罅割れる音の数は……七つ。一撃のもとに、呉キリカの胸に眠る七つのコアメダルが砕かれた音色であった。だが、しかし。切り札を砕かれ、剣山にて片足は既に修復が困難な状態に陥っているにもかかわらず。「ああ、やられてしまったよ。まぁ紫もそれだけ『馴染んだ』みたいだし、これで私の出番も終わりかな」呉キリカは、嗤い続ける。戦力の喪失など、まるで意に介さない様子を見せつけながら。世界を嗤い、人を嗤い、死体を嗤い、怪人を嗤い、自分自身を嗤う。かつて呉キリカが魔法の使者へと祈った願いは、自分を変える事。だからこそ、道化にもなれるし、舞台の上の役者にもなれる。そして、自身の変化を見せつけることもまた、彼女の真骨頂なのかもしれない。「じゃぁ、最後に見ていてくれたまえ。私の……『変身』を」濁り切ったソウルジェムが、その最後の煌を失う。唯一の『繋ぎ』であった橙コアの再生力が消え去り、そのソウルジェムは内側へと潰れていく。キリカの腰の後ろに装備されていた魂の石が、形を失って漆黒の球体へと裏返った。魔法少女としての呉キリカが、良き終わりを迎える。それと同時に新たな誕生も、また。泥のように光を通さない濁り色の彫像染みたヒトガタは、首の先からは更に別の胴を生やしていて。バラバラ死体を4つほど繋げたら完成するのではないかと思わせるような、人間の意匠を不気味に残した奇怪な生物が、その場に完成していたのだ。更に悪いことに……魔法少女達も仮面ライダーも、知ってしまっていた。その生物が何と呼ばれるのか、を。「魔女……!?」魔法少女が希望を振り撒くように、彼の存在は絶望を振り撒く。結界を相変わらずも維持しながら、魔法の申し子等の前に佇む姿は……存在するというただそれだけの行為を以てして、子供達を死に至る病へと誘う。頭が、追い付かない。理解が、間に合わない。目の前が、闇に包まれる。――君達のその顔を見たなら、私は安心して絶望できるというものさ。そんな声を、聞いた気がした。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第百十五話:Last engage ――約束された良き終焉終わりは、突然に訪れた。アンクと鹿目まどかの目前に口を広げていた結界が……突然に、その姿を消したのだ。当然、二人は確信していた。オーズと魔法少女等が勝利したのだろう、と。「みんな……?」だが……そこに残されていたのは、敗者達の姿そのものであった。地に膝をついた美樹さやかに、呆然とマスケットを手から垂らした巴マミ。その二人の姿が、まず鹿目まどかの視線を釘付けにしたのである。何時の間にか姿を消した結界の主の事など、もはや意識の端にさえ存在しなかった。さやかの背後からこっそり抜け出して尻もちを突いているトーリの姿に突っ込むのも、後回しである。敵の姿が見えないという事は、少なくともキリカを撃退したという事ではないのか?それなのに、色を失ったマミとさやかの瞳は、勝利を映し出しては居なかった。こんな時に頼りになるのは……『彼』しか居ない。そう思って鹿目まどかがその方向へと目をやると、ちょうど変身を解除している青年の姿が、そこには在って。そして、映司のその視線は、ただ黙秘を貫いている一人の魔法少女へと向けられていた。この状況に絶望するでも無く、巴マミと美樹さやかの様子を気にしている、暁美ほむらへと。「暁美ほむらちゃん、だよね。もしかして、魔法少女と魔女の関係について、何か知ってるんじゃないかな?」質問というよりも、確認の一言であった。映司の言葉は語尾こそ疑問形に吊り上がっていたものの、半ばそれを確定事項として扱っているように思える。……一方、鹿目まどかは知っていた。魔法少女と魔女の関係を。かつて病院にて、暁美ほむらから聞かされた事があるのだ。魔女のグリーフシードは、魔法少女のソウルジェムが絶望に塗り潰された時に生まれる。それが、魔女という存在の由来である。更に、鹿目まどかは感じ取っていた。その情報を誰にも言ってはいけない、と暁美ほむらが口止めを行ったことの意味を。目の前で光を失っている魔法少女達の姿を見れば、分からない方がどうかしているだろう。「魔法少女の末路は、魔女。その認識で間違っていないわ」「……そうなんだ。出来れば、そうじゃないと嬉しかったけど」映司は、否認を行わなかった。あくまで自身の希望として、仮定法の内容を口にするのみで。目の前で魔女へと姿を変えたキリカが居たのだから、否定するのも難しいのかもしれない。もしくは、特定の条件を満たしたときだけ魔女になる、というような回答も期待していたのだろうか。「魔法少女が魔女にならない方法って、知ってる?」「…………私の知る限りでは」――みんな死ぬしか無いじゃない!!まぁ、別時間軸における巴マミの叫び声は、この場合の映司の質問に対する答えとしては、間違っては居ないのだが。それを現在の暁美ほむらが映司に告げたところで、何が変わる訳でも無い。そして……ほむらが予期していた事件は、まだ起こっていなかった。すなわち、巴マミによる心中イベントである。いつ拘束紐が襲ってくるのではないか、と気を張っていたほむらの警戒心に反して、マミが動く気配が見られないのだ。火野映司がまず暁美ほむらへと話しかけてきたのも、さやかやマミの反応が読めなかったからなのだろう。「まだ、よ」だからこそ、その場の全員が、注目せざるを得なかった。ようやく口を開いた巴マミの、一言に。「私達には、『無限の魔力』があるわ……! その謎を解明すれば、まだ希望は残ってる……!」辛うじて希望を失わなかった巴マミを引き留めたものは……永遠の力であった。トーリの持つ無限の魔力を使えば、魔法少女は魔女にならずに済む、と。急にマミから対象を移された視線達にビビっているこの蝙蝠娘にこそ、最後の希望である。そう巴マミは願ったのだ。そして、呆然としていた美樹さやかも。かつて、無限の魔力を使う事に対して慎重になると同意していた筈の魔法少女らが、その方針を覆したのである。そんな中……暁美ほむらは、険しい表情を崩せないままであった。そもそもトーリの無限の魔力とは一体何なのかという疑問もあるが、トーリが実はヤミーだという一点が、不安要素としてほむらの頭から離れないのだ。――親玉のグリードが死んでしまっているので、人間と敵対する理由が特に無いんです。なので、目的も無く何となく生きているみたいな感じです。かつて、ほむらがトーリに銃口を向けながら『オハナシ』した時に聞き出した言葉である。その言葉が真実であれば、トーリは魔法少女らに反旗を翻すことは無いのかもしれない。だが、暁美ほむらは、グリードには復活する手段があることを知っている。つまり、トーリが再び人類の敵に戻る可能性は、残っているのだ。暁美ほむらには……巴マミの見出した希望が、砂上の楼閣に思えて仕方が無かった。時間停止を使って、トーリを適当に銃撃してセルメダルを散らせば、マミにトーリの正体を信じさせる事は不可能では無い。しかし、魔女の正体に関して大分重い精神的ダメージを負っていると見える巴マミが、トーリの正体を証明されて耐えられるだろうか。……どの道、ワルプルギスの夜が来る日までは黙って居た方が良さそうである。さらに、それ以上に不可解なのが、呉キリカの意図であった。結界の外に居た鹿目まどかが襲われていない事から察するに、まどかを狙い撃つ作戦では無かったらしい。ほむらとしてはそれが本命だと思っていたのだが、そんな事は無かったようだ。魔女化した後のキリカが撤退したことから察するに、さやかやマミの抹殺も眼中に無かったと見える。では、魔女の正体を見せつけて魔法少女らの士気を殺ぐつもりだったのだろうか。それにしても、かつて世界を救うために鹿目まどかを殺した彼女達が起こす行動としては、不自然極まりない。キリカ達も、ワルプルギスの夜による大災害を良しとする筈は無いのに。言葉通りにオーズを紫の力に慣れさせることが目的で、キリカが最後に魔女化してしまったのは不可抗力だったのかもしれない。魔法少女たちへの単なる嫌がらせという可能性が地味に否定できないのが、キリカのキリカたる所以なのだろうが。だが、オーズを紫の力に慣れさせて、白黒コンビに一体何の得があるというのか?それこそ、大概に意味不明である。無限の魔力に関して聞いてくる映司に適当に答えつつ、ほむらの考えは纏まらないままであった。誰も物言わぬまま各々散って行った魔法少女達は……まだ、完膚なきまでに絶望に侵されている訳では無い。無限の魔力という一縷の望みが、まだ絶たれては居ないのだから。だからこそ火野映司という男も、ひとまずの様子見に落ち着いた訳で。もちろん、巴マミが無理心中を始めていたら黙って居なかっただろうが、今は少しそれぞれを落ち着かせた方が良いという結論に至ったらしい。結局一同は、足元も覚束ない二人の魔法少女の背中を見送る事となったのであった……。「ほむらちゃん」不安を隠しもせずにかけられた、鹿目まどかの声。そこにヤミーと人間と魔法少女の視線が、集まっていた。呆然自失に陥らなかった4名が、マミとさやかを見送った後の廃墟街にて会議を再開したのである。「私の『願い』を使えば、さやかちゃん達を元に戻せないかな……?」……そして、この提案は暁美ほむらにとっては、想定内の内容であった。そういう『鹿目まどか』も、見たことがあるのだから。「可能ではあるわ。でも、貴女が魔女になったら結局この星の全てを巻き込んで滅ぼす事になる」つまり、まどかが魔女になる前に誰かがそのソウルジェムを物理的に破壊するしかない。それは同時に、鹿目まどかという人間が完全に死ぬことを意味する。「それを覚悟して私が『願い』を使うとしたら……ほむらちゃんは、止める?」「絶対に止めるわ」さらに鹿目まどかの視線は、今度は映司の方へと向けられていて。これはつまり、映司も何かコメントせよ、というお達しに違いない。映司としては、「友達が悲しむから行動を控える」というのも立派な行動原理だと思っている。もちろん、まどか自身の人生を大事にしてほしいとも思っているが、一方で周囲の愛情や心配を振り切ってまどかが決断するならば、それをある程度尊重する心算もあるのだ。「一応、無限の魔力が本当に魔法少女達の立ち位置を変える可能性もあるし、今急いで判断をする事もないんじゃないかな」ちらり、と会話の様子見に徹しているトーリへと視線を流しながら。映司は一時の保留という選択肢を提示してみた。鹿目まどかが折角願っても、その心配が杞憂に終わってしまっては骨折り損である。そこで、まどかの契約の断固阻止を目的とする暁美ほむらとの兼ね合いも考えて、折衷案を出してみたという訳だ。「……心配する人達を押し切って、自分で願いの責任を負う覚悟があって、それでも本当にまどかちゃんがやるしかないと決める時が来たら、俺は止めないけど」多分今はまだその時じゃないでしょ、と。まどかの提案を否定せず、ほむらの思いも折らずに場を進めたらこうなったのである。決して解決策と言えるものでは無いものの、次善策と呼ぶには充分な仮結論は……そんなトコロになりそうであった。「で、だ。さっきの『お前』の状態は、なんだったんだ?」そして、会話が一段落ついたところで、鹿目まどかの意識の表層に顔を出した腕怪人アンク。その視線は……会話に積極的に参加していなかったトーリへと、向けられていた。どう考えても、先程さやかと合体していた一件を疑問に思われているに違いない。いきなり話を振られて焦り始めるトーリだったが……助けを求める対象は、この場には居る筈も無かった。「そういえばトーリちゃん、そんな事出来たんだ」「え、ええと、ですねぇ……」どのように説明すれば良いのやら。メダルの怪人ならそれぐらい出来てもおかしくないですよ、などと口走った日には、その末路は目に見えている。どう考えても、メダルの怪人からメダルの山へとグレードダウンさせられることだろう。「ワタシもそんな事が出来るとは思わなかったんですけれども、ほむらさんが『やれ』と言うのでやってみたら、出来てしまったんです」という訳で、恒例の責任転嫁……もとい、議題ズラしを試みることにした。要するに、トーリを疑うのではなく暁美ほむらを疑え、と。そういう事である。忘れられがちだが、キュゥべえ直伝のトーリの得意技だったりするのだ。一同の注意が暁美ほむらへと移った辺り、トーリの打算は成功の目を見たらしく、裏切り者としては胸を撫で下ろす思いであった。やはり、工作員は目立つべきでは無いのだ。その割に、最近方々から怪しまれているような気もするのが、頭が痛いところだったりするが。『……それは、私から貴女の正体を公言して欲しいということかしら?』『やめてくださいよ!?』だが、ほむらも微妙に反応に困っているらしい。何故合体なんてことを試そうと思ったんだ、という周囲の疑問交じりの顔を窺いつつ、言い訳を考えてみるものの、簡単に名案が浮かぶ筈も無い。「お前は何でそんな事を知ってんだ?」そして当然、他3人の共通の疑問へと真っ先に突っ込みを入れたのはアンクであった。単純に、鹿目まどかと火野映司が暁美ほむらへと抱く警戒心よりも、アンクの抱くそれの方が強いからである。「それだけじゃない。魔女や白饅頭の正体も、コイツの才能のことも、ワルプルギスの夜の事もだ。お前は……どうやって、その知識を得た?」その質問が投げかけられたという事は、建設的に考えるならば、ほむらの時間の巻き戻し能力がまだバレていないという事でもある。しかし、バレる直前だという危機感もまた、暁美ほむらの不安として存在している訳で。魔女やキュゥべえの正体に関しては、ほむらが見たことがあるからだ、と説明できる。ところが、鹿目まどかの資質やワルプルギスの夜に関しては、本来誰にも分からない事柄の筈なのだ。いっそのこと、未来を見通せる魔法少女に聞いた、とでも騙ってみるべきか。むしろ、この状況ならば本当の事を言っても信じてもらえそうな気もするが。……ところが、その場合には巻き戻し能力を脅威に思われそうなのが、今度はネックだったりする。時間の巻き戻しを危険視したグリード達が暁美ほむらの排除に向けて動く可能性が、恐ろしいのである。というか、それを教えてしまったら、アンクがグリードの復活条件を教えてくれる未来が潰えてしまう。ほむらはグリード復活以前まで時間を戻せるのだから、グリード達が復活を妨げられる可能性を知りながら次の巻き戻しを黙認する筈も無い。メダルがハッピーエンドの鍵となる可能性は十分にあるのだから、ほむらとしては事態の再現性は確保しておきたいところであった。「…………言えないわ」「……そうかよ」不満そうに鼻を鳴らして見せるアンクの様子は、しかし、そもそもあまり期待していたようにも思えない。ほむらが敢えて今まで言わなかった事を、簡単に聞き出せる筈が無いと予想していたのだろう。まったく、食えない怪人である。疑惑の中心が移ったおかげで安堵に表情を緩めている蝙蝠女も、大概に鬱陶しいが。……加えて、いまいち行動が読めない火野映司にも、ほむらは接しかねている部分があった。ほむら本人から見てさえ怪しいと言える黙秘女の正体に関して特に言及してこない辺り、何を考えているやらである。魔女の正体に関する話には積極的に食い付いて来た割に、トーリの合体能力やほむらの秘密に関しては、聞きに徹している様子なのだ。興味が無いという訳では無いのだろうが、魔女関連の情報と比べると、関心が薄いと見えた。ほむらやトーリの隠し事が、後々に火野映司という男へ致命的な落とし穴として口を開ける可能性は、考えていないのだろうか?アンクが疑いの眼差しをほむらへと向けている事を、映司が把握していない筈が無いのに。一応、映司が旅先で内戦に巻き込まれたエピソードはほむらも聞いたことがあったので、その辺りに原因があるのだろうとは思っているが。まぁ、彼とほむらの間に何か話題がある訳でもないので、話す内容も思いつかない。ぼちぼち会話も落ち着き、流れ解散を期するかと一同が思った……そんな、時だった。赤いカメラアイを輝かせた、緑色のカンドロイドが現れたのは。説明するまでもなく、通信用のバッタカンである。そして、その電波の向こう側に居る相手は、『大変だ! 伊達さんが倒れた!』……この場に新たな火種を持ち込んだ、後藤慎太郎であった。どうやら、後藤もヤミーを追って廃ビル街の付近まで足を運んでいたらしい。ところが、ヤミーが魔女の結界に入った時間辺りから探知不能となり、ずっと周辺を捜索していたのだとか。そんな中、偶然にも路傍に倒れている伊達明の身柄を確保したという事である。後藤の報告を聞いた面々としては、驚くと同時に、しかし納得の結果でもあると思えていた。カザリにボコボコにされたバースは、外見からでもそのやられぶりが確りと窺えたのだから。むしろ、装着者が伊達明でなかったら死んでいるのではないかというレベルである。『美樹は居ないのか? 伊達さんの治療を頼もうと思ったんだが……』まぁ、そう来るだろうという事は、後藤の言葉を聞いている3人と2体からは予想出来ている訳で。仕方なく、魔女の正体が元魔法少女であったという情報にショックを受けたせいで、マミとさやかが精神的に少しばかり危険な状況にあると説明しておいた。『……それは、確かに慎重になった方が良さそうだな』がむしゃらに世界を救うと口にしていた頃の後藤であったなら、ここで無神経な一言でも吐いていたかもしれない。しかし、最近サポート役に落ち着き始めた後藤としては、多感な魔法少女達を支えるのもまた世界を救う道の一つであると考えられるようになったのだろう。『今、レントゲン写真が撮れた。これは……!』どうやら、後藤は病院に居るらしい。おそらく、伊達を担ぎ込んで、そのまま同じ院内に留まっているのだろう。後藤の行動が速すぎるようにも思えるが、オーズらがキリカを相手取っている間に移動したというところか。だが、次の後藤慎太郎の言葉を……いったい誰が予想できただろうか。『脳内に、45ACP弾……だと……!?』直後に響き渡った金属音は……きっと、後藤慎太郎がカンドロイドを手から取り落とした音であったに違いない。・今回のNG大賞「脳内に弾丸……なんだか、さやかさんの頭にも1発ぐらい、マミさんが誤射した弾丸がありそうですよね」・公開プロットシリーズNo.115→一難去らずとも、また一難。