「あの白饅頭から、ヤミーを作ったグリードが居る」もし鹿目まどか本人が表層意識に出ていたのならば、きっと驚愕に顔を染めていた事だろう。……アンクの視界から顔を見せている、暁美ほむらのように。だがしかし、どうしてその情報が、キュゥべえが複数存在するという思考に繋がるのだろうか?アンクは、キュゥべえの生態に何故気づいたのか、という質問に対する答えを求められていた筈なのだが。「町中の至るところから一斉にメダルの臭いがする事が、最近何度かあってなァ」それはウヴァが倒された翌日からの事だった、とアンクは続けた。セルメダルを増やす時に特有の気配が多数の場所から同時に発生した事が、あったらしい。アンクからは、その気配の元がヤミーなのか親なのかは判別出来ないものの、アンクは不思議に思っていたのだ。メズールのヤミーのように怪人が複数存在するタイプならば、ヤミーの目撃情報が一つも無いのは不自然だ、と。携帯端末から調べても、誰も騒がないのは明らかにおかしい。ならば、『人間に見えないヤミー』でも居るのだろうか?そう考えてから、一気に紐が繋がったのだという。アンクには、『見えない生物』に心当たりがあるのだから。そして、アンクは自身が抱えていたもう一つの疑問とも、複数の気配の現象が擦り合わせられる事に気付いていた。そのもう一つの疑問とは……暁美ほむらがCDショップの上階にてキュゥべえを殺し、巴マミと睨み合っていた場における出来事である。アンクはメダルが増える気配を察知してその場に駆け付けた訳だが、その気配の元は誰だったのか、と疑問に思っていたのだ。巴マミはヤミーの親では無かったし、暁美ほむらも違った。……となれば、死んだキュゥべえがヤミーの親であったという事なのだろう。ヤミー自体があの空間に潜んでいた可能性も否めないが。つまり、アンクはここでもう一つの発想の逆転を行ったのだ。ヤミーが多数存在するのではなく、ヤミーの親が複数存在するのではないか、と。そう考えれば、明らかに挽肉になったキュゥべえが何事も無かったように姿を現したのも、繋がる話である。キュゥべえは本当に死んでいて、そのたびに別個体が顔を見せているという仮説に至ったという訳だ。もちろんアンクとて、綺麗に繋がる仮説だとは思っていたものの、確信があった訳では無かった。無人ビルの一件に関しては、本当にヤミーがその場に隠れていた可能性も決して捨てきれないのだから。従って、アンクは今までその仮説を『可能性』の一つに過ぎないと見做してきたのである。……というのが、アンクから暁美ほむらに為された、有難い解説講座であった。「……貴方が江戸の町を平行世界だと聞いて驚かなかったのも、納得ね」「メダルが増える気配が、この時代から転移した狭い地域だけになってたからなァ」暁美ほむらとて、疑問に思わなかった訳では無い。女ピエロの問答を解決した直後に、ほむらがアンクに対して、あまり常識的でない情報を告げた時のことを。――でも、あの江戸は私達の居た世界の過去では無いわよ?あの江戸が平行世界である事をあっさりと受け入れて会話を続けたアンクの様子は、今考えてみれば納得である。平行世界への転移と時間移動のどちらが現実的かという思考は脇に置くとしても、アンクが元々平行世界という可能性を考えに入れていたように、ほむらには思えたのだ。その時には既に、町中に大量に感じる気配がキュゥべえのものであると、半ば気付いて居たのだろう。ちなみに、アンクは面倒臭がって話すつもりは無いが、かつてアンクがキリカに対して問いかけた内容もキュゥべえの生態に関連するものだったりする。――じゃぁ聞くが、あのキュゥべえってのは、一体いつの時代から人間と共に居る?――ちょうど人間という種が確立した辺りかららしいよ。一応、あの質問には江戸の町が異世界である事を確認する意味合いがあったのだ。その時点でアンクは既に、多数のメダル増殖の気配が反転地の中だけに留まっているという情報を持っていた。そして、本来の歴史において江戸にもキュゥべえが居る筈ならば、それが存在しないと判明した江戸の町は単純な過去の時代の物では無い、と。ちなみに、もしあの江戸が単純な過去の世界であった場合、アンクの行動は決まっていた。アンクはタイムパラドックスなど顧みず、封印の棺を探して各種のコアメダルの入手に走っていたことだろう。「そんなところだ。とっとと済ませて来い」「……仕方ないわね」『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第百十四話:割りたい背中結界に入って、暁美ほむらが目の当たりにした光景。それは……3人相手に立ち回っている、キリカの姿であった。見たところ、巴マミや美樹さやかの攻撃は当たっているが、紫の巨斧を振るうオーズの斬撃は全く命中していない。というよりも、キリカはオーズの無の一撃を回避するために、マミやさやかの攻撃を意図的に受ける事で連携のタイミングをずらしているらしい。当然、そんな事をすれば、キリカにはダメージが蓄積していく筈なのだが……。何故か驚異的な再生能力を見せつけているキリカは、その程度の怪我では止まる気配を見せない。もちろん、流石にループ世界の経験が豊富なほむらといえど、こればかりは理解の範疇を超えてしまっていた。そして、ほむらが情報を収集するために接触すべきは……ただ一人。ひとり蚊帳の外の置物と化している、トーリである。他の面々が忙しそうなので、戦力外として地面に座り込んでいるトーリから情報を得ようという訳だ。……ところが。いざトーリの傍らまで移動してきたものの、トーリからの反応が全く見られない。座り込んだトーリの目の前でほむらが円盾の付いた左腕を振ってみるものの、どうやらトーリの目の焦点が合っていないらしい。というか、目を見開いたまま気絶しているようだ。歯を食いしばったまま、何か恐ろしいものでも見たような顔を固定したまま、意識を失っているらしい。で、あるからして、暁美ほむらの採るべき行動はただ一つ。四次元円盾からおもむろに一つのお楽しみアイテムを取り出し、安全装置を解除して。「起きなさい」……発砲した。その愉快な秘密道具が黒光りする実銃である事は、説明するまでも無い。もちろん、暁美ほむらさんとて鬼では無いのだから、トーリの髪を掠める程度の弾道で勘弁してやったが。「ひぁぁっ!!?」そして、良い具合にトラウマスイッチが入ったのか、反射的に飛び退いてくれたトーリ。案の定というべきか、ほむらに殺されそうになった数々の経験が、トーリの深層意識に根付いているということなのだろう。膝を突いていた状態から一転して、尻もちをついて腰を抜かしているその様子は、やはりいつもの彼女であった。まぁ、ある意味お約束であるので、ほむらも突っ込まないが。「状況を簡潔に説明しなさい」「ええと、結界を破る方法を考えていて……あれ? その後どうしたんでしたっけ……」どうやら、記憶の欠如もしくは混乱が見られるようだ。首を傾げてうんうんと記憶を漁っているトーリの姿には、悠長という言葉がこれ以上無いぐらいに似合っていた。……が、それに付き合ってやる義理など、暁美ほむらには無い。さり気なく、先程の拳銃よりも威力が高めのショットガンを円盾から取り出してみた。説明が滞るのならば身体に聞くわよ、と言外に伝えながら。「済みません! 説明させて頂きます!!」「期待しているわ」意外に、恐怖で人を縛るのは楽しいのかもしれない。怯えた様子のトーリを見ていると、そんな嗜虐的な思考が湧きあがってくるのが、不思議なところである。どこかの時間軸では苛められっ子の素質を看破された暁美ほむらだが、実は苛めっ子の素質も持っているのかもしれない。「キリカさんが、時間を遅くする魔法を持っていて、しかも江戸のお土産の爬虫類コアをとりこんだせいで自動再生できるみたいです!」前半は、ほむらも知っていた。かつて別の巴マミも初見にて見破ったタネであるからして、それ自体は驚くほどでも無い。だが、後半は予想外にも程があった。ほむらの想定としては、遅延魔法だけのキリカが4人相手に戦えるとは思っていなかったのだ。結界内に未来予知の魔法少女も居るものだと思ったからこそ、暁美ほむらは鹿目まどかを残して来たのである。……マズい。マズ過ぎる。主に、結界の外で鹿目まどかが強襲されているかもしれない。そして、結界の内部に足を踏み入れてしまったほむらは、脱出できないのだからまどかの救出にも行けない。更に言うならば、暁美ほむらの切り札であった時間停止魔法が通じない可能性が出て来ているのも、痛い要素である。どうも、あのメダルとジェムの交換の際に呉キリカが、カザリが邪魔に入るのを知っていたように思えるのだ。そして、時間停止魔法の攻略手段をキリカが既に持っていた場合、ほむらの迂闊な行動は味方を全滅させかねない。時間停止の恩恵をキリカも受けたのなら、それを逆利用されて巴マミ達を殲滅されるだろう。「攻略の糸口は?」「……むしろ、それをほむらさんに教えて欲しかったです」使えない蝙蝠女だ。身を守るすべはあるので足手纏いでこそ無いものの、役に立たない。どうすべきか。「げぶぅっ!! ……って、転校生じゃん。トーリから状況聞いてたの?」考え込みそうになった暁美ほむらの足元に、キリカに蹴り飛ばされた魔法少女が一人、転がって来た。もちろん、美樹さやかである。身体の軽い傷を塞ぎながら、グリーフシードで魔力を回復しているらしい。だが、ソウルジェムの濁りが残ってしまっている辺り、さやかのグリーフシードはそれが最後のようだ。「呉キリカの攻略法に心当たりは無いかしら?」何だかワタシの時よりも丁寧なような、なんて呟いた蝙蝠ヤミーを一睨みの元に黙らせつつ。一応美樹さやかにも、同様の質問をかけてみる暁美ほむらさん。トーリが気絶している間に起死回生の一手が見つかっているかもしれないという、一縷の望みを期待しているのである。「なんか、紫のメダルを使ったオーズの攻撃なら、防御貫通でアイツの体内の橙コアを破壊できるらしいよ?」すると、返事はそれなりに良好なものであった。本人の自己申告だからちょっと怪しいけど、と気になる一言が付け加えられたが、希望は繋がっているという事らしい。確かに、キリカの動きは、オーズの攻撃を確実に避けるために、巴マミや美樹さやかの攻撃を敢えて受けている時があったように思える。しかし、本当に無の一撃がキリカの弱点だとするならば、何故それを態々教えたのか。正直に言って、非情に胡散臭い。それでも、バカ正直にその弱点を狙う意外に作戦が無いのも事実な訳で。暁美ほむらの脳内にまず思い浮かんだ作戦は……酷い、それだった。マミとほむらの銃弾を牽制に使いつつ、さやかをノーガード戦法で突撃させるのだ。そこから一瞬でもさやかがキリカを掴むなり何なりして動きを止めて、オーズの無の一撃を確実に当てるというものである。出来るか出来ないか、という二元論のもとに考えるならば、『出来る』が正しい。ほむらがループ時間の中で見てきた光景の一つには、痛覚遮断によって修羅のように戦い続けられる美樹さやかの姿もあったのだから。だが……ほむらは、その作戦を勧める事を躊躇ってしまっていた。残りのグリーフシードの数から考えても、攻撃のチャンスはあまり多くは残されていないと考えた方が良いだろう。それなのに暁美ほむらは、美樹さやかに狂戦士になって欲しくないと、思ってしまっているのだ。一度その戦い方を知ってしまえば、さやかは魔女化まで一直線に突き進んでしまうかもしれない。せめて、トーリの無駄な防御力を半分でも美樹さやかに分けてやりたいものである。実際にトーリを美樹さやかに同行させても、機動力が違い過ぎるのでトーリはさやかに付いて行く事は出来ないだろうが。……そう考えて、初めて、気付いた。現状打開の策に。上手くいけば全員が無事にこの結界から脱出できる手段に、ようやく思い至ったのである。『貴女がヤミーである事を見込んで、提案があるわ』『何でしょうか……?』一応、近くに美樹さやかが居るので、通信手段は念話である。律儀に約束を守ってやっているのも、ほむらとしてはどうかという思いはあるが。しかし、実際にトーリの正体がヤミーであると認めさせたとしても、その後が問題なのだ。ワルプルギスの夜が襲来する日までに暁美ほむらと魔法少女達の信頼関係改善が見込めなければ、勝利の目が減ってしまうのだから。『美樹さやかに、憑りつきなさい』『憑りつく……ですか?』……どうやら頭の回転が遅い蝙蝠女は、ほむらの言葉が余程予想外だったらしい。暁美ほむらの命令に、トーリは思わずこちらをガン視していたりして。それこそ、他人の機微に疎い美樹さやかでも、ほむらとトーリが密談を交わしている事を把握できるぐらいには。『そうよ。アンクというグリードが鹿目まどかに憑いているように、美樹さやかに入り込みなさい』『でも、それはアンクさんがグリードだから出来るのであって、グリードとヤミーは魔女と使い魔ぐらい違うんですよ……?』確かに、それが出来れば大きな成果が見込める事は、トーリでも理解出来た。現在さやか達が無限の魔力の恩恵を受けられないのは、現状が高速戦闘を求められる環境だからである。その点、トーリがさやかと合体出来るのなら、さやかの機動力を殺さずに無限の魔力を活かす事が出来るかもしれない。更に言うならば、コアメダルを取り込んでいるトーリは、グリードに似た性質を帯びていても不思議では無い。『この逃げ場のない空間で、貴女の正体がバレたらどうなるかしら?』その一言にトーリの顔が青ざめるのを、ほむらは見逃さなかった。約束が違うと言いたそうだが、ほむらにもあまり余裕が無いのだから仕方が無い。「……なんか、トーリが動揺してるみたいなんだけど、さっきから何話してんの?」「大丈夫。心配には及ばないわ。ねぇ、『トーリさん』?」「そ、そう、ですよ、ね……」つい先程は自身の正体バレを度外視した行動も考えていたトーリであったが、いざ実行するとなれば当然トーリとしては不安なのである。合体されるさやかの認識も気になるが、タカヘッドを使っているオーズと共に戦闘に出るのが何よりも恐ろしい。タカの目の透視能力が常時発動している訳では無いことは知っていても、やはりトーリの心臓に悪いのだ。しかし、もはやトーリに拒絶の選択肢が残されていないのも自明な訳で。とするならば、チャンスは今しかない。暁美ほむらへと訝しそうな視線を送っている美樹さやかの無防備な背中は、まさに狙い目なのだろう。「さやかさん。ちょっと、振り向かないでくださいね!」「え? 何……うぇ!!?」であるからして、一思いにトーリは、さやかへの憑依を実行してみた。元々そんな事が出来るのかは不明だったが、アンクがやっているそれを、見よう見まねで再現してみたのだ。さやかの背中から入り込み、全身が重なるイメージで、人間の肉体の中に自身の存在を滑り込ませたのである。その結果……「あれ? トーリが居ない? って、あたしに羽が生えてる!? なんじゃこりゃぁ!!?」重なるイメージが掴めなかった翼だけ、身体からあぶれた。トーリの技量が上がれば、合体状態でも羽を隠すことが出来るようになるのかもしれないが。『……やっぱり、ワタシは身体の操作は出来ないみたいですね』「頭の中からトーリの声が? んん? どっから喋ってんの??」きょろきょろと辺りを見渡している美樹さやかへの説明は、それなりに面倒臭そうである。まぁ、身体の操縦権に関してはほむらの予想通りであったと言えるだろう。アンクが鹿目まどかに抑え込まれているように、トーリも美樹さやかに勝てないだろう、とほむらは踏んでいたのだ。相手がさやかならば、もしトーリに乗っ取られても遠慮なく倒せる……なんて外道な事は考えていなかったに違いない。おそらく。『ワタシとさやかさんが合体? したんです。多分』「え、何それ? トーリってそんなアンクみたいな事出来たの?」ギクリ、というトーリの心境までは……どうやら、さやかには伝わらなかったらしい。おそらく、心の中で思っている事がダイレクトに伝わる訳では無く、伝えようと思ったことだけが伝わる親切設計なのだろう。というか、その辺りの仕様はアンクのケースと同じである。『ワタシも今初めて知りました』「なんでそんな事試してみようと思ったのか気になるけど、まぁ、良いか」「それよりも、美樹さやか。その状態で無限の魔力が使えるかどうか、試してみなさい」そして……ほむらに促されるままにさやかが剣を一本生み出してみると、その手には身の丈ほどもある巨大剣が召喚されていて。身体の中に小さな電流が走ったような感覚と共に、さやかの魔法はパワーアップを果たしていた。過去二回に渡って無限の魔力を使った時と、全く同じ現象を起こす事が出来ていたのだ。案の定、ソウルジェムの濁りも溜まっていない。「これは……友情パワー的な何か? マミさんに名前考えてもらおう!」「……頭脳は掛け算どころか足し算ですら無いみたいね」頭脳を足してもこの程度か、と言われるのと、どちらがマシなのだろうか。若干イラっとしても食い掛らない辺り、少なくともストレス耐性は、トーリが居る分だけ素のさやかよりは高いようだが。まぁ、格好良い名前云々は、別に後回しでも問題が無いのだ。「まぁ、考えるのは後で良っか!」さらに、さやかは気付いていた。過去に無限の魔力を使った際には、巨大剣の重さを物ともしない程度には、身体強化の威力も上がっていた事を。であるからして、一足飛びに進んださやかは……瞬き一つの間に、最前線へと舞い戻っていた。やはり、普段の二倍近い重さの剣を振るっているとは思えない程に、手に返ってくる反動は少ない。流石に、体感的には普段のサーベルよりも重いが。「さやかちゃん!?」「美樹さん!?」羽をかざしてキリカからの反撃を防御してみせるさやかに、味方からそれぞれ驚きの声が浴びせられていたりして。まぁ、驚きを一瞬に収めて、その後は現状を前提に考えてくれるのが、残りの二人が一流たる所以なのである。さやかとトーリを足して、ようやく手が届くかどうか、というところなのだろう。「これならイケるっ!!」「これは、やり辛いね、っと!」状況を察したマミとオーズは、キリカから一歩引いた距離まで下がってくれて。さやかへと、最前線を預けたのである。羽を身体の周囲に広げて盾として使いつつ、サーベルで斬りつけ、只管足で距離を詰めるという戦法が可能となったのだ。ちなみに、羽はトーリの制御管轄らしく、さやかが見切っているとは思えないような攻撃にも自動防御のごとく反応していたりする。盾が増えただけ、と言うなかれ。コレが、意外に違うのである。防御を気にしなければ、その分だけ攻撃に使える手数は増える訳で。しかも、身体強化魔法の加減が外れて全体速度も上がっている今の美樹さやかならば、佐倉杏子とでも正面から戦える程の速度を手にしたと言って良い。……まぁ、手数を増やすのに大剣持ちでは難なので、大剣は捨てて通常サイズの二刀に持ち直した訳だが。その辺りの魔力のムダを気にしなくていいのも、地味に無限の魔力の補正が効いていると言える。加えて、防御に使われている漆黒の大翼は……呉キリカにとって二重の意味にて厄介であった。まず、一撃ずつが軽いキリカの手札ではセルメダルを散らすことさえ出来ない、というのが一つ。そして、もう一つは……「ティロ・フィナーレッ!!」後衛と化した猛者たちが、死角からの絶妙な支援を打ち込んでくることであった。至近距離に喰らい付いてくるさやかは、常にその背後に大きな羽を背負っており、キリカの視界を制限してくるのである。さやかは多分そこまで考えて動けていないのだろうが、後衛が優秀過ぎる。初めて見せられたさやかの戦闘形態に、既に対応しているのだから。いくらキリカといえど、戦闘中に常に生まれ続ける巨大な死角からの攻撃をカバーできる筈も無い。巴マミの動きを追い切れずに、右足を砕かれてしまって。だが、そんなものは次の瞬間には再生する……と思ったら、再生予定の足が生えてくる筈の場所に、直径50センチほどの剣山が出現していた。華道に使うような優しい代物ではなく、ハリネズミのように剣を固めた、もっと悍ましい何かである。魔力を気にする必要が無くなったさやかが、咄嗟に具現化して至近距離から投げ込んだのだ。そんな物騒なモノを挟んで右足を復元してしまったら、まともに動けるようになるまでに再びの『破壊』と『再生』の二つのプロセスを挟まなければならない。……そして、そんな絶好の機会を、オーズが逃すはずも無い。当然のようにさやかの羽の影から飛び出て来たオーズは、既に大斧へとセルメダルを飲み込ませ終えていて。『ゴックン』「セイ……ヤァッ!!」今度こそ、振り抜いた。コアメダルを無に帰する、紫の一閃を。そして、その音は誰の耳にも均等に、届いていた。甲高く、消え入るような響きが。……欲望が、砕ける音色が。その音を聞いて驚いた顔をしているのは……この空間のなかで、きっと暁美ほむらだけに違いない。キリカが切り札を砕かれたというのに、なぜキリカの共犯者はこの場に姿を現さないのか、と。もっと優先度の高い仕事をしている、としか思えなかった。例えば、結界のすぐ外の一角にて……!・今回のNG大賞「……頭脳は掛け算どころか足し算でさえ無いみたいね」『さやかさんにそんな事を言うなんて、あんまりですよっ!』「あんまりなのはアンタもだよ!? 何でバカがあたし一人みたいになってんの!?」マイナスって掛け合わせるとプラスになるらしいよ!・公開プロットシリーズ→ちょっとくすぐったいぞ!