落書きの魔女の結界が崩壊した場所にほど近い、路地裏にて。銃弾が、音色を刻む。難を逃れて結界の外を走っていた使い魔が、その命を絶たれて光へと還っていく。か細い断末魔は見滝原の町の喧騒に消え、後に残ったものは……黄色の、ボールの大群のみ。使い魔の周囲を跳ねていた黄色の球体が、追随すべき対象を失って右往左往しているのだ。「使い魔を倒しても消えませんねぇ……アレって、何なんですか?」そして、案の定というべきか、後輩魔法少女はその球体の正体を測りかねているらしい。結界から出てきた面々が満身創痍であるという判断から、空中に居た二人だけで使い魔を追ってきたというのが、現在のシチュエーションな訳だ。そんな中、マミさんがいつものマスケットで使い魔を仕留めたところ、周囲には幾つもの黄色い球体が残されてしまった、と。「そうね、私も初めて見る現象だけれど……」そう口に出しつつ、巴マミは朱色のリボンを伸ばして、球体の一つを手元へと引き寄せてみた。それが爆弾でなければ良い、と心の隅に警戒しつつ。だがしかし、目を凝らしてみれば、球体の表面は少しだけ光の透過性を帯びた材質であるらしく、「……ヒト、ですね」球体の内部には、20分の1程度に縮小された人間が閉じ込められているのを、認識することが出来た。そして、マミの方へと視線を向けているトーリは、きっと説明を求めているに違いない。このガチャポンメーカーの回し者が作ったような現象は、一体何なのか、と。「使い魔の中には、餌を魔女の元まで運ぶ役割を持っているモノも居るのよ。その一種だと思うわ」たとえば、お菓子の魔女の使い魔は、魔女へとチーズを運ぶ任を負っている。おそらく落書きの魔女の使い魔も、そのタイプだったのだろう。もっとも、使い魔が能力的な面において任務を果たせるかどうか、という点は全くの別問題なのだが。さて、そこで重要となってくるのが、使い魔の能力の詳細な情報である。即ち、捕らわれた人間の解放条件が分からないため、行動を起こすことが躊躇われるのだ。表面に傷を付ければ人間達を開放出来そうなものだが、人間の命が掛かっている状況では、なかなか行動に移る事が出来ないという訳である。……と思っていると、黄色い球体の一つが突如として発光を見せ、瞬く間に人間を元のサイズへと開放してしまった。マミの手元にある一個体では無く、特に魔法少女達からの働きかけも受けていない球体が、である。何か解除のための条件があるのだろうか。「制限時間か何かで、戻るようになっているんでしょうか?」次々に、という程に連続して人間が解放されている訳でも無く。しかし確実に少しずつ、黄色の球体はその数を減らし続けていて。マミやトーリが特に行動を起こさずとも、時間さえ経てば人間達はそのうち解放されるように思える。「そうね……自然に元に戻るタイプのようだから、もう少し様子を見たら、美樹さん達の方に合流しましょう」間もなくして、魔法少女二名はその場を立ち去ることとなった。黄色の球体の大半が、人間を開放したのを確認した、後に。……落書きの魔女の使い魔。その能力は、人間をボールに変えてしまうこと。ボールにされた人間は、今まで吐いた嘘の数だけ跳ねなければ、元に戻る事が出来ない。つまり、中々元に戻れないボールは……人生において、よほど沢山の嘘を重ねてきた人間なのだろう。『助けてくれぇ~!?』……例えば、アンク達を騙した後に偶然結界に巻き込まれた、奥村安治とか。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第百十一話:結界天丼 一方、結界からの脱出に成功して、戦闘態勢を解いている面々はと言えば。「実は、死ぬかと思ったぜ!」案の定満身創痍な伊達明が、軽口を叩いて居たりする。バースの防御性能によってダメージは軽減されていたようだが、所々に打身らしき変色部が垣間見える辺り、割合ピンチだったのだろう。そして、伊達と同じぐらいに重傷を負っていたと思しき赤髪の魔法少女は、忽然と姿を消してしまっていたりして。何となく、居辛かったのかもしれない。杏子とて人間の命を軽んじている訳では無いのだが、さやかの反応を心のどこかで恐れているのだろうか。他人の命を見捨てることに大きな抵抗を示した、さやかの言葉を。「納得できねぇ、って顔してるな」「……」たった今この場に駆け付けたばかりの映司には、分からない。さやかに何があって、彼女に思いつめた表情を強いているのか。いくら人間の機微に敏い火野映司といえど、流石に神では無いのだから、洞察力には限界というものがあるのだ。伊達明は、一体何をさやかに伝えようとしているのだろう。「美樹ちゃんは、さっき人間を見捨てろって言われた時、迷ったな?」「……それの何が悪いのよ? あたしは、アンタ達みたいに他人なら死んでいいなんて思えない!」……事態は、意外に深刻なのかもしれない。魔法少女も仮面ライダーも、人間の生死に直結する職業ではあるのだから、そんな話題が浮かぶことも不自然では無い。だが、状況が把握できていない状況で迂闊な事を口走るほど、映司は感情的な人間でも無かった。「悪いなんて言わん。頭ごなしに否定しないで迷ったってことは、他人の命と自分の命の重さを、ちゃんと量ろうとしたってことだ」「……?」そんな中、食って掛かった美樹さやかとは対照的に、伊達明は飽く迄冷静さを保っているらしい。人間とは、死にそうになった直後にそんなに冷静で居られる生物だったか、と映司としては思わないでもない。しかし、そんな状況で落ち着いている伊達明だからこそ、さやかに的確な助言をしてやれるのではないか、とも。もちろん、映司とて伊達の人柄を詳しく知っている訳では無いので、伊達が手筈を誤った時のために会話内容へと細心の注意を払う事は、怠らないが。「お前は、自分が賭けてる命の重さを分かってる。そういう人間は、手強いモンだ。俺が保証してやる」もちろん、場数を踏めば思考時間は短くなる筈だ。その意味では、さやかは未だ強者と呼ぶには程遠いのだろう。だが、未来においてそれは、覆るのかもしれない。一度絶望したら終わってしまう魔法少女にとって、その未来が来るのかどうかは、微妙なところではあるが。「なんか、はぐらかされた気がする……?」「そいつは悪かったな。謝りついでに、あの食い逃げちゃんが何で『ああ』なったのか、知りたくねぇか?」ホントは部外者に見せちゃいけないんだがな、なんて呟きながら。伊達が取り出した教科書程度の大きさの書類は……後藤慎太郎謹製の、個人情報集であった。通称、『魔法少女5名の簡易資料』である。後藤が作成して、先日トーリに内容の誤植確認を命じた書類は、既に伊達明の手に渡っていたらしい。……当書類の背表紙付近の紙面に折れ目が殆ど見当たらないあたり、その扱いはお察しだが。伊達明はマニュアルの読み込みなどという細々とした作業を嫌う男であるからして、書類を丹念に読むような作業を好む筈が無いのだ。バースの取り扱いマニュアルですら、全部読む前に暁美ほむらさんに燃やされてしまったぐらいなのだから。もっとも、伊達のそんな軽い口調とは裏腹に、その資料の内容は……決して軽々しいものでは無くて。佐倉杏子の父親が、とある教会の神父を勤めていたことから、話は始まっていた。教義の解釈で総本山とモメて、破門されて。しかし、ある時に突然、佐倉神父の元へ熱狂的な信者が集うようになった。まるでヤミーに操られたんじゃないかと思ってしまうような、異様な集団が出来上がってしまっていたのだ。……ところが、衰退を予期させなかった一大宗派は、唐突に終焉を迎える事となる。神父の住居が一晩にて全焼し、燃え後からは佐倉一家の死体が見つかったのだ。警察は、現場の状況から心中の線にて捜査を打ち切り、事件は静かに人々の記憶より忘れ去られていく事となったのである。「……で、その時に死体が見つからなかった佐倉神父の長女が、食い逃げちゃんって訳だ」全てを聞き終わった時、さやかは、言葉を発することが出来ずに居た。傍らで聞いている映司も、にわかにはコメントを残せずに居る様子である。俺達も事件の全容を知ってるわけじゃないが、と前置きしながら、伊達明はゆっくりと言葉を継ぐ。諭す調子とも呟く声色とも、つかない速さで。「そんな事件の当事者になった時、何かに怒りをぶつける奴も居るし、ジメジメ腐る奴も居る。で、妙に渇いちまう奴も居る」おそらく伊達は、妙に渇いてしまった存在こそが、現在の佐倉杏子だと言いたいのだろう。杏子の中で天秤量りの目が振り切れて、自分自身の命が極端に重くなってしまったのだ、と。「……なんで、そんな事あたしに教えるのよ? アイツに同情しろっていうの?」そんな中、美樹さやかが紡ぎ出した質問は……一種の、現実逃避であったのかもしれない。杏子の境遇を聞かされても、何と返したら良いか分からず、伊達明の真意の方へと思考をシフトしてしまったのだ。だが、伊達が何を思って魔法少女の資料をさやかに見せたのか分からないもの、気になるところと言える訳で。「いや、それはお前さん次第だ。俺のお節介もあるが、若い連中が出す『答え』を早めに見ておきたくなってな。俺も、いつまでこの街に居るか分からんねぇからよ」お前等には期待してるぜ、なんてさらっと言い残しながら。さっさと踵を返して去っていく伊達明の足取りには、大きなダメージは感じられず。さやかの治癒魔法も必要性があるとは思えず、伊達を引き留める理由も、思いつかない。そして……伊達明の背中を見送って、少しの後。結界の内部における出来事を映司に話してやっていた美樹さやかが、不意に零した。「そういえば、アンタも……なんか、アイツに近い気がする」「……え?」妙に渇いちまってる奴、という言葉が、目の前の火野映司にも当てはまっているように思える、と。さやかは、江戸の町の中で映司の過去について聞いたことがあった。旅先で内戦に巻き込まれて、仲良くなった村の人々を助けられなかったのが『傷』となって今の映司を形作っているという事を。もちろん、佐倉杏子と火野映司の現状は、正反対とも言う事が出来る。杏子が家族の死から他人の命が軽くなってしまったのと、火野映司が村人達の死から自分の命を軽くしてしまったのは、ある意味において真逆ではあった。だが、どうも根本は同じなのではないか、とさやかには思えてしまうのだ。「アンタは自分が軽くて、アイツは自分が重い。だけど、なんか上手く言えないけど、凄く似てる気がするんだ」「俺とあの子は、自分の欲望が分かってるって事でしょ」――後悔したくないから、手を伸ばすんだ。いつか聞いた、火野映司の言葉である。それとは対照的に、きっと杏子は、後悔したくないから手を伸ばさないのだろう。そして、何となくさやかは……伊達明が佐倉杏子のプロフィールを公開した意図を、はかれたような気がしていた。あれはさやかと杏子の関係の進展も期待していたが、それと同じぐらいに、一緒に話を聞いていた火野映司に聞かせるためでもあったのではないか、と。映司に直接言わなかったのは、まだ付き合いの浅い映司の内面を、測り違えていたら困るという慎重さからなのだろうか。その辺りは、より付き合いの長いさやかの方が把握できている筈だと期待されているのかもしれない。「あたしは、自分の人助けの中に後悔が無かったなんて言えないけど、だからって人助けを止めるのも違う気がして……両極端なアンタ達が凄く不自然に見えるっていうか」――人間そう極端にならなくても、意外と生きていけるモンだぜ!伊達明が先程残していった、言葉だった。それを聞いた当初は、伊達がまず自身の命を考えていると口にした後だったため、さやかとしては『どっちなんだよ』と思わずには居られなくて。しかし、今となってはその意味が分かるようにも思えた。美樹さやかはきっと、火野映司の人助けを見ていなかったら、自身も同じぐらいの捨て鉢になってしまっていたのだろう。そう自覚できるまでに、さやかは自己を見つめる事が出来るようになっていた。おそらく、自分の決断に後悔があると思いたくない、なんて自分に嘘を吐いて、身が亡びるまで魔女やヤミーを狩り続けて死んでいく末路を歩んでいたのではないか、と。映司の自己犠牲を傍から見て、その歪さに気付いたために、さやかは踏み止まれたのだという事も。だが、杏子や映司から不自然さを嗅ぎ取っているからといって、さやかが一体何をすれば良いのか。というか、何をしたいのか。彼らの行動を真っ向から否定するのは難しいし、そもそも、それを実行したいとも思えなかった。難しい。一年間の販促番組に2号ライダーを出さない事と同じぐらい難しい。もしくは、戦隊とプリキュアで共演映画を作るのと同じぐらいに難易度が高い。……まぁ、後者は共演のCDなどというモノがあったりするが。「そういうとき、大事なのは『自分が何をしたいか』だと思うよ?」それが分かんないから困ってんのよ!……と、思ってしまうものの、その内容までを火野映司から聞くのも何かが間違っている気がする。というより、その答えが聞けるならば映司自身がそれを実践すれば良いのだ。思考は、行き詰まりを見せ始めていた……。ところで。美樹さやかと火野映司が会話を交わしている状況において、何かが忘れ去られては居ないだろうか。さっさと立ち去ってしまった佐倉杏子や伊達明はともかくとして、映司と共に行動していた筈の人物が、この場には姿を見せていないのだ。映司へと、狙い目のコアメダルを指示したであろう、グリードのことである。「それで? 俺をアイツ等から引き離した訳は?」そして、アンクが何処に居るのかと言われれば、映司達が話し込んでいる地点より50メートル程離れた物陰だったりする。もともとラトラーターの放射熱線の余波を警戒して現場からそれなりの距離を取っていたアンクだが、欲を言えばヤミーの落としたセルメダルを拾いに行きたいと考えていた筈だったのだ。しかし……そんなアンクを引き留める声が掛かったために、アンクは出遅れてしまったのである。「あの場所に行くと、危険に巻き込まれる可能性が高いからよ」アンクの足を止めた声の主は……暁美ほむら。鹿目まどかを守らんとする、無表情系魔法少女様である。その目的から考えるに、ほむらがアンクを引き留めたのは筋が通っているようにも思える。だが。「あの奥村とかいう男が俺達を誘拐した時には黙って見てたくせに、どの口が言うんだ?」「……気付いていたの?」アンクは、気付いていた。トーリとアンクが廃工場に監禁された際に、暁美ほむらが付近から様子を窺っていたという事に。その時にはほむらは口を出してこなかったのに、今になって何故、という疑問を呈したのもの当然である。「お前が俺のコアを持ってるからな。近くに居れば、分かる」――よく考えたら、ワタシ達って別にピンチじゃないですよね?あのコウモリは多分、単純にヤミーが襲って来ない事を理解していただけだったのだろうが。一方、それに対して今更だと答えたアンクの思考の中には、付近に隠れている暁美ほむらの存在も考慮されていたという事なのである。もっとも、暁美ほむらが行動しても、おそらくトーリの安全度は上がらなかっただろうが。「……あの奥村という人間に対処しても、次の人間が使われるだけでしょう。そのままでもあの場では危険は少なそうだったから、根本的な解決方法を探っていたのよ」確かに、黒幕が出て来るまで待ってから狙撃なり不意打ちなりを決めた方が、効率的には違いない。それまでの過程に危険が少なく、回避も容易であるならば、作戦としてはアリだと言える。……という事は、これから予想される危険は、それなりに大きいものなのだろうか。もしくは、危険度自体は低くとも、回避が困難な部類なのかもしれない。まぁ、アンクとて、その内容に大方の見当はついている訳だが。「って事は、『アイツ』がすぐ近くまで来てるって事か」「まだ姿を確認した訳では無いけれど、居るでしょうね」例のアイツである。ガラが倒れた後に映司達の前に姿を現した、彼女だ。オーズのコンボを潰すために行動していた彼の魔法少女が、現在のオーズの状況を許すだろうか?答えは、否。案の定……次の瞬間には、火野映司と美樹さやかを取り込んだ結界が発生していて。それが、暁美ほむらが過去のループ世界にて目撃した呉キリカの結界である事は、疑う余地が無かった。そして、当たり前のように結界へ向かおうとするアンクの姿を、ほむらの視界は捉えていた。……当然制止する以外の選択肢が無いので、とりあえず肩を掴んで止めておいたが。「……離せ。折角手に入れたメダルを、みすみす奪われて堪るかよ」「呉キリカの素早さは、厄介よ。非戦闘員を狙われたら、守り切るのは難しいわ」キリカの能力は厳密には素早さの上昇では無いのだが、似たようなものなので説明は割愛である。一応、最大移動速度ならば暁美ほむらに分があるものの、常時発動できる程度に燃費が良いキリカの前では、有利でない場合も多い。特に、意表を突かれた時に出遅れる危険は、重く見なければならないだろう。更に、暁美ほむらは予想出来ていた。呉キリカは既に、ほむらの時間停止の攻略手段を入手している可能性が高い、と。何となく、メダル交換の一件の後にカザリが乱入して来るのを、キリカが予め知っていたのではないかと思えるのである。予知能力を持つ魔法少女が黒幕に居るのだから、それも有り得る筈だ。結論としては、オーズのサポート役としてアンクの頭脳が優秀であったとしても、アンクの結界突入を許すのは危険が大き過ぎる。「それに、先程のオーズの『コンボ』の特性は、広範囲攻撃と高速移動でしょう? 呉キリカとの相性は悪くないように見えるけれど」幾らキリカが速いとはいえ、空間を埋め尽くすほどの範囲攻撃を回避するのは困難を極めるだろう。加えて、回復役の美樹さやかが結界の内部に居るのだから、コンボによる疲労もあまり大きなデメリットとは成り得ない。「……だと良いが、なァ」アンクの呟きに……目前の小さな結界は、何も反応を見せなかった。一方、結界の中に捕らわれた面々はと言えば。「またアンタかっ!!」それはもう、熱烈大歓迎であった。チュパカブラだったりサイボーグだったりする計画通りな御仁に再会した時の護星天使だって、ここまで明確な嫌悪感は見せないだろう。そのぐらいに、さやかからキリカへと注がれた視線には、いわゆる負の感情と呼ばれるものが詰め込まれていたのである。「まぁ、スロットが揃った時のボーナスキャラのようなモノだと思ってくれたまえ」しかし、そんな敵意に曝されながらも、相も変わらず黒い魔法少女は飄々としたままで。まるで他人事のように言ってのけるその様子は、わざとらしさを滲みだしたままであった。むしろ、コンボが揃った時のボーナスを掻っ攫っていくのが彼女の役目だと言うのに、どこかズレているというか。「私の目的は、もう、言う必要も無いだろう?」「いや、一応聞いておきたい。メダルを捕りに来たのは分かるけど、何で俺の手元にコンボが揃ってるとマズイのか。教えてくれないかな?」おそらく、キリカは目的という言葉を、目的物……すなわちコアメダルの意味において使ったのだろう。それに対して映司の切り返しは、その一歩奥に踏み込むもので。映司とてキリカの意図を理解できていない訳でもないのだが、意図的に話題をズラしたのである。質問したい内容としては、他にもこの結界の正体も気になるところだが、何事にも優先順位はつきものな訳で。「オーズには、紫のメダルになるべく慣れて欲しいのさ。それが、ワルプルギスの夜の攻略糸口になるらしくてね」「それって、もうすぐこの町に来るっていう巨大魔女……だっけ」ワルプルギスの夜という聞き慣れない単語に映司が質問を重ねようとしたところ、さやかが補足してくれた。どうやら、メダルではなく魔法寄りのオブジェクトであったらしい。だが、その戦いにおける切り札がプトティラだけというのは、一体どういう理屈なのだろう。ブラカワニやガタキリバを用いたフルコンボを使えば、プトティラ単体よりも大きな戦力に成りそうなものなのだが……。「さて、あまりネタをばらし過ぎるのも考えものだ。そろそろ……」いつの間にか長く伸ばした爪を、垂らしながら。いつまでも虚しく嗤うキリカ。そして、対峙する映司とさやかも、戦わざるを得ないという事は理解できている訳で。キリカが少しだけ重心をズラして踏み込み始めた時点で、既に映司もさやかも臨戦態勢には入っているのだ。「変身!」『ライオン トラ バッタ』オーズドライバーに即座にメダルを装填して、瞬く間に変身を終えながら。同時に映司は、起動効果を発動させて、周囲に眩いばかりの光を撒き散らしていた。二人の元へと距離を詰めようとしたキリカに対して、ライオンヘッドの開幕効果である目眩まし攻撃が炸裂したのである。ラトラーターのコンボを成立させていれば、光に加えて高熱が放射されるところなのだが、相手の動きを鈍らせるだけならば光だけで十分なのだ。「でやぁっ!!」そして、時を同じくして……さやかが、突っ込んだ。こちらも瞬き一つの間に魔法少女装束を纏い、腕の先に取り出したサーベルを以てキリカへと切りつけたのである。強い光によって一時的に視力を奪われているであろう敵へと、先制攻撃を仕掛けた訳だ。だが、やはりと言うべきか、さやかの剣閃はあっさりと宙を切ってしまって。逆にカウンターとして、キリカの爪がさやかの臍部のソウルジェムへと伸ばされていたのだ。初撃から必殺狙いとは、何気なく容赦の無い戦法である。もちろん、さすがの美樹さやかといえど、即死攻撃を易々と喰らってやるほど無警戒では無いが。回避が不十分であったために、脇腹を抉る痛みに顔を顰めこそしたものの、さやかの回復能力を鑑みれば、重症と呼ぶ程でも無いのだ。強い光によってキリカの視力を一時的に低下させた筈だったが、戦法を見切られて目を瞑られてしまったのだろうか。案の定、さやかを影にしながら迫ってキリカに掴みかかろうとしたオーズも、幾筋にも及ぶキリカの斬撃にて退けられてしまって。どうやら、あまり傷つけずに取り押さえるなどという穏便な考えが通じる相手では無いらしい。もっとも、さやかは本気で相手を斬り殺そうとしていた感が否めないが。「君たちの考えを当ててあげようか」キリカは、芝居のかかった口調のままに、告げる。爪による攻撃を、オーズの手甲やさやかのサーベルで止められながらも、気にした様子も無く。まるで、その全てが自らの掌の上で踊っていると言わんばかりに。「『使い魔を倒し終えた巴マミがもうすぐ来るから、3人でかかれば何とかなる』ってところだろう?」……図星、だったりする。巴マミは単純な戦闘能力に加えて、束縛能力を有しているため、この戦況を一変させてくれるだろう。そう、映司とさやかは思っていたのだ。だが、しかし。そんな二人の希望を光とも思わずに、黒い魔法少女は嗤う。二人は、思えなかった。キリカの余裕がハッタリであるという希望的観測になど、縋る気も起らない。不意打ちとはいえ、呉キリカは一度は、巴マミを下しているのだから。さらに、規格外の身軽さを誇るキリカを捕獲するのは、並大抵のことでは無い。黄色コンボのラトラーターを使えば、広範囲攻撃で相手の体力を削りつつ、チーターレッグの素早さにて相手をすることが出来るのだろうか。……それさえも、見通されているのかもしれない。軽薄そうな表の顔とは裏腹に、その真意を汲み取ることは、困難を極めてしまって。形の無い不気味な予感は、消える予兆を見せない。ようやく表舞台の光が当たり始めた、日蔭組の魔法少女達は。いったい、如何なる未来を視ているというのか。真相を引きずり出すには……まだ、少しだけ期が足りない。・今回のNG大賞「そういえば俺、あの赤毛の子の名前を今になって初めて知ったような気がする……」「あたしも。この報告書に書いてある『杏子』って名前、何て読むの?」「『アン子』だろ? 意外に可愛い名前じゃねえか」・公開プロットシリーズNo.111→キリカ、本格参戦?