「志筑仁美、急いでまどかの居場所を聞き出して! 今すぐに!」行きつけのファミレスで仁美が、親友である鹿目まどかからのメールを暁美ほむらに見せた時の反応が、それだった。暁美ほむらという少女は、感情が乏しい。少なくとも、仁美はそう感じていた。「どうしたんですの? 巴マミさんは、暁美さんのお知り合いでしたか?」だからこそ、目の前の暁美ほむらの姿に一番驚いていたのもまた、仁美だったに違いない。焦燥感に囚われている暁美ほむらの表情には、いつもの静けさの裏に潜んでいた何かが、確かに見えていたのだから。その思考の奥底にあるものの正体を看破することこそ適わなかったものの、暁美ほむらが非常事態を察知していることは間違いない。「転校生、そんなに慌ててどうしたのさ?」他人の機微に鈍感な節のある美樹さやかでさえ、暁美ほむらの変化にただならぬ事情を感じ取っているらしい。「まどかを、巴さんに会わせてはいけない」普段冷静なキャラクターを演じている暁美ほむらなら、二人のことを『鹿目まどか』『巴マミ』と呼称していたはずである。それが崩れていることに気付いているのは、おそらく仁美だけだろうが。ともかく、巴マミという先輩がとんでもない危険人物であると言う事だけは理解出来た。「事情は大体解りました。とにかく、手分けして鹿目さんを探しましょう」『大体解った=絶対解ってない』の法則というやつである。実在の脚本家及び世界の破壊者様とはあまり関係がありません。なお、結局まどかとのメールでのやり取りによって、巴マミと鹿目まどかが接触したわけではないという事実が判明することになったのだった。魔法少女とは、世間に誤解されながら生きていく運命を背負っている者たちなのかもしれない……『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第十二話:Tの災難/赤信号を振り切れ 少女ヤミーは、腹を括っていた。何にしても魔法少女についての知識を得なければ、何も始まらないのだから。すなわち、巴マミに直接会うという危険を冒さなければならない。アンクの言葉がただの脅し文句だと見なすのは、楽観思考が過ぎる……そう思いつつも、少女ヤミーは僅かな希望に縋って巴マミに会いに来てしまった。……見滝原中学校に。狙い目は、下校時である。校門付近に直立している警備員さんの目が非常に怖いので、付近の藪の中から様子を窺っているのだ。傍から見れば不審極まりない人物なのだが、隠れているためにそれを不審認定する人間は居ない。そして、お目当ての魔法少女は……ようやく現れる。巻かれた金髪と年不相応に育った胸部を、誰が見間違えるものか。巴マミ、その人に違いない。「巴マミさん! どうか、ワタシの話を信じてください!」第一声から、クライマックスにも程がある。出会い頭に、その頭をそのまま下げるという文字通りの低姿勢に出たのだ。土下座に出た方が良いかと一晩考えた末に、とりあえず頭を下げるぐらいに留めようと判断したのである。「貴女は昨日の……」一方の巴マミは、目の前で自身に懇願している少女の登場に驚きつつ、自分なりに状況をまとめようとしていた。巴マミとしては、先日この少女にマスケットを向けたことが記憶に新しいものの、相手から怯えられることは本意ではない。若干胡散臭いとも思っているが、少女ヤミーの言が真実であったら、あまりに不憫だとも感じているのだ。そして、周囲から不審を多分に含んだ視線が集まっていることも、マミの精神を若干削り取っていたりする。「とにかく、落ち着いて話せる場所を探しましょう」「あのアンクさんっていう人の所じゃないですよね?」「アンクがそんなに怖かったのね。大丈夫よ。きつく言っておいたし、手出しなんてさせないから」この時、巴マミの頭の中では、少女ヤミーの恐怖の対象はアンクだけであるという思考誘導が行われた。というか、自分が恐れられている可能性を無かったことにしたのだ。――そうよ、可愛い後輩が私を頼って来てくれているのよ!人間の精神的防衛能力は、時に目を見張るものがある……のかもしれない。少女ヤミーの腰が引けた態度を、勝手に魔法少女としての先輩への尊敬だと解釈しようとする巴マミの姿は、何処か優しげであった。それどころか、少女ヤミーを悪漢アンクから守らなければならないという加護欲まで働き始めている始末である。「アンクはともかく、私のもう一人の仲間を呼んで良いかしら? 火野映司さんっていう人だけど」「是非会ってみたいです」おそらく、先日アンクから『オーズ』と呼ばれていた男のことだろう。普段の思考の外れぶりからは想像もつかないような勘の良さを見せた少女ヤミーは、巴マミの申し出を快諾した。アンクの危険度が巴マミ以上に高いことが想定される今となっては、最早オーズさんが常識人であることを祈る以外に少女ヤミーに希望は無いのだ。携帯端末で夢見公園付近の公衆電話へとコールを繋ぎ、火野映司を呼び出してくれるマミさん。何故直接かけないのかと尋ねてみれば、火野さんが携帯電話を持っていないからとのこと。火野映司という存在の生活形態について、既に色々と情報が把握できた少女ヤミーだった。ちなみに、もちろん少女ヤミーも携帯電話など持っていない。「というか、私達にはもっと便利な魔法があるでしょう?」「……何のことでしょう?」どうしてこの後輩は、こんなに魔法関連の知識に乏しいのだろうか。一瞬そんな疑惑が脳裏をよぎった巴マミだったが、少女ヤミーが記憶喪失を自称していたことを思い出し、そのせいだと思う事にした。『聞こえる?』「!?」腹話術ですか? という古典的なボケをかまそうかと迷った少女ヤミーだったが、状況的におそらくテレパシーの魔法なのだろう。何故そう言えるかというと……少女ヤミーのセルメダルが少しだけ、増えたからである。つまり、ピンチ再来である。セルメダルが増加したことを探知して、アンクが駆けつけて来てしまう。「実は先ほどからアンクさんに追われていて、多分アンクさんがまだ近くに居るので、とりあえずこの場から離れたいです」「そう……アンクには、後で私からもう一度きつく言っておくわ」他人の名誉を棄損する嘘をさらっと口にする少女ヤミーは、正直さに関しては親であるキュゥべえと似なかったらしい。マミの中で、アンクへストーカー疑惑が植え付けられた瞬間だった。というか、マミからアンクへの呼び名に敬称が抜け落ちたのは、一体いつからだっただろうか?アンク抜きでマミの住むマンションに集まることになったのも、結局マミからアンクへの人物評価が大きく関係しているのだろう。そして、二人がマンションに辿り着く前から火野さんはその階下で待っていたわけなんですが、やっぱりこの人って無職なんじゃ……「その子が例の記憶喪失の魔法少女?」「そうですよ」「……初めまして?」少女ヤミーは何度かオーズの戦いを盗み見たことがあるものの、互いに顔を突き合わせたのはこれが初めてである。だからこそ少女ヤミーが少し緊張しているのだろう、と巴マミは推測した。だがしかし……対人経験の豊富な火野映司が下した判断は、それとは異なっていた。――俺、何か怯えられるような事をしたかな……?映司には、少女ヤミーの抱いている感情が恐怖であると感じられたのだ。単純に目の前の少女ヤミーに対人恐怖症の気があるのかもしれないが、映司には一つだけ思い当たる節がある。「初めまして。君、この間の俺達の戦いを見てたんだっけ?」「……すみません」映司の立てた仮説は、オーズの戦いを見た少女が、映司を恐れているというものであった。……大当たりである。少女はヤミーであるのだから、オーズがヤミー狩りを敢行する現場を目撃してしまった後では無意識の中に恐怖心が生まれてしまったことは仕方がないことだと言えるだろう。「大丈夫。魔女かメダル絡みじゃなきゃ、基本的に変身はしないから。安心して」「……?」「心に留めておきます」会話の流れが読めずに首を傾げた巴マミの疑問を曖昧な笑みで受け流した映司は、色々と流石過ぎる。というか、恐怖感の原因以外の部分は完答しているのだから恐ろしいものだ。そして、映司の言葉に、別の意味を読み取ってしまった少女ヤミーは、戦慄していたりする。ヤミーだとバレたら間違いなく殺られる、と。少女ヤミーの恐怖感を拭いきれていない様子を感じ取りつつも、とりあえずその件を保留にする映司。人の感情を変えるのは難しい時が多いのだということを、知っているのだろう。マミの住む部屋へ二人を招き入れ、簡単に名前を確認する程度の自己紹介を行った頃には、マミの抱いた疑問も完全に霧散していた。「そういえば、名前無いんだっけ?」「無いんじゃなくて、忘れているだけでしょう」「多分そうだと思います」――すみません、無いんです。このオリ主は、割と平気で嘘を吐けるタイプの人間……もとい怪人である。ただ、マミの淹れてくれた紅茶を啜りながら、心の中で謝る程度の罪悪感はあるらしい。「呼びやすいように呼んで頂いて構いませんよ」「じゃあ、『トーリ』って呼ぶことにしよう」映司の、即答だった。ひょっとすると、一晩の間に考えて来てくれたのかもしれないが。「火野さん……その心は?」「羽がある子なんでしょ?」……それはもしかして、『鳥』っていうことなの?確かに少女ヤミーの羽は虫よりは鳥に近い羽ではあった。しかし、どちらかと言えば哺乳類らしさが残っていたようにマミには思われたのだが……映司は実物を見たことが無かったのだから、勝手な想像をしてしまったのだろう。巴マミの額に青筋が浮かんでいることを敏感に察知した映司だが、心当たりが無い。むしろ、喜ばれるだろうとさえ思っていたのに。「……その名前で良いですよ」「嫌なことは嫌って言っていいのよ!?」少しだけ悩んだような間を置いた少女ヤミーだったが、映司からの命名を受け入れる意思はあるようだ。思わず突っ込んでしまったマミは……お姉様キャラを演じるのに疲れたのだろうか。「映司さんが折角考えてくれたのを、無下に扱うのも悪いですから」「まぁ、本人がそれで良いって言うなら……」割と本気で気にして居なさそうな少女ヤミーと満足そうな火野さんの様子を見て、ひょっとして自分のセンスがおかしいのかと疑い始める辺り、マミも相当の苦労人なのかもしれない。それはともかくと場を切り替えて、もう一度少女ヤミー……もとい『トーリ』の身の上を簡単におさらいしたマミと映司は、『オーズ』と『魔法少女』についての説明を一通り施してくれた。とは言え、その内容は先日アンクを含めた3人で話し合ったものと同一のそれに過ぎなかったのだが。「それで、トーリさんがソウルジェムを持っていない理由を私なりに考えてみたの」「流石、魔法少女の先輩です!」マミさんは最高です!ソウルジェムとは、魔法少女が魔法を使う時に魔力を引き出すためのアクセサリーである。基本的に、ソウルジェムに振れている状態でないと魔法の行使は不可能だということらしい。マミの黄色いソウルジェムを見せてもらいながら、綺麗ですねぇ、と漏らすトーリの興味津々な言葉が、マミの心をくすぐる。嬉しくもあり、こそばゆくもあり。「確認だけれど、トーリさんは魔法が使えるのよね?」「この通りです」そう言いながら、骨格の見える黒く艶のない羽を展開して見せるトーリ。鳥っぽく無いなぁ、とその羽を見ながら呟く映司を余所に、トーリは期待満々な視線をマミに向けていた。「私がキュゥべえと契約した時、ソウルジェムは私の身体の中から出て来たのよ」「それは興味深いですね」未だに本題を切り出していないマミの言葉に相槌を打ったトーリが思い出したのは、『私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる』誕生日に暁美ほむらより告げられた言葉だった。聞いた時には魂の変質という言葉の意味が掴み取れなかったが、今考えてみると魔法少女の身体から取り出されるというソウルジェムはそのイメージに合致している。名前だってそのまま、魂の石だ。「それで思ったんだけれど、トーリさんのソウルジェムは、まだ体内にあるんじゃないかしら」「つまり、目視は不可能ってことですね」そもそもヤミーである自身に魂などというものがあるのかという疑問は残ったが、巴マミがそういう仮説を立ててくれるのならば、それに頷いておくのが吉というものである。そして、トーリのソウルジェムが見えない場所にあると納得してくれるのなら、願っても無いことであった。「……という話を火野さんにしたら、良いアイデアがあるらしくて、今日は二人を合わせたのよ」あれれぇ……何だか嫌な予感しかしないのは何故でしょうか?先ほどまで、今日はラッキーデイだ、などと浮かれそうになっていたテンションが、既に底冷えを見せ始めていた。いや、まだ映司さんは何も言ってないじゃないですか。ネガるにはまだ早い、多分。マミさんの口調から察するに、火野さんが何をやろうとしているのか未だ聞いては居ないみたいだけど……「タカのメダルを使ってオーズに変身すると、目に備わる力で物の内部構造を調べることが出来るんだ。それを使ってみようと思って」まずい。マズすぎる。身体のスキャン?そんなことをされたら……予測される三つの出来事は!一つ! アンクはメダルのためなら何処までも残酷になれるんだァ!二つ! ヤミーがセルメダルを生むなら、殺るしかないじゃない!三つ! セ イ ヤ ァ ッ !死亡コース直行である。明らかに先ほど飲んだ紅茶の量以上の冷たい汗が、トーリの服の下に溢れている。暑さと肌寒さを同時に体感するという、出来ることなら一生味わいたくない状況を経験をしている真っ最中だ。「ちょ、ちょっと待ってください! 変身って、何かワケが解らない副作用とか無いんですか? 身体がボロボロになっていくとか!」必死である。文字どおりの意味で。そして、アンデッドなら、実は貴女の隣に居ます。火野さんやトーリの横に座って紅茶を淹れなおしているその子はゾンビなんです。「そういえば、これを使えばただでは済まないって言ってくれた人が居たような……」――それを使えば、タダでは済まない……!そいつは人では無かったはずだ。カマキリの姿をした緑色の怪人ではなかったか?奇しくも、映司を説得しようとしていた彼はトーリの兄にあたる人物だったりするのだが、そんなことは誰として知るよしも無い。その怪人のことを思い出しながら水色のオーズドライバーに目を落とす映司だが、その手を止めた時間は一瞬の間だけに留まり、すぐさまベルトを装着する。「映司さんにそんな迷惑をかけるのも悪いですから……ね、ねぇ、止めましょうよぉ!」「大丈夫。もう何回か変身してるし、副作用はあったら有ったで仕方ないでしょ」小気味良い音を立てて、ベルトの3つのくぼみに赤・黄・緑のメダルが嵌めこまれる。――三つ数えろ!何処かの町の探偵たちの名台詞の語源であるこの言葉が、セットされたメダルを見た少女ヤミーの頭に届いたという。……ただの、電波である。機械音と共にオーズドライバーの平行が崩れ、コアメダルが上中下を表す関係へと配置を変える。「待っ……」左手をまるで何処かの二号さんの鏡映しのようなポーズに曲げた映司は、その右手にコアメダルの読み取り機器であるオースキャナーを取り出している。「変身っ!」そう高らかに声を出す映司を前に、トーリの頭の中には新たな作戦が……何も、無かった。――天国のお母さん。今、貴女の所に行きます。もし天国や地獄があるとして、トーリやキュゥべえが天国へ行けると、本気で思っているのだろうか……今回のNG大賞「そのコアメダルってアンクさんの所有物ですよね?」「アンクがマミちゃんに射殺されそうな所を助けた時に、条件として俺が預かっておくことにしたんだ」(マミさんって、やっぱりトリガーハッピーだったんですね……)誤解は、深まるばかり。・公開プロットシリーズNo.12→実はオーズには、かなりのチート設定が詰まっている。