「さやかちゃんは、今でも上条君のコト好きだよね?」「…………うん」呉キリカが魔女化してから一つの夜を挟んだ、登校日にて。鹿目まどかは、酷い作戦を実行に移そうとしていた。すなわち、上条君はハーレム野郎になって爆発しちゃえば、それはとっても嬉しいなって。であるからして、机に突っ伏して呪いの石膏像となっている美樹さやかに問いかけたのである。まだ上条恭介への気持ちは変わらないか、と。「じゃあ……仁美ちゃんに勝てないって分かってても、それでも上条君を好きで居られる?」「……えっ?」つまり、そういう事だった。もちろん上条等の気持ちも確かめなければならないが、まず美樹さやかへと、まどかは確認を入れたのだ。残念ながら、まどかの質問の意味が理解されているとは思えないが。「1対1だけが愛じゃないよね?」「ちょっと、意味わかんない……」要するに、上条君の愛人になれ、と。プライドなんてカザリさん辺りにでも食わせてしまえ。それが出来なくて、何が恋なのか。もちろん、この会話を繰り広げたのが放課後である辺り、少しばかりデリカシーというモノは生きているらしい。当然、周囲にはまどか達の会話を聞く者は居ない筈だ。「確かに非常識だけど、このまま諦めちゃうのと、どっちがマシだと思う?」まぁ、発言者である鹿目まどか本人も、かなり酷な事を勧めているという自覚はあったりする。その作戦は、叶わない可能性が非常に高い恋の道を、生傷を広げる前提で進軍せよと命じているのに等しい。言うなれば、G3-Xに延々と箸で絹豆腐を掬わせ続ける行為に匹敵する残酷な所業である。「……ヤダ。どうせあたしなんて、魔女になり損ねたアンデットなんだ……」ダメらしい。机の上に潰れたまま、さやかはまどかへ目を合わせようともしない。むぅ、と思わず口から漏らしてみるものの、さやかが動く気配は見られない。確かに、さやかは筋力と賢さのステータス的には、どう考えても魔女よりはアンデットだが。魔法少女なんてジョブは無かった。「このまま朽ちた方がマシだよ……」どうしたものか。いくらまどかがやる気を出しても、さやかにその気が無ければどうにもならない。まどマギの心強いスポンサー商品である謎の白い液体辺りを飲ませても、元気になるかどうか怪しいレベルである。そして、さやかの適正職は腐った死体Aなのだろうか。『ちょっとツラ貸しなよ』そんなさやかの前に悪戦していたまどかは、唐突な念話を受け取ることとなった。その声の主にも、まどかは覚えがある。さやかが無反応であるところを見るに、まどかだけに送られた通信であるらしい。周囲を見渡せば、付近の集合住宅の屋上からこちらに視線を送っている一人の魔法少女の姿を捉えることが出来た。とりあえず、筋力差と体重差的な意味でも、さやかを動かす事は難しい。なので、とりあえず鹿目まどかは……佐倉杏子に付いて行く事を決めたのであった。杏子が何か名案を持っている事を、願いつつ。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第百十七話:残念パーティいざ話を聞いてみると……杏子も昨晩、さやかの激励を試みたのだということらしい。「いや、実はさ、昨日アタシも嗾けてみたんだよ」ぶっちゃけると、ツカミに一発と思って、出会い頭に強めの事を言ってしまったのだ。上条君の手足をぶった切って以下自主規制、というヤツである。マミさんに頼まれては、杏子としては断る訳にもいかなかったからだ。ところが、確かにさやかは多少反応を見せたものの、特に激昂して杏子に斬りかかるでもなく、少し話しただけでそのまま帰って行ってしまったという訳だった。「ダメだよそんなの! 酷過ぎるよっ!」「白昼堂々不倫を勧めたアンタにだけは言われたくねーよ!?」鹿目まどかの渾身の突っ込みは、あえなく正面突破されてしまった。流石に不倫と殺傷事件は犯罪としての重さが違うだろうが、方向性としてはどっこいなのかもしれない。「そ、それは、ホラ。発案者は私じゃなくてトーリちゃんだもん」なんだって? それは本当かい!?まぁ、今回ばかりはヤツは黒なのだが。それもこれも、あの蝙蝠ヤミーが変なところで非常識な発想をするからいけないのだ。だから私は悪くない、と暗に言っている辺り、実は鹿目まどかも相当腹黒いのかもしれないが、それはソレである。「ああー……それは納得かもしれねーな。確かにアイツ、相手に尽くすタイプっぽい」本妻が別に居ても愛を貫けるタイプ。悪く言うと便利な女である。何となく、ダメ男に縁を持ったら一生傍に居そうな印象を、杏子はトーリに対して抱いていた。言われてみると、なんて呟いている鹿目まどかも、大まかには同意してくれているのだろう。なお、別にこの二人はカリスマ溢れる緑のグリードを知っている訳では無いので、悪意なんてある訳ない。「ただ、それをさやかに適応できるかっていうと、別問題じゃねーの?」「さやかちゃんも、結構上条君に尽くしてたと思うけど……」確かに、さやかは恭介にCD爆撃をかましていた筈だ。それに、恭介も不安定になってさやかに当たり散らした事はあったが、基本的にはさやかに対して好意的だったように思われた。「さやかのは、本人は無自覚っぽいけど、相手の好意を買おうとしてたって事なんだよな……それが必ずしも悪いとは言わないけどさ」人間が奉仕に対する見返りを求めるのは、当然と言える。それを求めないとなれば、その存在は都合の良い神サマそのものである。人助けマシーンと言い換えても良いかもしれない。そこには、個人としての人格など存在するのだろうか?「杏子ちゃんがさやかちゃんに言ったのは、『上条君にきちんと恩を感じさせた方が良い』って意味だったの?」「……まぁ、優しく言うとそういう事になるな」それを優しく言えないからこそ佐倉杏子は佐倉杏子であるというべきか。捻くれ者を絵に描いたような杏子は、そんな柔らかい言葉を選ぶはずも無い。お前の優しさはどうした、なんてゴキブリ怪人に聞かれようものならば、ゴキジェットを答えとして返すのが杏子なのだ。ただし、言っている内容自体は割かしマトモだったりする。もし美樹さやかが上条恭介の腕を治したという事実が日の目を見ていれば、上条君の判断を狂わせる原因にはなったのかもしれないのだから。判断を「揺らがせる」では無く「狂わせる」な時点で、色々とお察しだが。「何だか、今まで相談してきた人たちの中で一番頼もしいかも……!」「やめろよ、なんか、そういうのハズいっていうか……」一位タイに鹿目詢子さんが座して居たりするのは、言わぬが花というヤツである。杏子も杏子でまんざらでも無いようなので、これで良しとすれば良いのだ。鹿目まどか……恐ろしい子……っ!「とにかく、さやかちゃんが献身してきたことを踏まえて、上条君の所に行って考えてもらって来る!」「えっ? いやいやいや!? ちょっと待てよ!?」そこで上条君の方に話を突然向けられては、流石の杏子といえども驚かざるをえない。というか、むしろ杏子がまどかの背中を押したみたいになっている。意外に鹿目まどかが暴走特急なのかもしれない、と心の中で愚痴りながらも結局まどかを引き留めた杏子は、存外常識人なのかもしれない。「上条って奴のハーレム計画は、さやかの煽てて木に登らせる方向じゃねーの? あんたが直接上条に話すのかよ?」そうなのである。杏子としては、そんな事をしても鹿目まどかが白い目で見られるだけだ、と思ってしまうのだ。下手をすれば、美樹さやか本人からさえ恨まれかねない。「親切もそこまで行けば御節介さ。度を越えた御節介は、守りたかった筈の人からの恨みを買う事だってあるし、絶望に突き落としちまう事だってあるんだ」杏子が言うと、重い言葉であった。まどかも、先日伊達さんが杏子のプロフィールを口外してしまったため、大まかには杏子の背景を知っていた。確か、家族が心中して杏子だけが残った、と。首謀者は父親だと聞いていたが、もしや杏子自身が体験したと言わんばかり語り草と何か関係があるのだろうか。「杏子ちゃん、それってもしかして……杏子ちゃんの、家族のこと?」……瞬間、杏子の視線が鋭くなったように、思えた。訝しんでいるという事を隠しもしない眼差しが、鹿目まどかへと降り注いだのだ。「伊達さんから、聞いたんだ。後藤さんが魔法少女の皆のプロフィールを纏めてくれたみたい」「あんにゃろー、勝手に……まぁ、良い。その通りだよ。アタシは『願い』で親父を救ったつもりになってたけど、それが余計な御節介だったってだけの事さ」少しだけ不機嫌になった様子の杏子であったが、すぐさま持ち直してみせる辺り、流石のメンタルである。どうやら、勝手に過去を詮索されたことに恨みが無いわけでも無いが、知られたから相手に制裁を下すという程でも無いらしい。そして、鹿目まどかには伝わっていた。杏子がどんな気持ちでまどかを引き留めたのか、という事が。「見てらんないんだよ。あんたの行動は、破滅一直線だ」「大丈夫だよ」それでも。「どんな結果になっても……さやかちゃんから恨まれる事になっても、それも全部受け止めるから」鹿目まどかは、止まらなかった。過ぎた願いが身を滅ぼすというのならば、逆も言える。身を滅ぼす覚悟があるのならば、過ぎた願いも叶うかもしれない。そんな鹿目まどかの真っ直ぐな瞳に、杏子が一瞬だけ、言葉を失った。目を見開いている杏子は、余程まどかの答えが予想外だったのだろうか。「こりゃー、参ったな」呆れたように苦笑いを零す杏子は、しかし、どこか楽しそうで。鹿目まどかの言葉が、琴線に触れたのだろうか。もはや、まどかを引き留める気配は微塵も感じさせる事は無くなっていた。「行ってきなよ。そこまで言うアンタの作る結末が、見てみたくなった」それに対して返ってきた、ありがとう杏子ちゃん、なんて言葉に少しだけ背中のムズ痒さを感じながら。杏子は結局、鹿目まどかの背中を見送ることとなるのだった。「アタシのせいじゃなくて、マミの奴に役者を選ぶ目が無かったのが悪いに決まってる。きっとそうだ」鹿目まどかが成功するのかどうか、佐倉杏子には分からない。そもそも、本来杏子には関わり合いの無い話である。だが、それでも杏子は、見てみたいと思ってしまっていたのだ。……最後に愛と勇気が勝つストーリーって、ヤツを。ところで、その頃のトーリはといえば。先日のキリカが魔女化した廃ビル街にて、命がけの鬼ごっこを演じていたりする。もちろん、トーリが鬼である確率は、ループ世界にて美樹さやかと上条恭介が結ばれる確率よりも低い。事の発端は、トーリがキリカの結界の中で気絶した理由に辿り着いた事にあった。キリカの魔女化を見た際に、その現象を事前に知っていたように思い始めて、一晩悩んだ末に思い出したのである。そしてトーリは、一人の人間の記憶がグリーフシードの中に在った事に少しだけ納得しつつ、しかし次の行動を考え始めていた。すなわち、取り込んだグリーフシードから魔女の特性を引き出せるのかどうか、である。という訳で、人気のない場所で試してみようと考えた訳だが……。あっさり、出来た。結界も使い魔も、何の問題も無く生み出せたのである。能面天使とでも呼ぶべき不気味な使い魔が生まれ、結界内部ではある程度重力を制御できる模様であった。もっとも、使い魔は戦闘能力が皆無のようで、白兵戦ならば屑ヤミーの方が使い勝手は良さそうだったが。しかし、トーリは見てしまった。ふと廃ビルの窓の外へ視線を回したときに、当のビルへと駆け寄る美樹さやかの姿を見つけたのだ。幸いにしてトーリの姿はさやかから目視されなかったようだが、普段から臆病なトーリは、既にピンチを嗅ぎ取っていた。具体的に言えば、さやかが既に魔法少女装束に変身を終えて、サーベルを片手に握っている辺りに。どう考えても、魔女の気配を察知して始末に来ようとしているとしか思えなかった。目が据わっているさやかの様子は、恐怖の対象となるのに充分すぎたのだ。無言で走り寄って来るのも、地味にトーリの精神を削っていたりして。咄嗟に隠れたトーリの姿はまだ見られていないが、逃げ遅れた使い魔たちを完膚なきまでに惨殺した美樹さやかの姿は、軽くホラーであった。やヴぁい。さやかの意図は不明だが、八つ当たりだとしても迷惑極まりない。もっとも、トーリの正確な位置は気取られていないからこそ、かくれんぼが成立しているとも言えるが。だが、無表情のままに廃ビル内を徘徊する美樹さやかの姿に、トーリは恐れおののくばかりである。もちろん、現在のトーリは結界を維持している訳でも無ければ、使い魔を生産している途中でも無い。従って、おそらくさやかが最初に嗅ぎ付けたであろう魔女の波動は、既にトーリからは漏れ出ていない筈である。つまり、さやかからはトーリの性格な位置が把握されていない。だからこそ、さやかは手頃な障害物を切り崩しながら、探索という名の破壊活動に勤しんでいる訳だ。そして、トーリの現状はといえば、廃ビルのフロアの隅にあった掃除用具入れに隠れているという状態だったりする。今思えば、最初から飛んで逃げるのがベストな選択肢だった。しかし、最良のチョイスというのは、いつも後から出て来ては人間を後悔へと誘うモノなのである。魔法少女という人種には稀によくある事だと言える。この頭の足りない魔法少女ヤミーも、例外では無かった。如何したら良いのだろう。いっそのこと、『ワタシも魔女を感じて駆けつけました!』と言いながら現れれば良いのだろうか?だが、一応トーリはソウルジェムを持っていない事になっているので、いきなり魔女の探知が出来るようになったら怪しすぎる。というか、それを言っているトーリが掃除用具ロッカーから姿を現したら、怪しさ爆発にも程というものがある。小林靖子先生の別世界では、似たような事を堂々とやってのけた猛者なバディロイドが居たぐらいなのだから、トーリも堂々とロッカーから現れればギャグで済まされる可能性も微粒子レベルで存在する……?などと、トーリが現実逃避な電波に身を委ねていると……いつの間にか、廃ビル街からは美樹さやかの姿は消えていて。どうやら、さやかは探索を打ち切ったと考えて良さそうである。そして、今回の教訓は……「魔法少女が居る前では封印、ってコトですかねぇ……」魔女の気配を悟られてしまうので、魔法少女の前では結界や使い魔は使用できないという事である。もちろん、キリカの例があるのだから、トーリが魔女の側へと引っ張られていると思ってくれるのかもしれない。しかし、それを使った後にトーリがピンピンしていたら不自然極まりない。というか、魔力が無限であるという事になっているトーリが魔女に引っ張られたら、その時点でおかしい。その場合、『魔力が無限だと言ったな。あれはウソだ』……と、周囲に納得させられるのだろうか。いや、そもそもトーリは自分からは無限の魔力を語ったことは一度も無いが。無限の魔力という怪し気な能力に加えて、魔法少女に融合するという如何にもグリードな能力を晒してしまったトーリとしては、これ以上不信感のタネを蒔きたくないのである。何だか最近、今更感が否めないが、それでもだ。キリカが衝撃の新事実を公表したために流されてしまったが、正直に言って融合能力はトーリの正体に迫る一大情報なのである。結局いつの間にか姿を消したさやかを、もう一度だけ視線を回して探しながら。踏ん切りの付かないトーリは、もう少しの間だけ掃除用具との間の友好を温めるのであった……。トーリは、魔力を感じる事が出来ない。故に、気付かなかった。美樹さやかが唐突に姿を消してしまった、理由に。数分の後に掃除用具ロッカーから抜け出した能天気なヤミーは、自身の視野の外に存在している異界への入り口になど、気付く筈も無かったのだ。それは、魔女の結界と呼ばれるものに他ならない。だが、結界の存在を感知できないトーリは、気を抜いて飛び立ってしまっていて。きっと、届かない。結界の中に捕らわれてしまった、さやかの声など……。……美樹さやかは、魔女を追っていた筈であった。義務感と憂さ晴らしを2:5ぐらいに含んだ微妙な心境のままに、衝動的に駆け付けてしまったのである。ところが、魔女は使い魔だけを置き去りにして逃げてしまったらしく、その姿は見当たらない。しかし、既にさやかの剣の錆となった使い魔たちは、おそらくこの場を起点として活動していたのだろう。従って、この近くに魔女が居る筈なのだ。魔女の餌が沢山居る場所に使い魔が集まるなら分かるが、こんな人気のない廃ビル街に使い魔が集まっているとすれば、確実にこの周辺に悪意の巣窟たる魔女結界が存在する。それは間違いない……と、さやかは思っていた。だから、自身が唐突に結界へと巻き込まれた時に思ったのは『ようやく』という一文で。そして次に頭を支配したのが……その結界の中央に立つ、異形の姿であった。ドレッドのように毛を垂らした痩身の怪人が、そこには存在を主張していたのだから。「アンタは……」さやかは、この怪人の名前を知っている。確か、黄色のメダルのグリードの、カザリといった筈だ。だが、何故結界の中でカザリが待ち構えていなければならないのか。……と、そこまで考えてから、気付いた。結界の内部が、目から溢れんばかりの緑色によって埋め尽くされている事に。通常の20倍ほどの縮尺のルーズリーフによって構成された結界が、さやかの視界に飛び込んできたのである。それはつまり、昨日の落書きの魔女のそれと全く同一のもので。「まさか、取り込んだの? グリーフシードを……?」頭に自信が無いさやかでも、気付けてしまっていた。もしかすると結界の何処かに魔女が潜んでいるのかもしれなかったが、カザリの態度があまりにも狩人然りとしていたから、だろうか。肉食動物のそれを思わせる視線が、さやかに状況を教えていたのだ。「そうだよ。安全確認も終わったし、ね」安全確認、という言葉の意味を、さやかは理解できていなかった。トーリが魔女の力を一通り使う姿をカザリが隠れて見ていた事など、想像だにできない。先程さやかが斬り捨てた使い魔と落書きの魔女の使い魔のデザインが明らかに違う事に注目していれば……看破する切っ掛けと成り得たかもしれないが。「一体、何が目的なの?」そして、一応聞いてみた美樹さやかは、実は意外とお約束という言葉が分かっている人間なのかもしれない。さやかとしては邪魔者の排除か人質作戦あたりだろうと予想は付けているが、それでも聞いてみる辺り、大分慎重になっているとも言える。結界を使って退路を塞いでいる以上、カザリに戦う意思があるのは自明なのだ。だが……そこが、さやかの限界であった。あるいは、下限と言っても良いのかもしれない。さやかには、カザリに溢れている一つの感情が、圧倒的に足りていないのだ。「君の魂を砕いた後に、その身体を使ってオーズに近付いたら、簡単にメダルを騙し取れないかと思ってさ」「なっ……!?」そう。圧倒的に、美樹さやかには悪意が足りなかった。ついでに、『身体を使う』というカザリの言葉に性的な意味合いが全く含まれていなかった辺り、女性として大切なナニカも足りないのかもしれない。具体的に何とは言えないが。「何なら、君の顔であの鹿目まどかって子に契約を頼むのも面白いね。『あたしのために魔法少女になって』ってさ」「おま……ええぇっ!!」反射的に斬りかかったさやかのサーベルは、当たり前のように突き出されたカザリの爪によって受け止められてしまって。無我夢中で剣を振るさやかは、感情を沸騰させてしまっていた。冷静に考えれば、映司は言うに及ばず、まどかにもアンクが憑いているのだから並大抵の口車に乗る心配は無いのだ。それでも……カザリの言葉に、どうしてもさやかは、穏やかでは居られなかった。多分火野映司も鹿目まどかも真相を知れば美樹さやかを恨まないだろう、とは思えていた。そして、だからこそ強く思い立っても居た。彼らを貶める道具として使われる事など耐えられない、と。電撃を浴びても、意に介さず立ち上がって。火炎に焼かれても、煙を追い越して走って。重力で体が軋んでも、真っ直ぐに前を見て。水流に押し流されても、再び地面を蹴って。「へぇ、人間の癖に痛みを消せるのか。生意気だね」身体の痛みは、既に殆ど遮断を終えていた。だが、心の痛みは……きっと現在の美樹さやかが最も恐れるものであった。もちろん、カザリが身の毛もよだつような作戦を実行するとき、おそらく美樹さやかはこの世に居ない。淡蒼のソウルジェムを砕かれ、かつての泉信吾や鹿目まどかのように、グリードの意のままに操られる肉体だけが残るのだろう。場合によっては、マミさんや後藤に加えて、杏子や伊達さん辺りにも被害は及ぶかもしれない。下手をすれば、魔女化するよりもタチが悪い。相も変わらずカザリには剣撃は通らなくて。偶に接近できるのも、カザリの気紛れ次第……といったところで。杏子が使っていた爪破壊技を真似て、カザリの指の間を剣筋で狙ってみるものの、付け焼刃の技術が通じる相手でも無い。そもそも、さやかの目の前に居るコイツは、先日に伊達明をタイマンで完膚なきまでに叩き伏せた難敵なのだ。バースと同じく近距離戦に偏り気味なさやかでは、苦戦を強いられるのも当然と言えた。案の定、熱風で焼け爛れた腕は、それ以上の速さで振るわれた爪にて薙ぎ払われてしまう。腕を回復させる時間も無いままにカザリの凶刃が腹部のソウルジェムへと迫り、急所を庇ったものの内蔵を幾つか切り裂かれてしまって。それでもさやかは、死ねなかった。「普通ならこれで一回は確実に死ぬ筈なんだけどね」爪を振るって表面にこびり付いた血液を払うカザリの仕草に歯噛みしつつ。身体を修復しながら、かつて後藤から受け取った鳥籠の魔女のグリーフシードから絞り粕のような魔力を奪い去る。心臓が破れても、背骨が絶たれても。魔力がある限り戦えるのが、魔法少女なのだから。しかし、そんな魔法少女の限界は……決して、遠くは無い。状況は覆らず、逃げ場も勝ち筋も無い。そんな、暗闇しか待っていない未来で。いったい美樹さやかは……どれだけの間、ソウルジェムに光を保っていられるのだろうか。・今回のNG大賞「さて、何回殺せば……君は死ぬんだい?」「バカ言わないでよ。死人であるあたし達が、これ以上死ねるか!」お前の結界より楽しい場所なんて、本当の地獄ぐらいしかあるまい!・公開プロットシリーズNo.117→カザリさんは本気出せば出来る子。さやかも本気出せば出来るかもしれない子。