爪という日本語に対応する二つの英単語の存在は、あまりに有名だと言えるだろう。すなわち、「クロー」と「ネイル」の二種類に他ならない。鳥類や爬虫類の大半が有している鉤爪と、哺乳類に多く見られる平爪が、それぞれの単語に対応しているのである。そして、この二つの単語の使い分けを知っている人間ならば、一度は考えたことがあるだろう。クローとネイルは一体どちらが強いのか、と。しかし、答えは自明である。そもそもネイルは攻撃に優れた器官では無いのだから、クローの方が強いに決まっているのだ。だがしかし、クローを持つ「動物」とネイルを持つ「人間」の戦いならば、話は違ってくる。その両者の戦いならば、クローやネイルよりも優れた武器を幾らでも使える人間の方が強い事は、言うまでも無い。……たった今繰り広げられている戦いも、まさに同じ。魔力によって伸びばされた、魔法少女の平爪。トラメダルの力を具現化した、オーズの鍵爪。単純な威力や硬度ならば、オーズのトラクローの方が強く、使い勝手も良い筈だ。しかし……それだけでは、決まらない。バッタの瞬発力で踏み込もうとも、さやかと連携して逃げ場を狭めても。黒い魔法少女は、こちらに浅い斬撃を与えながら、後ろ跳びに逃げて勝機を掴ませない。どちらからも相手に決定打を与える事が出来ず、しかし形勢は明らかであった。キリカの攻撃は一発の威力こそ低いものの、それを補う手数によって構成されているのだ。それに対して、オーズと美樹さやかの攻撃は、殆ど相手に命中しない。こちらに回復魔法があるとはいえ、さやかの魔力切れまで粘られたりすると、始末に負えない。オーズに許された選択肢も、一体どこまで有効なのか。ライオンヘッドの目眩ましは、通用しなかった。チーターレッグの俊足は……最大速度ならキリカを上回るだろうが、小回りが利かないので扱い辛いかもしれない。ましてや、パワーだけのコンドルなど論外だ。バッタレッグとトラクローは、現在進行形で使っているが、通用していない。タカヘッドは……視力が上がるので、現在のライオンヘッドよりは多少マシだろうか。先程カザリから奪ったシャチコアは、映司が殆ど使ったことの無いメダルなので、この状況を改善出来る能力を秘めている可能性もゼロでは無い。コンボのラトラーターは、コンボ特性の熱線放射で堅実なダメージは狙えるが、先程ライオンヘッドの光攻撃を防がれた方法が分からないのが、若干の不安要素ではあった。キリカの防御力が不明なので、むしろ一瞬でキリカを蒸発させてしまうかもしれないが、それもそれで逆に問題なのだ。……切り札の紫コンボことプトティラは、前回ようやくコントロール出来た訳だが、キリカがプトティラを使って欲しそうなのが気になるところである。「とりあえず……!」『シャチ トラ バッタ』まずは、リスクの小さいものから試すのがセオリーだろう。という訳で、コンボ用にカザリから奪っておいたシャチコアをベルトに装填して、起動してみた。すると、頭頂部には深い青の鰭が姿を現し、前頭部にはシャチの鼻先らしき流線型の突起が伸びて。黄色く輝く眼は、蒼の補色としてその存在を主張していた。ライオンヘッドのような開幕効果は無いようだが、果たしてシャチヘッドの力とは……「ハァッ!」分からなかったので、とりあえず何時ものように力んでみた。すると……その効果は、それほど奇天烈でも無かったというべきか。「おっと!」「水責め!?」海産系メダルよろしく、前頭部の突起から勢いよく流水を噴射することが出来たのだ。逃げ場がなくなるほどの量を噴射できる訳では無いようだが、直撃すればそれなりのダメージが見込めそうではある。アンクが持っている他の二枚と合わせればコンボとして真価を発揮することだろうが、生憎アンクは結界の内部まで入って来ていないのだから、仕方が無い。だが、しかし。面攻撃の手段が増えたところで、その範囲はラトラーターには遠く及ばず、やはりキリカを捉えるには至らない。一撃離脱戦法を繰り返すキリカの爪を、トラ手甲で受け流したり、意外に頑丈なシャチヘッド前頭部の突起で受け止めたりしながら。「……んん?」……ようやく映司は、この場を支配している異常に気付いていた。周囲を囲む結界の正体も気になるものの、それ以上の厄介な状況を、意識する事が出来たのである。だが、情報はあっても、攻略法の有無は別問題なのであって。オーズの頭脳たるアンクが居てくれれば、的確なメダルと指示を飛ばしてくれたのだろうか……?『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第百十二話:伏兵「……それで、どうして結界が復活しているのかしら?」カザリや佐倉杏子が先程まで私闘を繰り広げていた廃ビル街へと戻って来た、巴マミ。そして、マミが疑問を抱いたのは、当然であったと言える。美樹さやかが魔女を倒してからまだ十分数程度しか経っていないのに、どうしてまた結界が張られているのか、と。であるからして、結界の外に居合わせた二人組に、尋ねたのである。睨み合っているアンクと暁美ほむらへと、現状に対する質問を投げかけたという訳だ。マミがトーリにぶら下がって使い魔を倒していた間に、この場に一体何が起こったというのだろうか。「この間の黒いヤツが、メダルを奪いに来たんだよ!」忌々しそうに言い捨てるアンクによると、そういう事らしい。黒い奴とは、間違いなくアイツのことだろう。夢見公園にて巴マミのソウルジェムを奪い、先日オーズから6種のコアメダルを奪った魔法少女の事に違いない。すなわち、『呉キリカ』である。「……魔法少女が、結界を張ったの?」「魔法少女は条理を覆す存在だもの。そういう事もあるわ」……なんだかキュゥべえ染みていた、ような。ただ、その言い訳は地味に便利だというのも、否定できない事実なのだ。もちろん、魔法少女と魔女の関係を持ち出して説明することは出来る。だが、その場合には巴マミのメンタルに多大なるダメージが予想されるために、暁美ほむらは言い出さないというだけの話であって。それに対して、何だか少しばかり聞き返した気な素振りを見せた巴マミだったが……結局、その質問を口にすることは無かった。マミの視線から険しさが抜けたとき、マミの後ろに陣取っていた蝙蝠ヤミーが、ほっと息を吐いたのだとか。「それで、中に閉じ込められている面々は?」「美樹さやかとオーズだけよ」他のメンツは、カザリが撤退してから直ぐに帰ってしまったのである。杏子は、さやかと話したくなかったのだろうか。伊達さんは……単に、事態に収拾がついたと考えて立ち去ったのだろう。「……貴女は、突入しないのかしら?」「敵は、鹿目まどかの魔法少女としての破格の才能を、誰よりも高く評価しているわ」つまり、鹿目まどかを置いて暁美ほむらだけが結界内に突入するのも、鹿目まどかを連れて結界に共に入るのも危険だ、と。もっとも、その方針に対して、アンクは納得していないらしいが。時折鬱陶しそうに暁美ほむらへと視線を流すアンクだが、その不満はほむらに黙殺されてしまっている模様である。おそらくアンクは、メダル争奪戦に首を突っ込みたいのだろう。だが、その場合に飛ぶのは鹿目まどかの首な訳で、そんな事は暁美ほむらが許すはずも無いのだ。というか、キリカ達が切り札であるはずの結界を使ってきたという事は、この場が判断を誤れない重大局面であるという事を意味していると考えて間違いない。例えば、暁美ほむら一名しか護衛の居ない鹿目まどかを、キリカの共犯者が襲いに来る可能性あたりが濃厚であった。「そういうことなら、トーリさんもこちらに残しましょうか?」……そして、この巴マミの発言は、彼女の立場からすれば割と真っ当なものであった筈だ。鹿目まどかを守った方が良いならば、そちらに戦力を割くのは間違いでは無い。加えて、トーリは飛行能力という逃亡に適した能力を持っているのだから、適材に違いない。「丁重にお断りするわ」「邪魔だ。鬱陶しいのを増やすんじゃない」まぁ、こうなるのはマミ以外には分かり切っていたというべきか。暁美ほむらは、ヤミーであるトーリに信頼などおいていない。アンクも、ただでさえ暁美ほむらによる足止めを受けているのに、これ以上邪魔が入るのはゴメンなのである。「良いですよ! そっちの二人よりも、マミさんの方がずっと頼りになりますから……っ!」……トーリにも、安全地帯で待機していたかったという思考が無かったわけでは無い。だが、先程アンクに見捨てられそうになった事件と、ほむらに何度も脅されている経験から察するに、敵の有無に依らずとも結界の外の方が危険である可能性は否めない。というか、無表情女の暁美ほむらは兎も角として、鹿目まどかの声色で貶されると地味に心に刺さるのだ。事なかれ主義のトーリといえども、悪態の一つも吐きたくなるというものである。結局トーリは、何故だか少しだけ上機嫌になったように思える巴マミと共に、結界へと突入することとなるのであった……。という訳で、突入一番にマミがマスケット銃によってキリカを狙撃してみた訳だが。「奇襲とは卑怯だね。恥ずかしくないのかい?」「……突っ込まないわよ?」案の定、素早い身の熟しによって回避されてしまって。しかも、無駄口を叩く余裕ぶりを、相手は見せつけてきたのだ。キリカの軽口は……かつて巴マミを奇襲の一撃にて倒した事を、ツッコミの題材として使って欲しかったのだろうか?まさか、この芝居のかかった台詞回しが、無意識のダブルスタンダードだとも思えない。そして、自身の口の軽さ以上の身軽さを以て、キリカはオーズとさやかの追撃を回避して見せていて。そんな魔法少女や仮面ライダーの戦いを目の当たりにしながら、トーリは思う。正直に言って、トーリが居ても役に立たないだろう、と。トーリには、素早く動く相手を捉えるような技能は無いのである。電撃放射は流石にキリカより速いだろうが、マミの銃弾が軽々と避けられている事から察するに、キリカは判断速度もズバ抜けているらしい。つまり、いくら電気自体が速くとも、先読みによって回避されてしまうだろう。……まぁ、キリカは一撃が軽いようなので、羽の防御力を誇るトーリが倒される心配は殆ど無いだろうが。そう考えると、やはり結界の内部の方が、トーリにとっては安全なのかも知れない。先程から美樹さやかや巴マミの魔力行使によってセルメダルも少しずつ増えているし、結界に阻まれているためにアンクからは感知されない。つまり……大勝利である。しかし、トーリも何時かはこの結界から脱出しなければならない訳で。マミとさやかとオーズが三人がかりで負ける事は無いだろうと思いつつ、若干の不安は拭い切れずに居た。マミの拘束紐も当たらず、波状攻撃として襲い掛かるオーズの水流も周囲を濡らすばかりで、さやかはキリカの空いた足で蹴り返されてしまう始末である。決して、3人の連携が悪い訳では無かった。さやかは若干視野が足りない気があるものの、他の二人がその穴を埋めて上手く立ち回ってる筈なのだ。更に、やや距離をとって後衛を勤めているマミは現場の全体像を容易に掴んでおり、前衛二人の隙を失くしている。そして、映司は時折マミの銃弾のタイミングから、映司の背後に回った時の美樹さやかの動向を予測するという人間離れした洞察能力さえ以て戦いに臨んでいた。……それでも、呉キリカに決定打を与えるには至らない。マミの参戦によって、多少こちら側からの攻撃は当たるようになってきたが、それでも攻めあぐねているという印象は否めない。誰かがパズルのピースを飲み込んで行ってしまった時のような、キリカの攻略のために必要な何かが欠けているという感覚を、魔法少女達は感じ取っていたのだ。「トーリちゃん! 電気流してみて!」「でも、ワタシは連携まで考えられないですよ?」そして、オーズからトーリへと白羽の矢が立てられたものの、トーリにはその意図を解する事が出来ない。マミと映司がかなり上手くさやかの頭脳面を補っているといえども、そこにトーリが入れば、足手纏いとなるのは目に見えているのではないか。「狙いは大雑把で良いよ!」なんだか、とばっちりで感電する美樹さやかの未来像が見えた気がしたトーリ。ただの電波なのかもしれないが、意外と本当にありそうなのが「安定のさやか」たる所以である。まぁ、映司にはおそらく、トーリが思いもしないような作戦があるのだろう。若干思考停止気味のトーリだが、特に代案がある訳でもないので、ここは素直に従う一択である。というわけで。「えいっ!!」とりあえず、適当に狙いを付けながら電撃を放ってみた。命中率は、トーリの希望的観測によると、相手を必ず麻痺状態にする電気タイプの技と同じぐらいであれば上々である。「なっ!?」「きゃっ!?」「わっ!?」その筈だったのだが……何と、キリカに命中して、一瞬だけ動きを阻害することに成功していた。もっとも、他の魔法少女二人にも、何故か当たってしまったようだが。だが……トーリが驚いたのは、そんな事では無かった。トーリは空中に放電しようと考えていた筈だったのだが、緑色の閃きは宙を駆ける事は無かったのである。高速移動中のキリカを捕えた伝導体は……周囲の足元に撒き散らされた、水分であったのだ。オーズのシャチヘッドから散発的に放出されていた水が床を全面的に覆い、電撃に対する逃げ場をなくしていたという訳だ。そして、電撃によって一瞬だけ足を止めてしまったキリカへと……オーズが、肉薄していた。電気が流れる瞬間を見計らって、オーズだけは跳躍による回避をしていたという訳だ。床に広がった水分による電導を考慮したうえで、コレを狙っていたに違いない。さやかとマミに事前に教えなかったのは、作戦がキリカにバレるのを恐れての事なのだろう。かくしてオーズは……掴み取った。もっとも握る力と正確性に優れた、トラアームの指によって。キリカの片腕を掴み、そのまま俯せに押し倒しつつ腕を捻ったのである。「やられたよ。まさかそんな手があるなんて思いもしなかった」顔を地面に向けたまま、やはり芝居のかかった口調を崩さないキリカは……いったい、どのような表情を張り付けているのだろうか。……巴マミは目の前の光景に対して、ふとそんな疑問を抱いてしまっていた。ようやく戦いが終わったことに安堵しているさやかは、きっとそんな疑問を感じてさえ居ないのだろう。トーリも、何処か気を抜いてしまっているように思える。「そろそろ、君の考えを話してくれないかな」映司も、警戒こそ解いていないものの、既に臨戦態勢と呼べるほど気を張り詰めている訳でも無いらしい。そんな中、巴マミは……言い様の無い不安を、即座に感じ取っていたのだ。――敵は、鹿目まどかの魔法少女としての破格の才能を、誰よりも高く評価しているわ。暁美ほむらの発言は……呉キリカを囮にして、何者かが鹿目まどかを襲撃する可能性を仄めかしては居なかっただろうか?つまり、呉キリカには仲間が居ると見た方が良さそうである。そしてその仲間が現在姿を見せない理由についても、マミは嫌な予感を嗅ぎ取っていた。「仕方ない。敗者は勝者に従うものだ……」単純にその御仲間がこの場に居合わせていないだけなら、マミの不安は杞憂であったと言えるだろう。だが、もしその伏兵が『姿を現すまでも無い』と考えている状況だったならば?「…………なんて、言うとでも思ったのかい?」空間に、有機的な音が木霊した。皮を裂き、芯を外す音が。「なんて事を……!」言葉を濁したキリカに対して、映司が制裁を加えた訳では無い。むしろ、キリカを取り押さえていた映司は、驚きの声をあげる側であった。呉キリカが……取り押さえられていた腕の関節を強引に外し、周辺の肉と皮が裂けるのも厭わずに脱出を試みたのだから。不意を突いて放たれた渾身の蹴りにて引き剥がされたオーズに対して、キリカは……相も変わらず、嗤う。まるで、痛みなどというモノは子供だましの戯言だと言わんばかりに。朱の雫が滴る片腕に一瞥さえ落とす事無く、再び臨戦態勢へと戻ったのである。「アンタ……それでも、人間なワケ?」回復役のさやかでさえも、背筋に寒気が走るような光景であった。マミにしても同じであるし、トーリも先程とは打って変って不安がっているらしい。キリカへと黄色の眸を向けるオーズは、やや何を考えているのか読み取れないが。「当然、違うよ。君たちもね」……そして、そのキリカの台詞の不自然さに気付いたのも、マミだけであった。青い顔をしている美樹さやかや、キリカに怯えている様子のトーリの様子は、おかしなモノとは言えない。だがしかし、キリカが『君たち』と言い放った時に、どうもその視線の中心には……火野映司が居たように思えたのだ。気付かなければそのまま流してしまえそうな、些細な違和感。その正体は……未だ、掴めそうになかった。「でも、君の能力はもう俺達には通じない。諦めて、話してくれないかな?」一方、相も変わらず映司はキリカへと話し合いを勧めていて。やはり、人間同士だという認識があるせいか、あまりキリカと戦うのは乗り気では無いらしい。だが、マミには映司の言葉の前半の意味があまり良く分かっていなかった。マミから少し距離を置いた位置に居るさやかも、ちらりとマミの方へと視線を向けてきた辺り、分かっていないのだろう。映司に念話が通じるのなら内緒話が出来るのだが、出来ないものは出来ないのだ。それが出来るのならば、さやかとマミは先程の電撃を跳躍によって回避出来ていただろうが。というか、オーズが先程行動アドバンテージを取れたのは、ジャンプによって床を浸している水から離れて、電撃を回避したからである。つまり、キリカがそれに合わせて跳んでしまえば、その手は使えなくなるように思えるのだ。なのに、まるで映司の口ぶりからは、いくら試行回数を増やしても同じ結果が出るような響きが、確かに含まれていて。「全然ワケが解らなかったですけど、とりあえず、もう一発電流を流せばいいんですね!」「トーリ! アンタも絶対も分かってないって、あたし信じてた!」まぁ、マミが分からないものを、まさかこの二人が分かっている筈も無い。それをマミから口にしないのは、何となく気恥ずかしいからという以上の理由は特に無い。何となく、先輩キャラとしての尊厳が傾くような気がしたので。頼りになる先輩として、余裕ぶって新技に名前でも贈ってやるのが良いかもしれない、なんて思考にも傾いて居たりするが。「えいっ!」……相変わらず、締まらない掛け声である。やはり、巴マミが先輩として格好良い技名を付けてやるべきに違いない。電撃のタイミングに合わせて宙に跳びながら、巴マミはそんな事をつらつらと考えていたりして。そして、案の定トーリ以外の全員が、宙へと跳び上がっていた。当然、攻撃対象である筈のキリカも。オーズだけは前方方向へのベクトルを強く持ったジャンプでキリカの方へと跳んだようだが、その襲撃も上手くいくとは思えない。マミとて援護射撃はするつもりだが、相手をジャンプさせた程度では、キリカの身の軽さを殺し切ることは出来ないように思えてしまうのだ。ところが、援護射撃を行おうとマスケット銃を構えたマミの視界は……信じられない光景を捕えていた。「っ……!」呉キリカが……オーズや美樹さやかよりも遥かに早く、地面へと落下したのである。個々人に多少跳躍力の差はあるものの、マミが最高点に達してもいないのにキリカが着地したのは、明らかに早すぎる。だがしかし、現にキリカが地面に張られた水によって感電して、動きを止めてしまっているのは事実な訳で。そして、そのキリカへと跳びかかっていたオーズが、先程と同じようにキリカの腕を捕まえたのも、また確かなことであった。ただし、今度オーズが掴んだのは、キリカの無事な方の腕であったが。先程よりも厳重に地面に組み伏せられて今度こそ身動き出来ない呉キリカを、見下ろしながら。既に着地を終えた魔法少女組は、それぞれ顔を見合わせていたりして。何というか、キリカが物理法則を無視した落下速度を見せたような気はするのだが、オーズがそれを見越したように動いていたのも大概意味不明である。何となく、トーリの電撃を映司が上手く使って戦ったのは分かるのだが。というか、絵面上はトーリはずっと地面に両手を付けていただけなのだが、コイツがMVPで良いのか。エフェクト抜きの画面を考えると、本当にただ両手を突いて座り込んでいるだけという、地味すぎる場面が想像出来てしまう。まぁ、特撮の世界には良くあることである。そんな事はともかく、起き上がったトーリが、曇りの無い瞳を巴マミに向けてきた事が問題である。どう考えても、強くて頼りになる先輩である巴マミに、先程起こった現象の説明を求めているとしか思えない。遅れて美樹さやかも、興味津々そうにこちらを見ている!まさかここで「知らないわよ! 火野さんに聞きなさい!」とキレる訳にもいかない。もっともトーリは、知らない物を知らないと言えるウヴァさんの娘なので、その程度で巴マミの評価を下げたりしないのだが、そんな事はマミの知ったところでは無かった。やはり、先輩には先輩のメンツというものがあるのだ。だが、さやかもトーリも、映司に取り押さえられているキリカがまた何かを仕出かすのではないかと不安で、映司達の方には近づけないのである。……まぁ、紅茶を取り出して誤魔化すのは最終手段に取っておくとして、とりあえず考えてみましょう。文字通りにお茶を濁しそうになった思考を引き戻して、マミは先程の超常現象について考えてみた。空中で姿勢制御を行うためには、風力なり磁力なり引力なりを使ったと考えるのが安易だろう。トーリが電気を使ったことと絡めて考えるなら、磁力が有力だろうか。だが、先程同じ電撃を喰らったマミ達には何の効果も残らなかった。また、キリカの能力を電磁気に絡めても意味不明である。まさか、この結界全体に磁極を埋め込んでリニア移動していた訳でもあるまいし。……と考えてから、ようやく気付いた。キリカの能力である速さと、落下速度を結びつける仮説に。通常の高速移動ならば落下速度を上下させる事は出来ないが、とある系統の魔法には、その法則は通用しないのだ。もっとも、どうやって映司が気付いたのだろうか、という疑問も残っているが。果たして、巴マミが先輩としての面目躍如を賭けた起死回生の発想とは……「……相手の能力が、時間を操るタイプだったという事だと思うわ」・今回のNG大賞単純な威力や硬度ならば、オーズのトラクローの方が強く、使い勝手も良い筈だ。「……使い勝手が良い? 本当にそう思ってる?」「カマキリ使った時の『やっぱり使いやすいなぁ』は、別にトラクローと比べてっていう意味じゃないからね?」初期型カマキリアームは腕に一体化していたせいで使いにくかったらしい。それと比べて手持ち武器型の二代目の取り回しが良いという意味で高岩氏が入れたアドリブが、例の伝説の台詞だとのこと。・公開プロットシリーズNo.112→映司の思考は……次回、解説編。