも何故真木博士はカザリの他のグリードをこの屋敷に連れて来たのか。倒されたままのウヴァは仕方ないとしても、他のグリードが勢揃いしている現状は、かなり異常だと言わざるを得ない。「それで、アンク。君達はどういうつもりで、ここに来たのさ?」「簡単な事だ。俺も、人間達は力を付けすぎたと思っていてなァ」なまじカザリが先程自分自身で言い訳に使ってしまったため、カザリはアンクの言葉を否定するのに窮してしまっていた。一応、ガメルに背負われたまま目を閉じているメズールの真意の確認は、メズールの意識があるのかどうか分からないので保留である。ガメルの考えは……聞かなくても、別に問題は無いだろう。どうせ、そこまで深く思考が出来るヤツでもないのだから。「カザリ……選べ。俺達と手を組むか、このまま人間達に消されるか!」カザリに選択肢は……無かった。というか、NOと言ったら人間に消されるのを待たずに、この場でカザリが消されるかもしれない。「……仕方ない。分かったよ」そして……次に要求される内容も、当然予測済みである。「かざり! めずーるの、めだる、かえせ! おれの、も!」メズールに一途なガメルが、これ以上黙っている筈も無い。当然、アンクに付いて来たのも、メズールを回復させるために違いない。となれば、協力すると言った手前、カザリはガメルの要求を断る事が出来ない。というか、協力すると言わなかったとしても、戦力的に断れない。内心舌打ちしながらも、カザリには素直にメダルを差し出す以外の選択肢が無いのだ。「……助かったわ」「めずーる!」かくして、カザリから投げ渡されたメダルは、ガメルの分が1枚、メズールの分が4枚であった。結果的に、ガメルの現在の累計コアは6枚となり、メズールも5枚の状態まで回復する事となった訳だ。さて、ここからが問題である。カザリは……アンクに対して、お前もコアを分配しろ、と言った方が良いのだろうか。その場合、間違いなくアンクからも同様の要求が返ってくる。即ち、カザリが持っているクジャク一枚をアンクに返却せよ、と。その場合……アンク一名だけが9枚の自色コアを揃えて完全態となったら、他のグリードを皆殺しに出来るほどの力をアンクに与える事となってしまう。カザリからはアンクの赤コア所持事情が分からないし、それを訪ねてもアンクは嘘を吐くかもしれない。実際にはアンクは暁美ほむらのクジャクコアを回収していないため、現在の自前コアは7枚なのだが、カザリの視点としては現在のアンクの赤コアは最大8枚までが有り得るのだ。それでも、アンクはカザリの黄色コアを持っているかもしれない。その黄色コアを吐き出させない事には、カザリはまともに反撃する事も出来ないのだ。「そういうアンクも、青と灰色とコアを持ってるよね?」「そう、なのか! あんく?」迷った末にカザリは、アンクとガメル達の対立を煽ってみる事にした。アンクは青コア3枚と灰コア2枚を持っている筈なので、それを返却するとメズールとガメルはそれぞれ合計8枚と7枚を得た状態になる筈だ。いくらアンクがグリードの中で最も高い出力を誇る赤コアの持ち主でも、まだ完全態でもないのに8枚と7枚の状態のグリードを同時に相手取るのは難しいに決まっている。つまり、アンクはおそらくガメル達にメダルを渡すのを渋る筈だ。そうなれば、アンクとガメル達の間には決定的な亀裂が生まれる。そこでカザリがガメル達に付けば、例えアンクの赤コアが8枚であっても、何とか勝てるかもしれない。「良いだろう。くれてやる。だが、生憎メズールの分はオーズが持っていてなァ。回収できなかったが、悪く思うな」「そう、か。でも、おれの、めだる。よかった」「……無いものは、どうしようも無いわね」ところが……アンクの見せた対応は、カザリの予想を見事に裏切ってくれていた。アンクが投げ渡した灰色メダルによってガメルのコアは合計7枚となったのだ。そして、カザリにとって非常に都合の悪いことに、これではガメル達がアンクと敵対するとは思い辛い。本当にアンクは青コアを持っていないのか、と問い質したいところだが、グリードは自身のメダルが付近にあれば、ある程度それを感知できる。従って、アンクが青コアを隠し持っていたとしても青のグリードであるメズールがその気配を見逃すはずは無いので、アンクは本当に青コアを持っていないという事だ。……もしや、アンクはこの展開を予想したうえで、敢えてオーズにメダルを残して来たのだろうか?もちろん、カザリがそれを指摘したとして、立証する手段が無いのが辛いところだが。やはりアンクは、鼻持ちならない相手である。「……カザリ。お前も、俺のコアを返せ」そして、カザリの沈黙に耐え兼ねて……というよりは、カザリが自分から何も言い出せないのを、アンクは見越していたのだろう。自信満々な様子のアンクが、鳥類メダルの返還を要求してきていた。「待ってよ。今の君自身のコアは何枚なのさ? 僕が持ってる赤一枚で完全態になったりすると、僕達全員がここで消されるんじゃないの?」「……いつまで腹の内を探り合っているつもりですか。アンク君の最後の一枚は暁美ほむら君の元にありますよ。カザリ君」……が、他ならぬドクターによって、カザリの目論みは水の泡と化してしまった。そもそも、真木博士の目的は世界の終末のために、メダルの器となる存在を完成させることにある。つまり、そのためにグリードの完全態が必要であり、別にその検体がカザリである必要は無いのだ。「カザリ。私達に余裕が無いと言ったのは貴方よね。今必要なのは信用や信頼なんかじゃなくて『やる』か『やらない』か、よ」「やる! おれも、やる!」この分だとおそらく、メズール達はコアメダルの破壊方法もドクターから聞いていると見た方が良いだろう。そうでなければ、流石にここまで危機感を強めているという事も無い筈だ。カザリとしては、真木博士との関係そのものを考え直したいという一歩手前まで思考が先走っているが、それも現実的とは言い難い。他3体のグリードの協力を得た真木清人にとって、カザリという存在は替えの効く実験対象でしかないのだ。人間達と戦うためとはいえ、カザリが非協力的な態度をとれば、瞬く間にカザリは袋叩きの目に合うことだろう。カザリが普段の行いにて買っている怨恨的な意味でも。従って……面白く無いと思いつつも、カザリはコアの交換に応じるしか無かった。「……分かったよ。でも、僕のコアも返してよ?」「あァ、構わない。もっとも、お前のコアもオーズの手に2枚ばかり残ってるがなァ」……コイツは本当に、態とコアを置いて来たんじゃなかろうか。結局コアを互いに返して、カザリが6枚、アンクが8枚となった訳だが。最終的な決算を見れば、8枚を所持して完全態に王手がかかっているアンクと、7枚以下の3体のグリードが残される事となったのだ。アンクが確りとオーズからコアを持って来ていれば、カザリとメズールもアンクと並んでリーチをかけられた筈なのに。ひょっとすると、最後の鳥類コアを人間達の元に残して来たのも、意図的な行動なのかもしれない。カザリにコアの返却を断らせないために、敢えて自分のクジャクメダルを暁美ほむらから回収しなかったのではないか。カザリの思考が全てアンクの読み通りに誘導されてしまっていた……とは、思いたくないところだが。結局、人ならざる者共の密会は、続く。カザリの胸中に大きな禍根を残した、ままに。『その欲望を解放して魔法少女になってよ』第百二十八話:彼女の守った世界鹿目まどかとアンクが姿を暗ました、翌日。伊達明を手術のためにアメリカへと送り出した後藤慎太郎は……バースの応急メンテナンスに明け暮れていた。鴻上会長が伊達明の手術費用をあっさりと出してくれたのも意外ではあったが、伊達さんが生き残ることが出来そうで何よりである。全部見届けられなくて悪いな、なんて零しながら出国した伊達さんは……しかし、何処か後藤達に期待を残しているようであった。そして、後藤は期待に応えるべく、バースの復活を目指しているという訳だ。一応、バースのプロトタイプのベルトが財団本拠地から見つかったらしいので、場合によってはそちらを使うのもアリかもしれない。里中秘書が調整をしてくれていたらしいが、昨晩の事件には間に合わなかったらしい。まぁ、里中さんが作業をしているのなら、不良品は上がって来ないだろう。……ところで、里中さんの職業とは何だったか。それはともかく、何故プロトバースの存在に気付けたかと言われれば、事は暁美ほむら拉致事件にまで遡らねばならない。拉致の犯人を伊達明だと疑っていた暁美ほむらが会話の中で放った一言が、発端だったのだ。――あの鎧は、複数存在するの?実際には、一つのバースシステムを使いまわして事件を起こしたというのが正解だった。しかし、その暁美ほむらの発言がきっかけとなって、後藤達がプロトバースの発見を早める事となったのである。最悪の場合でも、現行のバースとプロトバースの部品を寄せ集めれば、何とか戦えるだろう。そんな見込みを立てながら……後藤慎太郎は、もう一つの問題への対処に頭を回していた。具体的に言うと、「……学校はどうした?」「……鹿目まどかが危険な目にあっているのに、そんな場合では無いわ」真昼間にもかかわらず堂々と学校をサボっている暁美ほむらさんへの対応である。確かに、人命と学業が両天秤に乗っているのならば、人命の方を重く見るべきなのは当然だと言えた。相手があの狡猾なアンクであれば、後藤達の思いもよらない方法で攻めてこないとも限らない。「私が狙われているのなら、尚更」更に言うならば、クジャクコアを抱えている暁美ほむらはアンクから狙われる危険が大きいので、他の生徒たちを巻き込まないためにも学校には居辛いのだろう。というか、何となく後藤は、感じ取っていた。暁美ほむらは、身の周りの誰かを闘争に巻き込んでしまった経験があるのではないか、と。まさかそれが、ループ世界の一つにて学校を丸ごと魔女結界に包まれた経験だなんて事までは、想像できなかったが。「残念ながら、バースは修理中だ。ボディガードなら、火野の所に行った方が安全だぞ」用心棒としての能力ならば、残念ながら比べるべくもない。バースがまともに運用出来ない状況の後藤よりも、オーズとして戦える映司の方が、遥かに優秀である。というか、時間停止の魔法を駆使すればグリードの撃退など容易い筈だが。やはり、アンクが時間停止の存在と攻略法を掴んでいる……という事態を、暁美ほむらは想定しているらしかった。昨晩に美樹さやかによって存在をバラされた時間魔法はそれだけで強力な能力に思えるのだが、無敵という訳でも無いらしい。おそらく暁美ほむらは、時間魔法の破り方に何かしらの心当たりがあるのだろう。「……火野映司の所に行って、その際に私の持っているコアメダルもオーズに渡してしまえば良い、と思っているんでしょう」「……いや。その理由は、オーズの戦力アップじゃない。暁美の身を思っての事だ」もちろん、世界を守る存在の筆頭としてのオーズに関心を寄せている後藤としては、オーズの戦力アップは好ましい。だが、後藤はオーズの戦闘能力の向上よりも、子供達の身の安全を考えるようになっていた。美樹さやかに対して、後藤の守った世界を見て欲しいと大見得を切ってしまった事に象徴されるように、後藤の守りたい世界は日に日に広がりを見せているのだ。……後藤がさやかに会いに行かない理由も、それであった。復活した美樹さやかに会いに行きたいという気持ちが後藤の胸中にあるのは、否定できない。今頃の美樹さやかは、上条恭介や志筑仁美らと学校にて再会して、誤解を解消するために奮闘している事だろう。彼らの間にしか共有されていない知識の確認を行っていけば、スミロドンヤミーが美樹さやかの偽物だったという弁で押し切る事は出来るかもしれない。そして、後藤はそんなさやかの頑張りを見届けてやりたい、とも思っていた。「……世界を守りたい、と貴方は言っていたわね」「ああ。俺の目標だ」それでも、後藤は自分に出来る精一杯の方法で、彼女の世界を守ってやるべきだ。具体的に言うと、身の危険に晒されている美樹さやかの親友に対して、より安全な地帯を紹介してやる事だろう。もちろん、バースを何とか使用可能にして出来る限りの戦力を整える事も、である。「身に余る願いが身を滅ぼす事になるのは、魔法少女だけの話では無い……そう、私は思うわ」「確かに、俺一人で美樹を救うのは無理だった。その時は、俺も絶望していたかもしれない」後藤慎太郎が暁美ほむらの心配をしていた筈なのだが……ひょっとすると、ほむらも後藤の事を心配してくれているのだろうか。ほむらの友人である美樹さやかの救出作戦を経て、ほむらも少しばかり後藤達に対して心を開いてくれているのかもしれない。「だが、今回の一件の中で、分かったような気がする。美樹を救ったのは、友達の呼びかけだけでも、オーズの戦闘能力だけでも、俺の決断だけでも無い。……『美樹の守ってきた世界』なんじゃないか、ってな」「……?」不可解そうに次の言葉を促してくる暁美ほむらは、しかし半分程度は後藤の言わんとする内容を理解出来ているようでもあった。一応ほむらなりに解釈は出来ているが、それが後藤の真意と一致して居るかどうか自信が無い、というところなのだろう。「美樹が美樹なりに頑張ってきたからこそ、俺達が動けて、美樹は助かった」頭も能力も足りないなりに美樹さやかが戦ってきたのを、後藤達は知っている。人並みに失恋の悲しみに暮れるさやかの姿を、友人達は見ていた。だからこそ……美樹さやかの世界は、彼女自身を救った。「俺だって、多分同じだ。俺が世界を守れば、世界も俺を守ってくれる」「……随分と、楽観的ね。それでも……どんなに最善を尽くしても、世界は私達に厳しい結果を与えることだってあるわ」後藤に返って来たのは、どこか物言いたげな台詞であった。……暁美ほむらには、今回の美樹さやかの一件を以てしても浮かれ切れない程の困難が見えているのだろうか?もしくは、世界を守ろうとして報われずに死んでいった魔法少女に心当たりがあるのか。ひょっとすると、鹿目まどかが拉致されているという事実を目前に、暁美ほむらは思考がネガティブになっているのかもしれない。「鹿目だってそうだ。鹿目の世界には俺や暁美達が居るからな」バースドライバーに有線接続されたパソコンを操作する手を、少しだけ緩めながら。己の力不足を自覚しつつも、後藤慎太郎は暁美ほむらへと、やや強気だと自覚出来る見込みを吹き込んでみた。後藤の言は、「今回上手くいったのだから次も上手くいく筈だ」という事にもなりかねない。それでも……後藤は、ほむらに信じて欲しかった。鹿目まどかの人徳と、彼女を救いたいと思う暁美ほむら自身の願いの強さを。「……そのために私の力が不足している、とは思わない。思ってしまったら御終いだと知っているもの」だが、返事は芳しく無かった。確かに、一見すると勇ましい事を言っているようにも思える。しかし、本当に不安が無いのならば、最後の一言は要らなかった筈だ。おそらく、「御終い」という言葉の意味するところは、魔女化の事だと思われる。そして、暁美ほむらは……彼女自身の魔女化を避けるために、自分の力不足を絶対に認める事が出来ないという事なのだろう。……魔法少女とは、難儀な生物である。鹿目まどかを救えないかもしれないという不安に心を苛まれながらも、その事実を認める事が出来ないのだから。その事実を認める事は即ち、魔女化への道を辿ることとなってしまう訳だ。後藤としても、割合真剣にお手上げ状態だと言える。ほむらを励ますには、まず不安の存在を認めさせる事から始めるのが手っ取り早い。しかし、不安の存在を認めさせたら魔女化するかもしれない。「鹿目の情報が入ったら連絡を入れる。だから、とりあえず今は、火野の所に行って戦力を固めた方が良いぞ」とどのつまり、後藤に出来ることは、鹿目まどかの目撃情報の提供を暁美ほむらへ約束するにとどまるだろう。というか、暁美ほむらがこの研究所を訪れる理由など、それが第一に決まっているのだ。「……感謝するわ」……気が付けば、室内からは忽然と暁美ほむらの姿は消えていて。結局……後藤慎太郎は、暁美ほむらの不安を和らげる役に立てたのだろうか?まぁ、火野映司という最強のトラブルシューターを紹介したのだから、事態がそう簡単に悪化することも無いだろうが。「……なかなかに、難しいな」ままならない。仲間達と力を合わせて、ようやく美樹さやかを救えたものの、問題は山積みである。拉致された鹿目まどかの危機は解決されていない上に、暁美ほむらも爆弾を抱えている。そのうえ、バースシステムの復旧作業も思うように捗らないときたモノだ。更に後藤は、自身のPC内部に存在する隠しファイルの存在についても、頭を痛めていた。そこに記されている情報は……郊外に佇む、とある屋敷の所在地に関するもので。真木博士の実家にして、彼が身を潜めている可能性が最も高い建物の存在に、後藤慎太郎は既に辿り着いていたのだ。「人命が懸かった状況だから、あいつらも無暗に突っ込む事は無いだろうが……」……この情報を味方に公開すべきタイミングが、非常に難しい。真木博士と手を組んでいるグリードがカザリ一体だけならば良いが、最近騒動を起こしていないメズールとガメルの存在が気になるところである。もし複数のグリードが真木清人と手を組んでいるのならば、真木博士の拠点を襲撃する前に機会を見つけて何体かグリードを減らすことによって、突入作戦の成功率を上げたいものだ。「まぁ、俺の当面の難題はコイツか」何はともあれ、残念ながら今の後藤が打てる最善手は……バースシステムの修復にあると言えた。最早いつ大破しても不思議でない鎧に、しかし後藤は命を賭ける他無いのだから。後藤の選択は現実逃避か、はたまた安全に迂回しているのか。パソコンに繋がれた厳ついベルトは、何も答えてはくれない……。・今回のNG大賞「待ってよ。今の君自身のコアは何枚なのさ? 僕が持ってる一枚で完全態になったりすると、僕達全員がここで消されるんじゃないの?」「俺が8枚も自分のコアを持ってるなら、端からお前を袋叩きにして始末した後に、俺が完全態になって人間どもを薙ぎ払えば終わりだろうが」まぁ、コレがアンクの現状であって、そう言ってしまえば読み手側にも作者的にも分かり易い訳だが……「って事は、人間達と戦うために僕の力が必要って事かい? タダじゃ嫌だよ。何か報酬を(以下略)」こうなると収拾がつかなくなる上に、アンクとしては面白く無いので。・公開プロットシリーズNo.128→後藤さんはバースドライバーに話しかけたりしない……!