ようやく日も登り切った頃のことだった。「ヤミーだ。場所は……空だな」「まさか上から恭介の家に!?」……上条恭介の住まいの前に張り込んでいたアンクが、ハゲタカヤミーの接近を美樹さやかに告げたのは。実のところとしてアンクは、ヤミーの欲望の正体に気付いていたりする。おそらく、ヤミーはアベックばかりを狙って襲い掛かっているのだ。つまり、ヤミーの親の欲望は、アベックへの僻みといったところなのだろう。そして、昨晩に上条とやらが襲われた理由も、きっと恋人と共に語らいのひと時を過ごしていたからに違いない。もっとも、その理屈で言うならば上条恭介が今日になって再び襲われる必然性は存在しない。当然のように、今日もハゲタカヤミーによる犠牲者は上条の他にも出ている。しかし、それを感知したアンクが素直に情報を漏らすかといえば、別問題なのだ。ヤミーは親の欲望を満たすたびにセルメダルを溜めるので、敵グリードが回収に来る直前まで育てた方がメダル収集の効率は上がるのである。要するに、低確率でしか起こらない『上条恭介と志筑仁美が再び襲われる』というイベントが、試行回数を積むことで起きてしまったという訳だ。まぁ、上条恭介の家に志筑仁美も匿われているという前提のもとでしか再襲撃は起こらないのだが。その辺りは、上条君が襲われなかった場合でも、適当に時期を見計らってヤミーの出現を仄めかすつもりであったりして。「行ってくる!」上条家の硬く閉ざされた門戸を易々と飛び越えて、魔法少女装束を具現化して邸内へと入って行った美樹さやかの背中を、眺めつつ。最寄りのライドベンダーからタカカンドロイドを飛ばして増援の体勢を整えながら。アンクは……「意外ね。突っ込んでいくかと思ったけれど」「どの道、アイツが一人で勝てる敵じゃないからなァ」何処からともなく現れた暁美ほむらへの対処に思考を割いていた。やはりほむらは、鹿目まどかの安否を気にして周辺の監視を行っていた模様である。ちなみに、アンクが突っ込んで行かない理由の一つには、カザリの結界への警戒心もあったりする。さやかと固まって動いた場合に、二人纏めて拉致されてはオチオチ助けを呼ぶことも出来なくなってしまうのだから、当然だと言えた。まぁ、屋敷の中から漏れ出す風切り音を聞く限りでは、結界が使われた様子も無いようだが。さやかが結界の中に閉じ込められているのならば、戦闘音はアンク達まで届かない筈である。おそらく、ハゲタカヤミーの絶え間ない暴風攻撃によって、さやかは為す術も無く防戦に陥っていることだろう。「むしろ、お前は加勢しないのか」「敵はカザリのヤミーでしょう。時間魔法への対策は施しているでしょうね」……それはつまり、美樹さやかと暁美ほむらの二人がかりで戦ってもハゲタカヤミーを倒せるか怪しいというコトである。ほむらが銃器や炎弾で相手を怯ませてさやかを突撃させるのが唯一の勝ち筋だろうが、それも相手に空を飛ばれて逃げられたら無駄骨となってしまう。杏子やマミの拘束魔法で縫い付けるか、チーターレッグを使ったオーズが地上で瞬殺出来れば良いのだが、彼らは今この場には居ないのだ。尚、ハゲタカヤミーを倒すだけで良いならば、ほむらは自衛隊御用達の愉快な秘密道具の数々を使う事も出来るのだが……その場合には上条宅にデンジャーな危険が危ない。そうしている間に十分ほどの時間が経っただろうか。ほむらとアンクの視界には、憎らしいほどに青い空を飛び去って行く、一匹の鳥類ヤミーの姿が。アンクがヤミーの後をタカカンに追わせたのは、もはや説明するまでもない。だが、その後に聞こえた、恐怖に塗れた声は……きっと、誰にとっても想定外のモノであったに違いない。「う、うわああっ!? 近づくな! 化物っ!! お前は! さやかじゃないっ! お前は、一体何なんだ!?」閉ざされた上条家の扉の向こうで……美樹さやかは、一体どんな感情に顔を歪めているのだろうか。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第百二十話:Shout out ――さや歌負け犬。落伍者。敗残兵。人生の敗者。ようやく開いた重い扉を、亀のような歩みのままに潜って来た美樹さやかの様子には……まさに、そんな語群が似合い切っていた。扉の外で待っていたまどかに一瞥する気配さえ見られない。さやかが完全に敷地の外に出ると当時に、待ちくたびれたように閉まった扉の音は……低く軋んだ不快な響きであった。「さやかちゃん……!」アンクを通して聞いていた鹿目まどかにも、状況は大体伝わっていた。上条恭介と志筑仁美らが、人間の常識では計れない身体能力や回復速度を持っている美樹さやかに恐怖し、罵ったのだ。お前なんかが美樹さやかであるハズが無い、と。ひょっとすると、戦闘中のダメージの中にグロテスクな風景もあったのかもしれない。「……大丈、夫。大丈夫、だから……」今の美樹さやかの『大丈夫』という言葉を聞いてそれを信じられる人間など、居る訳が無い。鹿目まどかには、そうとしか思えなかった。あまりの衝撃に涙を流す事さえ忘れているさやかが大丈夫だなんて、そんなの絶対に嘘だ。「美樹さやか。貴女のソウルジェムを見せてみなさい」一方、暁美ほむらの心配事は……ずばり、それだった。何せ、今の美樹さやかの顔は、歴代世界にて魔女化の運命を辿ったさやか達と全く同じものだったのだから。いつ魔女化してもおかしくない、と暁美ほむらとしては思ってしまうのである。「分かんない……。昨日から、見てない……」……が、事態は混迷を極めた。魔法少女がソウルジェムを持っていないなんてことは、有り得ない筈なのに。それこそ、この場に居ないキュゥべえ氏の語録から言葉を借りるなら、「訳が分からないよ」よりも「そんなこと、ある訳ないじゃないか」が先に出て来る程度には。しかし、ソウルジェムが無ければ、当然魔女化現象も起こらない。現に、幽汽のように湿っぽい匂いを放ちながらも、美樹さやかはそこに存在しているのだ。「さやかちゃん……今は、休もう? 多分映司さんやマミさんも近くまで来てるから、あっちに任せて、さやかちゃんは休んだ方が良いよ……」暁美ほむらの戸惑いを、余所に。鹿目まどかの勧めは、どこか己の無力感を自責しているように思える声色を伴っていた……。巴マミが駆けている場所は……日の光を浴びて俄かに温度を増している、民家の家々の屋根であった。足場を軋ませる間もなく、風を掻き分けながら遥々参上した次第である。もっとも、例え屋根の上であっても、昼間の町中を突っ切るのはマミとしてはあまり気は進まないが。あと、学校なんて無かった。お察し通り、トーリからの念話で呼ばれたために、出動することとなった訳である。実は、アンクは映司とトーリの住む河原へタカカンを一羽飛ばしこそしたが、メダルを惜しんでマミへ連絡しなかったのだ。なので、トーリが情報拡散役を務めたという成り行きが有ったり無かったり。そして、マミがヤミーを発見した時……空中では既に、追いかけっこが繰り広げられていた。暴風を撒き散らすハゲタカヤミーを、オーズを抱えたトーリが何とか追っているのだ。だがしかし、空戦における攻撃力は全く足りていないと言っても過言では無かった。シャチヘッドからの水鉄砲しかまともな遠距離攻撃が存在しないオーズは、ましてや今は安定した足場さえ確保できていないのだ。トーリに背中を抱えられた不安定な状態から、必殺の一撃など放てるはずも無かった。辛うじてヤミーの翼を濡らす事はあっても、明確に有効打と言える攻撃を繰り出す事が出来ずにいると見える。紫のコンボを使えば力ずくで接近する事も不可能でも無いのかもしれないが、かつての呉キリカの行動が気になっているのかもしれない。『……ダメそうね?』『難しいです、かねぇ……』一応トーリへと念話を送って聞いてみるものの、返事は案の定で。あの暴風を掻い潜って狙撃を成功させるのも、あまり現実的とは言い難い。何といっても風は狙撃手の天敵であり、巴マミが魔法少女であってもそれは変わらないのだ。魔力紐を伸ばそうにも、重量が皆無の拘束具も容易に吹き飛ばされてしまうだろう。もちろん、あちら側からの攻撃も致命打となるものは存在しない。だが、別にヤミーの側からオーズやマミを倒す必要は欠片も存在しないのである。ヤミーはグリードへメダルを届けられれば任務完了なのだから。と、そこまで考えて、気付いた。この戦闘スタイルに似た思考を持った人物が、身近に居るという事に。逃げに逃げて、最後の最後で目的を達する……そんな生き様を実践している人間が居るじゃないの、と。『……トーリさんだったら、飛んで逃げている時に相手にやられたら一番嫌な事って何かしら?』ぶっちゃけると、まさにこの蝙蝠女の事なのだが。別に、トーリがメダルで出来ていると言い出した暁美ほむらの言葉から連想した訳では無かった。ただ……逃げと守りを念頭に置いたハゲタカヤミーの挙動が、どこかトーリのそれを思わせるというだけの話であって。『そうですねぇ……一撃必殺技持ちはそれだけで怖いですけど、回避できない攻撃で堅実に削られるのもイヤです』回避出来ない攻撃といえば……やはりマミがマスケットを空中に大量に並べて、弾幕を作るのが手っ取り早いだろうか。しかし、一応立ち直ったとはいえ、マミは魔法少女の末路を知ってから日も経っていない。魔力を湯水のように使うことには、やはり抵抗感が残ってしまっていた。というか、弾幕射撃は相手がヒゲタマゴのような雑魚の大群だからこそ有効なのであって、一体の相手を狙うのは無駄が多すぎるのだ。大威力のティロ・フィナーレなら暴風ぐらいは突き抜けるだろうが、それでも奇襲の一発目が命である。こちらの存在が割れてしまえば、途端に当てるのは困難となるだろう。つまり、初撃を何としても当てねばならない。ところが……実のところとして、マミには殆ど長距離狙撃の経験が無かったりするのだ。というのも、マミが慣れている魔女の結界という戦闘場があまり広くない事に問題があった。走ったり跳んだりしながら射撃を行うことは苦では無いが、やっと人型だと認識できるような距離を置いた相手を撃った経験は、ほぼ皆無と言って良い。先日はトーリにぶら下がって地上のカザリを狙撃したものだが、アレも実は相当狙いが甘かったという自覚があったりして。兎にも角にも、相手があまり遠くを動き回っていると辛いのである。『何か、相手の動きを鈍らせる手は無いかしら?』『ちょっと映司さんに聞いてみますね』トーリには良い考えは無いということか。まぁ、マミもトーリの頭脳面にはあまり期待していないので、別に構わないのだが。……などと、思っていても本人には絶対に言わないような事を考えていると、割早に返信が届いた。『何だか映司さんが、一回だけ使える奇襲で動きを鈍らせることぐらいなら出来そうだって言ってます』『なら、それをお願いしましょう』しかし、映司は一体何をしようとしているのだろう?今回のヤミー対策に何枚か追加のメダルをアンクから預かっているようだが、その内容次第といったところだろうか。そんなマミの不安交じりな期待を知ってか知らずか、トーリと映司は新たな行動に入ろうとしていて。「一体何を……?」……何故か、トーリがオーズを振り回して回転を始めた。重量関係的に、回転軸が二人の中心ぐらいに置かれていた方が自然なのに、一方的にトーリが中心になって回っているのが奇妙ではあったが。というか、羽ばたきながらどうやって回転という挙動を行っているのか不明なので、何か翼の動かし方にコツがあるのかもしれない。だが、オーズを振り回して何があるというのか。遠心力を付けたというコトは、放り投げるかそのまま突撃するかの二つしか選択肢は無い筈だ。もちろん、どちらを選んでも、暴風を纏っているハゲタカヤミーに命中させるのは難しい。まさか、そのまま突っ込んで錐揉みクラッシャーという訳でもあるまいし。どうするのだろう。マミがそう疑問に思っていた、矢先であった。「えいっ!」トーリが振り回していた重石から手を離したのは。つまりそれは、遠心力は投擲のためのものだったという事で。当然、放り投げられた荷物はオーズである。ところが……オーズが投げ捨てられた方向は、マミの予想とは少しばかりズレていて。具体的に言うとマミの想定より30度程上方へと、トーリはオーズを投げ飛ばしていたのだ。方角こそヤミーを目指しているものの、角度が高すぎやしないだろうか。確かに、放物線の先はヤミーへと向かっているが、滞空時間が長くなれば、当然敵が回避する余裕も大きくなるだろう。そんな中、オーズは空中で悠々とメダルを換装していて。『シャチ ウナギ タコ』選ばれたのは、水棲生物の3種であった。即ち、青のコンボたる『シャウタ』を揃えたのだ。シャチを模ったと思われる鋭角の頭部は流線型をとっており、それを使って強引に向かい風を突破しようというのか?もしくは、両腕から伸びたウナギ鞭をヤミーに伸ばして、相手を捉えるつもりなのか?そこまで考えて、マミは気付いた。シャウタのコンボ完成のボーナス能力を、マミは知らないということに。そして、もしそのボーナス能力が現状を打破するために最適なものであるならば?きっと、マミが一瞬だけ期待に目を凝らしてしまった事は、必然であったのだろう。直後、オーズが炸裂した。「……えっ?」オーズの必殺技が炸裂したのではない。人間の形をしている筈のオーズが、その形を失って爆散したのだ。もしマミさんが良く訓練された某掲示板住人であったなら、見たままを話す人のAAを張る作業に迅速に戻るレベルである。幸いにしてマミさんは綺麗な魔法少女であるうえに、彼女の携帯端末は水没の末に御陀仏していたが。そんな中、ハゲタカヤミーを……突如として、暴雨が襲った。当然、それがただの雨である筈が無い。遠方に居るマミからは一目瞭然だが、ヤミーの周囲10メートル程の範囲にしか、雨が降っていないのだ。オーズが何らかの能力で姿を隠して、シャチヘッドの水鉄砲を最大出力で放ったのだろうか?……まぁ、正解はマミが考えるより、ずっとぶっ飛んでいたりする訳だが。「捕まえたっ!」何と、ヤミーを濡らしていた水々が実体化して青のオーズを形作り、具現化したのである。更に、8つに分かれたタコ足と吸盤を使ってハゲタカヤミーにぶら下がって……というか、纏わりついていた。「…………魔法少女よりよっぽど、人間辞めてるんじゃないかしら」つまり、シャウタコンボの特殊能力は身体の液状化であり、その能力を使って雨となってヤミーに降りかかったというコトなのだろう。ヤミーの濡れた部分からオーズが実態に戻って、そのまま絡み付いたという訳だ。常識外れにも程がある。もうアイツ一人で良いんじゃないかな、とまでは思っていないが。ともかく、8本のタコ足を駆使して、まるでシャンデリアのようにハゲタカヤミーに吊り下がっているオーズは、どこか人外染みているというか。……仮面ライダーって何だっけ?……怪人の一番強いヤツのこと?そして、どさくさに紛れてトーリがヤミーに電流を流したりしていて。ヤミーがオーズに纏わり付かれて暴風を発生させる翼を緩めてしまったために、接近できたのだろう。トーリの電撃が役に立っているのかどうかは、イマイチ不明瞭だが。おそらく今が狙撃のチャンスなのだろうから、早く撃つべきに違いない。何気なくオーズも感電している気がするので。「……ティロ・フィナーレ」微妙にテンションがいつもより低かったのは、きっと魔女の正体を知った時の精神的ダメージを引きずっているからなのだろう。多分……。時刻は、少しだけ戻って。ハゲタカのヤミーが上条宅より飛び立って、少しだけ時間の過ぎた頃の事であった。……ヤミーの目撃情報を掴んでライドベンダーを駆っていた後藤慎太郎が、魔法少女らを発見したのは。「美樹……? どうしたんだ……?」そして、女子中学生達の中でも特に様子がおかしいと思しき美樹さやかに視線が引かれたのは、当然であったと言えるだろう。ふらふらと危なっかしく歩いている美樹さやかの足取りを、隣の鹿目まどかや暁美ほむらも気にしているらしい。当然、後藤の問いに答える気配など、さやかは欠片も見せない。すると。ちらり、と美樹さやかの方向を二度見した鹿目まどかが、一部始終を後藤に話してくれた。一瞬だけさやかに視線を回したのは、事情を説明して良いかどうか、確認をとる意味があったのだろう。どうやら、さやかの無言を勝手に肯定と解釈したようだが、まどかの説明に対してさやかも口を挟んで来なかったので、多分良かったのだろう。「……という訳なんです」「…………すぐにはコメントしづらいな」どう反応したら良いものか。想い人である上条恭介から化物扱いされて、さやかは失意のどん底を這い回っているらしい。もし後藤慎太郎が、かつてのように「世界を救う」ことを盲目的に追っている青年だったのなら、そんな事では絶対に迷わなかった筈だ。きっと……女子中学生の恋話など放っておいて、ヤミーを追っていただろう。しかし後藤にも変化など、とうの昔に訪れているのだ。後藤が守るべき『世界』の中身は、あまりに多様過ぎるという事に、後藤は既に気付いている。魔法少女が危険な存在かもしれないと考えた財団の任務として、後藤が魔法少女を監視していた時に。後藤の任務を監視では無く護衛だと勘違いした一人の子供が、後藤に差し入れを届けてくれて。……その良い子は、監視対象である魔法少女の、親友だった。その時後藤は、自分は何をしているのか、と思ってしまったのである。差し入れを届けてくれるような御人好しが、後藤の守るべき世界に入っているのは当然だった。だが、危険な存在として魔法少女らが排除されれば、その御人好しはきっと悲しむだろう。その時……後藤は、自分が世界を守ったと胸を張って言えるのだろうか?きっと、後藤の初見の印象が悪い相手でも、それだけで価値は決まらない。初めは後藤をロリコンなストーカー野郎呼ばわりした美樹さやかだって、共に戦ってみれば、そんなに手に負えない人間では無かった。かつてライドベンダーをぶっ飛ばした暁美ほむらも、ガラの魔の手から世界を救うために映司と組んで一芝居打ったのだと聞く。そして彼女達もまた、後藤の守るべき対象の一つではないか、と思うに至ったのである。……さすがに、火野映司や鹿目まどかのようにグリードとの共存を実践するのは、まだ考えられないが。ともかく今の後藤にとって、死にそうな顔をしているさやかを放っておいてヤミーを追うという選択肢は……少しだけ検討して却下する程度のものだった。少しだけ迷ったのは、まぁ、言わぬが花というヤツである。しかし、いかんせん後藤には人生経験が足りない。恋に破れて鬱々としているさやかに、一体どんな言葉をかけてやれば良いのか。世界を守る筈の自分が、人間一人助ける方法も思いつかない。そんな無力感が、後藤の胸には巣食いつつあった。加えて、美樹さやかへと不安気な視線を送っている鹿目まどかと暁美ほむらも、同じような索漠とした感情を抱えていると見える。何か言葉を捻り出さなければ。「美樹……俺が世界を守るために動いている、と話した事があるのを覚えているか」さやかの反応は、無かった。ひょっとすると、耳に入っていないのかもしれない。だが、無理やり言い聞かせるのも躊躇われた。今のさやかは……強く押せば、そのまま倒れて起き上がって来ないように思えたからである。「残念ながら俺には恋愛のアドバイスは出来そうに無いが……言わせてくれ」だから、ただ後藤は言葉を継ぐしかない。後藤に言える精一杯の激励を。今のさやかに理屈をぶつけても、絶対に通じないだろうから。心なら通じるかと言われれば、そうとも限らないが、それでも何もしないよりはマシだと言い切れる。「もし俺が世界を守れる人間になったなら、その時には……俺が守った世界を、お前にも見て欲しいと思っている」返事は……やはり、無かった。さやかは後藤の顔へ視線を向ける素振りさえ見せずに、俯いたままで。後藤の渾身の言葉も、さやかの心に響いた様子は露ほども見受けられない。傷心のさやかを立ち直らせるための役者として後藤慎太郎が力不足なのは、最早誰の目からも自明のことと分かり切っていて。諦め切れないと感情では分かり切っているのに、手段として選択すべき解決策は尽きていた。……結局、別れ際に後藤に頭を下げた鹿目まどかの姿が、後藤の脳裏に妙に印象的に残ることとなったのであった。――さやかちゃんのことを心配してくれて、ありがとうございます。そんな、役立たずの後藤へと告げられた感謝の言葉が、どうしようもなく彼の拳を固く握らせてしまっていて。「……人間一人を助けるのがこんなに難しいとは、な」・今回のNG大賞「お前なんかが、さやかな訳ないだろう!」「その通り。実はグリードの僕が成りすましてたのさ」(バリバリ)「ほォ……実は俺も上条じゃない。カザリ……お前の考えそうな事を見越して、俺がコイツに擬態してたんだよ!」(バリバリ)「へえ。でも、こんな事もあろうかと、屋敷の使用人を全部屑ヤミーとすり替えておいたんだ!」「よく見てみろ……この屋敷に生えてる木は全部、事前にガタキリバが変装したものに置き換えてある! お前の負けだ、カザリッ!」「やるね、でも実は(以下全略)・公開プロットシリーズNo.120→賛否両論のポータブルネタ……?